ハイスクールD×D ~神操機〈ドライブ〉を宿す者~   作:仮面肆

8 / 33
第7話:悪魔のお仕事・契約編

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

深夜、一誠は自転車を全力で爆走していた。

 

理由は簡単。簡易版魔法陣のチラシ配りだ。

 

人間に召喚され、契約を結び、相手の願いを叶え、その代償としてそれ相応の対価をいただく。その為に、この簡易版魔方陣が必須なのである。

 

故に、一誠が手にしている携帯機器から導かれる欲深い人間の家に行き、例のチラシをポストに投函する毎日が繰り返されているのが、現在の一誠の仕事だ。

 

「ちくしょおおおおおおおおおおっ! 仕方ないよな! 仕方ないもんな! 俺、悪魔だもーん!」

 

そんな絶叫をしながら、一誠は夢中でペダルを漕ぐのだった。

 

何故、一誠がこのような仕事をしているのか?

 

それにはまず、一誠が悪魔だと認識した日にまで遡らないといけない……。

 

 

 

 

 

 

「私のもとに来ればあなたの新たな生き方も華やかになるかもしれないのよ?」

 

リアスたちが悪魔の翼を、八雲が神器をしまい、ソファーに座った後にリアスがウインクをしながら言った。だが、悪魔になったことで軽く頭を抱える一誠にとっては納得出来ないものがあるらしい。

 

堕天使に殺された一誠は、リアスに悪魔として転生させられた。その代わり、これからは彼女の下僕として生きていかなければならなくなった。これが悪魔のルール。悪魔に転生した者は、転生してくれた悪魔の下僕として生きねばならないのだ。

 

そんな中、リアスは一誠に説明する。

 

「いいことを教えてあげるわ、イッセー。悪魔には爵位と呼ばれる階級があるの。これは生まれや育ちも関係するけど、成り上がりの悪魔だっている。最初は皆、素人だったわ。――でも、やり方次第では、モテモテな人生も送れるかもしれないわよ?」

 

「……っ!」

 

リアスの最後の一言で脳内を駆け巡り、一誠は心中で思うよりも先に言葉が出た。

 

「どうやってですか!?」

 

スケベ根性丸出しで無駄にテンションが高い一誠に、リアスは説明した。

 

その昔、3種族の戦争で純粋な悪魔の多くが亡くなってしまい、新しい悪魔を増やさなければいけなくなった。

 

だが悪魔の男女による自然出生で元の数に戻すには膨大な時間が必要であり、しかも極端に出産率が低いので堕天使に対応出来ないので、悪魔たちは素質のありそうな者を悪魔に引き込む為、必然的に下僕を集めるようになった。

 

だが、下僕を増やすだけで力のありそうな悪魔を再び存在させることにはならない。だから悪魔は新しい制度として、力のある転生者でも爵位を授けることが可能となったのだ。無論、それ相応の努力と年月は掛かるが、やり方次第では一誠でも爵位を授けられるのだ。

 

「俺も爵位を!? じゃ、じゃあ、俺も爵位が貰えば下僕を持てるし、下僕に何を命令してもいいんですよね?」

 

一誠は溢れ出る何かを抑え込むかように訊くと、リアスは答えた。

 

「そうね。あなたの下僕にならいいんじゃないかしら」

 

それを聞いた瞬間、一誠の中で雷が落ちた。

 

「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

 

部室の中心で一誠は叫んだ。椅子にふんぞり返り、自身の周りに数人の美女を侍らせては高笑いを上げるイメージを脳内で妄想しながら叫ぶその姿は、まさに部室の中心で欲望を叫んだ悪魔だ。

 

「悪魔、最高じゃねぇか! 何、これ! 何これ!? チョーテンション上がってきたよ、おい!」

 

一誠のボルテージは今までにない程に高まっていた。現実社会では、人間のままでは、ましてや学園の女子たちに嫌われ元カノに殺されてしまった現在の一誠の目の前に、夢にまで見たハーレムが実現出来ることに興奮し、エロスなボルテージは臨界点を突破しようとしていた。

 

「あははは……」

 

「単純」

 

「全く、この煩悩オンリーめ……」

 

『学園の女子たちが引くのも分かるぜ……』

 

そんな一誠の姿に祐斗は苦笑いを浮かべ、小猫は小言を言い、八雲とコゲンタは呆れて溜め息を吐くが、今の一誠には通用しなかった。

 

「今なら秘蔵のエロ本も捨てられ……いや、アレは俺の宝だ。お袋にみつけられるまではやっていける! それとこれとは別だ。うん、別だ!」

 

「フフフ。おもしろいわ、この子」

 

先ほどのテンションから打って変わり考え込む一誠の姿を見ながら、リアスが本当におかしそうに笑う。

 

「あらあら。部長が先ほど仰っておられた通りですわね。『おバカな弟が出来たかも』だなんて。うふふ……」

 

然り気無く酷いことを言いながら朱乃もにこやかに笑うと、リアスは言う。

 

「というわけで、イッセー。私の下僕ということでいいわね? 大丈夫、実力があるなら何れ頭角を現すわ。そして、爵位も貰えるかもしれない」

 

「はい、リアス先輩!」

 

「違うわ。私のことは『部長』と呼ぶこと」

 

「『部長』ですか? 『お姉さま』じゃダメですか?」

 

その問いにリアスは真剣に悩んだ後、首を横に振った。

 

「うーん。それも素敵だけれど、私はこの学園を中心に活動しているから、やはり部長の方がしっくりくるわ。一応、オカルト研究部だから、その呼び名で皆も呼んでくれているしね」

 

「分かりました! では、部長! 俺に悪魔を教えてください!」

 

一誠のその言葉にリアスは心底嬉しそうに小悪魔的な笑みを浮かべ、指で一誠の顎を撫でる。

 

「フフフ、いい返事ね。いい子よ、イッセー。いいわ、私があなたを男にしてあげるわ」

 

その瞬間、一誠の中で何かが弾けた。

 

「おっしゃあ! どうせ人間に戻れないなら突き進むのみ!」

 

意外にもすんなり状況を受け入れてしまう一誠。スケベ根性機能全開で、その勢いは止まらなかった。

 

「ハーレム王に、俺はなるっ!」

 

そして恥ずかしげもなく歪んだ野望を豪語する一誠は、リアスに訪ねてみた。

 

「で、俺は何をすればいいんですか? 何でもやりますよ!」

 

「フフ、いい心掛けね。――取り敢えず、あなたには実績を積んでもらうことになるわ。心配しなくても、人間と契約して対価を得る……ただそれだけよ。そしてそれが私たち悪魔の力になるの。その実績が認められれば、あなたも爵位を得て下僕を持つことが許されるわ」

 

リアスが説明する中、八雲と小猫は端に動く。

 

「爵位は生まれも育ちも関係するけれど、成り上がりで爵位を得る悪魔もいる。勿論、イッセーのような人間から転生した悪魔にも、チャンスは与えられるわ」

 

「じゃあ、俺も爵位を持てばハーレムも夢じゃない!?」

 

「そういうことね。だから、これからイッセーには働いてもらうわ。――八雲、小猫」

 

「はい。――ほら、兵藤」

 

ドサッ!

 

すると、端でなにやらゴソゴソしていた八雲と小猫は、リアスの言葉と共に一誠の目の前に数箱の段ボールを置いた。

 

重量感のあるそれらの中には先ほどの簡易版魔方陣のチラシが敷き詰められており、それを目の前にした一誠にリアスは言った。

 

「取り敢えず、まずはこれを配ってもらおうかしら」

 

「……はい」

 

「……まあ、頑張れよ」

 

大量のチラシを目の前に途方に暮れる一誠に、八雲は一誠の肩に手を置いて応援するのだった。

 

一誠のハーレムまでの道のりは、まだまだ遠い……。

 

 

 

 

 

 

冒頭から数日後の夜に、学園の校庭に2つの人影が動いていた。

 

「はあっ!」

 

周囲が結界に囲まれている中、祐斗と八雲が模擬戦をしており、その様子をリアスと朱乃、何かに抱きついている小猫が離れた場所で観戦していた。因みに、一誠はチラシ配りの為にこの場にはいない。

 

「ふんっ!」

 

祐斗の鋭く素早い剣撃を、八雲は『二十四気の神操機』で受け流しては祐斗の隙を狙い拳や掌低を打ち込もうとするが、同じく祐斗も剣で受け止めては八雲の隙を突いた。

 

カキン! ガン! ガギン!

 

激しい攻防。お互い間合いを取りながらも素早い動きで接近し、拳と剣がぶつかりあう度に火花が散っている。

 

「くっ……!」

 

祐斗は翼を広げ空を飛ぶ。接近戦から一転し、一撃離脱(ヒット&アウェイ)へと戦法を切り替えた。

 

「逃がすかよ!」

 

しかし八雲は【動】の闘神符を使い、祐斗と同じ位置に飛んでは急接近した。

 

お互いに空中を旋回しながら再び拳と剣のぶつかり合いが続く中、八雲は新たに覚えた【火】の闘神符を拳圧で飛ばした瞬間、闘神符から火の弾が発生し、祐斗の剣を弾き飛ばした。

 

「しまっ――」

 

剣を弾かれて生まれた祐斗の一瞬の隙。透かさず八雲は祐斗を掴み、地上へ叩き付けるが如く、祐斗を勢いよく投げ飛ばした瞬間、八雲自身も【動】の八卦の陣から高く跳んだ。

 

「だあっ!」

 

そして祐斗は空中で停止するが、その瞬間に八雲が跳躍からの急降下による跳び蹴りが迫り、咄嗟に祐斗は交差した腕で防ぐが、蹴りの勢いに負けて背中から地上へと激突してしまった。

 

「ぐあっ!」

 

受け身を取れずに仰向けになった祐斗。その瞬間、八雲の右手の手刀が祐斗の喉を捕らえていたのだった。

 

「勝負あり……だな」

 

「お疲れ様、2人共」

 

勝敗が決した2人のもとに、祐斗の剣を回収したリアスたちが近づいて来ると、八雲は神器を収めて横になった祐斗の手を掴み立ち上がらせた。

 

「いやぁ、悔しいな。結構本気で向かったつもりだったんだけどな」

 

「いや、運が良かっただけだ。俺も結構ギリギリだったしよ」

 

そう言いながら、八雲は防御した腕の痺れを取る様に振る中、声を掛けられる。

 

「おつかれさま、やくも!」

 

全員が声のする方へと……小猫に後ろから抱きしめられている者へと視線を向けた。

 

白鳥の雛に似た鳥人的な外見を持つ、大きなぬいぐるみの様な者。下半身がすっぽり入る程の漆塗りの御椀を装着し、大きな針を備えた小猫よりも若干小さな者。

 

その名は『癒火(いやしび)のヒヨシノ』。鍛練の成果で出会った八雲の新たな仲間だ。

 

話は変わるが、『二十四気の神操機』に宿ったシキガミを目覚めさせるには様々な条件がある。しかし、大体のシキガミに対しては八雲が成長する度に目覚めており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ヒヨシノ。先に祐斗の具合を見てくれ」

 

「わかった!」

 

八雲の言葉にヒヨシノは了承すると、祐斗に近付いてはペタペタと体を触っていった。

 

「だいじょーぶ! このくらいなら、ぼくのはりでなおせるよ!」

 

そう言いながら、ヒヨシノは『陰陽針・痛点角(つうてんかく)』の切っ先で祐斗の背中をつついていくと、祐斗は穏やかな表情を浮かべていた。

 

悪魔(わたしたち)でも癒せるのね」

 

「うん! いやしびいちぞくは、かいふくをつかさどるからね! かんたんなきずぐらいなら、どんなしゅぞくでもちょちょいのちょいだよ! はい、おわり! つぎは、やくもだよ!」

 

リアスの言葉に答えながらヒヨシノは祐斗の治療を終えて八雲に移ると、痛点角を八雲の両腕につついた。

 

「それにしても、祐斗くんを相手に勝つなんて凄いですわね」

 

「……八雲先輩。今度……機会があれば、私と組み手をお願いします……」

 

「ああ。約束だ」

 

朱乃は八雲の身体能力に感心し、小猫は八雲と模擬戦の約束をした。

 

「おわったよ、やくも!」

 

「ありがとうヒヨシノ、ご苦労様。戻ってくれ」

 

「うん! まったねー!」

 

ヒヨシノの頭を撫でた八雲はヒヨシノを帰すと、頃合いを見てリアスが言った。

 

「それじゃあ、今日はこの辺で切り上げて部室に戻るわよ」

 

「はい」

 

「そうですね」

 

「畏まりました」

 

「分かりました」

 

八雲、祐斗、朱乃、小猫は返事をし、リアス一行は部室に戻ろうとした……………その時だった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

全速力で自転車を漕いだ一誠が校庭に到着し、リアス達は足を止めた。

 

「部長! 兵藤一誠。チラシ配りを全部終わらせて戻って来ました!」

 

「あら、もう配り終えたのね。あんなにあったのに」

 

「ハーレムのためなら余裕です!」

 

全速力で自転車を漕いだにも関わらず、一誠は笑顔でリアスに敬礼した。

 

「それじゃあ、次のステップに移ってもらいましょうか」

 

「もしかして……やっとチラシ配りの下積みから脱出ですか!?」

 

「ええ。ひとまず、部室に戻ってから準備をするわ」

 

「はい!」

 

改めて、リアス一行は部室に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ朱乃、お願いね」

 

「はい」

 

戻って暫くすると、リアスから指示を受けた朱乃は部室の魔方陣の中央へ移動して静かに詠唱を始めると、魔方陣が青白く淡く発行する。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

「今、イッセーの刻印を魔方陣に読み込ませているところよ」

 

刻印。眷属悪魔にとっての証であり、魔力を発動も全て魔方陣を絡めたものになるのだ。因みに、部室の床に書き込まれた魔方陣は、グレモリーの家紋を表している。

 

「イッセー、手のひらをこちらに出してちょうだい」

 

「え? はい……」

 

言われるまま一誠は左手を差し出すと、リアスは一誠の手のひらを指先で軽くなぞった瞬間、一誠の手のひらが光り出した。

 

そして光が収まると、一誠の手のひらにも青白く光る魔方陣が書き込まれていた。

 

「それは転移用の魔法陣を通って依頼者の元へ瞬間移動する為のものよ。そして、契約が終わるとこの部室に戻してくれるわ。――朱乃、準備はいい?」

 

「はい部長。いつでもいけますわ」

 

リアスの確認に返事を返した朱乃は、魔方陣の中央から身を引いた。

 

「さあ、魔方陣の中央に立って」

 

「はい!」

 

リアスに促され、一誠が魔方陣の中央に立つと魔方陣の青白い光が一層強く輝きを増し、その光に包まれた一誠は体の内側から力が溢れてくる感覚に見まわれる。

 

「魔方陣が依頼者に反応しているわ。イッセー、これからその場所へ召喚される訳だけど、到着後のマニュアルは大丈夫よね?」

 

「はい! 依頼者と契約を結び、願いを叶えて、対価を貰う……ですよね!」

 

「結構よ。じゃあ、行ってきなさい!」

 

「行ってきまっす!」

 

「頑張れよ、兵藤」

 

「おう!」

 

一誠が八雲に返事した瞬間、一誠を包む光が最高潮に達した。

 

『うおっまぶしっ』

 

あまりの眩しさに思わず一誠やコゲンタも目をつむってしまうが、次に目を開けた時は依頼者のもとにいるはずだと一誠は思った。

 

瞬間移動に契約取り、何れにしても初めての体験に胸を躍らせる一誠は、依頼を無事完遂してみせようとした。

 

全て自分の『(ハーレム)』の為に……その実現の為に!

 

そして暫くして、恐る恐る目を開けた一誠の目に最初に映ったのは――

 

「……………あ、あれ?」

 

もう既に見慣れた木造づくりの部屋。そして額に手を当てて困り顔のリアスに、苦笑いを浮かべる朱乃。そしてキョトンとした表情を浮かべる八雲、祐斗、小猫の姿だった。

 

要するに、一誠がいるのはこれから向かうはずだった依頼者のもとではなく、オカルト研究部の部室だったのだ。

 

「イッセー」

 

何が起こっているのか未だに理解出来ていない一誠に、リアスが声を掛ける。

 

「は、はい……」

 

「残念だけど、あなた、魔方陣を介して依頼者のもとへジャンプ出来ないみたいなの」

 

「え……?」

 

怪訝な表情を浮かべる一誠に、リアスが説明する。

 

「魔法陣は一定の魔力が必要な訳だけど……これはそんなに高い魔力を有するものではないわ。寧ろ魔方陣ジャンプなんて、悪魔なら子供でも出来るわ」

 

「えーっと、つまり……どういう事でしょうか……?」

 

「つまり、あなたの魔力が子供以下……いえ、低レベルすぎて魔方陣が反応しないのよ。あまりにも低すぎるの」

 

「なっ!? な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!?」

 

衝撃の事実を突き付けられ、絶句してしまう一誠。

 

「あらら……」

 

「……無様」

 

追い打ちを掛けるかの様に、八雲の溜め息と小猫の無慈悲な言葉に打ちのめされてしまう。

 

「あらあら、困りましたわねぇ。どうします、部長」

 

さすがの朱乃も困り顔でリアスに尋ねると、暫し考え込んだリアスが一誠にハッキリと言い渡す。

 

「前代未聞だけれど、依頼者がいる以上、待たせる訳にはいかないわ。イッセー」

 

「はい!」

 

「足で直接現場へ行ってちょうだい」

 

「はい……………って、足ぃ!?」

 

予想外の答えに驚愕してしまう一誠。

 

「ええ、チラシ配りと同様に移動して、依頼者宅へ赴くのよ。仕方ないわ、魔力がないんだもの。足りないものは他の部分で補いなさい」

 

「チャリでお宅訪問!? そんな悪魔存在するんですか!?」

 

『そりゃあ……』

 

「……………」

 

ビシィッ!×2

 

コゲンタと共に、小猫は無言で一誠を指差した。未だにコゲンタの姿を見ていない一誠にはコゲンタの行動は知らないが、小猫のその行為が一誠の心を抉りに抉った。

 

そして、リアスは真剣な表情で一誠を急かした。

 

「ほら、行きなさい! 契約を取るのが悪魔のお仕事! 契約者を待たせてはダメよ!」

 

「う、うわぁぁぁぁぁん! 頑張りますぅぅぅぅぅ!」

 

出世街道を出鼻から挫かれ、一誠は涙を流しながら部室を後にしたのだった。

 

『……いっその事、八雲に送ってもらったらいいんじゃねえの?』

 

「ダメだ」

 

「ダメよ」

 

一誠が出て暫くした後、コゲンタの何気無い言葉に八雲とリアスは同時に言葉を発した。

 

「これは兵藤の仕事だ。俺が出る幕は、主にはぐれ悪魔討伐だ」

 

「それに、他の者に契約の手伝いをして貰うのは、あの子の為にならないわ。辛いと思うけど、イッセーには頑張って貰うしかないわ」

 

「そう言う事だ。――それじゃあリアス部長。俺達は帰ります」

 

そう言われ、リアスは時間を確認した。そろそろ戻らないと、幾ら部活動で遅くなると説明はしたが、遅すぎては八雲の祖父母が心配してしまうからだ。

 

「ええ、ご苦労様」

 

「また明日ね、八雲くん」

 

「お疲れ様」

 

「……八雲先輩。バイスです」

 

「バイス。それじゃあ……」

 

リアス、朱乃、祐斗、小猫に見送られ、八雲は部室を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

八雲が帰った頃、目元を涙で濡らしながら一誠は全力で自転車を漕ぎ、依頼者のもとへやって来た。

 

場所は学園から30分ほど離れたマンション。依頼者の機嫌を気にしながらも、ドアの前に立ち呼び鈴を鳴らす。その際、こんな自分に虚しさを感じてしまったが……。

 

「えっと、こんばんはー。悪魔グレモリー様の眷属ですが、召喚された方はこちらですよねぇ?」

 

少ししてインターフォンから反応が来る。因みに、この一誠の言葉は依頼者以外には感知されないので、関係ない者には迷惑が及ばないのだ。

 

『開いてます。どうぞにょ』

 

返ってきたのは野太い声。それは明らかに男性のものだった。

 

「……にょ?」

 

聞き間違いだろうと納得させながらもドアを開け、玄関で靴を脱いで中に進む一誠。部屋の扉を開けた瞬間、絶句した。

 

「いらっしゃいにょ」

 

それは圧倒的な巨体に、圧倒的な存在感を放つ男だった。

 

鍛え抜かれた筋骨隆々な男が、ゴスロリ衣装を着こんでいる。しかも服の端々が今にも破れそうで悲鳴を上げており、ボタンもはちきれそうだ。

 

何よりも双眸から凄まじい殺意を一誠に向けているにも拘わらず、瞳は純粋無垢な輝きを放っていた。

 

そして極めつけには、頭部に装着されたネコミミ。しかもたまにピコピコと可愛らしく動いてるではないか。

 

そんな異常な存在感に一誠は生唾を飲み込み、頬に一筋の汗が流れる。手は緊張から小刻みに震えながらも、目の前にいる男を見て瞬時に理解する。

 

まさに……………(おとこ)だ。

 

「あ、あの……あ、悪魔を……グレモリーの眷属を召喚しましたか……?」

 

本能が警報を鳴らす。圧倒的な存在感と死地に足を突っ込んでいる危機感にも拘わらず、今の一誠には逃げるという選択肢は存在しなかった。

 

そして一誠は勇気を振り絞り恐る恐る訪ねた瞬間――

 

カッ!

 

「ヒィ!」

 

そんな効果音を立てる様に漢の目が光った。悪魔の身でありながら、一誠は情けない悲鳴をして身を守る様に体勢を作っていた。

 

「そうだにょ。お願いがあって、悪魔さんを呼んだにょ」

 

漢の野太い声から不可解な言語が飛び出し、インターフォンから聞いたのは聞き間違いではなかったと一誠は内心驚愕した。

 

そして、漢は一誠に言った。

 

「ミルたんを魔法少女にしてほしいにょ」

 

「異世界にでも転移してください」

 

一誠は即答した。

 

いきなりの規格外の願いに頭を抱えてしまい、漢の言動が一誠を混乱させる。

 

「それはもう試したにょ」

 

「試したの!?」

 

「でも無理だったにょ。ミルたんに魔法の力をくれる人はいなかったにょ」

 

「いや、ある意味、今の状況が魔法的だけどさ……」

 

「もう、こうなったら宿敵の悪魔さんにお願いするしかないにょ」

 

「宿敵なの!?」

 

「悪魔さんっっ!」

 

「は、はいっ!?」

 

漢……ミルたんが発する部屋全体を震えさせる声量に、一誠は反射的に返事を返す。

 

「ミルたんに……ミルたんにファンタジーなパワーをくださいにょぉぉぉぉぉっ!」

 

「いや、もう十分にファンタジーですよ! ファンタジー通り越してホラーなんですけど! ってか、泣いてもいいよね、俺!」

 

「にょぉぉぉぉぉっ!」

 

「ミ、ミルたん! ミルたん、落ち着いて! 俺で良かったら相談のるから!」

 

取り敢えず話を聞こうと一誠はミルたんを落ち着かせると、ミルたんは大粒の涙を拭い、強面に満面の笑みを浮かべながらある物を一誠に見せた。

 

「じゃあ、一緒に『魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ』を見るにょ。そこから始まる魔法もあるにょ」

 

こうして、一誠の長い夜が始まった。

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

一誠の初仕事が終わって翌日の放課後。一誠はリアスの目の前に立ち、顔面蒼白となっていた。

 

「……………」

 

一方のリアスは、眉を吊り上げて無言のままであり、そんな2人の光景を八雲は黙って見ていた。

 

『なあ。どうしたんだ?』

 

コゲンタは小声で八雲に訊くと、八雲は答えた。

 

(昨日の仕事の事だよ。登校中に兵藤から愚痴を溢されただろ?)

 

『あー、あの事な』

 

そう……八雲の言う通り、登校中に兵藤と出会い、開口一番に昨夜の仕事内容で愚痴を聞かされた。

 

ミルたんと言う漢と共に朝までアニメ鑑賞し、真面目に見ようと思わなかったのに無駄に熱い演出と泣けるシナリオで大いに見入ってしまい、肝心の契約が破談してしまい、その時の一誠の表情はとてつもなく沈んでいた。

 

「……イッセー」

 

「は、はい!」

 

リアスの低く怖い声音に、一誠は返事した。

 

「依頼者とアニメを見て、それからどうしたのかしら? 契約は?」

 

「け、契約は破談です……。その後、依頼者にとあるアニメの設定資料集やら色々見せられては教えられてました!」

 

真面目に説明し、涙目になる一誠。

 

「じ、自分でも情けなくて……………いえ、いち悪魔としても情けないとしか思えてなりません! は、反省してます! すみませんでした!」

 

一誠は謝罪の言葉と共に深く頭を下げる中、リアスはとある用紙を向けた。

 

「……契約後、例のチラシにアンケートを書いて貰う事になっているの。依頼者の方に「悪魔との契約はいかがでした?」って。それで、チラシに書かれたアンケートはこの紙に表示される訳だけど……」

 

『ん? どれどれ……』

 

内容が気になったのか、コゲンタも一誠と共にアンケートを見ると、こう書かれていた。

 

[楽しかったにょ。またあくまさんと一緒に、ミルキースパイラルを見たいにょ。これからもよろしくだにょ(はぁと)]

 

妙に丸っこく可愛らしい文字で書かれていたが、最大級の賛辞であり、不覚にも一誠は胸が熱くなった。

 

『うわぁ……』

 

だが、コゲンタは内容よりも文体に引いてしまった。

 

「こんなアンケート、初めてだわ。ちょっと、私もどうしていいか分からなかったから、少し反応に困ってしかめっ面になってしまっていたでしょうね」

 

「えっ? じゃ、じゃあ……怒ってなかったんですか?」

 

「でも、悪魔にとって大切な事は召喚してくれた人間との確実な契約よ。そして代価を貰い、悪魔は永い間存在してきたの。……今回の事は私も初めてでどうしたらいいか分からないわ。悪魔としては失格なんでしょうけれど、依頼者は喜んでくれた……」

 

困惑顔のリアスだったが、ふっと笑みを漏らす。

 

「でも面白いわ。それだけは確実ね。イッセー、あなたは前代未聞尽くめだけれど、とても面白い子ね。意外性ナンバー1の悪魔なのかもしれないわ。けれど、基本の事は守ってね♪」

 

最後に可リアスは愛らしいウインクをすると、一誠のテンションは一気に舞い上がった。

 

「はい! 頑張ります!」

 

そして一誠は決意を改めて固めた。悪魔として契約をバンバン取って取って取りまくり、成り上がって爵位を授かり、自分だけのハーレムを作るのだと……。

 

そんな一誠の想像を察したのか、八雲は呟いた。

 

「……エロスは程々にな」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。