男の娘アイドルによるスクールアイドル育成譚   作:片桐 奏斗

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第4曲目 なんで、やめてないの?

 

「は、初めまして。新垣玲奈です」

 

 電話で聞いた教室を忘れてしまっていた俺だったが、無事に教室にたどり着くことが出来た。

 教室前に着いた俺を迎えたのは、俺が所属することになったクラスの女性教員だった。

 おそらく事前に理事長から体へ触れられることが苦手だという情報だけは聞いていたのか。俺を教室へ誘導しようとしていたが、決して体に触れることはなかった。

 その様子から察するに、俺は他人に触れられることを嫌っているとだけ連絡しているのだろう。まさか、俺が男で女性恐怖症だなんて言えるわけがないので、そうとしか考えようがない。

 

 そして、今……。

 教員によって教室内に招かれた俺は絶体絶命とも言える状況にいた。

 

 クラスメイトが全員揃ってこちらに視線を寄越しているのを目の当たりにして、早くも挫折しそうだった。

 「知り合い」ならいいけど、「他人」と触れ合うのは正直堪える。

 

「え、えっと、音楽鑑賞が好きで、日ごろから聴いてます。趣味はカラオケで歌うこと。まぁ、そこまで上手くはないんですけどね」

 

 頬を掻きながら恥ずかしげに当たり触りのない自己紹介を行う俺。

 平々凡々としている紹介文なんて、テンプレート化しているだろうし、気にされないで済むと思う。

 俺的には最初からツンデレ風口調で誰も寄せ付けないスタンスを貫いてもいいんだけども、それがキッカケでイジメに発達するのは面倒だし、ほんの少し人付き合いは苦手だし、人見知りだけど、歩み寄ろうとしている女の子ってのを目指そうかなと思っている。

 

「よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げるのを見計らった後、教壇前の教師が「新垣さんに何か質問がある人はいますか?」と問い掛けた瞬間、教室の所々から挙げられる手。

 いきなり質問がわんさか湧いてくるとは思いもしなかったので、多少引いてしまったが、気にせず質問に備えることにした。

 

「はい、高坂さん」

 

 手を挙げた少女たちの中で人一倍元気良く手を挙げた少女を当てた先生。

 別に誰を当てようが投げかけられた質問に的確な答えを返すだけなのだから、構いやしない。

 

 高坂……? 高坂って、どっかで聞いたことがあるような気が。

 

「えっと、玲奈ちゃんはアイドルに興味がありますか?」

「……どうして?」

「容姿が整っているし、そうなのかなぁって思って」

 

 要するに俺の容姿が綺麗で、テレビでよく放送されるアイドルのそれと大差がないと思い、アイドル活動をしていると考えたのかな。

 半分正解で、半分ハズレだけど。

 

 確かにアイドル活動はしていたけど、それは男として……RENとしてなので、この容姿とはあんまり関係がない。あるとすれば、薄化粧から漂う微かな素顔から遡ること。この化粧した顔からすっぴんがどんな顔かをイメージ出来たならば、もしかしたら顔立ちがアイドルと変わらないかも知れない。

 

 どちらにせよ、自分で言うと自慢しているようにしか聞こえないので、やめておこうか。

 

 

「別に、アイドルなんてしたくてしてるわけじゃないし」

 

 ーーアイドルなんて、くだらない。

 

 その一言が脳内を過った直後、教室内が騒がしくなる。

 

「え? な、何?」

「ほら、海未ちゃん。やっぱりそうだったじゃない」

「たまには当たるものなんですね。穂乃果の勘も」

 

 海未ちゃんという少女から穂乃果と呼ばれ、先生に当てられ質問を行った高坂は嬉しそうに表情を綻ばせた。

 

 さながらその様子は高坂の転入生がアイドルであるという予想が当たったみたいに。

 

 ーーもしかして、俺、今のセリフを口に出して言ってしまっていたのか?

 

 俺の馬鹿。と自分の軽率な行動に対し、悪態をついていると、今度は高坂の友人らしい女子から声をかけられた。

 

「では、あなたは本当にアイドルなのですね?」

 

 一発で何でも信じる高坂とは真反対といっても良い態度を取る高坂の友人。

 正直、いきなりアイドルだと言われたとして、ほとんどは「本当に?」「嘘でしょ」となる。

 その反応は正解だと個人的には思う。

 おそらく、高坂の反応がかなりおかしい。疑う素振りを見せないにしても、ちょっとぐらい疑う心を持とうよ。今のままだと、高坂の印象が騙し易く扱いやすい少女という情報が頭ん中にインプットされてしまう。

 もしも、そんなことになってしまえば、俺は彼女を利用し続け、誰かを騙す際にはあいつから騙せばどうにかなるとすら思えるようになってしまう恐れがある。

 

 

「ま、まぁ、一応は。でも、まだ売れっ子ってわけでもないから見習いって言った方が正しいかもだけど」

 

 なるほど、といった顔で納得する高坂の友人。だったが、ほんの少しだけ申し訳なさげな表情をチラリと見せた。

 

 スクールアイドルとは違って気軽に始めることが出来ず、スタートラインに立てたとしても成功するかどうかなんて誰にもわからない。自分は成功すると考えて、いざアイドルになったが、成功しなかった女の子って認識してるんだろうね。まぁ、実際には女の子でもないし、アイドルとして一応成功してるんだけどね。

 まぁ、誤解させといた方が話を進める上でもだいぶ楽になるから、撤回はしないけど。

 

「……玲奈ちゃんっ!!」

 

 高坂の友人と話していると、机をバンッと勢いよく叩きながら立ち上がる少女と目が合った。その少女は高坂穂乃果。アイドルの話に異常なまでに食い付き、この音ノ木坂学院のスクールアイドル『μ's』のリーダー。

 同じ東京地区のスクールアイドル――『A-RISE《アライズ》』と比べたら天と地ほどの差があるけれども、何故か目が離せないタイプのグループだと思う。

 

「『μ's』に入ってください!」

 

 高坂の衝撃的な発言によって、周囲の空気が凍り付く。

 それは単純に問題発言を聞いた俺の表情が一変し、険しい表情になったのを目視してしまった少女達が怯えてしまったが故にそうなったのかも知れない。

 

「なんで私を誘ったの?」

 

 人によっては絶対零度と表されるであろう冷たい眼差しで、俺に取っては意味不明な提案をしてきた高坂を睨みつける。

 テレビに映り、ファンの人々を幸せにするために、愛想良くしていなければいけないような類の職業につくアイドルとしての顔ではない表情を高坂に見せていた。

 

 別にアイドルが気に入らないわけではない。ただ、純粋に俺はアイドルに興味がないだけ。

 

 無関心といっても良いだろう。

 

 アイドルをしてても何も楽しくないし、目標もない。単にファンの人達にREN《げんそう》を見せるだけ。

 人当たりのよい笑顔を浮かべ、本当には笑わず。普段の性格を誤魔化して、他人が好みそうな人を演じる。

 

 

 そんな行為をしているうちに、俺はアイドル活動に対し、やる意味を失った気がした。

 いつもの自分を捨てないといけない分、嫌気がさしていた。

 だからこそ、アイドル活動から一時的に離れたんだ。

 

 

 

 ――自分が本当にしたいことを見つけるために。

 

 

 

「玲奈ちゃんが実際にアイドルだから、力を貸して欲しいって意味でもあるんだけど。それよりも一緒にアイドルを楽しみたいなって思って」

 

 アイドルを楽しみたい?

 

 結果だけ言ってしまえば、そんなこと出来るわけがない。

 俺だって最初は夢に満ち溢れたアイドル活動に想いを馳せながら、積極的に頑張っていこうと思ったよ。でも、そんなことは出来なかった。

 最初はメディアに映る面しか見ていなかったので、楽しそうとしか思えなかった。一般の世界が自分に合わないなら業界の世界に入るしかない、と。

 

「……お断りします。アレは楽しめるものじゃないですから」

 

 だから、俺は否定する。

 

 少なからず冷ややかな雰囲気をまとっていると誰もが察したのだろう。俺の言葉を耳にしたクラスメイトと担任は口を開けずにいた。

 おそらく全員が想像したはずだ。玲奈としてのプロフィールとしてはアイドルをしていながらも、名前が知れ渡っていない。つまり、アイドルになれたばかりの新人、或いはなったけれども底辺にいる存在だと。

 あんだけ刺々しい口調で言い放ったのだし、誰も何も言ってこないだろうと高を括り、一ヶ所だけ空いている席へと向かおうと足を踏み出した瞬間。

 

 唯一、空気を読まずに口を開いた少女がいた。

 

 

「そっか……。でも、諦めないからね」

「私の言葉をちゃんと聞いてた? アイドル活動なんてする気ないの。いくらスクールアイドルといっても。 だから、私は……」

 

 行く手を阻むように目の前に立ちふさがり俺に「諦めない」と宣言した高坂に内心苛々してしまい、顔を顰めながら呟く。

 

「だったら、なんでやめてないの?」

 

 アイドルをするつもりはないの。大嫌いだから。という続きの台詞が俺の口から放たれることはなかった。何故なら、高坂の一言が妙に心に突き刺さったから。

 

 本当にアイドル生活に嫌気が差していたなら、アイドルをやめれば良かった。無理して続けることに意味はない。それは最初に兄貴から言われていた。何事にも挑戦するのはお前の良いところだが、本当は嫌なのに続けるのはお前の悪い癖だと。

 

 

「私は……」

 

 俺はなんでアイドルをやめなかったんだろう。

 冷静に考えても考えても、結論が出てこなかった。アイドルとしての活動が嫌いで、人前で愛想を振るなんて媚びを売るような行為、俺は大きっらいなはずなのに。なんで……。

 

「高坂さーん? あまり転入生をイジメないの」

「はーい。玲奈ちゃん、意地悪してごめんね」

 

 教壇の前にいた担任からの叱りの言葉をいただいた高坂は、塞いでいた道を開け自分の席へと座る。

 俺も高坂に倣うように空いている席へと歩みを再開し、着席する。

 そんな俺らの様子を見届けた担任は、教壇の中へとしまっていた教材を取り出し、授業を始めようとしていた。

 

 ちょうど俺が転入してきたこの日は、クラス担任の担当教科から始まるようだ。

 チラッと見えた教材には『数学Ⅱ』と書かれていたので、今からやるのは数学なのだろう。何処まで進んでいるのか進行度が良くわからないし、俺の知識が中学校ので途切れているんだけどついていけるかな。

 一応、高校には入らなかったけど、兄貴に色々と勉強は教えてもらってたので、たぶん大丈夫だと思いたい。

 

 

 

 


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