男の娘アイドルによるスクールアイドル育成譚   作:片桐 奏斗

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第3曲目 廃校を阻止出来る希望の光

 音ノ木坂学院理事長室前――。

 

 

 無事に案内を終えた絵里先輩は、自分の教室に行って自習しないといけないからと言い足早に去って行ったので、この場にはいない。

 

 理事長に呼ばれたのは俺一人なので、他に人がいたら他言無用な話が一切出来ないからね。この学院内で俺の本当の性別や本名を知っているのは、理事長ただ一人なのだし。わざわざ、俺の秘密をバラす必要性が感じられない。

最悪、ねずみ算式に広まっていく可能性もあるのだからね。女子の情報網の広さや伝達スピードは痛いほど理解しているつもりではあるし……。

 

 

 

 ――面倒の種は根絶していくに限る。

 

 

 理事長室の前にまで来た俺は、深呼吸を数回し、気分を落ち着かせる。

 

 今から会う人は絵里や希と違って、元から俺が男だとわかっている人なんだ。そう考えただけで、さっきまでとは別の緊張感が俺の体を強張らせていく。

 

 

 

 コンコンッ……。

 

 

 理事長室の扉をノックした音が静かな廊下に響く。

 

 もっとワイワイとした空間であれば、ここまで神経質になることもなかったのだろうが、逆にほぼ無音と言っても過言ではないこの空間ではネガティブな気持ちが前面的に押し出されてくるので正直怖くて仕方がない。

 

 理事長以外の人にバレてしまっては、女装してまで女子高に侵入してきた変態男っていうレッテルを貼られてしまうからだけど。

 

『はい、どうぞ』

「失礼します」

 

 中から入室を促す声が聞こえたので、ゆっくりとドアを開ける。

 そして、不自然のない歩行を心掛けながら理事長の前まで慎重に歩く。

 この人には既に話は行き渡っているだろうが、普段から気にしてないと不意に出てしまうかも知れないから徹底するに限る。

 

「母がお世話になってます。新垣蓮です」

「あなたが蓮君ね。……ここでは玲奈ちゃんって言った方がいいのよね?」

「ええ。ですが、あなたは事情を知っているので本名の方が良いかと思いまして」

 

 正体を知っている人には、ちゃんとした礼儀を持って挨拶をした方が良いかと思ったんだけど失敗だったのだろうか。理事長の表情は硬かった。

 

「それはありがたいけど、誰かが何処かで盗み聞きしてるかも知れないのよ?」

「あっ……」

 

 ついさっき外と中で会話した際も結構響いていたように思えるので、ここの壁はそんなに厚くない。つまり、外で耳を澄ましたら中の会話が鮮明に聞こえるというわけだ。

 バレたら変態のレッテルを貼られると言ったばかりなのに、こんな失態をするなんて俺、かなり緊張してるのかな。

 

 

「壁に耳あり障子に目あり」

「え?」

「……っていうでしょ? 特に秘密は人の好奇心をくすぐる行動なのだから気をつけないと」

 

 ――確かにそうだ。

 

 人の秘密は暴きたくなるし、密談や密会が行われていたら盗み見や盗み聞きをしたくなる。人の好奇心を甘くみてはいけない。

 

「そうですね」

「今は朝のホームルームの時間だから大丈夫だと思うけどね」

 

 教員室にいる職員がこちらを通り過ぎる可能性が皆無とは言えないってことかな。

 

「それはまぁ、置いときましょう」

 

 その問題を放置しても本当に問題ないのかと尋問したいところではあったが、おそらく追求しても快い答えが返ってこないことを既に把握しているので口にしない。

 

 これは俺の極論なのだが、笑顔が素敵な女性は多かれ少なかれイジメ体質というか、エスっ気が強いと思っている。

 

 

 

(まぁ……、経験談でもあるんだけどね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この後、事前に伝えた情報通りの教室に向かってくれる?」

 

 あれ、俺が伝えられた教室ってどこだったっけ。電話で昨日、聞いてたはずなんだけどな。ま、思い出さなくても教室は二つしかないわけだし、わかんなくなったらどっちも寄ればいいだけだよな。

 

「了解です」

「そこにあなたが求めるモノを持っている人たちがいるわよ」

「人たち……ですか?」

「ええ。きっとあなたも気に入ると思うわよ」

 

 あの子たち――μ's(ミューズ)のメンバーをね。と付け加えるように告げる理事長。

 その言葉でだいたいの事情を理解出来た。おそらく、この環境でも男子が生活出来るのかどうかを俺で確認し、共学の目処を立てつつも、別の作戦として今、巷で有名なスクールアイドルを作ったのだろう。

 理事長が言い出したのか、彼女らが言い出したのかは不明だが、UTX学院のアレを見て閃いたのだろうね。

 

「そこで、あなたに来てもらった理由なのだけど、その子たちのマネージャーになって欲しいのよ」

「……俺はテスト生をやれと言われた記憶があるのですけど」

 

 思わず男言葉が出てきてしまったが、俺は元々、音ノ木坂学院を共学にしても大丈夫なのかというテスト生で来たはずだ。

 いきなり共学にしても大量の男子が来るとは思えない。そこで、いっぱいの女子に囲まれながらでも問題が起きないか、女子の本当の生態を知っていても幻滅せずに生活を送ることが出来るのか。それらの情報を得るためにわざわざ女装してここにやってきたんだ。

 

 アイドル業務から離れた直後にスクールアイドルのマネージャーをやれと言われても、間髪入れずに首を縦に振れるわけがない。

 

「それはそれ、これはこれよ。私はあなたに期待しているけど、あの子たちにも期待しているのよ。音ノ木坂学院の廃校を阻止出来る希望の光だと」

「……わかりました。その子たち――μ'sと会ってから考えます」

 

 彼女たちの実力が音ノ木坂学院の廃校を阻止出来ると確証を持てるぐらい凄ければ、俺は全面的に協力をするだろうが実力が未知数な今の状態では何とも言えないな。

 

 失礼します。と退室の意を伝え、理事長室を出る。

 そのまま、自分の教室があるであろう二年生のエリアへ向かう途中、俺は先程聞いたばかりのグループ名に思いを馳せる。

 

 

 ――名前を付けたのが誰だかは知らないけど、μ'sか。

 

 

 どういう意図でその名を付けたのかわからないけど、俺が考えている理由と一緒であるならば、そのグループはいずれ九人になるのだろう。

 

 ギリシャの文芸を司る九人の女神たち――ムーサに由来するものだろう。

 

 

(……おそらく偶然だろうけど、皮肉なものだね。俺に付けられた渾名と関連する名称をこんなところで聞くなんて)

 

 新垣蓮こと『REN』に付けられた渾名――。

 それは、現代のオルフェウス。

 この名が付けられるに至った理由だが、とある番組で人気絶頂中のアイドルとの距離がだいぶ縮まることがあった。だがしかし、俺は決してそれを許さなかった。

 女性恐怖症で喋ることは出来ても触れ合うことが出来ない俺にしては、それは拷問に近かった。

 その様子を見かけたスタッフは生放送であったにも関わらず俺に途中退室を促し、『REN』無しで番組を再開することとなった。

 

 この出来事を見た世の男性からは何故か賞賛され、「こいつはいい奴だ。曲も聞いてみよう」みたいな感じで男性のファンも増えたらしい。

 そして、歴史好きな人からは「妻を失い女性との触れ合いを断つオルペウスのような人だと」表された。 

 それからは俺に近づこうとする女性アイドルはいなくなり、近づいてきても会話だけで体を触れ合わせる的な行為は取らない。そんな規則が裏で作られているのではないかと不信に思えるぐらいの徹底具合だった。

 

 

 そんなギリシャ神話に出てくるオルフェウスだが、ミューズとどんな関わりがあるのかと言うと――。

 

 簡単に言えばミューズの由来となったであろうムーサの一人――カリオペーの子供がオルペウスだとされている。

 オルペウスの最も有名な出来事といえば、体を裂かれたことだろう。

 頭や手足といった部位を裂かれ、バラバラにされてしまった。そんな彼のバラバラになった部位をムーサの女神たちは集め、リベトラにて手厚く葬ったと聞く。

 


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