男の娘アイドルによるスクールアイドル育成譚   作:片桐 奏斗

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第2曲目 廃校になるなんて許せないよね

「確かに、テスターとして活動してもらうって話だったけどさ」

 

 翌日ーー。

 音ノ木坂学院の正式な制服を着て、軽く絶望していた俺がいた。

 理由は簡単。音ノ木坂学院は生徒が少なく、今年いっぱいで来年受験予定の生徒がいなければ廃校が確定すること。つまり、生徒一人の編入にあまり時間をかけていられなかったこと。

 これが何を意味するかというと……。

 

「きゃーっ! 蓮ちゃん、可愛いー!」

 

 音ノ木坂学院の「女子」制服を着ている俺が、そこにはいた。

 目前の鏡には、白のカッターシャツの上に藍色のブレザーを羽織り、青いスカートの裾を指先で持つ俺の姿が。

 

「なぁ、これ。スカートの丈が短くないか?」

「それぐらい普通よ。むしろ、それより短い子もいるわよ」

 

 マジかよ……。てか、アンタはいつまでカメラを離さないつもりだよ。

 女装した俺を嬉々としてカメラで捉え続ける母親に呆れを覚えつつも鏡を見る。

 

 自分でいうのもなんだが、俺って女装しても似合うんだな。元々、中性的な顔だとは思っていたけど、まさかここまで合うとは。

 これなら音ノ木坂学院に通っても違和感はないんじゃないかな。

 

「可愛いわぁ。許嫁に見せてあげたいぐらい」

「それは絶対にやめてくれ」

 

 あいつにこんな姿見られたら恥かしくて死ねる。

 ちなみに許嫁というのは、親同士が認め合った結婚相手みたいな感じで、俺ら的にはただの腐れ縁みたいな関係なのだが、向こうの両親は未来の旦那といって俺を推しまくり、反対にこっちの親は向こうの女の子のことを未来の嫁だなんて言っちゃって収集が付かなくなったので半ば諦めた感じかな。

 

「……って、もうこんな時間じゃん! 行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」

 

 左腕に内向きで着けた腕時計をちらりと視界に入れると、理事長との約束の時間まで数分しかないことに気が付いた。

 朝から母親に弄られ続けていたのが仇となったか。なんてことを考えながら、前日に転入準備を済ませていた鞄を手に取り、急いで家を出る。

 

 

 

 国立音ノ木坂学院――。

 秋葉原と神田と神保町の狭間にある伝統校。だが、年々、入学希望者が少なくなっており、廃校の検討が発表されている。

 受験者が少なくなり続けた結果だろうか、三年生は三クラス、二年生は二クラス、一年生はたった一クラスしかない。

 

 

「……こんな綺麗なままで、廃校になるなんて許せないよね」

 

 ここ数年間の間に出来た新設校のように思えるぐらい綺麗な校舎が目前には聳え立っており、こうして見ると伝統がある学校には見えない。

 綺麗好きな女子ばかりが集まっているお嬢様学校なら、何年経っても清潔にしているだろうしあり得るといえばあり得るが、俺がそんな学校に馴染めるかどうかといわれると微妙だな。

 なんとなく予想出来ているだろうが、俺は結構ガサツな性格であると自覚している。家の片付けなんて出来ないし、日頃からごみを出さない努力をしないとどうなるかわからない。

 だからこそ、俺は気を付けて学院生活を送らなければいけない。

 

「あなた、転入生?」

「え?」

 

 背後から声をかけられ、体がビクッと跳ねる俺。

 そのままゆっくりと顔を後ろに向けると、そこには見知った顔があった。

 

「絢瀬……絵里?」

 

 顔立ちが良く、本人の意志の強さを強調している大きく蒼く澄んだ瞳。薄桃色の唇。そして、何よりも目立っている金色の髪。

 本人に聞いた話によると、確かロシア人とのクォーターだったかな。

 おそらく三年前ぐらいになるだろうが、俺は彼女――『絢瀬 絵里(あやせ えり)』先輩と会ったことがある。

 

「あれ? なんで私のこと知ってるの?」

「あ……」

 

 しまった。

 思いもよらない再会だったから声に出してしまったけど、あっちからすれば見知らぬ少女が自分の名前を知っていた、という構図になってしまう。

 何かいい案は……。

 

(そういえば、なんで絵里は俺に声をかけてきたんだ……。えっと、確か音ノ木坂学院の生徒会長って)

 

 窮地に追い込まれた俺の頭はこれ以上にない程、全力で働いた結果。

 俺は一つの結論にたどり着いた。

 

「えっと、学院長から『何か困ったことがあったら生徒会長を頼りなさい』って言われて、そのとき名前を聞いたんですよ」

「あぁ、だからフルネームだったのね。疑問形だったし」

 

 本当はそんなこと微塵も言われてないし、語尾が上がってしまったのは普通に動揺してしまったってのと、本当にそんな名前だったか少しド忘れしまったからなんだけどね。

 

「じゃあ、改めて、ここ音ノ木坂学院の生徒会長『絢瀬絵里』です」

「『新垣 玲奈(あらがき れな)』です」

 

 玲奈というのは、完全な偽名だ。

 うちの母親にそのままでも女の子みたいな名前だけど、変えておかないと知人に会ったときに困るからね。と勝手に作られた偽名。

 知人に会うなんてないだろうし必要ないと思った俺だったが、まさかこんなにも早くに必要になるなんて。

 

「新垣……」

 

 俺の苗字を聞いた瞬間に彼女は、苗字を呟いたまま怪訝そうな表情を浮かべた。

 

 

「ねぇ、あなた。もしかして双子?」

「え、な、なんでですか?」

「私の知り合いにあなたと同じ苗字で、アイドルをやってる人がいるのよ」

 

 間違いなく俺のことですね。

 アイドルとかに興味のなさそうな絵里ですら、活動中の俺のことを知ってるなんて意外だな。

 

「あ、もしかして蓮君のことですか?」

「やっぱり知ってるのね」

「ええ。でも、双子ではないですよ。あんまり人に話すようなことではないんですけど、蓮君は分家の息子で、私は本家の娘なんです」

「なるほど……。それで」

 

 玲奈の言葉を聞いて、眉を歪めて苦痛そうな顔をしている。

 ――あれ、なんか盛大に誤解されてる気がする。

 もしかして、蓮状態での初対面の際に結構大きめな悩み事を抱え込んでいたけど、その様子とこの嘘で塗り固めた事実を関連させて考えてるんじゃないよね。

 確かに分家や本家で色々と苛めやなんやらがあったって考えると、あの腐った表情も出せる気がするし。まぁ、実際のところは面倒な現実に嫌気がさしてただけなんだが。

 

「……蓮君、元気にしてる?」

「うーん。最近、アイドル活動に悩んでて休止するって話は聞いたけど、元気にはしてたよ」

 

 これは嘘ではない。紛れもない真実だ。

 彼女が本当に知っているかどうかは定かではないけど、辛い顔を一切見せずに頑張っていたアイドル活動を休止というのは少なからず彼女の中で驚きがあったのだろう。

 一瞬だけ表情に驚愕の文字が浮かび上がっていた。

 

「そっか……。彼も大変みたいね」

「ええ。なんでも、悩みが尽きないみたいで」

 

 共通の話題がそれしかないので、その話を続ける俺達であったが、生徒会長が「あっ」と声をあげた途端に話は終わった。

 

「そういえば、理事長があなたを呼んでいるんだったわね。すっかり話し込んじゃったね」

「いえ、大丈夫ですよ」

「お詫びと言ってはなんだけど、理事長室まで案内するわ」

「あ、それは助かります」

 

 転入の話をした際に理事長室まで来いと言われたけど、場所を聞くの忘れてたんだよね。

 絵里が歩く速度に合わせるように歩いてついていく。きちんと鞄の持ち手を両手で持ち、男らしく歩かないように気をつける。

 さすがに女の格好しているのに、大股で歩くなんて違和感がありすぎると思うからね。特に相手が絵里だったならば、確実にその点を突っ込んでくる。

 

「……あ、えっと、絢瀬さん?」

「絵里でいいわよ。私も玲奈って呼ぶから」

「じゃあ、絵里先輩で」

「もうちょっと柔らかくても良いのだけど。で、何かしら?」

 

 学院の中に入るまでの道程を歩いているときから感じていた視線の山。

 校門を抜けた今ですら、ひたすらずっと大量の視線に晒される。この変装術に何処かおかしな点でもあるのかと自分に自信をなくす。

 別に女装に関する自信なんて無くても生きてはいけるんだけど、バレたら社会的に生きていけなくなるから、もしもバレそうな点があるのなら改善したいし。

 

「……ほぼ全員から見られてる気がするんですけど、気のせいですか」

「え? あぁ、そういえば見られているわね」

 

 普段から見られていることに慣れているのか絵里は、俺の問いに少々戸惑った後、周囲に視線を送った。

 そこでやっと気づいたのだろう。

 堂々とこちらの様子を疑う人達、物陰からそっとこちらを見てくる引っ込み思案な少女達の視線やらに。

 

「視線ぐらい気にしなくていいのよ。見かけない子がいるから気になってるだけだと思うわよ」

「で、でも、変なとこがあるから見てるって可能性も……」

 

 鞄を持つ両手で小さく指を絡ませ合ったりと指遊びを行いつつ、落ち着かない仕草を周囲の人間に見せびらかせる。

 実際に気にしている点を相手に聞かせて答えさせる理由としても、周囲にあんまりしつこく絡ませない為にも、気弱な性格を見せるのは良い。

 自分は頼られているんだという気にさせて相談に乗らせたり、一定の境界線よりこちらへ侵入させないためにもね。

 

「……見たところ、変なところなんてないわよ。ただ可愛いから注目されているんじゃないかしら」

「か、かわいいっ!? わたしが?」

 

 男だから仕方がないとはいえ、こんな長身の女の子に可愛いって言葉はないと思うんだけどなぁ。

 どちらかといえばボーイッシュとかそっち系の言葉の方が嬉しいかも。

 

「冗談じゃない。わたしはかわいくなんてない」

 

 ――他の人より可愛げがあるわけでもないし、優れているわけでもない。だから、俺に関わるな。

 

 幼い頃のトラウマを思い出してしまい軽く鬱になりかけたが、絵里の前でそんな姿を見せるわけにもいかず頑張って笑顔を絶やさないようにする。

 

「むしろ、絵里先輩の方が可愛いじゃないですか」

 

 なんて、一刻も早くに自分の話題から他の話題に転換させるために、違和感のないよう会話を変える。

 

「そんなことないわよ」

「こらこら。何、転入初日からうちの生徒会長をナンパしてるん~」

 

 外見を褒められた経験があんまりないのか、頬を赤らめながら否定的な言葉を放つ絵里だったが、満更でもない表情をしていた。

 そんな絵里の姿を堪能していたのだが、絵里の後ろから現れた少女によって停止させられた。

 凛々しい印象の強い絵里とは対極的で、物腰が柔らかそうな女の子らしい印象が強く、目尻は優しげに下がり、まるで紫水晶のような瞳をした美少女だった。

 勝手に対極的と言ったが、絵里が女の子らしくないってわけでもないし、美少女じゃないってわけでもないからね。あくまで印象が真逆ってだけで、二人共、どちらも魅力的な美少女だ。

 

「希、別にナンパされてるわけじゃないわよ」

「ふーん。ウチには、ナンパされてるようにしか見えへんかったけどなぁ~」

「……わたしには可愛い女の子をナンパする度胸ありませんよ」

 

 ヘタレ男ですから。という言葉を最後に付けそうになったが、今の状況で言ってしまえば意味がなくなるので、開きそうになる唇に必死に力を入れ塞いで言わないようにする。

 

「そう? あ、自己紹介がまだやったね。ウチは『東條 希(とうじょう のぞみ)』。一応、副会長やっとるんよ~」

「わたしは新垣玲奈。よろしくね。東條さん」

「ウチのこともエリチと一緒で、名前呼びでええよ~。ウチも玲奈ちゃんって呼ぶし」

「じゃあ、希先輩って呼びますね」

 

 私は転入生を理事長室まで案内しないといけないから、またあとでね。と希先輩に声をかけて先に校内に行ってしまう。

 そんな素っ気ない態度に少し寂しさを感じてしまったのか、希先輩は頬を軽く膨らませていた。

 

「それじゃあ、希先輩。わたしもこれで」

 

 我先にと歩いて行った絵里先輩についていくように歩き始めようとした瞬間――。

 

 

 

 

「秘儀・わしわしMAXっ!」

 

 謎の掛け声と共に、後ろから抱き着かれ、胸を揉まれた。

 

「な、ななっ!?」

 

 この胸が本物でない以上、そこまで恥ずかしがる必要はないと思うが、俺にはあった。

 ここで反応が乏しかったりした場合、俺が女ではないのかなんていう疑惑が浮かび上がってくる。

 そして、急いでこの魔の手から離れなければならない理由も……。

 早く逃げないと、この胸に入れているのが偽物で、感触が本物と謙遜ない特注品とはいえ、紛い物の胸だとバレてしまう。

 ましてや本物の巨乳少女を騙すのは至難の技だ。

 自身がその豊満な胸を揉んだ過去があり、セクハラ親父のような真似を何度もしているのであれば違和感に気付くのも時間の問題かも知れない。

 

「なっ、何するのよっ!!」

 

 彼女に怪我を負わせない程度に力を振り絞り、魔の手から離れる。

 一定の距離まで離れた俺は両の腕を胸の前で交差させるようにして守る。

 

「……希、あなたねぇ」

 

 新しく学院に来たばかりの転入生に容赦なくセクハラを仕掛ける生徒会の副会長に怒ろうとする生徒会長だったが、その言葉には呆れを隠しきれていなかった。

 おそらくいつもやっていることなのだろう。

 

「希……?」

 

 絵里先輩がいくら声をかけても、希先輩は呆然としていた。

 揉んでいたときの感触を忘れないように、今でもモミモミと手を握っている以上、俺が心配することもないだろうが、絵里先輩的にはいつもと違う様子に驚いているらしい。

 

「ねぇ、どうしたのよ。希」

「……へ? あ、エリチ。どうしたん?」

「どうしたのはこっちの台詞よ」

「あはは。ごめんなぁ。今まで揉んだ誰よりも感触がよくて、ちょっと浸ってしもたわ」

 

 ちっとも心配する必要はなかったね。

 様子の違う希先輩を少なからず心配していた絵里先輩も、盛大に溜め息を吐いていた。

 

 今度こそは転入生にセクハラ親父の被害を受けさせて溜まるかと考えたのだろうか絵里先輩は俺の腕を握って、早歩き気味に理事長室へと向かう。

 その道中に俺は心に決めたことがある。

 

 

 ――絶対に希先輩に逆らってはいけないと。そして、隙を見せては絶対にいけないとも。俺は心に深く刻み込んだ。

 


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