英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「私は臆病でいいと思うわ。怖さを知っている人はその分、死に難くなる。だからそれで良いと思う」
     by 神宮司まりも(マブラヴ オルタネイティヴ)








涙のコンフリクト

 

 

 

 

 

「貴様の魂は極上だが、それを輝かせる意志が足りん。意志が凡俗では貴様の根源たるモノも豚にくれてやる真珠と成り果てるだろうよ」

 

 

 はて、いきなり何を言い出すのだろうか、と思いながらも、レイは手に持った年代物のワインの瓶を傾け、その人物が掲げるグラスに赤紫色の液体を注いでいく。

 東方の言葉で言うところの酌のようなこの動作ももう慣れたもので、それを終えてから「はぁ」と返す。

 

「どうしたんです陛下。唐突に小難しい事を言うのはいつもの事ですけど、開幕で俺をディスるのはやめてください」

 

「戯け。王たる余の言葉が唐突であるのは当然だ。よもやその程度が理不尽だとは思うまいな? 我が愛し仔よ」

 

 その言葉に、レイは力なく溜息を吐く。

 この豪奢な椅子に腰かける人物。容貌こそ十代の少女とそう違いはないが、その身に充溢する王の覇気とこの世のものから逸脱したかのような美貌はまさしく、世の在り方からは”外れた”者達が集う《執行者》の中に在って、最も異質な存在と言えるだろう。

 

 《執行者》No.Ⅲ―――《狂血》のエルギュラ。

 『女帝』の位を授け給った彼女は、しかし《盟主》への忠誠心を示したところを見た事がない。

 畢竟、《使徒》の手駒となって動いたところも見たところがなく、かと思えば気紛れとしか思えない理由で槍を振るう時もある。

 大前提として《結社》の実働部隊の中でも最高峰の《執行者》と言えど、その行動の自由度は高い。形式上は上位存在である《使徒》や、果ては《盟主》の命であっても無視する事は可能であり、ともすればこのエルギュラの行動も決して造反行為には当たらなかったりする。

 

 とはいえ一部の例外を除けば、あの無軌道の権化、ザナレイアですらも《盟主》の命には一応従う素振りを見せているのに対し、彼女は全く、その気配すら見せた事はない。

 しかしそれでいて《結社》を抜けたりする様子は一切見せないのだからこれもまた分からない。

 そしてレイは《執行者》No.Ⅺを拝命する以前―――言ってしまえば師であるカグヤに拾われて《結社》に連れて来られた時から、何の因果か目の前の人物に『愛し仔』と呼ばれ、よく絡まれていた。

 

 《執行者》になってからも暇である時を見越したかのように呼び出され、こうして酒の共に付き合わされていたりする。

 レイがそれを断らない理由としては、何だかんだでこの人物と一緒にいると飽きが来ないという事であったりする。興が向けば御自ら槍を持って仕合の相手をしてくれる事もあり、個人的には嫌いになれない存在なのである。

 因みにこの人物、その容貌の見かけによらず”武闘派”の《執行者》に名を連ねる正真正銘の”達人級”であり、その槍捌きは《鉄機隊》の騎士らをも凌駕する程である。

 

 

「あぁ、はいはい。陛下の理不尽さにはもう慣れました。―――それで、俺の意志が足りないと?」

 

 この「陛下」という呼び方も、覇気を充溢させるこの人物の機嫌を損ねずに話す事も以前は苦手だったのだが、今ではすっかり砕けた話し方にも慣れてしまっていた。

 荒唐無稽な話の振り方をするのはいつもの事ではあるが、その実、この人物の言葉は常に物事の真相を突いている。

 彼女がそう言うのなら、そうなのだろうと―――そう思える程度には信頼はしていた。

 

「そうだ。貴様の意志は未だその魂を支える程に育っておらん。加え、貴様の精神の脆弱さも拍車をかけているだろうな」

 

「脆弱?」

 

「恍けた真似か? 白々しい。貴様自身も分かっているだろうに。まるで繋がりのない人間の人生と想いを背負いこみ、己を縛り付ける茨と化すその傲慢さ。嫌いではないが、それが貴様の精神の熟成を妨げているとあれば、許容できるものではない」

 

 芳醇な葡萄酒を一口啜り、不敵な笑みを浮かべたままに、エルギュラは続ける。

 

「余のような永久(とこしえ)を生きる者にとって、人間とは愉快な存在よ。苦しみ、悩み、誰しもが原罪を抱えながら生き、そして死ぬ。たかだか数百年にも満たぬ生の中で足掻く姿は滑稽だが、同時に愛おしくも思うのだよ。

 なればこそ、貴様の罪が目に余る。自己を遇する欲望はそれはそれで面白くはあるが、己を生贄にして剣を取る戦士の姿はすぐに飽いる。無論、余が嫌うタイプの戦士だ」

 

「……それが俺の事なら、もう陛下にぶっ殺されてますよね?」

 

「戯け。余が”愛し仔”と定めた貴様は別だ。王たる余の臣下として忠実であるのなら、寛容な心で抱いてやるという温情が分からぬか?」

 

「…………」

 

 貴女の臣下になったつもりはこれっぽちもねーんですがねぇ、と言いそうになったところで口を噤んだ。

 元々レイが彼女の事を「陛下」と呼んでいるのは、彼女の方から「そう呼べ」と言われたからに過ぎない。それに従う道理はなかったが、なにぶん剣の修業もまだ始めたばかりの頃であった為、その武人としての圧倒的な格差に慄いて首を縦に振ってしまったのが運の尽きではあったのだが、今更この呼び方を変えられるかと言えば否だ。別に臣従の誓いをしたわけではないが、それ以外の呼び方に不自然さを感じてしまう。

 

「戯れに予言でもしてやろう。《幻惑》の小娘程ではないが、まぁ許せ」

 

 そう言ってエルギュラが右の指を掲げると、どこからともなく一枚のカードが現出する。

 真紅の布を掛けた卓上に舞い降りたそれは、大アルカナのタロットカード。『Ⅺ』の『正義』。

 それはまさしく、レイが司る事になった概念でもある。

 

「戦場での正義は勝者の正義だ。口先だけの正義など、余は好かんし反吐が出る。

 故に”これ”は、力強き者のみが司る。いかなる者ら、稀人が相手であろうとも、公平に裁く秤の守護者。―――クク、王たる余を差し置いてこのようなモノを賜るとはな。何とも皮肉な話ではあるな」

 

 『正義』とは己の良心そのもの。タロットに描かれた天幕の向こう、即ち真実と良心の世界に赴くためには、常に己自身を見失わず、律する事が必要になる。

 ここに至ってレイは、目の前の人物が何を言わんとしているのか、それを理解する事ができた。

 

「……力に付随する意志が足りない、と」

 

「然り。貴様の剣の腕は余も認めておる。惜しむらくは生まれる時代(とき)を数百年ほど間違えた事と思えるほどにはな。

 だがそれを振るう貴様の心は罅の入った硝子のようなものだ。幻焔のありもしない熱ですら砕け散りかねんそれを眺める者は良い気はせんだろうな」

 

 キィ、という音と共に次にエルギュラが現界させたのは、その身の丈の1.5倍はあろうかという三叉の赤槍。その穂先をレイの首元に突きつけた。

 その挙動は瞬きをする早さよりも速く、まるでこの槍が今まで貫き、流させた鮮血を全て吸い込んだのかと思わせるような禍々しくも美しい刃光に射竦められたレイの姿を見て、エルギュラは更に笑みを深くした。

 

「余は人間を愛している。人間の罪深さ、欲深さ。因縁に囚われて足掻く者も、欲に囚われ反逆を起こす者らも全てだ。

 全ての者らが持ち合わせる抗い切れぬ”弱さ”は、言い換えれば進化の枠を残しているという事。悠久の時を生きれないからこそ、懸命に”生き””延びる”者らを愛でずして何とする。

 余のような、()()()()()()()にとってはそれが何より甘美に映る」

 

 故に、とエルギュラは一瞬だけ声色を強くした。

 

「余は貴様に賭けたのだ。貴様が”理”に至るほどの武人になれば、余が目を掛けた甲斐もあったというもの。

 だが己の弱さに押し潰され、逃げるような事があれば―――貴様は本当の”弱者”と成り果てるぞ」

 

 そしてそんな姿でも、恐らくエルギュラは愛するのだろう。

 その三叉の魔槍《ドラクロア》の穂先が心臓を貫き、朱に染まる視界の中で、彼女は笑ってみせるのだろうから。

 

「騎士ソフィーヤが果てた時、貴様は無力を再び噛み締めた。そして昨日、己の向上の原動力ともなっていた復讐も果たした。

 さて、貴様は如何とする? もし腑抜けの剣士と化し、むざむざ《冥氷》の小娘に殺されるのを良しとするならば、ここで今、余がその魂を刈り取ってやろう」

 

 言葉に一切の偽りなし。己の手による生の介錯すらも愛と言ってのける暴君の言葉に辟易したところは確かにあったが、反論はできなかった。

 それはレイ・クレイドルという少年にとって、実際大きな課題でもあったからだ。直接的な復讐が終わってしまった今、如何にして強くなり、そして弱さを隠し通すか。

 

「……了解っす、陛下。その槍で心臓を突かれないように、精々気張るとしますよ」

 

 だからこそ彼は、そんな曖昧な言葉でしか返す事が出来なかったのだ。

 

 

 その望みは―――結局叶う事はなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 ふと正気に戻れば、眼前には雲一つない宵空に座す望月が煌々と神秘的な光を放っていた。

 

 はて、自分はどれくらい呆けていたのだろうかと改めて思うが、それもハッキリしない。寄りかかっていた大樹から背中を話すと、耳朶にはヴェスティア大森林から続く川の水のせせらぎが届いた。

 もう少しこの東トリスタ街道を進めば、程なく西クロイツェン街道に出る。一先ずはケルディックを目指し、宿には泊まらず野宿を繰り返しながら《マーナガルム》の面々とコンタクトを取って行こうと考えていた。

 

 ルナリア自然公園も含まれるヴェスティア大森林を抜けた先の鋼都ルーレの東にあるカラブリア丘陵。その北東に位置するオスギリアス盆地まで移動する事ができれば、恐らく誰も追いつく事はできない。

 帝国全土に鉄道網が敷かれているとはいえ、ノルティア本線どころかアイゼンガルド支線からも遠く離れた場所にまで目を光らせている者はいないだろう。

 

 

「…………」

 

 呆けている間に思い出した人物―――正確にはヒトではないが―――の姿を脳裏に浮かべながら、自然に乾いた笑みが零れる。

 余はあの月が好きだと、いつぞやかそう言っていた。そう言っていた時の彼女は、いつもの王の覇気も何も纏わず、ただ本心からそう言っていた気がしていた事を覚えている。

 

 同時に、結局は彼女の言う通りになってしまった事に対して歯噛みをせざるを得なかった。

 

「腑抜けた剣士、か」

 

 今の自分の姿を見たら、恐らく彼女は慈愛の笑みを浮かべたままに誅しに来るだろう。……否、一瞬でも苦々しい表情を向けてくれるだろうか。

 

 そんな詮無い事を思っていると、一瞬だけザァッ、という音と共に強い一陣の風が吹く。そして、それに乗って流れて来た魔力を感じ取った直後、足元から地鳴りと共に幾つもの大樹の根がレイを串刺しにせんと突き上げて来た。

 それをレイは、回避した根を足場に上空に逃げて躱す。すると時間差でその上空に現界した魔力で構成された巨大なモノリスが、圧殺せんと猛スピードで落下して来た。

 

「――――――」

 

 とはいえ、素直に押し潰されてやるほど殊勝ではない。根の側面を蹴って真横に飛ぶと、魔力で構成されたモノ同士が衝突を起こし、膨大な余波を撒き散らす。

 それは高い耐魔力を備えている筈のレイですら顔を顰める程であり、畢竟、そのアーツを放った人物の正体も絞られた。

 

「(足場を崩す『ユグドラシエル』を放った後に、『遅延詠唱(デイレイ・スペル)』で放つ『エインシェントグリフ』……中々魔女らしくエグくなったじゃねぇの、委員長)」

 

 普通に考えれば対人に使うには余りにオーバーキル過ぎるアーツの連続発動に加え、対象者の逃げ道を封殺して確実に仕留めようとする周到さと見え隠れするほんの少しの加虐性。

 躊躇は一切見られない。そう仕込んだのは他でもない自分だが、その適性の高さに苦笑せざるを得なかった。

 

 そして、それで終わるわけもない。

 土煙の中を突っ切って現れたのは、ラウラ、ガイウス、ミリアムの三人。前衛組の三人は、それぞれレイの視界右前方、左前方、そして背後からそれぞれ同時にタイミングを合わせて一撃を与えるために踏み込んでいる。

 声は一切交わしていない。視線さえも交わしていない。ただこの三人は、「こうあるべき」という行動をそれぞれ起こした末、それが同時攻撃という結果に繋がっただけの事なのだ。

 

 流石のレイも、それぞれ視界を動かさなければ姿を捉えられない方向三か所から来る攻撃全てを視界に収める事はできない。だが、培ってきた戦闘理論と直感が、その身に一撃を与えさせることを許さない。

 強化した左腕でアガートラムの巨腕の攻撃を受け止め、右手は鞘に仕舞いこんだままの愛刀を刀袋から取り出して背後からのガイウスの攻撃を受け止める。そして右前方からのラウラの攻撃は体を捻って躱す―――それで無効化できるはずだった。

 

「っ……らぁっ‼」

 

「っ⁉」

 

 しかし、鞘で受け切った筈のガイウスの攻撃が、レイが想像していたそれよりも遥かに重くなっており、アガートラムの腕もギギ、という音を立てて予想以上に拮抗してくる。

 それによって体を捻るのが遅れたレイは、振り抜かれたラウラの大剣の攻撃に、髪の一房と上着の一部を持って行かれた。

 

「―――漸く、そなたに剣が届いたな」

 

 薄く笑みを浮かべたラウラだったが、追撃はせずに飛び退く。他の二人も同じような行動をした直後、残暑が厳しい熱帯夜に似つかわしくない肌を刺すような冷気と共に、レイの足場が凍り付く。

 戦技(クラフト)が一、『プレシャスソード』。魔力を氷に属性変換して円形状に放ち、対象の動きを止めるこの技は、ユーシスが得手とする技だ。

 しかし、これはただの範囲クラフトではない。Ⅶ組の中で魔力制御という項目に於いてはエマすらも凌ぎうるユーシスは、このクラフトの威力を更に高めるために、『アクアブリード』のアーツ特性も組み合わせて放ってみせた。

 その結果生じるのが、水属性アーツの含有による効果範囲の拡大と氷結威力の増大。レイの足は、最初に絡め取られた一瞬で膝辺りまで氷結の範囲が拡大していた。

 

 そうして機動力が封じられた直後に飛来したのは頭上から煌々とした光と共に降り注ぐ炎を纏った矢の嵐。

 こちらも凡そ容赦などという言葉とはとんと無縁な物量の暴力。その数は30を超えるだろうか。

 戦技(クラフト)の名は『メルトレイン』。言うなれば『フランベルジュ』の応用技だが、注視してみればその矢の一本一本に炎属性アーツが付与されている。直撃すれば普通ならば火達磨は免れないだろう。

 

「―――フッ‼」

 

 まず行ったのは脚部に溜めた氣力を放つ『発剄』。これにより両足を縫い付けていた氷に大きく罅が入り、先に右足が解放される。そして自由になった右足を地に張られた氷の上に叩きつけると、局地的な地震のような振動が一帯を襲う。

 俗に『震脚』と呼ばれるその技は、局地的な範囲に強い振動を与え、砕け散った硝子の如く氷を四散させた。

 両足が自由になった事で後ろに飛び退いて火矢の雨を回避したレイだったが、それを逃がすまいと追撃するかの如く、中級水属性アーツ『ハイドロカノン』が洪水のように迫りくる。

 

 が、それは自分にダメージを与える前提で放たれたものではない事は最初から理解していた。

 舗装された街道とはいえ、今立っている場所は短いながらも草が茂っている場所だ。そんな場所に火矢を落下させようものなら大火事を招く恐れもある。

 つまりは消火活動の意味合いを持つ行動だったのだろうと、そう思っていたが、上空に上がった大量の水飛沫の向こう側。最速のスピードで迫りくる人影を見たレイは、鯉口を切り、スラリと白刃を抜き放つ。

 

 月下の中で響いたのは鋼と鋼が高速でぶつかり合う音。刀を正眼に構えて振り下ろしているその人物の姿を鍔迫り合いながら真正面から覗き込んで見せる。

 

 

「やっぱり来たのか―――馬鹿野郎(リィン)

 

「来ないとでも思ったのか―――大馬鹿野郎(レイ)

 

 

 実技演習ではない。これから始まるのは、青臭く滅茶苦茶なただの喧嘩だ。

 それでもこの二人が醸し出す闘気は、これから殺し合いを行おうとしている武人同士のそれと遜色はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の少年を倒す事ができるか? と問われれば、即座に首を横に振るだろう。

 気合は充分、気概も充分。だがそんな精神論で実力の差を覆す事ができる程、武人の世界は甘くない。

 

 生まれ落ちたその瞬間から得た才能、そして月日を重ねて積み上げた修練を以て鍛え上げた厳然たる実力は、”現実”という名の脅威を叩きつけてくる。

 倒す事はできない。そこまで”達人級”の武人は甘くない。それはリィン達が一番良く分かっている。

 

 だが、何も勝負とは相手を倒す事だけが勝利ではない。

 例えば今回のように、()()鹿()()()()()()()()()()()()()()のが彼らにとっての勝利条件ならば、満たせる可能性は充分にある。

 

 

「書置きは、しっかり残した筈だったんだがな」

 

「あんな紙切れ一枚で俺達が諦めると思っていたなら、お前は本当に大馬鹿だよ」

 

 そう言うリィンが今現在手に持ち、《布都天津凬》と鎬を削っている武器は、レイがクロスベルから持ち帰り、しかしリィンに手渡す事が叶わなかったもの。

 銘は、利剣《隼風》。それは《風の剣聖》アリオス・マクレインが携える太刀と同じ銘であり、レイがクロスベルから去る前、アリオスに懇願して譲ってもらった彼の予備の太刀の一振りだった。

 

 お前が目を掛ける弟弟子の為ならば、と快く譲ってくれたそれは、驚くほどにリィンの手に良く馴染んだ。

 それを振るう最初の相手が掛けがえのない友人だという事には流石に思うところはあったが、しかし手加減などは一切しない。

 そんな事をすれば一瞬で押し切られる。わざと敗けるような真似はしないのがレイ・クレイドルという人物だと、今まで散々学んできた。

 

「お前の事は、サラ教官から聞いた」

 

「…………」

 

「嘗てお前が《結社》という組織に属していた事も、《帝国解放戦線》の行動に《結社》が加担している事も、―――お前が俺たちに大事な事を話せない理由も、全て」

 

「…………」

 

「色々、思うところがあったのは認めるよ」

 

 それぞれが体を押し返し、僅かな距離が生まれる。普段のレイならばそうした隙は一切見逃さず鬼のような追撃をかまして来るのだが、今回に至っては剣鋩を地面に向けたまま、動く気配はなかった。

 

「まぁ、それについて今は問い詰めるつもりはないし、過去にしていた事を責めるつもりも勿論ない。そもそも俺たちがそんな事を言う権利もないしな。

 だけどな、そんな事は関係ないんだよ。俺たちが今怒ってる理由はな―――お前がまた自分から独りぼっちになろうとしている事に対してだ」

 

「―――ん。そんな事は許さない」

 

 闇夜を斬り裂き、極限まで闘気を抑え込んだ双銃剣の刃が白刃とぶつかり合って火花を散らす。

 満月の光に照らされたフィーの表情は、珍しく誰が見ても分かるほどに不機嫌だった。

 

「レイが意地っ張りなのは知ってる。本当に危険な時は自分一人で何とかしようとするところも」

 

 でも、と。普段の眠たげな様子は欠片も見せず、真剣な声色で続けた。

 

「今のレイを行かせるわけにはいかない。今のままじゃあ……あの《執行者》には()()()()()

 

 ピクリ、とレイの片眉が僅かに上がるのを見て、確信する。

 

 

 

 レイが学生寮の自室に残した置き手紙。そこにはレイに新しい太刀を譲る旨と、クロスベルで起きた経緯が書かれていた。

 『オルキスタワー』を襲撃したテロリストの戦闘飛空艇を二機撃墜したところから始まり、その後テロリストが避難と逃走経路に選んだ地下区画『ジオフロント』にて《帝国解放戦線》の幹部の一人、《G》ことミヒャエル・ギデオンを殺害。同時に無線機を使って戦線に挑発と共に喧嘩を売った事が書かれていた。

 

 リィン達はガレリア要塞で幹部《S》、スカーレットからギデオンが死亡した事は伝え聞いていたが、手を直接下したのがレイだったとは―――思わなくはなかった。

 フィーを除いて、未だリィン達には殺人に対する忌避感が残っている。敵であれ、できるならば殺さずに無力化するというのが取り敢えずの行動方針であるし、だからこそ要塞で自害した戦線のメンバーを見て無力さを噛み締めたのだ。

 だがレイは違う。彼の過去も鑑みれば、その手で幾度となく命を奪って来たのだろう。任務を遂行するために、心を殺して手を血に染めた事も数え切れないほどあるはずだ。

 

 しかしそれを、リィン達は非難するつもりは毛頭なかった。

 以前から―――というよりも普段の彼を見ていれば分かる事だが、彼は”命”というものを決して粗末に扱う事はない。

 小さいところでは料理に使った食材に対して「いただきます」と言う事を忘れない。人の命ともなればサラ曰く、レイの持論は「人の命を奪う事は、その人間が抱いていた恨みや嫉み、その後の人生も全てひっくるめて背負うのと同義」であるらしい。そんな持論は、心根が善である者にしか抱けないものだろう。

 

 きっと、ギデオンを手に掛けた事でまた一つ彼は”重荷”を背負ったのだろう。幹部の一人を殺したという事実は消えず、それを敢えて敵側に明言して伝え、更に挑発も兼ねて宣戦布告する事で、戦線の憤怒の対象を自分一人だけに集中させる。そうなれば帝国やⅦ組(自分達)に掛かる負担も少しは減るだろう、と。

 

 その心配りがありがた迷惑だとは思わない。寧ろ嬉しいとは思う。

 が、それを差し引いても尚、リィン達が内に秘めた怒りの炎は収まらない。

 

 そして今のままでは―――レイは何も成し遂げる事はできない。

 

 

「まぁぶっちゃけ言うとアレだ。()()()()()()()()()()

 

 そう挑発的に言いながら、クロウはレイに向かって容赦なく弾丸の一斉掃射を叩き込んだ。

 無論、そんなものに当たるようなレイではない。いつも通りに見える超反応を以てしてその弾丸の全てを避け、斬り込もうと足に力を入れた瞬間、左右から飛来したショットガンの弾丸と矢の同時攻撃に晒され、一瞬ではあるが足が止まった。

 その”隙”を見逃さずに、前衛組の面々が再び攻撃を敢行する。

 

 ARCUS(アークス)のリンク稼働具合は、驚異の()()()()()()。―――入学初日、あの旧校舎地下で発動させて以来幻の産物となっていたその”共鳴”が、今レイを除く11人の間で成立している。

 互いの思考、互いの動き、その全てが共有され、通常では有り得ない連携攻撃が可能になるという事は、レイも理解していた。

 

 だが、それだけなのだろうか。それだけで、()()()()()()()()()()()()()

 それとも、本当に―――

 

 

「……ッ‼」

 

 

 ―――()()()()()()()()()()()()

 

 

「なめる―――なぁッ‼」

 

 『硬氣功』で硬化させた拳で振り下ろされたラウラの大剣の剣身を掴み上げ、勢いを利用してラウラごと投げ捨てる。ガイウスの十字槍と競り合ったのは一瞬だけで、すぐに流れるような動きで懐に潜り込むと、鳩尾の部分に軽く掌底を叩き込んだ。

 

「ぐっ……‼」

 

 それでも充分なダメージを食らったガイウスは後方に下がらざるを得なかったが、レイはその時、ガイウスの体に薄いながらも闘気の膜が纏わりついているのを視認する事ができた。

 

「(ありゃあ『剄鎧』の前段階か? 何でアイツが―――)」

 

 などと思考を巡らす隙もない。足を止めれば襲い掛かってくるのはエマとエリオットのアーツ、火矢にショットガンの散弾。全員がリンクで繋がれている今の状況は、学院のグラウンドと違い多少なりとも障害物が存在する事も踏まえて、彼らの強みをより引き立たせている。

 それでも普段ならば特に労もなく制圧を完了させるのだが、今回に至っては違った。

 

 Ⅶ組の他の面々と戦う。そんな事は今まで幾らでもしてきた事だ。叩きのめした数は数知れず。

 だが今回は、勝手が違った。地形の不利、状況の不利―――そんなものは”達人級”の戦いには適用されない。その不利を覆せるだけの力を有しているのだから。

 では何故か。―――それを、薄々レイは理解していた。ただ、認めたくなかったのだ。

 

「……いつもより加減が強いようだが?」

 

「ふむ、ということはクロウが言っている事は本当だということか」

 

 吹き飛ばされはしたものの、深刻なダメージを負う事もなく立ち上がったガイウスと、投げられはしたものの無傷のまま再び剣を構えるラウラ。

 普段の演習であれば有り得ない光景だ。一度レイの攻撃範囲内に入り、攻撃を食らおうものならば、どれだけ覚悟をしていても一撃で意識を刈り取られて戦闘不能に持ち込まれる。

 その理不尽なまでの強さが、今は十全に発揮されているとは言い難かった。何故なら―――。

 

 

「なぁレイ、本当は分かってるんだろう?」

 

 太刀を構えた姿勢を崩さずに、リィンが口を開く。

 それに対してレイが焦燥感が入り混じったような闘気を叩きつけて来たが、それを歯を僅かばかり食い縛って耐えた。

 元より、あの城で身に受けた聖女の圧倒的なまでの覇気に比べれば、この程度はまだ耐えられる範囲内だ。だからこそ、リィンは言葉を続けた。

 

「お前は、俺たちと戦いたくないと思ってる。訓練とかじゃない場で、本気で俺たちを叩きのめす事を恐れてる。だから―――」

 

「――――――」

 

「だから今のお前は、()()()()

 

 吹き荒れる突風。それと共に振るわれた長刀を、リィンは寸でのギリギリのところで太刀で防ぐ事ができた。

 しかし、両腕には肘から先が吹き飛んでしまいそうな形容し難い感覚が伝わる。それでも全力を振り絞り、今自分が制御できる最大の氣力を以て鍔迫り合いへと持ち込んでみせた。

 

「……もう一度言ってみろ。誰が、弱いだって?」

 

「あぁ、何度だって言ってやる。お前が弱いんだ、レイ・クレイドル。

 ”弱い弱いⅦ組の人間”を本当の意味で傷つけるのが怖くて、無意識のうちに最大限の手加減をしている今のお前を”弱い”と言わないで何と言うんだ」

 

 更に膨れ上がった闘気を、アガートラムとラウラの左右からの攻撃が霧散させる。

 

「っ―――ガーちゃん‼ もうちょっと頑張って‼」

 

「ΓΘ・ΔΠβЖБЮ」

 

「これはッ―――流石にキツいな……っ」

 

 ラウラの剣を、アガートラムの剛腕を、己の氣力と呪力による肉体強化だけで難なく防いで見せているレイに、更にリィンは言葉を重ねた。

 

「ふざけるなッ‼ いつまで俺たちを何もできない弱者だと決めつけてるんだ‼ お前が最上級の手加減をしなきゃアッサリ潰れるような、そんな根性なしだとでも思っているのか⁉」

 

「テ、メェっ……」

 

「確かに、俺たちは今まで何度もお前に助けられてきた。感謝なんかしてもしきれないし、恩なんか返しきれない程溜まってる。

 でもだからこそ俺たちは、お前が俺たちを巻き込むまいと一人で俺たちの前から去ろうとした事が、どうしようもなく許せなかったんだよ‼」

 

 ギリッ、という音を立てて、軋み合う。

 学院に入学して以来―――否、もしかしたらシュバルツァー男爵家に拾われて以後、ただの一度もした事のなかった制御していない感情の発露というものを、リィンは今していた。

 

 

「俺たちは確かに数え切れないほど負けて来た。あぁそりゃあもう数えるのも鬱屈になるくらい、お前やサラ教官やシオンさんに叩き潰されてきたさ‼ 

 ノルドに行った時にお前が大量の血を撒き散らして俺たちの前からいなくなってしまった時や、お前が帝都でザナレイアと戦っているのを見た時、どうしようもなく無力だった‼ 言葉にできないくらい無力だった‼ だから強くなるために負け続けた‼」

 

「あぁ分かってる、お前は俺たちを守ろうとしてくれたんだろ? 死なないように鍛えてくれたんだろ? 不甲斐ない俺たちを。そのお蔭で何度も命を救われたさ。ノルドで大蜘蛛に襲われた時、帝都で伝説の魔竜の死骸と戦った時、そしてガレリア要塞で戦線の幹部と戦った時、俺たちは生きて、勝って来た‼」

 

「勿論、これからも負ける時はあるだろうさ。俺たちより強い人間なんて、この大陸には、この世界にはごまんといる。お前がそれを教えてくれた。

 だけどな、幾ら負けても何回だって這い上がってみせるさ。生きて、生きて、何度だって戦って勝ってみせる‼ 勝つまで戦い続けてやる‼ お前が喧嘩を売った相手がどれだけ強くたって、それだけでお前をみすみす一人になんてさせてやるか‼ この大馬鹿野郎‼」

 

 

 裂帛の罵声と共に放った渾身の頭突きが、レイの額を捉えた。

 無論、氣力と呪力の重ね掛けで強化された肉体にダメージなどは通らない。逆にリィンの額の皮膚が裂け、紅い血が迸る。

 だがレイは、そんな熱の籠った返り血を浴びた瞬間、覆い隠していた本音を閉じ込めていた強固な錠前が音を立てて砕け散る感覚を感じた。

 

「……黙って聞いてりゃ、コッチの気も知らずに言いたい放題言ってくれたじゃねぇか」

 

 最後まで偽りを貫き通そうとする理性の制止を完全に振り切り、偽りのない、本音をぶつける。

 

 

「”勝つまで戦い続ける”だ? テメェ、それがどれだけ難しいか分かって言ってんだろうな?

 俺が相対さなきゃならんのは、お前らが今まで戦ってきた奴らとは格が違う。その魔竜の死骸とやらも、口笛吹きながら瞬殺できるような頭おかしい奴らばかりだよ。そんな奴らとまともに相対したら……断言する、今のお前らじゃ1分も保たずに全滅だ‼」

 

「あぁそうだよコンチクショウ、認めてやる‼ 俺はお前らが斃れるところを見たくない。お前らと一緒に過ごした時間、思い出、控えめに言って最高だった‼

 所詮他人と割り切ってりゃこんな思いに苛まれずに済んだ‼ 学生生活なんざお遊びだと思ってりゃこんなに苦しまずに済んだ‼ お前らが見捨てられねぇ友達(ダチ)じゃなきゃ―――ここまでみっともない真似を晒さずに済んだ‼」

 

 

 叫び放つ声に呼応するように、右眼から一筋の涙が零れ落ちる。空いていた左手でリィンの胸倉を掴み上げ、恥も醜聞も何もかもを打ち捨てた少年が、より苛烈に―――しかしどこか懇願するような口調で声を漏らす。

 

 

「どうして、くれんだよ……っ‼ クロスベルでギデオンを殺した時、俺は《執行者》の俺に立ち戻った。殺人なんか珍しくなかった頃の俺だ、どれだけ殺しても動揺なんざしねぇと思ってた」

 

「でも駄目だったんだよ。あいつの心臓を貫いた瞬間、お前らとの思い出が殺意に覆い隠されて一瞬消えちまった。―――それが俺は、怖くて仕方なかった‼」

 

 

 暗く、そして一人きりのあの地下で抱いた己の弱さを誰かに話す気は本当はなかった。

 しかし今、レイはそれを自ら曝け出している。紫色の瞳から涙を流し続けながら、友に向かって慟哭する。

 

「……なぁ、頼むから行かせてくれよ。これ以上お前らと一緒にいたら、俺はもう戦えなくなるかもしれない。それだけは嫌なんだよ。

 だから……だから……ッ‼」

 

 そう言った直後、ギリッという歯軋りの音が聞こえると共にレイの左頬に衝撃が走った。

 殴られたのだと、そう分かったのはリィンが太刀から右手を離して、拳を振り切っていた姿を見てからだった。肉体を氣力と呪力で強化していた筈だったのに、それでも左頬に走った痛みは、幻痛でもなんでもなく実際の痛みだった。

 しかし、リィンが放ったその拳は、特に氣力などで強化していたものではない。それでも痛みを与える事ができたのは、偏に無意識にレイがその拳を()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「だからっ、俺たちを嘗めるなって言ってるだろう‼

 忘れるのが怖い? あぁ、だったら幾らだって俺たちが思い出させてやる‼ 十回忘れたら十回、百回忘れたら百回、千回忘れたら千回でも、今みたいにぶん殴って思い出させてやる‼」

 

「……なん、でっ……何でそこまで、俺の為にしてくれるんだよッ‼」

 

 その叫びに答えたのは、リィンではなかった。

 近づいて来たアリサとユーシスが、それぞれ平手で軽くレイの頬を叩く。その表情は、怒りというよりは呆れの感情の方が強かった。

 

「何当たり前の事訊いてるのよ―――仲間で、友達だからに決まってるでしょう?」

 

「癪だが、俺たちは全員貴様の影響を受けてここまで強くなった。今更放り投げて楽をしようなどと、そんな事が許されると思うなよ?」

 

 

 次いでエリオットが、マキアスが、ガイウスが、残りの男子勢がそれぞれレイの後頭部をコンと叩いていく。

 

「苦しいならさ、僕達にも言ってよ。まぁ、戦力っていう感じじゃまだまだ頼りないかもしれないけどさ」

 

「それでも、一緒に考えることくらいはできるだろう? 敵を憎むならまず敵を知れと、そう僕に教えてくれたのは君だろうに」

 

「共に苦難を乗り越えようと思う覚悟は、もうできている。それほど悪い風は吹いていないと思うが?」

 

 

 そしてエマが、ラウラが、フィーが後頭部を優しく小突いていく。

 

「それに、危険な事を全部レイさんに押し付けて、それで良かったと思う程、私たちは薄情じゃありませんよ?」

 

「そなたの抱く”恐れ”……あぁ、確かに理解した。ならば尚の事、そなたには我らがいなくてはならんだろう?」

 

「ん。今度は、私がレイを助ける番」

 

 

 最後に苦笑を漏らしながら近づいて来たのは、ミリアムとクロウの二人。

 

「ボクもレイのごはんが食べられなくなっちゃうのはイヤだなー。ガーちゃんもレイの事気に入ってるしー」

 

「ははっ、ま、こんだけの仲間に好かれた結果としちゃ当然だわな。つってもまぁ、弱みを晒せる仲間と場所があるってのは、幸せな事だと思うぜ?」

 

 

 先程までの戦闘の影響でボロボロになりながらも、それでも思うところがある言葉を投げかけてくる仲間達。

 本気で死ぬかもしれない我が儘に、「だからどうした」とついてきてくれる彼らを果たして”弱者”と呼べるのだろうか? ―――否。

 

「お前らは……本当に馬鹿だよ……」

 

「なら馬鹿同士、これから裏表なく付き合っていこうぜ。あぁ、もうお前が何言っても驚かないから、話せる時が来たらいつでも話してくれ。どうせお前の理不尽さは、もう皆承知済みなんだから」

 

 リィンが差し出してきた右手を、同じ右手で握り返す。

 その熱が、その感覚が、先程まで自分が投げ捨てていこうとしていたモノだという事を改めて感じると、やはり涙は止められない。

 

「それに、俺たちだけじゃないだろ? サラ教官や、シャロンさんや、クレア大尉を泣かせちゃダメだ」

 

「そうね。特にシャロンを泣かせたらアレよ、母様が本気で怒るからやめなさい」

 

 そしてその言葉に、ハッとなる。

 弱さを見せたくない、弱い自分を晒したくないと、心配してくれたのにも関わらず突っぱねてしまったサラにも謝らなければならない。それこそ平伏しても、一発くらいは殴られるかもしれないが。

 

 

「……ありがとう。なぁ、リィン、皆」

 

「?」

 

「こんな感じで時々途轍もない迷惑をかける俺だけどさ、それでも―――友達でいてくれるか?」

 

『『『『勿論‼』』』』

 

 一人の例外もなく、二つ返事でそう返す。

 彼らが強くなれたのは、理由の程度こそあれど、偏にレイ・クレイドルという存在がいたからだ。その圧倒的な強さに惹かれ、しかしその強さが招く災厄に苦悩する姿を見過ごせず、根が善人で弱い彼を拒む理由など、どこにもありはしない。

 彼を入れた12人―――それこそが特科クラスⅦ組としての在るべき姿なのだから。

 

 レイはやや乱暴に涙を拭い、いつも通りの笑みを見せる。偽りのものではなく、本心からの笑顔を。

 

「本当に、ありがとな」

 

「あぁ。じゃあ、ホラ。早く寮に戻れ。サラ教官が待ってるから」

 

「分かった。……お前らは?」

 

「俺たちは、ホラ」

 

 リィンはそう言って張りつめていた緊張感をフッと解くと、そのまま膝から崩れ落ちる。他の面々も、程度の差こそあれ似たようなものだった。

 

「ちょっと本気で戦ってたからさ、暫くは動けそうにないよ」

 

「少し休んだら行くから、先に行って教官に謝ってきなさいよ」

 

 そう言って「早く行け」とジェスチャーをすると、レイは一度だけ頷いてそのままトリスタの方へと走っていく。

 その様子を見届けてから、それぞれ服が汚れる事も構わずに戦闘の余波でところどころ穴が開いてしまった芝生の上に仰向けになり、月が坐す星空を仰ぐ。

 

「……一応、目的は達成かな?」

 

「まぁ、そうだろう。全く、世話が焼ける馬鹿だ」

 

「でも、初めてレイさんと本音で語り合えた気がしましたね」

 

 違いない、と全員が思うと、エリオットが僅かに歯切れ悪く言った。

 

「で、僕達いつ戻ろうか?」

 

「まぁいいじゃねぇの。明日まで休暇貰ってるし、それに残暑があるから一夜くらい野宿しても風邪ひかねぇし」

 

「それもそうだな。今夜戻るのは無粋というものだろう」

 

「えー? 何がイケナイの?」

 

「ミリアムはまだ知らなくても良い事よ」

 

 全員があの強くて弱くて器用だけど不器用な友人の事を考えながら、夜空が白むまでどこか楽しそうな声が尽きる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅かばかり息を切らして走るのもいつぶりだろうかと考えながらひたすらに街道を走っていると、いつの間にか第三学生寮の前に立っていた。

 

 数時間前に自分勝手に出て、もう戻らないという覚悟を決めていたにも拘らず結局は戻ってきてしまった身勝手さに辟易すると共に、自分に玄関の扉を開ける資格はあるのだろうかと思い込んでしまう。

 だが、()()()()()開けなければならない。待っていてくれている恋人に、誠心誠意謝る事が、今レイがしなくてはならない最優先の事柄だ。自責の念に囚われている暇はない。

 そう決意し、玄関の扉を開けると、そこにはやはり、思っていた通りの人物が腰に手を当てて立ったまま待っていてくれていた。

 

「えっと……」

 

「…………」

 

「……悪かった。ゴメン。だから、その……」

 

「ちょっと、目ぇ瞑りなさい」

 

「は、はい」

 

 逆らってはならない雰囲気に思わず敬語になりながら強く目を瞑ると、その数秒後、温かい感触がレイを包み込んだ。

 抱きしめられていた。そして、優しく抱きしめた人物は、涙声で耳元で囁く。

 

「心配、かけんじゃないわよ。馬鹿」

 

「……ゴメン。お前の気持ちも跳ね除けて……ホント、馬鹿だよなぁ、俺」

 

「そうよ。だから、だからこれだけは誓って頂戴」

 

「?」

 

「二度と、何も言わずにアタシの前から消えないで。どんなにアンタが壊れても、絶対、絶対アタシが助けてみせるから」

 

 その懇願には、レイは背中に手を回して彼からも抱きしめる事で答えとした。

 流し収めた筈の涙が再び目尻に溜まりかけたが、それを堪えて言い忘れていたことを告げる。

 

「あぁ、そうだ」

 

「?」

 

「言い忘れてた。―――ただいま、サラ」

 

 まだ夜は明けない。弱みを曝け出す時間はたっぷりあるのだから、せめてそれだけは、気丈なままで言っておきたかった。

 

「えぇ。―――おかえり、レイ」

 

 そう言って今まで見た事がないような笑顔を浮かべたサラに対して、レイの心臓が高鳴る。あぁもうダメだと、自覚した時にはもう遅かった。

 

 

 夜はまだ―――終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 どうも。『シュヴァルツェスマーケン』のリィズちゃんの半生が思ったよりエグくて軽く引いた十三です。
 その後友人からLINEで「あのシリーズでもっとエグいのあるぜー」と言って来た友人の勧めに従って『マブラヴ オルタネイティヴ』で画像検索してみたら……ちょ、あれは違うだろう友よ。あれは精神的にじゃなくて物理的にエグい。
 おのれ兵士級マジ許すまじ。貴様らウチの戦闘キチ達人級と頭おかしい猟兵団送り込んでハイヴにカチコミかけんぞオラァ。


 ……と、前置きはここまでに致しまして。


 とりあえず今回の話でシリアスは収束です。この時点を以て本当の意味でリィン達とレイは”仲間”であり”友”になれたと言えるでしょう。いやぁ、長かった。
 まぁ色々と多方面に迷惑かけた感は否めないので、次回はその辺りを軽く書きたいと思います。因みに明後日から二週間は怒涛の企業個人説明会ラッシュなので更新は多分駄目です。申し訳ありません。<(_ _)>

ps:活動報告欄に猟兵団《マーナガルム》の概要を載せておきました。暇潰しに出もどうぞ。

ps2:巌窟王君は……ガチャでは引きません‼ 次のピックアップに期待‼


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