えー、皆様。新年あけましておめでとうございます。
本当は80話という区切りで新年を迎えたかったのですが、この79話を以て2016年1本目とさせていただきます。
紅白はあまり見てませんでしたがガキ使は見た。とりあえず三が日はゆっくりしたいですねぇ。
では、前置きはこれくらいにして新年1本目、行きましょう。
クロスベル編、後半です。
くあ、と欠伸を噛み殺しながら、レイはクロスベル行政区の一角にある帝国大使館の門を潜って外に出た。
相も変わらずにギラギラと照り付ける朝日を鬱陶しく思いながらも、近くの屋台で売っていたフルーツのスムージーを購入して、噴水近くのベンチに座ってボーっとしながらそれを啜る。
程よく冷えたそれが喉元を嚥下する刺激で、眠気が徐々に覚めて行く。そして紙コップをゴミ箱に投げ入れる頃には、いつもの調子を取り戻していた。
8月29日、西ゼムリア通商会議の開催が翌日に迫った日。
昨夜に義兄のアスラと別れ、一人寂しく夕食を摂ってから寝泊まりしている大使館に戻ったレイは、書類作業を片付けるはめになった。
先遣の護衛任務に関する報告書―――主にクロスベル警察、遊撃士協会の警備状況と、市内周辺の治安状況、加え、地下ジオフロント区画の整備具合など、最低限伝えるべき情報の全てを書き込み、帝国政府宛てに送る。
それだけではなく、現在知り得る限りのテロリストの動き、そして≪赤い星座≫の行動状況、≪
その程度の状況ならば既に≪帝国軍情報局≫、その中でも国外防諜を担当している『第三課』辺りが既に掴んでいる事が予想されるが、それでも与えられた職務の内ならばこなすのが彼の矜持のようなものだった。
決してオズボーンの身を案じているわけではない。だが、”報酬”に釣られて一時とはいえ政府の傘下に入っている今は、こなすべき事はきっちりとこなさなければならない。それがケジメというものだと、レイは思っていた。
そのような書類作業を淡々とこなしていると、既に朝日が昇ろうかという時間帯になっていたのである。
その後軽く仮眠は取ったが、朝日を浴びると上手く眠れないという学生生活の癖に阻まれて、結局2時間も寝る事ができなかった。
とはいえ、1日や2日程度寝なくても、活動自体に支障は無かったりする。不眠不休で3日間同じ
「(下手に寝たら睡眠バランス狂うしなぁ)」
国際会議を翌日に控えた今、昼夜逆転の生活に体を慣らすわけにも行かず、レイはいつも通りの時間に外を出歩く事にした。
ノルマの仕事は全て終わらせたのだから、息抜きをしてもバチは当たらないだろうという考えで暫くベンチの上でのんびりとしていると、知った面子が目の前を通りかかった。
「おー、ロイド。それにお前らも」
「あ、レイ」
「おいおいどうしたよ、徹夜明けのサラリーマンみたいな表情してるぜ、お前さん」
「まさにその通りだよ馬鹿野郎。こちとら徹夜明けだ」
通りがかったロイド達特務支援課一向に対してそういった言葉を交わすと、徹夜という言葉に反応したノエルが心配そうな表情を浮かべた。
「て、徹夜って。それって……えっと、仕事でだよね」
「もち。あぁ、別に心配要らんって。この程度遊撃士時代は日常茶飯事だったしな」
「相変わらずあそこはブラック企業も真っ青だねぇ」
「これが平常運転だから困るんだよなぁ。―――それより、お前達は仕事か?」
こんな朝早くからご苦労さん、と労うと、ロイドは苦笑しながら説明をした。
「あぁ、うん。確かに仕事だけど支援要請で動いてるんじゃないんだ。これから警察本部に向かって、警備任務の最終打ち合わせだよ」
基本的に帝国政府側のみを警護していれば事足りるレイとは違い、クロスベル警察の面々は「通商会議を無事に終わらせる事」を念頭に置いて行動しなくてはならない。
その為にこなさなくてはいけない仕事の量はレイの比ではないだろう。特に防諜・防テロの専門家である捜査一課の人間は目まぐるしく動いている筈だ。
「そうか。ま、頑張ってくれ」
「あぁ。レイもちゃんと、休める時に休んだ方が良いと思うぞ」
「ご忠告感謝しとく。それじゃあな」
ロイド達を見送ってから、レイもベンチから立ち上がって歩きはじめる。
気軽な感じで送り出してはみたが、彼らの警備任務が何事もなく平穏に終わる可能性は限りなく低いと見て良いだろう。
現段階でも、帝国でギリアス・オズボーンの強硬政策に実力行使を以て反抗する≪帝国解放戦線≫が暗躍し、そして共和国方面では、東方系移民の受け入れに好意的なロックスミス大統領に反抗する反移民政策主義の一派が存在する。
それに際して帝国政府は報奨金1億ミラで≪赤い星座≫を雇い入れ、共和国政府も≪
どう転んでも不穏な臭いしかしない現状では、「厄介事を起こすな」という要求の方が難しい。
二大国が沽券と利益を賭けて
「チッ……」
誰にも気づかれないように舌打ちをしながら、レイは協会支部の方へと足を進める。その途中で差し入れを購入してから、いつものように遠慮など微塵も見せずに支部の扉を開いた。
「うーい、生きてるかー」
「あらレイ、一昨日ぶりね」
流石に二連続で煽りにかかるのはやめたレイだったが(因みに「生きてるかー」というのはクロスベル支部での仲間同士での合言葉である)、1階の受付部分にはいつも通りミシェル以外の人影は見えなかった。
一見忙しくないように見えるのは、表面上だけだ。傍にあるボードを見てみれば、大量に画鋲で張り付けられた依頼書の束が重なっている。
流石に1日で処理するような量ではないのだが、歴戦の猛者であるクロスベル支部の人間はこの量を数日で綺麗さっぱり片付けてしまう。しかし片付けた頃にはまたボードが新しい依頼書で埋まっているというエンドレスが続くのだ。
並の人間なら数日で肉体的、もしくは精神的に壊れるし、或いはその両方も有り得る。
故に他支部からの応援などは気軽には呼べない。”壊して”帰してしまうと、トラブルの元になるからだ。
無論、可能な限りそうさせないようにしている辺り、仕事を回しているミシェルの辣腕さが良く分かる。レイが所属していた頃にも幾度か本部への栄転の誘いがあったのだが、本人は「興味ないわ」とバッサリ切って捨てていた。というより、ミシェルがいなくなればこの支部は1週間と保たずに潰れるに違いない。
「他の奴らはもう仕事?」
「男衆はもう行っちゃったわね。リンとエオリアと……あぁ後シャルちゃんが今2階で仮眠を取ってるわ」
その中のあまり聞き覚えがない名前にレイが一瞬だけ考えるような仕草をみせてから、すぐに「あぁ」と理解を示した。
「シャルってーと、この前言ってた新人か。何ヶ月になるんだ?」
「もう4ヶ月はいるわねぇ。正確にはウチで遊撃士資格を取ったんじゃなくて、レマン本部からの派遣だったから最初は心配だったんだけど……フィリスちゃんが太鼓判を押した子だけあって優秀よ」
遊撃士協会本部のあるレマン自治州の訓練場、『ル=ロックス』の管理人である女性の顔を思い浮かべながら、ミシェルは誇らしげにそう言った。
その女性の事は、レイも知っている。リベールで遊撃士になる直前、カシウスの勧めでその訓練場に赴いて事前的な知識などを僅か2週間程度で叩き込まれた事があるからだ。その時の教師役が主に彼女であったから分かる。
人を見る目に長けている彼女が太鼓判を押したというのなら、その実力に間違いはないのだろう。
加え、この支部で4ヶ月もやっていける胆力があるのならば、将来的にも有望だ。
「ただ、ねぇ」
「?」
「今まで特に大きなトラブルらしきトラブルを抱えた事はないんだけれど、ちょっと引っ込み思案な衒いがあってねぇ。もうちょっと自信を持っても良いと思うんだけど」
「謙虚過ぎるところがあるって事か?」
「うーん、まぁ、見て貰った方が早いかもしれないわねぇ」
着いてきて、というミシェルの言葉に促されるままに2階への階段を上がるレイ。自分が居た頃と変わり映えのしないその場所に少し安堵感を覚えてから、視線を隣室へと繋がるドアに向けた。
その先にあるのは仮眠室。一応二部屋構造になっており、男女別になっているのだが、基本的に切羽詰まっているこの職場では男女間のイザコザなど皆無に等しいのでごちゃ混ぜに使用しているのが現状だ。
その一室をノックもなしに開けるミシェル。普通ならマナー違反とも言われかねないが、一刻の事態を争う状況も有り得るこの職場では、倫理観よりも手際の良さが重要視される。
「リンー、起きてるかしら?」
「んー? あ、ミシェル……と、それにレイまで。どうしたのさ」
応えたのは二段になっている簡易ベッドの上で足を軽くばたつかせながら武具カタログに目を通していたリン。
「シャルちゃん起きてるかしら?」
「あー……シャルならそこだよ。いつもの感じ」
「うへへ~、シャルちゃんが一人、シャルちゃんが二人~♪」
そう言って指さした先に居たのは、一人の少女をがっちりとホールドして夢の世界を旅しているエオリア。
その抱きしめられている側の少女に見覚えがない事から、彼女が件の新人である事は理解できたのだが、しかし。
「う~ん……ご、ごめんなさいすみません苦しいです離れて下さいお願いしますお願いしますぅぅぅぅ……」
その少女は完全にうなされていた。
身動きが取れるのは首から上と手首足首から先だけという絶望的な状況でも眠り続けていられるその胆力は評価できるが、流石に起きなければ色々な意味で危ないだろう。
そう思ったレイはまずエオリアの意識をこちらに向ける為に耳元で甘いおはようボイス(※内容非公開)を囁く。
そしてまんまと飛びかかって来たところで【怨呪・縛】を使って徹底的に縛り上げ、簀巻き状態にしてから窓の外に放り出して廃棄。
その一連の”慣れた”動作を1分と掛からずに終えた頃には、既にミシェルがその少女を起こしていた。
「ほーら、起きなさいシャルちゃん」
「うう…………あ、あれ? ミシェルさん? ―――はっ、も、もしかして私、寝過ごしちゃいましたか⁉ あぁすみませんごめんなさい‼ かくなる上は東方に伝わる最高位の懺悔法、ハラキリでお詫びを‼」
「あーはいはい、落ち着きなさいって。別に寝過ごしてるわけじゃないから。それとハラキリはやったら死んじゃうから」
その少女―――シャルは、目を覚ますなりコンマ数秒で床に飛び降りて土下座の姿勢を取り、こちらの理解が追いつかないレベルの早口でミシェルに向かって謝り倒した。
場慣れしている―――とはやはり違うだろう。単にその絵面は、彼女の内面をこれでもかと表してるように見えた。
「(……ん?)」
そしてそんな彼女に対して、レイは思わず薄い違和感を抱いてしまった。
普段ならこうした類の違和感は鋭い勘を使ってその正体を手繰り寄せてみせるのだが、それをしなかったのはレイ自身、猜疑心を向けるような子ではないと当たりを付けていたからだろう。
「変わっているだろう? 彼女は」
すると、二段ベッドの上段から逆さ吊りになる形でリンが顔を近づけて話しかけて来た。足の力だけでベッドの柵に体を固定しているとは思えない程の余裕ぶりだったが、これでも”準達人級”の遊撃士。この程度は朝飯前と言える。
「あんなでも、問題解決能力はアリオスさんが一目置くほどだ。戦闘能力の方もサポート役としては中々に優秀だぞ。体験者だから分かる」
「得物は……飛び道具か。弓って雰囲気じゃないから銃か?」
「流石に察しが良いな」
彼女の動きは目覚めてから飛び起きるまでの僅かしか見ていないが、扱う得物が白兵戦用か飛び道具かは動く際の重心の掛け方で大体分かる。
正直なところ得物の詳しい所の特定は半ば勘だったが、それでも当てられたところを見るに、まだ観察眼は鈍っていないかと再確認する事ができた。
「
銃の制動力はまだまだだが伸びしろがある。寧ろそれを補えるレベルの高い魔力制御が強みだな」
「総魔力量が高いって事か?」
「―――いや」
そう否定してから、リンは声色を一段階低くして続けた。
「際立って魔力量が高いってワケじゃあない。それこそ単純な魔力量ならエオリアの方が上なくらいだ。だが、
成程、とレイは納得する。
つまるところ、ユーシスのようなタイプの人間なのだろう。魔力量だけで見れば優れている者はいるが、その制御は群を抜くタイプ。
それは、このクロスベル支部には貴重な戦力であるとも言えた。
”達人級”であり、単身で軍隊も相手取れるアリオスは言わずもがな。リン、スコット、ヴェンツェルは積極的に攻めていくタイプであり、唯一のサポート要員だと思われていたエオリアも興が乗ってくると悪乗りして”実験”を開始したがる悪癖がある。気付けば全員がアタッカーになっている事はしばしばだ。
それでもこれまで特に大きな問題も起きなかったのはそれぞれの地力の高さと、なんだかんだで良い方向に作用するチームワークがあったからだろう。
つまるところ、そんな面々をサポートできるだけの技量を持つ新人というのは、実は稀少で、貴重なのだ。
「あぁ、なら”染める”なよ? 後方支援系の戦闘員ってのは得難いんだから、エオリアみたいにしちゃイカン」
「いや、エオリアに関してはお前も戦犯だと思うんだけど」
「性格に関しては知らん」
そんなやり取りをしてから、レイはシャルへと近づいていった。
すると彼女の方もレイの存在に気付き、どことなく緊張感が高まって表情が張り詰める。それを解すために、なるべく柔らかい笑みを浮かべて床に膝をつけたままのシャルに対して手を差し伸べた。
「初めまして、だ。有望な新人さん。俺はレイ・クレイドル。昨年の12月までこのクロスベル支部で働いてた遊撃士だ」
「あっ、はっ、はい‼ 存じ上げておりますです‼ ”クロスベルの二剣”のお話はレマン本部にも届いていました‼ お会いできて光栄でございますですのです‼」
「うん、とりあえず落ち着こうぜ。語尾がワケ分かんない事になってる」
取り敢えずその場で深呼吸を数回させると、その臙脂色の瞳に落ち着きが戻って来る。ミディアムボブカットの空色の髪の揺れも収まった。
「ふぅ……ご、ごめんなさい。私、昔からアガリ性で……色んな人から”もっと自信を持った方が良い”と言われてるんですけれど……」
「あぁ、まぁ分からんでもないわなぁ」
一般的に人見知りという性格は宜しくないとは言われているが、レイは特にそうは思わなかった。特にこういった、コミュニケーションを取ろうとアプローチをしている人物ならば尚更だ。
勿論遊撃士という職業である以上、対人能力はなければやっていけないのだが、この支部で4ヶ月も勤めている以上、それが過剰に欠如しているとは思えない。
言ってしまえば個性のようなものだろう。初対面でいきなり尊大な態度を取る輩などよりかはずっと良い。
「しっかし、俺の名前ってそんなに広まってんの? たかが準遊撃士だぜ?」
「あら謙遜。らしくないわね。年齢規制に引っ掛かってるだけで実質A級相当の活躍してるアナタが良く言うわ。そうでなくても二人の≪剣聖≫に認められてるってだけでも注目される理由としては充分じゃない」
大小問わず、リベール、クロスベルの両支部で解決した案件の数は多く、中にはB級以上の遊撃士数名で挑まなければならない筈の危険度高ランクの魔獣をも難なく斬り伏せてしまう実力。
金銭は求めず、名誉も求めず、そんな彼を事情を知らない者達は聖人などとも持て囃したが、彼の過去を知る遊撃士本部の人間は、≪結社≫に在籍していたその経歴を恐れて、レイに正遊撃士になるための条件の一つとして”16歳以上である事”というものを加えた。
それについて、特にレイは思う所などなかったし、寧ろ当然、否、この程度の条件の追加でよく許してくれたものだとも思ったものだった。
何せ協会にとっては不倶戴天の存在である筈の≪結社≫―――それも武闘派の≪執行者≫として行動していた過去を持つ自分を、幾ら≪剣聖≫カシウス・ブライトの推薦があったからと言って早々に受け入れられるはずもない。
遊撃士としての資格を取って4年。本部でもそう言った噂が流布されているという事は、少しは認められているという事なのだろうか。
そんな事を思っていると、彼女らしく控えめに、少しだけ首を横に振った。
「あ、い、いえ。確かに本部でその話が持ちきりだったのは確かだったんですけど……私がレイさんを知った経緯は、その、別なんです」
「別?」
「は、はい。良く姉様がお手紙でレイさんの事を話されていて……私も直接ご挨拶したかったんですけれど、クロスベル支部に出向いた時には既に留学されていたので……」
「ほー、姉ね。……うん? 姉?」
「えぇ。あ、そ、そう言えば私の自己紹介がまだでした。すみませんごめんなさい」
漸く違和感の正体が氷解して来たレイを前に、シャルはペコペコと申し訳なさそうな表情のままに自らの名を名乗った。
「じゅ、準遊撃士2級、シャルテ・リーヴェルトです。いつもクレア姉様がお世話になっていますっ」
―――*―――*―――
エレボニア帝国でも有数の老舗楽器メーカーである『リーヴェルト社』。
その先代社長、現会長の長女であるのがクレア・リーヴェルトであり、彼女自身がかなり裕福な家系の出身である事くらいは、勿論レイとて知っていた。
しかし、”社長令嬢としてのクレア”の姿というものを目にした事はない。レイが今まで見て来たのは、士官学生として思い悩んでいた時の彼女と、国の防人として職務に励む軍人としての彼女の姿。
強い意志を瞳に宿し、凛として戦う彼女の姿に惚れたせいだろうか。今まで彼女の口から実家に関しての事柄を聞こうと思った事がなかったし、それでもいいかと思っていた自分がいた。
だからこそ彼女に実の妹がいた事など知らなかったし、ましてやその子が故郷を離れて遊撃士を志していた事も勿論知らなかった。
そして今、何の因果かこうして出会い、共に見慣れた東通りを歩きながら言葉を交わしている。
数奇な出来事というのもあるものだなと、レイは改めて実感していた。
「似てません、よね。私と姉様って。昔から良く言われてきましたし」
そう言って自分を卑下するシャルテだったが、いや寧ろ外見は少し前のクレアに瓜二つだぞと、レイはお世辞抜きでそう言った。
髪の色と瞳の色は勿論の事、その髪型は士官学校時代のクレアと同じものであったし、声の質なども似通っている。目元こそ姉の方が上がっているが、それでも微笑んだ時の表情は似ている。だからこそ、当初レイはその余りの整合性故に逆に違和感しか感じられなかったのだ。
確かに性格こそ対照的だろうが、寧ろそこまで似通っていたら逆に怖いだろう。
「……ゴメンな」
「ふぇ?」
次の仕事までまだ余裕があるという事で、眠気覚ましに東通りを歩きながら、遂にレイが罪悪感に駆られてその一言を口にした。
何を言われたのか理解できないと言わんばかりに首を傾げるシャルテをよそに、レイは自虐気味な声色で続ける。
「俺はさ、お前の姉さんの事が、クレアの事が好きなんだ。それだけは誓って言えるんだよ」
「……はい。それは姉様の手紙にも書いてありました。恋い焦がれた殿方がいる。そしてその方も、私の事を好いてくれている、と」
ですが―――と、シャルテは一瞬だけ気まずそうに言葉を詰まらせたものの、勇気を出してその続きを口にした。
「……その方が向けてくれる愛にも誠実さにも偽りはないけれど、それは私だけに向けられたものではない。とも、短く書かれて、いました」
「……本当に、仲が良いんだな」
姉妹仲が良くなければ、手紙の上とはいえここまで心中を赤裸々に語る事はしないだろう。それだけ、クレアも妹であるシャルテの事を信頼しているし、愛しているという事が伝わってくる。
だからこそ、レイは彼女に対して本当の事を伝えなければならなかった。
「まぁ、そうだ。そうなんだ。俺はクレアの事が好きだけど、他に二人、好きな奴がいる。
あぁ確かに、二股三股野郎って謗られても文句なんか言えねぇし、言い返す資格もねぇ。だからシャルテ、お前には俺をボロクソ言う資格があるんだぜ?」
普通の倫理観で見るならば、こんなに堂々と屑な発言をする男の言う事など好意的に見る異性はいないだろう。
ましてやシャルテは当の本人の身内なのだ。普通なら怒るのが筋だろうし、そしてそれをレイは甘んじて受け止める気でいた。
しかしシャルテは、一瞬キョトンとした表情を浮かべてから、「あぁ」と声を漏らす。
「そう、ですね。私も一応、力不足ながら姉様の幸せを心から願っていますし、そういう意味では少し、複雑ではあります。はい」
「だろ? だったら―――」
「でも」
恐らく初めて、シャルテは意志の強さを感じさせるような光を瞳に浮かべてレイを真っ直ぐに見据えた。
「本当に、姉様は幸せそうだったんです。手紙の上だけでしたけれど、自分が好きになった人が他にも好きな人がいるって事を分かった上で、それでも好きなんだって。
……姉様の事ですから、多分本当に邪な感情で近寄って来た人には心を開きません。冷たく一蹴すると思いますよ」
「…………」
「後は……はい、私も、レイさんがそんな人だとは思えませんし。
直接お会いして数時間も経ってませんけど、分かっちゃうんです、私。昔からこんな性格だったので、よく虐められたりしてましたから。
だから、
故に彼女は、目の前の少年が愛する姉の恋心を弄ぶような輩ではない事を最初から見抜いていた。
見抜いていた―――だからこそ、レイの口からその証拠が聞きたかったのだ。嘘でも誤魔化しでもないただの本音―――クレア・リーヴェルトを愛しているか否かを。
それを見極めている間だけ、彼女は目の色を変えていた。
内心的で遠慮するようなそれから、見抜いて明かす探偵の如きそれへと。
「(……成程、適性はある、か)」
他者の心を読み、先手を打つという事柄に関しては、どうやらこの姉妹は似たり寄ったりの適性を持っているらしい。アリオスが一目置いているというミシェルの言葉も、今なら信用できる。
「だから、レイさん」
そんな事を考えていると、シャルテはレイに向かって深々と頭を下げて言った。
「姉様の事、どうかお願いします。あぁ見えて意外と寂しがり屋で辛い事とか全部自分の中に仕舞いこんじゃうので……いや、私も人の事言えないんですけれど」
「―――おう、了解。絶対幸せにするから、心配要らないさ」
一日前にシャロンの事を頼まれ、今度はクレアの事をそれぞれ身内に頼まれる。一般的に見れば正しい事ではないのだろうが、信頼されているというのは男冥利に尽きるというものだ。
後はそれを裏切らない事。―――それが、レイが今見せる事の出来る唯一の誠意だろう。
それを改めて決意し、そろそろ支部に戻ろうかと思った時、朝に出会って以来の面々と再び顔を合わせた。
「あ、いたいた。おーい、レイ」
「ん? おー、ロイド。会議はもう終わったのか?」
「あぁ。最終確認だけだったからね。予定より早く終わったよ」
「あ、み、皆さん。お疲れ様ですっ」
「おー、シャルちゃん相変わらずカワイイねぇ。今度俺とメシでもどう?」
「ノエル、ミレイユさんの
「えーと、ちょっと待ってくださいねー」
「おいバカやめろ」
当然と言えば当然ながらシャルとも面識があるらしい特務支援課の面々を一瞥してから、レイはふと疑問に思って再びロイドに話しかける。
「んで、何か用か? どうやら俺を探してたみたいな感じだったが」
「あぁ、うん。実はそうなんだ。―――ちょっと君にお願いがあってね」
そう言うとロイドは、レイに向けて軽く頭を下げる。
意味が理解できなかったレイは小首を傾げたが、その疑問を口にする前にロイドからその”お願い”の内容が告げられた。
「頼む。俺達と一度、模擬戦をしてくれないか?」
1月6日は聖戦です。
何があるのって、Fate/Grand Orderの新年ガチャですよ。カルナとアルジェナとか絶対引き当てたい。当たんなかったらマジ恨みますぜ庄司サン。
初登場。クレアの妹、シャルテ・リーヴェルトちゃん。年齢16歳。
身長は多分トワ会長よりほんの少し高いくらい。つまり同年代と比べて明らかにロリ体型。
レイが抜けてホントマジ洒落になってないくらいに忙しくなっていたクロスベル支部に現れた救世主(戦力的にも精神的にも)。
因みに以下、イメージイラスト。
【挿絵表示】
次回、「ちょっと、地獄見ようか」の1本でお送りします(※正式タイトルではありません)。
では新年記念としてもう一つイラストを投下していきます。
タイトルは……じゃあ「過去と現在」で。
【挿絵表示】
それでは皆さん、今年一年もよろしくお願いいたします。