英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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  「泣き叫べ劣等。今夜ここに神はいない」
     by ウォルフガング・シュライバー(Dies irae)









至高の騎士  -in レグラムー

 

 

 

 

 

 

 

 嘗てその場に集ったのは、主に身命を捧げた護領を掲げる益荒男達。

 武威を振るうその者らは、一人一人が一騎当千。燦然と輝く鎧を身に纏い、命を預ける兵装を佩き、駿馬に跨って夷狄(いてき)を制する。

 忠義の心をその胸に、鬨の声と共に合戦に身を置くその姿は、まさしく英雄のそれ。吟遊詩人に語り継がれ、その武功は数百年が経った今でも人々の胸を高鳴らせ、遥かな昔に想いを馳せさせる。

 

 だがその無双の騎士団も、国の覇権を賭けた大戦に身を投じたとあれば決して無傷とはいかなかった。

 連戦を重ねる毎に、確実にその数は減って行く。昨晩までは野営の席で共に笑い、主への忠義を声高々に謳っていた調子者の騎士も、故郷に妻子を残し、その安否を気遣っていた壮年の騎士も、矢の雨と槍の参列、見聞きのしない妙な軍策を前に命を散らした。

 それでも彼らは前進を止めない。

 全ては忠義を捧げた主が為、そして、その主が力を預けるに値すると判断した若き大王の為。

 戦火に塗れ、老いも若きも、男も女も皆等しく命を落とすこの凄惨な内乱を治める事が出来るのならば―――この命など毛程も惜しくはないと、その信念を剣に乗せて、彼らは最後まで共に在った。

 戦を重ねる毎に轡を並べる者達も増えた。遥か遠きノルドの地から馳せ参じた朋友達と槍を並べたその日々は、彼らにとっても誉れだった。

 故に魔性に染まった帝都に攻め入った時でさえ、彼らの士気に濁りはなかった。

 大王が有する■■■■は、既に天下無双の剣を仕立て上げ、その勇壮を更に煌びやかなものにしている。きっとそれは、この帝国に再び平穏を齎してくれるだろう。

 ならば、その偉業に恥じない礎とならねばならない。恐怖に足を震わせるよりも、希望に向かって進まねばならない。

 だからこそ彼らは、散った時すら果敢であった。

 主が望んだ安寧の世を終ぞ見る事無く生を終える事を惜しみながらも、その死に化粧を彩られた貌は笑っていた。死兵にどれ程抵抗されようとも、彼らはただひたすら、一度たりとて鎧が軋む音を止ませる事はなかった。

 自分達が命を懸けて作り出した道を、主と若き大王が駆け抜けていく。悠然と巨兵に立ち向かった彼らに向かって、たった一言の、しかし最大級の感謝の言葉を残して。

 

 故に彼らが後悔している事があるとするならば、それは主の偉業を最後まで見届ける事が叶わなかった事。

 だからこそ、彼らはあの城に、主に身命を捧げる宣誓を行ったあの城に戻らなければならない。

 この身が朽ち、魂だけになろうとも―――貫くべき忠義は、決して色褪せはしないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「肆の型―――『紅葉切り』ッ‼」

 

 抜刀された刃が、空洞の甲冑の胴を薙ぐ。

 西洋剣とは異なり、”叩き斬る”のではなく”引き斬る”事に特化した刀という武器だが、本来であれば武器の性能だけで鋼の騎士甲冑を両断するのは難しい。

 しかし、リィンはそれをやってのける。

 鯉口を切ると同時に刀身に氣力を薄く纏わせ、渾身の力を込めて抜刀する。その一撃は斬鉄の刃と成り、あっさりと両断してのけた。

 

 それを先陣として、リィンの脇に移動した幽霊甲冑を、ラウラが剣圧だけでよろめかせる。

 ミリアムがⅦ組に編入した事で双璧となったが、剣士として最強のアタッカーは彼女だ。入学当初こそ大剣に引きずられるような動きを僅かに見せていた彼女であったが、レイとの鍛練の中でその弱点を克服し、今では機敏な動きも可能になっている。

 加えて体幹の安定や体重移動のスムーズさなども矯正した結果、全身の力を余す事無く斬撃に転換する事も出来ている。

 であれば今の彼女は、騎士甲冑を縦に一撃で両断する事くらい訳はない。二度目の地響きが古城内に響く頃には、後衛二人のアーツ詠唱が終了していた。リィン達はそれを気配だけで察し、その場から飛び退く。

 

「『イグナプロジオン』‼」

 

「『ファントムフォビア』‼」

 

 亡霊の群れに叩き込まれたのは、火属性と幻属性の高位アーツ。

 アリサの方はといえば見なくても分かる程に動揺した声色ではあったが、それでも詠唱を失敗しない辺り、流石後衛組の司令官を任されているだけの事はある。

 共に広範囲殲滅系アーツ。中型・小型に関わらず大抵の亡霊を殲滅し尽くし、それでも打ち漏らしてしまったモノは、ガイウスの槍の一閃が違わず仕留める。

 今回、A班のメンバーの中には普段中衛組を務めているメンバーが一人もいない。その為、暫定的に武器のリーチ的に余裕があるガイウスが中衛役となり、遊撃の任に徹していた。

 必然的に彼は積極的に前へ出る事が叶わないのだが、それに対して不満は一切ない。元より、模擬戦の際にはあらゆる状態を想定して前衛・中衛・後衛を立ち替わり入れ替わっていたりする事が珍しくないのだ。

 互いを信じ、己の為すべき事を成す事で絶対的なチームワークを生み出す。それが戦術リンクで繋がれている者達であれば尚更だ。そこに穴は存在しない。

 

「お疲れ、ガイウス」

 

「あぁ、一応終わったな」

 

「亡霊の類とはいえ、中々手応えがある。まるで我らを先に進ませまいとしておるかのようだな」

 

「……(ガクガクブルブル)」

 

「ああっ、アリサさんがまた真っ青に‼」

 

 彼らが居るのは、≪ローエングリン城≫の城内。広いホールに出た瞬間に亡霊じみた魔物の襲撃を受けた一同は、半狂乱になりかけていたアリサを宥めながら応戦し、今こうして殲滅を終了させていた。

 

 

 城内に入ったのはおよそ1時間前。きっかけとなったのは、突如としてレグラムの街を覆った濃霧だった。

 気象学的にも有り得ない、ごく短時間での濃霧の異常発生。湖畔の街であるこの場所が早朝や冷えた時間帯などに霧に包まれるのはよくある事だが、それでもここまで深刻な事態に陥った事はない。

 とはいえ、あくまでも気象の変動でしかない為、住民たちに霧がおさまるまで家の中にいるようにと呼び掛けている最中、その音が突然鳴り響いたのだ。

 直接心に響くかのような、荘厳な鐘の音。

 屋敷に向かう道程の途中に在る教会の鐘ではない。一定の間隔を開けて鳴り響き続けるその大元を探そうと街の中を歩き回り、最終的に視線が向いたのは、湖の先だった。

 レグラムを見守るように聳え立つ≪ローエングリン城≫。音の聞こえる方角からしても、あの場所が怪しい事は一目瞭然だった。

 明らかに異常なその事態。最初に城に向かうと言い出したのは、やはりラウラだった。

 レグラムで見過ごせない異変が起き、その原因がかの古城に在る可能性が高いとするならば、領主の嫡子として、そして何より≪鉄騎隊≫副長の末裔として、その顛末を確かめに行かなければならない、と。

 無論、一人で行かせるほどリィン達は薄情ではない。「思い立ったがすぐ行動」という遊撃士に必要な理念をレイから聞いていた一同は、すぐにクラウスにモーター式のボートを用意してもらい、濃霧の中慎重を期して古城へと向かったのである。

 

 そして数十分後、古城の門扉の前に立ったリィン達は、その荘厳さ、巨大さに圧倒されていた。

 現代とは違い、城の堅重さ、巨大さがそのまま領主の権力と支配者としての格を知らしめていた時代。夷狄の軍が攻め入って来た際には防衛拠点の要として重宝されていただけあって、その堅牢さは見事と湛える他はなかった。

 しかし、衒いのない賛美の言葉が脳内を反芻するのと同時に、濃霧の中に佇むその城は、異様な気配も存分に醸し出していた。

 この門扉の向こうに広がっているのが、果たして普通の世界(・・・・・)なのか? どこか、理の違う場所に繋がっているのではないか? ―――そう不安にさせるだけの要素が確かにあった。

 その背筋を這いずる形容し難い寒気と違和感。これではまるで―――

 

「出そうだなぁ、”何か”が」

 

 思わずそう呟いてしまったのはリィンだったが、それを責められる者はいないだろう。この異様さを感じ取ってしまえば、誰だってそう思う筈だ。

 しかしその言葉を、聞き逃せなかったメンバーが一人。

 

「…………え? ちょ、じょ、冗談はやめなさいよリィン。そんな、幽霊なんて……デルワケガナイジャナイ」

 

「え? 何で最後片言?」

 

『失礼ね。この私が動揺するとでも思っているのかしら?』

 

「直接脳内に⁉ おいアリサ、そなた魂はちゃんと肉体に収まっているのであろうな⁉」

 

「これは……マズいな」

 

「リィンさん、応急処置です‼ アリサさんを抱きしめてあげてください‼」

 

「え、えっと、こ、こうか⁉」

 

「きゃん⁉ ちょ、ちょっとリィン‼ 何いきなり抱きついてるのよ‼」

 

「今俺怒られる事してなくないか⁉」

 

 などというやり取りを数分に渡って繰り返した結果、アリサは幽霊的なモノに耐性がないという事を正直に話し、そこで一同は考え直さざるを得なくなった。

 拒否反応、というよりも魂が抜けかかるレベルでの恐怖心を抱いているというのなら、此処から先に進むのは危険だろう。何せ歴史的な観点から見ても200年以上前から存在している古城だ。本当に、何がいてもおかしくはない。

 そんな場所に連れて行くのは危険であったし、何よりリィンとしても、嫌がるアリサに強制はしたくはなかった。とはいえ、この城を調べるという目的自体は達成しなければならない。

 その選択肢に一瞬悩みはしたが、割り切ったような風を見せたアリサが、皆に着いて行くという旨を伝え、同行する事となった。

 

 とはいえ、門扉を開き、玄関ホールに足を踏み入れた時点で彼らを迎えた出るわ出るわの亡霊系魔物のオンパレード。

 最初こそ絶叫を挙げてリィンの首を絞めるなどという重傷極まりない言動を見せていたアリサであったが、連戦を続けるにつれ、どうやら見慣れてしまったのかそれ程強い拒否反応も見せなくなっていった。

 それでも、薄暗い廊下を進んでいる最中に壁をすり抜けて強襲して来た時などは気絶しかねない醜態を晒していたが、リィン達も少なからず驚いている以上、それを嗜める事はできない。

 だがどんなに驚いて、恐怖感に支配されていたとしても、地獄の特訓の中でその身に刻み付けられた弓術の腕は衰えない。アーツの詠唱も慌てはするものの確実に済ませる所などを見ても、やはり精神力は高いと言えるだろう。

 

「うぅ……ひぅ……」

 

「大丈夫だ。大丈夫だぞアリサー。目を瞑っていていいからなー」

 

「……どう見ても保護者だな」

 

「というか、アリサは幼児退行しているのではないか? アレは」

 

 しかし、やはりギリギリの所で正気を保っているという事態は変わらないらしく、戦闘が終わればそのままリィンの腕にしがみついてすすり泣いている。

 その有様はガイウスの指摘通りどう見ても娘と父親のそれであり、恋人同士の逢瀬というには些か絵面がシュール過ぎる。

 

「……随分奥まで進んだようですが、まだ”原因”には辿り着けないようですね」

 

「そもそも、何が原因かも分かっていないしな。委員長はどう思う?」

 

「え⁉ な、何で私に?」

 

 何故だか狼狽するエマに対して首を傾げながら、リィンは正論を紡ぎあげる。

 

「俺達の中で一番精神的な感応能力に優れてるのが委員長だって、この前レイとサラ教官が言ってたじゃないか。だから、こういう事にも敏感かなって思ったんだが……」

 

「あ、あぁ、えぇ。そういう事でしたら……」

 

 ほっと安堵の息を漏らしてから、エマは双眸を瞑って霊力(マナ)の流れを感知しにかかる。

 とはいえ、この城内そのものが異界のような存在だ。霊力(マナ)は乱れまくり、法則性などあったものではない。

 しかし、感度を上げて探ってみると、より大きな澱みが、階下の方から上ってきているのが分かった。

 

「―――地下、ですね。確証はありませんが、そこに”何か”がいます」

 

「元より手探りのようなものだ。そなたがそう言うのなら、従って階下に降りてみるとしよう。それで良いだろう? リィン」

 

 ラウラの言葉に頷く。

 よしんばその感覚が外れていたのだとしても、徒労に終わるという事はないだろう。目的は濃霧を生み出しているのであろうこの城の探索と、原因の排除。

 現時点で特に街に害が及んでいるわけではない以上、努めて急いているわけでもないのだから。

 

「分かった」

 

「あぁ、それじゃあ前衛は変わろう。リィンは、アリサの近くにいてやった方が良いんじゃないか?」

 

「えぇ。その方が良いかもしれませんね」

 

 濃霧の影響で薄暗くなっているとはいえ、僅かに光りの差し込む上階でこれだ。地下に行くとあれば、今以上にアリサが脅える事は目に見えている。

 アリサはその提案に言葉では応えなかったが、リィンの腕に引っ付く事で答えとした。

 その様子を苦笑しながら見守り、一行は階段を下りて階下へと向かう。

 階段を一歩進むたびに埃が舞い上がり、視界を僅かに白く染め上げられる。亡霊を相手にする時とはまた違った不便さを強いられながら、前衛となったガイウスとラウラは武器を構えたままに慎重に足を進めていく。

 それが数分くらい続いた時だろうか。ふと、リィンが独りごちるように呟いた。

 

「それにしても、変わってるよな」

 

「? 何がだ?」

 

「いや、さっきから俺達は半実体のような類の魔物を相手にしているわけだけどさ」

 

 敢えて”亡霊”という言葉を避けるリィンの気遣いに微笑ましくなりながらも、耳を傾ける。

 

「何となく、奴らのパターンが見えて来た気がするんだ。ホラ、さっきラウラも言ってただろ? まるで、俺達を先に進ませないように立ち塞がってるみたいじゃないか」

 

 加え、その行動もそれなりに連携されている。それぞれがバラバラに動いているように見えて、気付けば包囲されかかっていたという事が最初の内は何度かあった。

 その他、廊下を歩いている際にも奇襲をされたりと、まるで本城まで攻め入った敵兵と食い止めんとする精兵のような動きをする事に、疑問を抱かざるを得なかったのだ。

 とはいえ、常日頃から限界近くまでシゴかれている一同にしてみれば、まだ温い(・・)レベルだ。本気で潰すつもりならば、ホールなどの広い場所にノコノコと出てきたところに範囲殲滅系のアーツを容赦なくぶちかますくらいの事はしてもらわねばならない。それか、逃げ場がない狭い通路に誘い込んで物量戦を仕掛けて来るか、床を無理矢理に陥没させて階下に落としてしまうか―――いずれにせよ、この程度はやって貰わなければやられてやる気にはなれない。

 

「委員長の言う通り、”何か”を守っているのかもしれないな」

 

「……もしそれが嘗てこの城の防人として生きていた騎士の魂なのだとしたら、天晴だな。死して尚尽くす忠義。見事という他はない」

 

「うぅ……私からしたらはた迷惑よぉ……」

 

 談笑混じりにそんな会話を交わしながら階段を下りて階下の床に足を踏み入れる。

 ―――その瞬間、リィン達の周囲を煙幕もかくやという密度の霧が覆った。

 

「きゃあっ‼」

 

「あ、アリサ⁉ 手を離すな‼」

 

「何だ、これはッ⁉」

 

 自然発生の霧、などと考える程おめでたくはない。

 何故なら互いの顔すら、身体の位置すら認識できなくなるほどに濃い霧に包まれた直後、リィンがアリサと、ラウラがエマと繋いでいた戦術リンクが強制的に切られたのだ(・・・・・・・・・・)

 それがどれ程の異常事態であるかは、5ヶ月に渡ってARCUS(アークス)を使用して来た彼らが一番良く分かっている。

戦術リンクが強制的に切られる事態の原因としては大きく二つ。嘗てのユーシスとマキアスのように、互いの心が致命的な所で通っていない場合。そしてもう一つは、繋いでいる相手が意識を失うレベルの状態に陥った場合だ。

 

「っ、アリサッ‼」

 

 手を伸ばすが、何も掴めない。先程まで密着すらしていたはずの少女の姿すら視認できず、伸ばした手は虚しく虚空を薙ぐだけ。

 

「委員長‼ ラウラ‼ ガイウス‼ 聞こえていたら返事をしてくれッ‼」

 

 一縷の望みに掛けて他の仲間の名も呼ぶが、反応はない。

 どうするべきかと悩む事数分―――途端に霧が散らされ、視界が急に戻る。

 経緯こそ理解できていないがこれでどうにかなるかと、そう思っていたリィンの眼前には、信じられないものが拡がっていた。

 

「ど……どういう事だ、コレは……」

 

 眼前に広がっていたのは、豪奢な証明に天井が彩られた大廊下。真紅の絨毯の感触は一見すれば本物であり、先程までのカビ臭さも、誇りの疎ましさも一切が消えている。

 壁はひび割れておらず、装飾の類はまるで新品であるかのように磨き上げられ、僅かの瑕疵もないその光景は―――まるで”在りし日の≪ローエングリン城≫”を再現しているかのようだった。

 有り得ない、幻術か? と周囲を見渡してみるも、そこに仲間達の姿はない。ついでに言えば、背後は先程の霧が凝縮でもされたかのような白い壁に阻まれており、後退すらできない状況だ。

 そして十数アージュ先には、厳かな燭台の灯に彩られた大扉がある。

 ゴクリと、喉を唾が嚥下した。状況を完全に呑み込めたわけではないが、どうやらこの状況に嵌めた元凶には、これより先に進まなければ会えないらしい。

 ならば、足を進めない道理はない。こんな所で竦み、立ち止まる程臆病者ではなかったし、この紛れもない異常事態に対して傍観に徹していられる程日和見主義でもないのだから。

 だが―――そう、だが。

 僅かに、リィンの”ヒトとしての本能”が警告音を鳴らしている。あの大扉の向こうは危険だと、そう呵責もなく告げている。

 

「分かってるさ」

 

 しかしそれでも、リィンは愛刀の太刀を片手に進む。それしか選択肢がないのだからしょうがないと、そういう尤もらしい建前を掲げながら、大扉に手を添え、一気に開けてみせた。

 その行為がどれ程―――蛮勇であるかという事も知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ラウラも仲間と強制的に離され、摩訶不思議な空間の一角に立っていた。

 地下に居たはずの彼女が、霧が晴れたと同時に見たのは、花壇に植えられ、咲き誇った色とりどりの花の数々と、恐らくは魔力の類で動いているのであろう噴水。

 見るに、そこは庭園だった。恐らくは腕利きの庭師が丹念に拵えたのであろう垣根が整列し、花壇と石畳によって構築された空間。

 しかし、その風景を完璧にするはずの青空はどこにも存在しない。空には大理石模様の幾何学な紋様が拡がり、しかしそれだけでこの場所が現実とは違う場所であるという事を否が応にも理解させた。

 

 ラウラが立っていたのは、そんな御伽噺の世界に存在するかのような煌びやかな庭園の、円状に広がった広場の近く。

 空の異様さを除けば別段眉を顰めるような場所ではないだろうと思われるが、そもそもな話としてこのような状況下に放り込まれたこと自体が異常だ。警戒心を解く事など出来る筈もなく、大剣を腰だめに構えたままに周囲を見渡す。

 

 此処は何処だ? という思考が脳を支配する。

 皆は無事なのか? という懸念が心を震わせる。

 

 そも、城を調べたいと言い出したのはラウラだった。ここで原因不明の事態に巻き込まれ、誰か一人でも失う事があれば、他の仲間に顔向けができない。

否、それ以上に自分を許す事ができないだろうと、そうした揺らぎが彼女の感覚を鈍らせていく。

 

 しかしそれでも―――この数ヶ月で嫌という程体に刻み込まされた殺気に対する感覚が、琴線に触れたそれに対して反応する。

 

「ッ―――⁉」

 

 否、反応したよりも先に、視覚情報がラウラの命を救ったと言っても過言ではない。

 噴水が巻き上げる水。その先に僅かに揺らいで見えた白銀の騎士甲冑の姿を捉えた瞬間、彼女は瞬時に身を屈ませていた。

 するとその刹那、直前まで自身の首があったその場所を、風を伴った斬線が通過する。噴水越しに放たれたそれは、ラウラの反応が後数瞬でも遅ければ、確実に頭部を胴体と泣き別れにしていただろう。

 その事実を感じ取った瞬間、屈んだ状態のまま両足に力を入れて背後へと跳ぶ。花を無闇に散らす事には多少の罪悪感を覚えたが、今はそれどころではない。

 

「……今のを躱しましたか。フン、それなりにやるものですわね」

 

 そんな女性の声が庭園内に響くと同時に、やおら両断された噴水が跡形もなく消え去った。まるで夢から覚めたかのように、最初からそこには何もなかったかのように。

 

「まぁ、仮にもアルゼイドの末裔を名乗るのでしたら、その程度は弁えて頂かないと困りますわ。でなければ、相対する価値すらありませんもの」

 

 代わりにラウラの眼前に現れたのは、中世の騎士甲冑の如き防具を身に纏った女性の騎士。

 亜麻色の髪を左右の首筋で纏め、両の脇に純白の羽をつけた額当てを取り付けたその人物は、左手に盾を、右手に大振りの騎士剣を携えている。それだけで、警戒心を更に張り詰めさせるには充分だった。

 

「そなた―――何者だ?」

 

「名を聞くのならまず自分から―――と言いたいところですが、まぁ勘弁して差し上げますわ。

 結社第七柱が麾下、≪鉄機隊≫筆頭、≪神速≫のデュバリィ。さぁ、貴女も名乗りなさいな」

 

 ≪鉄機隊≫―――言葉の響きこそ同じだが、何かが致命的に異なるようなその組織の名に一瞬呆けはしたものの、大剣を正眼に構え直して、ラウラも名乗り返す。

 

「アルゼイド子爵家7代目当主ヴィクター・S・アルゼイドが嫡子、ラウラ・S・アルゼイド」

 

「結構。術式に歪みはないようですわね。あの被虐変態(ドM)も少しは役に立ちましたか」

 

「……どういう事だ。この異常事態は、そなたらが仕組んだのであろう?」

 

 その問い詰めに、デュバリィは悪びれる事無く首肯した。

 まるで、それが正しい事をした人間の行動であるかのように。

 

「えぇ、そうですわ。貴女の相手をするのはこのわたくしという事になりますわね」

 

「他の……私の朋友(ともがら)達を何処へやった?」

 

「別の場所に飛ばされているでしょう。他の隊員が相手をしている筈ですが―――さて」

 

 話は終いだと、言外にそう告げるように、デュバリィの闘気が一層濃くなる。その密度を視認して、ラウラはその実力を推し量った。

 甘く見積もってもサラと同等かそれ以上―――否、剣士としての闘気の鋭さは、レイのそれにも似通っている。

 

「(”達人級”―――そうか、これが……)」

 

 訓練ではない状況で真正面から立ち会う、その”剛”の色の濃さ。

 父が至り、しかし自分が至るには遥かに遠い場所に足を踏み入れた、武人の限界を一度乗り越えた臨界者。

 その圧力、その鋭さに、相対しているだけだというのに、身体がバラバラになってしまいそうな感覚に陥る。

 しかし、それに怖じる事無くラウラも構える。その気概を見てから、デュバリィは再度口を開いた。

 

「我がマスターの命により、これより貴女の”格”を見定めますわ。―――余りにも見るに堪えない場合、そのそっ首を容赦なく落としますので、覚悟はしておいて下さいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体躯の優劣は、此方の方に軍配が上がる。

 だと言うのに眼前の騎士は、巨躯の狼もかくやと言うほどの膂力で以て、ガイウスの体を軽々と弾き飛ばした。

 その一撃を、辛うじて槍でガードしたものの、腕に伝わる衝撃は熊にでも殴られたようであり、飛ばされた空中で体を捻って上手く着地をした後も、その状況が俄かには信じがたかった。

 

「ほう、受け止めたか。良いぞ、そうでなくては益荒男の資格も有りはしない。其方(そなた)と相対した事、間違ってはいなかったようだな」

 

 場所は、豪華な装飾品で箇所が彩られたホール。

 彼もまた、霧が晴れた後に雰囲気が一変したこの場所に飛ばされ、そして眼前に佇んでいたこの女騎士に挨拶代わりと言わんばかりの一撃を食らって吹き飛んだのだ。

 白銀の鎧に身を包み、鮮やかな赤色の髪を後頭部で一つに括った妙齢の美女。

 しかし手弱女(たおやめ)と称するには高い身長と、鎧越しでも分かるしなやかに鍛えられた肉体。そして好戦的な笑みが、その人物の性格の一端を如実に表していた。

 そしてその右手に携えるのは戦槍斧(ハルバード)。紛れもなく、大柄なガイウスを事もなげに吹き飛ばして見せた武器である。

 本人の膂力を込めて放たれるその破壊力は、一撃を受けただけで身に沁みて理解できた。僅かに痺れが残るその手で槍を再度構えながら、ガイウスは問うた。

 

「……俺の名はガイウス・ウォーゼル。ノルドの民だ。そちらの名も聞かせてはくれないか?」

 

 その格好からして、こういった名乗りには応じてくれるものだろうと淡い期待を寄せてそう言ってみたのだが、その予想通り、赤髪の騎士は笑みを浮かべたままに返してくる。

 

「これは失敬した。名乗りも挙げずに斬りかかった無礼を許せよ、若き戦士。

 我が名は≪剛毅≫のアイネス。≪鉄機隊≫が”戦乙女(ヴァルキュリア)”の一人だ」

 

 思考を巡らす余裕もない。今のガイウスは眼前の騎士の挙動に神経を集中させるのに手一杯で、聞き及んだ名前を脳内に収める以外の事を思案する事はできなかった。

 足の運びの一つ、呼吸の一つに至るまで、どれかが乱れればこの均衡は崩れる。それを知ってか知らずか、アイネスは更に口を開いた。

 

「しかし、そうか。ノルドの民の<ウォーゼル>の末裔とは……これは数奇な若者と出会ったものだ」

 

「? どういう意味かは分からないが、あなたが俺の前に立ち塞がる理由を教えてくれ」

 

「理由、か。一つ覚えておくと言い、ガイウス・ウォーゼル。騎士が己の信ずる武器を手に立ち塞がった時、それが意味するのは闘争だ。そこに話し合いでの解決は存在しない」

 

 そうだろうなと、ガイウスも薄々気付いていた事を再度理解する。

 一撃を受けただけで分かるが、この騎士の攻撃に”惑い”の類は一切存在しない。己の在り方に従い、その戦を作り上げるのみ。

 何より、鈍色に輝く戦槍斧(ハルバード)と、炯々と輝く琥珀色の瞳がそれを雄弁に語っている。交わすのは力、交わすのは技。そこにそれ以外の要素は存在しない。

 

 とはいえ、この人物と拮抗した実力で戦えるかと問われれば、それには否と答えるしかないだろう。

 技巧・膂力・覇気。恐らく全てに於いてガイウスを遥かに凌駕しているだろうし、全身から溢れ出ている武人としての圧倒的な闘気の奔流は、油断すれば此方の足を地面に縫い付けんばかりに襲ってくる。

 現時点ですら、呑まれないようにするのが精一杯だ。これが本格的に”攻め”に転じたらどうなるだろうと考えただけでも、頬に冷や汗が一つ流れてしまう。

 

「しかし、マスターの命とはいえ其方を友らと引き離してしまった負い目もある。この場を設けた理由くらいは教えてやろう」

 

「…………」

 

「まぁ、限りなく実戦に近い仕合のようなものだ。あの小僧との一戦以来、どうにも久方ぶりの試みだ。故に―――」

 

 閃光が弾け飛ぶ。距離を詰められて放たれた一撃を辛うじて受け止める事ができたのは、偏にレイとの戦闘訓練を積んできたお蔭でもあった。

 恐らくは小手調べの攻撃ですら、ガイウスの反応速度を上回る。表情を引き締め直したガイウスに対し、アイネスは戦槍斧(ハルバード)を巧みに操りながら続けた。

 

「死ぬなよ。見込みの在りそうな若者の亡骸を見るのは、私としても悲しいからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「≪鉄機隊≫が”戦乙女(ヴァルキュリア)の一人、≪魔弓≫のエンネア。

 少しの間、宜しくお願いするわね」

 

 そんな言葉と共に放たれるのは、挨拶代わりの矢が数本。

 恐らくは当てる気もないのであろうそれを回避しながら、アリサとエマは前方を睨み付ける。

 彼女らが飛ばされたのは、四方を高い本棚と本の山に囲まれた、一際大きい書斎だった。現代でこれ程の規模を誇るのは図書館と呼べる場所でしかないが、蔵書の数が貴族の家の格を表す時代であった中世の城―――とりわけ伯爵家ともなれば、これくらいは揃えられるのかもしれない。

 だが、今はそんな考察はどうでもいい。アリサにとって目下重要なのは、目の前の騎士の存在だ。

 一見重々しそうな騎士甲冑を纏っているにも拘らず、その動きは至って軽妙だ。薄紫色の長い髪がふわりと揺れる度に、その流れに乗って携えた弓から矢が飛んでくるのではないかと、そう錯覚してしまうほどには。

 

「弓と、魔導杖によるアーツ……成程ね、幾らあの子でも門外漢の技術については教えられなかったか」

 

「あの子? 誰の事よ」

 

「決まってるじゃない。今貴女達の所にいる、達人級の長刀使いよ」

 

 そしてこのエンネアという女性がレイの事を知っているような口調で話して来たという事も、アリサにとってはある意味予想の範疇ではあった。

 彼女の纏う鎧―――それは以前、ノルドで出会ったルナフィリアという女性が着装していたそれと瓜二つであったからだ。彼女がレイと知り合いであった以上、眼前の騎士も違わずそうであったとしても、特におかしくは感じられない。

 アリサは右手の手首のスナップだけで矢を取り出していつでも番えられるようにしていると、今度はエマが質問を被せて来た。

 

「私からも一つ……この空間は、幻術のような単純なものではありませんね? この床も、そこの本も、天井の照明も、信じがたい事ですが確かに存在している(・・・・・・・・・)。これでは、まるで……」

 

「”空間そのものの位相の書き換え”。流石に特定空間を過去の引き戻す何て言う外理の技は不可能だけれど、霊脈が励起しているこの現状と、何よりマスターと深い縁がある此処だからこそ、それが可能になったのね」

 

「マス、ター?」

 

 それについては答える気はないという風に、再び矢が飛来する。それを避ける。

 避けられる―――が、問題なのはそこではない。

 

「(矢を番えてから放つまでの動作が見えない⁉ どれだけ早いのよ⁉)」

 

 半分死闘とも言える模擬戦の中でアリサが独自に鍛練を積み、入学時とは比べ物にならないほどに矢を放つまでの時間が短縮された現在であっても、矢に指を引っ掛けて放つまでの時間は1~2秒を有する。

 銃とは違い、弓を引き絞る強さによって威力が異なる弓という武器を扱う特性上、どうしてもタイムラグというものは存在するし、アリサ自身もそれは仕方のない事だと割り切っていた所がままあった。

 だが、目の前の弓士は違う。視線は逸らさず、瞬きすらしていないというのに、気付けば矢は放たれ終わっている。それを避けられているのは、”矢が飛来する”という事実に込められた殺気を先読みしているの過ぎない。それでも間一髪といった有様だ。

 有り得ない、と常識では考えるだろう。左手に弓を携えているのならば、右手は確実に矢を持っている筈なのだ。それが一切見えないというのは、原理上から見てもおかしい。

 だが―――そんな不条理を条理に変え、体現する存在。

 それこそが”達人級”と呼ばれる武人達であると、そうレイから聞き及んでいたから、意識を辛うじて現実に繋ぎ止める事が出来ている。

 此方は二人だから数の面では有利―――などという甘い考えが通用しない事は充分理解できる。ARCUS(アークス)の戦術リンクをエマを繋ぎ直してから改めて意識を前方にやった。

 

「正直、純粋な若い子達を嬲る趣味はないのだけれど……」

 

 と、そう言ってからエンネアは後方へ跳んだ。

 否、”飛んだ”と称する方が正しいかもしれない。足を床から離した彼女は、まるでその身に羽衣でも纏っているかのような動きで宙へと身を投げだし、そして、書架の上へと降り立った。

 

「高所から失礼するわね。どれだけ弓の技量を極めても、高所を取る事による優勢は不動の条理よ。それは覚えておきなさいな」

 

 そして、エンネアの視線はエマの方へと向く。

 

「貴女もよ、未熟な魔導士さん。一方的に矢の雨を降らされたくなかったら―――私を此処から引きずり下ろしてみせなさい」

 

 それは、本当の意味での宣戦布告。互いに遠距離からの攻撃を得手とする者同士なれど、その差は歴然。

 全てに於いて劣っているのは理解できる。レイやサラとの戦いによって培われた戦術眼は、どうしようもない程に彼女らの不利をその双眸に映し出している。

 だが―――それが何だと言うのだ。

 

「ただ諦めて負けるのは―――性に合わないのよね」

 

 圧倒的な実力の者を前にして、戦う前から膝をつき、敗北を認める。場合によっては、それが英断となる時も確かにあるだろう。アリサとて、そのくらいは弁えている。

 しかし、今この場で早々に白旗を挙げるなど下策だ。僅かでも死ぬ可能性がある以上、ただ伏して待つというのは彼女の気性に合いはしない。

 離れ離れになってしまった恋心を抱く青年の下へ、必ずエマと共に帰る。その決意を胸に、アリサは弓を引き絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉が出なかった、というのが最初の印象だろう。

 大扉を開けて、その先に在ったのは荘厳で静謐な空気が流れる神殿。否、祭儀場だろうか。

 その最奥に掲げられている像と、ステンドグラスに描かれた姿には見覚えがある。七耀教会がその信仰を捧げる”空の女神”―――エイドスに他ならない。

 

 その祭壇に至るまでに伸びる通路。幅は以前見た帝都の大通りにも匹敵するだろうかという広さのそこの中央に、その存在はリィンに背を向けて佇んでいた。

 白金色の、美麗な鎧姿。背を向けている状態だというのに、そこから溢れ出るオーラはリィンの心臓を握り潰さんばかりに強大で、圧倒的だ。常日頃から鍛えられていなければ、今の時点で無様にも気絶していただろう。

 条件反射で太刀の鯉口を切る。しかしそれすらも予想の範疇だと言わんばかりに、背を向けている鎧から言の葉が紡がれた。

 

「ようこそ。待っていましたよ」

 

 清廉に澄んだその声は、鎧を纏っている者が女性であると判断するには過ぎるものだったが、それよりもリィンが困惑したのは、その声色だった。

 ただの一片の澱みもない。衒いも懊悩も、煩悶も、凡そ人である限り抱え続けなければならない筈の混じり気というものが一切存在しないのだ。

 例えるなら、不純物の一切含んでいない水だろうか。全てを見通し、光すらもすり抜けさせる存在でありながら―――そこには一切の他者が共存する事ができない。

 それを人は崇めはするだろう。げに美しき存在だ、敬虔を向けるに値すると、そう思わせるだけの威光がある。

 だが、決してそれを理解しきる事はない。全てを清廉に溶かしてしまうからこそ、そこには光以外の存在が在ってはならないのだから。

 

 声と共に振り向くと、しかしその貌は兜によって隠されていた。

 その両手に武器は携えず、強者の余裕の表れかとリィンは思ったが、すぐにそれは違うのだと思い至る。

 今の時点では、本当に矛を交えるつもりはないのだ。それでも意識せずに溢れ出てしまうそのオーラだけで、相対する者に否応無く警戒心を抱かせる。

 

「まずは非礼を詫びましょう、リィン・シュバルツァー。此度この場を設けたのは、決して戯れでも本来の目的の韜晦(とうかい)でもありません。貴方も武人の末席であるならば、それは理解してもらえると、そう信じていますが」

 

「……えぇ、それは。正直まだ戸惑ってはいますが、それでも、貴女が伊達や酔狂でこの場を用意したのではないという事くらいは分かりますよ」

 

 そして、こうして言葉を交わすだけが目的ではないという事も、無論。

 それを視線だけで伝えると、白金の騎士はそれを理解したかのように頷いた。

 

「成程、意気は良しですか。そうでなくば、武威を示すような事もなかったでしょうが」

 

 瞬間、騎士の周囲の空間が不自然に歪んだ。渦を巻いて軋むその空間の中から、一振りの武器を取り出す。

 それは、身の丈を大きく超える馬上槍(ランス)だった。長さ、重厚さ諸共、到底女性が扱えるような代物ではないのだが、騎士はそれを片手に携えると、その手で以て軽く虚空を薙いだ。

 

「ッ‼ ―――く……ぁッ‼」

 

 ただそれだけ、攻撃ですらない。

 しかし鎌鼬の如く巻き上がった風と、放たれた闘気に思わず窒息してしまいそうになる。本気で、全力で意識を保っていなければ、或いは永遠に覚めない眠りにつく可能性すらあるだろう。

 その圧倒的と称する事すら烏滸がましい存在を前にして不意に脳裏を過ったのは、いつか強さの”格”を問うた時に、最後にレイが言った言葉だった。

 

 

『あぁ、後な。これは覚えておく事もないかもしれないんだが……一応”達人級”の上ってのも存在するんだわ』

 

 

 右手で柄を握る太刀が、棒きれのように見えてしまう。まるで蟻が竜に挑むかのような、歴然と言う以前の戦力差を叩きつけられる。

 

 

『比喩とかそういうの抜きにして、完全にヒトをやめてる。ヒトの域に留まってる限り、絶対勝てない常勝不敗の神域の武人』

 

 

 その言葉がその通りだと、人間としての本能が告げている。まともに戦っても、一太刀どころか剣風で髪の一房すら揺らせないであろう、絶対最強の武人。

 

 

『故に称して”絶人級”ってな。ひたすらに高みを目指した達人ですら、互角の勝負に持ってくのが限界の、本当の意味での”規格外”さ』

 

 

 ヒトである限り絶対に勝てない(・・・・・・・・・・・・・・)―――武の道の果ての果て。誰もが目指すその最果てに辿り着いた、唯一の存在。

 至高、究極、最強―――それらの文字ですら、この騎士の前では陳腐に成り果てる。

 それでも、退くわけにはいかない。背を見せ果てるという最期を晒すくらいなら、正々堂々と相対するのが、せめてもの礼儀というものだろう。

 

 

「≪鋼の聖女≫アリアンロード―――参ります」

 

 その声を以て、未知の戦闘の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ラスト推奨BGM:『天神の雷霆』(シルヴァリオ・ヴェンデッタ)


 肝試しかと思った? 残念、絶望です。
 勝てるわけない勝負四戦。特に最後はムリゲー過ぎて笑いすら出てくる。

 因みに今回のデュバリィちゃんはマスター直々の命にテンション上がり過ぎて、慢心とかそこらへんがスッポリ抜けてます。つまり超強いです。一応彼女も達人級なんで。

 さて、今回で75話と相成ったわけですが、ここで今まで出て来たオリキャラの一覧を作ろうと思います。活動報告に乗せると思うので、見て下さると幸いです。




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