英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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第4話でございます。

いやー……大丈夫かな、コレ。戦闘描写おかしくないかな? 凄い不安です、今。

あと何でしょう、日に日にフィーちゃんの存在感が大きくなっている気が。
気のせい……じゃねぇよなぁ。



追記

・第1話のタイトル変更しました。
・今回のあとがきのところに自分が描いたレイ君のイメージイラストを載せました。下手かもしれませんが、見ていただければ幸いです。


"力”と”心” ※

「ふぅ……」

 

 ”特別オリエンテーリング”の開始における最後の言葉を通信で投げかけた後、サラ・バレスタインは小さく息を吐いて壇上から降りた。担当教官として生徒たちにかける最初の言葉であったと言う事で、柄にもなく少しばかり緊張していた事は事実であり、同時に一癖も二癖もありそうな生徒たちを見て懐かしい気分にもなっていた。

 感情を表に出して正直にいがみ合えるのも、時間をかけて何かに悩む事ができるのも、言ってしまえば学生の特権だ。一度社会に出てしまえば否が応でも本音と建前を使い分けなければならないし、理不尽な現実に対しての怒りを呑み込んで堪えなければならない。困難に真正面から立ち向かう事のできる彼らの事を、サラは少し羨ましくも思った。

 しかし、そういう意味合いで”学生”という存在を定義づけるのならば、やはりレイ・クレイドル、フィー・クラウゼルの両名は”らしくない”と言えてしまうだろう。

否、フィーの場合はまだマシだろう。彼女は彼女で、胸の奥に眠る疑問と言う名の(わだかま)りを抱えており、戦う以外の道を模索させるためにサラが半ば強引に入学させた身だ。容易には口に出せない悩みを抱えているという点では、彼女も他の生徒たちとあまり大差はない。

だが、レイの場合は違う。彼がサラに対して偽らない口調で接するように、サラもまた、彼に対して信頼を寄せる事を厭わない。フィーの目付役を彼に頼んだのが、そのいい例だ。そんな個人的な事情が罷り通るほどには、レイとサラの付き合いは長い。

だからこそ、分かってしまう。彼は本来、”学生”という身分に押し込めるにはあまりにも異質な存在だ。未熟な士官候補生たちに混ぜて生活を送らせるという事は、下手をすれば彼自身の”劣化”を招く危険性も孕んでいる。サラ個人としては、あまりそれは好ましくなかった。

 

 

「おやおや、美人の憂い顔はそれだけで美しいものですね。そうは思いませんか? 学院長」

 

「それは些か不謹慎というものではないかね? 理事長」

 

 

 そんなサラの思考を遮るように旧校舎に入って来たのは、二人の男性。その二人は、彼女も良く見知った顔ぶれだった。

 

「オリヴァルト殿下。ヴァンダイク学院長も」

 

「やあ、久しぶりだね♪」

 

「無事、オリエンテーリングは始まったようだのう」

 

 いつもの通り邪気のない笑顔を浮かべるオリヴァルトと、満足そうな表情で開ききった床を眺めるヴァンダイク。サラは学院長の言葉に「えぇ」と鷹揚に頷くと、二人の近くまで足を進めた。

 

「しかし、学院長はともかくとして、何故オリヴァルト殿下までここに?」

 

「いやいや、私も一応理事長の職を拝命している身の上だからね。無事に駆け出したⅦ組の様子を見に来たのだよ」

 

 恐らく、その言葉にも嘘はないのだろう。だが、しかし―――

 

「なるほど……それで、本音は?」

 

「レイ君の様子を見に♪」

 

 そちらの方が本命であろう事は、姿を見た時点で大体分かっていた。この場に護衛役でもあるミュラー・ヴァンダールがいればいつものキレのいいツッコミ(物理)が入るのだろうが、生憎とサラにそこまでする勇気はない。

とは言え、レイをこの学院に勧誘したのは他でもない彼であるために、興味を持つのは普通だ。わざわざ足を運ぶだけの価値があるのだろう。

 

「そう言えばレイ、殿下が送られたカスタム『ARCUS(アークス)』に興味津々な様子でしたよ。気に入ってるみたいでした」

 

「ほぅ、それは重畳だ。コネを使って弄った甲斐があるというものだよ」

 

 オリヴァルトが素直に嬉しそうな声を出すのを、サラは内心複雑な感情を抱えたまま眺めていた。

そもそもレイは、自分がアーツを使えないことに対して、微塵も劣等感を抱いていない。無い物ねだりをしても仕方がないという事を理解しているし、彼はその分のハンデを別のモノで埋めるという努力を以て結果としてきた。今回、それを簡易的に扱える機器が手に渡ったことで、彼は、自分の努力を否定された気にはならないだろうか。

 

「(……いや、ないわね。アイツなら)」

 

 自分で考えた事を、軽く顔を横に振ることで否定する。良くも悪くもある意味で単純な少年だ。恐らく本気で「良い物が手に入ってラッキー」程度にしか思っていないだろう。

 

「フフ、大陸に名を轟かせる《紫電(エクレール)》殿も、一人の少年を真剣に想う心があったとは。まぁ、彼ならば当然か」

 

「……からかわないで下さいよ」

 

 ふいっ、と。目を逸らすサラ。やはり自分の「かつて」を知っている人間と話すのはやりにくいなと改めて思いながら、同時にこの人物から直接入学勧誘を受けたレイに対して同情の念を抱いてしまった。

 

 自分があの少年を気に掛ける理由。それは別に、複雑なものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――せっかく美人なのにしかめっ面してんじゃねぇよ。人殺しがしたくなくて悩んでんなら、いっそ転職でもしたらどうだ? その力、”人狩り”のためだけに使うには勿体ないと思うぜ?』

 

 

 

 

 

 

 自分が助けられて救われたから、自分も彼を救ってあげたい―――そんな単純で、身勝手な理由。

 

 彼は助けを求めたわけではない。かつての弱い自分のように、進むのが怖くて足を止めたわけでもない。

 

 彼はいつだって歩み続けた。いつだって―――たった一人で。

 

 

「(―――ま、それができるだけの力があったから、何も言えなかったんだけどね)」

 

 クロスベルで過ごすうちに仲間と過ごすことの価値と言うものはしっかりと学んだようだが、それでもまだ、彼は年相応の幸せを手に入れたとは言い難い。できる事ならばこの二年間、充分に学生生活を謳歌してもらいたいと、そう考えているのだが―――。

 

 

 

 

 

『今度と言う今度こそは許さねぇ! ひっ捕まえて朝まで説教してやらぁ!』

 

『また言ってる事が父親みたいになってるぞ、レイ! ……というか、お前も一人で行く気か?』

 

『クロスベルのジオフロントの鬼畜迷路ぶりに比べりゃ温いもんだ。心配はいらねぇよ』

 

『そ、そうか。まぁ、気を付けろよ?』

 

『あぁ。後で必ず合流する。戦闘に不慣れな奴もいるだろうから、お前らは慎重に進めよ』

 

『分かった。後で改めて自己紹介でもしよう』

 

『おう。―――オラ、フィー! 首洗って待ってやがれ!』

 

 

 

 ―――どうやら、前途多難なようである。それでもさりげなくクラスメイトの力量を推し量って忠告を置いていくあたり流石と言うところか。

 サラが手に持った『ARCUS(アークス)』から流れてくるその声に、オリヴァルトは必死に笑いを堪え、ヴァンダイクは孫の行動を見守る祖父のように優しい笑みを浮かべていた。確かに行動的には微笑ましくはあるが、独断専行した少女と、それを追った少年の素性を鑑みれば、中々に笑えない光景だ。

 

「まったく、先が思いやられるわねぇ」

 

 愚痴を言うようにそう呟いたサラの口元には、言葉とは裏腹に同じく柔らかい笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 実際のところ、旧校舎の地下ダンジョンは、レイが思っていた以上に単純な作りとなっていた。

 凝ったスイッチ制の仕掛けもなければ、トラップの類もない。徘徊している魔獣も一体一体が脆い上に数もそれほど多くないように見受けられた。クロスベルで任務をこなしている際、よくジオフロント内に潜り込んでエレベーターの起動やら跳ね橋の起動やらを日常茶飯事的に行っていたせいか、随分と物足りないように感じてしまった。

 

「俺も程良くあのカオスな場所に毒されたもんだなぁ……っと、追いついた追いついた」

 

 何度目かの角を曲がったところで、武器である双銃剣を両手にそれぞれ構えて先行するフィーの姿を視界に捉える。その距離、およそ30アージュ。

 

「―――ふっ」

 

 しかしレイは、その距離を足に力を込めたと同時に地を蹴り、ものの一瞬で縮めてしまう(・・・・・・・・・・・・)

いつの間に横に現れて自分と同じスピードで並走するレイをちらりと横目で見て、しかし特に驚くこともなく走り続けるフィー。そんな姿を見て、レイは先程までの怒りがどこかに霧散してしまったのを感じた。

 

「―――単独の偵察行動をするにしても、せめて俺に一声かけてから行け。ま、気付かなかった俺も悪いんだけどさ」

 

「……レイは残ってても良かったのに。あのメンツだと、レイがフォローを入れた方がスムーズに進める」

 

「アホか。あいつらはそこまで柔じゃねーよ。見た感じこのダンジョンを無傷で切り抜けられる程度の実力はあるだろうさ」

 

「それでも、一丸じゃあない。チーム内の不和は、予想外の事態を引き起こすから」

 

「最初の一歩くらいは自分で踏み出さねぇと意味がねぇ。それくらい、お前にも分かってんだろうが」

 

 その言葉に、フィーはあえて言い返す事はしなかった。ぶっきらぼうな言い方ではあるが、彼なりに彼らを心配した結果なのだろう。まぁ、ただ単に自分を追って来たというだけでもあるのだろうが。

 そこでフィーは、ちらりとレイの背中を見た。そこには、肩から対角線に斜めに掛けられた紐に括られた袋に入ったままの彼の獲物があった。

 

「何だ。まだ戦闘はしてなかったの?」

 

「あぁ。遭遇はしたが単体だったからスルーした。一度”抜い”ちまったら駆逐しちまいそうだったからな。それじゃオリエンテーリングにならんだろ」

 

「相変わらず、変なところで律儀だよね、レイって。……でも、どうやらそうもいかないみたいだけど?」

 

 走るスピードを緩める事なく、二人揃って進む先にある拓けた場所を見据えた。そこから流れてくる複数の敵意の気配を(あやま)たず捉えたレイは、紐を肩から外して袋を左手に握る。

 

「やるの?」

 

「”慣らし”だ。そこそこの数が固まってりゃ一掃しても分からんだろ」

 

「ん、分かった。ちょっと下がっておくね」

 

「サンキュ」

 

 そう言ってフィーが少しスピードを落とし、距離が少し開いたのを見届けると、レイは袋に入ったそれを、一気に引き抜いた。

 

 現れたのは、光沢が出る程の見事なまでの黒塗りが施された鞘に収められた、一振りの長刀。床に立てれば柄頭(つかがしら)から鞘尻(さやじり)までの長さは、約150リジュにも達する代物であり、今は隠れている刀身の長さも100リジュは下らない。自身の身長が165リジュにいたるかどうかという程度のレイが所持するには、少しばかり不相応な得物であった。

 

「よっ、と」

 

 しかしレイはそれを左腕一本で軽々と扱い、腰だめに構える。速度は落とさないままに、右肩を前に突き出して臙脂(えんじ)色の柄巻(つかまき)に包まれた柄に手を添える。

徐々に纏う雰囲気が怜悧なそれへと変わり、呼吸一つ一つが規則正しく、それでいて常人には出せない独特なもの。それを見て、フィーはもう一歩分、レイの後方へと下がった。

 本来ならそれは、刀身が長すぎるが故に慣れていなければ抜刀すらも手こずる代物。だが、レイは柄尻の部分を自分の頭部の辺りまで上げたまま、鯉口を切る様子もなくそのまま広間へと突入した。

 

―――ギィッ!

 

 

―――ギィィィッ!!

 

 広間の中心にたむろするように固まっていたのは、虫型の魔獣であるコインビートル。少なくとも10は集まっていた気性の荒いそれらは、レイの姿を視界に捉えると共に、一斉に飛び掛かって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――邪魔だ」

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、レイの身体が靄もやのようにぶれ、先程までいた地点に小さな旋風(つむじかぜ)が置いてけぼりにされた。

そして、その場から敵の中心地点に向けて一直線に一筋の鈍色の閃光が疾り、それが群れを突き抜けたあたりで途切れた瞬間、甲高い金属音と共に走り抜けるレイの姿が現れた。その左手には、鞘に収まったまま(・・・・・・・・)の長刀が、何事もなかったかのように握られている。

 

「…………」

 

 フィーは、そんなレイが突き抜けたルートを辿って迷うことなく走り抜ける。その直後、一匹残らず細切れにされた(・・・・・・・・・・・・)コインビートルの残骸から弾け飛んだ体液が、広間の中心を汚した。しかし双方共がその状況には一瞥もくれず、ただ先程までと同じように走り続ける。

ここでフィーが走るスピードを少し上げ、レイも速度を若干落とす。再び並んで走るようになってから、双銃剣を持った右手で器用に、フィーが親指を突き立てた。

 

「グッジョブ」

 

「あいよ。支部を離れてから鈍ってるかと思ったが、そうでもなさそうで安心したぜ」

 

 軽く拳を合わせる二人。そして今まで踏破してきたエリアの数を思い出し、そろそろ終着地点が近いという事を感じ始めたとき、徐おもむろにフィーが口を開いた。

 

「相変わらず”速い”ね。私は見慣れてるはずなのに、それでもさっきは初動しか見れなかった」

 

「はっ、初動が見切られてたら俺の負けだ。目ぇ良くなったんじゃねぇか? お前」

 

「団長に比べたらまだまだだよ」

 

「飛んでくる弾丸見切って避けるような人外と同じカテゴリーに入ったらお終いだと思うんだわ、俺」

 

 もしこの自由奔放な猫少女がこれ以上の敏捷性を身に着けようものならば、自分の胃の疲労度は目も当てられないレベルになるだろう。実力が向上するのは良い事だが、その分精神もちゃんと成長して欲しい。

レイは、本気でそう思わずにはいられなかった。

 

「その団長とまともに戦り合ったレイが言っても説得力皆無」

 

「あん時はお互いに本気じゃなかったからノーカンだ、馬鹿。―――それよりもホラ、着いたみたいだぜ」

 

 ピタリと、ここまで一度も立ち止まらずに走り抜けてきた二人が、足並みを揃えて立ち止まる。その目の前には、重苦しい雰囲気が漂う、最初の広間の物より一回り大きな扉が鎮座していた。

そんな物を前に互いに顔を負わせると頷き、フィーは扉の左、レイは右側に、それぞれ半身になるように体を合わせ、3カウントの後に、一気に扉を開けて突入した。

 その先にあったのは、四階ほどの階層が吹き抜けになった今までとは比べ物にならないほどの広大な間。一見古代の闘技場のようにも見えるそこに、一歩、また一歩と、武器を構えながら進んでいく。

 

「……止まれ、フィー」

 

「ん」

 

 と、数歩進んだところでレイが制止を促す。その視線の先にあったのは、飛竜ワイバーンを象った、巨大な石像だった。

普通に見ればただの不気味な石像に過ぎないが、フィーに目で指示を出し、広間から再び扉の内側へと撤退した。扉は開けたまま、レイは遠くからその石像を睨みつける。

 

「完全にだな、ありゃ。分かり易過ぎて笑っちまうぜ」

 

「ん。前に古い遺跡に潜り込んだ時にあんな物を見た事ある。あの時のは侵入者撃退用の土人形ゴーレムだったけど、今回のはレベルが違うっぽい」

 

「俺らなら対処できるだろうが、ここはいったん戻るぞ。元より俺たちの任務は斥候だ。フィー、先に戻ってリィンたちに残りの距離を教えてやってくれ」

 

「了解。レイは?」

 

 そう問いかけると、レイはにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、全てを見透かしているかのような堂々とした口調で言い放った。

 

 

 

「お前の他にぜってー単独行動してそうな奴がいるから、そいつんトコに行ってくる」

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 自分を敵視する、頑固者の眼鏡が気に入らない―――ユーシスが早々にクラスメイトと一人別れ、ダンジョン内を一人で進み始めたのは、つまるところそれが一番の原因であった。

レーグニッツ帝都知事の息子。『革新派』の中心人物の薫陶を受けた人間ならば、なるほど確かに自分を気に入らない目で見ることも頷ける。ユーシス自身、出生が出生であったために、他人の陰口を受ける事など日常茶飯事であったし、むしろ自分の与り知らないところで悪評を広められるくらいならば、いっそあのように面と向かって敵意を示してくれた方がまだ分かり易くて良いとまで考えていた。

 だが、それとこれとは話が別である。敵意を真正面から受け止めるだけの技量は確かにユーシスには備わっていたが、それを受け止めてもなお相手に対して寛容な態度を示せるほど、彼は達観しているわけではなかった。

だから、単独で彼らの”輪”から外れる事には、特になんの感情を抱くこともなかったし、単身で魔物と戦って後れを取ることはないレベルの実力はあると分かっていたために、自分から応援など求めるつもりなどなかった。

 

そう、なかったのだ。

 

 

 

 

「……それで? お前はいつまで付いてくるつもりだ?」

 

「このダンジョンの最後まで、だ。意地っ張りの貴族殿といるのも面白いと思ってな」

 

 

 だからこそ、先程から自分と一緒にダンジョンを歩いているこの少年の事の意図が分からず、現在内心で彼に対する警戒度が上がっていた。

 

 現れたのは、ユーシスがスライム型の魔獣、グラスドローメに囲まれていた時だった。形状が一定ではないため物理攻撃に体勢が強いこの魔獣をアーツで一掃しようと駆動を始めた瞬間、突如魔獣の背後から現れ、瞬く間に殲滅してしまったのである。

小柄なその体躯からは想像もできない力強く、かつ俊敏な動きに正直に驚いていると、身長に見合わない長刀を片手で器用に回しながら、まるで道端で会ったかのように普通に話しかけてきたのである。

 

『よっ。やっぱりお前が一人でいたか。あ、俺はレイ・クレイドル。よろしく頼むぜ、ユーシス』

 

 その馴れ馴れしい言動に当初こそマキアスと同じように突き放すような態度を取っていたユーシスではあったが、いかんせん彼の行動には敵意もなければ皮肉すらもない。ただ単純に何の含みもなく「貴族殿」と呼び、何の見返りを求める雰囲気もなく、ただユーシスと行動を共にしている。

 

「……お前は、先の俺の言動を窘めに来たのか?」

 

 それがあまりにも不自然過ぎて、遂に根負けしてその理由を問う。

ユーシスが現時点でレイが考えている事の最有力候補がそれだった。地上にいた時にマキアスと派手に言い争い、結果的にこれから共に過ごすであろうクラスメイト達の雰囲気を険のあるものにしてしまった。それに対しての呵責かしゃくをするためについて来ているのではないかと。

 だがそれに対して、レイはあっさりと首を横に振った。

 

「ンな事はどうでもいいんだよ。そもそもあれはお前とマキアスの喧嘩だ。俺が口を挟む事じゃねぇし、その権利もねぇ」

 

「……では何故だ。俺に対して何か思うところでもあるのか?」

 

「あー、まぁアレだ。ちと経験則から忠告させて貰おうと思ったってのが理由の一つではある」

 

「忠告?」

 

 一層訝しむ様な視線を向けるものの、レイは全く気にしていないような表情で、ユーシスの顔を覗き込んだ。

 

「お前は貴族。それも大貴族中の大貴族の子弟だ。俺は帝国国民じゃねぇから貴族制のしがらみやら何やらを全部理解することはできねぇけどよ、お前が重い”何か”を背負ってんのは分かる」

 

「……」

 

「背負っているからこそ、譲れねぇモンもあるんだろうさ。例えばさっきだって、マキアスの発言は帝国の貴族全員を非難したような言葉だった。アレは、四大名門<アルバレア>の名を冠する立場であるお前にとって、見過ごすことのできない発言だったんだろ?」

 

「だから、何だと―――」

 

 どことなく話の結論が見えてこない事に苛立ちを覚え、突き返そうとしたものの、次の言葉を言おうとしているレイの表情が緩んだものではなく真剣なそれへと切り替わったために、思わず口を噤んでしまった。自分よりも頭半分ほど身長が低い少年であるはずなのに、何故かその圧力に押されてしまう。

 

「何かを背負い続ける覚悟を決めた奴は総じて強い。サラの奴は俺とフィーだけが学生らしくねぇと思ってるみてぇだが、俺から見ればお前だって相当だ。何かを胸の内に秘め、だがそれを誰にも悟られないように傲慢と言う殻をわざと被って振る舞う姿―――何の因果か、昔の俺にソックリなんだわ」

 

 だから、と、レイは再び口元に微笑を浮かべて、追い越しざまにユーシスの肩を軽く拳で叩いた。

 

「マキアスと直ぐに仲直りしろなんて言わねぇからさ、せめてリィンたちの前だけでももうちっとまともな態度で接した方が良いんじゃねぇか? せっかくこれから1年間過ごす仲間なんだからよ、どうせなら気負う事無くのびのびとして行きてぇじゃねーか」

 

 その言葉に、ユーシスは閉口した。呆れだとか激憤だとか、湧き上がってきたのはそういう感情ではなく、未だ彼に対しての拭いきれない不信感と、自分の今まで無自覚に醸し出してきた自分の心の内をこの僅かな時間で見透かされ、そしてそれを否定しなかったその言動に対する感佩(かんぱい)の念。同時に、その洞察力の高さに空恐ろしいものも感じていた。

 

「(コイツ……一体何者だ?)」

 

 現時点で、リィンとユーシスの二人が抱く事となったこの疑問。

外見こそ年相応ではあるものの、数時間行動を共にしていただけでその外見と精神が不気味なまでに反比例している事に気付いてしまった。ここまで行くと、この口の悪い喋り方も本心を隠す隠れ蓑なのではないかと、そう疑ってしまう程だった。

 ―――だが。

 

 

 

「……ユーシス・アルバレアだ。先程はゴタゴタしていたからな。改めて、名乗らせて貰う」

 

「―――ははっ、こんな口うるさい人間にわざわざ義理を通すこともねぇだろうによ。だがまぁ、ありがたく受け取っておくぜ」

 

「フン、食えない男だな、お前は」

 

「”食える”男を目指した覚えもねぇからな」

 

 先程の一件以来、ずっと張っていた自己に対する緊張の糸が途切れたのを感じながら、ユーシスはレイが自分に付いてくることを容認し、適度な緊張感は保ちながらも順調にダンジョン内を進んでいった。

その緩んだ雰囲気が再び張りつめたのは、それから数分後。

 

 

 

 終着地点にあたる大広間の方向から、盛大な破壊音が聞こえた時だった。

 

 

 

 

 

 

 




あ、ヤベ。これフィーちゃんヒロイン候補だ、などと危機感を抱き始めた今日この頃。

「閃の軌跡Ⅱ」では1周目はエマさんルートを突っ走りましたが、2周目はフィーちゃんか、それともサラ教官か、いやいやアルフィン殿下か……メチャメチャ悩みますね。

今回、ユーシス君の下りはなんかやりたくてやりました。後悔は一切していません。とりあえず初対面同然の人間にあそこまで踏み込む主人公の胆力に脱帽です。


サラ教官のパートの話の詳しいところはおいおい解明しますので、その時までお待ちくださいませ。


それでは、次話もよろしくお願いします!



【挿絵表示】



追記

・1リジュは現実世界でいうところの1センチです。
つまりレイ君の刀の長さは150センチ。
室町以降の通常の刀の平均的な長さが100センチ以下くらいなので、結構長いです。

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