英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「私は戦いを否定しない。しかし、強い者が弱い者を一方的に殺すことは、断じて許さない‼ 撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ‼」
       by ルルーシュ・ランペルージ(コードギアス 反逆のルルーシュ)








帝都騒乱 肆

 

 

 

 

 

 

 

 ―――『バルフレイム宮』皇族居尖塔。

決して常人が立ち入ってはならない聖域の一つでありながら、それ故に誰の視界にも入らず、死角となっている帝都一の高所。

登れば帝都の景色が一望できるのみならず、近郊の街や東西南北に延びる鉄道路線すらも視界に収める事が出来る。そんな場所の屋根の上に、二人の人物が居た。

 

 その内の一人は、屋根の上で胡坐を掻きながら煙管を口元に加えて紫煙を燻らせている長身の女性。燃え盛る炎のような真紅の髪は後頭部で一括りにされており、凛々しく美人と形容するに何の不満も抱かせない顔の右目辺りに縦に走る傷跡が、彼女をただの麗人ではない事を象徴していた。

 加え、目に付くのはその格好だ。袖を通さずに羽織られた赤い”羽織”に、黒色の”小袖”、下半身を覆うのはスカートではなく、羽織と同色の”袴”。腰回りを締める”帯”だけが、白色で逆に映えている。

その纏う服装は東方風のそれだが、どこぞの式神が纏っているそれとは違い、彼女のはより動きやすさを重視したモノとなっている。腰に佩いた緋造りの長刀の柄頭をトントンと叩きながら、呼吸と同時に紫煙を吐く。

 

 

「なんじゃ、情けないのォ。≪深淵≫が肩入れする者らであると聞いたからどのような者らかと期待していたのじゃが……揃いも揃って策が読み切られた程度で退きおってからに。あの学生の小童共らの方が、伸びしろがあって面白そうじゃ」

 

 若い見た目からはどうにも不相応に思える古風な口調でそう言うと、口角を釣り上げて顎を撫でる。それを、隣で立っていた男は欠伸混じりに聞いていた。

 

「つってもよぉ、≪爍刃(しゃくじん)≫。アンタなら策が読まれた所で強行突破待ったなしだろうが」

 

 毛先だけが赤色に染まった特徴的な蒼色の髪を持った男は、気怠げな声と共にそう言う。眠たげそうにもう一つ欠伸を漏らしてから、女性と同じ方向へと視線を移した。

 

「無論。策が読まれて狼狽えるのは三流よ。一流の強者というモノは、己の失態すらも跳ね除けてみせる」

 

「メンド臭ぇ。なら俺は三流以下だろうが。策なんぞ考えずに後先考えずに突っ走って出たとこ勝負だ」

 

「武人であればつまるところ、そういう生き物よ。頼みにするのは己の力量と僅かな天運。それ以外に在る筈もなし」

 

 じゃが、と女性は続けた。

 

「ぬしはどうじゃ、マクバーン。これだけの闘気に当てられて、滾っておるのではないか?」

 

「……いんや、不十分だな。≪紫電(エクレール)≫の相手はルナフィリアに取られて、レイの相手も≪冥氷(めいひょう)≫に取られた。他のガキ共も、まぁそこそこ見れる程度だが、俺が相手をするにはまだ早いな」

 

「≪漆黒の牙≫はぬしの眼鏡には適わぬか」

 

「≪死線≫とセットで相手してもいいんだがなァ。それでもやっぱり、俺を熱くさせてくれんのはアイツしかいねぇんだわ」

 

 クイ、と首を動かした先にあるのは、『マーテル公園』に隣接する雑木林の一角。そこからは、この夏という季節を鑑みれば場違いなほどに冷えた空気が漂って来ている。

 

「最初にエルギュラの野郎が逝って、その次にレイが出て行き、そんでレーヴェがこの前逝った。退屈でしょうがねぇ」

 

「その割に、ぬしは儂にはちょっかいを掛けて来んのォ」

 

「アンタと戦り合ったらどっちかが死ぬまで終わんないだろうが」

 

 ともあれ、と。マクバーンと呼ばれた男は口元に薄ら笑いを浮かべた。

 

「今回は様子見だ。アンタが断腸の思いで破門にした愛弟子の戦いを見るだけで腹を満たしてやるよ」

 

「……ぬし、良く舌が回るようになったのう」

 

 さてな、と言う男の表情に、やはり悪びれた様子などは一切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この場では所詮余談でしかないのだが、もし戦闘中のレイが今も尖塔の屋根の上で煙管を吹かす女性の存在を感知したのだとしたら、恐らく少なからず狼狽はするだろう。”居るかもしれない”という可能性は考慮していたのだろうが、出来れば絶対に出会いたくない人物だったのだから。

 

 結社≪身喰らう蛇≫に所属する第七使徒直轄の≪鉄機隊≫。実のところ、その筆頭隊士を務めているデュバリィは最強と言うわけではない。

 それは、当の本人すらも認めている。基本的に自分の実力に対して卑下の言葉を漏らさない彼女を以てしても、「敵わない」と言わしめる存在が居る。

 レイが≪結社≫を去った時を契機に≪鉄機隊≫の筆頭職を若い世代に受け継がせる意味合いで彼女に譲ったものの、それでも純粋な武人としての実力ならば、主であり、永遠の盟友でもある≪鋼の聖女≫にも比肩するとすら謳われるほどなのだ。

 

 異名は≪爍刃≫。爍熱に燃え盛る炎の如くに苛烈でありながら、その刃は無謬にして鮮烈。ただ一人、その絶技を受け継がせた少年に「超えるべき壁」と言わしめた、至高に近しい領域に至った武人。

 

 ≪鉄機隊≫副長、並びに≪八洲天刃流≫奥義皆伝継承者。―――そして、≪天剣≫レイ・クレイドルの無二の剣師。

 

 ≪爍刃≫カグヤは、今も見定めるような視線で、袂を分かちざるを得なかった唯一無二の弟子の趨勢を、じっくりと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしこの世に、人がヒトの手によって直接的に引き起こされる本当の意味での”人災”が存在するのだとしたら。

 

 まさしく、この数時間前まで平穏極まりなかった雑木林の中で繰り広げられている激闘は、それに値するものだと誰もが思うだろう。

 

 

 無残に斬り倒された大木があれば、通り過ぎただけで余波を食らって凍り付いた草花がある。

二人の闘気と殺気に当てられて、活発的に求愛行動に勤しんでいた蝉も、優雅に空を舞っていた小鳥も、考えうる限りの知的生命体が、その場所から逃げ出していた。

今の彼らに、他所を気にかける余裕などは存在しない。視界に映るのは、ただ己が斃すべき存在だけであり、それ以外は蚊帳の外だ。

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。どれくらいの攻防を繰り広げたのだろうか。

 

 遂にレイの振るった白刃の一閃が≪X≫の肩口を捉える。その結果として、ノルドの遺跡内で戦ったあの時のように、鮮やかな鮮血が迸る筈だった。

しかし、その結果は異なる。待ったのは鮮血ではなく、氷の欠片。職人の手によって造り上げられた精巧な氷人形が砕けた時のような、そんな感触しか得られなかった事に、しかしレイは驚愕しない。

 ノルドの遺跡で感じた違和感と、先程ガーデンの中で受けた攻撃。情報としてはそれだけで充分だ。彼女の正体について結論が出ている今、容赦など一切ない。

否、寧ろ本気で殺すつもりで、彼は今愛刀を振るっている。ただの一片の呵責もなく、ただの一瞬も躊躇いはしない。元より戦場に於いてそれらの逡巡を行わないのがレイの信条ではあったが、今この場においてはそれが今まで以上に研ぎ澄まされている。

 

「『死氷ノ奏剣(ニヴル・シュヴェリウト)』」

 

 ≪X≫がそう唱えると同時に、虚空に円を描くように氷造の剣が都合十振り顕現する。それらは全て剣鋩をレイに向けており、≪X≫がその手を真横に伸ばすと同時に、それらは僅かな時間差を保って放たれた。

 それは、陽の光に晒されて溶け出してしまうような脆弱なモノではない。膨大な魔力を凝縮して造られたソレは、さしものレイと言えども容易く両断できるものではない。

 

「―――嘗めるなよ」

 

 だが、それは易々と直撃を食らってやるという意味ではない。11年間、弛まず鍛え上げられた動体視力と瞬時の判断力、そしてその動きを可能にする身体能力を惜しげもなく叩き込み、刹那と言っても差し支えのない間隔で飛来する物量の暴力を、まるで重力を無視したかのような動きで躱していく。

 しかし、最後の一振り。悪辣にもレイが空中に身を投げた瞬間、その眉間を狙って投擲されたそれは、さしもの彼の驚異的な身体能力を以てしても避けられるものではなかった。

 それでも、極限まで戦闘に特化した彼の脳は、すぐさま次の判断を下す。白刃を抜刀し、技へと繋げた。

 

 ―――八洲天刃流【静の型・桜威(さくらおどし)】。

 迫り来る相手の攻撃と水平になるように刃を差し出し、それが重なる瞬間に僅かに刃を上に跳ね上げる事で攻撃を”逸らす”技である。

 無論、言葉で言うほど生易しい技ではない。【輪廻】と同様、技を繰り出すタイミングを僅かでも逃せば、無防備な体に攻撃が叩き込まれる。典型的な攻撃特化の宿命を突きつけられるこの剣術の継承者として剣を振るっている限り、この刹那の瞬間に交わされる”生”と”死”のやり取りは無視できないモノなのだ。

 

 果たして、今回もレイはそのやり取りに打ち勝ち、氷剣を自らの眉間を狙う軌道から逸らす。軌道を狂わされたソレは、しかし方向を反転させる事もなく、そのまま衝撃波を生み出しながら、数本の木々を巻き込んで突き進んでいった。クレアの計らいによって公園一帯には人払いの措置が為されている為に人的被害はないのだが、よしんばそうでなかったとしても、今のレイに自分の行動のその後を気にかける余裕などない。

 

 そしてそのまま、レイは地に足をつけると直線的に最大威力の【瞬刻】を発動させ―――≪X≫のフードを右手で確かに掴んだ。

同時に、左手で眼帯を持ち上げ、≪慧神の翠眼(ミーミル・ジェード)≫を介してそのローブの詳細を見破る。レイが以前予想していた通り、それには高度な魔法・呪術に対する術式抵抗(レジスト)が仕込まれており、加え使用者の正体に対する隠蔽術式が発動されていた。これでは使用者が自らフードを脱ぐか、さもなくば―――使用者の正体を外部から見破らない限り、解除は出来ないだろう。

 それを理解した後のレイの行動は、やはり迅速だった。その正体を破る言葉を、口を開いて乱暴に紡ぐ。

 

 

「―――『結社≪身喰らう蛇(ウロボロス)≫執行者No.Ⅳ ≪冥氷≫ザナレイア』‼ テメェ性懲りもなくまた俺を殺しに来やがったか‼」

 

「―――無論だろう、私の宿敵(愛しの君)。言ったはずだろう? お前を殺す事、それこそが私の悲願に他ならないと」

 

 術式が解除されたローブのフードが、巻き起こった暴風に煽られて脱げ、その下の美貌を露わにする。

 レイにとっては見慣れた銀髪灼眼の容貌。口を閉じ、静謐を保ったままに窓際の椅子にでも腰掛けていれば絶世の深窓の令嬢として異性同性の垣根を超えて視線と情愛を集めるだろうに、その表情は狂気の笑みに塗り潰されていた。

 

「狂雌が。一体いつになったら俺の前から消えるんだ」

 

「それを成したければ、お前自身が私の喉元に剣を突き立ててみせろ。まぁ、ノルドの際は少々油断したが、今の私は”神の残滓”として充溢している。その刀も今のまま(・・・・)では、私には届かないぞ」

 

 ≪X≫―――ザナレイアは挑発するようにそう笑ってから、数歩下がって自ら纏っていたローブを脱いだ。

 その下に隠れていたのは、健全な男性ならば誰もが見惚れてしまいそうな、艶めかしい女体だった。張りのある豊かな胸の双丘は元より、高い位置にあるくびれた腰から続くなだらかな臀部まで、否応なく情欲を掻き立ててしまいそうな身体。そんな、理想とも言える肢体を包むのは、極限まで生地を薄くした戦闘衣(バトルクロス)

 レイは、嫌という程知ってしまっている。

 この女の姿を見て、僅かでも脳内を情欲に支配される程度の人間では、決して勝つ事は出来ない。

 

「”外理”の劇毒でお前が這う姿を見れたのは、私にとって至福だったよ。……だが駄目だな。やはりお前を本当の意味で殺すには、真正面から討ち果たさなくては、私の燻った感情は消えそうにない」

 

 熱を孕んだ声でそう呟き、ザナレイアは虚空に手を伸ばした。

本来であれば、そうしたところで彼女の右手が掴むものなど何もない。しかし、彼女が伸ばした先にある空間が、まるで脆い硝子に衝撃を与えたかの如く、砕け散ったのだ(・・・・・・・)

 その先に見えるのは、幾何学文様と言語では形容できない斑模様が支配する空間。そこに手を差し込んだザナレイアは、目的のモノを違えず掴み取って引きずり出した。

 

 現れたのは、その髪色と同じく、銀色に染め上げられた一振りの剣。

精緻な細工が所々に施されたソレは、流麗な美しさを示しながらも、しかしただの華美な展示品の枠に収まらない。どれ程の常人離れした匠が拵えたのかと、武具の界隈に浸透している者らであれば、そう問いかけた事だろう。

 果たして、それはこの世に存在する技術で鍛えられたモノではない。≪結社≫の執行者に対して≪盟主(グランドマスター)≫が下賜する、”外の理”で鍛え上げられた絶剣。

 しかし今、その美麗な剣には、怨敵を封じ込めるが如く、漆黒の鎖が柄の先から剣身の先に至るまで巻き付けられている。

だが、その鎖も震えていた。まるで早く解き放てと、剣自体がそう急かしているかのように。

 

 

「チッ‼―――」

 

 その豪奢ながらも禍々しい程に激戦の臭いを撒き散らす剣を視界に収めて、レイは思わず舌打ちをした。

 ≪執行者≫がソレを抜いたという事は、遊び心も掛値も無しで、与えられた任を執行するという意思表示に他ならない。少なくとも、”武人”と呼ばれる執行者はそうだった。

 故にレイも、抜刀して握った長刀の柄に力を込める。そして、呪術の詠唱ではなく、この長刀そのものを封じていた誓約を限定的に解除する文言を口にした。

 

「【賢英なる我が刃よ 雄弁なる我が刃よ 万理の戒めよりいざ放たれん 其は白亜の異界にも轟く破邪の霊刀也】‼」

 

 文言を唱えた後、レイの手の中にあったのは、その刀身のみならず、柄頭の先に至るまで眩い程の純白に彩られた神々しい光を放つ刀であった。

 それこそが、≪天剣≫レイ・クレイドルが執行者と成ったその時に下賜された武器の本質であり、真の姿。

 

 

 本名称、≪穢土祓靈刀(えどはらえのたまつるぎ)布都天津凬(ふつあまつのかぜ)

 

 其は不毀にして壮麗。刀そのものが”意志”を有し(・・・・・・・・・・・・・)、魔力を始めとしてソレが”不浄”と断じた存在を、物質・概念問わず”浄化”させる能力が付与された、唯一無二の霊刀。

 大型でもない魔獣程度ならば本領を示したこの刀にまず近づこうともせず、刀身に触れた瞬間に消滅してしまう。その力は開帳状態でない時でもある程度は発揮され、刀身にへばり付いた”鮮血”は血払いする必要もなく消え失せ、どれだけ粗雑に扱おうとも決して切れ味が”鈍る”事も、刀身が”毀れる”事もない。まさに、剣士として理想の刀であり、事実レイは、自らの身を蝕む二つの呪い(・・・・・)の内の一つを、この刀の力で以て押さえつけて貰っている状態なのだ。生涯手にし続ける愛刀として、これ以上素晴らしいモノはあるまい。

 

 しかし、だからこそ、レイはこの刀に寄りかかるだけの己を許容できなかった。

 自らの”意志”で魔を滅する? 矮小な魔を寄せ付けない? あぁ、それは確かに最高だろう。自ら手を出さずとも、脅威を感じた相手の方から寄って来ないのならば、これ程楽なものはあるまい。

 だが、それは剣士としてはあるまじき事だった。元より彼は己の前に立ち塞がる障害は、搦手を弄する事もなく己の力で問答無用で真正面から乗り越えるか、あるいは障害そのものを破壊してしまうかの二択を選ぶ人間であった。決して、武器の性能に寄りかかって楽をしながら口笛混じりに踏破するような人間ではない。逆にもしそうであったとしたら、≪布都天津凬≫はレイを主として認めなかっただろう。

 だからこそレイは、刀の力を封じる手段に出たのだ。外法の存在を相手にする際に、確かにこの能力は驚異的だ。それを敢えて誓約で縛る事で、レイは己の向上を進める事を選択したのである。

 

 

「フフフッ、その忌々しい輝きも今となっては懐かしく思えてしまうな。あぁ、分かるぞ。私を滅したくてソレも疼いている」

 

「ちと長い事窮屈な思いをさせちまったからな。此処でお前を斬れるならその不快感も帳消しにしてくれるそうだ。だから―――」

 

 死んでくれと、そう言うが早いかレイは駆けた。同時にザナレイアも背後へと飛び退き、眼前に造り上げた氷の剣を先程と同じように投擲する。

 それを、レイは紙細工も同然かのように真正面から叩き斬った。飛び散る欠片も一顧だにせず、更に踏み込んで間合いに入り、首・心臓・右肺をなぞるかのような鋭角の斬撃を生み出す。

 

 ―――八洲天刃流【剛の型・八千潜(やちかづき)】。

 人間の急所の内の三点を同時に薙ぐ必殺の攻撃であるが、ザナレイアは寸前で身を翻し、致命傷は避けた。

 しかしそれでも、右の肩口は抉られ、今度こそ紅い飛沫をあげた。

 

通った(・・・)な」

 

 彼女自身が気を抜いていない限り、通常攻撃で彼女を傷つける事は叶わない。それは、今の攻撃の余波で露わになったその胸元、深い谷間の間に在る、翡翠色の宝玉が原因であった。

 まるで、柔肌を押しのけて寄生するように座しているそれは、事実その通りにザナレイアの身体をヒトならざる”ナニカ”に変えてしまっている。この宝玉が異色の魔力を充填している限り、彼女の身体はそれそのものが魔氷と成り果てる。それこそが、≪冥氷≫の名を戴く所以の一つだ。

 

 だが今の≪布都天津凬≫は、主であるレイの殺気に反応し、ザナレイアという存在そのものを”不浄”と判断して、魔氷を斬り裂く刃と成っている。この時点で、戦況は確実にレイが有利な方向へと傾いていた。

 しかしそれは、ザナレイアが反撃の手段を何も講じていなかった場合に限られる。そしてその可能性を、レイは微塵も信じてはいなかった。

 

 ピシリ、という音と共に、銀の剣を縛り付けていた黒鎖に罅が入り、直後粉砕される。

そして、間を与えまいと追撃する白刃と重なって、遂に鍔競り合った。

 だがそれも一瞬。激しく火花を散らしている銀の刃が、何の前触れもなく”分かれた”のである。

 

「ッ‼」

 

 予想の範囲内であったとはいえ、それでも奇天烈な武器の取り回しには慎重にならざるを得ない。

それでも、今まで幾度も見て来たザナレイアの剣筋は、ある程度予想は出来る。ただしそれは、向こうからしても同じ事なのだが。

 まるで牙を剥いた大蛇の如く、刃同士の連結が解かれた銀刃がレイの命を刈り取るために不可解な曲線を描いて首元に巻きつかんとする。

しかしその陥穽じみた攻撃を、レイは身を屈める事で躱す。それでも剣鋩の部分の刃が左の肩口を浅く斬り裂いたが、この際それは意識の外に置く。続けざまに放った居合の一閃で蛇腹の如くうねった剣身を浮かすと、一気に横腹を狙いにかかったが、ザナレイアはすぐさま剣身を連結させて元の長さに戻してから、その一閃を受け止めた。

 

 錯綜する殺気、裂帛の剣閃が幾度も交差し、互いに致命傷を負わせない。

 なまじザナレイアが操る武器は、長刀よりも遥かに癖の強い武器であった。一般的に”法剣”と呼称されるその武器は、七耀協会の中でも≪封聖省≫と称される実働部隊の構成員が扱うモノだ。しかしその癖の強さ故に、完全に使いこなせる達人は一握りであると言われている。

 彼女は、それを扱うのだ。指揮棒(タクト)の如く振り回し、演奏に合わせて縦横無尽に踊る人間のように、連結を解いて七つに分かれた刃を既存の常識など知らないと言わんばかりに四方八方から襲来させる。

 

 ≪洸法剣(こうほうけん)・ゼルフィーナ≫―――それが、彼女が賜った剣の銘だ。

 今ここに、理の外より飛来した二振りの剣が激突する。

破邪の力を付与された刀がザナレイアの息の根を止めるべく振るわれ、戦場を舞う銀剣が死神の如くレイの首を狙って宙を走る。

 

 

「そのそっ首刎ねて魔女の足元に送り返してやるよザナレイアァッ‼」

 

「その憎悪も、その殺意も‼ あぁ、紛れもなく私が手ずから殺すに相応しい男だ‼ 愉しもうじゃないか、レイ‼」

 

 常人の域をとうに超え、達人の領域に足を踏み入れた者同士の激闘は、此処に至って更に加熱する様相を呈し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……6年前、カルバード共和国西部 アバロアン市郊外」

 

 

 剣戟の音が凪いだ、その瞬間とも言える合間に、ルナフィリアは叫ぶでもなく、呟く程度にそれらの単語を羅列した。

それは、普通の人間が聞いたところで何の意味も持たない情報だ。よしんばその都市の名前を聞き及んだ者がいたとしても、それでは彼女の真意には辿り着けない。彼の都市は今、リベール王国との交易の中間地点として、商業が栄えているさして特別でもない土地なのだから。

 

「……まさか、アンタ」

 

 しかし、ことサラ・バレスタインという女性にとっては、それは他人事ではない。その時期、その場所で起きた事は、彼女の人生の転機であり、同時に忌むべき人間の醜悪さを見せつけられた最悪の時であったのだから。

 

「市内から北北西方向に凡そ400セルジュくらい……でしたっけ? まぁそこのトコロはあんまり覚えてないんですが、そこにありましたよね? ”アレ”は」

 

 それが何を指し示しているかなど、わざわざご丁寧に問われずとも分かっている。

 もしも此の世に純粋な悪があるのだとしたら、それは間違いなく”奴ら”であったのだろうと、サラは確証を持って言える。

 そしてその時ほど、猟兵という職種を恨んだ事はなかった。故郷(ノーザンブリア)で待つ仲間達のためにひたすらに外貨を稼ぎ続けなくてはならない日常にほぼ諦観した感情を抱いていたとはいえ、「”あんな連中”にも雇われなければいけないのか?」と、幾度自問自答したのかも分からない。

 場所そのものの警護。それがサラ達に依頼された任務であった。

 しかしそれであったとしても、日々”研究材料”として体を弄られる子供達の阿鼻叫喚の苦しみ喘ぐ声や、見るも悍ましいバケモノが”用済み”となった矮躯の死体を貪り食う地獄絵図は、今も鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。

 

「≪D∴G教団≫『アバロアン・ロッジ』―――もうお判りでしょう? 6年前の教団一斉摘発の際に、”上”の方々が一芝居打って我々≪結社≫が完膚なきまで、塵も残さず殲滅してあげた屑共の巣窟ですよ」

 

 その言葉こそ軽妙さを継続させていたが、声に含まれた侮蔑の色までは隠し通せていない。

 空の女神(エイドス)を否定し、悪魔を信望する狂信者にして、過去数十年間で最も醜悪な犯罪を犯し続けた歴史に名を刻む大罪集団。それこそが、≪D∴G教団≫という組織であった。

大陸各地に”ロッジ”と呼ばれる拠点を有し、拉致して来た年端もいかない子供達に”儀式”と称して非人道的な実験を繰り返した彼らは、遡る事6年前、七耀協会、遊撃士協会、各国の軍隊・警察組織らが迎合して行われた一斉摘発によって壊滅した。

 しかしその作戦の最中、秘密裏に≪結社≫すらも殲滅作戦に参加していたのは、公然の事実ではない。

 

 そして運悪く、≪結社≫が標的に定めた『アバロアン・ロッジ』に雇われていたのが―――当時ノーザンブリア自治州政府直轄の猟兵団≪北の猟兵≫の一員として活動していたサラ・バレスタインだったのだ。

 

「いやー、ホントに運が悪かったですよねぇ。だってあの場所に攻め込んだウチのメンバーって、≪天剣≫、≪殲滅天使≫、≪狂血≫、≪剣帝≫の執行者四人に、私を含めた≪鉄機隊≫と≪強化猟兵 第307中隊≫。……自分で挙げておいて何ですけど、オーバーキルにも程があると思うんですよ。イヤ、ホント。本気出したら一国獲れるレベルの戦力ですしね。私だったら即退散ですよ。地位とか名誉とかかなぐり捨ててでも逃げるヤバさですし」

 

 作戦自体は、ものの数十分(・・・・・・)で決着がついた。

精強とされる≪北の猟兵≫の部隊でも、相手にした戦力が悪過ぎた。研究員諸共一人残さず塵殺され、今まで犠牲になって来た子供達の積念を晴らすかのように、死体を積み重ねたのだ。

 そんな中、ロッジの最下層で一人生き残ったサラは、死に場所を求めて彷徨い続け、遂に一人の人物と邂逅した。

 

 当時11歳。大鎌を構えたゴスロリ服の少女と共に現れた彼は、そこいらに跋扈していた研究員(ゴミ)らと同じように縊り殺そうとしていた少女を無言で制して、ただ一言だけ言った。

「アレは俺が相手をする」―――と。

 

 ……それから先は、サラ自身も良く覚えていなかった。

 どれくらい交戦していたのかも、どんな言葉を交わしていたのかも、ただひたすらに、死を求めて彷徨うだけだった獣の記憶には朧げにしか残されていなかった。

気が付けば石畳の上に倒されていて、気を失った後に目覚めたのは、エレボニア帝国軍が使用していた救護テントの中だったのだ。

 それでもただ一つ、満身創痍になりながらも、交戦の中で一縷の正気がサラの中で蘇った時に彼が言ってくれた言葉だけは覚えている。

 

 

『―――せっかく美人なのにしかめっ面してんじゃねぇよ。人殺しがしたくなくて悩んでんなら、いっそ転職でもしたらどうだ? その力、”人狩り”のためだけに使うには勿体ないと思うぜ?』

 

 

 何を馬鹿なと、その時はそう思っていたのだろう。今ですら、失笑を漏らしてしまいそうな言葉だ。

 だが結果的に、サラはその言葉に救われた。出来る事ならば、故郷の子供達に恥ずかしくない姿を見せたいと、そう願った彼女の想いは、その後の彼の手回しによって成就したのだから。

 

 尤も、今でも彼は「何もしていない」の一点張りで、サラの礼は受け取っていない。

しかし、当時サラの手当てを行ってくれた医師―――既に退役していたものの、軍からの要請を受けて客員軍医として現場を訪れていたベアトリクス先生によれば、関連施設の見回りをしている最中に自分を抱えた少年が現れ、その治療を要求してから、どこかへ消えてしまったのだと言う。

 

 もし―――と考える事がある。

 もし、あの時レイと邂逅する事がなかったら、サラは人知れず生涯を終えていただろう。よしんば生き延びたとしても、苦痛の果てに無残に死んでいった子供達を助けてあげられなかった良心の呵責に苛まれて、自らの喉を掻っ切って死んでいたかもしれない。

 

 運命、などと安い言葉で片付ける程、サラは短絡的な人間ではない。

 だがそれでも、そこに何らかの”熱”を感じてしまうのは、彼女がまた一人の女性であるという、はっきりとした証拠でもあった。

 

「……「運が悪かった」なんて言わないわよ。あれは、間違いなくアタシの分岐点だった。ヒトの尊厳も何もかも失って畜生のまま死んでいった未来と、地獄の底から乱暴に引き摺り上げて光を見せてくれた未来。アタシは後者を選べた。他ならない、アイツのお蔭で」

 

「…………」

 

「だから今度は、アタシの番なのよ。真面目過ぎて、幾つもの罪科に苛まれ続けてるアイツを、牢獄ブチ破って手ぇ引いてあげるのが―――」

 

「―――それって、使命感ですか?」

 

 殺気が、鋭くなった。

まるでこの問いの答えよう如何によっては問答無用で殺すと言わんばかりにぶつけて来るそれを受けて、しかしサラは努めて平然とした様子で、否と言い切った。

 

「最初は、まぁそうだったかも知れないわね。結局のところ自己満足だったし、深くは考えてなかった。

 でも、気付いたのよね。使命感云々はただの言い訳で、アタシは―――レイ(アイツ)が好きだから助けてあげたいって思ったのよ。悪い?」

 

 人はそれを不可解だと罵るかもしれない。感情論だと呆れるかもしれない。

 ただそれでも、サラ・バレスタインの中にあるその感情だけは、偽れない本物だ。

故に、それを口にする事に躊躇いはない。好きだから、異性として慕っているから、慕っている相手に幸せになって欲しいから。それ以外に、何の理由があるのだろうか。

 すると、ルナフィリアは呆然としたように目を数回瞬かせ、そして再び柔和な笑みを浮かべた。

 

「感慨深いですねぇ、良いですねぇ。ハッ、もしや弟に彼女が出来たって知らされた姉の感情ってもしかしてこんな感じなんですかね? どうなんですかね?」

 

「知らないわよ、そんなん。それより、言いたい事はそれだけかしら? それなら―――」

 

「まぁまぁ焦らずに焦らずに」

 

 再び臨戦態勢を取ろうとしたサラを、しかしルナフィリアは笑顔のままに制した。

 ―――直後、真下の地面、その更に奥深くと思われる場所から、轟音と共に直下型の地震もかくやと言うほどの振動が響いた。

 

「ッ‼ ―――アンタ達‼」

 

「残念ですけどねー。タイムリミットみたいです。私としてはもう少し貴女と戦っていたかったんですけど」

 

「……それもどこまで本気なのかしらね?」

 

「本気ですよ? 少なくとも、今の言葉は」

 

 サラを見据える双眸は、確かに虚偽を言っている風には見えなかった。そしてその状態のまま、続ける。

 

「6年前、私が見たのは荒れ狂い、自我など望むべくもない貴女の姿でした。それを見て私は一応レイ君に言ったんですよ。ここで一思いに殺した方が、彼女にとっても幸せなんじゃないですか? って。

 そしたら彼、なんて言ったと思います?」

 

 続く言葉など、簡単に予想できてしまう。恐らくレイは、少し困った表情を浮かべながら、そう言ったのだろう。

 

「『希望を求めてた。光を求めてた。未来を僅かでも見据えていたら、ここで散らすには勿体なさすぎる命だろう?』―――まったく、お人好しにも程があるってモンですが、事実貴女はこうして生きて、今度は自分の願いを成就させるために戦ってる。それはとても素晴らしい事だと思うんですよ、えぇ」

 

 でも、と。ルナフィリアは言葉を区切る。

地面と垂直に立てられた槍の石突から転移用の魔法陣が伸び、それが効力を発揮するまでの間に、彼女は真剣なまなざしで言った。

 

「彼の、レイ・クレイドルの抱える罪科は、決して生易しいモノではないのです。少なくとも、私程度の相手に梃子摺っているようでは(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)貴女の願望は成就出来ないと知りなさい」

 

「―――フン、分かってるわよ。そんな事」

 

「結構。―――フフッ、それではまたいずれ。その時は衒いも容赦も出し惜しみもなく、貴女の輝いている覚悟を見せてくださいね。≪紫電(エクレール)≫」

 

 そう言い残すと、ルナフィリアの身体は魔法陣の消失と共に消えて行った。

 まんまと逃げられた事に、しかしサラは不思議と悔しさと呼べる念は抱かなかった。寧ろ、溜まっていた鬱憤を晴らす事が出来たという事に於いて、あの戦乙女には礼の一つでも言いたい気分ですらあったのだ。

 だがそれも、この場を丸く収められればの話。

今の彼女は士官学院の戦技教導官であり、優先すべきは生徒の命。故にサラは、地下に潜っていたはずのリィン達と合流する為に、再び走り出した。

 

 武人としての勘が、強く告げて来る。

 戦舞台は既に佳境。残っているのは―――主役だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 サーヴァント出せよォ‼ 概念武装はもういいよ‼ 虚数属性とかカレイドスコープとかリミテッド/ゼロオーバーとか、なんかもう、良いのが揃っちゃってんの‼
 だからサーヴァント、ってか戦力が欲しい‼ ジャンヌちゃんとかが欲しいんだよ‼

 ……コホン、失礼。取り乱しました。

 いや、ホント。GOのガチャでのサーヴァントの出難さったらないですよ。10連ガチャ回して一体も出なかった時とか軽く殺意覚えましたわ。
 ……まぁ、オルレアンの戦場でアサシンのステンノ姉さまが出たのは正直嬉しかったですけど。

 あと、バーサーカーの使いどころが難しい。油断してると何か死んでたりする。


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