英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「いつも正しい道を選べはしない以上、誰にだって辛い過去や悲しい思い出はある。でも、取り返しようの無い過ちも、数え切れないほどの後悔も、その全てが僕らの生きた証なんだ!」
      by ジューダス(テイルズオブデスティニー2)












友のカタチ

 

 

「テロリスト?」

 

「そう。テロリスト」

 

 

 7月26日早朝。帝都の街が正午から開催される≪夏至祭≫に向けて慌ただしくなりつつある中、サラとレイの提案で、Ⅶ組のメンバー全員が『アルト通り』にある旧ギルド東街区支部の一階に集まっていた。

 そこで聞かされたのは、最終日の実習内容を変更するという旨と、現在帝都に凶悪なテロリストが潜入している可能性が極めて高いという、軍の重要機密に抵触するであろう話であった。―――そんな話をよりにもよって朝食後のコーヒーを飲んでいる時に話されたという事には、既に誰もツッコミは入れない。気にしたら話が進まないからだ。

 

「名前不明、規模不明、ついでに言えば狙いも不明。≪情報局≫が駆けずり回ってその程度しか情報が分からないって時点でそこそこマジな連中だ。ノルドでドンパチやらかそうとした奴らだから、まぁまぁ肝も据わってやがるだろうな」

 

「ついでに言えば、既に何手か先手を取られてる状態ね。悔しいけど、相当綿密に計画を組んできてると見てるわ」

 

 そう言う二人の緊張感は皆無のようにも見えるが、声がいつもより僅かに低い。それは、いつものようにギャグで笑い飛ばす余裕がないという事だ。

それを理解し、リィンは真剣な表情で唾を飲んだ。

 

「不思議な笛で魔獣を操る学者風の男に、ナイフ使いのローブの人物」

 

「確か、≪G≫と≪X≫って言ってたわよね」

 

 図らずしも、Ⅶ組とは因縁がある相手だ。故に、恐怖という感情よりもまず先に、リベンジという言葉が脳裏を過る。

それが、あまりにも士官学院生らしくない(・・・・・・・・・・)というのは誰よりも彼ら自身が良く分かっている。普通であれば以前完璧に”してやられた”相手に対して、こういった感情を真っ先に思い浮かべる事など出来ないだろう。相手が殺人すらも躊躇わないテロリスト集団であれば尚更だ。

 だが悲しいかな、彼らは揃いも揃って負けず嫌いだ。それも、ただの負けず嫌いではない。

 「嵌められたら二倍にして嵌め返す。受けた屈辱は十倍返し」を信条としている少年に魔改造レベルの扱きを受け、若干思考が戦闘方面に偏り始めている面々であるために、その思考に疑問を差し挟む事もない。

それは慢心の裏返しではなく、彼らの純粋な向上心に寄るものだ。レイは常々リィン達に「恐怖を感じる心を忘れるな」と忠告しているが、それは決して”恐怖に感情を支配されろ(・・・・・・・・・・・)”と言っているわけではない。困難に対して臆せずに立ち向かう勇気は、彼らに必要不可欠なモノである。

 

「帝都の≪夏至祭≫は他の地方のそれと比べて盛り上がるのは初日くらいのものよ。皇族のお目見えもあるから、それを目当てに観光客が押し寄せてくる。

つまり、テロリストが大々的に動こうとするにはうってつけの日ってわけ」

 

 サラの言葉に、去年まで≪夏至祭≫を堪能していたのであろうエリオットとマキアスが目を見開く。同時に、成程、確かにと納得しているようでもあった。

 

「ふむ、そんなに人が集まるのか?」

 

「あぁ。確か去年は観光客だけで9万人が訪れたと父さんが言っていた。勿論、外国からの観光客も含むだろうが」

 

 帝都の事情に疎いガイウスが尤もな疑問を提示すると、マキアスがサラリと答える。その数に、正確な人数を把握していなかった面々は思わず失笑した。

 

「ちょっとした都市の人口並ですね……」

 

「リベール王国の≪生誕祭≫も同じように数万人が訪れると聞くがな」

 

「でも、それだけ人数がいれば、テロリストにとっては楽だね」

 

 脱線しかけた話題を修正するために、フィーがわざわざ空気を読まずに雰囲気を引き締め直す。

 

「テロリストが「私はテロリストです」って分かるような格好でうろついてるわけじゃないし。人が多ければ多い程、混乱に乗じて何でもできる(・・・・・・)

 

「ふむ、木を隠すには森の中。人を隠すには人の中、という事か」

 

 言い得て妙な例えをしたラウラに、フィーは小さく首肯した。

 

「シェラザードさんやヨシュアさんをリベールからお呼びしたのは、これを危惧して、という事ですか?」

 

「ま、そういう事ね。話を持って来たのは≪鉄道憲兵隊≫の隊長さんだけど」

 

「……遊撃士協会界隈には疎いから知らないが、あの二人の実力はどれ程のものなのだ」

 

 ユーシスのその言葉には、二人の力を訝しむような感じは含まれておらず、ただ純粋に気になって聞いただけという感じが伝わって来た。不意打ちとはいえ、レイを一時拘束して見せたシェラザードと、危険な魔獣をいとも容易く細切れにしてみせたヨシュアの腕を怪しむ程蒙昧ではない。

 それに対してまずレイが遊撃士協会における基本となる事項について説明を始めた。

 

 

「国家に登録されてる遊撃士は全員、協会規約に基づいたランクに分けられる。見習いの括りに入る”準遊撃士”と、プロとして認められた”正遊撃士”の二つに階級が別れちゃいるが、条件さえクリアすれば常時ランクアップは可能だ」

 

 と、そこまで聞いたところで、リィンが瞠目したような様子を見せ、レイに問いかけた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。レイは休職する前までは”準遊撃士”……つまり見習いだったって事なのか?」

 

 その言葉に、他の仲間も一様に困惑したような表情を見せた。

 直接戦闘に際しての実力は言わずもがな。更に言えばケルデック、バリアハート、ノルドで見せたように、高い洞察力と判断力、そして対人コミュニケーション能力に裏打ちされた交渉術にも長けている。これだけ高い能力を持つ彼が”見習い”止まりであるという事が、どうしても信じられなかった。

 すると今度は、溜息を漏らしながらサラがその疑問に答えた。

 

「遊撃士協会には年齢制限があるのよ。準遊撃士の資格を獲得出来るのは16歳以上。でもレイはある人の推薦で例外として13歳の時にその資格をぶんどったのよ。ま、協会としても旨みのある人材は離したくなかったんでしょうけど」

 

「まぁ、クロスベル支部とか帝都支部とかに行った時に良く言われはしたな。「お前何で準遊撃士止まりなん?」って。でもアレだ、ただでさえ規約シカトして資格取ったモンだからレマン本部の方が色々と煩くてよー。これ以上ネチネチ言われるのヤだから正遊撃士になるのは16歳になってから、って決めてたんだが……」

 

 そこでレイは、隣に座ってたフィーの頭をポンポンと叩いた。

 

「クロスベル支部がブラック企業も真っ青なレベルでクソ忙しかったのと、コイツの件で色々あって有耶無耶のまま休職届叩きつけて学院に来たってわけだ」

 

「それほどでも」

 

「褒めてねぇんだけど」

 

 つまりは、実力不足やら態度やらが祟って昇格していたわけではなく、単純に年齢制限の網に引っ掛かっていたというだけの話。

遊撃士協会自体かなり大きい規模の団体である事はリィンも知っていたし、だからこそ例外を何度も認められるものではないという事も理解できる。レイ自身も功名を自分で吹聴するようなタイプの人間ではないし、過度に目立つことを避けたかったのだろう。その思いは、何となく理解できた。

 

「話を戻すぞ。んで、プロとして認められた正遊撃士にもランクがある。下はG級、そんで公式上でのトップはA級だ。A級遊撃士は大陸全土でも20人程度しかいない」

 

「へぇー。……ん? ちょっと待って。確かサラ教官って……」

 

「A級遊撃士。公式上では一番上のランクだな」

 

『『『嘘だッ‼』』』

 

「何も全員ハモらなくても良いじゃないの‼」

 

「日頃の行いだよ。ザマァ」

 

「アンタがリベールで晒した醜態(※アイナと酒飲んで潰された後のアレやコレや)バラすわよ」

 

「貴様ァ‼ 何故それを知っている‼」

 

 以降数分間、もはや日常茶飯事になった二人の喧嘩を眺めながら、リィン達はコーヒーを飲みながら慣れた様子でそれを見届け、きっかり三分後、怒声はピタリと収まった。

 

「俺この作戦が終わったらロレント行くわ。ちょっとアイナと(ナシ)つけにいく」

 

「これ以上ないくらい立派な死亡フラグね」

 

「バカめ。口走った側が死亡フラグだって分かってればそうならねぇんだよ」

 

 それで、と。

話し始めてから十数分。漸く本題へと入った。

 

「シェラザードとヨシュアは共にBランク。サラ程じゃあないが、文句なしで一流の部類に入る。こと戦闘面だけに限って言えばヨシュアの方は本気の俺に一撃を(・・・・・・・・)入れられる(・・・・・)。これ程頼りになる援軍もそうはいねぇだろうよ」

 

 遊撃士の中でも公式最高ランクのAランクともなれば、個人戦闘力は勿論の事、迅速な任務遂行能力に情報収集能力、加えて長期的な局面を見据える観察眼と推察能力が中心に問われる。

 そしてその上、非公式でしかないものの、Sランクと呼ばれる称号を持つ遊撃士がこのゼムリア大陸に4名存在する。彼ら程にもなれば、恐らく今回のようなテロリストの仕掛けにも先んじる事が可能だっただろう。

 

 ふと、レイが思い出すのはその4名の内の一人。嘗てリベール王国軍に所属して≪百日戦役≫の反攻作戦の火蓋を切り落とし、リベールを勝利へと導いた救国の英雄。現在こそ再びギルドを離れて王国軍を主導しているが、その卓越した慧眼は、テロリストの仕込みなど容易く暴いて見せるだろうと勝手に想像してしまう。

 そして彼は、レイにとっても恩人だ。7年前にレイがヨシュアの身柄を彼に託す事が出来たのも、偏にその飾らない人柄に信頼を預ける事が出来たからであり、≪結社≫脱退後、暗い過去を持つレイが遊撃士協会に入会出来たのも、彼の口添えがあったからである。

 

「(……ま、とは言っても)」

 

 頼るわけには行かないし、頼るつもりも毛頭ない。

そもそも彼が戦役後に軍を辞めて遊撃士になった時に最優先したのは守るべき最愛の娘を近くで守るためだ。それを彼は「逃げ」だと称したが、偽善に塗れて善行を積もうとする輩よりは余程誠実な理由だろう。今こそ、その一人娘も一流の遊撃士として成長したものの、祖国を守ろうとする意志は未だに残っている。だからこそ、再び軍部に帰還したのだ。

 実に真っ直ぐで、理想的な生き方だ。自分もそうであったのならどれ程良かったかと切に願えるほどに。

 

 

「ま、そんなワケだ。クレアの策だとこの帝都で一人の死者も出させない。不確定要素の相手は俺達がする」

 

「……了解。そこから先はプロの仕事って事だな」

 

「随分と察しが良くなったな。だが、お前らには一番の大役(・・・・・)を担ってもらう」

 

 正直、テロリストへの対策と言えど自分達が出来るのは警備くらいしかないと思っていたリィン達は、レイのその言葉に一瞬呆然とする。

その様子を見て、レイは薄く笑った。

 

「本当はな、この作戦お前らへの通達ゼロで、俺達だけで何とかしようと思ってたんだ。後で絶対お前らに怒られる事覚悟で」

 

「それは―――」

 

「そうだ。それは、お前らを信頼していない事と同義だった」

 

 偶に見せる、達観した表情。リィン達がまだ知らない、彼の辿って来た人生が語る含蓄にすら富んだ言葉が、彼らの胸の奥にスゥッと入っていく。

 

「俺は昔っから不器用だ。悪癖なんざ腐る程抱えてる。知り合いの剣士にも良く言われてたよ、「お前は色々なモノを抱え過ぎだ。気楽に生きる生き方を覚えた方が良い」ってな。まぁ、そう言ってるそいつ自身が色々なモン抱えてたから説得力皆無だったんだが……それでも昨日、改めて言われてみて分かった」

 

 一転、レイの瞳の色が人生経験に富んだ先達としてのそれではなく、自分達と同じ学生としてのそれへと変わる。

その事を理解して、リィン達の間に安堵の雰囲気が漂った。

 

「事ここに至ってまで俺は自分で何とかしようと思ってた。お前らに普段からチームワークやら仲間の大切さやら説いてた俺が一番そういう事に疎かったんだ。笑い話にもなりゃしねぇよ。バカみたいに肩肘張ってバカみたいに突っ走って、危うくまた(・・)道を思いっきり踏み外すトコだった。お前に悪役は似合わないって、昔は結構言われてたんだがなー」

 

「……ふん、下らん」

 

 長々としたレイの言葉を言い訳だとしてピシャリと断ったのは、ユーシスだった。

 普段から、彼の立場はこういうモノだ。メンバーの誰もが道を見失って話の終着点が見えなくなってしまった時、わざと厳しい言葉で以て締める。これ以上の話は時間の無駄だ、早々に終わらせるぞ、と。態度こそ傍から見れば冷徹そうに見えるが、実のところ非常に仲間想いの人間だ。渋面の下にある心は、いつでも静かな炎を燃やしている。

 

「つまるところ、お前も俺達と同じく未熟者であったという事だ。それを自覚し、乗り越えた。それだけの事だろうに」

 

 そう、臆面もなく言い切った。どれだけ強かろうと、どれだけ成熟しているように見えようと、所詮は自分達と同じで未だ成長の度合いを残す人間でしかないのだと。

 その言葉に今度はレイが目を大きく開けて数回呆然とするように瞬きをしていると、今度はリィンが口を開けた。

 

「レイが俺達を信頼してくれて嬉しい。それと、今までそう(・・)してくれなかった理由も分かるんだ。信じて、頼って貰うには、俺達は未熟すぎたから」

 

「…………」

 

「でも、今は違う。まだ未熟だって事は俺達が一番良く知ってる。まだ弱いって事は俺達が一番良く知ってる。それでも、強くなれたって事は、俺達が一番良く知ってる」

 

 だから、と。リィンは屈託ない微笑を浮かべて、レイの前に自分の握り拳を差し出した。

 

「頼りにさせて貰うし、頼りにしてくれ。昔は色々な人と共に戦って来たんだろうけど、今レイと一緒に戦えるのは、間違いなく俺達だけの特権なんだから」

 

 どこまでも真っ直ぐで衒いも陰りも一切ないその言葉に、レイは思わず涙が一筋零れそうになるのを堪えて、いつもの不敵な笑みのまま、リィンの差し出した拳に自分の拳を打ち付けた。

 

「生意気だ」

 

「知ってる。知ってて言った」

 

「お前らも、それでいいのか?」

 

 そう呼びかけると、全員が「何を今更」とでも言いたげに頷いた。

 

「覚悟なんかとうの昔に出来てるわ。テロリストだろうと何だろうと掛かって来なさいよ」

 

「あはは、本当は少し怖いけど。……でも帝都と皇族の方々を守るためだもんね」

 

「悪党を裁断するためならば、この剣に翳りはない。どのような場所にも行くぞ」

 

「父さんが慈しんでいる街だ。息子の僕がその意志を受け継がないでどうする」

 

「アルバレアの名に懸けて、ここで退くなどという選択肢は有り得ん。お前が何と言おうとも、噛ませてもらうぞ」

 

「わ、私でお役に立てるのでしたら、全力でやらせていただきます‼」

 

「レイがそう言うのなら、私は私の役目を果たすだけ。頑張る」

 

「恩返しのようなものだろう。今は良い風が吹いている。どんな時でも失敗を恐れずに、だろう?」

 

 

 心がどこか捻くれた人間が二人揃って扱いて、まぁよくもここまで素直に成長したものだと思う。

 本当に、良い目(・・・)をするようになった。実力が未熟だとか、手際が拙いだとか、そういった欠点を補って余りある目だ。言葉だけではない、ホンモノの覚悟が伝わってくる。

 それを理解したレイは、満を持して本題へと移った。クレア主導の”悪巧み”を、絶対に成功させるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と慕われてるみたいじゃない。良い生徒を持ったわね、サラ」

 

「あら、シェラザード」

 

 レイの自虐が始まった辺りから人知れず場所を映して建物の二階に移っていたサラは、突然隣から掛けられた声に、しかし驚く事もなく反応した。

しかし先程までは建物の中にすらいなかった筈で、玄関から入って来た様子もない。さてどこから入って来たのかという疑問を言葉にする前に、シェラザードは後ろの開いたままの窓を親指で指さした。

 

「横着しなさんな」

 

「まぁ良いじゃないの。玄関から入って、あの子達の雰囲気を壊すわけにも行かないでしょ?」

 

 そう言って眺める眼下では、作戦会議が続いている。レイにとってそういった事は少し前まで日常茶飯事であったため、重要な作戦を長々とせず、かつ簡略して伝え続けている。それを聞いているメンバーの中で、首を傾げている者は誰もいない。慣れたものだと感心していた。

 

「青春してるわねー。……ま、切った張ったが日常の青春も何だかなとは思うケド」

 

「あの子達がそれを享受してるんだから、アタシからは何も言う事はないわ。強くなる事を望んでいるのなら、その渇望に応えてあげるのがアタシ達の義務ってモンよ」

 

「あらら。フフッ、≪紫電≫のバレスタインも真面目になったモノねー。なんだ、ちゃんと教師してるんじゃない」

 

「ま、予想以上に逞しくなっちゃったけどね」

 

 本当に、逞しくなったと思う。

 以前の彼らなら、テロリストの拿捕作戦への協力を請われた時点で多少の動揺は広がっていただろう。どれ程強くなったのだとしても、所詮は成人もしていない子供だ。抑え込めない恐怖感は必ず存在する。

 だが今はどうだ。それぞれ多少なりとも緊張感や恐怖感は抱えているのだろうが、それを作り上げた覚悟で上塗りして平常を保っている。それは、歴戦の戦士や遊撃士が持ち得る感情制御の一端であり、普通であればただの学生が修得できるものではない。しかしたった数ヶ月の間に鍛え上げられた心身と紡がれた太い絆が、それを可能にしてしまった。

 

「……もしかしたら、どこか嫉妬してるのかもしれないわね」

 

「?」

 

「アタシが助けてあげるって息巻いておいて、やっぱりアイツの心を救い上げてあげられるのはあの子達なんじゃないか、って」

 

 彼らと共に居る時、たまにレイはとても嬉しそうな顔をする。本人は気付いていないのだろうが、あれでも充分学生生活を満喫しているのだ。

それもその筈。あれ程大勢の仲間達と同じ目線で共に学び、共に過ごすという経験自体が彼にはなかったのだから、そこに憧憬の感情があったとしても不思議ではない。

 もしかしたら、自分達がいなくとも彼は正しい心を取り戻せるのではないかと、そう邪推し始めた瞬間、シェラザードに軽く頭を叩かれた。

 

「……なによ」

 

「あのねぇ、なにバカな事言ってるのよ。レイが何を求めてるか、他ならないあんたが知らないわけないでしょ?」

 

 ……無論、それを知らないわけがない。

 彼が徹底して求めているのは情愛だ。物心がつき始めた幼い時分に唯一の肉親を失った彼は、なまじ麒麟児と呼ばれ精神が早熟であったために、その後の地獄のような日々を耐えきってしまった。

同じように地獄に晒された幼い子供たちは皆、阿鼻叫喚の実験(・・)の責苦の中で命を失った。一人ぼっちの中で、彼はただ、生きるために足掻いて来た。

 だからこそ、彼は本能で自分を愛してくれる人間を探している。壊れてしまった心の奥底で、いつも助けてくれと喚き叫んでいる。

 

「あの子に人並みの幸せを与える事は彼らだってできる。でも、本当の意味で救えるのは、あんた達しかいない」

 

「…………」

 

「いい加減に腹括りなさいな。それに、レイの甲斐性の広さはあんただって知ってるでしょう? ちゃんと繋ぎ止めておかないと、どこかで何かの拍子にまたライバル作ってくるわよ。というかもう面倒臭いからとっとと既成事実でも何でも作って絡め取った方が良いんじゃない?」

 

「ブッ‼ な、ななな、何言ってんのよアンタは‼ 分かった、からかってるのね? からかってるんでしょ⁉」

 

「何言ってんのよ、そんなわけないじゃ……ブフッ」

 

「ちょっと表に出なさい」

 

 割と本気の形相で睨んでくるサラを宥めてから、シェラザードは右手に持ったままだった得物の鞭を腰に引っ掛ける。その動作を見て、サラは元A級遊撃士としての表情に戻った。

 

 

「順調なの?」

 

「今のところは、ね。残りの”掃討”と”仕込み”はヨシュアがやってくれてるわ。あの子、ああいうの得意だし」

 

「……元≪結社≫の執行者で、今は若手遊撃士のホープ、ね。リベール支部は安泰そうで良かったわ」

 

「そりゃあ、ねぇ。ひょっとしたらあんたの最年少A級遊撃士昇格のタイトルも破られるかもしれないわよ」

 

「別に拘ってるわけじゃないから、破りたきゃいつでも破ってくれて構わないわよ。カシウスさんが王国軍に戻った今、リベールにこの人在り、って知らしめる必要もあるでしょうし」

 

「帝国には、肩入れしないのね」

 

「アタシはただ、あの宰相が気に食わないだけよ」

 

 けんもほろろに、といった具合にバッサリと切り捨てるサラの様子に、シェラザードは肩を竦めた。

 

「でも、その宰相の懐刀の憲兵大尉サンの事は、随分と気にしてるようじゃない」

 

「……帝国ギルドの取り潰しに≪鉄道憲兵隊≫は関わっていなかった。それだけよ」

 

「元とはいえA級遊撃士が、分かりやすい嘘吐くモンじゃないわよ」

 

 その指摘に、サラは言葉を詰まらせた。そんな事は重々承知の上だが、幾ら友人の前とはいえその気持ちを素直に口に出すのは憚られたのだ。

 

「全く、初恋にヤキモキする十代の少女(おとめ)じゃないんだし、もっとシャキッとしたらどう? あのエステルでさえ決める時はちゃんと覚悟決めてたわよ?」

 

「わ、分かってるわよ。分かってるけど……」

 

「クレアに勝って次のデート権獲得したんだから、コレ終わったらちゃんと向き合いなさい。いいわね?」

 

 傍から聞いていればどちらが年上だか分からないような会話だったが、現在進行形で恋をしていない自分が偉そうに言えた話ではない事はシェラザード自身が一番良く分かっていた。

 

「(はぁ。どこかに良いオトコはいないかしらねー。お酒に付き合ってくれて、話してて飽きないようなそんな上玉)」

 

 自分が堪能してこなかった青春を謳歌している若者たちを見ながら、シェラザードは一人そう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

『私はね、魔法使いだよ』

 

『私がその子の心を治してあげよう』

 

『ただし、代償は支払って貰うよ』

 

 

 

 

 

 

 今から考えると、これ程胡散臭い誘い文句もありはしないだろう。普通の人間ならば、耳を傾けようともしないはずだ。

 だが、彼の兄代わりであった青年は、その言葉に頷かざるを得なかった。最愛の女性を失くし、そして自閉してしまった実の弟のような少年をも失いかけるという極限状態の中で、その誘いに乗ってしまったのは、決して責められる事ではない。例えその”代償”として少年が人殺しの道を、青年が修羅の道を歩む事になってしまったのだとしても。

 

 感情を失っていた時の事は、あまり思い出せない。

 ”心を治す”などと大層な詐欺もあったものだ。実際のところ、過去のトラウマを靄で上書きして思い出せなくしただけであり、緊急医療措置と何も変わりない。

 しかしそれこそが、”魔法使い”の思惑だった。感情と共に表情も失い、ただ無謬に人を殺すための技術を教え込まれ、手を血で汚す日々。壊れきった心ではそれを異常だと思う事すらなく、呪われた日々はそのまま続いてしまうかと思っていた。

 ―――あの日が訪れるまでは。

 

 

 

「あ、君がこの前新しく入って来た人? 初めまして初めまして。突然だけどさ、トランプやらない? いやー、僕とシャロンとルナの三人で大富豪やってデュバリィハメ殺ししようとしたんだけどさ、やっぱり人数は多い方がいいじゃん? 楽しいじゃん? だから僕としては是非とも君に仲間になって欲しいなーと思ったんだけど、どうかな?」

 

 小柄な自分よりも、更に小柄な銀混じりの黒髪の少年。一見年下にしか見えず、実際一つ年下だったその少年は、邪気が一切ない笑顔で自分を遊びに誘って来た。

 しかし当然無視してしまう。その時は、煩わしいとすら思わなかった。自分の傍らで小鳥の雛が囀っているだけだと、相手にすらしなかった。

 だが彼は、気落ちするどころか嬉々として自分を遊びに誘い続けた。

 

「あ、ヨシュア。ポーカーしようよポーカー。ヨシュア強そうだよね。というか強いよね、絶対」

 

「おー、ここで会ったが百年目‼ ……ってのはちょっと違うかな、うん。それよりオセロやろうよ、オセロ。……あれ? もしかしてリバーシって呼び方してた?」

 

「よー。いいトコに通りがかったね。ちょうど今クッキー焼いてみたんだけどさ、一緒にお茶しようよ」

 

 挙げればキリがない。しかし、思い出す事が億劫だったはずの思い出の中で、彼の言葉は今でも鮮明に思い出せる。今とはそもそも口調が違うし、性格も違う。一人称すら違うのに、それでもお人好しでお節介なところは全く変わっていなかった。

 だが当時の自分からすれば、それを段々と聞いていられなくなり―――

 

 

「うるさいよ。僕に付き纏わないでくれ」

 

 

 遂に、鬱陶しいと思うようになった(・・・・・・・・・・・・・)

感情を抑圧し、殺人人形として在るはずだったその心に、感情が再び芽生えたのだ。その一声はお世辞にも好意的なモノではなかったが、逆に少年は笑った。

 

「なんだ、怒れるんじゃないか。今まで反応ゼロだったからてっきり機械人形(オートマタ)に話しかけてるのかと思って焦ってたんだけどさ。うん、ちゃんと返してくれて(・・・・・・・・・・)嬉しいよ」

 

 後に、こう思ったものだった。

 

 あぁ、本当の意味で”変わっている”というのは、こういう人の事を言うのだろうな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――フッ‼」

 

 

 淡い灯りに照らされた地下水道の中を、黒い影が疾駆する。旋風と残像を残して放たれた二つの銀閃は、この近辺に跋扈していた魔獣である”グレートワッシャー”を見事な手際で絶命させる。

 『絶影』と呼ばれるその技は、敏捷力の高さを売りにして戦うヨシュアにとって、ある意味合致した技であった。

 

「ふぅ。一先ずこれで終わりかな」

 

 一つ息を吐き、得物の双剣を後ろ腰に取り付けた鞘の中に収める。そうして彼は、地図を開きながら目的地へと急いだ。

 

 

 ヨシュア・ブライトという名前に、既に何の違和感も抱かなくなっていた。

 しかしそれでも、元の名字である<アストレイ>を忘れた事は決してない。それは他ならない親友の少年が元の名前(・・・・)を決して忘れていないように、自分が一歩を踏み出してしまった出来事を、過去の事だと忘却しないための誓い。

 こうして暗がりを駆けていると、その誓いを刻んだ日を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 それは7年前、とある遊撃士の暗殺任務に失敗した翌日の事だった。

 標的として指示されたのは、リベール王国支部のギルドに所属する遊撃士。類稀なる戦闘能力に加え、高い戦術眼と判断力を併せ持ったその男にヨシュアは単身挑み、そしてあっけなく返り討ちにされた。

 決して、ヨシュアが弱かったわけではない。その男が兄代わりである青年と同じ、武術の”理”に到達した正真正銘の達人であった事を深く知らずに任務を遂行しようとした事そのものが、言ってしまえば敗因であった。

 いつもであれば死角である背後から双剣を一閃し、首を刎ねる事で終わっていたはずの任務は、しかし男が超人的な反応で繰り出して来た棒術の前にあっけなく防がれ、そしてあしらわれてしまった。

 お世辞にもヨシュアの戦闘方法は長期戦を考慮したものではなく、一撃で仕留められなかった時点で任務は失敗。すぐさまヨシュアはその場から離脱をした。

その際、追手が掛からなかった事を訝しげに思いながらも、ヨシュアは逃げ込んだ樹海の中で失敗の報告をする。

 しかし、返って来たのは、彼にとっても予想外の返答であった。

 

 『重要任務失敗ニツキ、機密保持ノ為、≪身食らう蛇≫盟主ノ名ニ於イテ 執行者No.ⅩⅢ ≪漆黒の牙≫ヨシュア・アストレイ ヲ排除スルモノトスル』

 

 つまるところそれは、見捨てられた上に命を狙われる側に変わってしまったという事だ。

しかし、不思議と怒りは湧いてこなかったのを覚えている。真っ先に思い至ったのは、この一年くらいの間に親しくなってしまった変わり者の人達と、もう会えなくなってしまうという喪失感だった。

 その感情を抱いたのは、討伐隊として差し向けられた部隊の名前を聞いてしまった時からだ。

 

 ≪強化猟兵 第307中隊≫。≪結社≫の中でも最精鋭と言われる部隊であり、その練度はかの≪使徒≫第七柱直轄の≪鉄機隊≫に次ぐとされ、時と場合によれば武闘派の≪執行者≫すらも相手取れる連中。

そして何よりヨシュアが抵抗を諦めた理由が、その強化猟兵中隊を率いる人間の存在だった。

 

 執行者No.Ⅺ ≪天剣≫レイ・クレイドル。―――他ならぬ、ヨシュアの親友だった。

 

 壊れて元通りになるはずのなかったヨシュアの心の欠片を拾い集め、うんうん唸りながら元の形に繋ぎ合わせようとしてくれた、無二の親友。

 そんな彼の部隊に息の根を止められるのならばそんな最期も良いかもしれないと思って、豪雨の中蹲っていた時、彼は一人で現れた。

 初めて出会ったその時よりは伸びた身長と、その左手に携える純白の長刀。”外の理”で鍛え上げられたそれは、彼が≪執行者≫たる所以。そんな彼はヨシュアの姿を見るや否や、口角を釣り上げてあの時とは違う、どこか粗暴さを含んだ笑みを見せた。

 

「雨ン中で黒猫が蹲ってるかと思ったら、何だ、親友(ヨシュア)じゃねぇか」

 

 3年前とは違う、荒くなった口調で、しかし親意を込めて声を掛けてくる。

 しかしその右手は、寸分の狂いもなく長刀の柄に添えられていた。

 

「そら、立てよ」

 

 雨の中、飛沫が顔にかかる事も構わずに、ただ一言、そう告げる。それに対してヨシュアが黙っていると、一瞬だけ純白の剣閃が閃き、直後に高い鍔鳴りの音が響くと共に、ヨシュアが背を預けていた背後の大木がまるで丸めただけの紙であるかのように容易く斬られてしまった。

 

「立てって、言ってるだろうが。ただ喧嘩しようってだけだろ。俺とお前、どっちが死んでもお構いなしの大喧嘩を」

 

「…………」

 

 ”討伐”という言葉を敢えて使わない所がレイらしいと思いながら、ヨシュアは双剣を抜いた。

 豪雨、闇夜、そして鬱蒼と木々が生い茂った樹海。時と場所は、完全にヨシュアに味方をしている。

 しかしそれでも、レイは口元に浮かべた笑みを解かない。

 

「勝っても負けても、どっちにせよお別れだ。お前を殺す男の名をしっかりと刻み付けておけ。俺も、お前の名は忘れない」

 

 はたと、そこで思った。

 自分の名前。あの日以来、自分を表す記号でしかなかったそれを、彼は決して忘れないと言う。

思い返せ。その名を。その名を誇っていた、最愛の家族の顔を。そして―――

 

()ろうぜ、ヨシュア・アストレイ」

 

 自分を救ってくれた、親友の事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……お、あった)」

 

 声を忍ばせて辿り着いたのは、『ドライケルス広場』下にある、噴水管理機器の部屋。

 魔獣掃討と同じく、ヨシュアに課されたのはこの機器の調整。しかし手動であるその一昔前の装置の前には、二人の男が立っていた。

 

「……おい、後どれくらいだ?」

 

一六〇〇(ヒトロクマルマル)だろう。まだ先は長いぞ」

 

 黒の戦闘服に身を包み、軽機関銃を携えた男達。ヨシュアは物陰から様子を窺いながら、自身の纏う気配を一呼吸ごとに薄くして行く。

 

「しかし、遂にか。遂に≪C≫達がやってくれるのか」

 

「あぁ。我々の悲願に一歩近づく時が遂に来た。前線に出れないのは残念だが、こうした役目も重大だ。気を抜くなよ」

 

「分かってる。でも大丈夫だろう。今更ここに来る人間なんざいるわけが―――」

 

 瞬間、トン、という軽い音と共に男の首筋に衝撃が走り、骨の軋む感覚が意識を暗闇へと誘った。

 

「え? ―――」

 

 もう一人の男がそれを認識できたのは、声が不自然に途切れ、その体がグラリと倒れ落ちようとする光景を視界に収めた時だった。

しかしその時には既に、漆黒の影はその男の懐に潜り込み、拳を叩き込んでいた。

 

「グハ……ッ……」

 

 銃を構える暇も、声を出す暇も与えない。確実を期すためについつい昔の技まで使ってしまった事に若干嫌悪感が滲み出てしまったが、殺してはいない。

 床に倒れた男たちを横目に、ヨシュアは第一の役目を終わらせるために制御装置へと歩く。

 

「それじゃ、上は任せたよ。レイ」

 

 不敵に笑う親友に、作戦のバトンを繋ぐために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シンフォギアのキャラソンのせいで私の財布がヤバい件について。
一番好きなのはマリア嬢の『烈槍・ガングニール』ですかね。


あ、それと。
活動報告の方に今まで出してきたレイ君の剣技と呪術の一覧を載せておきました。
ついでにルナフィリアとウィスパーのイメージイラストも。

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