英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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『がっこうぐらし!』の1話を観て、残り3分の時点で「えええええええぇぇぇっ⁉⁉」となった十三です。その後もう一度最初から見てみれば完全にホラーでした。
……OPでニトロプラスという文字が出てる時点で気付くべきだったなァ。

夏アニメは良作が多いですね。『Charlotte -シャーロット-』や『戦姫絶唱シンフォギアGX』『GATE』とかとか。

……だからお願い、早く『ゴッドイーター』始まってー(>_<)


譲れないと願う意思

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~♡ やっぱ垢抜けた都市はお酒も美味しいわねー♪ これならまだまだイケるわ」

 

「相変わらずペース早いわねぇ、シェラ。もうちょっと落ち着いて飲みなさいよ」

 

「最近仕事が忙しくて中々飲めてなかったのよ。だいじょーぶ、ちゃんとペースは考えてるし、酔う場所くらいは考えてるわよ」

 

「どうだか。ここ一応アタシのお気に入りの店だからね、暴れるようなら気絶させて連れてくわよ」

 

「おー、怖い怖い。心配しなくてもそんな事しないわよ」

 

 

 帝都東区画第3街区。ヴァンクール通りに面したこの街区の一角に、『カレイド』という名のバーはある。

 バーと言っても主に中流階級の客層を目当てとしており、店内の雰囲気も畏まったものではない。サラはこの店の常連であり、顔馴染の老年のマスターに頼んで、三時間ほど貸切にしてもらったのである。

全てはこの異常な酔っ払いを迎えるための措置だが、それでも帝都の一角で遊撃士の恥を晒すわけにはいかない。サラは酔ってしまえばそこで潰れて終わりだが、シェラザードは酔ってからが本領だ。その面倒臭さたるや、レイ曰く「思わずカッとなって刺したくなるレベル」であり、事実サラも何度も巻き込まれた。

 人はパニックに陥った時、自分よりもパニックになっている人物を見ると冷静になれるというが、それは酒の席でも通用するらしい。つまり、自分よりもタチの悪い酔い方をする人物と飲んでいると、普段は乗せられてペース配分が崩壊するサラでも中々本格的に酔う事が出来ない。

 

 シェラザードの方は先程からウイスキーをオン・ザ・ロックやらストレートやらハイボールやらで飲みまくっているが、この程度は彼女にとって序の口だ。未だ酔ってすらいない。

 それに対してサラの方はアルコール度数の少ないカクテルをペースを保って飲んでいる。普段はしない飲み方をしているためか、どうにもぎこちなさがあった。

 

 

「それにしても帝国ってホント久しぶりに来たけど、思ったよりギクシャクしてないモンね」

 

「ま、ここは皇帝陛下と宰相閣下のお膝元だからね。ちょっと地方に行けばそれこそメンド臭い事なんて幾らでも転がってるわよ。今エレボニア東部にある協会なんてレグラム支部だけだから、手なんて回らないわ」

 

「≪鉄血宰相≫の政策とはいえ、これじゃあたし達の立つ瀬がないわね。サラ、あんただってまだ蟠り抱えてんでしょ?」

 

 図星を突かれるその言葉にカクテルを傾ける手が一瞬ピタリと止まる。その様子を見てシェラザードは肩を竦めたが、サラは澄まし顔を崩さなかった。

 

「……ま、≪鉄血宰相≫そのものは唾吐きたくなるくらいに大ッ嫌いだけど、政府そのものにケチつける気は毛頭ないわよ。アタシだってそこまで盲目じゃないわ」

 

「そりゃそーよねー。あたしだって帝国軍とは色々因縁あるけど、昔は昔、今は今。ロレントの時計台吹っ飛ばしてくれたのも、小賢しい偽装工作でヨシュアの故郷潰してくれたのも、それは全部過去であって、今じゃあない」

 

 怒っている(・・・・・)のだと、そう理解するのに時間はいらない。

ただ同時に、蟠りが既に存在しない事も分かる。自分よりもスッパリと割り切っている年下の現役遊撃士を見て、しかしサラは自分の怒りを曲げようとはしなかった。

 

 

「―――ふむ、どうやらどちらも浅からぬ因縁がおありのようですな」

 

 そんな事を考えていると、突然サラの隣の席に絶世の美女―――シオンが現れた。

彼女の突然の登場の仕方には顔馴染である二人は既に慣れたもので、「遅いわよ」という言葉すら投げかける。

 

「あらお久しぶり、シオン。相変わらずお酒好きのようで何よりだわ。アイナが言ってたわよ「今度は負けない(・・・・)」って」

 

「おや、それは楽しみですな。―――マスター、バーボンのハーフロックを貰えますかな?」

 

「畏まりました」

 

 突然人が目の前に現れたというのに動じるような素振りは全く見せず、シオンのオーダーに微笑んで対応する余裕を見せるマスターの大らかさに苦笑する二人を他所に、シオンは同性ですら魅了しかねない美貌でクスリと微笑んだ。

 長い金髪は毛先の辺りで纏められており、無論の事耳と尻尾はしまっている。そして服装も、バーという場所に合わせたものに変えていた。

言うなれば”着飾った令嬢”と言った所だろうが、その艶めかしい雰囲気と起伏に富んだ体つきではとてもそうには見えない。高貴そうな印象と相まって、高級娼婦(クルティザーヌ)のように見えた。

 

「アンタ、その服どうしたのよ」

 

「現代風の衣装が欲しいと主に強請ってみましたら、「俺にはよく分からん」と仰られて好きなものを買うようにと命じられましたので―――とりあえず服飾店の店員に勧められるがままに買ってみました」

 

「うーわー。あたしもそこそこ体には自信あったんだけど、やっぱりシオン見ると自信なくすわね。てか、幾らしたの、その服」

 

「主に領収書をお渡ししましたら「……あー、うん。そうだな、俺が金額上限指定しなかったのが悪かったんだよな。うわー、マジか。女物の服が高いって事は分かってたけどここまでかー」と頭をお抱えになられるレベルです」

 

「アンタ、一応学生身分のレイに対して容赦ないわね」

 

 そんな言葉を交わしているうちに、シオンの前に要望通りのバーボンがグラスに注がれて置かれた。それに口をつけて僅かに傾けるだけで、形容し難い艶めかしさが垣間見える。

それを見て、流石のシェラザードもペースを落とす。すると、バーの玄関の扉が開き、今回の主賓が顔を出した。

 

 

「あ、私が最後ですか。お待たせして申し訳ありません」

 

「寧ろ夏至祭二日前の今日にアンタが仕事から抜けられる事が驚きだわ」

 

「ふふ、ご心配なく。一応これも任務扱いなので」

 

 仕立ての良さそうな私服を着てやって来たクレアは、初対面であるシェラザードに向かって一つ頭を下げた。

 

「初めまして、シェラザード・ハーヴェイさん。≪鉄道憲兵隊≫所属憲兵大尉、クレア・リーヴェルトと申します」

 

「ん、サラからの手紙で知ってるわ。中々やり手の将校さんみたいじゃない」

 

「恐縮です。―――此度は色々なしがらみ(・・・・)が残る中、招聘に応じて下さり、ありがとうございました」

 

 しがらみ、という言葉が何を表しているのか、それを知らない程無知ではない。

 

 12年前、≪ハーメルの悲劇≫という虐殺事件を発端にして口火が切られた、≪百日戦役≫と呼ばれるエレボニア帝国とリベール王国との戦争。当初は王国領内に侵攻した機甲師団が猛威を振るい、戦局を有利に進めたが、レイストン要塞にてアルバート・ラッセル博士が開発した最新鋭の”警備飛空艇”がリベールの不利な形勢を一変させ、空軍の戦力に押し切られたエレボニア軍が降伏。翌年、七耀教会の仲介によって講和条約が締結された一連の流れ。

 その蟠りは今でも両国の中に残っており、帝国人を毛嫌いするリベール国民もいないわけではない。

 尤も、その時クレアは未だ士官学院にすら入学していない年頃であり、一連の事件には一切関わっていない。とはいえ、もとを正せば帝国軍が種を蒔いた事件(・・・・・・・・・・・)に他ならず、それを責められれば彼女なりに受け止めるつもりだった。

 しかしシェラザードは、一つ息を吐いただけで済ませた。

 

「元々あたしは旅芸人の一座にいて、色んな所を旅していたから、正直リベールという国そのものに生粋の王国民程愛着があるわけじゃないわ。―――でも、あの戦役であたしの知り合いの人が何人も犠牲になった。

正直あなたに言うのはお門違いだって事は分かってるけど、それだけは言わせて貰うわ。それでチャラとしましょう」

 

「……ありがとうございます」

 

 ともあれ、酒の席でしみったれた話を長々と続けるのはシェラザードの趣味ではない。重くなってしまった雰囲気をわざとぶち壊すために、ニヤリと口角を釣り上げた。

 

「さて、それじゃあサラを経由してまであたし達を呼んだ理由でも聞きましょうか。―――勿論、それなりの”対価”は貰うけど、ネ♪」

 

「えぇ、存じています。そのためにコレを用意させていただきました」

 

 そう言ってクレアが手提げの袋から取り出したのは高級そうな木箱。

その中身を取り出してカウンターの上に置くと、サラとシェラザードが先程までの余裕そうな表情を引っこめて、目を見開いて瞠目した。

 

「しゃ、『シャルル・コンティ』⁉ それも1178年モノ⁉ 伝説の大当たり年じゃない‼」

 

「ちょっとクレア、アンタどこでこんなモン手に入れたのよ‼ オークションで数百万ミラがつく超レアモノでしょ、コレ‼」

 

「いえ、どうという事は。ちょっと実家のワインセラーから拝借して来ただけです。父は泣き崩れていましたが……まぁ”商談”に必要だという理由で押し切らせていただきました」

 

 ニコリと笑みを浮かべるクレアに今度は二人が戦慄し、一人意味の分かっていないシオンだけが小首を傾げた。

 

「ふむ、察するにとても良い葡萄酒なのですな?」

 

「そんなレベルじゃないわよ‼ リベールの『グラン・シャリネ』、オレド自治州の『シャトー・リュミエ』と並ぶ西ゼムリア大陸三大ワインの一つ‼ バリアハート産の最高級品よ‼」

 

「しかも1178年モノは特に品質が良くってね。国内国外問わず富裕層が買い占めちゃったからもう表の市場には絶対出回ってないわよ」

 

「ほぅ、それはそれは」

 

 感嘆したような声を漏らしたシオンの隣に座ったクレアは、マスターに四つのグラスを要求してから、改めてシェラザードの方に視線を向けた。

 

「如何ですか? 対価としては用意できる最上級のものを持って来たつもりですが」

 

「ふ、ふふふ。まさかここまで優秀だとは思わなかったわ。いいわよ、引き受けるわ。―――その前に、あなたも今夜はちゃんと付き合いなさい」

 

「えぇ、勿論」

 

「そう言えば、クレア殿はお酒の方は飲めるのですかな?」

 

 シオンのその疑問に、クレアは微笑んだまま悠然と頷いた。

 

「一応は。―――これでも結構イケる口なんですよ?」

 

「ほほぅ。それはあたし達への宣戦布告と見なしていいわね、サラ」

 

「へ? いや、アタシは別に楽しく飲めればそれで……」

 

「ふむ、それでは一番最後まで潰れずにいた方が次に主を好きに誘えるという権利を―――」

 

「やったろうじゃないの‼ クレア、アンタには絶対負けないわ‼」

 

「受けて立ちましょう。久しぶりに燃えて来ました」

 

「シオン、あなたはパスしなさいよ。あたしも降りるけど」

 

「おや、これは手厳しい」

 

 こうして貸切のバーで美女が四人集まって姦しく話しながら、帝都の夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6年前まで、マキアス・レーグニッツには姉がいた。

 

 母を早くに亡くし、父子家庭で育って来たマキアスにとって、多忙な身である父に代わって身の回りの世話をしてくれていた姉は母親のような存在であった。

彼女は正確にはカール・レーグニッツの姪、つまりマキアスの従姉にあたる人物であり、共に住んでいたわけではなかったが、それでも血縁である事に変わりはなく、幼い頃のマキアスは彼女にとても懐いていたのである。

 

 そんな彼女が若くして亡くなってしまった理由は、事故でも事件でもなく―――自殺だった。

 

 

「”彼”は帝都庁に務める父さんの部下にあたる人でね。伯爵家の跡取りという正真正銘のサラブレットだったんだが……貴族にありがちな傲慢さとかは欠片もなくて、僕も会った事はあったけど、誠実な人だった」

 

 その人物は上司にあたるカールに紹介される形で彼女と会い、次第に二人は身分を超えた愛を育んでいった。

彼女に懐いていた当時のマキアスにとってあまり面白くない事ではあったようだが、それでもお似合いの二人だと感じて、祝福はしていたのだという。

 そして彼女と彼はカールが仲人に立つ形で婚約を交わし、彼女は幸せな日々を送る事が出来る筈だった。

 

 それが、終わりの始まりである事など露程も思わずに。

 

 

「彼の実家―――伯爵家がその婚約を露骨に潰しにかかったんだ。どうやら、公爵家の娘との縁談が持ち上がっていたらしくてね」

 

 相手は『四大名門』の一角、<カイエン公爵家>の者であり、それは血統を重視する伯爵家、否、貴族に於いて何を差し置いても成立させたい縁談だったことだろう。

 そしてそれを成すために―――マキアスの姉は邪魔な存在だった。

 

 繰り返されたのは陰湿な嫌がらせ。時には殺害予告などの犯罪じみた脅迫すらも受けていたという。

しかも性質(タチ)が悪い事にそれらの手紙や犯行予告などの差出人が巧妙に隠されており、物的証拠となるものではなかったのだ。

 生来、温厚な性格であったという彼女は、愛した男を困らせたくなかったのか、はたまた叔父であるカールの立場を慮ったのか、その行為の一切を誰にも相談することなく、全てを自身の心の内に溜め込んだのである。

 

 そして結果は、前述の通りとなった。

 伯爵家の人間にとっては最良の、しかしマキアス達にとっては最悪の結末に。

 

 

「彼には多分、愛する人を最後まで守りきるだけの強さがなかったんだろう。あぁ、今になって思えばそうだったんだろうな」

 

 その言葉の通り、彼は愛する女性を守りきる事が出来なかった。

 実家からの圧力に屈し、それでも愛妾として彼女を迎え入れようと提案はしたのだが、それでも彼女はそれを受け入れられなかった。

 それは、当然と言ってしまえば当然だ。

 彼女もマキアスらと同じ平民の出。貴族の世界では妾の存在など当たり前なのだろうが、彼女は一途に男の事を想い続けたのだ。

 ただ純粋に、彼にとって最愛の人物で在り続けたい―――と。

 

「…………」

 

「…………」

 

 旧市街、オスト地区の一角。そこにあるマキアスの実家にて当の本人からその話を聞いた四人は、一様に黙ってしまった。

特に、ラウラとフィーはその話に聞き入っていた。

 自分達が女心というモノを理解していないという事は重々承知の二人だが、それでも感じ入る所はあった。

 同情と言ってしまえばそれまでなのだが、好きな人物と、家族とずっと共に居たいという感情は理解できる。

 そしてリィン達も思う。この話は、婚約者の男を悪者に仕立て上げて終わってしまう話ではないのだと。

 その事は、マキアスも分かっていた。だが当時はそうは思わなかったことだろう。最愛の家族を殺した”敵”を求めずにはいられず、追い求めた先にあったのが―――貴族への憎悪だったという、それだけの話。

 

 しかし憎悪を燻らせ、復讐の刃を研ぎ澄ますためにありとあらゆる知識を吸収して次第に歳を重ね、物の道理を理解する歳になる頃には、もう分かってしまっていた。

 

 貴族の全てを”敵”と定めるのは早計。利権を貪り、平民を代替可能なモノとしか思わない悪の権化のような貴族も存在すれば、領主として善政を敷き、民を想い、民と共に日々を生きる貴族も存在する。

所詮は貴族も同じ”個人”であり、それら全てを否定するというのは、余りにも傲慢な事なのだと。

 

 そしてトールズに入学してからも、その事実を教えられて来た。

 高慢でいけ好かないが、それでも平民である自分と真正面からぶつかり合う気概を持つ男がいて、自分が貴族嫌いだとわかっていながら身分を明かした友人、その他様々な事情を抱えた仲間達と時間を共にする内に、今まで自分が如何に狭い世界で生きて来たのかという事を否が応にも理解させられた。

 そして、バリアハートで言われたあの言葉。

 

 

 

『できる事なら、全てを理解した上で、分かりあって欲しいとは思う。それができるのは、とても貴重な事だからな』

 

 

 

 まるで自分を戒めるかのような意味合いでもあったかのようなその言葉は、まさしくマキアスに辿ってほしい道を表していた。

 その言葉に密かに感動していたという事は未だ誰にも明かしておらず、それを悟られまいと、マキアスは一拍を置いて話題を変えた。

 

 

「……それに、姉さんが死んだ数ヶ月後、僕は父さんまで失いかけたんだ」

 

「……え?」

 

「それはどういう事だ? マキアス」

 

 リィンとラウラの疑問に答える前に、マキアスはエリオットに視線を向けた。

 

「エリオット、君は6年前に帝都で起きた事件を覚えていないか?」

 

「え? ろ、6年前だよね。―――あ、思い出した‼ 確か『プラザ・ビフロスト』でテロ事件があったっていう……」

 

「あぁ。正体不明の武装集団があのデパートを占拠してね。人質の命と引き換えに、父さんの身柄の拘束と拉致を要求して来たんだ」

 

 その言葉に、今度はフィーがピクリと反応した。

 

「……それ、団長に聞いた事ある。報酬とリスクの天秤が釣り合わない仕事引き受けて潰された頭の悪い新興の猟兵団がいた、って。確か名前は……何だったっけ?」

 

「覚えてないんかい」

 

「ん。覚えておく価値もないと思ってたし。それにその猟兵団、その事件起こしたそのすぐ後にまるっと潰された(・・・・)らしいし」

 

「そ、そうなのか?」

 

 コクンと、一つ頷く。

 

「どこがやったのかは分からないけど、普通じゃなかったんだって。普通の軍人じゃできないような、構成員全員首を斬られた(・・・・・・・・・・・・)状態で殲滅されてたみたいだから」 

 

 平坦な口調で紡がれる事実に四人の背中が薄ら寒くなるが、フィーは至って無表情のまま、昼食用に買ったホットドックを口に含んだ。

 

 ”とある”士官候補生が解決したとされているその事件に、本当の立役者がいたという真実を知る者は、誰もいない。

ただ”ムカついた”という理由だけで襲撃した猟兵をタコ殴りにし、その後「腹の虫がおさまらない」と怒った師に付き合わされて、その足、その格好のまま(・・・・・・・・・・・)それぞれの得物を手に一つの猟兵団を叩き潰したという真実も、無論、伝わってなどいないのだ。

 

「―――コホン。ともかく、そこで僕は家族を全員失いかけたんだ。だから……もう誰も失いたくないと思った」

 

「……ん。それは分かる」

 

 同じように”家族”を失ってしまったフィーが一つ頷き、リィン達も同じ思いを抱いた。

 それぞれ、失いたくない家族がある。それを守りたい。守るために強くなりたいという想いは、一緒のはずだ。

 

「これからも精進が必要、ってところか」

 

「まぁ、そうなるな。いや、辛気臭い話になってしまって済まなかった。昼食の最中だったのにな」

 

「そんな事ないよ。僕たちが聞きたいって言ったんだし」

 

「それにマキアス、そなたの中でも一区切りがついたのではないか?」

 

 ラウラのその言葉に、マキアスは少し驚いたような表情を見せてから、首肯する。

 

「あぁ。そうかもしれない。この話が出来るほどの友人は今までいなかったからな。……僕は、君たちに出会えて本当に良かったと思っている」

 

「恥ずかしい事を言うなよ、マキアス」

 

「リィンがいつも言ってるのよりかは恥ずかしくないと思うけど」

 

「え?」

 

「あはは、そうだよねぇ。リィンってたまに聞いてるコッチが恥ずかしくなるような事言ったりするから」

 

「うぐっ」

 

「……思うんだが、エリオットはたまに笑顔で他人の弱点を抉ってくる事があるな」

 

「え? そうかな」

 

「自覚のないSは一番怖いってレイが言ってた」

 

 マキアスの過去の話から一転、気を利かせたリィン達によって昼食後の談笑と洒落込んでいると、ポケットにしまっていたリィンのARCUS(アークス)が着信音を鳴らした。

 

「? こんな所で着信が……」

 

「まぁ、ありえない事じゃないよね」

 

 疑問が残りながらも通話機能をオンにして耳に当ててから、通話に応じた。

 

「はい。トールズ士官学院一年Ⅶ組、リィン・シュバルツァーです」

 

『やぁ、お疲れ様。カール・レーグニッツだ。昼時に申し訳ないね』

 

「知事閣下⁉ どうして……」

 

『いや、済まない。実は君たちA班に追加の依頼を頼みたくてね。代表として君に連絡させて貰ったんだ』

 

「は、はぁ。追加の依頼、ですか。自分達としては大丈夫ですが」

 

『ありがとう。早速で悪いんだが、『ガルニエ地区』の宝飾店に行って貰えないか?』

 

 ガルニエ地区? とリィンが聞き返すと、その疑問にマキアスが応える。

 

「ホテルや帝都歌劇場などがある高級商業エリアだな。僕達もあまり馴染のある場所ではないが……」

 

「そうだねぇ。あそこは観光客とかが多いから」

 

 成程、と頷き、会話を中断してしまったことを詫び、その続きを聞く。

 

「それで、その宝飾店がどうかしたんですか?」

 

『あぁ。私も先程連絡を貰ったばかりで詳しい事は分からないんだが……』

 

 

 後に、この話を聞いたレイは同情するような視線を向けて、リィン達に言った。

 

 

『どうやら、窃盗事件が起こったらしい』

 

 

 クソメンド臭ぇ事件に巻き込まれたな。ご愁傷様―――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、地下水道の設備の修復に失くした指輪の捜索、それで今帝都中央図書館の棚整理が終わったから……ひとまず依頼は終わりね」

 

「結構早く片付いたな。まだ昼をちょっと過ぎた頃合いだぞ」

 

 左手首につけた腕時計を確認しながら、レイは依頼の書かれた紙を持ったアリサに対してそう言う。それに対してアリサも「そうね」と返した。

 

「正直、今までの特別実習が結構ハードだったから、安心できないのが怖いわ」

 

「考え過ぎだろう……と言えないな。ノルドの一件は確かに異常事態だったからアレは別だろうが」

 

「危うくカルバードとの戦争が始まる所だったと聞いたぞ。何をしていたんだお前たちは」

 

「あはは……そう言えばあの時は大変でしたねぇ」

 

 そんな話をしながら歩いているのは、帝都の北地区にある『ドライケルス広場』。広場中央に≪獅子心皇帝≫こと、ドライケルス・ライゼ・アルノールの石像が聳えるその場所まで来てから、レイ達B班一行は近くにあったベンチに腰掛けた。

 

「しっかしアレだな。腹減った。エネルギー切れは近いぜー」

 

「何言ってるのよ。一週間くらい断食しても大丈夫そうな体してるくせに」

 

「バカヤロウ。んな事出来るわけねえだろうが。確かに師匠と修行してた時は一ヶ月断食に近い環境で鍛練とかフザケてんじゃねーのって時あったが、アレはダメだな。もう二度とやりたくねぇよ」

 

「あ、あんまり想像したくないですね……」

 

「やはり人外の領域に足を踏み入れてるな、お前は」

 

「アホ。俺ごときが人外ならこの西ゼムリア大陸だけでも”魔王”クラスは結構いるぞ。特にドデカい猟兵団の首領(トップ)とか≪剣聖≫クラスになると完全に人外魔境だからな。覚えとけ」

 

「それって、レイが良く言ってる”達人級”っていう人達の事よね?」

 

 燦々と降り注ぐ日差しを右腕で抑えながら投げかけられたアリサからの問いに、レイは首を縦に振った。

 

「そういうバケモノレベルの武人ってのは大体雰囲気でヤバいってのは分かるモンなんだが、そういう奴らは強者のオーラを普段は潜ませている事も多い。ある意味、能ある鷹は爪を隠すってヤツだ。それが察知できるようになればお前らも晴れて普通の人間とは何かが違う世界(コッチ)の仲間入りだぜ? 嬉しかろう」

 

「できれば分かりたくないわねー。そんな世界」

 

 心底御免だとばかりに眉を顰めるアリサを他所に、エマが広場の一角を指さした。

 

「あ、あそこに屋台がありますよ。ホットドックの屋台みたいですけど」

 

「ほう、ちょうどいいな。どれ程のモンかこの俺様が吟味して進ぜよう」

 

「何様のつもりよ、アンタ」

 

「ユーシスはどうする?」

 

「場所をとっておく。適当なものを買って来てくれ」

 

 そう言って深く座ったままのユーシスに「分かった」とガイウスが声を掛け、四人は屋台の下へと歩いて行った。

 

 

「……ふぅ」

 

 士官学院に来るまでは集団行動など数えるほどしか経験してこなかったユーシスにとって、彼らと共に行動する事は騒がしいと思う事はあっても、今では煩わしいとは思わなくなった。

 随分と感化されたものだと、幼少の頃に一度兄と共に訪れただけの皇城・バルフレイム宮へと目をやると、その付近に二人の若い私服の女性が小走りでやってきた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいな‼ そんなに急ぐ必要がありまして⁉」

 

「いやー、だって仕方ないじゃないですかひっと……じゃなかった、デュバリィ。明日にはどーせ忙しくなってこんな見事な光景みられなくなっちゃうんですから。うーん、やっぱり赤レンガ造りの城とか風情がありますねー。導力カメラ忘れたのが悔しくて仕方ないです」

 

「はぁっ、完全に旅行気分ですわね……。いいですこと、ルナ。わたくし達はあくまで仕事で来たのであって―――」

 

「あ、あっちのクレープ屋さんの商品美味しそうですねー。私ラムレーズンが良いんですけどデュバリィはどうします?」

 

「わたくしはチョコバナナで―――じゃありませんわ‼ ちょ、人の話を聞きなさい‼ あぁ、もうっ、待ちなさいと言ってますでしょうがあああぁっ‼」

 

 そんな会話を交わしながら広場の外れの方へ走っていく金髪と栗毛の女性二人。観光客のようにも見えたが、会話から察するに仕事で帝都を訪れたらしい。

人は見かけによらないと思いながら、しかし所詮は赤の他人。ユーシスの頭の中から、その二人の事はすぐに消えてしまった。

 

 

 ―――もし、ユーシスが先程レイが言った通り、”オーラを隠している武人の潜在能力を見抜く”事が出来ていたのなら、この時点で瞠目していただろう。

 B班の中で唯一ノルド高原の実習に参加していなかった彼は、幸か不幸か今見た光景が異常であるという事を理解する事は出来ず、その時点で忘れてしまったのだ。

 

 

「おーい、ユーシス。場所取りご苦労さん。ホレ、お前の分」

 

「あぁ、金は後で渡す」

 

 レイ達が戻って来た時、女性二人組は既に広場から移動してしまい、いなかった。

 そのままベンチに座ってレイ曰く「中々だ。良い腕してんな、あの店主」と認めたホットドックを食べていると、レイのARCUS(アークス)が鳴った。

 

「んー?」

 

 開いて通信番号を確認すると、レイはついでに買った果汁100%のオレンジジュースを啜りながら通信に出る。

 

「はいはい、こちらレイね。何か用?」

 

『用がなけりゃ電話しないわよ。……う、頭イタイ』

 

「……いつもなら怒ってる所だが、どうせシェラザードと飲んでたんだろ? 敬意を表して不問とする」

 

『いや、それもあるんだけど……まさかあんなに飲めるとは思わなかったわ(・・・・・・・・・・・・・・・・)。ギリで勝ったけど』

 

「?」

 

『こっちの話。それよりも、B班の全員に伝えといて。今日の午後5時、『サンクト地区』の『聖アストライア女学院』に行ってちょうだい。知事閣下にはもう話は通してあるから』

 

「は? ―――いや、まぁ行くけどよ。何させるつもりだよ」

 

『ま、それは行ってからのお楽しみね。それじゃ、遅れるんじゃないわよ』

 

 そうして、通信が切れる。僅かに訝しげな表情を浮かべながらも、レイはARCUS(アークス)をしまって再びジュースを啜った。

 

「今の、サラ教官からの通信ですか?」

 

「どうやら予定が追加されたみたいだが……」

 

 窺ってくる四人を他所に、レイはあまり関心がない様子で「あぁ」と答えた。

 

 

「女学院へ観光に行けだとよ。メンド臭い事になりそうだぜ」

 

 半ば予言めいた的中率を誇るその言葉に、一同は苦笑するか、眉を顰めるかしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





この前以前読んでた『ノーゲーム・ノーライフ』をもう一度読み直して熱くなれました。

白ちゃんカワイイ‼ いづなちゃんカワイイ‼ だがジブリールが一番お気に入りです。
アニメでは素晴らしい声をどうもありがとうございました。

榎宮さんの作品は読んでいてテンションが上がりますね。
6巻読んでて泣きましたが。

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