英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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申し訳ありませんでしたああああぁぁぁぁっっ!!
前回あとがきで「戦闘描写書く」なんてほざいてたワタクシめでしたが、書いてるうちに入りきらなくなって戦闘シーン書けませんでしたっ!

次回、次回はちゃんと書きますんでどうか平にご容赦の程を。

えー、それじゃあ第3話、見ていただけると嬉しいです。


異質な存在

隣接するカルバード共和国、クロスベル自治州とは異なり、エレボニア帝国には今現在も尚、強固な”身分制度”が存在する。

それはエレボニアという国家が建国された当初から存在したものであり、実にその歴史は700年にも及ぶ。故にこの国に存在する貴族の諸兄は皆、身分制度を”帝国の旧き良き伝統”と称し、守り続けることを誇りとしてきた。それが本当に国を想っての事か、保身に走ったためかは定かではないが。

 しかしながら、現在その伝統は少々ではあるが「綻び」を見せ始めている。その原因となっているのが、現エレボニア帝国宰相、ギリアス・オズボーン率いる『革新派』と呼ばれる勢力の台頭であった。

貴族制度を”時代遅れの風習”と断じ、その異常なまでの辣腕(らつわん)で以て確実に今、帝国臣民の心を掴もうとしているのだ。

それに対抗するのは、勿論貴族を中核とした勢力である『貴族派』。”国家に身分制度は必須”という大義の下、『革新派』を担う傑物たちと睨み合いを続けている。

 これが、この国のやや危うい現状であった。一触即発、と言うには未だ国内にそれほど不穏な影は落ちていないが、それもいつ悪化するかは知れない。

 

 しかし少なくとも、レイにとってはどうでもいい事ではあった。

彼が拠点としている場所は隣国であるクロスベル自治州。しかしそれですらも勤め先がそうであると言うだけで本来の故郷ではない。とは言え、”帝国内部の勢力闘争”という観点に絞って見れば、臣民ではない自分がとやかく言える立場ではないことは分かっていたし、その問題に興味本位で介入しようという気はそれ以上にない。―――確かに、そう思っていたはずだった。

 

 

 

「ユーシス・アルバレア。貴族如きの名前など、覚えて貰わずとも構わんがな」

 

「なっ……! だ、誰もがその大層な家名に臆すると思うな!」

 

 目の前で、クラスメイト同士がその話題で険悪な雰囲気になるまでは。

 

 

 

 

 

 事の発端は、今年度から新しく発足となった士官学院のクラスの担任に就任したという赤紫色(ワインレッド)の髪の女性にしてレイが良く知る人物、サラ・バレスタインが言い放った一言だった。

 

 

「今年から新しいクラスができたのよ。身分に関係なく選ばれた(・・・・・・・・・・・)君たち”特科クラス《Ⅶ組》が」

 

 

 その言葉に、学院の旧校舎に集められた”赤い制服”を着た生徒は一様に驚愕の表情を浮かべた。

 ”身分に関係なく”―――その言葉がこの国で与える影響は大きい。貴族と平民の間に決して越えることのできない絶対的な壁が隔たっている以上、その垣根を越えて一同に介するという行為は、本来在ってはならない事である。例え当人同士が何とも思っていなくとも、その制度が公になれば一部の選民意識が強い貴族から非難を受けるのは必然だろう。

そのリスクを負ってまでこの制度を試験的であるにせよ導入した理由。それはここにいる誰もが想像できていない。しかしレイは、この制度を提案した大元にあたるであろう人物の顔を思い浮かべて、心の中で苦笑した。

 

「(ったく、メンド臭ぇトコに放り込んでくれたな、あのアホ殿下)」

 

 だが、刺激のない場所で退屈な学院生活を送るよりは、よっぽどマシだろう。そう思ってサラの次の言葉に耳を傾けようとしたところで、一人の男子生徒が声を挙げたのである。

 

 

「じ、冗談じゃない!」

 

 身分に関係ないなどと言う事は聞いていない、と。その緑髪の生徒は声を荒げた。一瞬選民意識の強い貴族生徒の戯言かと思いもしたが、彼からは貴族特有の”余裕”が感じられない。その答えは、彼が自分の名前を言い放ったところで確信に変わった。

 マキアス・レーグニッツ。少しでも情報収集に精通している者ならば、その苗字を聞き間違えたりはしない。

 

「(レーグニッツ……あの帝都知事のオッサンの息子か)」

 正規軍中将の息子に、帝都知事の息子。身分に関係なくとは言ったものの、随分とネームバリューのある人物の二世が集まったものだなと感心する。否、この場合”集まった”のではなく”集めた”のだろうが。

 であるならば、先程の発言も納得は行く。帝都知事と言えばオズボーン宰相の盟友としても知られる人物。つまり、『革新派』の中で限り無く中枢に近しい存在だ。相対する『貴族派』に属する人物は、彼にとっては正に不倶戴天(ふぐたいてん)の敵といった存在だろう。それでも、ここまで貴族を敵視するのは少々度を逸しているとは思うが。

 そして、そんな彼の貴族に対する罵倒に反応するように名を挙げたのが、先の金髪の男子であった。

 

 ユーシス・アルバレア。

流石にこの名前には、さしものレイも驚かざるを得なかった。幾ら皇太子殿下肝入りのプロジェクトであるとは言え、まさか帝国における貴族の頂点、『四大名門』の一角にあたる家の男子を引き込むなどとは誰も想像できないだろう。しかも<アルバレア家>と言えば公爵の爵位を掲げる、大貴族中の大貴族。一体どんな手練手管を駆使したのか、少しではあるが興味が湧いてくる。

 

 しかし、そんな事を考えている暇はない。片や『革新派』筆頭クラスの嫡子、片や『貴族派』筆頭家系の末子。それぞれの背後に龍と虎が見える程にいがみ合い始める二人であったが、大喧嘩に発展する前にサラが言葉で制した。

 

「あー、はいはいそこまで。互いに言いたいこともあるだろうけど、とりあえず、”特別オリエンテーリング”を始めるわよー」

 

 仮にも教官である彼女の一言でとりあえず両者とも敵対心を抑え込む。

しかしレイの思考の矛先はは既に目の前の二人からではなく、サラの行動に向いていた。こんな人気のない空間に呼び出されて行われるオリエンテーリング。”普通”のものではない事は火を見るよりも明らかだった。ましてやそれを行うのが、他でもないサラ・バレスタインなのだ。

 

「……フィーよ」

 

「何? レイ」

 

「嫌な予感しかしねぇんだが」

 

「同感。なんてったってサラだもん」

 

「サラだしなぁ」

 

 小声でそう言い合いながら二人してこっそりと警戒心を強める。その他のⅦ組の面々は、一抹の不安に駆られながらも素直に教官の次の行動を待っていた。

 

 

「それじゃ、行ってらっしゃい♪」

 

 そう言うが早いか、校舎の壁に設置されていたいかにも怪しい赤いスイッチを、何の躊躇いもなく押した。

 直後、ガコンという重々しい音が響くと共に、一同が立っていた床が、大きく下方向に傾き始めた。

 

「うわぁっ!」

 

「な、何だ!?」

 

 かなり速いスピードでその角度はどんどんと直角に傾いていく。突然の事で対処どころか何が起こったのかすら分かっていないメンバーは次々と下へとずり落ち、階下へと為すすべなく落ちていく。

 

「ほっ、と」

 

 そんな中でフィーはあらかじめ右腕の袖の中に仕込んでいたワイヤーを伸ばし、それを天井に括りつける事で空中に逃げて落下を阻止した。しかし、共に警戒をしていたはずのレイは、連れていない。

 

「はぁ~」

 

 しかしサラは、空中に逃げたフィーではなく、レイに目を向けてため息をついた。当の本人は、さも不思議そうな表情を浮かべながら、その視線を受け止める。

 

「フィーはある意味予想してた方法で逃げたけど、アンタは相変わらず規格外ねぇ、レイ」

 

「失礼だな。むしろ俺の方がまともだろうが。一般人は腕の中にワイヤーなんぞ仕込んでねぇっての」

 

未だに床の上に立っていられる(・・・・・・・・・・・・・・)アンタの方がアタシには信じられないってのよ。何? 靴底に粘着テープでも貼ってあるのかしら?」

 

 現在の床の傾斜角度は約50度。普通ならば何の引っ掛かりもないこの床の上で人間が立っているのはほぼ不可能であり、それこそサラの言う通り靴底に細工でもしない限りは重力に負けて落ちて行くのが道理というものである。

だがそんな状況でレイは涼しい顔のまま、やや前傾姿勢になるだけで一歩も動いていない。その安定性は、この体勢のまま日没まで持ちこたえる事ができると言われても信じてしまいそうなほどに良い。

 

「んな訳ねぇっての。数年前に行った古代遺跡の方がもっとヤバかったぜ? 一瞬で足元の床が消えたからな。いやー、あの時は流石に焦ったわ」

 

「サラ、レイを落としたいなら最低でもそのくらいのビックリトラップが必要」

 

「仕込んでも良いんだけど、それやったらアンタら二人はともかく他のメンバーは死んじゃうでしょうが」

 

 確かに、と二人揃って頷く。レイもフィーも、この程度の修羅場には慣れきっているため、若干他人と常識が食い違う事は理解していた。この場でも、”未熟な”一学院生としては素直に落ちておくべきであったかもしれない。

とは言え吊り下げたワイヤーに掴まって宙に浮いている少女と、急傾斜の上で普通に立ちながら顎に手を当てて考えている少年。どこからどう見ても”異常”である。

 

「まぁとりあえず、とっとと下に行きなさい。アンタ達がいなきゃ始まるモンも始まらないでしょうが」

 

「へいへい了解。つーことでフィー、降りてこいや」

 

「レイが受け止めてくれたら降りる。ちょっと怖い」

 

「日常的に降下作戦やってた奴が何言ってんだ。早くしねーとそろそろお前のスカートの中が見えるぞ」

 

「レイなら別にいいけど?」

 

「おい、サラ。とっととコイツのワイヤー切ってくれや」

 

「……アンタ達ほんとに仲良いわよねー」

 

溜め息交じりにそう言うと、サラは上着の内側から取り出した投擲用のナイフを一振り投げる。それは直線の軌道を描きながら、見事にフィーのワイヤーを断ち切った。

 

「はぁ……めんどい」

 

「同感だが……ま、小手調べにゃ丁度良いだろ」

 

 それぞれが心境を口にしながら、穴の中へと身を投じる。とは言え、未だ軍事訓練を受けていない生徒にも配慮した作りであったようで、それ程深くもなく、数秒ほど床伝いに降下したところで地下のフロアへと辿り着いた。慣れた感じで見事な着地を見せた二人が目にしたのは―――

 

 

 

―――パァン!!

 

 

 

 軽やかな音を立てて頬を張られたリィンと、その行動を起こした金髪の女子生徒が向かい合い、それを他のメンバーがバラバラに囲みながら見ている状況。

 

「「……何コレ?」」

 

 思わずハモって疑問語を口にしてしまうほどに、その光景は訳が分からないものであった。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「ほうほう、成程。そこの彼女をカッコ良く助けようとしたけどミスって転倒して気が付いたら胸に顔を埋めていたと……堕ちろ」

 

「何処に!? というか確かにそうだけど、ざっくばらんに纏めすぎだろう!」

 

「いやまぁ確かにお前が悪いわけじゃねぇんだけどな。なんつーか、こういう時は大抵男が悪者にされるモンなんだよ。スパッと謝っちまえ」

 

「やけに詳しいな、レイ」

 

「これでも昔はめんどくせー性格の異性に囲まれてたからな」

 

「17歳なんだよな? 俺たちと同じ」

 

 ヒソヒソと、他のメンバーから離れて小声で会話をしながら、レイはちらりとリィンに見事な張り手を放った金髪の女子を一瞥する。

一見すると吊り目気味なその双眸と凛とした佇まいからキツい性格をしているような印象を受けるが、悪意などは一切感じない上に、リィンの視線が向けられていない今は少しばかり申し訳なさそうな表情も僅かに見せている。それでも、あんな事をしてしまった以上、自分から謝るのは気が引けるのだろう。例え自分を庇ってくれた上に不可抗力の末の結果であったとしても、許せるものではなかったらしい。

 だが、そう遠くない内に仲直りができるであろう事も、レイには何となく分かっていた。少なくとも、先程からずっと頑なに視線すら合わせようともしていないユーシス&マキアスの犬猿コンビと比べれば大したことのない確執だ。

 とりあえずリィンは近い内に必ず謝るという事を誓ったため、一同は改めて自分たちが落とされたこのフロアを見回していく。前時代的な雰囲気を醸し出すその空間は、この場所が外界とは一線を画する所だという事を嫌でも認識させられた。

 

「ん? あれって……」

 

「あ、俺が門のところであの小さい先輩に預けた荷物じゃねぇか」

 

 そんな広間の壁際には、まるで円を描くかのように10の台座が設置され、その上には各々が校門前で預けたはずの荷物と、片手に乗るサイズの宝箱が置かれていた。レイも含め、一様に頭の上に疑問符を浮かべていると、突然制服のポケットの中から電子音が鳴り響いた。

その音の発信源となっていたのは、入学前に入学証明書と共に送られてきた導力器(オーブメント)。恐る恐る開くと、そこからサラの声が聞こえてきた。

 

『全員、無事みたいね』

 

 むしろ無事でない人間がいたらどうするつもりだったんだと、思わずツッコみたくなったが止めた。抜け目のないあの人物の事である。これくらいは予想の範囲内だったろう。そしてその後、サラによるこの導力器(オーブメント)の解説が行われた。

 

 エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で研究・開発して製作した第五世代型戦術オーブメント『ARCUS(アークス)』。

”戦術オーブメント”とは、一般的に”魔法”と称される導力魔法(オーバルアーツ)の使用や所持者の身体能力の向上などの機能が備わった、その名の通り戦闘用の導力器(オーブメント)の総称であり、大陸各国の軍隊や警察、遊撃士協会などに普及している代物である。これまで戦術オーブメントを指す代名詞と言えば『ENIGMA(エニグマ)』と呼ばれるエプスタイン財団が中心となって開発した機器であったが、軍事大国として知られるエレボニアは、軍需産業の一大拠点、ラインフォルト社にも一枚噛ませて更に戦術用に特化した代物を作り上げていたらしい。

技術畑の出身者ではないレイには細部までの違いなどは分かるはずもないが、それでもなんとなく、これまで使用していた『ENIGMA(エニグマ)』とは格が違う物であるという事は察する事はできた。

 で、あるならば、この宝箱の中に入っている物もなんとなく想像ができる。他の面々が警戒して触ろうとしていなかったそれにレイは手を伸ばし、蓋を開けた。

 

「(やっぱり、か)」

 

 そこに入っていたのは、小さい球状のクオーツ。それもただのクオーツではなく、レイが使用していた次世代型の『ENIGMA(エニグマ)Ⅱ』より実践された、”進化するクオーツ”。名を、マスタークオーツと言う。これをオーブメントの中心に填めることで、適正の差異はあるものの、誰でも魔法(アーツ)が使用できるという優れ物だ。

その説明を聞いて、性能の優秀さに色めき立つクラスメイト。しかしレイだけは、こめかみに皺を寄せたままそれをじっと見つめていたが、やがて口を開いた。

 

「……聞こえるか? サラ」

 

『んー? 聞こえるわよ。ついでに言っておくと、アンタが言いたい事も分かってるから』

 

「あ、そう。じゃあ俺のところにマスタークオーツ(コレ)は置かなくても良かったんじゃねぇか?必要ねぇし」

 

 二人の間で交わされるその会話に、フィーを除く全員が首を傾げる。確かに向き、不向きはあれど、アーツは非情に強力な武器となる。それは常識だ。

では何故この少年はその元となるマスタークオーツを「必要ない」と断言したのだろうか。その疑問は、直ぐに明らかとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって俺―――アーツ一切使えねぇもん(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えぇっ!?」

 

「き、君! それは本当なのか!?」

 

 エリオットがまず盛大に驚き、右隣の台座の前に立っていたマキアスが信じられないといった声を挙げた。そんな中で左隣にいたフィーが目を伏せたまま首肯する。

 

「本当だよ。レイは、本当に全くアーツが使えない。適正があるとかないとか、そう言うレベルの話じゃなくて」

 

「で、でも、そんなことって……」

 

 ありえない。金髪の少女がそう言いかけたところで、隣にいた青髪をポニーテールに束ねた長身の少女に無言で遮られた。その様子を見て、レイは苦笑する。

 そう。一般的な観点から鑑みれば、実質それは「ありえない」のである。アーツを発動させるのに必要なエネルギー源はセピスを加工して作られた結晶回路(クオーツ)であり、本来”魔法”を使用するのに必須である詠唱や展開方法などの技術面はオーブメントに代行させることで賄っているのである。つまり、使用者が考慮に入れなければならないのはアーツを使用する際の駆動術式の制御と発動後の対象地点の決定だけであり、つまるところ専用の訓練を積めば、理論上”誰であろうとも”アーツを使用する事が可能なのである。

 それが”できない”と言うのは、ある種異様な事ではあった。その上フィーの言葉から推察すると、それらの技術が足りていない訳ではないと推測できる。もっと根本的な、それこそ体質的な問題か、それに類似する別の何かに関わるという事は少し考えれば理解できる。だからこそ、青髪の少女は黙ってその先の言葉を制したのだろう。

 

「(ハハ、優しいねぇ)」

 

 そして実際、それ(・・)は当たっている。レイは周りの視線を避けるように、左目の眼帯をそっと指でなぞった。

 

「(とは言え、そこまで深刻じゃねぇんだけどなぁ。命に関わるような大それたモンじゃねぇし)」

 

 それに、アーツに変わる全く別物の変式術(・・・・・・・・・・・・・・・)が使えるレイにとっては、アーツが使用できない事がハンデにはならない。仮にも数年間遊撃士として活動して上々の戦果を修めていただけの実績があるために、そこまで重く捉えるものでもない、と思っている。所詮は使えるか、使えないかの違いだけ。異質扱いされるのはもう慣れているが、そこまであからさまに気を使われると少々居心地が悪くなってしまう。

 と、そこで、サラから新たな言葉が伝えられた。

 

 

『だから、アンタの分の『ARCUS(アークス)』だけ、特注品の別物だから』

 

「……は?」

 

『”さるお方”の要望のおかげでね。アンタの使う”術”がその機器でも発動できるようにって、ZCF(ツァイス中央工房)の知り合いの技師に頼んで改造した、とか何とか言ってたわ』

 

 その”さるお方”とやらが誰を指し示すのか、この場で分かっているのはレイだけだろう。数ヶ月前に散々おちょくってくれた洒落者皇族の顔を思い浮かべ、複雑な気分になった。この際、どこまで顔が広いんだ、とはもう言うまい。特注品の別物の製造を嬉々として依頼する姿が、何故かありありと目に浮かんでしまった。

 

『まぁ流石に”秘術”クラスは過剰駆動(オーバーヒート)になりかねないから、そこのトコは念頭に入れておきなさい。かなり無茶して作ってるみたいだし』

 

「ハハ、正直マジでビビったわ。コレ作った奴、真性の天才だろ。ちょっと会いに行きてぇかも」

 

『それを考えるのは後にしときなさい―――さて、と』

 

 ようやく本題に入れるわ、とサラが言うと同時に、広間を塞いでいた重厚な石の扉が重々しい音を立てて開いていく。その先には、不思議な光に照らされた道があった。

 

『そこから先はダンジョン区画で迷路みたいに入り組んでたり、ちょーっと魔獣なんかも徘徊してるけど、無事に終点までたどり着ければ旧校舎の1階まで戻ってこられるわ』

 

 説明がアバウト過ぎてもう何かを言う気力すらない。レイは自分用にカスタマイズされた『ARCUS(アークス)』をポケットにしまうと、道の先を見据えた。

不気味な迷宮区画ではあるのだろうが、それほど強い魔獣の気配はしない。なるほど、オリエンテーリングにはうってつけである。

 

『それじゃあこれより、トールズ士官学院特科クラスⅦ組の特別オリエンテーションを開始する。各自ダンジョンを踏破して、旧校舎1階まで戻ってくるように。文句はその後に受け付けるわ』

 

 問題をただ先延ばしにしただけのような発言ではあるが、一理あるとも言えた。確かに、ここで留まってゴチャゴチャ文句を言っている場合ではない。特注オーブメントうんぬんは、全てが終わった後にじっくりと問い詰めるとしよう。

 そう決意して、レイは台の上に置かれた自分の荷物を手に取る。二本の紐で上下を括り、縦に長い群青の布でくるまれたそれこそが、彼の相棒でもあり、得物。彼を彼たらしめる証明でもある存在でもあった。

 

 

 

『あ、それとレイ』

 

「? 何だよ」

 

『フィーのお目付け役、あれまだ続いてるからね。先走って一人で行かないようにちゃんと見ててあげなさい』

 

「あーはいはい。わーってますって」

 

『よろしい♪ それじゃ、頑張りなさい』

 

 声が途切れると同時に一つ嘆息をし、念のため忠告をしようと左隣に視線を移したところで―――レイは固まった。

 

「……なぁ、リィン」

 

「な、何だ?」

 

「あのバカは、一体どこに消えやがった?」

 

 先程まで確かに自分の隣にいたはずの少女が、いつの間にか忽然と姿を消していた。まんまと欺かれた自分自身への怒りを内に収めながら、フィーの左隣にいたリィンに問い質す。

 

「えっと、サラ教官のレイへの忠告が始まったあたりから、もう。ダンジョンの方へ走っていった」

 

 

 

「……あんの駄猫がああああああああああああああああっっっっ!!」

 

 

 本日何度目かのレイの心の底からの怒りの声が、旧校舎地下の広間に、虚しく木霊していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




えー、もう一度言いますがゴメンナサイ。

次回こそ、レイ君とフィーの初陣です。レイ君が”力”の一端を見せる予定となっております。

それと、彼の使用する”術”とやらはその先の話で登場するかもしれません。

それでは皆様、今回も読んでいただき、ありがとうございました。

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