英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「つらいことを知ってる人間の方が、それだけ人にやさしくできる。
 それは弱さとは違う」

                        by 加持リョウジ(新世紀 エヴァンゲリオン)










再戦と再起

 ―――そこは月光も、木々が風にざわめく音も聞こえない場所。

 

 流れてくる風は通気口を経由して入ってくる人工的なもので、室温も、湿度も、何もかもが管理された鋼の箱庭。

少年はそこがあまり好きではなかった。あとひと月も経たない内にここに入る機会は永遠に失われる事が分かっていてもなお、哀愁の念は漂わない。

 研究員は少年の姿を見ただけで道をあける。悪い意味で有名になったものだと自虐の笑みを浮かべながら、ただひたすらに無味無臭な廊下を歩いていた。

 

 つまらない、という印象が強い場所だ。

造り出している物と言えば、潜入・工作任務に使用する反重力浮遊機能と高性能AIを搭載した次世代の戦術殻。そして、その手繰り手となる人工生命体。

 はっきり言ってしまえば胸糞が悪い。意思無き戦術殻などいくら量産しようが知った事ではなかったし、それがどれ程の戦果を挙げるかなど、冗談抜きに微塵も興味はなかった。

だが、巨大な試験管の中、薄緑色の液体に包まれて未だ目を覚まさない矮躯の少女たちを見ると自然と眉を顰めてしまう。それを外道だと声高に叫ぶ権利など間違っても有りはしないのだが、それでも反射的に抱いてしまう嫌悪感は拭えない。

 彼女らの運命は、使い潰される意外に存在しない。

”用途”に応じて”調整”が為され、秘匿の契約が為された場所に飛ばされて……そこであっけなく一生を終える。

それだけを鑑みれば人間も同じようなものだ。闇に生きた人間が、あっさりと路傍の石のごとく誰にも看取られずに死んでいくのと何が違う。

 だから同情をした―――というわけでもない。単に少年充てに情操の教育依頼が来ただけであって、当時暇だった身の本人が生返事で了承の返事を出してしまったのがきっかけだった。

当時はそれこそ「バカなことをした」と若干後悔していたものであったが、実際に”彼女”と接してみて多少楽しくなったのもまた事実だ。時折少年が面倒を見ているゴスロリ服の少女も着いてきて時間を過ごしたこともあった。

 しかし、それももう終わりだ。

 

 

 とある部屋の入口。入室用のカードをかざして自動でドアが開く。

 殺風景な部屋だった。開業直後の病院の病室でももう少しは華があるだろうと思わせる白の世界。

家具らしい家具と言えば、一人用のベッドと小さいテーブルのみ。それも例の漏れず白色で統一されている。

 

 

「……来たのですか」

 

 

 そんな世界に、色が一つ。

 小柄な体躯の少年の、更に胸元あたりまでしかない身長。腰あたりまで伸ばされた銀髪は、美しくはあったがやはりどこか人工的なものを感じさせる。

一見感情の籠っていなさそうな黄緑色の瞳で少年をじっと見つめる。その視線を受けて、思わず苦笑してしまった。

 

「何だよ、来て悪いのかよ」

 

「あなたは近日中に『結社』を去ると聞き及んでいます。情操教育役も別の方に委任されました。故に、わざわざ特別措置を用いて私に会う意味などないと思われますが?」

 

もう一人(・・・・)の妹分に会いに来て何が悪い。いや、帰れってんなら帰るけどさ、そうならわざわざ作ってきたこのアップルパイは持って帰って―――」

 

「いえやはりそこまでの許可を経て来ていただいた方をそのまま返してしまうのは礼儀に反します。故に私はあなたの入室を許可し、あなたは私をもてなす用意を―――」

 

「どうでもいいけど口元の涎拭こうぜ」

 

 赴くたびに自作の菓子の差し入れをしていたらいつの間にか餌付けのような形で懐かれてしまった事にどこか不安感を感じたものの、これに目が向いている間はこの鉄面皮の少女は”人間らしい”表情を見せる。だからこそ、それを咎めようとも思わなかった。

 

 ワンホールのアップルパイと、紙製の皿、フォークを取り出して切り分けていく。六等分されたそれを少女の目の前に置くと、まるで餌を前にした兎のようにそれに口をつけた。勿論、フォークを使って。

 

「(モフモフ)」

 

 頬を僅かに膨らませて丁寧に咀嚼し、十数秒後に飲み込む。その眼には、先ほどとは違い少しばかり光が宿っていた。

 

「……おいしいです」

 

「そいつは良かった。そこそこの傑作でな、お前に食わせてどういう反応をするか見てみたかった」

 

「……≪殲滅天使≫でも良かったのではないですか?」

 

「アイツは今パテル・マテルの調整で爺さんのトコに行ってるよ」

 

 だからお前にターゲットを変えた、と笑いながら言う。

実の所、最初からこの少女に持っていくために作ったのだが、それを直接言うのは憚られた。

恋心からくる羞恥とか、そういうものではない。ただこれが、彼女に渡す事のできる最後の(はなむけ)だという、ただそれだけの話だ。

 

「お前も変わったよなぁ、アル。俺が初めてここに来た時のお前なんか「感情? なんですかソレ?」って言わんばかりだったし」

 

「……私が”その”名前で呼ばれるのはもう少し先のことです。今はまだ、ただの≪Oz74≫ですから」

 

「機体番号とか男としては燃えるんだけどさ、お前をそう呼ぶのはやっぱ抵抗あるんだわ」

 

 そう言って、右目を覆っている眼帯を上に押し上げる。うんざりするほどの情報が一斉に流れ込む中で、少女に関しての情報は、一切開示されていない。それを確認して、再び笑う。

 

「俺の眼はお前を”人間”として認識してる。だからいいだろ、別に」

 

「―――本当に、屁理屈が上手い人ですね」

 

 再度一口、パイを口へと運ぶ。一拍の静寂が訪れた後に、今度は少女のほうから口を開いた。

 

「もしかしたら」

 

「ん?」

 

「あなたが『結社』を出て大陸を流離うようになった時、もしかしたらあなたは私の”姉”や”妹”に会う事になるかもしれません」

 

「まぁ、可能性はゼロじゃないだろうな」

 

「それが”共闘”であるならばともかく―――”敵対”であった時、あなたはどうするのですか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、思わず驚いてしまった。

少女の手元は未だにフォークを手繰っているが、その動きには迷いが垣間見える。その様子を見て、少女の頭の上に掌を乗せた。

 

「…………」

 

「要らん事抱え込んでるんじゃねーよ。そりゃ敵対すりゃ戦わなきゃならねぇし、そうしなくちゃならん。黙ってタコ殴りにされるのは性にあわねぇからな」

 

 でも、と続け、わしゃわしゃと頭を撫でる。

 

「生死に関しては、まぁ一考してやる。最悪それで『結社』から放逐されても爺さんのトコに行けば雇ってはくれるだろうし」

 

「あなたにしては甘いですね。あと髪を乱すのはやめてください」

 

「やなこった。―――ま、俺の行動理由なんて一つだよ。それは変わらねぇ」

 

「?」

 

「意味が知りたきゃいつか俺の前に立ち塞がってみな。それまで下らねぇ事で死ぬんじゃねぇぞ」

 

「……善処しましょう」

 

 その言葉を聞き、少年もフォークを刺してパイの味を堪能する。

 

 

 この時の約束が現実のものとなったのは、しばらく後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しばかり話してみて理解した事だが、ミリアム・オライオンという少女には決定的に諜報部隊の人間としての適性が欠けているようにしか見えない。

それはレイが今まで出会って来た”その方面”の人物たちとあまりにも態度が乖離していたという事もあるが、少なからずその分野の適性を持っている身からしてみれば思わず首を傾げたくなってしまう。

 

 明るい性格なのは構わない。元より一流と称される諜報員は己を裏の人間だと気付かせない技術を持っており、現に腐れ縁の諜報員は腹立たしいまでにのらりくらりと世間を渡る術に長けていたりする。

最初は彼女―――ミリアムもその類かと思っていた。笑顔という仮面を被り、人懐っこい性格を演じて情報を掠め取る。その外見でそれが出来るのならば大したものだと称賛するつもりだったのだが……蓋を開けてみればどうもその性格が”素”なのだという事が分かってきてしまった。

 

 

「ボクとガーちゃんの任務は今回両軍の基地を攻撃した襲撃者の情報収集と拠点の探索。それについてはもう大体終わったんだけどねー。まったく、人使いが荒くて困っちゃうよー。気持ちよく眠ってたら3時くらいに急に起こされてさー」

 

「聞いた俺が言うのもなんだがその辺でやめとけ。そのうち俺達は聞いちゃいけない情報まで不可抗力で聞いちまいそうだ」

 

「というか今の時点でそこはかとなくグレーゾーンに入ってるんじゃないかと俺は思ってる」

 

「どうしようかしらエマ、私そろそろ耳塞いだ方がいい?」

 

「わ、私に聞かれても……」

 

 物理的に口を塞ぐカウントダウンが始まろうとしていたのだが、そこで漸く要らないところまで口が滑っていた事を理解し、噤む。

はぁ、と深い溜息を一つ吐いて、レイは脳内で情報の整理を始めた。

 

 

 ≪帝国軍情報局≫。その名の通りエレボニア帝国正規軍の情報・諜報機関。

現帝国政府代表のギリアス・オズボーンの肝いりで設立されたそれは、外交政策・国防政策・内政政策の遂行に必要な情報収集及び工作を担当し、公にはなっていない非合法な活動を行う部署でもある。

国内防諜担当の『第一課』、情報分析担当の『第二課』、国外防諜担当の『第三課』が存在しており、様々な成果を挙げているものの、その組織構成・任務内容は一般市民には公開されていない。

 

 その優秀さを、レイは知っている。

因縁もあるし、また恩義もある。どの国であろうとも諜報機関という存在は総じて抜け目のない人物達で構成されているが、特に性質(タチ)が悪いのが二つ。

即ち帝国の≪情報局≫、そしてカルバード共和国の≪ロックスミス機関≫である。

国力を有しているが故にその規模は大きく、この二国の息がかかった諜報員は、それこそ大陸中に広がっている事だろう。だからこそ、警戒心を抱くなという方が無理な相談だ。

 そしてこの少女が所属しているのは、恐らく国内防諜担当の『第一課』。常人ではまず得られない自由滑空という機動力、それを買われての人選なのだろうが、口の軽さは欠点だ。

 

「(”型番”は多分同じなんだろうが……ハハッ、アイツ(・・・)とは正反対の性格だな)」

 

 心の中で懐かしさを覚えて笑ってはみたものの、とりあえず目の前で「失敗しちゃったー」と言って笑っている少女に対してどう接したらいいものかと、軽く悩んではいた。

 

 

「……とりあえず、事情は分かった。俺達としても事件が収束に向かえるのなら出来る限りの力を貸す。君と、えっと―――」

 

「ん? あ、この子の名前は”アガートラム”。ガーちゃんって言うんだー」

 

『ΩgpΓff$』

 

「”戦神の銀腕(アガートラム)”か。また大層な名前だこと」

 

 若干感心の意味を込めて銀色のボディを軽く叩くと、アガートラムはレイの頭に右手を乗せて左右に動かしてきた。

その行動の意味を数秒後に理解し、顔を思いっきり顰めた。

 

「んだテメェ‼ お前まで俺を子ども扱いすんのか⁉ 上等だ、パーツ単位まで分解してやろうかァ⁉」

 

「お、落ち着けレイ‼ 気持ちは分か―――らないけどそれはダメだ‼」

 

「機械にまで子ども扱いされるとか流石だわ」

 

「あははー♪ 面白い人達ばっかりだねー」

 

 無邪気に笑うミリアムに激昂するレイ、そしてそれを宥めるリィンと、遠巻きに眺める三人というカオスな状況が沈静化したのは数分後のこと。

 流石に急いでいる状況でこれ以上の時間はかけられない。襟を正し、冷静さを取り戻したレイは、咳払いを一つしてから話を本題に戻した。

 

「……情報局が本腰を入れたってことはもう大抵の情報は仕入れたんだな」

 

「うん。キミ達が見た迫撃砲と同じものが共和国軍の近くにも置いてあってね。多分、いや、絶対に同一犯」

 

「だろうな。ツメは甘いが行動はそれなりに早い。こりゃ相手は少し厄介かもしれんな」

 

「どういう事なんだ?」

 

 問うてくるリィンに向かって、レイは右手の指を二本立てた。

 

「一つ、俺たちが見つけたものと同型の迫撃砲が二門、計四門がそいつらの手にあった。中古型とはいえ流石に購入経費は安くない。そうだろ? アリサ」

 

「えぇ、そうね。少なくとも、そこいらのチンピラが手に入れられるものじゃないわ」

 

 それだけでも、今回の犯人が潤沢な資金源を持っているという事が分かる。金の力というのは偉大だ。それを持っているのと持っていないのとでは、警戒の度合いも違ってくる。

 

「二つ、連中は細部でミスってはいるが、引き際は心得てる。これが意外と難しいんだ。目的を達成しようがしまいが、目撃者が来る前に深追いをせずに撤退するってのはな。素人じゃない」

 

 その二つを挙げてミリアムのほうを見ると、彼女は一つ頷いた。

 

「お兄さんすごいね‼ ―――うん。確かに今回動いた武装集団は猟兵崩れ、だと思う。多分高額なミラで雇われたんだねー」

 

「猟兵団……」

 

 その単語に、リィンが反応する。アリサにガイウス、エマも言葉には出さなかったが、思いは同じだった。

ミラさえ支払ってもらえば、人殺しを厭わない集団。それに嫌悪感を抱かないわけではないし、複雑な気持ちは確かにある。

だがその気持ちは、レイとフィーには向いていない。否、向いてはならない。

彼らは仲間だ。掛け替えのない、トールズ士官学院特科クラスⅦ組に所属する大切な仲間。そんな二人を貶す事などどうあっても出来ないし、そう思う自分を赦す事など出来ない。

 だからこそ、リィン達の複雑な思いは、ものの数秒で消え去った。

 

「……じゃあ君は、今から連中がいる場所に行こうとしていたんだな?」

 

「うん。でもその前にそこのお兄さんに見つかっちゃってさー。なんでボクが情報局のヒトだって分かったの?」

 

「アホ、こんな国家の一大事になり兼ねない事態を政府が見逃すか。今この時にノルドをうろつく奴がいたら誰でもそう思うだろうよ」

 

 そっかー、と納得するミリアムの姿は、前述通り諜報員らしくはなく、むしろ見た目の年相応の反応にも見える。

当初は警戒していたリィン達も、そんな彼女の姿を見ているうちに随分と緊張が解れてきたようだ。それは別に構わない。

 だが見る限り、リィンとアリサは諸手を挙げて彼女を完全に信用しているわけではないように見える。それは単に彼女の情報に未確定のものが多過ぎるというだけのものであり、決して彼女の性格そのものを否定しているわけではない。

 それはレイも同じ事だった。なまじ彼女と同じ存在と接していた時期があったからこそ、とことんまで疑い切る事が出来ない。

 

 

 

『それが”共闘”であるならばともかく―――”敵対”であった時、あなたはどうするのですか?』

 

 

 

 脳裏に懐かしい言葉が蘇る。それと同時に、理解した。

あぁ、そうか。その問いが自分の胸中でまだ残っているからこそ、自分は甘くなったのか、と。

しかしそれを、不思議と不快だとは思わなかった。

 

「―――話を戻すぞ。そいつらの制圧を、俺達も手伝う。何、心配するな。数か月前ならともかく、今のこいつらなら猟兵崩れごときに遅れは取らないだろうよ」

 

「……へー♪」

 

 その言葉は、レイなりのリィン達への称賛だった。

先日の列車の中でこそ相手が悪すぎたために撤退を促すしかなかったが、彼らの現時点での強さは本物だ。伊達に、シゴキのように鍛えているわけではない。

 更に言えば、そう言い張れるだけの理由がもう一つあった。

一口に”猟兵”と言ってもその強さの度合いは様々だ。超一流、または一流と呼ばれる猟兵団は個々の練度、連携も脅威と言える程に強固であり、流石にこれらを相手にすればリィン達は劣勢に立たされざるを得ないだろう。

無論、猟兵崩れであったとしても油断をしていい相手ではない。だが、常日頃から絶対強者に叩きのめされて来ていたⅦ組の面々に”慢心”という言葉は存在しない。

故に充分以上に戦えると、レイはそう判断したからこそ、笑みを浮かべながらそう言い放ったのである。

 

「……うん。確かに他のお兄さんやお姉さんたちも強そうだね」

 

「そいつは何よりだ。んで? 場所は?」

 

「高原の北東だよ。えーっと、確か石切り場って呼ばれてるんだっけ?」

 

「その場所なら知っている。なるほど、確かに身を隠すにはうってつけの場所だな」

 

 ガイウスが深く頷くと、「よーし、決まりー♪」という何とも場違いな明るい声を出して、ミリアムはレイの後ろに回った。

場所を知っているとは言え、案内役は必要だ。ミリアムはアガートラムに乗って行くのだろうと思われたが、せっかくだから、という事で馬での移動となった。……何故か乗ったのはレイの後ろだったが。

 

「何で俺の後ろだし」

 

「えー、いいじゃんいいじゃん。ボクお兄さんの事気に入ったし♪」

 

「俺ロリコンの気はないからノーサンキューで」

 

「話している途中で悪いが、一度集落に戻っていいか?」

 

 それは尤もな提案だった。ゼンダー門に一度連絡を入れなければならないのは勿論の事、家族が待っているガイウスは危険地帯に赴く前に一言会って声をかけておかなければならないだろう。

一同はその提案に頷き、移動を始める。

 

 頭上の蒼空には、もはやあまり時間が残されていないという事を如実に表すかのように、共和国軍の威力偵察の飛空艇が旋回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は既に13:00を回っている。

しかし呑気に昼食を食べている時間などない。可能な限り早くという念を抱いたままに、手綱を握って馬を走らせる。

 

 

「あぁ、クソッ、こんな状況じゃなきゃ高原風景を楽しむ余裕もあったんだけどな‼」

 

「安心しろ、俺達は昨日充分堪能した‼」

 

「羨ましいなぁ、オイ‼」

 

「あははー♪ ねぇお兄さん、もっとスピード出してー‼」

 

「アンタ達少しは緊張感持ちなさいよ‼」

 

 会話こそいつものように軽口を叩き合うそれだが、油断はしていない。過度な緊張感を抱かないようにしながら、ミリアムも含めた六名は鞍の上に跨って高原を疾駆する。

 

 

 ゼンダー門との連絡はスムーズに進み、軍の出動が間に合わないという理由から作戦の一切はリィン達に委ねられ、一五〇〇(ヒトゴーマルマル)までの活動延長を許された。

少なからず、責任感が圧し掛かる。作戦を委ねられるという事は、確実に犯人を逃がさずに拿捕しなければならないという事。自分たちの意思だけで動いていたこれまでとはまた違う重圧が、レイを除く四人を襲う。

そんな時、とある人物が声をかけてきた。

 

「フム、ワシは通信機器の調整をしてARCUSの電波を受信できるようにしておこう。なに、ワシらも若者に全てを放り投げるようなマネはせんよ」

 

「お祖父様……」

 

 そう行って慣れた手つきで長老宅にあった機器を弄り始めた老年の人物。名はグエン・ラインフォルト。

アリサの実の祖父であり、前ラインフォルトグループ会長という経歴を持つ人物だが、現在はノルド高原の北にあるラクリマ湖畔に別荘を構えて隠遁をしている身の上であったりする。

現役時代に培った物弄りの腕前は未だ衰えておらず、この集落とも交流を持って自動車の整備などを行っているため、近代機器の改造などはお手の物だった。

 

「フフ、アリサよ、お前さんも大分頼もしくなったようじゃの。じゃが、若者の責を負うのは大人の義務。変に緊張せずに、生きて帰ることだけを念頭に置くんじゃぞ」

 

「……グエン老の言うとおりだ。命あっての物種、それは変わらん。行ってくるがいい。風と女神の導きを祈っている」

 

 グエン、そしてラカンの言葉を受けて、リィン達は出立した。

 

 

 

 そうして時が経つこと数十分。辿り着いたのは、人間の手が加えられていない他の場所とはまた違う、遺跡の雰囲気を醸し出す場所だった。

嘗ての時代、人々が今よりも神の存在を信じ、祭祀を執り行う頻度が高かった頃、信じる存在を偶像という形で残すために人々は石を削りだし、彫像を作った。

その名残となっているのが、この場所だ。古代の名残を残したままに放置されたそこには、巨大な遺跡が眠っており、無論誰も使用していない。

成程、確かに隠れ蓑とするには充分すぎる場所ではあった。

 

「よっ、と」

 

 道が細くなり馬で進むのは難しいと判断した一同は馬を降りる。

所々、石の隙間に空いた空洞から吹きすさぶ冷たい風が頬を撫で、それに僅かな不気味さを感じながら、前へと進む。

そして暫くすると、高さがおよそ3アージュはあろうかという表面に文様が刻まれた巨大な扉に通行を阻まれた。リィンがそれに手を添えて押してみるも、まったくビクともしない。

 

「どうしようか」

 

「とりあえずぶっ壊す一択でいいんじゃね?」

 

 レイの発言にげんなりしかかったが、確かにそれ以外に方法はなさそうである。チラリとガイウスの方を見ると、仕方がない、と言いたげに首を縦に振った。

 

「はいはーい‼ それじゃあここはガーちゃんにおっまかせー♪」

 

 元気よく前に出たのはミリアム。彼女が右手を上に掲げると、虚空からアガートラムが出現する。

それを確認してから軽くファイティングポーズを取り、そのまま握った右腕を前へと突き出した。

 

「いっ、けぇー‼」

 

 その動きと連動するように、アガートラムの頑丈そうな右腕が唸りを挙げて振るわれ、石の扉を殴りつける。

手加減のない破砕音が周囲に響き渡り、煙が舞う。数秒ほどその結果を視認することはできなかったが、風に煽られて煙が晴れると、そこにあったのは粉々に砕かれた扉と、奥に通じる通路。

その結果に満足したのか、ミリアムは「やったー♪」と言いながらジャンプしていた。

 

「(へぇ、やるじゃんか)」

 

 パワーは見る限り申し分ない。単独で諜報任務を任せられているところからも推測するに、そこそこ戦い慣れてもいるだろう。

 これなら―――そう思った瞬間、レイは殺気を感じるのとほぼ同時に愛刀を抜刀していた。

ギィン‼ という金属音が響く。見覚えのある漆黒の投擲用のナイフは、数度回転して宙を舞ってから、石畳の上に落下した。

 

「……やっぱり、か」

 

 ゆっくりと、顔を見上げていく。ちょうど太陽と重なる逆光となる位置。そこに悠々と立っていたのは、己に敗北を刻んだ人物の姿。

高みからレイ達を―――否、レイを俯瞰している。その相貌は窺い知れないが、姿を確認できたというだけで、彼にとっては僥倖だった。

 

「ッ……‼」

 

「レイ……」

 

 臨戦態勢に入りながらも、視線を移すリィン。そんな彼に、レイは薄く笑った。

 

「どうやらご丁寧にも指名が入ったみたいだ。―――あぁ、気にすんな。お前らは先に行け。バカ共の捕縛は任せたぜ」

 

「大丈夫、なのか?」

 

 思わず口に出てしまった気にかけるような言葉に、レイは「当然」と返した。

 

「同じ相手に二回負けるほど馬鹿じゃねぇよ。絶対に勝つさ」

 

「……そうか。―――いや、そうだよな。じゃあ俺達は俺達の役目を果たしに行くよ」

 

「おう。気張れよ」

 

 その言葉を残し、レイは地を蹴って跳躍する。日の光に阻まれて見えないはずの凶器の速射を一本残らず弾き返しながら高速で迫り、そのまま遺跡の内部へと諸共転がり込んだ。

遠ざかっていく剣戟の音。それを聞きながら、ミリアムはリィンの裾を引っ張った。

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「お兄さん、大丈夫かな? あの人、かなり強いと思うケド」

 

 心なしか小さくなったその声に、リィンは笑みを浮かべながら答えた。

 

「大丈夫さ。アイツはもう負けない。俺達はそれを信じて―――前に歩かなきゃならない」

 

「……そうだな。行くとするか」

 

「えぇ」

 

「はい」

 

 太刀を、十字槍を、弓を、魔導杖を構える。

目標は目前にある。立ち止まったあの時とは違い、やらなければならない事が目の前にあるのだ。

 

「本当に仲が良いんだね、お兄さんたち」

 

 言葉を返さず、全員で首肯した。そしてそのまま、遺跡の内部へと突入する。

 

 必ず成し遂げてみせると、確固たる意志を胸の中で燃やしたままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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