英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「好きな奴がお前のことを好きになってくれるとは限らないのと同様――嫌いな奴がお前のことを嫌いになってくれるとは限らないんだよ」

「そして嫌われてくれるとさえ限らないんだ」


     by 貝木泥舟(化物語シリーズ)








収束、それは平穏に非ず

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ。先程ルーレ市内8ヶ所に設置されていた高性能導力爆弾の除去は完了致しました。本来であれば《鉄道憲兵隊》の管轄外であったエリアもあったのですが、ヒルデガルト主任のご協力もあり、恙無く遂行することが出来ました。本当に、ありがとうございます」

 

「お礼を言わなければならないのは此方の方よ、クレア大尉。比喩でも何でもなく、ルーレが火の海に包まれる危機だったのだから」

 

 

 陽が地平線の奥に溶けていったすぐ後の事。

 RF本社ビル23F会長室にて、今回の事件に関わった一部の人間が集まってイリーナ・ラインフォルトへの報告を行っていた。

 

「それに、申し訳ありませんでしたわね、カリサ主任。貴女にまで動いていただいたようで」

 

「いえいえ~。私としてもルーレが滅茶苦茶になってしまっては取引に差し支えますしね~」

 

 何故かいつの間にか再びこの場所に舞い戻っていた《マーナガルム》五番隊(フュンフト)《兵站班》主任、カリサ・リアヴェールは、そう言っていつもの気の抜けた表情を浮かべる。

 実際問題、彼女にとってルーレという都市、及びRF社という存在を揺るがされるのはデメリットしかなく、その為に動いたというのは嘘ではない。

 

 だが、彼女は”商人”だ。骨の髄まで、心の一片に至るまで紛う事のない”商人”だ。故に、《三番隊(ドリッド)》の一小隊を動かしたという今回の一件をただの厚意(ロハ)で済ますつまりはない。

 それは、イリーナもよく理解しているだろう。深く潜り込んだ商戦の中で、無料(タダ)程怖いものは何処にもないのだから。

 

 

 

「……ヒルデガルト、製作所周辺の被害はどうなっているかしら?」

 

「爆弾騒ぎがあった所為で日中は操業を停止せざるを得ませんでしたからね。納期の遅れについての連絡は既に関係各所に済ませてあります。……何処からか噂を嗅ぎ付けたマスコミは適当に追い払っておきました」

 

「被害額はどの程度になりそうかしら?」

 

第三製作所(ウチ)はそれ程でも。詳細な報告は明日お渡しします」

 

「結構。手早く済ませなさい」

 

 『第四製作所』は元よりイリーナの直轄組織の体を成しているとはいえ、その他の製作所の状況はどうしても取締役の報告を待つ形になる。

 とは言え、『第三製作所』を任されている主任兼取締役であるヒルデガルト・ルアーナは基本的にイリーナの方針に沿う形で動く。強制ではなく、自らの意志という形で。

 

 しかし、とヒルデガルトは思う。

 今回の事件に際して、『第四製作所』『第二製作所』は『第三製作所』と同じく日中は急遽操業停止に追い込まれ、被害を被った。―――それは当然の事だ。突発的に起こった爆破未遂テロを予見しろなどという荒業をこなせる者はそういない。

 

 だが『第一製作所』―――”貴族派”の特徴が色濃いこの製作所は、今日は()()()()()()()()()()()()のである。

 まるで今日何が起こるのかを、()()()()()()()()()()()()()()

 

「(あの髭親父……あらかじめこうなる事を自前で予測できるほど有能ではない。だとしたら、今回の一件に”貴族派”が関与してるのは疑いようのない事実だな)」

 

 本来、その関与を否定で通したいのであれば、他の製作所と同じく突発的な操業停止に追い込まれなくてはならない。

 だが今回、『第一製作所』は尻尾を見せた。恐らくはハイデル・ログナーが、自ら統率する『第一製作所』への金銭的被害を軽減するために生み出した致命的な隙だった。

 無論あの男はあの手この手で関与を否定するだろう。だが傍らに立っているこの女性―――《氷の乙女(アイスメイデン)》クレア・リーヴェルトがそれを許すだろうか。

 

「(まぁ、あの髭親父にはちょうどいい修羅場だろう。どう切り抜けるのか見物だな)」

 

 無能ではないが、有能というわけでもない。他者を出し抜く才能こそ大したものだと評価できるが、経営者としては凡才だ。

 凡才であるだけならばヒルデガルトがここまで毛嫌いする事は無かったのだが、貴族であるという矜持に驕って、才覚に見合わない高みを簒奪しようというその姿が一層醜く腹が立つ。

 だからこそヒルデガルトは、今回の一件に関しては政府側に肩入れするのもやむなしであると、そう思っていた。

 

 

 

「……クレア大尉、貴女に今回の事件に於けるRF社に関する捜査は一任しましょう。()()()()()()()調()()も含めて、お願いしてもいいのかしら?」

 

「……えぇ、お任せください。ご期待に添えるよう全力を尽くさせていただきます」

 

 そしてクレアがルーレに来た当初の目的は、「『第一製作所』への強制調査」。”貴族派”との繋がりが深く、これまでのテロ事件に於いて《帝国解放戦線》の構成員が使用していた密売武器への関与を明らかにする為のそれであったが、こうして社の代表からのゴーサインが出たからには、彼女としても遠慮するつもりは一切ない。

 

 しかし、『第一製作所』が担当しているのは鉄鋼、大型機械全般。それが及ぶ範囲は膨大なものである。

 それらの製造工程の中から不可解な物の流れを弾き出すのは並大抵の事ではない。処理すべき情報が膨大過ぎるが故に、恐らく憲兵隊の総力を以てしても全てを調べ尽くすのには少なくとも三ヶ月は必要だろう。

 

「(でも、そんな時間はない)」

 

 残された時間は、少ない。

 《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》の一人としてではなく、ただのクレア・リーヴェルトという軍人の私見からでも、今のエレボニアはとても危うい。

 砂上の楼閣、という言葉が最も似合うだろう。長きに渡ってカルバード共和国と睨み合い、今はクロスベル自治州が独立国を宣言し、そして国の内部には不穏分子が数えるのも億劫なほど存在している。

 

 火薬庫に繋がる導火線に火種が近づいている状況で悠長にしていられるほど暢気な性分ではない。ましてや国を護る防人たる立場であれば尚の事だ。

 だからこそ、時間が有限であることがもどかしくて堪らない。自分が睡眠と休息を必要とする人間である事すら偶に億劫になる程に。

 

「(また少し無茶を強いる事になってしまいますけれど……あぁ、でもそれだと……)」

 

 また、レイに怒られてしまう。

 自分を大切にできない人間に、国は守れないと叱られてしまうかもしれない。

 

 それでも、やらなければならないのだ。

 それが、クレア・リーヴェルトが選んだ道。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のならば、見合った対価を差し出すのは当然だ。

 

 

 そんな、各々の思惑が交差し合う中、RF社代表への報告会は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

「すまなかった」

 

 場所は変わって上階の24F。ラインフォルト家の宅階ともなっている此処の談話スペースで、ソファーに座ったクロウが開口一番そう言って謝罪した。

 

「まさかそんなヤベェ奴が居たとはな……いやマジで、加勢できなくて悪かった」

 

「そんな、気にしないでよ。クロウはクロウの仕事をしただけじゃないか」

 

「エリオットの言う通りだ。クロウが気に病む事じゃない」

 

「ん」

 

 リィン達としても、途中で鉱夫たちを逃がすために別行動を取ったクロウを責めるつもりなど毛頭なかった。元より、誰かがやらねばならなかったことだ。それを否定するつもりはない。

 

「シャロンさんは……どうなんだ?」

 

「失血がそこそこあったから、少なくとも後一週間くらいは安静だな」

 

 そう告げるレイの表情は、お世辞にも平静を保っているとは言い難い。シャロンの方の様子を告げている時は猶更であった。

 リィンとて、目覚めたのはつい先ほどの事だ。未だに体には倦怠感が残ってはいるものの、この報告会の席に出席できる程度には回復できている。……が、シャロンはそうもいかない。

 

「……ねぇ、シャロンさんに何があったの?」

 

 エリオットはようやくその問いを口にすることが出来たが、レイは口を閉ざしたまま答えない。……否、答えられない。

 そうなれば、彼らにはもうレイを追及する事はできない。既に半年近い付き合いである。この一件が彼に掛けられた”呪い”に抵触する事であるならば、それは仕方のない事だから。

 

 

 

 

「よろしければその疑問、私がお答えしましょうか~?」

 

「うわっ⁉」

 

「うおっ⁉」

 

 唐突に挟み込まれたその声に、エリオットが本気で焦ったような声を出し、その声に驚いてクロウもソファーの上から滑り落ちそうになる。

 そんな良いリアクションを見て、乱入してきた声の主は一層口角を吊り上げた。

 

「いやぁ、新鮮な反応ですねぇ。ウチじゃあどうもこういった不意打ちは驚いてくれなくて」

 

「それはそうでしょう。この程度の隠形に騙されるほど軟な鍛え方はしていません」

 

 両者とも外向きのスーツを着込んだ二人は、それでもただならない雰囲気を若干ではあるが醸し出し続けている。

 彼らとて、正真正銘の一般人(カタギ)を相手にする時は一切の殺気を抑えるだけの技術はある。それは一流の猟兵の流儀のようなものだ。

 

 それをあまり気にしていないという事は、少なくともこの二人がⅦ組の面々に対して多少は対等に扱う心意気があるという証明でもあった。

 

「何だ、お前ら。イリーナ会長との話が終わったら帰ると思ってたんだが」

 

「この後近くに宿を取ってありますのでご安心を。会長に許可を頂き、この機会を設けていただきました」

 

「というかレイさん、クール過ぎませんか~? 久し振りに会えたのに~」

 

「前にクロスベルに来た時に堂々とインサイダー持ち掛けてきたお前に対して油断するつもりなど毛頭ない」

 

「アレは普通に冗談だったんですけどねぇ。詐欺でしか稼げないのはただのド三流ですよぉ」

 

 流れるようにレイの隣に座ったカリサへ、リィン、エリオット、クロウの視線が集まる。しかしそんな好奇の視線などものともしないかのように、彼女はニヤニヤと笑っている。

 それとは対照的に仏頂面のままのゲルヒルデにはフィーが未だ警戒する猫のような視線を向けていた。

 

「……カリサの事はお前らもう知ってるだろうから、もう一人の紹介をしておこうか。

 ゲルヒルデ・エーレンブルグ。猟兵団《マーナガルム》の実行部隊の一つ、《三番隊(ドリッド)》の副隊長だ」

 

「一応見知りおきなさい。私は、カリサ主任やツバキ隊長のように貴方方を特別扱いするつもりはありませんので、その点は留意を」

 

 蛇に睨まれた蛙、というのはまさにこういった状況を指すのだろう。クロウはまだしも、エリオットは完全に圧されている。

 ……それでも視線を外さない辺り、彼も少しは修羅場に慣れてきたという事だろう。現にリィンは、その一睨みで倦怠感など忘れてすぐさま臨戦態勢に移行しかけたくらいだ。

 

 

「まぁ、私たちの事よりも、です。シャロンさんの事でしたね~」

 

「は、はい」

 

「……それ、私にも聞かせてください」

 

 すると、25Fのペントハウス部分から降りてきたアリサが声を挟んできた。

 その表情はやはり少しばかり憔悴しているように見え、それだけでもレイたちの心を痛めるのは充分だったが、彼らが目を見張ったのはその後ろにいた人物。

 

 

「シャロン、お前、まだ動いたらダメだろうが」

 

「ふふふ、心配していただきありがとうございます、レイ様。ですが、もう大分良くはなりましたので」

 

「だからってお前……血ィ失ってんだから……あぁ、もう」

 

 アリサの後ろに続くように覚束ない足取りで現れたシャロンの下に駆け寄ったレイは、彼女に自分の肩を貸す。

 いつものキッチリとしたメイド服ではなく、ゆったりとした部屋着の上にストールを羽織ったその恰好は、声色も相俟ってどこか弱弱しさを感じさせた。

 

「……ごめんなさい、レイ。一応ちゃんと休んでてって言ったんだけど」

 

「おいおい、お前までそんな顔すんなっての。分かってるから。……悪ぃけど、なんか温かい飲み物でも用意してやってくれ」

 

「えぇ、分かってるわ」

 

「あぁ……本当に申し訳ございません、お嬢様」

 

「……こんな時までメイド根性出してるんじゃないわよ。たまには私にも貴女を労わせなさい」

 

 そう言ってアリサはキッチンへと走り、レイはシャロンをそのままソファーに腰かけさせた。

 ありがとうございますと、そう呟くように言った姿はまるで病弱な深窓の令嬢を思わせる。―――不謹慎にも美しいと、そう思ってしまう程には。

 

「皆様にも、ご迷惑をお掛け致しました。皆様が奮闘なされる中、(わたくし)だけがこのような有様で倒れてしまい……」

 

「そんな……顔を上げてください、シャロンさん」

 

「迷惑なんて、全然思ってないから」

 

 彼らの言葉は、まさしく本心なのだろう。シャロンが戦った相手が、彼女が不覚を取る程に強い相手であったならば、そんな存在を相手取ってくれた事に感謝こそすれど謗る事など有り得ない。

 だが、シャロンからすればそれで済まされる事ではない。彼女にとって死戦での敗北は蔑まれるべき事なのだから。

 

 メイドとしての全てを棄て、”何もない”暗殺者へと立ち戻って戦っても尚―――勝ち得なかった自分に”価値”などあるのか。

 

 

 

「アホな事考えてんじゃねぇぞ」

 

 コン、と。肩叩きよりもなお弱い力でシャロンの頭をレイが小突く。

 

「お前がここ(ラインフォルト)に来てから積み上げた人生は、たった一度の敗北で全部崩れるようなモンじゃないだろうが。……この程度で、お前の価値は絶対変わらねぇよ」

 

「…………」

 

 普段のシャロンであれば、こういった弱音は例え抱いていたとしてもメイドとして仕えている者達の前では絶対に漏らさなかっただろう。

 死に瀕して一時的に弱気になったのかと言うと、それも違う。これでも彼女は元《結社》の《執行者》。その名の通り幾度も死線を潜り抜けてきた強者だ。

 

 だが彼女は、それでも些か「仕える者」としての側面が強くなった。

 完全無欠なメイドとして、致命的な一つのミスを許容できず、妥協しなくなった。

 

 そして何より今回は―――心の底から女性として慕う少年と、メイドとして仕え慕う少女の()()()()()()()()()()()という事実が、彼女の心の一部を解れさせた。

 

 まぁだからと言って、他ならないこの男(レイ)がそれを放っておくわけがない。

 

 

「安心しろ。お前が仕えてるお嬢様もその仲間も、ちっとばっか厄介なだけの相手に一方的にしてやられ続けるレベルはとっくの昔に卒業してる。……お前が一回くらいミスったところでリカバリーは充分利くんだ」

 

 

 もう、守られるだけの存在ではない。

 必要としていないわけでは決してない。ただ、一度程度の失敗を笑って吹き飛ばせるだけの成長は既にしている。

 

 特にアリサにとっては、それが出来るだけの力を付ける事が、目標の一つだったのだから。

 

「あ……」

 

 レイにそう言われた直後、シャロンの頬を伝ったただ一筋の涙を見ることが出来たのは、顔を合わせていたレイだけだ。

 ある意味とても稀少な、少しばかり呆けたような表情を一瞬だけ浮かべた後、シャロンの翡翠色の瞳に再び凛々しさの中に蠱惑さを孕んだ色が戻る。

 

「……(わたくし)としたことが、まだまだ未熟でしたわ。皆様はとうに、こんなにもお強くなられていましたのに」

 

「シャロンさんたちに比べれば、まだまだ全然だけどね」

 

「そこら辺目指そうとすると、マジで”武人”としての覚悟が必要になるからなァ」

 

 エリオットとクロウのそんな言葉に、それまで珍しく静観していたカリサがクスクスと笑った。

 

「うーん、やっぱり時間と場所というのは人を変えますねぇ。あぁ、勿論良い意味で、です。……《結社》に居た頃より、よっぽど生き生きしてるじゃないですかぁ」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――という言葉を飲み込む程度の善意はカリサにも、そしてゲルヒルデにもあった。

 

 嘗ての彼女、〈クルーガー〉としての姓を持たず、ただ純粋な人殺し人形《告死戦域》と呼ばれていた頃のシャロンの”暗殺者”の姿に僅かでも魅せられていた者であれば尚の事。

 冷静に、客観的に、ただの事実として言うならば、今の彼女に以前のような”強さ”はない。”暗殺者”としての高みを目指すのであれば、些か彼女は俗世に染まり過ぎたと言えよう。

 

 闇に生き、闇に死するのが暗殺者の本懐なれば、一度大輪に照らされた者が再び闇に染まる事は出来ないのだから。

 それは、シャロンも分かっているのだろう。カリサとゲルヒルデが空気を読んで敢えて言わなかったことを噛み締めるように、一つ頷いた。

 

 

 やがて、アリサが人数分の紅茶を淹れて、トレイに乗せて持ってくる。

 それに全員が一口ずつ口を付けたところで、カリサは話の軌道を戻した。

 

「う~ん、それでどうしましょうか。折角シャロンさんご本人がいる事ですし……あぁでも一応”古巣”絡みですし、私からお話しするのが筋というものですかね~」

 

「……やっぱりこれも《結社》絡みで?」

 

「そうですねぇ。実際この情報普通なら数百万ミラ以上からのモノなんですけど……まぁ皆さんレイさんのご学友ですし? 今回は先行投資(ロハ)でご提供しましょう」

 

「初めからタダで話す気ならわざわざ遠回しにプレッシャー掛けるの止めろよお前」

 

「学生の内に”商人”のえげつな~い本性の一端くらいは見た方が良いと思いますけどねぇ。商品を扱う人間は善意で動いてるわけじゃないですし~」

 

「また本題からズレかかってると知りなさい、カリサ主任」

 

 尤もな指摘を受けたカリサであったが、すぐさま彼女はスーツのポケットの中から手の内に収まる程度の小さな小瓶を取り出した。

 その中には、無色透明―――本当にそこに存在しているのかどうかすら怪しい程に澄んだ色の液体が少量収められていた。

 

「これは、『毒』です。レイさんをノルド近くで死に至らしめかけたそれよりは数百倍薄いですが、今回シャロンさんを命の危機に陥れたそれと同じモノ」

 

「っ……‼」

 

「……おいカリサ、お前これ何処で手に入れた」

 

「ふふふ、何を言ってるんですかぁ、レイさん。―――私とミランダ主任の手の広さは、貴方もよーくご存知の筈では?」

 

 合法・非合法を問わず、資金があればあらゆる品を調達するのが《兵站班》主任である彼女の仕事だ。

 そしてこの、非合法もかくやという品を入手した経緯には、間違いなく《経理班》主任であるミランダ・レイヴェルも噛んでいる。

 

「《医療班》のレイフェン主任が抗体を作るのに苦労していた程の代物でして、体内に侵入した瞬間に激痛と麻痺と吐血……その他諸々の症状を引き起こす即効性の非常に高い毒です」

 

「そんな、ものが……」

 

 シャロンの体を蝕んだのかと、アリサは顔を青くしたが、隣に座っていた当の本人がアリサの手の上に自分の掌を乗せる。

 こうして生きているから問題は無いと、そう理解させる行動に、気持ちも僅かに落ち着いていく。

 

「俺ン時は”原液”をブチ込まれたんだな。……稀釈したブツが闇ルートとはいえ流れてるって事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になったって事か」

 

「流れている、と言っても本当にごく少量ですけどねぇ。解毒薬が存在していない以上盛られれば毒死は確定ですから、そんな危険な代物は”裏”の人間であっても滅多には使わないものです。……まぁそんな無茶苦茶な毒を制せるのがレイさんなんですけど」

 

「……それが前にレイが話してくれた……その、レイの”呪術師”としての血……って事?」

 

 タブーに関わるかもしれない事の為おずおずといった様子で口にしたアリサだったが、当の本人はまったく気にしていないような様子でその言葉を継いだ。

 

 

「他の術師(トコ)はどうだか知らねぇけど、とりわけ〈アマギ〉の一族の毒物・薬物耐性は高い。門外不出の術を口伝で教えるようなところは、暗殺でもされれば永久に術が継承できなくなるからな」

 

「……その中でも、毒による暗殺に対抗できるように進化していった、ってトコか」

 

「血を濃くすればする程、その特徴は顕著になっていく。極少量でも一度体内に入った毒物に対する絶対的な耐性を獲得する、超回復体質……〈アマギ〉の一族はその体質に一切の濁りを入れない為に、万物への変化を伴う魔力を受け入れる事を良しとせずに―――末裔の血を()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()

 

 そして、そういった一族体質は女性の方から100%遺伝する。

 だからこそ〈アマギ〉一族は、一族の中だけで近親交配を続けていた。より《天道流》を扱うに相応しい”完成系”を求めて、何十年も、何百年も。

 

「まぁそんなプライドが際限なく高い連中だったから、外の血を取り込もうなんて全く思ってなかった。ただそれでも……究極の術者を作り出すために外の人間を”使って”いた事はあったのさ」

 

「っ……それって……」

 

「察しが良いじゃねぇかリィン。……〈アマギ〉の正統継承者の血を与え、術式を組み込むことで体の良い”生贄”を作り出す―――そんなクソ下らねぇ術の知識も受け継いでたんだよ、俺は」

 

 果たして”ヒト”の身でどれだけの術式の負荷に耐えられるのか、どの程度までの毒であれば即死せずに超回復が発動するのか―――そういった実験じみた研究を行うためだけに作り出された生贄。

 〈アマギ〉の中では”卑隷”と呼ばれ、ただ使い潰されるためだけに生み出される存在達。愛も情も一切受けず、ヒトとしてすら扱われず、ただモノとして終わりを迎える存在を作り出す術式。

 

 

「―――お嬢様」

 

 暫くの沈黙の後、口を開きかけたアリサを、直前でシャロンが制する。

 だがアリサは、無言で訴えかけるようなシャロンの瞳を見て、はぁ、と一つ溜息を吐く。

 

「何よ、シャロン。もしかして私がレイを責めると思った? 私が訊きたいのはそんな事じゃないわ」

 

「正直お前には、殴られるくらいは覚悟してたんだがな」

 

「バカなこと言わないで頂戴。……レイ、貴方の言葉通りならシャロンは貴方の血と術式で貴方と同じような体に”変わった”。なら、それに伴ってシャロンに生じたデメリットを教えて頂戴」

 

 彼女自身が言っている通り、その声色にも表情にも、レイに対して憤怒しているという様子はない。

 彼女はただ、自分の「家族」に起きた変化を可能な限り詳細に訊こうとしているだけだ。納得しかねている部分は確かにあるが、死ぬか生きるかの分水嶺に立たされたそんな状況で、「シャロンを生かす」という手段の中で最大の成功率がある手段を取ったレイの事を責める気持ちには、そうしてもなれなかった。

 

 

「……三つある。

 一つは俺と同じように”魔力”が使えなくなった事。薬物・毒物に対しての高度な抵抗力を手にした代わりに、体内が俺と同じカタチに”書き換わった”。今のシャロンは、身体の中に呪力が定着し始めてる頃合いだろう。

 二つ目は、”呪力”のデメリットと向き合わなければならなくなった事だ」

 

 《天道流》の呪術が「他者を呪う」のではなく「神性存在の封印」に長じた術であるとはいえ、その大元となる”呪力”はやはり「呪い」の為に使われるためにある存在だ。

 レイはその力を魔力や氣力と同じように身体能力向上や戦闘用に練り上げて使えるように()()()()()が、外から呪力を与えられたシャロンはそう上手くはいかない。正しい形で呪力を体に定着させなければ、呪いの効力が牙を剝くことになる。

 

 幸いだったのは、シャロン・クルーガーという女性が元々呪力との適性が高い事だった。

 レイからしても呪力を定着させるのに最低でも一週間は覚悟していたのだが、この様子では二日もあれば無事に定着するだろう。

 

 無論、無事に定着した後も呪力の扱いは一歩間違えれば同じように「自分を呪う」危険性を孕んだモノであり、その辺りの指導もレイは責任を持つつもりである。

 

 

「そんで三つ目は……あー……いや、コレは俺が伝手を使って何とかすれば済む話なんだが」

 

「?」

 

「一度は俺を除いて()()()()〈アマギ〉の血がもう一度生み出されたってなると、《教会》と《結社》が面倒臭い動きをする可能性がある」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 その問題に言葉を挟んだのはリィンだった。

 果たしてそれに深く突っ込んで良いのかどうか、その思案を巡らせながら、それでも意を決して訊く。

 

()()()()? レイを除いて、今は一人も……残っていないのか?」

 

「……その通りです、リィン・シュバルツァー。〈アマギ〉一族は特別顧問(レイ・クレイドル)を残して、一人残らず”狩り取られ”ました」

 

 リィンの言葉に答えたのはレイでもカリサでもなく、立ったまま腕を組んで聞いていたゲルヒルデだった。

 

「詳細は《結社》の守秘義務に抵触するために言えませんが、〈アマギ〉一族は七耀教会と《身喰らう蛇》、その両者にとって看過できない”禁忌”を侵したため、《執行者》となっていた特別顧問を除き根絶やしにされました。……老いも若きも、男も女も、”卑隷”へと貶められた者達も、一切の貴賤なく、ただの一人も残すことなく」

 

「まぁ人数自体は結構居たみたいなんですが……《結社》最強の人狩り集団が動員されてましたからねぇ」

 

 文字通りの根絶やし。《結社》を脱退した時のレイが暫く《守護騎士(ドミニオン)》に追われる生活を続けていたのも、そういった事情が含まれていた。

 

「……その作戦の渦中には俺も居た。専ら俺が”処理”してたのはヒトじゃねぇ”ナニカ”に変貌しちまってた老害共だったがな」

 

「…………」

 

「まぁ、そういった経緯がある呪われた一族だ。そんな殲滅劇をやっちまった所為で古巣や教会共がちょっかいを掛けてくる可能性があるが……さっきも言った通り伝手はある。シャロンに害が及ぶようなことは俺が許さねぇ」

 

 外から呪力を差し込まれて”作り変えられた”場合、純血の〈アマギ〉とは違って、呪術師の遺伝子を後世に残す事は無い。

 その事情を加味すれば、強引にシャロンへの敵意を消滅させることは充分に可能だ。……少しばかり手回しに色を付ける事は必要になるだろうが。

 

 

「……シャロンは」

 

「……はい」

 

「シャロンは、”こう”なった事に納得してる?」

 

 アリサの問いに、シャロンは一度の頷きを以て答えた。

 

「勿論ですわ、お嬢様。……魔力を扱えなくなったことでご迷惑をお掛けしてしまう事はございます。ですがそれは、(わたくし)の力不足が招いてしまった事。如何なる処罰もお受けする所存ですわ」

 

「嘗めないで頂戴。……私もお母様も、その程度で貴女を見限る程冷めてはいないわ」

 

 それに、とアリサは続ける。

 

「私にとっては、貴女が生きてくれていたことが何より嬉しかった。……ありがとう、レイ」

 

「……約束しよう。シャロンを”こう”してしまった責任は、俺が生涯をかけて償う」

 

 レイは真摯に、冗談など欠片も含まない声色でそう宣言した。

 改めてそう言わずとも彼の気持ちなど初めから分かっていたアリサだったが、それを聞いて安堵する気持ちは隠せなかった。

 

 彼女にとっては、幼少期からずっと共に居てくれた家族だ。血の繋がりなど無くとも、そこには確かに姉妹のような繋がりがあった。

 例えシャロン自身がそれを望まなくとも、アリサは家族の幸せを願っていた。いつの日か彼女も、メイドとしてではない自分を晒け出せるような異性と幸せになって欲しいと。

 

 よもやその異性がクラスメイトとなり、かなり滅茶苦茶な存在であったことに乾いた笑みが出そうになったこともあったが、彼と接する時のシャロンの心の底から幸せそうな笑みは忘れられなかった。

 現に今も、メイドとしての役割を忘れて頬を僅かに赤らめているシャロンの姿に、思わずアリサの方までニヤけてしまいそうになる始末だ。

 

 ―――なら、今度は自分の番だろう。

 

 姉替わりの女性が命を懸けてまで想い人への想いを貫く選択をしたのだ。ならば、自分もそろそろ覚悟を決めなくてはならない。

 

 

 そんな雰囲気を知ってか知らずか、会話の流れを断ち切るようにカリサが一つ手を打った。

 

「さて、気付けばかなりお邪魔してしまってましたし、私たちはこの辺りでお暇させていただきますねぇ。あ、アリサさん、お茶ご馳走様でしたー」

 

「あ……ありがとうございました、カリサ、さん。色々と手伝っていただいたり、話してくれて」

 

「いえいえ~、気にしなくて結構ですよぉ」

 

 複雑な思いを色々と抱えながらリィンが代表して礼を言うと、カリサは思っていた通りの言葉を返し、しかし極めて自然な動きでリィンの近くまで寄ると耳の近くで囁いた。

 

 

 

「皆さんとは長いお付き合いになりそうですからねぇ。―――もし何かありましたら、私たちの存在を思い出してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

『……そう。クレア大尉経由で一応聞いてはいたけれど、ルーレも大変だったのね』

 

「危うく犠牲が出る一歩手前まで行った。……《結社》の連中、そろそろマジで本腰を入れてくる頃合いだ」

 

 ARCUS(アークス)越しに聞こえるサラの声はどこか悔しさを滲ませたそれであったが、既に解決した事に茶々を入れても仕方がない。

 だが、帝国を取り巻く危険度は下がるどころか急上昇を続けている。エレボニアでの活動を任されているのが第二使徒(ヴィータ・クロチルダ)第四使徒(イルベルト・D・グレゴール)の二人であると再確認できた以上、本格的に”仕事”を始めるのはそう遠くない未来だろう。

 

「悪いが、リィンとシャロンの容体がまだ完全には安定してない以上、あと一日はルーレに滞在したい。学院への報告を頼めるか?」

 

『分かってるわよ。……オルディス組の方も厄介な連中と戦闘したらしいから、そこら辺はどうにでも融通は利くわ』

 

「サンキュー。……あぁ、それと、できれば委員長の方へ連絡してくれ。『魔女の一人として、リィンの封印を一任したい』ってな」

 

『……それも了解。全く、たった半年で頼もしく育ったモンだわ、アタシの生徒たちは』

 

「同感だ。相手側の戦力が戦力だからアレだが、遊撃士として見たら全員相当優秀な部類だぜ、ありゃあ」

 

 そう言ってお互いに笑いながら、レイはARCUS(アークス)の電源を切った。

 

 RFビルの屋上。今日の騒ぎでヘリポート部分は事実上閉鎖状態になっており誰も居らず、吹き抜ける風の音だけが耳朶に響く。

 ルーレ市内に於いて、この建物より高いのは鋼都ルーレを支える四基の導力ジェネレーターくらいのものである。都市を囲むように設置され、その威容を誇示するように輝くそれを、レイは何の感慨もなく見つめていた。

 

 未だ何処か生温いさが残る風も、不思議と不快ではない。自販機で購入した缶コーヒーを喉奥に流し込んでいると、背後から足音が聞こえてきた。

 

 

「……此処にいたのかよ、探したぜレイ」

 

「何だ、てっきり俺が屋上に行ったことくらいは知ってたと思ったんだがな、クロウ」

 

 セットが崩れかけている銀髪を揺らして、クロウ・アームブラストはそこにいた。

 よう、と片手を挙げ、同じように缶コーヒーを片手にいつも通りの気安さで話しかけてくるその姿に、レイは苦笑した。

 

「皆は?」

 

「リィンはアリサに連れられて部屋に戻った。シャロンさんたちもそれぞれ部屋に戻ったぜ」

 

 今日は流石に疲れただろうしな、とクロウは後ろ髪を掻く。

 その様子を見ながらレイはコーヒーを全て飲み干し、近くに設けられていたゴミ箱にスローイングする。

 カラン、という乾いた音と共に、レイの左眼もクロウに倣うように笑った。

 

 しかしクロウは、その”意味”までは読み取れなかった。

 

「お前の方もお疲れさんだったな。ルーレ滞在中に学祭の予定も詰めようと思ったのにこの有様だ」

 

「いやぁ、さっきも言ったけどよ、俺は何も出来なかったからな。お前らにゃ本当に迷惑をかけたと思ってるよ」

 

「ん? あぁ、鉱夫達を避難させた事か。いや、悪ぃ悪ぃ、俺が言ってんのそっちじゃなくて―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「折角綿密に組んでたザクセン鉄鉱山襲撃の計画が、自然災害みてぇなクソ《使徒》の所為で仲間諸共塵みたいに消し飛んじまった事に対してだよ。―――同情するぜ、《C》殿?」

 

 

 

 

 

 

 

 その笑みは”慈悲”でも”寛容”でもなく。

 

 

 どうしようもなく、”不敵”で”挑発的”な、敵対者としてのそれであった事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 終わったと思った? 残念もう少し続くんじゃよ。
 12月が師走と呼ばれる所以を実感している十三です。こんばんは。

Q:つまり今のシャロンさんってどういう感じ?
A:「魔力消失(デメリット)」+「呪力獲得」+「毒、薬物超耐性&超回復付与」+「呪力暴走可能性付与(デメリット)」+「《教会》や《結社》の怖い人達(直喩)に追いかけまわされる可能性付与(デメリット)。しかしレイの手回しによって多分大丈夫」
 ってな感じ。

Q:「殺人戦技(マーダークラフト)」とは?
A:「殺人」という一点に尖らせた戦技(クラフト)の総称。エゲツないのしか揃ってない。

Q:クロウは一体何をしていたんだ。
A:いやだってこんな観察力準チートクラスの連中が集まってる中で原作みたいな茶番やっても誰も信じてくれないじゃん……どうしようもねぇじゃん……。



 閃Ⅳの情報公開ですなぁ。来年の秋まで何があっても死ねんぞコレハ。
 ……サイトトップのリィンの姿に絶望しか感じねぇけど大丈夫かなコレ。というかこれ、完全にその……リィン君が囚われのヒロインみたいになってんだけど。

 というか閃Ⅳ終わってもまだ《水》《風》《時》の至宝が放置されてるから……まだまだ続きますね万歳‼


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