長いです。
謎の光から一転して蒸し暑さを覚えた俺は、急いで閉じていた瞳を開いた。同時に遥か上空から降り注ぐ光に目を細めてしまう。電球の光というには眩しすぎる上、とっさにかざした腕には熱を感じる。空調の効いた屋内とはあまりにも違う感覚に不信感を覚えた俺は、光を手で避けつつその先に広がる景色を見た。
空だ。
視界に広がるのは真っ青な空。吹き抜ける風や擦れ合う木の葉を耳にしながら俺は視線を彷徨わせる。視線を落とせばそこにあるのはクラシック感のある木目の床板ではなく、蒸し暑さを立ち昇らせるアスファルト。
振り向けば総二たちも俺と同じように周囲を見回している。
なにがなんだかわからないが俺たちは今、外に居るのだ。総二の実家である喫茶店『アドレシェンツァ』ではなくどこかもわからない外に。
無言の空気が流れる中、その空気を砕き割ったのは総二だった。
「ここってマクシーム宙果じゃないか!?どうしてこんなところに…………!?」
信じられないと騒ぎ立てる総二の視線を追っていくと、確かに総二の言う通りの建物があった。イベント開催地としてよく使われているマクシーム宙果がそこには確かに存在している。
中学三年の合同文化祭で使用したこともあって記憶に新しく、総二の見間違いではないようだ。だからこそ俺たち一同は驚きを隠せない。
何故なら俺たちのいた総二の実家からこの場所まで、車で有に二〇分はかかる場所なのだから。俺は慌ててブレザーのポケットに仕舞っていたスマホを取り出して時間を確かめた。
「嘘、でしょ…………」
液晶画面に表示されている時間を目にして俺はたまらず呻く。そんなはずはない、あり得ない、嘘に決まってる。頭の中に渦巻いていた数々の疑問が一瞬にしてかき消された。
表示されていた時間は午後の一時半。
光に包まれる寸前に確認した時間と何一つ変わらないのだ。このスマホが指し示す通りの時刻なら、俺たちは一瞬という時間の中でこの場所に来たことになる。つまりは瞬間移動、言うなれば空間移動とでも言うべきかもしれない。普通なら否定できるところだが、こうして今現在体験してる身としては判断しかねることだ。
と、その時。
「想定時間よりも早くに現れましたか。迎撃できなかったのは少々痛い所ですね」
俺たちの正面に立つトゥアールがそんなことを呟く。腕を組みながら遠くを睨むトゥアールは何かを観察しているかのように見える。が、この場で唯一事情を知っている彼女に現状を聞く他なく歩み寄ろうとした時だった。
眼球にチクリと痛みが走り、続いて何かが焦げたような異臭が鼻孔を満たしていく。心なしか呼吸するたびに喉もキリキリと痛い。しかしそれはトゥアールの先にある景色を見ることで簡単に理解が出来た。
煙が上がっているのだ。それも見るからに有害そうな真っ黒な煙。
「これは一体…………?」
「ああ、皆さん大丈夫でしたか?」
パニックに陥りかけている俺とは対照的に冷静なトゥアールが、喫茶店の時と変わらないやんわりとした笑顔で振り向いた。それと同時に後ろから大股で歩いてきた愛香が俺の横をすり抜け、食い掛かるような勢いでトゥアールに詰め寄る。
「ちょっと!これはどういうことよ!?あたしたちに一体何を――――むぐぅッ!!?」
大騒ぎする愛香の口にトゥアールは片手で栓をし、唇の前に人差し指を立てると静かに、というジェスチャーを送る。少し経ってから気に入らなそうにしつつも頭を縦に振った愛香を見てホッと息をつくトゥアールは、塞いでいた手を降ろした。
「すみません。認識攪乱を使用しているのであまり音は立てないでください。やつらに見つかります」
「にんしき?かくらん?一体何なのよそれ?大体さっきから言ってるやつらってどこの誰よ?」
「あれです」
トゥアールが指を指した瞬間、凄まじい炸裂音がその方向から響いた。続いて鉄屑がひしゃげる音とそれに伴うように鳴り響く爆発に似た炸裂音。
「…………なに、あれ!?」
信じられないとばかりに驚愕の声を漏らす純。俺たちがその視線を辿っていくと――――空中に何かが浮いていた。いや、浮いているというより打ち上げられたと言うべきかもしれない。
空に向かって飛んでいるのは紛れもなく車だった。
ボディの一部分が大きくひしゃげた車は弧を描くようにして落下し、落下の衝突に耐え切れず車は爆発、炎上する。駐車場に停められた車が次々と同じ運命を辿り黒煙は更に勢いを増していた。視線の先で起こっているあり得ない事象に困惑しながらも、それこそが煙の正体だと俺は気付く。
「お、おい見ろよアレ!なんか後ろから出てきたぞ!」
とそこで総二が慌ててその場所を指し示す。黒煙と真っ赤な炎がチラつく中、ソレは煙を裂くように悠々と姿を現した。それを目にした俺たちはその姿に驚愕と戦慄を覚える。
煙の奥から現れたソレの体躯は有に二メートルを超えていた。鎧のような謎のアーマーを身体中に装着し、筋骨隆々と言っても過言ではない肉体が所々から窺える。しかしその肌は人間ではあり得ない緑色で、肌も爬虫類特有の鱗肌。一言で言ってしまえば特撮物に現れる怪人のような風貌だった。
(俺、疲れてるのかな?)
どうやら俺の目は想像以上に負荷が掛かっているらしい。俺は目頭を軽く揉んでからもう一度例の場所に焦点を合わせる。
「え、えーと、なにあれ?着ぐるみ、なのかな?」
「…………違う。きっと特撮用の特殊なスーツ。あれはきっと怪人の類い。この演出も番組でやってるんだと思う」
「なーんだ。驚き損だなあ」
「全くその通り」
「その通りじゃありませんよぉ!?何勝手に自己解釈で解決しちゃってるんですか!あれが私の言う『やつら』です!言うなれば敵なんです!」
何事もなかったように頷き合う俺と純の間に待ったをかけるトゥアール。大声を出すなと言っていた当人が大声で騒いでるのは置いとくとして、ここまでボケの一方通行を通してきたトゥアールにツッコまれるとは思わなかった。
とはいえ、あの得体の知れない生物が本物であることは流石の俺にもわかっている。現代の技術がいかに進歩していようともやはり偽物と本物の差は歴然だ。当然本物の怪人なんて見たこともない俺がそんな偉そうに言うのもなんだけど、あれが相当にヤバい存在だというのは本能的に理解できた。
口から覗くのは獰猛な牙、手から伸びるのは触れただけで切れそうなほど鋭い爪、無数に並んだ背びれが更に凶悪さを滲みださせている。見た目から察するにトカゲと言ったところだろうか。
「者ども!我が下に集結せよ!!」
大音量で発せられた声と共に強靭な足がアスファルトを踏み抜いた。粉塵が舞い上がり破片が散弾のように飛び散る。
その時俺はふとある疑問が頭に浮かび上がった。今怪人は言葉を発し、そして俺はその言葉を理解できる。そしてそこに問題があるのだ。
あの怪人は今、俺たちの理解出来る語源を発した。つまりは日本語。
唖然とする俺たちの視線の先で怪人は拳を振り上げ、ひしゃげた車に片足を乗せた。その姿は軍団を率いて戦場に猛然と立つ大将を思わせ、並々ならぬ威圧感を放っている。
そして―――――――
「この世界に存在する全てのツインテールを、我らが手中に収める時が来た!――――――さあ、始めようではないか、我らが
「「「はああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!??」」」
雄叫びのような雄々しき声で凄まじく的外れな声明に、俺たちは驚きを超えて仰天してしまった。どんなおぞましい野望を口にするかと思えば、まさか巷の変質者も大変驚きそうな問題発言をするなど一体誰が予想できよう。
一方、総二たちはというと、
「……………そーじ、アンタ着ぐるみまで着てそんなこと叫びたかったわけ?まだ間に合うから今すぐ撤収して海岸にでもその思いぶちまけてきたらいいじゃない」
「おい!何故俺がアレの中の人って設定になってるんだ!あんな痛い格好しながら衆人観衆の中で自分の趣味を曝け出すほどおかしくはなってないぞ!?」
などと実にくだらない論争が始まっていた。でも、確かに愛香の言う通り総二が中の人でもおかしくはなさそうだ。むしろそうであるほうが現実味が増すだろう。
とその時。
『モケェ――――!!』
突然全身黒ずくめの集団が現れ、怪人の元へと集結していく。よく見てみるとなにやら珍妙なマスクと全身タイツという前時代的且つ非常にダサい風貌をしている。どうやら士気は十分に高まっているようで至る所から「モケェ!」という如何にも雑魚らしいモッサリとした声を挙げていた。
怪人が手を振って何かしらの合図のようなモノを送ると、やつらは蜘蛛の子を散らすようにバラバラになり、小走りでやって来た者は女の子を抱えている。どうやら今の行動を見る限り怪人が司令塔、そしてあの黒タイツは戦闘員と見て間違いないようだ。
「―――――――ッ!?あれは、ツインテール!」
総二の指摘通り、戦闘員が抱えている女の子は皆ツインテールだった。どうやら怪人の指示でツインテールの女の子だけを選別して連れてきているらしい。
「一体何の目的でツインテールを……………」
俺たちが固唾を飲んで見守る中、状況はさらに変化していった。
「むう、これほどの技術発展がありながらツインテールがこの程度の数とは。住居が鋼鉄と化した箱にすり替わっただけではないか。なんという罪深き世界よ。文化ばかりが進歩した程度でその実人間は進歩から何も得なかった、ということか」
意味不明な日本語を発しながら何故か人類の進歩に対して葛藤している怪人。ツインテールと技術発展にそれほど重要な関係性があるとは思えないんだけど…………。いや、人類という種族には必要不可欠だね!
「ククク、だがここは逆転の発想もできよう。少なければ少ないほど希少性の高いツインテールは現れるというものだ。探し甲斐があるというものではないか」
顎に手を当てて怪人は不敵な笑みを漏らす。とりあえずあの怪人の言葉はもう無視しておくことにしよう。これ以上はツッコみきれない。
「いいか貴様ら!隊長殿から仰せつかった重大な任務、我らを信じ託してくださったのだ。凄まじいほどの力を持つツインテールはこの周辺で観測された!どんな手段を用いてでも探し出し、隊長殿の下へお届けする!!―――――兎のぬいぐるみを抱きかかえて泣きじゃくる幼女は、あくまで特例として俺の下に連れてこい!!」
「…………モ、モケェ。モケ、モケケ、モケェ(は、はあ。しかしながら我らの目的は)」
「うむ、そのことは重々承知している。確かに究極にして最強のツインテール属性を手中に収めることこそ、我らが主、そして我ら全員の悲願である。しかしだ、一介の戦士である俺もまたこの胸に男としての信念がある!」
「モケェ…………。モケモケ?(信念ですか…………。それが兎の幼女であると?)」
「その通り!俺とて己が魂に刻み込んだ信念までは捻じ曲げることは出来ん!それはツインテールへの冒涜だ!!だからこそ俺はぬいぐるみを抱えた可憐な幼女をこの目に焼き付けたいのだ!見つけ出したものには褒美を遣わそう!!さあ行け!」
「モケェ―――――――――――!!」
再び戦闘員たちが四方へとばら撒かれていく。
言葉巧みに自分の欲望を正当化させていたが、一介の戦士が語るには随分とふざけた話だ。武人のような風格を漂わせたまま世迷言を吐き散らす、威厳と言動が全くと言っていいほど噛み合っていない。
「大人に用はない!幼女を、幼女だけを連れてくるのだ!!」
もはやただの変態だ。
一方、戦闘員は洗練された動きで怪人の指示をこなしていく。すると一人の戦闘員が隊列から離れ挙手して前へと進み出た。
「モケ!モケケ、モケモケ!(大変です!ぬいぐるみを持った幼女が見当たりません!)」
「なんだとっ!?何故幼女がぬいぐるみを持っていない!?くっ、この世界はどれだけ堕落しきっているというのだ!嘆かわしい!…………だが持たぬなら持たせるのが男の甲斐性というもの!構わず捜索を続けろ!!」
あの怪人は甲斐性という言葉の意味をはき違えてるんじゃないだろうか?ぬいぐるみを持った幼女がいない世界に対して葛藤する怪人に、俺はどうしようもなく呆れてしまうのだった。
隣に並んでいる三人もどこか白い目でその光景を見ている。なんというか温度差が明確に表れすぎてて怪人たちが非常に痛々しい。
そうして観察を続けていると、次々に戦闘員たちが幼女をあちらこちらから攫ってきていた。そうして攫ってきた幼女をどうするかと思えば、戦闘員たちが人形を渡して泣きじゃくる幼女たちをあやしているように見える。
ますますあの怪人たちの真意が掴めなくなってきた俺は、この中で唯一事情を知っているであろう隣の人物に声をかける。
「ね、ねえトゥアール。これは一体何なのさ。これが君の言うツインテールの危機って―――――」
「離しなさい!」
と話の途中で聞こえた一際大きい声に俺の声はかき消された。何事かと反射的に視線を向けた先には、金髪のツインテールっ娘がさっきの怪人と対峙している。その姿を目にして俺や総二たちは悲鳴にも似た声を挙げた。
「あ、あれは会長じゃないか!」
「ホントだわ!どうしてこんな所にいるのよ!」
私立陽月学園生徒会長、
毛先の絶妙なカールはまるで舞台の上を舞い踊る白鳥のように躍動感を感じさせる。そんな彼女のツインテールは確かに怪人たちにとって絶好の獲物かもしれない。
物怖じすらせずに怪人と真っ向から対峙する会長。一触即発の空気に俺たちも緊張を滲ませる。
「こんな人攫いの真似ごとをして、あなたたちは一体何が目的なんですの!?今すぐ他の方たちを解放しなさい!!」
遠目でよく見えないが会長は何かを大事そうに抱えながら、倍以上の身長がある怪人に向かって指を指した。その行動に驚いたのか、怪人は少しばり関心したように会長を見つめる。
「ほう、この俺を前にしてそれほどの言葉を口にできるとは。流石は誇りと愛に満ちた素晴らしいツインテールを持つだけのことはある。そのツインテールは敬服に値するものだが、その要求には答えかねるな小さき勇者よ」
「ならわたくしたちに何をするつもりなんですの!?」
「そう慌てるな。時期に我らの目的もわかるだろう。…………と、その前にだ」
怪人が会長から目を離すや近くに居た戦闘員に対して指示を始めた。戦闘員たちが再び慌ただしく働き始め、ソファーやテーブル、カーペットなどの日用品が次々と運ばれ、着々とセッティングされていく。最後に四台の照明器具が設置されライトアップされた。
瞬く間に撮影用のスタジオが完成。全体的にピンクが多く、一〇代前後の女の子が好みそうなファンシーなセッティングだ。勉強机にランドセル、本棚の中身に至るまで事細かく再現され、極め付けにソファーの上にはどっさりと山のように置かれたぬいぐるみの数々。しかも驚くべきことにぬいぐるみの一体一体の顔が被らないように配置され、独特の一体感を表している。
並々ならぬこだわりとプロ意識がひしひしと伝わってくるスタジオだ。
(って何を関心してるんだ俺はッ!?)
場の勢いに圧倒されて関心しかけていた俺は頭を振ってリセットさせる。今はスタジオなんかよりも会長の安全を確保する方が大事だ。それに怪人たちが言っていた『ツインテールを手中に収める』というフレーズに嫌な胸騒ぎも感じる。
「さあ、この猫のぬいぐるみを持ってそこに座るがいい。そうだ、その真ん中に。いや、そこではないぞ。それでは後ろのクマさんが隠れてしまう。そう、もう少しずれて…………そこでストップ!あとは顔の角度だな。少し顎を引いて―――おお、素晴らしい角度ではないか!そのままこちらに上目遣いの視線をだな…………」
その間にも怪人たちは行動を移し、会長に猫のぬいぐるみを持たせてソファーに座らせていた。細かな指示を会長に飛ばし、会長も渋々その指示に従ってポーズを取っている。…………なんというか、怪人がモデル撮影のカメラマンに見えてきたよ。
そうして少しの時間が経ってから、怪人が感極まったように声を大にして叫び始める。
「おお!!これこそが俺の望む最高にして究極の美ッ!!――――お前たち、この光景をその瞳に焼き付けておけ!これこそが長年の修行で得た業!ツインテール、ぬいぐるみ、そしてソファーにもたれながら俯きがちに上目遣いでこちらを見る姿!美の三大法則である!!!」
『モッケェェェ――――――――――!!』
派手に盛り上がっている怪人たち。しかし長年の修行とやらで手にしたのがアレとは、どうリアクションを取ればいいのか分からない。怪人の言う美という言葉には賛同できるけど。確かに今の会長はすんごく可愛いです!
その時、ついに総二が立ち上がった。
「おいトゥアール。あいつらがツインテールを狙ってるのはよくわかった。未だに状況はよくわかんねーけどよ、俺たちをここに連れてきたってことは俺たちにできることがあるからなんだろ?」
同時に腕に嵌っている赤い腕輪を見せてトゥアールに回答を促す。そしてトゥアールは静かに頷いた。
「あります。総二様と良人様にはそれを成すだけの力がありますから。ですがもしここで立ち上がると言うのなら―――――お二人が過ごしてきた日常へはもう帰れませんよ?お二人にそれだけの覚悟がありますか?」
覚悟。その言葉が俺の心に重く圧し掛かってくる。
今ここで俺たちが出来る『何か』をした場合、今までの平穏な日々は切り捨てなければいけない。この先の平穏な人生を切り捨てるか否か、つまりはそういうことだ。
そんなもの、最初から決まってる。
「「上等だ」」
俺と総二の声が重なる。
普通ならこんな馬鹿げた状況でこんな回答は正気の沙汰とは思えないだろう。でもそれが俺と総二の導き出した答えだ。目の前の危機に瀕したツインテールを助ける力があるのなら、何に代えてでも助けてみせる。それが今後の人生を棒に振るくらいで済むのなら安いモノだ。それでツインテールが守れるのなら。
俺たちの覚悟にトゥアールは力強く頷き、彼女もまた覚悟を決めたように立ち上がる。
「わかりました。お二人の覚悟、しかとこのトゥアールが聞き届けました。ではお二人とも、まずはこちらへ。総二様はそのまま前へ、良人様は私の後ろに立ってください。まず良人様が私の両手を後ろでキッチリと掴んでください。そして総二様は強引に服を破って、その両手でブラをこうズバーッとむしり取れば…………」
「この非常時になにやってんのよアンタはあああああああああああああああッ!!」
「………………それ以上は地獄を見る!!」
こっちもこっちでとんでもない世迷言をぶっ放すトゥアール。それに対して愛香が激昂し、純が本気で徒手空拳の構えを取り始めた。ま、まずい!?このままだと愛香と純がトゥアールと一線を交えそうだ!?
「って愛香!声が大きすぎる!」
一拍空けて気が付いた総二が慌てて愛香の口を塞ぐ。しかし時は既に遅かった。
「ぬっ!新たなツインテールの気配だと!?我らの捜索網にかからないとは何奴!?おのれ姿を現せツインテールよ!!」
怪人が怒号を上げて辺りを見回している。それに合わせて戦闘員たちも警戒態勢を取っていた。
(あっちも気配を感じて生きてるのか――――!!)
愛香のレーダーに続いて怪人までそんなレーダーを搭載していようとは。…………ツインテールの気配ってまさか。
その時全員の視線が愛香に――――正確には愛香のツインテールに集中する。そしてその視線に気付いた愛香も、今立たされている状況にやっとたどり着いたらしく。
「ど、どうしよう!?あたしもツインテールだったわぁ!!?」
「おのれぇ!まだ姿を現さないのかツインテエエエエエエエエエエエエエエエルゥッ!!!!」
依然として俺たちを見つけられていないのか、怪人は地団太を踏みながら喚いている。拡声器を使っているかと思うくらい大きい声が、駐車場に雷鳴の如く響き渡る。―――――っていい加減うるさいよあの怪人!
戦闘員を総動員して探しているようだが、俺たちの捜索に難航しているようで怪人の怒号がさらに唸る。
と、そこで俺はある疑問が浮かんだ。これだけ騒いでいて目立ちに目立っているというのに、怪人たちは俺たちに気付くどころか見つけることすら出来ていない。
「最初にも言いましたが私は今、認識攪乱のフィールドを構築しています。簡潔に言うと相手の五感を狂わしてこちらの存在を認識させにくくさせているんです」
俺の疑問を手に取るかのように気付いていたらしいトゥアールは、「声までは対応しきれませんが」と愛香を半眼で見ながら説明した。一方の愛香と言えば苦虫を噛み潰したような顔で縮こまっている。
「ええい!お前たちはそのまま捜索を続けろ!俺は先にこちらを片づける!!」
苛立ちを募らせているらしい怪人は捜索を戦闘員たちに任せると、そのままツインテールの女の子たちの方へと歩いていく。中程で立ち止まった怪人は片腕を上げ何もない空間に向かって手を伸ばした。まるで何かを引きずり出そうとして手に力を込めている怪人。
そして次の瞬間、虹色の閃光と共に地震のような揺れと何かが落下したような衝突音が響く。
目を開けるとそこにはまたしても信じられない物体が鎮座していた。巨大な鋼鉄のリングだ。リングの内側は虹色の膜のようなものが波打ち、何故かそれを目にした俺は背中に寒気が走った。これから何が起こるのか全く予想できないが、恐ろしい何かが始まろうとしていることだけはわかる。
そして俺の予想は的中してしまった。
リングに向かって女の子たちが一列に整列し、先頭の女の子が宙に浮いたかと思うと、そのまま前方のリングに吸い込まれるように近づいていく。そして女の子がリングの内側に張られた虹色の膜を通り抜けた瞬間、次に起こった出来事に俺たちは目を疑う他なかった。
女の子のツインテールが消え去ったのだ。音もなく自然に。
そして後続の女の子たちも同じ運命を辿っていた。通り抜けてはツインテールがほどけ、髪留めだけが空しく地面に落ちていく。
「なんなんだよ、これは………………」
信じられないと言わんばかりに総二が声を震わせ、愛香もまたその光景に声を失っていた。隣に居る純も俺の制服の裾を握って俯いている。その中でトゥアールだけはその光景を直視していた。
「これがやつらの目的です。こうして罪の無い人々からツインテールを奪っているんですよ……………!」
そう言うトゥアールの声は怒りに打ち震えていた。表情までは見えないものの、トゥアールがどんな顔をしているのかは簡単に想像がつく。
「なあトゥアール。俺たちにはあいつらに対抗できる力があるんだろ。だったらそのやり方を俺たちに教えてくれ」
総二がいつになく落ち着いた声でトゥアールに話す。その顔は憤怒に歪む阿修羅のような表情だった。止めようと手を伸ばした愛香ですらその表情を見た途端に委縮してしまっている。
「落ち着いてください総二様。まだ間に合いますから」
諭すように総二を宥めるトゥアール。
「お二人とも、腕のブレスレットで変身してください。そうすればやつらと戦えるだけの力が手に入ります!」
「「変身!?」」
ここに来てまたしてもトゥアールから突拍子もない言葉が転がり出てきた。困惑する俺たちを他所にトゥアールは言葉を続ける。
「そのブレスレットは対エレメリアン戦闘用に開発したデバイスです。そのデバイスの力を解放し、スーツを身に纏えば身体能力を飛躍的に向上・強化させることが出来ます!やつらに対抗できる唯一の武器だと思ってください!」
鼻息を荒くして熱弁するトゥアール先生。説明してる人が妙に興奮してることはスルーするとして、もしそれが本当だとすればあの怪人たちの理不尽な横暴を止めることが出来るかもしれない。
隣に居る総二はどうやら熱は冷めたようで俺の目を見て頷いた。
(今は考えてる暇なんてない。俺たち以外にこの状況を打開できないなら、それは紛れもなく俺たちの使命なんだ…………!)
そう思い俺もまた総二に頷き返す。
「変身する方法はシンプルです。”変身したい”と強く願ってください。それでデバイスは起動するはずです」
強く念じるだけで変身できる、実にシンプルな方法だ。ともあれ俺と総二にはむしろそのくらい簡単な方がちょうどいい。
総二と共に腕輪を胸にかざし、トゥアールの言われた通りに念じようとした時だった。
「駄目!!二人ともやめなさい!」
愛香が制止に入った。今にも泣き出しそうな顔で俺たちの前に立ちふさがる。
「今度ばっかりは絶対に駄目!そんな危ないことあんたたちにさせられないわ!もしかしたら怪我だけじゃすまないかもしれないのよ!!」
「私も反対。二人の身に何かあったら困る。行かないで……………!!」
愛香に続き純までもが制止に加わってしまった。けど、俺たちももう腹を決めてしまった―――――やつらと戦うと。
「悪いな、今回だけはお前らの言うことは聞けない」
「どうしてよ!?どうしてツインテールの為にそこまで――――」
「決まってるだろ。お前のツインテールも守りたいからだ」
「え……………?」
恥ずかしいセリフを惜しげもなく吐き出す総二。一方の愛香はみるみる内に顔を真っ赤にしていく。そこで俺も理解を得るために純へと声をかけた。
「そういうことなんだよ純。君の親友のツインテールを俺たちに守らせてほしい」
「……………良人、でも」
「俺は総二の夢と愛香の心と、そして純との日常を守りたいんだ」
「……………」
逡巡しているのかその場で立ち尽くしてしまった純。やっぱりダメかと思った時、行く手を塞いでいた純は愛香を連れてスッとその場から離れ「…………絶対に帰って来て、待ってるから」とすれ違い様に言い残していった。俺と総二は無言でその言葉に頷き、そして再び強く念じる。
(変身するんだ。そして皆の日常を、総二と俺の絆を守るんだ……………!!)
そう念じた瞬間だった。
俺と総二の腕輪が凄まじい閃光を解き放ち、暖かな光が俺たちを包み込んでいく。
◇◆◇
凄まじい閃光が良人たちの腕輪から放たれ、二人の少年の姿を掻き消した。
それはデバイスの起動に伴う赤と銀の輝き。
やがて光が帯状の形となり良人たちの体に強く巻きつけられていく。張り付いた光の帯が霧散すると体のラインに沿ってぴっちりと張り付いたバリアジャケットが姿を現し、肩から足にかけて更なる閃光が走る。その輝きは爆発するように消え去り、各部に鋭角なシルエットのアーマーが装着され、より攻撃的な姿へと変貌していった。
赤と銀の閃光が膨張したかのように広がり、二つの色が複雑に混ざり合う。そして次の瞬間、二つの閃光が爆発し凄まじい速度で霧散した。散らばる赤と銀の輝く粒子は空へと舞い上がっていく。
その奥には二つのシルエットがあった。
一人は灼熱の業火を思わせる赤色の鎧を纏い、もう一人は閃光の如き輝きを放つ銀色の鎧を纏っている。二人の頭に余計な装飾はなく、あるのはその者たちの覚悟と信念を体現したかのように伸びる銀色と赤色の二対の髪。
ツインテールの戦士が誕生した瞬間だった―――――――。
ツインテール、だと……………ッ!?