小さな窓が一つだけ。
時間が停止したように、静寂が支配する暗い部屋。
木製の四脚椅子に一人の少女。
「…………」
少女は椅子に浅く腰掛けて、足は床に届かず無造作に投げ出されている。両手は軽く握って膝の上に揃えられ、俯いた視線は何もない床に固定されている。身動ぎ一つ見せず、機能が停止してしまった
その姿はまさしく、人形のようであった。
「…………」
コンコン、と控え目なノックの音。
人形は一切の反応を示さない。
「失礼するですよ」
独特な口調で断りを入れて、扉がゆっくりと開いた。
部屋に入ってきたのは、人形と同じぐらい年齢の少女だった。
「おはようです」
朗らかな笑みで人形へ挨拶をする。
人形は一切の反応を示さない。
少女は苦笑を漏らすと、人形の正面に回った。膝立ちになり、白魚のような指を自分の指と絡ませて、覗き込むように表情を伺う。
「相変わらず綺麗な指ですね。羨ましいです」
人形は一切の反応を示さない。
「あっ、そういえばですね、実は今日、大ニュースがあるですよ!」
「…………」
「なんと、エントール家の祖先が綴った魔術書を発見したです!」
「…………」
「そこにはですね、エントール家が衰退する前に生み出した禁術がたくさん記してあったです」
「…………」
「なんとなんと、その中にはずっと探していた術式があったですよ」
「…………」
「これで、これでやっと、お話できるです」
「…………」
「これでも無反応だと困るですね。でも、すぐに本当の気持ちが聞けるです」
人形の顔が窓から見える青空を仰いだ。
「やっと反応してくれたです! って、ああ……いつも通りですね」
午前9時が回る。行動開始の時間が訪れた。
人形は少女の手を無造作に振り払い、部屋の隅へ歩いて行く。
整理整頓の行き届いた作業台には、フラスコや試験官、多数の魔導具が並べられていた。
人形は黙々と作業に取り組む。
「仕方ないです。今日は出直すですよ。また明日です!」
少女は人形の背中に手を振って、部屋を出ていった。最後にチラリとドアの間から覗き込むと、人形は変わらず魔導具を手にとって作業に没頭していた。
ドアが閉じられ、そして世界は人形だけのものとなった。