魔法学院の百合の花   作:potato-47

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第5話 魔法講義

 顕現術だけに限らず、ローレラス教諭の講義は、予習復習が必須である。

 

「オレに言わせれば、講義初っ端から新しいことやったところで頭に入る訳がねぇだろってな。寧ろオレがそいつの講義を聞いてみたいね。まあそんな阿呆なことを言っている奴の講義がまともな訳がねぇけどな」

 

 と教諭本人は仰っておられるが、それはあくまで『秀才視点』だということを忘れてはならない。そのままに受け取って復習を怠ると痛い目に遭う。

 今日もまた、本格的な講義が始まる前の復習の時間が設けられた。

 教壇(代わりの)机の前に立ったローレラス教諭は、魔法で用意した半透明の黒い長方体に向かって、懐から取り出した木の杖を構えた。

 

 木の杖は全長三十センチ程で、短杖(スタッフ)としては標準的な長さだ。見た目はシンプルだが立派なブランドモノで、予約生産が向こう一年一杯になっている『シトレ工房』の力作である。『シトレ』という名から分かる通り、この魔法学院を個人経営してしまうシトレ機関の人間が経営している。ギルド連盟とは違い閉鎖的な組織のために、内情は不明ではあるが親族のみで構成されているという情報だけは世間に知られている。

 それもその筈、彼らシトレ一族は変人ばかりで目立つのである。

 

 ローレラス教諭の杖が、長方体――黒板の表面をなぞると青白い文字が浮かび上がる。

 

「んじゃあ、まずは『魔法』だ」

 

 講義を受ける生徒――私達に視線が向けられた。

 それを合図に、すぐさま全員で挙手する。

 

「アンジェル、答えろ。魔法とは?」

 

 返事をしてからアンジェルは立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。

 

「定義は曖昧です」

 

「ほう、その通りだ。お前はどう考える?」

 

「……魔素(マナ)を用いた技術の総称が妥当だと考えます」

 

「いつかオレが語った通りに返すとは、ははっ、お前らしいな。まあいい座れ。そうだな、今回は質問を多めに出すから次からは立たなくていい。時間の無駄だし椅子を引く音が耳障りだ」

 

 アンジェルはできるだけ音を立てないように無言で席に着いた。

 ローレラス教諭は、杖を使って黒板に『魔術』と魔法の下に書き加えた。

 

「クロード、魔術とはなんだ?」

 

「詠唱によって行使する魔法です」

 

「足らんな。詠唱を詠唱たらしめるものがなんなのか、理解しているのならば分かる筈だが?」

 

「あー、『魔法は想い、想いは魔法』。即ち、魔術の詠唱は詩を紡ぐのと同じです。あと広義にすれば魔法陣を用いた魔法も魔術に含まれます」

 

 ローレラス教諭は、「よろしい」と言って頷いた。

 これまでの流れを見て理解できることだろう。ローレラス教諭の『復習』は、顕現術でカバーする内容以外からも容赦無く質問される。今まで必修として受けた講義で、予め設定された身に付けるべき知識・技能は持ち合わせていることを前提に講義を進めるのだ。

 今回は、小等部で習う基礎の基礎、魔法学をもとに質問がされている。

 

「次はシエル、呪術とは?」

 

 私は頭の中に魔素探査(プローブ)を走らせて、対ローレラス教諭用にまとめた記憶領域から知識情報を引き出す。いくら魔法使いであっても、私程に自身を魔法漬けにする人間はそうそう居ない。せいぜいが記憶力の強化をするぐらいだ。

 

「呪術は、特殊な触媒や特殊な状況など普遍性に掛ける魔法、あるいは魔術の中でも詠唱以外のものと組み合わせた複合魔術が分類されるです。魔法使いの中には特化魔術などと呼ぶ者も居るです」

 

 自分で説明しながら「魔法とはつくづく適当だ」という身も蓋もない感想を抱く。

 

「確かに呪術と魔術の境界は曖昧だ。なんせオレも知らんからな」

 

 それでいいのだろうか。いや、それでいいのだろう。

 古来の生粋の魔法使いは、魔法を型にはめたりしなかった。魔法は魔素を使って何かを行うこと、ただそれだけだった。

 だが現代では、それは老人の戯言(たわごと)。あるいは真理へと辿り着いた越境者の戯言(ざれごと)だ。

 

 昔とは違い、長い歴史の中で魔法は洗練され、極められ、解明され過ぎた。だからこそ、多少の語弊などはあっても、膨大な魔法体系をまとめざるを得なかったのだ。

 ローレラス教諭は黒板に、『魔法』の横へ『魔導』と書き加えた。

 

「アンジェル、魔導を簡潔に説明しろ」

 

「魔導とは、魔法を用いて何かを制御、操作、管理する技術の総称です」

 

「辞書のような回答だ。素晴らしい。確かに簡潔ではある。さて、まあお前たちには当然過ぎて詰まらん質問だったな。他に召喚術やら、治療術やら、魔練技やら――そっちの説明は必要あるまい。あれこそ過程は魔術や呪術とそう変わらん。ただ結果が変わるだけのこと」

 

 極論に聞こえるが、少なくとも現代の魔法学において、これは常識だ。

 シトレ魔法学院高等部には七つの科が用意されている。先程の説明から分かる通り、それらは決して学ぶ内容(・・・・)が違うのではない、学び方(・・・)が違うに過ぎない。呪術の東方式は咒術と書くのとなんら変わらない。

 

 魔術科、呪術科、魔導科、魔錬科、蘇生科、召喚科、魔法歴史科。

 

 呼び名は違えど、本質は変わらず。

 大切なのは、『魔法は想い、想いは魔法』を理解し、結果に即した過程を選択すること。

 だから、職業の分類も魔法の結果が違うだけなのである。

 

 魔術師(ウィザード)呪術師(ソーサラー)魔導技士(マギテック)魔法騎士(シュヴァリエ)聖魔官(プリースト)召喚師(サモナー)賢者(ワイズマン)

 

 名乗りは違えど、本質は変わらず。

 この知識は、誤解したままでも問題はないかもしれないが、これを理解していないと、本当の意味で魔法は使えない。どんな格好良い呼び方をしようとも、それが『魔素操作』でしかないことを知らなくては、魔法体系の真実へは近づけないのだから。

 

 ローレラス教諭は、左手の指をパチンと弾いた。すると、黒板に浮かび上がっていた魔素文字がすべて光りの粒子となってエーテルへと還元される。

 

「本題だ。では、顕現術とはなんなのか。クロード、過程と結果を説明してみろ」

 

「顕現術は、ぶっちゃけますと魔術と呪術の間で、ああー……まあ蝙蝠みたいな術式です。過程においては、詠唱だって触媒だって魔法陣だってなんだって使います。逆にほとんど使わない場合だってあります。結果は、顕現の名の通りで、望んだものを顕現するというものです」

 

「ふむ、確かに結果に関しては説明は難しい部分もあるのだろう。先週も言ったがな、語弊はあるが顕現術を一言で説明するならば、オレはこう言っている」

 

 ――夢を叶える魔法。

 真面目な顔でそう言い切った。

 

 徹底的な現実主義者(リアリスト)であるローレラス教諭は、その言葉だけには幻想を許していた。

 

「完全なる幻想。甚だしい妄想。儚く遠き過ち。不可能中の可能。表現はなんだって構わない。曖昧な顕現術、お前たちも自分なりに定義しろ。でなければ、顕現術は使えもしねぇぞ」

 

 そこには存在ものをそこに存在するのだと思い込むのは、ただの妄想かもしれない。

 しかし、その妄想によって現実侵食(エネルゲイア)を実現できるならば、それはまさしく顕現だ。

 顕現術とは、即ち『魔素によって想像通りに現実を書き換える』という大それた魔法なのである。使い手はソレル王国全域を探しても、きっと両手の指で足りることだろう。

 

 その一人が目の前で教鞭をとるローレラス教諭なのだ。

 黒板代わりにしている黒い長方体は、顕現術によって生み出された『ありない素材のありえない物質』である。この塔は魔法による歪曲空間と化しているので、高密度な情報として顕現物質は術者以外にも共有できている。正確には順序が逆で、不安定な顕現物質を安定化するために魔法的歪曲空間(拡張空間)を構築している。

 

 魔法の常時行使には常に魔素供給が必要であるため、この塔はただあるだけで術者の魔素を馬鹿食いする。まさか体内の固有魔素だけで維持している訳ではないだろうが、だとしたらどれだけの魔素鉱石(マギスフィア)を今までに消費してきたのだろう。想像するだけでも恐ろしい。こういう時に貧乏貴族でいると惨めな気分を味わう。

 

「さて、大事なのは絶対の自信。自分を信じ切り、酔え、正しいのは自分なのだと思い込み、そして他者すらも欺き通す。顕現術師に、傲慢だったり上から目線の人間が多いのはそのためだ。だからオレに関しては諦めろ、お前ら」

 

 目の前に、それを自覚的に地で行う見本が居るのでわかりやすい説明だった。

 

「先週の最後は顕現術発動までの大まかな仕組みを説明したが、今日はそれに加えて魔素の流れを追っていく。いいか、復習から直接、新しい内容に入るぞ、一言一句すべて聞き逃すな、疑問は捨てるな、一分一秒を惜しめ。んじゃあ、始めっぞ」

 

 今まで以上に気を引き締めて、私は講義へと意識を集中する。

 顕現術は固定化さえできれば人間の心だって作れるはずだ、と私は希望を抱いている。それと共に<ロール・フェイク>の魔法理論の仮説が脳裏によぎる。

 私は……いや、アーシャは――救われなくてはならないのだ。


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