魔法学院の百合の花   作:potato-47

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第4話 ローレラス研究室

 魔錬科の専門科目を受講するアーシャを見送った。

 

「またねー! お昼一緒に食べようね!」

 

「はいです」

 

「絶対だよ!」

 

「わかってるです」

 

「夜も一緒だよ!」

 

「はいはい」

 

「一緒に寝ようね!」

 

「嫌です」

 

「はうあっ!」

 

 私は意気消沈するアーシャを無視して、第三校舎――魔塔の中へと入った。

 外観からは想像できないほど、中は清潔な空間が広がっている。天まで続く螺旋階段は、窓から差し込む朝日に幻想的な光景に映る。空間拡張によって、ただでさえ巨大な建造物でありながら更に拡張されている。細長い塔でありながら、横へ廊下があるのはそのためだ。

 

 顕現術学の講義は、三階の『研究室』で行われる。講義用の部屋が本来は用意されていたのだが、ローレラス教諭が「受講人数は5人だし、オレが部屋から出るのだるいから、お前ら研究室に来い、そこで講義やっからよ」というお達しで、入学から二ヶ月経った今もその通りに行われている。

 

 私は石造りの階段を一段ずつ噛み締めるように登っていく。

 かつて、魔塔は『懺悔の塔』と呼ばれていた時代があった。その当時、大罪人を処刑するのに使われており、この階段を登ることは、それだけの行為で収まらない不思議な感慨が湧いてくる。あるいは私自身が大罪人だからなのかもしれない。

 

 三階に辿り着き、階段を登って正面にある廊下を進む。拡張空間特有の歪曲した空気(としか言いようのない違和感)に吐き気を堪えること十五歩、右手に現れた鉄製の扉が目的地だ。

 手の甲で控えめにノックした。

 

『真実は――?』

 

 無機物に無理矢理喋らせた嗄れた声で問が来る。

 このやりとりに対して、正しい返答をしないと、入出できない。一応は国家を代表する魔術研究科のローレラス教諭の研究室であるため、研究成果の漏洩を防ぐために、セキュリティが施されているのだ。

 私は内心苛立つ心を落ち着けて、予めローレラス教諭から教え込まれたキーワードを答える。

 

『――我にあり。されど事実はローレラスにあり』

 

 ガチャリ、とロックが外れた音が聞こえる。

 私は溜息をついてから、ドアノブを捻った。

 研究室は講義に使うためとあってか綺麗に整頓されようとしている(・・・・・・・・・・)。それはローレラス教諭の配慮ではなく、講義を受ける我々の努力と、扉に掛けられていたのと同じ魔法が、ほぼすべての物へと付与されているからだ。

 

 ――<ロール・フェイク>。

 

 それが、ローレラス教諭が得意とする特殊魔法。家系に引き継がれる秘伝の魔法だ。ルフティス家の読心と同じく魔法理論は秘匿されており、ローレラス家の直系血族のみがそれを口伝のみによって連綿と子孫へ伝えているらしい。

 

 効果は『あらゆる物質へと意志を持たせる』というもの。

 魔像兵器(ガーゴイル)のように単純な指示を言われた通りに実行する訳ではなく、人間と同じように「心」を持って行動するのだ。私がローレラス教諭の講義を受けるのは、もちろん顕現術を得意としているからだが、その<ロール・フェイク>を盗み取れないか観察するため、というのが一番に来る。

 

 空気中のエーテルの補助を借りて、無造作に床へ放置された魔術書がひとりでに浮かび上がり、元あった本棚へと収まっていく。偉大なる魔法の無駄遣いとはこういうことを言うのだろう。本にも案外帰巣本能があるのだろうか、と最初見た時に悩んだものだが、長い間居た場所が落ち着くのは人間も同じで、きっと「心」を持った本は本棚を好むのかもしれない。

 

 机に広げられた資料や研究道具、雑多な山をできる限り刺激しないように進んでカーテンで仕切られた講義室へと移る。

 古びた木製机が6つ並べられただけの、間に合わせの場所だ。

 既に席は2つ埋まっており、カーテンを開いた音で気付いたらしく、二人共私を振り返ってきた。

 

「おはようございます、シエル様」

 

 最初に挨拶をしてきたのは、この地方では珍しい黒髪を持つアンジェル・セレスタンだった。色白の肌に縁取られた翡翠色の瞳は、いつも眠そうにぼんやりとしている。朝早くとあってかそれはいつも以上で、一回の瞬きが長くなっているのは、きっと本当に眠いからなのだろう。それでも、怪我人が出れば普段のおっとりさを感じさせない精力的な働きを見せる、蘇生科の鏡と言うべき優しさを秘めている。

 

「おはよう、シエルさん」

 

 続いて挨拶を寄越したのは、金髪の好青年――クロード・レンサスだ。青々と輝く瞳は、男性にしては先の細い輪郭によく似合っており、長身痩躯の肉体美は魔錬科の屈強な生徒達に匹敵する練度を誇っている。しかし、そんな彼は召喚科に所属している。

 

「お二人とも、おはようございます。いつも通り一番乗りですね」

 

 私の問い掛けに、二人は苦笑を漏らした。どうやら早い起床はいつもと同じ理由らしい。

 

「今朝も兄が迷惑を掛けて申し訳ない。これでも俺から毎日注意してるんだけど」

 

 クロードの言葉を、アンジェルが引き継いで、

 

「こちらも兄がご迷惑をお掛けして申し訳ございません。やはり、どうしても兄はレンサス家とは張り合わざるにはいられないようで」

 

 二人の言葉に、私は首を横に振った。

 

「いいえ、お気になさらず。寧ろ、こちらがお二人の心中を察するですよ」

 

 セレスタン家とレンサス家は、ソレル王国の伯爵家で隣り合わせに領地を治めている。シトレ魔法学院の極近くに領地を持つ二家であるが、入学は高等部への編入となっている。中等部相当の教育――つまりは魔法の基礎――はそれぞれ一族内の徹底した教育法によって学ぶ。二家は不仲ということはなく、寧ろお互いをライバルとして、高め合う関係にある。

 

 二人の兄である、アベル・セレスタンとルガート・レンサスはライバル意識が強すぎる余りに、今朝のような言い争いを繰り返している。最初はそれぞれの科への指摘から入るのは、ある意味で妹と弟の頑張りの結果だった。以前ならば、お互いの直接的な指摘であり、すぐに「ならば実際に勝負しようではないか」という流れが定番だった。

 

「まあ器物破損とかはしないだけ、良くなったとは思うんだけどねぇ……」

 

 クロードの背中は煤けていた。

 アンジェルは無表情に、クロードの肩を叩いた。

 バリバリのライバルである兄達とは違って、二人は逆に仲が良い。いつもセットで行動しており、以前聞いた分には所属科の専門科目以外では、すべて同じ授業を取っているらしい。

 

「ほとんど趣味が一緒なんですよ」

 

 とはクロードの言だが、きっとどちらかが合わせるか、あるいはお互いに合わせようとしているのかもしれない。はたから見れば、二人は恋人同士のようにしか見えない。

 あるいは、私とアーシャも(女同士ではあるが)実はそう見えているのかもしれない。いや、委員長は『保護者と被保護者』とそのままのことを言っていたような。どっちがどっちなのかは明確には口にしなかったのが、それがまるですべて見透かされているようで怖かった記憶がある。

 

 ……ああ、やはり、告白の返事を真面目に考えなくてはならないのだろう。

 

 どんな答えを出すのも不可能なのは、アーシャが一番分かっているはずなのに。

 

 

 

 

 ローレラス教諭がやってくるまで、三人で話していると、顕現術を選択している他の生徒は姿を現さなかった。

 私が空いている席に首を傾げる様子から、疑問を理解したクロードが、

 

「ルゥさんと、マクルスはギルドのクエスト依頼で今日は居ないんだよ」

 

「またですか。大人気ですね」

 

 シトレ魔法学院は、各レギオンにギルドへの貢献を義務付けている。それは個人経営故にへつらう必要があったとも言えるが、その仕組みはとても実際的である。ギルドはクエストの難易度に合わせて貢献度のポイント――通称ギルドポイント――を設定しており、それを毎年一定数レギオン内の総計として集めなくてはならない。

 

 そのため、実戦経験を積みたい者や、単純に優秀な者が報酬目当てに所属レギオンの必要ギルドポイントを稼ぐのが通例となっている。

 顕現術に所属する残り二人の生徒である、ルロウ・ミナカミとマクルスは、それに該当する戦闘系魔術師だ。それぞれ別のレギオンに所属してはいるが、相性がいいらしくよくコンビを組んで、高難易度のクエストに挑戦している。今日もそれで授業免除を受けているのだろう。

 

「それにしても、ルゥ様の本名が気になって仕方ないです。ルロウというのは、東方式の中でも発音し辛いですし」

 

 アンジェルの言葉にクロードが頷いた。

 

「だよなぁ、まあ事情があるんだろうけどさ」

 

 最初の自己紹介でルーロは、

 

皆守流浪(みなかみるろう)とは、正確には名前ではなく『捨て名』だ。……この国で言う刻名のようなものだと思ってくれて構わない』

 

 と説明してくれた。

 ルロウというのは、ソレル王国の通用語では発音が非常に難しいので、各々に「ルゥ」や「ルーロ」などと呼んでいる。

 

 名前といえば、マクルスには家名が無い。彼はずば抜けた才能だけであらゆる試験と条件をクリアした平民出身の魔法使いなのである。誰もが魔法を習うことはできる。しかし、現実的に魔法を学ぶには金が必要になる。魔導具や魔術書、召喚陣のための小道具、召喚獣の餌、魔法薬の素材――どの分野であっても何かと出費が激しい。

 

 マクルスは、それすらも一点突破の才能だけでソレル王国からの援助金によってクリアし、中等部からこのシトレ魔法学院へと通い始めた。私は彼の活躍を耳にはしていたが、直接的に関わり始めたのは、この顕現術の講義で一緒になってからだ。

 隣の研究室から、積み上げた山が崩れる音が聞こえてくる。

 

「ローレラス教諭はいつも通りだなぁ」

 

 クロードの諦め切った呟きに、私とアンジェルは無言で頷いた。

 

「ちっ! なんだ、てめぇら、さっさと持ち場に戻れ。なんのための意志だ! 無様に生きるな、全力で生きろよ、無機物共!」

 

 物に向かって切れる声が聞こえる。心はあっても返事は無い彼らには、その行為は不毛だ。馬に念仏よりも無意味に等しい。そもそも彼らには声が届かない。心を魔素を通して訴えかけなくてはならないのである。それを一番理解しているのはローレラス教諭の筈なのだが、いつもああやって怒鳴り散らして、講義室までやってくる。

 

 ローレラス教諭は後ろ手に仕切りのカーテンを閉めた。逆立てた白髮を揺らしながら、白衣の中から黒縁眼鏡を取り出して掛ける。

 

「よっしゃ、てめぇら、オレの貴重な研究時間を潰すんだ。一瞬の手抜きすらも許さねぇからな。んじゃ、始めるぞ、さっさと挨拶だ、ほれ。よろしくお願いします」

 

 号令を待たずにローレラス教諭は頭を下げて、慌てて私達も立ち上がってそれに応える。適当だけど実は礼儀に厳しい人なのだ。

 

「さって、挨拶は済んだ、さっさと座れ」

 

 ローレラス教諭は教卓代わりにしている机の上に、素早く魔法陣を描いて、ポンと手の平を押し当てた。すると、光が溢れ出て、宙に横長の黒い長方形が浮かび上がった。それをいつもと同じように、黒板代わりに使って授業を行うのだろう。

 

「一秒でも、コンマ一秒でも無駄にはせんぞ。脳に刻め、オレの言葉はすべて重要だ」

 

 そうして、いつものように、ローレラス教諭の顕現術の講義が始まった。




 恋愛要素が皆無になりつつある今日この頃。
 後少しでキャラ紹介的なストーリーを終わらせて、物語そのもの(シエルとアーシャの関係?)を動かせていけると思います。

 謎と説明不足だらけのこんな作品を、これからも読んで頂ければ幸いです。

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