魔法学院の百合の花   作:potato-47

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第1話 百合は芽吹く

 私の名前はシエル・エントール。シトレ魔法学院の高等部一年生。専攻は『顕現術』。趣味は召喚科の合成獣(キメラ)と戯れること。自慢なのはエントール家特有の薄く蒼色が混じった銀色の長髪。好きな食べ物は、祖母が作ってくれる飛竜鍋(飛竜の骨で出汁を取った贅沢な一品)。ちなみに作るためには、材料が一般のルートでは手に入らないことからハンティングが基本。単独で飛竜と戦える祖母は多分きっと半分ぐらい人間をやめているのだと思います。嫌いな食べ物は、マナカミ草。魔素(マナ)の回復のためであっても、あれは食べたくないです。苦いし、硬いし、ゲロマズです。そして、最近の悩みはそう――

 

「うぅぅ、シエルちゃん、お願いだよ、ドア開けてよぉ、変なことしないったら、しないってばぁ」

 

 テンションの高い親友が発情していることです。……嘘ですけど。

 

「アーシャ、あなたのことは信頼していますが、信用できませんです」

 

「うぅぅ、酷いよぉ……」

 

 私はベッドの上で頭を抱える。分かっています。分かってはいるんです。

 ふらつく思考の中で、親友であり学生寮のルームメイトであるアーシャを部屋から追い出した理由を再度確認する。大きく分けると問題が二つあった。

 

 一つ目は、私が月に一度起きる魔素の不安定期に入っているということ。私は16歳という年齢の割には極めて魔素保有量が多い。満月に近付くと世界に満ちる魔素の源――エーテルが活性化して、それに呼応して魔法使いの力も強化されるのだが、私の場合は魔素保有量がただでさえ多いのに、更に異常強化されてしまい、体のあちこちに無理が生じてしまう。症状としては熱っぽくなるのと、無意識に魔素が魔法となって放出してしまうということ。つまり、無意識に攻撃魔法を繰り出してしまう心配がある訳です。

 

 二つ目は、アーシャに昼間にされた告白。卑怯なことにアーシャは告白後いつも通りにハイテンションなのだが、私は十年以上もの付き合いのある親友から告白されては、今まで通りに接するなど不可能である。ただでさえ意識が混濁して、ストレスから言動が荒っぽくなっているというのに……こんな状態で、アーシャと接するのは無理です。かといって、それを素直に伝えれば付け上がるので言ってなんてあげませんけど。

 

 だから心を鬼にして、『アーシャは寝込みを襲ってきそうなので、今日から別の部屋で寝てください』と言って追い出したのがついさっきの出来事。いつもの私なら、満月の夜であっても制御できるのだが、今日の精神状態では、やはりいつも通りを期待するのは余りに危険過ぎる。

 

 ゴンゴンゴン、と扉を強く叩く音が聞こえてくる。

 

 本来ならば、強化魔法が得意なアーシャの拳を、ただの木製の扉が耐えられる訳がないのだが、生憎と現在、私達の部屋は満月用の多重結界がされているので、古代級魔法を受けない限りは打ち破れません。

 

「諦めるですよ。アーシャの寝床は委員長に頼んで、一週間泊めてもらえるように頼んであるです。素直にそっちで寝てください」

 

「うぅぅ、シエル、嫌いにならないでよぉ、昼間は変なこと言ってごめんだよぉ」

 

「……変なこと?」

 

 私は自分の心が冷えるのを感じた。

 

「アーシャ、あの告白を変なこと、と言ったんですか?」

 

「え、ええ? だ、だって……シエルを困らせちゃったし」

 

「変なこと、と言った言葉を撤回しないのなら、もう二度と口は聞いてなんてあげないです」

 

「えぇぇっ!? て、撤回するよ! うん、撤回するから、そんなこと言わないでぇ」

 

「私が怒った理由に気付くまで、やっぱり口を聞いてあげないです」

 

 私はそう言って、思考詠唱で<サイレント>の魔法を唱えた。周囲から音が消え去る。ドアが振動してることから、まだアーシャは多重結界に抗っているのだろう。

 

「ふぅ……やれやれです。もう不貞寝するです」

 

 布団を頭まで被ってベッドの上で横になる。

 起きれば、きっと普段通りになれる。そう信じて眠ろう。

 どうして、全く、本当に、こんなことになってしまったのか。

 眠りへと誘われる意識の中で、昼間の記憶がふと浮かび上がった。

 

 

    * 

 

 

 太陽神の加護は、今日も変わらず地上へと降り注いでいた。

 シトレ魔法学院の中庭には、食堂のテラス席があることで、昼休みを迎えた今の時間だと、多くの生徒が集まっている。

 

 その中に、大樹を背もたれに芝生の上に座り込んで読書をする少女が居た。

 青みがかった銀色の長髪を陽光へ透き通らせる少女は、親友の気配――魔素(マナ)を感じ取ってゆっくりと立ち上がる。雪肌の上に整った目鼻立ち、黒真珠を思わせる漆黒の瞳は大きく円らで、小柄な体躯も相まって、まるで幼子のように見えてしまう。しかし彼女は、シトレ魔法学院の高等部の制服――白いブラウスに紺色のプリーツスカートをまとい、その上から蒼海のローブを羽織っている。

 立ち上がった少女に、同じく高等部の制服をまとい、その上に真紅のマントをなびかせる桃色髪の少女が走り寄っていく。

 

「シエル! やっと見つけたよ。ずっと探してたんだから。それはもう二限目終了から今に至るまで!」

 

「……およそ五分ですね」

 

「はうあ! 正確に言っちゃだめだよっ、現実には夢がない!」

 

「まあいいです。私の選択していた魔法薬学はいつも授業後半は課題を出されて、終わり次第退出可能ですし、アーシャの選んだ魔戦学は授業時間目一杯ですものね」

 

 正しくは魔法戦闘技術学だが、誰も正式名で呼ぶ者は居ない。上級生の多くは、もはや「マッセン」と呼ぶぐらいである。

 アーシャは「気にしたら負け、気にしたら負け! じゃないとやってられないもん」と空元気に笑った。リアクションや言動がアグレッシブなのは明るく好印象なのだが、激しく動く度にブラウスを押し上げる豊かな胸が揺れて、シエルはついつい目が行ってしまう。自分の貧相な胸に手を当てて「くっ」と呻くのは、最近更に成長が著しい親友のせいで日課になりつつある。

 

「ってそんなことより! シエル、ちょっと来てほしいところがあるの!」

 

「はい? 昼食を取るんじゃないんですか?」

 

「んーその前に、ちょこっと時間もらえないかな?」

 

「別に構わないですけど」

 

「ありがとうさん! 流石はシエル、マイエンジェル!」

 

「…………それで、どこに行くんですか?」

 

「うっ、冷たい眼差しとナイスなスルーに、ワタシの涙が止まらない!」

 

「はいはい、分かりましたから、それでどこに行くんです?」

 

「うっ、ううっ、裏庭です……そうなんです」

 

 泣き真似をするアーシャに嘆息して、シエルは先に目的地へと足を向ける。

 

「わわ、待って、待ってよぉ!」

 

 後から騒がしく追ってくる親友の声に、シエルは笑みを形だけ作る(・・・・・)

 

 いつもの日常。

 表情が乏しく、行動力が皆無な私と、

 嫌がる自分を無理やり連れて行ってくれるアーシャ、

 きっと、これからも、ずっと――

 

 

 

 裏庭には一つの伝説がある。

 それは、『恋愛成就の結び桜』だった。

 枝が絡み合う二本の桜の木の下で、告白に成功すると、その二人は末永く結ばれる、という陳腐な伝説だ。それでも、愛の告白に必死な人間はなんだって頼りにしたくなる。聖夜祭の前日に呪術科が色々な意味で大儲けするように。

 

 アーシャは桜の木の前に後ろ手に組んで、シエルと向き合った。

 

「シエル! あなたのことを真剣に愛してます、付き合ってください!」

 

「うん、とりあえず落ち着けです」

 

 シエルは即座にアーシャの頭にチョップを叩き込んだ。

 

 

 こうして、この物語は始まってしまったのであった。




 百合小説、考えてみるとメイン要素に据えるのは初挑戦。
 息抜きの筈が……私はなんてことをやってしまったんだ! だが、それがいい!

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