魔法学院の百合の花   作:potato-47

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第13話 奇妙な同盟

 視界を閃光と化した極大の魔素が駆け抜けていった。光の魔素は直線上に存在するすべてを貫いて、木々や岩肌も削り取る。そのまま宵闇を切り裂いてどこか彼方へと飛んでいってしまった。

 私に襲い掛かろうとしていた魔法の矢の大半を消し去った馬鹿げた威力の魔法に、安堵の息をつく。あそこまで強力な光の魔素を扱う魔法使いに心当たりは一人しか居ない。

 

「ありがとうです、マクルス」

 

 茂みの奥から姿を現した茶髪で中肉中背の少年――マクルスは石製の細長く青白い杖の先端を茶色の瞳で油断なく見詰めていた。彼の光魔法は絶大な破壊力を秘めているが、繊細な魔素操作を要求されるため、撃ち放った魔素の光線が完全に消滅するまでは集中力を絶やしてはならない。少しでもコントロールを失えば、あらぬ方向へ飛んでいくか、四散して周囲に被害を出してしまう。

 

 そして、残りの魔法の矢を容易く斬り裂いてみせる少女にも、当てはまる人物は一人しか居ない。

 

「助かりましたです、ルーロ」

 

 黒の長髪をポニーテールにした長身痩躯の少女――ルロウ・ミナカミが半身になって野太刀を構える姿には、例え戦場でも安心感を与える守護者の意志が宿っていた。茶色のローブで全身を包む魔術師(ウィザード)然としたマクルスとは正反対に、ルーロは魔法騎士(シュヴァリエ)らしく制服の上に漆黒のケープを掛けているだけで激しく動くことを想定された格好だった。

 

 きちんとしたお礼は戦闘終了後にするべきだろう。二人がどれだけ強くても、やはりレストドラゴンが相手では一瞬の油断も命取りになる。

 

 しかし、二人の助太刀が予想外だったならば、そこからの展開はまさに驚天動地だった。

 

 ルーロは野太刀を腰に下げる鞘へと収めると、私とレストドラゴンそれぞれに左右の手で制止を掛ける。

 

「双方、攻撃の手を止めい! 拙者がこの勝負、仲裁致す!」

 

 ルーロの凛々しくよく通る声が夜天に轟く。

 レストドラゴンは短く鳴いて、その場に膝を折って座り込んだ。

 

「………………えっ?」

 

 私は間抜けな声を上げて、そのまま停止した。

 

 

    *

 

 

 焚き火がパチパチと火花を散らしている。繰り返される小さな水蒸気爆発に弾ける木片が飛び跳ねては、私の<プロテクト>と接触して、ジュっと小さな断末魔を上げて消滅(正確には魔素変換)されていく。

 私は膝を抱えて揺らめく橙色の炎を見詰めていた。白い煙がその身を燻らせながら星空へと溶け込んでいった。

 

「こっちは大丈夫だろうな。シエル嬢、一口食べてみてくれ」

 

「……了解です」

 

 私はルーロから借りた箸を使って、湯だった鍋から味見用に取り皿へ移した謎の野草を口にする。

 ……調味料は人類の偉大なる発明だと思った。

 そんな味への感想とは別に焦燥感が襲う。こんなに呑気に食事を取っていていいのだろうか。すぐにでもアーシャを助けに行きたい。

 

「シエル嬢、そんなに焦っていてはできることもできなくなってしまうぞ」

 

「分かってるですよ」

 

 時間まで動けないのは分かっている。それに幾ら月夜の加護が魔素を強化してくれたとしても、今の私ではたかが知れている。時間と共に徐々にではあるが魔素の感覚は回復してきているが全快にはまだ遠い。早朝の決行は私のためでもあるのだ。

 

「何か気が抜ける話をすればいいんじゃないかな……うげっ、まだ生だ」

 

 マクルスも味見のために傘の部分が水玉模様の茸を口にしていた。

 

「気が抜ける話とな。ふむ、ならばアレしかあるまい。分かるな、マクルス」

 

「あー、あれね。うん、確かにアレは笑えるかもしれない」

 

「そんなとびっきりのネタがあるです?」

 

「うん、といっても今回の一件のことなんだけどね」

 

「シエル嬢も目撃したと言っていただろう? 『畑を荒らす竜』だよ」

 

「……それがどうしたです?」

 

「つまりね、僕達はスルト村にオークが現れていないか調査しに行って、その時にそんな光景に出くわしたんだよ」

 

 二人はレストドラゴンと出くわして戦闘した。しかし攻撃しても最低限の反撃しかなく、挙句には逃げ出してしまったので、それを不思議に思って山の中まで追ったのだそうだ。

 

「追っている最中にさ、ルロウとこんな会話を交わしたんだ」

 

 

『これがギルドからの依頼だったら、たぶん小粋なジョークかと思って腹を抱えて笑うよね』

『マクルス、拙者は前後の文が繋がっていないように思えるのだが』

『そうだね。『畑を荒らす竜を退治してください』って初心者用の依頼かと思ったら、最上位依頼なんていう詐欺。ギルドのクエストボードに貼ってあったら、誰だって間違いなくギャグだと思うよ。実際に眼にしてみてもシュールだったし』

 

 

「まさに現実は小説よりも奇なりです」

 

 改めて言われれば、実際に関わらなければこの依頼はギルド渾身のギャグに思えるだろう。エイプリルフールネタにも使えるぐらいだ。

 私は重くなっていた思考が軽くなっていくのが分かった。

 

「うむ、そろそろか。茸も中まで火が通ったな」

 

「そういえばちゃんと見てなかった。どれどれ……へえ、今回は毒茸は入ってないね。安心した。昨日みたく痺れて動けなくなるなんてことは御免だよ」

 

「マクルス、そんな昨日のことをネチネチと言わないでくれ。拙者も反省しているのだ」

 

「ごめんごめん、そんなつもりはなかったんだけど」

 

 サバイバル生活が得意なルーロとマクルスの二人組は、こんな調味料以外は現地調達の挑戦的な野菜鍋をいつも食べているのだろうか。冒険はやはりあらゆる意味で命懸けだ。

 

「ううむ、しかしドラコに肉をすべて渡してしまったが故に、昨日より寂しいものになってしまったな」

 

「毒がないだけましだけどねぇ」

 

「マクルス……拙者、心が折れそうで御座る」

 

「あーあー! ごめん、本当にそんなつもりないから!」

 

 調理は順調だが、何か別のところで躓いていた。

 

「ドラコ……?」

 

 ふと会話から気になったところを呟くと、ルーロが「うむ」と力強い頷きで反応してきた。横に立つマクルスは苦笑している。

 

「拙者があの竜に付けた名だ。ドラゴンの子どもだから、ドラコ!」

 

「…………」

 

 確かにあのレストドラゴンは幼生体だ。だが、ドラコ……?

 

「シエルさん、言いたいことは言えばいいと思うんだ」

 

 マクルスに肩を叩かれて、シエルは首を横に振った。

 

「……止めはマクルスに任せるですよ」

 

「ぐはっ!」とルーロが崩れ落ちる。涙目で拳を地面に打ち付けていた。意図せずとも止めを刺してしまったようだ。

 

「ああ、シエル嬢もそうなのだな。マクルスと同じで拙者のセンスは安直だと、一生名付け親になるなと言いたいのだな」

 

「そ、そこまでは言ってないです」

 

「ふふっ、拙者……罵られるのはなれているで御座る。ストレス解消に一家に一人用意して、日々の鬱憤をぶつければ良いのだ」

 

「あの、ルロウ、言ってること滅茶苦茶だし意味が分からないよ」

 

「拙者など捨て置け……。所詮は『捨て名』の流浪(るろう)で御座る」

 

 なんだかドツボにはまってしまったルーロへのフォローは、いつも共に行動しているマクルスに任せておくことにした。ソレル王国ギルド支部では学生の範疇に収まらない二人の戦闘力を高く評価して、必死にギルドナイトへと勧誘しているようだが、果たして彼らはこの普段の二人の姿を知っているのだろうか。

 

 戦闘以外では基本的に豆腐メンタルで勝手に凹んでいくルーロと、マイペースを決して崩さないマクルス。規律の厳しいギルドナイトではやっていけない気がする。

 漫才の掛け合いのようになっていく二人の世界を邪魔しないために、私は洞窟の入口でルーロが獲ってきた鹿肉を貪り食うレストドラゴン――いやドラコと呼ぶべきだろう――に歩み寄った。

 

 つい先程まで敵対していた私が側に立っても、警戒の色さえ見せない。それだけルーロとマクルスを信頼しているのだろう。

 

 調理をしながら情報共有を行った結果、二人の受けた依頼――オーク退治は、ミヤガ村が目的地だと分かった。このミヤガ山の麓にある村で、スルト村からも馬車で一時間ほどで着いてしまう程隣接した場所にあるそうだ。

 

 何故オークが大量発生したのか、それはドラコが原因だった。竜玉を奪われたドラコは魔素の流れを追ってスルト村を突き止めて、一時的にミヤガ山へと棲み着いたのだ。目の前でドラコの棲家になってしまった洞窟も、元々はオーク達の住居だったらしい。

 オーク達は棲家と食料を求めてミヤガ村を襲撃し、そのオーク退治を請け負ったのがルーロとマクルスだった訳である。

 

「皮肉ですね。初の竜討滅が、まさかこんな展開になるなんて……」

 

 私からの情報で、二人と一匹(・・)はアーシャ救出作戦へ加わることになった。

 ある程度は意思疎通を可能とするドラコは、ルーロから頼まれて竜玉を取り戻せるのなら特に文句はないらしく私との共闘も認めてしまった。

 

 救出作戦の決行は早朝。ドラコに怯えていたことから、すべての村人が今回の一件に関わっていないことは分かっている。だから奇襲に最も適した時間にドラコを村へ向かわせ、その混乱に乗じてアーシャを取り戻す。

 

「……竜に恨みなどない私が、滅竜騎になれるはずもないです」

 

 私は食事を終えて、無垢な瞳で見詰めてくるドラコの鼻先に手を置いた。舌を伸ばしてペロリと私の手を舐めた。竜の血で汚れていくであろうこの手を、ドラコは舐めたのだ。人間と意思疎通が可能なのだ、私が同族の敵であることを理解している筈なのに、どうして私にそんな風に接するのだろう。

 

 私はなんだか遣る瀬無い気持ちになって、少しだけ欠けた月を仰いだ。

 

「竜玉を取り戻せたのなら、すぐに元の棲家へ帰るですよ。私はあなたと戦いたくないです」

 

 ドラコは静かに闇夜に向かって咆哮した。




 お久し振りです。
 色々とごたごたしていたら、あっという間に数ヶ月。
 ……うん、私も内容がさっぱりです。

 次の更新は……いつになるだろうか。

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