魔法学院の百合の花   作:potato-47

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第9話 旅立ち

 シトレ魔法学院は、学院長の趣味なのか、それとも何か深い意味があるのか、ソレル王国の東辺境に建てられている。ソレル王国は主に大大陸(アーストール)の西側を支配しているが、大大陸は全世界の陸地面積の約六割を占めているため、広大過ぎる余りに国境線や支配地域は曖昧だったりする。だからこそ大国同士の小競り合いは終わることを知らないし、国民自身は自分たちに優しい国へと簡単に流れてしまう。

 

 ソレル王国の支配地域の東側をカッセリア地方などと呼んではいるが、果たしてそれがどこまで含まれるのか、これもやはり曖昧だ。

 カッセリア地方は交通の便が悪く、その中でも特に人の寄り付かないシトレ魔法学院からは、定期的に馬車も出ていないために貧乏人の移動手段は限られてくる。

 

 貧乏貴族の一人である私は寝ぼけ眼のアーシャを引きずりながら、学生寮から正門に向かって走っていた。

 

「アーシャ、急ぐですよ。この隊商(キャラバン)に置いていかれたら、早起きの意味がなくなるです」

 

「ま、待ってよぉ。うー、寝不足で頭が痛いぃ……」

 

 足の遅い私をアーシャが強化魔法で引っ張っていくのが普通なので、今回は珍しく逆の立場になっている。

 

「自業自得です」

 

「魅力的なシエルが悪いと思うんだぁ……せ、責任取ってよねっ!」

 

「そんなに喋る余裕があるのなら走れです!」

 

 アーシャは私の寝顔に見とれていたとか、嬉しいような気持ち悪いような理由で寝不足になってしまったらしい。寝不足以外の要因で走るのが遅いのは、厳選するにはしたが結局は膨れ上がった私の荷物を背負っているからだ。だが本人から持って行く、と言ってきたので、やはり私はそこまで悪くはないと思う。

 

 太陽が山陰に隠れてぼんやりと空を照らすばかりで外はまだ薄暗かった。夏の訪れは遠く、早朝のひんやりとした空気に冬用の制服で来なかったことを後悔する。

 

 正門前には馬車が止められて、守衛から身分証明と荷物の検査を受けていた。

 毎朝、行商人達はやってきて食料や魔導具を補充していく。魔法学院から送られるものはほとんど無いため、基本的にその空きスペースを利用して外出する講師や生徒が格安で乗せてもらっている。もちろん荷台なので乗り心地は悪い。

 

 金持ちな道楽貴族ならば、躊躇いもなく馬車をチャーターすることだろう。

 残念ながら私とアーシャは貧乏貴族であり、家からの仕送りを期待できない状態だ。竜討滅を前にしては何が起こるか予想できず無駄遣いはできない。ギルドの依頼や講師の手伝いでこつこつと貯めるには貯めているが、貴族レベルの一回の贅沢で吹っ飛ぶ程度だ。

 

 恰幅の良い行商人の代表と交渉して、なんとか相場より安く馬車に乗り込むことができた。

 

「あっ、おはようございます、シエル様、アーシャ様」

 

 眠そうでありながら丁寧さは失わない幼げな声が、馬車の荷台から聞こえてきた。アーシャの助けを借りて乗り込むと、そこには黒い三角帽子を目深に被ったアンジェルと、にこやかに手を振るクロードの姿があった。二人共荷物を背もたれに座っている。

 

「おはよう、二人共。二人も講義をサボってお出掛けかな?」

 

「クロ、別にわたしはあなたに付き合うことを強制していません」

 

「うお、そういう風に勘違いされるとは……。別に好きで付き合ってるんだから気にするなって。ああ、こっちはちょっとアンの用事でさ、王都へ秘薬を買いにいくんだ」

 

「そうですか。こちらは、王都のギルド支部に依頼を受けに行くです」

 

「ふふっ、そしてワタシはそんなシエルの護衛役にして、恋人役で一石二鳥の――」

 

「調子に乗るなです」

 

「はうあっ! 痛いよぉ、朝っぱらから頭にズキンズキンって、寝不足で追加ダメージ……」

 

「あはは、アーシャさんは朝から元気だね」

 

 苦笑を零すクロードに対して、アーシャは寧ろ皮肉なぐらいに満面の笑みを浮かべる。

 

「それだけが取り柄だよっ! えへへ、シエル褒められたよぉ」

 

「……アーシャが嬉しいなら、それは何よりです」

 

「えへへ」

 

 私とアーシャは荷物を置くと、アンジェルとクロードと向き合う位置に並んで座った。

 四人で談笑して待つこと数分、行商人が戻ってきて乗車席から声を掛けてきた。

 

「嬢ちゃん、坊ちゃん、そろそろ行きやすぜ。できるだけ安全運転を心掛けるが、まあそんな期待しないでくだせえ」

 

「お構いなく」

 

 アンジェルがペコリと頭を下げて答える。

 

「んじゃ、行くぜ。確りと掴まっててくれ」

 

 鞭を叩く音と馬の嘶きが聞こえ、馬車がゆっくりと走り出した。見る見る内に加速していき、学院の正門が小さくなっていく。それに伴い揺れも大きくなり振動で直接床に座るお尻が痛くなる。……やはりお金は大切です。

 

「あ、頭にガンガン響くよぉ……」

 

 アーシャが既にグロッキーになっていた。元々乗り物関係には弱く寝不足がそれを助長させてしまったようだ。

 

「アーシャ、ここに寝るです」

 

 私は膝を崩して座り、頭が置きやすい体勢を作った。

 

「えっ、いいの?」

 

「早くするですよ、私の気が変わらない内に」

 

「やった! アーシャの温もりをゲット!」

 

 ピョンと飛び跳ねるようにアーシャは私の足の上で寝転がる。ごろごろと擦り寄ってくる動作に卑猥さを感じたが、チョップを今叩き込むのは可哀想なので後にとっておくことにする。

 

「シエルが優しい……はっ、これはまさか、世界滅亡の前触れ!?」

 

「アホなこと言ってないで、静かにするです」

 

 私は制服のポケットに収めていた秘薬とバッグの荷物から水の入った水筒を取り出した。秘薬は白い粉末状になっており、これを飲むだけで体調を回復できる。本来は長期間の戦闘を熟すため健康状態を維持するのに用いるものだ。

 

「これを飲んで寝てるですよ」

 

「く、薬っ、図ったねシエル!」

 

「欲望に負けたアーシャが悪いです」

 

 幼い子どものようにジタバタと暴れ出すアーシャの体を押さえつける。強化魔法で本気を出して抵抗されれば、私の非力さではすぐに押さえ切れなくなるだろう。だがアーシャが万が一にも私を傷つけるような真似をするとは思えないので、その優しさに漬け込ませてもらう。

 

「うぅぅ、やだ、薬なんて嫌い――んんっ!!」

 

 まだ駄々を捏ねるアーシャの口へ、秘薬と水をぶち込んだ。

 

「んくっ、……んん……う、うぇ……ま、まずいよぉ」

 

 なんとか秘薬を飲み込んだアーシャが舌を出して呻いた。

 私はアーシャの髪を指で梳くように撫でる。

 

「よくできましたです」

 

「えへへ」

 

 それだけで笑顔に戻るのだから安いものである。

 

「……本当にお二人は仲がよろしいんですね」

 

「あ、んー、まあ、俺達のことは気にしなくていいから。うん、本当に」

 

 私たちのやり取りを見ていた向かい側の二人が、なんとも言えない表情を浮かべていた。

 自分の顔が熱を持って紅くなるのが分かる。

 

「うんっ! ワタシとシエルの仲は世界一なんだよ!」

 

「だ、だだ黙るです!」

 

 チョップを叩き込めず、発散できないパトスに私の声は上擦った。

 

「あっ、さっきのシエルすごく可愛かったよ! もう一回!」

 

「なにがもう一回ですか、調子に乗るなです」

 

 私はせめてもの抵抗として、額をペシリと叩いた。逆にやはり良い笑顔になるアーシャ。更にはアンジェルとクロードの生暖かい視線が地味に辛い。

 なんでホームなのにアウェイの居心地を味わっているのだろう。

 

「えっへへー、シエルの愛の鞭が胸に響くよぉ」

 

「…………」

 

 これから生死を欠けた戦いへ赴くというのに、緊張感が足りない気がする。

 まあ私達らしいと言えば、そうなのかもしれない。

 

 

    *

 

 

 お世辞にも乗り心地が良いとは言えない馬車の荷台で揺られること二時間。辿り着いたのはカッセリア地方で唯一発展が続く都市であった。

 

 鉱山都市セガリア。辺境でありながらも発展し続ける理由は貴重な鉱石が多く取れるためであり、グラン帝国との戦争でも大量に掘り出される魔素鉱石(マギスフィア)によって戦況へ大いに貢献していたためだ。

 

 鉱山は二種類存在するのだが、一つは貴金属が掘り出される鉱山、もう一つが魔素の塊である魔素鉱石や精霊石が眠る魔鉱山である。セガリア鉱山は珍しく、その両方が大量に眠っているためソレル王国に重宝されている。

 その表れとして、王都ソレイユへと直通で繋がる巨大な転移石(リース・ストーン)が設置されている。

 

 カッセリア地方のほとんどは自然の死んだ荒野が広がっている。強力な魔物は出没するし、かつての科学文明が残した遺跡なども無く、何も良いことはない。それでも集落は形成され、シトレ魔法学院ができたのは、やはり転移石の存在が大きいのだ。

 

 転移石による転移陣は、魔術師のメンテナンスを定期的に受ければ基本的に永遠稼働するものである。そのため初期投資が大きいものの維持には最低限のコストで済む。大国やギルド連盟が公共施設に小型の転移石を配置するのは、魔法技術が進んだ都市では常識になりつつある。しかし都市間を移動する大規模な転移陣となると話は別だ。

 

 巨大な転移石を、採掘元である転移都市(リース・ランド)から運ぶ手段を用意することが大きな問題だ。

 それを解決しても、大規模な移動を可能とする転移陣の構築という難題が待っている。視界外への転移には危険が伴う。送り出すものが多種多様とあっては更に危険度が増す。そんな無茶を解決する術式を組まなくてはならないのだ。複数人の魔術師が協力して数年間、術式の構築にあたっても解決できるかどうか怪しい難題である。

 

 つまり、資金面での問題もそうだが、一番は魔法技術が追いついていないのである。

 セガリアからの転移陣が無料同然で利用できるのは、使用者全員に被験者の意味合いが含まれているからなのだ。

 

「気が重いです」

 

 私はセガリアの商店街に向けて走り去っていく隊商の馬車を見送りながら、大きなため息をついた。まだ竜との戦いが始まる前だというのに、既に命懸けの旅は始まっているのだ。

 

「大丈夫だよっ、前も大丈夫だったんだし!」

 

「アーシャは楽天的に考えられていいですね」

 

「シエルが心配性なんだよ! ほらほら、折角早く来たのに次の転移に遅れちゃうよー」

 

 秘薬のおかげか、すっかり調子を取り戻したアーシャが私の手を引いて走る。

 馬車が私達を降ろしたのは、セガリア鉱山へと続く山道の入り口で、転移陣は中腹に設置されている。朝のこの時間だと、労働者達がちょうど鉱床へとピッケルを背負って向かうので、馬車ではこれ以上入り込めなかったのだ。

 

「確かに時間がギリギリですね」

 

「一応はあれで安全運転だったみたいだから困るよなぁ」

 

 アンジェルとクロードもそれに続いて追い掛けてきていた。

 今回の馬車は本当に親切な行商人当たったらしく、道中の体への負担は小さかった。それは助かったのだが、本来は余裕で間に合う筈の転移陣の発動に遅れそうで、このままでは本末転倒になってしまう。

 アーシャは素早い身のこなしで、労働者の間を縫って進んでいく。繋いだ手から強化魔法が流れ込み、私もそのスピードに付いて行けていた。

 

「時間不味いかも。んー、クロードくん、少しぐらいなら跳べるよね?」

 

「え? ああ、まあアレぐらいなら」

 

 武闘派魔法使い二人が、転移陣のある儀式場を見上げて不吉な会話を交している。

 

「跳ぶ……?」

 

 私とアンジェルは、鉱山中腹に位置する儀式場を見上げて悪い予感に顔を見合わせた。今走っている山路はじぐざくになっており直線に比べれば遠回りになっている。

 魔法使いであれば、非常識だが最短距離を用いることもできる。

 

「じゃあシエル、ちょっと失礼するねぇ」

 

「わっ、ちょっと、待つです! ほ、本気ですか!?」

 

「ふふっ、ワタシはいつだって本気だよ!」

 

「ば、ばば――」

 

 アーシャはひょいっと私をお姫様抱っこにした。歩幅を段々と大きく、足への強化魔法を重点的に行い、そして絶妙な踏み込みで――跳んだ。

 

「馬鹿っ、アーシャの馬鹿ぁぁぁぁあっ!」

 

 

    *

 

 

 研究魔法使い向きの私はアグレッシブな登山にグロッキーになっていた。隣に立つアンジェルは眠っているのではなく気絶している。その背中をクロードが苦笑顔で支えていた。

 

「なんとか間に合ったね!」

 

 アーシャの言う通りであるが、その分犠牲も多かった。

 白く大きな円柱に四方を囲まれた儀式場は、魔素を清浄化する作用が働いている。転移にはその仕組からできるだけ魔素を根源魔素(エーテル)に近づけることが必要になる。

 

 吐き気を堪えようと俯くと、足元の転移陣が青白く発光し出した。転移陣は幾つもの制御術式が絡み合い複雑怪奇の様相を呈している。ベースになっている六芒星が隠れてしまう程の多重刻印が、発動に呼応して力強く魔素のラインを走らせた。

 

「んっ、念の為に手を繋ぐですよ」

 

「うんっ!」

 

 右手をアーシャと繋ぎ、左手は意識を飛ばしたままのアンジェルの腕を掴んだ。アンジェルの反対の腕をクロードが握って全員が繋がり合う。これで転移陣が転移先を誤っても、私達四人は同じ場所へ飛ばされる確率が高くなる。

 

 青白い光は天を貫かんばかりに輝いた

 全身を浮遊感が襲う。

 

 アーシャが繋いだ手をぎゅっと握ってきた。

 私もそれに応えるようにぎゅっと握り返す。

 

 世界が光の中で歪曲し、すべてがあやふやに一つになっていく。魔素へと変換された肉体は転移先の魔素に干渉して再構築を行う。噛み砕いて言えば、私を構成するすべてが魔素となり一度ここで根源魔素へと溶けていく。世界中で繋がり合う根源魔素の即時情報伝達と共有によって、溶けた『私』を転移先で再構築する。

 

 ――そう、私は一度生まれ変わるのだ。

 

 母体の温もりに包まれ、くるりくるりと宙をたゆたい、意識が世界へ拡散する。

 そして、次の一瞬で私は『私』を自覚する。

 

「ん、んんっ……」

 

 深い眠りから覚めるように、ゆっくりと瞼を押し開けると、白い街並みが私を出迎えた。

 

 王都ソレイユ。大大陸を戦火に包み込んだグラン帝国を滅ぼし、平和を導いたソレル王国の主が住まう神聖なる都市。王城を中央へ頂き、白の街並みが段状に円を描いている。大通りはすべて白の石畳で舗装されている。

 大規模な結界術により街全体を覆うように白のベールが掛かっている。それはまるで蒼天の下で揺れるオーロラのようで王都の美しさを際立てていた。

 

 ――『白の庭(ホワイト・ガーデン)』。

 

 純白の美しさと神聖さから人々は王都をそう呼んだ。

 

「いつ来ても綺麗です」

 

 私は素直に感嘆の溜息を漏らした。

 例え宮廷貴族の陰謀が渦巻く汚れた暗部を持とうとも、この美しさだけは受け入れられる。

 手の平の感触に気付いて顔を上げると、アーシャが微笑んでいた。

 

「シエル、素敵な笑顔だよぉ」

 

 私はその言葉に眉をしかめて、手を振り解いた。

 

「皮肉ですか」

 

「違うよぉ、心が笑っているんだよ」

 

 私の胸を指先でトントンと叩いた。

 

「それこそ皮肉です」

 

 眩しい笑顔を浮かべるアーシャからそっぽを向いて、大広場から王城へ続くシーゼリア通りへ目を向けた。通称ギルド通りと呼ばれるだけあって、鍛冶屋、雑貨屋、呪術館と冒険者御用達の店が並んでいる。

 

 ふと、アーシャと繋いでいたのとは逆側の手に制服の感触が現れた。

 アンジェルの睫毛が震えて目が開かれる。どうやらタイミング良く気絶からも回復したようだ。

 

「俺とアンはアイラス通りに用があるから、ここでお別れだね」

 

 クロードが全身のチェックのためかぐっと伸びながら言った。

 意識を取り戻したアンジェルがペコリと頭を下げる。その拍子に三角帽子がずれて目元まで隠れてしまう。

 

「……シエル様、私も必ず力になりますから」

 

 突然告げられた言葉に、私は首を傾げた。

 

「えっと、何の話です?」

 

「あ、あー、気にしないでいいよ」

 

 クロードがアンジェルの頭をポンポンと叩いた。三角帽子が更に深く頭を包み込み、鼻先まで覆ってしまった。クロードはもがもがと暴れるアンジェルを押さえ付けたまま言葉を続ける。

 

「そういえば、ギルドでルゥさんとマクルスに会ったら、よろしく言っといてくれないかな。確かここから近い山村のオーク狩りで、簡単な依頼だったからもう戻ってきてると思うからさ」

 

「りょ、了解です。そ、それより、苦しそうにしてるですよ?」

 

「あっ……」

 

 口元まですっぽり三角帽子がはまっていたアンジェルの姿に、クロードが慌てて帽子を抜き取った。

 

「クロ、いきなり跳んだり、帽子に押し込んだり……付いてくるのが嫌だったなら素直にそう言って欲しいです」

 

「い、いや、違うって! 跳んだのはまあ時間がギリギリだったし、帽子はそんなつもりはなかったけど、でもアンが言おうとしたことは、寧ろ気負わせると思ってさ……」

 

 アンジェルが間を置いてから、私とアーシャへ交互に視線を向けてきた。憐憫の眼差しだった。だが、それでいて見下すような感じはしない。何故だか決意を秘めた意志を宿しているように思えた。

 その視線の意味が分からず、アーシャと目を合わせて首を傾げ合う。

 

「その二人共、本当に気にしなくていいから。ええと、じゃあまた学院で」

 

 クロードはアンジェルへ歩くように促して、シーゼリア通りの正反対に位置するアイラス通りへと足を向けた。アンジェルは俯いて何かを考える素振りを見せてから、私達にペコリとお辞儀をして、トテトテと小走りでクロードの背を追っていった。

 

「んー、んん? シエル、アンちゃん何が伝えたかったのかな?」

 

「私にも分からないですよ」

 

「気になるけど、ま、いっか! ちゃちゃっと依頼なんて終わらせて、学院に帰ろう!」

 

「……アーシャは本当に楽しそうですね」

 

 これから向かうのは死地だというのに。

 私も気楽になれるよう前向きな思考を心掛けているが、それでもやっぱり最悪な未来を想像してしまう。

 アーシャはくるりと回って私の正面に立った。両腕を大きく広げて、大袈裟な身振り手振りをする。

 

「うんっ! だって、シエルが居ればどこだって、いつだって、ワタシは楽しいよ」

 

「はぁ、全く……返しに困ることを言うなです」

 

「え、えぇっ!? だって、本当のことだもん」

 

「だからです」

 

 もう一度溜息。真っ直ぐにアーシャを見ていられず顔を横に向ける。

 本当にどうしてアーシャは笑えるですか。どうして私の傍に居てくれるですか。

 

 ――それがどれだけ私を苦しめているか、それがどれだけ私の救いになっているか、きっと分かっていない。分かる筈もない。私がそうしてしまったのだから。

 

「…………」

 

 私は無言でアーシャに手を差し出した。

 

「んっ?」

 

 私は横を向いたまま、首を傾げるアーシャの手を取った。指を絡めるように深く、強く、優しく繋ぐ。鏡を見れば私は今にも蒸気を出してしまいそうな赤面を浮かべていることだろう。

 自分自身に溜息をつく。

 

「シ、シエル? えっと、そのぉ」

 

 珍しく照れるアーシャを無視して、私はシーゼリア通りへと向けて歩き出した。

 

「あわ、こ、こここ、これって恋人繋ぎだよね!? つ、遂にシエルがワタシの愛に――」

 

「黙って付いてくるですっ」

 

 勝手な妄想で暴走するアーシャに空いた左手でチョップを叩き込む。

 

「はうあっ!」

 

 アーシャは頭を抱え込みながらもやっぱり微笑んでいた。

 そんな幸せそうな顔を見ていられず、私は真っ直ぐに前だけを向いたまま足早にギルド支部を目指した。




お待たせしました、少し間を置いての更新です。
誰も待ってねーよと言われれば、今ならエタる自信があります。
息抜きの筈がどうして書くのに疲れているのでしょう。

とりあえずは、本編はソフトに百合ったり百合らなかったりです。
本来は竜との対面まで書く筈が、シエルが予想以上にデレ出したので、大幅に進行が遅れています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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