The hunters story―狩人の奏でる旋律―   作:真っ黒セキセイインコ

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第六話 休息

 夜が訪れ辺りが濃紺の帳に覆われた渓流のベースキャンプにて、焚き火が赤々と燃えている中、アインは目を覚ました。

 とりあえず今の状況を理解すべくボーッとする頭を無理やり回転させると、硬い岩の上で転がっている訳ではなさそうで、土よりは柔らかいためここはベッドの上なのだろうか。ベッドと言っても軟らかい布団では無く、天井が岩盤だということを考えると、どうやらここはベースキャンプにある簡易ベッドのようだ。

 

 少しずつ頭のモヤモヤした感覚が抜けきったところで、何があったかを思い出す。

 そうだ、自分はナルガクルガの攻撃を受け、そのまま殺されそうになったのだ。まず助かる状況ではなく、あのままナルガクルガに殺され死んでいただろう。だが自分は生きている。身体中に包帯が巻かれた状態ではあるが、確かに生きていた。では、一体どうやって助かった?

 アインは気が動転する中、冷静に辺りから情報を搾取していく。

 まずはじめに身体を起こそうとしたが、痛みが全身に走り動けなかった。

 仕方無しと首だけを動かし周りを見渡すと、ちょうど頭の真横でトトがくーくーと丸まって寝息を立てていた。少し目元の毛が濡れており少し赤くなっている。どうやら泣きながら看病してくれていたようだ。さらに周りを見るとパチパチと燃える焚火の前に見知らぬ人間が座っていた。

 傍らにはトトと同じ獣人族であるメラルー種が眠っている。

 ぼーっと眺めていると唐突に向こうがこちらに振り向いた。

 振り向いた人間は顔は意外と若く、茶髪の髪をヘアピンで留めていた。

 

「……ん、目が覚めたのか」

 

 吐き出された声は低く、元服は迎えているように感じられる。

 

「どうした、俺の顔になんか付いてんのか?」

 

 こちらがずっと顔を見ていたので男性は訝しげに言う。

 

「い……いえ、そういう訳じゃなくて、あなたが私を助けてくれたんですか?」

 

「……ああ。それと俺の名前はエンだ」

 

 数瞬。本当の数瞬の間を置いてから彼は自らの名を答えた。

 名前を名乗られたので、アインもまたもたつきながらも名乗り返し礼を述べる。

 

「いろいろ聞きたいことがあるだろうが、少し待ってくれ」

 

 エンという青年は言いながら隣で熟睡しているメラルーを小突いた。

 しかしメラルーは起きない。ヨダレがダラダラで『ニャー、マタタビサイコー』なんて言って爆睡している。するとエンは大きなため息をつくと、思い切り足でメラルーの尻尾を踏みつけた。

 

「ニャギャァァァァー! だッ、だッ、だッ、旦那さん何をするんだニャー!」

 

 尻尾を踏みつけられたメラルーは、涙目になりながらエンに抗議する。

 ギャーギャー騒ぐ、メラルーにエンはさらりと返した。

 

「起きないお前が悪い」

 

「もうちょっとマシな起こし方ってもんがあるだろうがニャー!」

 

「それじゃあ、お前起きねーだろうが」

 

 アインは二人のやり取りをぼんやりと眺めていると、この騒ぎで自分の隣で眠っていたトトが目を覚ました。そしてボーッとした目で周りを見渡し、上半身を起こして目の前の喧騒を見ているアインを見てハッとした顔になり、そのまま腹目掛けて飛び掛かってきた。

 

「わっ、ちょっと待っ…」

 

「にゃー! 旦にゃさんが元気になったにゃー」

 

「わかったから落ち着いて。重いよ」

 

 秘薬を飲んだとはいえ、アインの身体はまだ万全ではないのだ。

 アイルー一匹の重さでも身体にはきつい。

 

「グスッ…グスッ…、本当に良かったですにゃー。旦にゃさんがもしも死んじゃったらと思うとボクはボクはーーー」

 

 トトは少し離れてから思い切り泣きじゃくった。アインが初めての契約先となる彼女にとって、それが居なくなってしまうのは耐えがたいことなのだ。

 

「……ごめんね、本当にごめんね。とても心配させちゃって」

 

 アインはそう言いながら未だ泣きじゃくるトトの頭を撫で続けた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

「さて雑談は此処で終わって、本題に入るぞ」

 

 数分経って、エンは何事もなかったかのようにそう言った。彼の相棒であるらしいメラルーは、疲れたのか肩で息をしている。よほど言い合いに疲れたらしい。

 

「まずは何が起きたかを話そうか」

 

 そう言いとエンはジンオウガを見たことと、村に来るはずだった新しいハンターがそれに殺されていたことを話し始める。勿論のことだが自分が何者かは答えない。

 

「質問はあるか?」

 

「そんなことが……、それで村は無事なんですか?それにナルガクルガとクルペッコは?」

 

「村は無事だ。あと村長さんがお前のことを心配している」

 

「良かった……」

 

 アインはポツリと呟く。ジンオウガのことで村をかなり心配していたのだろう。

 

「あと、ナルガクルガとクルペッコには、ペイントボールを投げつけておいたから、大体の位置はわかるが……」

 

 まぁ気休め程度だ。という言葉を付け加え、エンは言葉を打ち切った。

 

「あの、もう一つだけ聞いていいですか?」

 

 アインは最後にもう一つだけ聞きたいことがあったため口を開いた。

 

「別にいいが、そんなかしこまった言い方しなくていいぞ」

 

「わかりました。命の恩人にこんなことを言うのは失礼ですが……エンさんは一体何者なんですか?」

 

 自分を助けてくれた人に言う言葉では無いのはわかるが、アインは聞かずにはいられなかった。なんせ、あのナルガクルガから逃げおおせたというのだ。しかも自分を抱えて。

 聞かれたエンは少し驚いた顔をしたあとに続いて苦い顔をしたが、徐に口を開いた。

 

「……()()の流れのハンターだ。それ以上でもそれ以外でもない」

 

 そう言うと何かを思い出すように、目を細めたエンを見て、アインはしまったとおもった。

 何か踏んではいけないものを踏んだ。そんな感触がある。

 

「すみません」

 

 謝罪するがエンからは『別にいい』というそっけない返事だけだった。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

「もう寝ろ。明日から狩りの続行だ。どちらにしても、あのまま連中を、放っておくのは危険すぎるからな」

 

 そっけなくそう言われ、アインはベッドに横になったが、エンはずっと焚き火の前で『俺はここでいい』と言い、横になっている。

 

 今日は色々ありすぎた。今だって、頭の中はグチャグチャだ。

 初めて戦うクルペッコ。突如乱入したナルガクルガ。村の近くに現れたジンオウガ。

 そして、あのエンというハンター。

 考えれば考えるほど、今までの疲れが溢れてくる。

 軽く目を閉じてみれば、そこから意識はどこにもなかった。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

(――――にしても、まだ引きずってんだな……、俺って奴は……)

 

 さっきの質問の時だって、何故あんなふうに、そっけなく答えてしまったんだろう。あのことは吹っ切れたはずなのに、『何者』なんだと聞かれた時、一瞬どう応えればいいかがわからなくなってしまったのだ。村人相手には平気だったくせに。

 『ただの流れハンター』だと言えばいいだけなのに、一瞬迷ってしまい、少し間を置き応えたせいで謝罪させてしまい、しかもそれをそっけなく返してしまった。

 

「俺は本当に、何をしたいんだろうな」

 

 その小さな呟きは誰にも聞かれず、焚き火のパチパチという音にかき消され、夜の闇へと溶け込んでいった。

 


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