The hunters story―狩人の奏でる旋律―   作:真っ黒セキセイインコ

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第九話 絶望に立つ者

 普通オトモアイルーという職業に付く獣人種は、アイルーしか存在しない。

 その理由は簡単なことで、もう一種の獣人種であるメラルー種は人間に対し強い敵対心を抱いており、さらにはその悪戯好きな性格が災いしているのか、人間――――特にハンターとは深い溝ができてしまっているからだ。

 勿論、人間と交流をもつメラルー種もごく一部ながらいるのだが、狩りの時に道具を盗まれてしまうこともあるハンターにとってはやはり信用できる物ではない。

 このポップもまたメラルー種であり、その昔とある狩人に出会うまでは砂漠のメラルー達と散々悪さをしていた。

 

 そして、そんなポップは今ナルガクルガへとエンを守るため、必死で戦っていた。

 獣人種の持ち前のすばしっこさでナルガクルガを撹乱し、隙を見ては手に持つアイアンネコソードを振るう。

 しかし、ナルガクルガにとってはそんなダメージは微々たるもので、まるで小虫を払うかのように尾を振るいブレード状の翼を振るった。

 それでもポップは紙一重でかわし、徐々にエンからナルガクルガを引き離そうとさらに追撃を加えて行く。

 ナルガクルガの眼にはもはやエンは映らず、自分にうっとおしいことをしてくる小虫に苛立って来たのか、ポップにつられて行きエンから離れて行った。

 

 エンはその様子を肩に刺さった刺による激痛に苛まれながらも、眩む視界で必死に眺めていた。

 ベースキャンプでのやり取りでエンと付き合いが長いポップならば、彼が何を考えて物を言っているのか理解していたはずだった。

 『自分を放ってそのまま帰れ』そんな意志表示をしたはずなのだ。

 本当ならば今すぐにでもあそこに駆けつけ、ポップを連れて逃げだし『何故来た!?』と思い切りしかりつけただろう。

 しかし、エンの身体が動かなかった。すでにブナハブラの麻痺毒は消えており、身体の自由は戻っているはずなのにだ。

 別に左肩の激痛によって動けなくなったわけでもなかった。

 それは心理的な理由――ある程度経験を積んだハンターならば、克服しているはずの物で彼は動けなくなってしまっていたのだ。

 自分が傷つき倒れている目の前で仲間が戦い死んだ、あの瞬間。人であった原型すら失い、ただ肉片となった仲間。

 そして、それによりエンはあの街でのすべてを失った。

 エンにとって、己が倒れ大事な物が目の前で戦っている今の光景は、その悪夢をフラッシュバックさせるのには十分すぎるものなのだ。

 正に呆然自失ともいえる思考はエンは、目の前の光景を見ていることしかできなかった。

 手に小虫が這おうとも、エンの視線は彼らから外れなかった。

 

 そして、その恐れていた瞬間はとうとうやってきてしまった。

 

 いい加減、ポップの攻撃が煩わしくなってきたのか、それともポップの体力が切れたのか、もしくはどちらもなのか、それは分からないがポップの小さな体にナルガクルガの迅翼がくいこんだ。

 彼の着るアロイネコ装備から、固い物同士がこすれあう不快な音が響いた瞬間、彼の身体は後方へ吹っ飛んでいく。

 

「――ポップ……!?」

 

 エンがようやく絞り出した悲痛な叫びはもはや彼に届かず、苔むした地面を転がっていき彼は動かなくなった。

 エンの脳内で最悪の事態が描写されたが、微かに動く彼の肩を見てそれは想像にとどまった。

 しかし、それもつかの間ナルガクルガは次の行動に出る。

 物を噛み切ることに特化した、そのノコギリ状の歯をのぞかせながら、ジワリジワリと距離を縮めて行く。

 さっきまでポップを守っていたアロイネコシリーズは、ナルガクルガの攻撃で砕け、彼の軟らかいふさふさした黒い身体がむき出しになっている。

 もしもそんな状態で噛みつかれたらどうなるかなど、想像に難くなかった。

 そして、それに気付いたエンはポップに必死に呼びかけるが、彼は動く気配は無くナルガクルガの巨体がゆっくりと彼へと近づいて行く。

 

「……く……そが……、何で来やがった! どうして、帰らなかった……!?」

 

 エンの声がエリア5の森で響き渡るが、それでもポップは身じろぎ一つ取らず、ナルガクルガはもはや瀕死のエンが何を言おうと興味が無いのか、ポップへと近づいて行く。

 

 その数秒がエンに長く感じられ、あの街を出るときのポップとのやり取りが走馬灯のように過ぎて行った。

 

――――なぁ、別に付いてこなくていいんだぞ。お前まで別に出てくことは無ぇんだし。

 

――――そういう訳にはいかないニャ。オイラは旦那さんについて行くって決めてんだニャ。

 

 彼はそういって一人で旅立つエンに付いてきた。彼だけはエンから離れずそばにいてくれた。

 それが今、目前で死の危機に陥っている。それなのに彼は、動けずにいた。

 本当、何処まで自分は情けないのだろうか、何時まであの時のことを理由にしているのか、そんな考えがエンの脳裏で渦巻く。

 

 そして、時はやってきてしまう。ナルガクルガの前脚がポップの小さな体を押さえつけたのだ。

 次に、ノコギリ状の歯がびっしりと並ぶアギトを彼へと近づけて行く。

 

「やめろ……、やめてくれ……」

 エンの口からかすれた声が漏れだす。

 されど、ナルガクルガは聞こえていないのか、それとも哀れな人間(エサ)の戯言など聞く意味すらないと認識したのか、行動を止めることなど無かった。

 そして、そのノコギリ状の歯がポップから残り一寸とも言える距離へ近づいた時、エンの鼓動がピークを迎え頭が真っ白になっていく。

 

「――――ポップゥゥゥ!」

 エンの絶叫がエリア5に響く。

 

 しかし、もう動かない獲物などに興味が無いナルガクルガは、勝ち誇ったように目の前の獲物(ポップ)を噛みちぎる――――ことは無かった。

 エンが何かをしたわけではなかった。無論気絶したままのポップが、何かを出来るわけもない。

 ナルガクルガの捕食を止めたのは弱い衝撃と異臭だった。ハンターならとても馴染み深く、基礎の基礎ともいわれる物から発せられる異臭。

 それは、突如ナルガクルガへ張り付いてきたピンク色の付着物――ペイントボールから発せられていた。

 

 エンが息をのむ、さらにありえない事態に。何せそれを投げたのは、ここから帰ったはずの一人の少女だからだ。

 川となっているエリア6から入ってきたらしく、彼女の着る道着の裾はびしょ濡れで、トレードマークの三度笠は急いで走ってきたからなのか、少し傾いてしまっていた。

 この渓流にエンンが来ることになった理由でありベースキャンプでわかれ、クルペッコを狩ったら帰るように諭したはずの少女。

 名をアイン。ユクモ村の専属ハンターであり、駆け出しであるはずの彼女がそこにいた。

 

 

 一方、突然のペイントボールの異臭にナルガクルガは、それを投げた者を凝視し唸り声を上げる。

 それは、食事を邪魔された怒りというより、むしろ新たな獲物が現れたことに対する喜びを表していた。

 されど、目下の獲物より視線を外したのは間違いであっただろう。

 ナルガクルガの意識がアインの方へ移ったのも束の間、前足で押さえていたはずのポップが消えた。

 正確には地中よりナルガクルガへ近づいていたアインのオトモアイルーであるトトが、意識を失ったポップを自らが掘ってきた穴に引っ張り込み、その場から離脱したのだ。

 突如、仕留めたはずの獲物が消えたことにナルガクルガは驚き、その小さな隙をアインは見逃さず狩猟用ポーチから取り出した物を投げつけた。

 直後、辺りを白い閃光が塗りつぶし、ナルガクルガの眼を焼き、またもや目を潰されたナルガクルガはその場でのたうち回った。 

 その間にアインは未だ倒れて動けないエンの方へと走り出す。

 エンはアインを呆然とした顔で見たのち、一番最初の疑問を口にした。

「――なんで来た……? 帰ったんじゃなかったのか!?」

 エンの疑問は当たり前であった。ナルガクルガが出没したという以上、まだ駆け出しである彼女が此処に残って居て良いわけが無い。

 しかし、アインはエンの問いにベースキャンプの時とは違い今度は簡単に答える。

 

「助けに来たに決まってるでしょうが!」

 

 エンは言葉を失った。何故会ったばっかりの人間のために死地へと入り込んでくれるのか。なぜ得体も知れない、さらにはひどいことまで言った人間を助けるなんて思考ができるのか。

 さらにアインは言葉を続ける。

 

「助けるのに理由なんてない! それにもし理由がいるっていうのなら、理由ならあるよ。――あなたは私を助けてくれた。これ以上の理由なんてない」

 

 彼女のエンへの口調は途中から変わっていた。それはまるでエンへの警戒心を解いたかのようだった。

 さらに彼女は「これを飲んで」とポーチから緑色の瓶――回復薬をエンへ手突き出す。

 そして、彼女はエンへと回復薬を押しやると、いまだ後方で暴れまわるナルガクルガを流し見た。

 閃光玉の効果時間はそう長くない。その十数秒後にもナルガクルガの視界は元に戻るだろう。

 次にエンの肩の傷を見る。黒く艶がかったナルガクルガの尾棘が彼の肩に深く刺さり、流れ出る血に濡れて輝いていた。

 この傷では逃げ切れない。そう悟ったアインは、エンの想定を超えることを言う。

 

「私があのナルガクルガを足止めするから、エンさんは逃げて!」

 

 彼女は言い終えると、エンが反応を示す前にナルガクルガへと駆けだしていた。

 昨日の恐怖はもちろんあった。だがそれをも振り切って彼女は背中の大剣を振りかぶる。

 荒くれの大剣の切っ先はナルガクルガの背中をとらえ、黒い毛に覆われた皮膚にわずかな傷を作る。

 やはり少し硬い。若干、その事実にアインは歯がみしたが、当初に狙いには十分だった。

 

――――シャアアアアァァ

 

 突然の背中の痛みにナルガクルガは怒りの悲鳴を上げ、視力の戻った両目でアインを睨みつける。

 このあまりにも危険な状況にもなったにもかかわらず、アインは小さな笑いを浮かべる。

 完全に彼女へとナルガクルガの敵意が向いた。

 ここからがの正念場だった。彼女は背中に荒くれの大剣をかけ直すと、ナルガクルガの視界がエンより外されるように、エリア5の湿った地面を蹴り駆け出した。

 

 今、狩人とモンスターの当たったら最期のあまりにも危険な鬼ごっこが始まる。

 


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