The hunters story―狩人の奏でる旋律― 作:真っ黒セキセイインコ
この度、このサイトにも投稿させて頂くことになりました。
まだ小説を書くことに慣れていないので、不足な点がございましたらご指摘いただけるととても助かります。
プロローグ 蒼雷の轟く嵐の中で
紅い、紅い景色が回る。
さっきまで他愛もなく笑い合っていた者たちは、紅蓮の花火にその身を変え、その命を散らしていく。
青年は吠えた。吠えようとした。
しかし熱にやられた喉からは、ヒューヒューという隙間風のような声しか漏れない。身体もすでにボロボロで、動くのは指先ぐらいか。
「……う、……あ……」
辛うじて出た怨嗟の声すら、言葉にもならない。
それでもこの惨劇を起こした竜からはひと時も目を離さなかった。
紅蓮のような紅い目に、黒曜石を思わせる体躯を持つその竜の名を青年は知らない。なんせこの竜はこの時初めて確認されたからだ。
青年がいるのは竜にとって死角となる部分。正確には最初の襲撃で青年は天高く吹き飛ばされ、そこに落下しただけだ。だが、それがこの悲劇を生んだ理由だったのだ。
やがてすべてを砕き尽くした竜は、何もなかったかのように踵を返す。
壊したのは命だけではない。すべてを壊してその竜は赤い景色に姿を消した。
◇ ◆ ◇
(……夢、……か)
薄目を開けてみれば、そこにあの紅はなかった。代わりにあるのは新緑の青と空の青だ。
ホッとしたのもつかの間、心地よい揺れが断続的に続いているの気づくと、いま竜車に乗っているのだと思い出す。
――――ああ、そうだ、逃げたんだ。あの街から。
このあてのない旅に出てすでに数週間が経っていた。
思い返すと静かに自己嫌悪が生まれてくる。なぜ逃げたのか。なぜ自分などが生きているのか。そんな自己嫌悪が胸中から離れることはない。
「ニャ、旦那さん起きたのニャ?」
聞こえた声に青年――――エンは静かに答える。
「ああ、あんまし寝覚めは良くないがな」
身を起こすと、手綱を握る相棒――――黒猫のポップの姿が伺えた。【オトモ】と呼ばれる獣人たちの職業の中では珍しい、黒い毛並みのメラルーだ。さっきまで眠っていたはずなのに疲れた顔のままエンを見ると、彼はひどく痛々しいモノを見るような表情を浮かべる。
きっとこの不甲斐ないハンター、エンに呆れているのだ。エンがそう悲観的に感じたところでポップは口火を切った。
「ニャア、本当に良かったのニャ?」
すでに何度繰り返された話題にエンは小さくため息をつく。
「これでいいんだ。彼らにとって、俺は死んでくれた方が清々とする人間だ。別にいなくなったって何も困らないだろ」
悠久の空の下で、ひどく自嘲するかのようにエンは呟く。
そう、そうなのだ。エンはあの街に戻ることなどできやしない。いや、戻る資格がない。
実際、G級のハンターであったエンはあのクエストで既に死んでいる。
だから今ここにいるのは、【エン】であってもGの称号を持ったハンターではなく、ただ拠点を捨てた最低なハンターでしかないのだ。
「お前の方こそ、どうしてついてきたんだ? お前なら行くあてには困らんだろ」
そんなエンの言葉にポップはムッとした顔で返す。
「オイラはこの変な旦那さんについていくって決めてるんだニャ。それに嫌われ者のメラルーを雇うようなもの好きは、旦那さんぐらいだニャ」
「何か、言葉の端々で変なのが聞こえたぞ」
「事実だニャ」
フン、と小さい鼻を鳴らしながらポップが自信満々に答える。
思われてるんだか、馬鹿にされてるんだか、考えると少し頭が痛くなってきた。
さっきまでの、暗い気分を紛らわそうとしてくれているのは、エンも嬉しく感じたが、少し歯に衣を着せてくれてもいいのではなかろうか、なんて思わないこともない。
「――――んニャ」
「……どうした?」
ピクリとヒゲを揺らして、うめいたポップにエンが怪訝な目を向ける。
「いやニャ。向こうの方の空から、でっかい雨雲が近づいてきてるんだニャ。こりゃあ、嵐になるかもしれないニャ」
目を凝らすと確かにずっと北のほうの空が暗く染まっている。
しかも、ちょうど進行方向だ。このまま進めば、その中を突っ切ることになるかもしれない。
「旦那さん。荷物に布を被せておくニャ。濡れたら惨事ニャ」
「ああ、わかってる」
頷きながら、はっ水性の布を取り出すと、手際よく荷物にかけていく。
足の残らないような、安っぽい骨の塊と言えなくもないボーンホルン改に、これまた収入の少ない初心者ハンターが身にまとうアロイシリーズ。
そんな、今の自分が持つ唯一の武具達に布をかけながら、何となくエンはこの時予感した。
――――これから、起こる事態が自分の人生を変えるような、そんな予感が。
◇ ◆ ◇
案の定、嵐の中を突っ切るという形になっていた。
風でほとんど横に落ちる雨粒は、容赦なしに鼓膜を大きく刺激し、叩かれるような痛みを感じさせる。まるで石でも投げ付けられているかのようだ。
(……思ったより、酷いな)
うまく前が見えない。
無理矢理、風に引きちぎられた木の葉がまとわりつき、不快感もまた増していく。
「……ポップ――――、」
こんな状態では、遭難してもおかしくない。そんな可能性を想像したエンがポップに、どこかで休むようと声をかけた時だった。
――――目もくらむような青白い閃光と雨粒すら吹き飛ばすような轟音が、すぐ上で漏れ出た。
「……ッ!?」
咄嗟に目を覆うと、視界の端に何かが落ちていくように見えた。少なくとも樹木などでなかったはずだ。だが、もし
しかし、その最悪の事態だと知らせるかのように、後方で何かが突き刺さる音がした。
シルエットはちょうど十字型、下は太くかなり長い特徴的な形。エンの職業ならば何度も見てきているはずだ。
そして何より、鼻孔に突然飛び込んできた異臭が決定的だった。
(……焦げ臭い……? いや、これは……)
単にそれならば、どんなに良かっただろう。だが、後方で地面に突き刺さっている大剣が、それを決定的なものとしてしまう。
(――――生きたままの人間が、焼ける匂い)
思わずエンは上を見上げていた。
そして、そこにいるものをみて、息を飲んだ。
――――暗雲へと咆哮を上げる『
「――――旦那さんッ!」
ポップの鋭い叱咤に、エンの視線が戻される。
逃げるのが先。何も言わなくても、彼がそう言っているがわかる。
それでもエンはもう一度、あの碧い竜に視線を戻す。なぜだかあの竜とはもう一度出会うことになりそうな予感がしたのだ。
やがて、竜は一度天に吠えかけると森の緑に姿を隠していった。
◇ ◆ ◇
これがこの物語の序章である。
逃げた罪深き狩人が歩む物語はここから始まるのだ。
2013年12月28日:大幅修正(ほとんど書き直し)