憑依者がいく!   作:真夜中

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5話 東へいく

「出発する!」

 

翌日の明朝。

 

千の兵を率い、東へ向かって俺たちは歩み出した。

 

部下たちが異様に気まずい雰囲気の中……。

 

その理由もわかっている。

 

覆面に拘束具……そして、帝具を担ぐ大男であるボルスとどのように話せばいいのかわからないのだ。

 

ボルス自身も本人曰く人見知りしてしまうたちなのでそれが拍車をかけているのだろう。

 

どのみち時間が解決してくれる。

 

……多分、お昼頃には問題なく打ち解けると思う。

 

ボルス……料理上手だし。

 

「東の地の異常繁殖した危険種の討伐と聞きましたが場所は何処なんです?」

 

ボルスについて考えているとランが話しかけてきた。

 

ボルスはボルスで緊張しているようで黙って俺とランの少し後ろをついてきている。

 

「東の地全域だ」

 

「……全域ですか」

 

「そうだ。全域だ……なんでも東の各地で同種の危険種が確認されていて被害がかなり出ている」

 

部隊を分けなくては全滅させるのにかなりの被害と時間を要することになる。

 

「……となると、部隊を分ける必要がありますね」

 

ランも同じことを考えていたようだ。

 

「だからここでボルスの出番だ」

 

「え? 私ですか?」

 

急に話を振られて慌てるボルス。

 

見た目とそのリアクションのギャップが凄い。

 

「……なるほど」

 

ランは相変わらずの察しの良さだ。本当に有能な副官である。

 

「ボルスには部隊を率いてもらう」

 

「えぇッ!? 私ですか! 私今日配属されたばかりなんですけど……」

 

ちゃんと率いられるか不安なのだろう。だが、問題ない。ボルスの性格を部隊全員に知ってもらえれば大丈夫だと俺は思っている。

 

「無茶振りで済まないが、こうしないと民たちへの被害が大きくなっていってしまうからな」

 

「……わかりました。私も軍人です、命令には従います。正直不安はあります……でも、これで誰かが救えるならやります!」

 

ボルスのこの言葉はボルスの後ろをついてきていた部下たちにもしっかりと聞こえていたらしい。

 

さっきまでとは違いボルスに向ける視線が未知のものから仲間を見るようなものに変わり始めた。

 

人格重視で集めた甲斐があるというものだ。

 

それに……例え罪人であろうと人を殺すよりも人を助けるために力を使った方が部下たちにもボルスにも良いだろう。

 

言葉が通じてしまう故の葛藤がないのだから。助ければ助けたなりの満足感を得られ、それが次への原動力となる。

 

後の帝国にはそっちの方が必要なのだ。

 

今の帝国のままでは国が崩壊してしまう。

 

「それでは部隊の分け方だが……ボルスとランは部隊全体の4割の兵を率いて左右から危険種を討伐していって欲しい」

 

二人の顔を見ながらそう言うと二人はうなずく。

 

「わかりました。私は右側から行きましょう」

 

「なら、私が左だね」

 

ランが右へ、ボルスが左となった。

 

こうとんとん拍子に話が決まると楽だ。

 

そんな最中、俺は今回の危険種討伐を迅速に終わらせねばと秘かに焦っていた。

 

こうしている間にも大臣は自分の権力をより高くしようと動いているのだから。

 

 

 

 

「ヌフフ……」

 

上機嫌な様子でオネスト大臣は肉を食べていた。

 

上機嫌な理由は単純に自分のやることに表だってケチをつけてくる唯一と言ってもいいような存在が帝都からしばらくいなくなったからだ。

 

―――陛下に余計な知恵をつけさせようとするランスロット将軍も不在ですし、今のうちに目障りな文官たちを消す準備でもしますかね。

 

「……そうと決まればそれ用の書類を作らなければなりませんね。グフフ……前はケチをつけられて失敗しましたが今度はそうはいきませんよ」

 

肉を食い千切りながらせっせと書類を作り始める大臣。

 

以前、自分に反発する文官を処刑しようとするも、ランスロットの進言によって地方への左遷にすることしか出来なかった時のことを思い出しながら腕を動かす。

 

今度はそうはいかない。

 

ニヤリと凶悪な笑みを浮かべながら消すべき文官へ擦り付ける罪を記載していく。

 

「……後は証拠をでっち上げるだけです」

 

陛下が自分以外に心から信頼する忌々しいランスロット。

 

大臣はランスロットが自分のことを排除しようとしているのを理解している。

 

同じように自分もランスロットを排除しようとしているのだから。

 

「今度こそあなたの悔しがる姿を拝みたいものです」

 

大臣はそう悪意の籠った呟きをしつつ、肉にかじりついた。

 

 

 

 

帝都を出発してから数時間が経過した頃。

 

平原の街道では―――。

 

「……そっちに行ったよ。気をつけて!」

 

ボルスが1級危険種マーグドンの足を両手で掴み、飛びかかってくる他のマーグドンを弾き飛ばしながら自らが率いることになった兵士たちに呼びかける。

 

「はい!」

 

呼びかけられた兵士は力強く返事を返しながらマーグドンの口へ槍を突き刺す。

 

その一撃は頭を貫き、マーグドンを絶命させる。

 

「みんな、私の後ろに!」

 

ボルスはそう叫ぶように言いながら掴んでいたマーグドンを前方に投げると自らの帝具を構える。

 

「これで……確実に……仕留める!」

 

ボルスの持つ火炎放射器の帝具"ルビカンテ"の銃型のノズルから勢いよく炎が噴き出す。

 

ゴウッと凄まじい勢いで噴き出した炎がマーグドンを纏めて焼き殺す。

 

断末魔の雄叫びすらも焼き尽くすかのように……。

 

同時刻。

 

別の場所では―――。

 

「グルルゥッ!」

 

唸り声を上げながらマーグドンはポツリと周囲を森で囲まれた空き地に誘き寄せられて兵士たちと戦っていた。

 

その数は20匹程であり、その危険種故の力強さで各々の兵士たちを圧倒していたがそれは罠であった。

 

「今です!」

 

ランの鋭い声が上空から響く。

 

その声を合図に前の兵士たちの方に集中していたマーグドンへと後方とその左右から現れた兵士たちが剣や槍を持ちマーグドンへと襲いかかる。

 

予め防御の上手い兵士たちでマーグドンを足止めして、その群れのリーダーをある程度の位置まで引っ張り出すと同時に後方と左右からの挟撃によって包囲殲滅する作戦であった。

 

「オオオォォォッ!」

 

突然の奇襲によりパニックになったマーグドンが次々と討たれていく。

 

ランも上空からマスティマの翼から羽を飛ばして逃げようとするマーグドンを撃ち抜いていく。兵士たちはその撃ち抜かれたマーグドンへと止めを刺す。

 

やがて全てのマーグドンを討ち取ったのを確認するとランは地上へと降りてくる。

 

「お疲れ様です。殲滅完了です」

 

兵士たちを労うようにそう言うとランは他の部隊も順調に危険種を討伐しているか考えを巡らせるのだった。

 

 

 

 

「ふぅ……終わったな」

 

縦に真っ二つに切り裂かれて絶命したマーグドン。

 

ランやボルスと別れ、3方向からのマーグドン殲滅を開始したが、それを待っていたかのようにすぐに遭遇した。

 

数時間の間ですでに10匹から20匹の群れと数回も遭遇している。

 

明らかに異常な繁殖具合だ。

 

これは誰かが意図的にマーグドンを増やしている可能性も考えなくてはいけない。

 

もしくは誰かが飼っていたマーグドンが逃げ出したかを……。

 

前者だろうが後者だろうがどちらにせよ最悪とまでは言わないが……かなり深刻な状況だと言える。

 

こんな規模で大繁殖していると言うことはこの付近の生態系が著しく変わってしまっていることを差す。

 

狩りなどで生計を経てているところと家畜を育てていたところにかなりの被害が予想される。

 

「ランスロット将軍。兵士たちのほとんとが連戦の影響で深刻なまでの疲労状態です」

 

「わかった。今日はここで夜営をする。急いで準備に取りかかれ!」

 

俺はそう指示を出すと他の部隊の状況も同じようなものだと考える。

 

予想よりも東の状況は悪い。

 

いそいそと夜営の準備を始める部下たち。

 

明らかに覇気もなく、動きもとろとろしていた。

 

ここでの唯一の救いは平原のど真ん中であり、警戒がしやすいぐらいだ。

 

この分では確実に大臣に時間を与えてしまう。

 

帝都の方へと視線を向ける。帝都は見えないが俺には大臣が悪どい笑みを浮かべているのが幻視出来た。

 

正直……気分が悪くなる。

 

大臣の力を削ぐために腐敗した貴族の取締りもやりたいがそれも難しい。

 

故にナイトレイドに期待している。

 

腐敗した貴族や国の重役、そして悪人を消してくれるのだから。

 

本来なら国が取り締まらなければならないのに……。

 

それすらも出来ないからこそ次々と離反者が増えているのだろう。

 

それでも帝国を内部から変えようとする者もまだ存在している。

 

彼らを守れるような部隊を作らなければ。

 

今はまだ未熟ではあるが何れは……至ってみせよう。

 

「将軍! 夜営の準備、終了しました」

 

「わかった。では、半数に休むように伝えろ。後、酒は2杯までだともな」

 

最後の部分は強調しておく。

 

眠れない奴もいるかもしれないから寝やすいように酒を飲むことを許可したのだ。

 

寝れなければ明日に響く。

 

「将軍はどうするので?」

 

「俺は番をしてるさ。お前たちほど疲れてはないからな」

 

超級危険種を単身で倒せるような俺の体力はこの程度では全然余裕だ。だからこそ俺が番をするのだ。

 

他の部隊を率いているボルスやランも同じように最初は番をやるはずだ。部下たちは休むように言ってくるだろうがな。

 

俺には言われない。

 

俺の化け物じみた体力を知っているからってのもあるが、それ以前に命令なのだから。

 

休むように命令したから部下たちは休まなくてはならない。

 

俺は周りの警戒をしながら帝都で次に起こすべき行動について考える。

 

北の地へ送られた将軍はほぼ確実に負けるだろう。下手をすれば討ち取られる。

 

北の勇者……ヌマ・セイカ。

 

北方異民族の王子。彼は優秀だ。

 

だが……近いうちに確実に殺されることになるだろう。

 

俺かエスデス将軍の手にかかって。

 

此度、送られた将軍の失敗が原因でほぼ確実に起こりえることだ。

 

だが、俺は帝都からなるべく離れないように北の地には行かないつもりだ。故にエスデス将軍が北の勇者であるヌマ・セイカを殺すだろう。

 

俺はその間にナイトレイドを捕らえる。

 

他にはない功績が必要だ。俺の発言に力を持たせるには……後はチョウリ様を無事に帝都にお連れすること。

 

大臣に政治の面で対抗するにはあの方の力が必要だ。

 

チョウリ様に関しては時期がわからないので今はどうしようもないがわかり次第手を打たなければならない。

 

大臣相手に後手に回るとそれだけ不利になる。

 

手札の数ですでに負けているのだから。

 

俺の明確な味方と言えるのはランとボルスとここにはいないあいつと部下のみ。

 

陛下は大臣のことを信頼しているため中立。

 

ブドー大将軍はどちらかと言うと俺側といった感じである。

 

比べて大臣は腐敗した貴族や国の重役、さらには私兵まで持っている。

 

元々わかっていたことだが……改めて考えてみると対抗するのも馬鹿らしくなる。それでも……そんなことは出来ない。

 

陛下が国家の安寧と平和を願っているのだ。ならばそれを叶えられるようにするのが俺の役目。

 

「ふっ……初めの頃と比べると確実にマシだな」

 

まだ、誰も味方がいなかったときに比べれば今はとても味方が多いのだから。

 

俺は俺にできることをやるしかない。

 

強くなければ守れずに淘汰されてしまう。

 

今回の危険種討伐で今のところ死者は出ていないが時間の問題だ。

 

明日も同じことが続けば確実に死者が出る。

 

一応、予め決めていた合流地点があるがそこまで全員辿り着けるか……。

 

全員辿り着けるようにするのが部隊長や将軍の役割であるのだが、それも難しい。

 

生きてくれていれば……なんとかなるのだがな。

 

夕暮れになりゆく空を見ながらそんなことを考えていた。

 

急ぎ討伐を終えるために部下から死者が多く出るようなことはしたくない。

 

それ故に大臣に時間を与えてしまうことになっても、陛下の望む安寧と平和を守るための部隊にするためにも部下の安全を第一にする。

 

それでも……殉職者が出るのは避けられないな。

 

相手は東の地全域にいるのだから。

 

太守なども見つけ次第、討伐のために派兵しているがそれでも全滅に至れていない。

 

もうすでに幾つかの村が駄目になっている。

 

現在は太守などが派兵していない地点でマーグドンを討伐しているので、それなりに数は減らせているはずだ。

 

今、討伐しているのは別れた群れだと考えられるので本来の群れになるとその規模は数百を越えるものと考えられる。

 

そうなると部隊を合流させた上でボルスの帝具"ルビカンテ"が本領を発揮できるような状況に持っていかなければならない。

 

最低でも大元となった統率者だけは潰しておく必要がある。

 

でなければこの地から帝都に戻れない。

 

残党狩りであれば東の地の兵力だけでも事足りるはずだ。

 

すでに幾つもの小規模の群れを潰しているのだから。

 

なるべく早く終わらせて帝都に戻り、大臣の牽制をしたい。

 

少なくとも俺がいれば大臣の動きは遅くなる。

 

大臣が慎重に動くようになるからだ。

 

俺は夜営の準備を終え、食事を食べて仮眠する部下を少しの間だけ眺めると周囲の警戒へと戻るのだった。

 


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