ドクターの研究所で身代わりを作るための検査を終えた後、俺はチェルシーと別れてイェーガーズの本部へと向かった。
その道中ですれ違う人々からの驚きに満ちた視線を感じたが……ただ、噂が好きそうな輩からは驚きではなく好奇の視線を向けられたのだ。
これは……増えるな。見合いの話が。
俺がチェルシーと一緒にいたのがこんなに早く広まるとは思ってもいなかった。この調子だとすでにイェーガーズ本部にも広まってる可能性が高い。
逆にチェルシーの方はナイトレイドのメンバーに色々と聞かれることになるだろうと予想される。その時に話すのは俺とチェルシーが出会った頃のことになるだろう。
そこら辺は後で2人で話をある程度捏造して、それをナイトレイド側に伝えればいい。
そんなことを考えながら本部の会議室に辿り着く。
そこには行方不明のエスデス、研究所にいるドクターを除いたイェーガーズのメンバー全員の姿があった。
机の上にはランが纏めたのであろう資料が各々の分ずつ配られていた。地図もあるので賊の居場所もしくは危険種の分布が載っているのだろうと思う。
「来ましたね。美人な女性と仲良く会話していたと噂の将軍が」
にこやかにそんなことを言ってくるランに頬が若干ひきつるも、否定出来ないことなので軽く息を吐いてから口を開く。
「……その話は後にしよう」
「ええ、分かりました。将軍に女性の影がちらついたことで私に宛てられてきた将軍のホモ疑惑がキッパリと解消できます」
「なんだそれは?」
「ドクターとの付き合いが多くなってきたせいです。後、将軍がお見合いを断り続けたのと、付き合ってる女性がいないこともあり、ホモ疑惑が浮上してました」
……それが原因でホモ疑惑が持たれたのか。オカマであるドクターとの付き合いが増えたのは事実だ。…………これが1番の原因では?
だが、疑惑が晴れるなら別にどうでもいい。
俺に直接的な影響はないはずだ。
「そうか…………とりあえず、始めよう」
「はい。では始めます」
今後のイェーガーズの活動についての会議が始まった。
■
「まず最初に行方不明であるエスデス隊長についてですが……何も進展はありません。依然として行方不明のままです。現在は1000人体制でフェイクマウンテン周辺を捜索してます」
普通に考えれば悪い報せなのだが、犯人もその手段も判明しているので誰もエスデスの心配はしていなかった。
エスデスの強さを知っていれば心配することはない。エスデスの部下たちは心配よりもエスデスが新たな武勇伝でも作ってくるのではないかと期待してそうだ。
「次に新型危険種ですが、こちらは出現頻度が少なくなり、発見してもその数が少なくなっており、殲滅もそんなに時をかけずに終わるだろうとのことです」
「……これで行商人や帝国に住む人たちの不安も減りますね」
安心したようにホッとした様子のサヨ。ウェイブもいい知らせだと表情を輝かせている。
「ただ、新型危険種の存在を恐れて活動を抑えていた山賊等の活動が再び活発になってきたのでそちらの警戒をする必要が出てきました」
「だよね。私も焼却部隊にいたときの部下から聞いたんだけど小さなグループ同士がくっついて勢力を拡大しているみたい」
ランに続きボルスが言った。
「そうみたいだな…………」
机に置いてある資料を見ると……山賊等の数は減っているがその勢力圏は広がっている。
今まで少数のグループだったところが新型危険種のことを恐れて他のグループと合併して戦力の拡大をしたのだろう。
「なので……イェーガーズはこの山賊等の勢力を叩きます。まずは帝都周辺の賊を一掃。後にナイトレイドを狩りにいきます」
「ナイトレイドの場合はアジトを発見するか向こうがこちらを誘ってくるまで手の出しようがないのが正しいのだがな」
本当に上手く隠れたものだ。
それにナイトレイドがこちらを誘ってくるとしたら確実に俺とエスデスの2人は分断させられる。
「……それでだが、明日から俺はしばらく西の異民族の征伐に行ってくる」
「え……西の異民族の征伐にですか? 確か、革命軍が帝具を横流しにしたんですよね」
サヨが自信なさげに聞いてくる。
「ああ。流石にこれ以上放置は出来ないからな。少なからず被害も出ている。ナイトレイドが現れた時に向こうの方で何かあったら困るしな」
ナイトレイドが動くとすれば俺とエスデスの動向が掴めた上で両方揃っていない時だろう。片方だけなら分断しておくことも出来る。
今ならばエスデスの動向が掴めないため、ナイトレイドも大々的動くことはないはずだ。不確定要素は出来るだけ排除し、懸念を取り除く。
それに…………俺個人としてエスデスを排除するのにナイトレイドの存在は都合がいいのだ。
出来るだけエスデスの動向を掴んだ状態でナイトレイドには動いて欲しい。
エスデスが消えれば残ったエスデス軍……いや、エスデスの信奉者たちを革命軍へと捨て駒同然にして使える。あからさまにやれば捨て駒だとバレるがそこは捨て駒だと気がつかれないように上手く使えば何の問題も起こらないのだ。
■
その頃、チェルシーは…………。
「さぁて……色々と教えてくれないかなぁ?」
帝都のメインストリートを歩いていたらレオーネに捕まり、帝都に幾つかある隠れ家へと連れていかれていた。
そこにはタツミとラバックの姿もある。タツミとラバックの2人は帝都に食糧の買い出しに来ていたのだが、運が良かったのか悪かったのか借金取りに追われているレオーネと遭遇し、一緒に逃げたからだ。
チェルシーはその時はレオーネに担がれていたため、周りから見たらレオーネは誘拐犯であった。
それ故にタツミとラバックはレオーネの仲間と認識され、誘拐犯として手配されてしまったのをレオーネ、タツミ、ラバックの3人は知らない。
現在、帝都の一角でランスロット将軍の恋人、妻、友人、使用人、妹、姉、従姉、等々様々な噂ばかりが1人歩きしたチェルシーの捜索部隊が編成され、更には噂を耳にした大臣に与する一派が私兵を使いチェルシーの捜索を開始し始める事態にまで発展した。
そんなことを知るよしもない4人。
…………探す側からしたら厄介なことにチェルシーの名前は知られておらず、ただ単にランスロット将軍と親しい人物としてしか情報がなく
誘拐犯を捕まえるために動き出す帝都警備隊、ランスロットの弱味を握るために動き出す大臣に与する一派の私兵、そして誘拐犯として手配されたレオーネ、タツミ、ラバックのナイトレイドだと顔ばれしてないメンバーの
三つ巴の状況が偶然にも発生してしまう。
そして…………この三つ巴にイェーガーズが参戦するまで後1時間も無かった。
■
そして…………場面は変わり宮殿。
完全に人払いのされた中庭に上半身を露にした太った男性の姿があった。
「すぅー……はぁー……」
目を閉じ、大きく深呼吸を行い呼吸を整えつつも拳を構える。額や露になった上半身から滴り落ちる汗がこの男が武術の鍛練を行っていたことを伺わせる。
そう……普段のこの男性の食生活からは全く考えられないことであるが……現実である。ただ言うなれば武術の鍛練をしているのがオネスト大臣であるということだ。
「……歳は取りたくないものですね」
構えを解き、目を開くと大臣は溜め息混じりにそうこぼした。
まさしく全盛期と言える頃と比べれば格段に腕は落ちている。それでも並大抵の者は今の段階でも容易に返り討ちに出来る。
全盛期……皇拳寺羅刹四鬼に匹敵する時の力量を誇っていた頃と比べれば大分衰えたと言うものだと大臣は内心で嘆息した。
「ですが……まあ、いいでしょう。私は戦う者ではありません。それは他の者にやらせればいいのです」
鍛練を終わりにするようで大臣は体をほぐしながら中庭から宮殿内部へと戻っていく。
「ヌフフ……勝つのは私です。困難が立ち塞がるならばそれすらも踏みにじって差し上げましょう」
困難を困難とも思っていない表情……例えるならば退屈しのぎの玩具を見つけた時の表情だろう。
革命軍の抵抗も所詮は退屈しのぎに他ならない。上手く行き過ぎてもつまらない。何かしらのやり甲斐が必要なのだ。
力を着けて、これなら勝てるぞ! と希望を持って立ち向かってくる革命軍の希望を根こそぎへし折り、絶望させ、惨ったらしくその生を終わらせる。
その時に見るであろう光景や怨嗟の嘆きや声を想像すると気持ちが高ぶり、同時に空腹になってきたのを感じた。
「さて……今日は何を食べますかね」
大臣は悠々と歩みを進めていく。
ランスロットに関してはエスデスをぶつければいい。仮にエスデスがぶつけられないのであれば至高の帝具がある。あれさえあればどんな相手も塵芥に等しい。
先のことを考えつつ大臣は笑みを浮かべるのであった。
■
「………………」
どうしてこうなったんだ? いや、単にタイミングが悪かっただけか……。
「さて、皆さん準備はいいですね?」
ランがイェーガーズの面々を見渡す。
現在俺たちがいる場所はイェーガーズ本部ではなく、帝都警備隊の支部の1つの会議室である。
ことの発端はチェルシーが誘拐されたとの報告がイェーガーズ本部に届いたことだ。
俺自身も最初はなんのことだ? と疑問を浮かべていたのだが、報告を聞くにつれて誘拐されたのがチェルシーであるとわかった。多くの目撃証言と俺と一緒に歩いていた女性が誘拐されたとあり俺が直接指揮を取ることになった。
そこでランやイェーガーズの面々も協力すると言い、この警備隊の支部の1つへと一緒に来ることとなったのだ。
犯人は3人組らしく、主犯格の女性が1人とその仲間に男性が2人とのこと。年は主犯の女性が20代、仲間の男性が10代後半らしい。あくまでも見た目からの予想なので外れている可能性も十分にある。
「分かっているとは思いますが、帝具は私とウェイブ、サヨ以外は禁止です」
「うん。私とクロメちゃんの帝具は街の中で使うと被害が大きいもんね」
「……流石に超級は出さないけど駄目?」
「ええ、駄目です。革命軍の密偵が何処に潜んでいるかわかりません。それに八房の骸人形になっている中には名の知れた者たちも混ざっています。みすみす情報を与えるわけにもいきません」
帝具が使えなくともクロメもボルスも並大抵の輩に遅れをとることはまずないだろう。
「イェーガーズは分散し、各隊員の下に10名ずつ帝都警備隊員がつく。帝都の地理に関しては我々よりも正確に把握しているから道に迷うことはないだろう」
それにイェーガーズ解散後のことも考えると部下を率いることもやっておいた方がいい。
イェーガーズの面々は基本的に人格面で問題はないので大丈夫だろう。警備隊員の方も俺からの命令であれば普通に従ってはくれるはずだ。
……俺に貸しを作りたい連中はすでに動き出しているはずだ。そいつらを警備隊が捕まえることは出来るはずがない。罪を犯していないのだから当たり前だ。出来ても精々注意する程度だろう。
……無事であるのが1番ではあるのだが、もしものことを考えるならば計画の変更も考えておかなければならないな。
…………純粋に無事を祈れず、すでにもしものことを考えていることに罪悪感を感じるもこれが俺という人間なのだ。
大臣とはベクトルが違うが十分俺も酷い人間であることを認識出来る。
手抜きはしない、可能な限りの力で探すのは当たり前なのだが……最初からもしものことを想定しているのだ。もしもの事態になってもすぐに受け入れられるように……。
本当なら最良の結果のみを祈り、願うのが普通なのだろうにな。