陛下と共にお昼を食べた後は予定していた通りの訓練を行い、今日やることは終わった。
書類はすべてランが処理しておいてくれた。どうやら、俺が判断を下す必要があるものは無かったようだ。
そのお陰で今日は早めに終われたので、お昼のお裾分けのお礼用のお菓子を買いに帝都メインストリートにある有名な甘味処に来ていた。
「……では、季節限定ケーキを3つ頼む」
「はい! ただいま!」
いそいそと頼んだケーキを持ち帰り用の箱に詰めていく従業員。
「どうぞ、お待たせいたしました!」
それを受け取り、金を払う。と俺は店から出ていく。
そして、店の扉を開けて店の外へと出ようとする俺の背中に、「またのご来店をお待ちしてます!」と声をかけられる。
それに空いている手を上げるだけで返事をする。特に言葉はいらない。
顔馴染みの従業員なのだから。
俺はその足で帝都にあるボルスの家へと向かう。
3つ買ってしまったが……ボルスは今日は帰ってくるのだろうか?
それだけが心配だ。
ボルスの家に着くと俺は家の扉をノックした。
少しすると「ハーイ!」と元気な声が聞こえてきた。この感じは娘さんの方か。
ガチャリと扉が開く。
「どちらさまです……あ! 将軍さんだー!」
出てきたのは予想通り、ボルスの娘さんであった。
「や、こんにちは」
俺は手に持ったケーキの入った箱を目の前に持っていきながら気軽に挨拶をした。
「こんにちは! パパを呼ぶからちょっと待っててください! パパー! 将軍さんが来たよー」
大きな声でボルスが呼ばれた。今日は珍しく家に帰れたらしい。
家の奥から小走りでボルスがやってくる。
「お裾分けのお礼のケーキだ家族で食べてくれ」
やって来たボルスに早速ケーキの入った袋を差し出す。
「ケーキ……!?」と目をキラキラと輝かせる娘さん。
「しょ、将軍! お礼なんていいのに……」
「いやいや、気持ちの問題だから」
あくまでも気持ちの問題だ。俺がお礼をしたいからそうするのであって、誰かにやれと言われたわけじゃない。
「あら……どうしたの?」
次は奥さんがやって来た。
すると、ボルスは奥さんに俺から渡されたケーキの入った袋を見せる。
「将軍がお裾分けのお礼にって」
「うん! そうなの! ケーキだって、ママ!」
ボルスとその娘さんの言葉を聞いた奥さんが俺に頭を下げてくる。
「そんな……わざわざすいません」
「いえいえ、お礼ですから気にしないでください」
「いえ、でも……」
「こちらも結構お世話になってますから」
そうなのだ。ボルスと知り合ってから夕食をご馳走になったり色々とお裾分けを貰ったりしているのでこういうことも珍しくはない。
「それはお互い様ですよ」
「それもそうですね」
「将軍もお茶でもどうですか?」
「いや、せっかくだけど今日はお断りしておくよ」
せっかくの誘いではあるが今日は遠慮しておく。
残念そうにするボルスと奥さん。本当にいい人たちだ。
「何か仕事でも?」
「はい、私事があって」
「そうですか……それなら仕方がないですね」
奥さんはそれで納得してくれた。
「将軍もあんまり無理しないでくださいね。何かあれば私も協力しますから」
「ああ、その時はちゃんと頼むさ」
その時は必ず。
信頼できる仲間が必要になるのだから。
俺の考えている計画を遂行するために必要な存在。
俺の求めている役割にボルスの帝具は必要不可欠ではない。あくまでも必要なのはボルス本人。
腐っておらず、軍人として私情を挟まずに動くことのできる男。
やっぱり……少し無理をしてでも部下に欲しいな。
俺はそれから少しだけ立ち話をしたあと、その場から去った。
あまり長くいるのも悪いからな。
■
深夜。
人々が寝静まり、静寂が支配する中それはやって来た。
「……早いな」
2級危険種であるマーグファルコンが足に手紙を持った状態でだ。
手紙を受け取るとすぐさまマーグファルコンを放す。
バサバサと翼をはためかせて夜の闇に消えていくのを見届けてから手紙を読む。
「………………………………なるほどな」
地方の方は場所によっては今すぐにでも反乱が起きてもおかしくはないほどに追い詰められている場所があるそうだ。
それと、新興宗教として安寧道がその勢力を日に日に増大させているらしい。
手紙によって報告されるほどなのだ。この安寧道は侮ってはいけないようだ。場合によっては……矛を交える可能性もある。
そうなった場合……部下たちの士気は大いに下がることになるだろう。守るべき民たちに矛を向けねばならぬのだから。
……厄介だ。敵はいたるところにいる。
四面楚歌どころではない。
革命軍の中には確実に現在の帝国では上を目指せないから革命軍に所属し、大臣を討った後の帝国で成り上がろうとしている野心家もいるはずだ。
陛下を殺せと意見を言うやつも中にはいるだろう。
まあ……そいつにはこの世から去ってもらうとしてだ。
「……これは手紙の内容とは関係ないよな」
手紙の最後にはあいつの愚痴が書いてあった。
仲間の1人の口臭が酷いとか、酒癖が悪いとか、告白された等々……俺にどうしろと言うのだ。
でも、ちゃんと返事をしなければ……拗ねるからご機嫌とりをしなくちゃならなくて面倒だしなぁ。
しかもなるべく早く返事を出さないと確実に拗ねるので早さのみの適当な返事は出せない。
明日のこともあるのでちゃんと寝ておかなくてはならない。
身体が資本なので健康管理もしっかりとしなくては、部下に笑われてしまう。
それに明日は会議なのだ。
陛下に大臣、内政官や将軍が一同に集う。ただし、参加しない将軍がいる。
それはブドー大将軍。あの人は参加しない。
武官が政治に口を出すべきではないとのことだ。
俺は陛下のためにならないと感じたならば遠慮なく口を出させてもらうが。そのせいか大臣には毎回煙たがられている。
昔はそれなりに刺客も送られてきたのだが……変に武勇伝を作ったせいか送られなくなった。
森の中で盗賊に襲われた時にはそこら辺に落ちていた木の棒で盗賊を返り討ちにし、ある時は強盗に人質にとられた一般市民を助けるために下着姿になって犯人の元に人質交換を求めて、犯人が人質を解放した瞬間に鎮圧したりとかしたら刺客が来なくなった。送るだけ無駄だと感じたのだろう。
元々、刺客自体の質も微妙だったので俺としては大臣側の手駒を減らせるからそのまま刺客を寄越してくれてよかったのだが。
とりあえず、今日はもう寝よう。
明日は明日でやることがあるのだから。
■
翌日。
宮殿内の謁見の間に内政官らや将軍らが一同に集っていた。
皆、今日のためにあらかじめ時間を作り帝都に赴いている。
「皆、忙しい時期によくぞ集まってくれた」
陛下が入場と同時にそのような言葉を言う。
「これより会議を行う……大臣」
「はい。私から報告させてもらいます。では―――」
陛下に促されて大臣が報告を始める。
その報告を聞くと一部の内政官らが苦虫を噛み潰したような表情になる。彼らは大臣派ではなく良識派であるとすぐにわかる。
でなければ他の内政官のように澄まし顔をしているはずだ。
「―――以上です」
「ご苦労。やはり、賊が増えているか」
「はい。陛下のご威光が届いていないようです。まったく嘆かわしいことです」
どの口が言うか……ッ!
ストレスが溜まるので参加したくないが他の内政官に参加してくれと頼まれ、陛下になるべく参加してくれと言われていなかったら絶対参加したくはない会議だ。
大臣の報告すべてが大臣に都合の良いものばかりでは……。
「他にもかつてランスロット将軍に奪還していただいた北の地が再び北の異民族によって奪われました」
その知らせに内政官らがざわめく。将軍らは黙って続きを促す。
北の地か……。
「また、東の方では危険種が異常繁殖しており、それらを駆除するために兵を寄越してくれとのことです」
東では危険種が異常繁殖か。
部下のこともあるので北の地は無理だ。新兵では荷が重い。
新兵以外の部下は西の異民族を牽制するために西の地に残してあるから必然的に俺が行けるのは東しかない。それにボルスをこちら側に引き込むのは今がチャンスだ。
「では、陛下。東の方は俺が行きましょう」
「む、ランスロット将軍がか? 将軍は北の方にいった方がやりやすいのではないか?」
「北の地は現在の部下では不可能です。西の地に異民族を牽制するために古参の者たちを残してきているので」
「そうか……それならば仕方あるまい。では、東の危険種討伐にあたって必要なものはあるか?」
「はい、兵を千人と帝具使いを1人。焼却部隊の隊長であるボルスを俺の部隊の方に移動させてください」
ここで大臣が口を挟んできた。
「ランスロット将軍のところにはすでに帝具使いが1人いるのにまだ必要なんですか?」
「最も効率のよい危険種殲滅のためですが。まさか……大臣は時間をかけて殲滅しろと? 救うべき民たちを見捨てて」
「いえいえ、そんなわけありません」
「なら、口を挟まないでいただきたい。決定するのは陛下ですので……それで、陛下如何に」
俺は黙って陛下の返答を待つ。
「すぐに手配しよう。迅速に終わらせるのだぞ」
「はっ! 準備が出来次第すぐに東へと参ります」
これで……信頼できる帝具使いが2人。
後は時期を見計らいあいつをこちら側に呼ぶだけで俺の部隊は完成する。
「うむ。次に北の地だが―――」
それから北の地に向かう将軍が決められた。
その将軍は大臣の息のかかったものであり、能力的に将軍としては最低ランク。
あるのは権力のみの微妙な将軍だ。
終始……大臣から忌々しい者を見る目で見られていたがどうと言うことはない。
俺の陛下に対する忠誠は犬に例えられることもあるほどなのだから。俺が陛下にとって都合の悪いことをしないという信頼は宮殿に勤めるものならば誰でも知っている。
それに……俺は将軍である以前に陛下の臣下である。将軍の立場は何かと便利だからいるのであって陛下のためにならないのであれば俺は即座に将軍を止めるつもりだ。
■
会議が終わると俺はすぐさま帝都の外で訓練をしている部下たちの元へと向かった。
監督はランが勤めているのでそこに行けば西の地にいる部下を除いて俺の部下は揃う。
「……将軍、会議はどうなりましたか?」
現場に着くなり早速ランに聞かれた。
「東の地にいる異常繁殖した危険種を討伐しにいくことになった。後は部隊に帝具使いが1人増える」
「わかりました。伝えておきます。それと新しく帝具使いが配属されるそうですが……よく大臣が許しましたね」
「陛下が必要なものはあるか? と言われたのでな。渡りに船とばかりに要求させてもらった」
「なるほど……そうなると、さすがの大臣も将軍の要求を撤回させられませんね」
その通り、大臣が勝手を許されているのもすべては陛下の信頼を得ているため。
そして俺は将軍である以前に陛下の臣下。陛下の個人戦力でもある。それを縮小させようとはしないだろう。したら陛下に対して害意を抱いていると判断されかねないのだから。
それ故に大臣は表だって俺を排除できない。
「……まあな」
「訓練は終わりにして明日に備えさせましょう」
ランの言葉にうなずく。
明日の明朝に出発して、危険種を狩りつつ最大速度で移動する。
「ああ、明日は強行軍になるから早めに休ませないとな。出発は明朝だ」
「わかりました」
ランは短く返事をすると訓練をしている部下たちの元へと歩き出した。
俺は背を向けるとそのまま自宅へと戻る。
それから、異常繁殖した危険種についての資料に目を通す。
「……1級危険種マーグドンか」
統率者を頂点とした群れをなして行動している竜型の危険種。
特級でないだけましだな。もし、特級であったなら部下たちの何人かが犠牲になるのは避けられなかった。
1級と特級ではそれだけの差が存在するだ。
「……でも、問題はないな」
奴らの巣ごと焼き払う。焼くのはボルスであるがその前の露払いをするのは俺とその部下たちの仕事だ。
特に部下たちにはチームで動く重要性を再度理解させるのに役立つこと受け合いだ。
俺は資料をしまうと深夜に届いたあいつからの手紙の返事を書き始める。
書く内容に四苦八苦するはめになったが……。
元々、命じていたことの報告よりもあいつの愚痴の方に頭を悩ませることになろうとは梅雨とも思っていなかった。
だが……こんなことで悩めるだけ幸せな方かとも思ってしまう。
陛下に居場所を与えてもらう前と帝国の現状のことを考えるとこうやって悩めるだけ幸せな方であると理解できる。
「……たまには俺の愚痴でも書いていいかもしれないな」
あいつがどう返事を返してくるのか興味もあるしな。
ふと沸いた考えに従い俺は返事を書くと帝都の外へと向かいマーグファルコンを呼んで手紙を足にくくりつける。
飛び去っていくその姿を見ながら俺は自宅へと帰った。