憑依者がいく!   作:真夜中

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41話 蠢くもの

ウェイブ強化計画の会議から約2週間が経過した。

 

「…………」

 

帝都にあるドクターの研究所の実験室には大量の兵器が並べられていた。

 

この兵器群を一般兵1人1人に持たせ、戦場に送り出せばどれ程の戦果を上げるか……。実際にこれらを西の地に送れないか、そんなことを考えてしまう。

 

帝国軍は3方面から攻められても負けはしないほどに強大だ。だが、それも現状はだ。

 

2方面なら確実に勝てる。3方面なら時間はかかれど勝てる。時が経つに連れて弱体化していくのは帝国で強化されるのは革命軍。

 

戦力の差は次第に埋まっていく。

 

この差を埋められないようにするには誰でも使える兵器や策謀によるものしかない。

 

俺自身の知名度や人望では敵対者に威圧感を与えるぐらいしか出来ず、よくて相手を怯えさせて本来の動きを出来ないようにするぐらいだろう。

 

撤退は絶対に無いだろうから、本来の動きを出来ないようにするだけでも十分な戦果だと思うが、やはり欲が出てしまう。

 

「……安くしてあげるわよ? もちろん、お代はいただくけどね」

 

「…………いくらだ?」

 

「ナイトレイドの死体でいいわよ」

 

「どんな状態でもいいのか?」

 

これは確実に確認しておかなければならない。トラブルの元となるからだ。

 

「そうね……最低でも四肢欠損ね。本当なら五体満足がいいのだけれど。それも、難しそうだから妥協して四肢欠損ね」

 

「わかった……」

 

四肢欠損ならまだ何とかなりそうだ。

 

だが、優先順位を間違えてはいけない。1番に優先するのは部下の命。

 

味方は得難いものだ。それは頼れる味方ほど得難い。

 

信用に信頼とこれらは築くのに相当な時間を必要とする。

 

相手を知り、自分を知ってもらわなければいけないからだ。

 

西の地にいる部下は信用し信頼している。ブドー大将軍率いる近衛も信頼出来る。

 

だが、エスデスとエスデス軍は信頼も信用も出来ない。エスデスの信奉者であるエスデス軍はエスデスの命令1つで陛下に牙を剥くのは確実だ。

 

大臣の次に厄介な存在である。大臣の次な理由はいざとなれば俺自身の手でエスデスを葬るからに他ならない。

 

今はまだ利用価値があるから手は出さないが……場合によっては暗殺も視野に入れている。

 

革命軍の仕業に出来る間にしか暗殺は決行できないのが難点ではあるが、不可能ではない。

 

ただ、暗殺するならもう少し待ってからの方が都合がいい。動乱の気配が濃ければ濃いほどやりやすくなる。

 

「楽しみに待ってるわ!!」

 

「ああ……俺の方も部下の命がかかっているも同然だからな。手を抜くような真似はしない」

 

ただし、時期は図らせてもらうがな。

 

俺にとって事が最も運びやすい時を……そこを狙わなくては後の計画に支障がでる。

 

エスデスには早々とは言わないが中盤には退場してもらおう。

 

死体は残ったのならドクターに渡す、残らなければそれはそれでよしだ。

 

「ええ……本当に楽しみにしてるわ」

 

俺は実験室から出て行こうとドクターに背を向けて歩き出すと同時にドクターのウキウキとした声を耳にした。

 

ああ、俺も楽しみだよ。

 

内心でそう答えつつ、俺は誰も見ていないのをいいことに小さく笑う。

 

「……今のところは全てとはいかないが概ね計画通りに進んでいる。一番の不安要素は味方なのが残念ではあるがな」

 

 

 

 

「あ! 将軍!」

 

ドクターの研究所から出て、イェーガーズ本部に向かっていると片手にクレープを持ったクロメが駆け寄ってきた。

 

「クロメか、今日は休みの日だったな」

 

「うん、だから帝都のメインストリートのお菓子屋さんの食べ歩きしてるの」

 

俺の隣に来るとクロメがクレープを口にしながらそう言った。

 

「そうか。まあ、ほどほどにな」

 

「もちろん、まだ腹八分目には程遠いから問題ない!!」

 

キリッとした表情で言われても、口端に着いたクリームがあるせいでなんとも締まらない空気を醸し出している。

 

「そ、そうか……」

 

甘いものばかりで飽きないのかと思うもそれは口に出さなかった。口に出したところでクロメが食べるのを止めることはなく、飽きないと返事が返ってくるのは明白だったからだ。

 

それに……せっかく美味しそうに食べているのだから、それに水を指すのは無粋だろう。

 

「一口食べる?」

 

すっと口元に寄せられるクロメの食べかけのクレープ。

 

「なら、いただこう」

 

クレープを一口食べる。

 

口の中には生クリームの味と酸味の効いた苺のような果実の味が広がる。

 

「……うむ、中々に旨いな」

 

「でしょ!」

 

嬉しそうに笑みを浮かべるとクロメはクレープを食べ始めた。

 

パクパクと幸せそうに食べる姿を見ると今の環境が異常でしかないと認識させられる。

 

本来であれば今のような姿が年相応なのだろう。それを殺し殺されが当たり前の環境に身を置かせてしまう不甲斐なさをいつになく実感させられてしまう。

 

陛下の望む、帝国の未来図にクロメと同じような歳の子を戦場に送り出す帝国の姿はない。

 

あるのは帝国に暮らす民の安寧。

 

故にそれを脅かすであろう存在を生かしておくわけにはいかない。エスデスに心酔するエスデス軍もだ。

 

彼らはエスデスからの命令があれば帝国に牙を剥くだろう。

 

「……クロメは平和になったらどんな暮らしがしてみたい?」

 

「平和になったら? う~ん……とりあえず、美味しいものが食べたい!!」

 

「そうか……美味しいものが食べたいか」

 

「うん! 今も美味しいものは食べられるけど平和になったらゆっくり気ままに食べられるから」

 

……本当、こんな些細な願いが難しい世の中は間違っている。

 

「なら、その時が来たら皆で美味しいものを食べに行くか」

 

そう言いながらクロメの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「本当?」

 

俺に撫でられたせいで髪がボサボサになったクロメは髪を手櫛で整えながら聞き返してくる。

 

「ああ、本当だ。その時は俺の奢りだ」

 

クロメの言葉に俺は小さくうなずきながら答える。

 

その皆の中にエスデスの姿がないのは内緒だ。それに、イェーガーズ全員が全員とも無事でいられる可能性は限りなく低く、それを実現するはものすごく難しいのはわかっている。

 

だが、それでもそんなことを考えてもいいだろう。

 

「やった! 約束だからね!」

 

「ああ、約束だ」

 

こんな些細なことしか出来ないが、それで喜んで貰えるなら十分だろう。

 

少しでも幸せを感じれる時があれば、それはそれでよい人生であったと言えるかもしれない。

 

幸せとはなにかを理解する前に死ぬ人も多くいるのだから。

 

 

 

 

「………………厄介だな」

 

イェーガーズの本部に着いた俺は俺の部屋の窓枠に手紙が置かれているのを発見した。

 

手紙には封がしてあり、それはチェルシーからの連絡であると一目でわかるように印がついてあったのだ。

 

何か問題が起こったのかと心配になり、風を開けて内容を確かめる。

 

そして、口に出してしまった厄介という言葉。その理由は……ナジェンダ元将軍が生物型の帝具の使用者であるということだ。

 

その強さはブラートに近く、ナイトレイドの中ではブラートに次ぐ戦力であるらしい。名は【電光石火】スサノオ。

 

となると、ウェイブがブラートに対抗できるだけでは駄目だな。

 

パンプキン、エクスタス、インクルシオ、村雨。この4つはナイトレイドが保持していると確定していた帝具。そして、ドクターが得た情報では肉体を変化させるタイプの帝具が1つ、チェルシーから得た情報でスサノオ、クローステールという帝具も保持していることがわかっている。

 

計7つの帝具がナイトレイド側に存在してる。これは存在してるしている帝具の約7分の1を持っていることになる。

 

それはイェーガーズの持っている帝具の数と同じ。

 

ただでさえ、ブラートというエスデスか俺でなければ確実に勝てないであろう戦士がいるのに、それに近い実力をもつ存在が増えたのだ。

 

これは、楽観視出来ない。ほんの少しの選択ミスでイェーガーズのメンバーの半数は確実に討ち取られる。

 

向こうはこちらと違い足を引っ張る味方がいない。

 

その差は大きい。いくら、スパイであるチェルシーがいるという有利な点があってもそれを生かせなければ意味がない上に無駄になる。

 

それに、イェーガーズの持つ帝具の情報はすでにナイトレイドに伝わっていると考えて間違いない。

 

ナイトレイドが持っている帝具の情報を一旦まとめて、イェーガーズのメンバー全員が集まったときに伝えるべきだ。

 

知っていれば不意を突かれた際もすぐに体勢を立て直せる。

 

予め知識があるのとないとでは雲泥の差がある。知らなかったのが原因で部下を失うなどはしたくない。

 

エスデスは別だ。あいつだけは絶対に死んでもらわなければ困る。オネスト大臣同様にだ。

 

次の大臣には一時的にチョウリ内政官にやってもらえればよし、仮に駄目ならセイギ内政官にやってもらおう。

 

改めてそう考えつつ、紙にナイトレイドの情報を書き込んでいく。

 

それと、同時にチェルシー宛の手紙を書くのも忘れない。

 

これからの予定の変更点の有無やイェーガーズの現状等も伝えておかなければならない。ある程度戦力バランスはこちらでコントロールしておきたいからだ。

 

「……次に打つべき手は」

 

そろそろ、帝国各地の太守の粛正対象の選別をする必要もあるな。

 

同時に軍部のもだ。膿はまとめて処理した方がよい。下手に残しておくとそこからどんどん悪くなっていく。

 

そうならないようにまとめて処理出来るように下地を整えておく必要がある。

 

なら、次に打つべき手は……。

 

 

 

 

「…………もう、日が沈み始めたか」

 

一息つこうと思い、窓から外を覗くと日が傾いていた。

 

思ったよりも集中していたらしい。

 

集中すると時間を忘れる事があるのは何とか改善すべきだな。

 

客人が来ていたらを待たせてしまうし、会議等があったときに遅れてしまう可能性も少なからずある。

 

そうなってしまったら時間が勿体ない。

 

「……ん? 何かあったのか?」

 

足に紙をくくりつけてある鳥が窓枠に降りてきた。

 

しかも、くくりつけてある紙は何か急を要する問題が起こった時に使うように指示している赤色の紙だ。

 

鳥の足にくくりつけられている紙をほどき、広げる。

 

「……新種の危険種」

 

突然変異の可能性も疑ったが、紙には簡潔に限りなく人型に近く知能もそれなりであると記載されている。

 

帝国各地のいたるところで突如として出現。一応、出現した場所の近くにある村や町で見たことがあるかの確認をしたところ、初めて見たと証言された。

 

「……色々と怪しいが、新種であるのは間違いない」

 

むしろ、問題なのは……これらの存在が今まで全く確認されていなかったとこだ。

 

突如として出現したこの新型危険種は……通常の危険種とは別の何かであると考えた方がいいな。

 

下手すると新種の危険種であることすらも怪しい。かつて、この手で潰したプトラを思い出す。人の身体の一部を危険種のものに変える秘術をもつ一族を。

 

その秘術がまだ何処かに残っていて誰がそれを使って実験をしているのか?

 

だが、それはありえるのか? プトラの地は赤子すら残さず、根絶やしにしたはずなのだが……。

 

2、3体ほどサンプルとして捕らえるべきだな。毒を持っていないとは限らない。毒持ちであるなら解毒薬が必要になる。

 

ドクターに調べてもらうように手配しなくてはならないな。

 

対応としては普段の危険種討伐時と変わらず、死体の焼却は徹底しておくこと、遠距離から確実に仕留めるとこぐらいか。

 

何かしらの特殊な能力があるとの報告はないので、普段の危険種討伐と同じように動けば問題ないはず。

 

ただ……知能がそれなりにあるというのが厄介なところか。

 

それなりということは個体差はあるが知能の高いやつがいるということだ。

 

あまり楽観視は出来ない。

 

「……次から次へと問題が起こるな」

 

たまたま、巡り合わせが悪いのか……それとも誰かが裏で手を引いているのか。

 

「まったく……先が思いやられる」

 

大臣だけに注意を向けていられるような環境には中々ならないか。

 

やることが増えるのは困るのだがな……そうも言ってられない。

 

せっかく部下が報せてくれたのだ。それを無視しては悪い。部下の行いを完全に駄目にしてしまう行為だ。

 

「……これのことも書類にまとめておくか」

 

やることが増えた。

 

まあ、帝都付近にナイトレイドがいないのでやることが少なくなっていたのが唯一の救いか。

 


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