憑依者がいく!   作:真夜中

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40話 計画

「………………」

 

「………………」

 

横凪ぎに飛ばした斬撃と無数の氷剣が黒い鎧を中心にぶつかり、その場所の視界が斬撃と無数の氷剣のぶつかりあった衝撃で出来た土埃と氷の欠片が入り交じった煙によって見えなくなる。

 

「………………」

 

「………………」

 

言葉が出なかった。エスデスも俺と似たような状況だろう。

 

あの黒い鎧は完全にウェイブだった。

 

昂っていた心はすでに消沈し、俺はヤバくないかと内心焦りながら煙が晴れるのを待っていた。

 

「……ウェイブ、貴様のことは忘れん」

 

「おい」

 

「冗談だ。グランシャリオを身につけていたんだ生きているだろう」

 

「確かにそうだが……」

 

それでも冗談にすべきことではないだろうに。

 

ガララッ!! と氷の欠片で出来た山の中から黒い鎧が出てきた。

 

「おお!」

 

「生きていたか」

 

黒い鎧―――ウェイブは氷の欠片で出来た山から出てくるとグランシャリオを解き、地面に座り込んだ。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

すまん。本当にすまん。途中から完全に存在を忘れていた。

 

 

 

 

同時刻。

 

帝都のメインストリート。

 

人通りの多い道に1人の男性と4人の女性が今日の夕食について、話し合いながら話していた。

 

「今日は鶏肉にしよう!」

 

「いえ、今日はコウガマグロが売られるそうなのでコウガマグロがいいです」

 

「ちょっと、2人とも! 旦那様と奥様の意見を聞かないと」

 

使用人服を着た彼女たちが2歩ほど後ろから歩いてくる、彼女たちの雇い主である2人の意見を聞こうと、旦那様と奥様は何がいいですか? と訊ねた。

 

「そうですね……スピアさんは何かありますか?」

 

使用人たちに訊かれ少し悩んでから男性―――ランは妻……正確には将来の妻にであるスピアに訊ねた。

 

「奥様……は!? そ、そうですね……父上が魚が食べたいと言ってたので今日は魚にしましょうか」

 

奥様という言葉に娘息子に囲まれて過ごす自分の姿を想像していたスピアがランに話しかけられたことで現実に帰ってくる。

 

そして、慌てた様子で取り繕うように言う姿に使用人たち―――ファル、ルナ、エアの3人はまたかと小さく笑っていた。

 

「そ、そんなに笑わなくても……」

 

「いいじゃないですか。下手に畏まられるよりも暖かみがあって」

 

「確かにそうですけど」

 

笑われていることに気がついたスピアが拗ねるも、ランに慰められると不貞腐れながらもすぐに機嫌が良くなってしまう。

 

「いや~、ラブラブだねぇ」

 

「うん」

 

「そうだね」

 

何度も似たような光景を見たことのあるファル、ルナ、エアの3人はそのまま話を今日の夕食に戻す。

 

「それで今日は大旦那様が魚がいいって言って奥様から聞いたからコウガマグロだね」

 

「あ~あ、私は鶏肉がよかったのになあぁ」

 

「文句を言わない。大旦那様たちは優しいからある程度私たちの意思を尊重してくれるけど、他のところじゃそうはいかない」

 

エアの言葉にファルが愚痴をこぼし、それをルナがたしなめる。

 

性格的に似ていないこの3人はこれでバランスがとれていた。

 

3人がチョウリ内政官、スピア、ランの住む屋敷としか言い様のない家に使用人として雇われたのは三獣士が死亡した竜船の一件から1週間も前のことだった。

 

元々、商人のところで働くはずだったのだが、帝都に到着した時には雇い主となるはずの商人が犯罪者として捕まった後だったのだ。

 

その事を知り、危なかったと安堵するも、持ち合わせも少ない。

 

ならどうする。そこで彼女たちは行動した。

 

私たちを雇ってください、と。

 

当然、上手くいくはずもなく何十件と断られ続け、途方にくれていたところをスピアに拾われたのだ。

 

帝都についてからまだそんなに日が経ってなく使用人を募集しなくてはならない状態だったのでスピアにとっても3人を雇うのは渡りに船だった。

 

何よりもこの3人が元から帝都に住んでいたのではなく、地方出身であったのもスピアにはちょうどよかったのだ。父の敵である大臣側の人間である可能性が低い地方出身者。

 

元から帝都に住んでいる者を雇うよりも安心出来るからだ。帝都に住んでいる者は完全に信用出来ない。

 

それに……歳の近い娘の方が気が楽なのもあった。

 

スピアは現状の生活には満足していない。将来の旦那であるランは命の危険のある仕事で毎日心配が絶えない。すぐに今の仕事を辞めて父と同じ政治家になって欲しいと思っている。

 

でも、そんなことは思っても口に出せない。

 

まだやるべきことがあると、ランの口から直接言われているからだ。

 

だから、スピアはランが無事に帰ってくることを信じて待つことにした。

 

幸いなことにランの同僚も妻子持ちであり、その同僚の奥さんに相談できたことが支えになっていたのだ。

 

自分の知らないうちに先に逝ってしまうかもしれない不安。

 

それは心の内で常に燻っている。

 

でも、今は……この思いに蓋をしておく。そして、いつか言うのだ。

 

私がどれだけ不安を感じて、心配していたのかと。

 

きっと彼は困ったような感じでの笑顔で微笑みつつ話を聞いてくれるだろう。スピアはそんな予感を感じていた。

 

 

 

 

イェーガーズ本部会議室。

 

夕陽に照らされた室内で俺とエスデス、ドクターの3人はホワイトボードに書かれた議題について頭を悩ませていた。

 

『ウェイブ強化計画』。

 

でかでかと書かれたそれは目下最大の問題であった。

 

正直に言ってしまうとナイトレイドのような強力な敵は中々いない。

 

普通の賊程度なら正規軍の一部を動かせば事足りるのが現実だ。

 

「ここはやっぱり……改造しかないわよ! 私の手で最高にスタイリッシュなウェイブにして上げるわ」

 

「……確かに強化改造すればすでに完成されているウェイブの伸びしろを増やせるだろうな」

 

「それだと、増した身体能力に振り回されないように1から鍛え上げる必要があるな。だが、そんな時間はないと見ていいだろう」

 

上がった能力に今まで研鑽した技量が追い付かなくなってしまえば、以前よりもある意味弱体化してしまう。

 

戦いは単純な身体能力だけでなく戦いの巧さも必要だ。

 

実力の差は技量の差でもある。

 

「そうだな。私とランスロットの2人がかりでやっても時間がたらん」

 

「なら、いっそのことグランシャリオ専用に外付け装備を造るのはどうかしら? すでにヘカトンケイル用に装備は造ってるしやろうと思えばいつでも出来るわよ?」

 

「外付け装備か……これが1番妥当か」

 

ウェイブはグランシャリオを装備している時は徒手空拳。格闘をメインとしている。

 

そして、長らくその戦闘スタイルで来ているため、下手に武器を持たせるのはよくないだろう。

 

持たせる武器もウェイブ本来の持ち味を殺さないような物にする必要がある。

 

「それで何を装備させるかだ。あいつの動きはすでに完成されたものだ。それを損なってしまっては意味がないぞ」

 

「……う~ん、そうなのよねぇ。格闘が主体となるとやっぱりトンファ―、パイルバンカー、仕掛け籠手、着脱可能なショルダーキャノン、使い捨ての単発式の大型ライフル、切れ味のよい片手剣、他にも色々とあるのだけれど」

 

悩むわねえ~、と口ずさみながらドクターはどれにしようか考えているのだろう。

 

顔がおもいっきりにやけている。

 

「まあ、どんな武器であろうとウェイブのもつ本来の動きを損なわないものであれば、何とかなるだろう」

 

エスデスと俺で集中的に鍛えて習熟度を上げさせる。

 

鬼畜仕様の訓練になるだろうが、そこは耐えてもらうほかない。

 

これも、イェーガーズのメンバー全員のためだ。

 

命はとても安いが1つしかないもの。それをいくら安いからといって無駄には出来ない。

 

「あら? 将軍、やる気みたいね」

 

「ああ、全員の命がかかっているからな。出来ることはやっておくべきだろう」

 

人が考えられる最悪の状況は考えることが出来ている時点で対策はとれる。

 

問題なのは予想外であることそれのみだ。

 

考えて思いつくような最悪の展開は対策することが出来るが、予想外の事態は対策不能。何よりもそこで咄嗟に動けるか動けないかで命運がわかれる。

 

「ランスロットがやる気なら私は近隣の賊討伐を優先しよう。ウェイブを鍛え直すのもいいが、やはり私は蹂躙する方が性にあう」

 

「それなら賊の討伐は任せる。サヨとラン、ボルスの3人を連れていけ。サヨには実戦経験、ランには偵察、ボルスは討伐後の後始末をだ」

 

「クロメとウェイブ、スタイリッシュはお前のところか」

 

「ああ、ウェイブを強化するにはドクターとウェイブは欠かせない。それにクロメの骸人形ならウェイブの相手にピッタリだろう」

 

すでに死んでいるのだ。ウェイブが思いっきりやっても問題ない。

 

それに、超級危険種1体でもウェイブにはキツイ。

 

いい経験になるはずだ。

 

ドクターの造る兵器の実験も同時に行えるしな。

 

「んん~~、腕がなるわねぇ」

 

何処から取り出したのか紙とペンを持ったドクターがペンを素早く動かしている。

 

何を書いているのか覗けば……武器の大まかな形と材料、どんな機能を加えるかなどがびっしりと書き記してあった。

 

もう、全てドクターに任せておこう。素人がとやかく言うようなものではない。

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

西の地は異民族に帝具が渡った関係で異民族の攻勢が強まっているか。

 

イェーガーズ本部の自室にて西の地から送られてきた報告書に目を通していると真っ先にそこの部分が目に入ったのだ。

 

「これはやはり……そう遠くないうちに俺が直接出向く必要があるかもしれないな」

 

イェーガーズの戦力を減らそうとするならば確実に邪魔になるであろう俺とエスデスの2人を一緒の場所にこれないようにするのは読める。

 

俺は確実に西の地に行くことになり、エスデスは……イェーガーズのメンバの何人かと引き離されるのは確定と見ていいだろう。

 

何度考えてもこの結果にたどり着く。

 

イェーガーズにとってナイトレイドは討ち果たすべき賊だ。ナイトレイドからすればイェーガーズは目の上のタンコブ。

 

加えて革命軍のターゲットにされている人物が所属している組織だ。狙われないわけがない。

 

今しばらく現状が維持されるだろう。

 

動き出したら戦況は一気に変わる。

 

イェーガーズとナイトレイドに大きな戦力差はない。俺とエスデスの2人がいる分の勝っていると言える。だが、俺とエスデスの2人がいなければ負けているのだ。

 

ブラートはクロメ、エスデス、俺の3人以外では止めることすら不可能。

 

「……さて、どうするか」

 

チェルシーに暗殺させようにも……それは確実にチェルシーの死を意味する。

 

それは何としても避けるべきなのだ。故に論外に他ならない。

 

取れるべき手は俺とエスデスが殺しにかかることぐらいだろう。

 

同時にかかれば確実にいけるのだが……あのナジェンダ元将軍がそれを許すはずがない。

 

となれば……こちらが用意した舞台へと上がらなければならない状況にする他に手はないだろう。

 

少し時間はかかるが出来ないわけではない。

 

手回しが面倒であるだけだ。

 

本来守るべきではない人物を守る必要が出てくる。

 

要するに足手まといを抱えた状態になってしまうわけだ。

 

多少反感はかうだろうが言っておけばいい。「本気で守る必要はない」とな。

 

戦力もエスデスとクロメの組み合わせか、エスデス1人とそれ以外のメンバー全員の方が都合がいい。

 

エスデスは単機で使った方が本人の能力的に強い。特に相手を誘き寄せる場合はな。

 

2方面、3方面と戦力を分散してくるなら、この方がやりやすい。

 

だが、それは革命軍にとって都合のいい状況を作り出してしまうという欠陥がある。

 

目前の危険を排除しようとすると後の危険が強くなるのは本末転倒だろう。

 

だが、俺のやろうとしていることをやった場合でも似たような展開にはなってしまうのだ。

 

………………仕方がないか。

 

考える時間すらおしい。多少強引な手段でも部下の危険を減らすのは大切だ。

 

「やるしかないか」

 

工作に必要な時間はまだある。人の作り出す闇の深さは底知れないのだ。

 

安寧道も例外ではない。大臣が雇っている羅刹四鬼も利用し使い潰そう。

 

ナイトレイドにも大臣側にも同様に痛手を受けてもらう。戦力のバランスをとるためにな。

 

俺の元々考えていた計画に変更はない。

 

反乱が起きること前提で考えているのだから。反乱は起きてもらわなければ困る。

 

この反乱を陛下自身の手で治めることが出来れば……。

 

そのための準備は今も進んでいる。大臣側の力を削ぐのもその一貫であるのだ。

 

 




お久しぶりです。

遅くなりました。

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