イェーガーズの本部に着くと目を疑うような光景が広がっていた。……というか目に入った。
「…………何があったんだ?」
ウェイブがコロに恐喝? をされている。
コロが巨大化してウェイブの襟元を握って宙に浮かせているのだ。
サヨは顔を真っ赤に染めて、胸を押さえている。
クロメはやけに冷たい目でウェイブを睨み、ボルスは助けようとはしていない。ドクターに関してはやれやれといった様子。
本当に何があったんだ?
ゆっさゆっさと襟元を捕まれ抵抗することのないウェイブの姿に余計にそう思う。
「あ! 将軍お帰り~」
俺に気がついたクロメが手を振ってくる。
「何をやらかしたんだ?」
手を振り返しながら尋ねる。
「やけになったウェイブがサヨの胸に顔を押しつけて床に倒した」
「……………………ふぅ」
聞き間違いか? そうであってくれと思いつつもう一度言ってもらう。
「ウェイブがサヨの胸に顔を押しつけて床に倒した」
「……聞き間違いじゃなかったか」
まさか、イェーガーズの中から痴漢が出るとは思ってもみなかった。
「なんだ、戻ってきていたのか」
後ろからエスデスが現れた。
「ああ」
「これからウェイブを借りていくぞ」
「わかった」
「私はウェイブを鍛えなおす。だから、ランスロットわかっているな」
ブラートに負けたからエスデスによって鍛えなおされることになったウェイブには同情するしかないな。
「ちゃんとわかっている。殺すなよ」
「ふん……それはあいつ次第だ」
ウェイブ……本当に頑張らないと死ぬぞ?
エスデスの部隊は訓練だけでも死人が出ることで有名なのだ。
コロから投げ渡されたウェイブを引きずっていくエスデス。
それを見ながらクロメがドナドナと呟く。
「……ドクター、ちょっといいか?」
エスデスがウェイブを連れていなくなってからドクターに声をかけた。
「ん? 何かしら」
「造ってもらいたい物があってな」
「何を造って欲しいの?」
「ドクターがコロ用に造った装備でガトリングガンがあっただろう。それを造ってもらいたいのだが」
それね……とドクターがうなずく。
「いいわよ。期限は?」
「そうだな……大体1ヶ月ほどだな」
「あら? そんなにゆっくりでいいの」
「ああ、別に急ぎというわけでもない。それに……ドクターもドクターでやりたいことがあるだろう?」
ドクターは多忙と言っても過言ではない。
帝国で最も忙しい人物リストがあれば確実に10指に入る。
新兵器の開発、新薬の開発、さらには医者としての役目もあるのだ。
これで忙しくないと言えば嘘になる。
「そう言えばサヨ。今さらだが……ウェイブとかなり親密なようだが何かあったのか?」
「……へ? あ、はい! 」
少し間を開けてから慌てたように返事をしたためかサヨの声が若干上擦っている。
3回ほど深呼吸して落ち着きを取り戻すとサヨが話始めた。
「えっと……私って記憶喪失じゃないですか。そのせいで常識が欠けてたり結構わからないところがあって……」
恥ずかしいな、と曖昧な笑みを顔に浮かべつつ話を続ける。
「それで私が悩んでるのを察したのかウェイブがわからないところを教えてくたんです。自分のやっていることが終わってないのに」
「なるほど」
ウェイブらしいな。
「はい。それに……記憶が無くなっても先が無くなったわけじゃねぇんだからさ、新しい思い出を作ろうぜ! 俺でよければいつでも力になるからさ! って言ってくれました」
……仲間思いだな。
今の帝国には珍しいほどの好青年ではないか。
「いい子じゃない! そんなウェイブにはアタシから良いものをプレゼントしてあげなくちゃね。何が良いかしら?」
「う~ん……ウェイブは勉強したいみたいですよ。この前、俺は俺の出来ることをする。まだ戦うことしか出来ない俺だけど……それ以外でも帝国に住む1人の人間として出来ることを増やしたい! って言って帝国の歴史書とか政治について書かれた本を読んでました」
「ウェイブ君……頑張ってるんだね」
「ランみたく政治家を目指してるのか?」
政治家の方が軍人であるよりも多くの人に影響を与えることが出来るが……。
「……ランに家庭教師でもさせるか? 教えることは教える本人にも復習になるし」
「そうね……でも、無事に戻ってこられたらの話だけどね」
…………一応、準備だけは進めておくか。
今の帝国の有り様を正確に理解できる人材は1人でも多い方がいい。
何事も知っているの知らないでは雲泥の差がある。
ものによっては知らない方がいいものも多数存在するが……。
「……どうかウェイブ君が無事に戻って来ますように」
「ウェイブが無事に帰って来ますように」
ボルスとサヨがエスデスに連れていかれたウェイブの無事を祈っていた。
毎日様子を見に行くか。
さすがに心配だ。
■
「………………ふむ、砕くか?」
「止めろ」
巨大な氷の塊に右手を添えながら恐ろしいことを平然と呟くエスデス。
本当に様子を見に来てよかった……。
エスデスが右手を添えている氷の塊の中には黒い鎧の人物が閉じ込められている。。
「ふ、冗談だ」
「……嘘を吐くな」
俺の言葉にやれやれと首を左右に振ると、氷で椅子を作り出してエスデスはその上に腰を下ろした。
「氷を砕いてもこいつなら死なんだろ」
「確かに死なないがそれでは本人のためにならん。これぐらい自分でなんとかできなくてどうする?」
「……ランスロット、お前も大概スパルタだな」
「出来ないことはやらせん。鎧型の帝具を使っているのだからこれぐらい余裕だろ」
俺は絶対に出ないことはやらせない主義なのだ。
挑戦はさせるが……。
「確かにブラートは簡単に砕いてたな」
「まあ、そうだろうな。ブラートなら当然だろう」
それで終わるような男ならすでに俺が殺している。
何度も偶発的な戦闘をしているのだからある程度実力は把握済みだ。
「そうだ。この程度で殺られるようじゃとてもではないがブラートと相手は任せられん」
「……だな。クロメもターゲットがいるからそっちにに集中させたい。となるとウェイブしかいないか」
サヨ、ボルス、ラン、ドクターではチャンスを掴める可能性が低い。
ドクター以外は各々自己鍛練をおこなっているがどうしても才能の差というものがある。
ウェイブと同程度の実力ならば特に問題はなかったのだが……ナイトレイド最強のブラートが相手だとエスデス以外は全員殺られる可能性が高い。
少なくとも同じ鎧型のウェイブが足止め出来るぐらい強くなってもらわなけらば困るか
ウェイブも決して弱いわけではないのだが、ブラート相手だと分が悪い。
「まあ、ウェイブが駄目でも私かお前がいれば問題あるまい。ということで、少し付き合え」
言うと同時に俺の両側のから先の尖った丸太サイズの氷柱が飛び出してきた。
「手が早いな」
飛び出してきた氷柱を後ろに跳躍することで回避すると同時に腰に付けていた短剣を2本投擲する。
「ふん、実戦でわざわざこれから攻撃するぞと丁寧に教えてくれるわけないだろう」
俺の投擲した短剣を座ったまま両手の人差指と中指で挟むエスデス。
「確かにそうだな。わざわざこれから攻撃するぞというのは単なる馬鹿だ」
エスデスが両手の人差指と中指の間に挟んだ短剣を放り投げる。
それはウェイブが入っている氷の頂きに刺さった。
「だろ。それに多少のことで私とお前が怪我をするなどほぼない」
「あの程度で怪我してたらとっくに死んでるしな」
俺は背負っているパルチザンを右手に持ち、穂先をエスデスに向けて構える。
「まさしくその通りだ。あの程度で死ぬような弱者ならイェーガーズには不要だ」
エスデスが椅子から立ち上がり右手にサーベルを持つ。
俺と接近戦をやるつもりか?
まあ、エスデスのことだから接近戦をこなしつつ帝具を使って氷を操って来るのは当然と考えて間違いない。
「……それじゃあ、軽くやるとしようか」
「別に本気でも構わないぞ?」
「それだと今後に支障が出るから断る」
「ふん……つまらん奴だ」
地面に足の跡がくっきりと残るほどの踏み込みでエスデスに向けて突きを放つ。
突きはエスデスの縦に振るったサーベルとぶつかり、火花を散らす。
赤熱化を始めるパルチザンに対抗するようにサーベルを氷が覆う。
「ふっ」
一息に3回の突きを放つ。頭、胸、腹と穿つも頭は当然のように回避され、残りの胸と腹は咄嗟に作り出された氷によって防がれた。
やはり、数を増やすと威力が下がる。
一撃のみであったならその氷ごと貫けたのだが……。
模擬戦みたいなものなので本気で貫く気はなかったのだがな。
それでもエスデスの闘争心に火を着けるのには十分事足りたみたいだ。
「ああ……楽しいぞ! 弱者を蹂躙するのもいいが自分と互角以上に戦える相手との闘争は心が踊る!!」
猛獣を連想させるような獰猛な笑みを浮かべながらエスデスがサーベルを振るう。
突きや蹴りなどを織り混ぜながらサーベルを縦に横にと流れるように振るってくる。
そこに組み合わせるように人の頭サイズの氷塊を上から降らし、地面から突き出てくる幾多の氷槍、前後左右からも氷の刃が飛んでくる。
それを時に砕き、弾き、避けながらエスデスと斬り合う。
「以前よりも大分手数が増えたな」
以前は斬りあっている最中にここまでの弾幕はなかった。お陰で中々攻められない。
「それはいつの話だ? 私は常に進歩しているぞ」
左右から大量の刺のついた氷の壁が俺を挟むように迫ってくる。
「……さすが帝国最強の帝具使いか……っと」
迫ってきた氷の壁を後ろに跳躍して避けるも着地地点からは巨大な氷槍が飛び出してきていた。
下から飛び出している氷槍の先端より少し下をパルチザンで叩き、先端を弾き飛ばして平らとは言えないが着地するには問題ないようにしてその上に立つ。
「当たり前だ。この程度のことをやってのけずに帝国最強は名乗れん」
帽子の位置を調整するエスデスを見つつ、周囲を警戒しながら考える。
俺自身全力を出せずとも手加減を緩めて動くことが出来るのは楽しい。
同時に現在のエスデスの実力を知ることが出来るのは何よりも大きいがどうにも歯止めが効きにくくなってくる。
まだいける、まだいけると力を抑えようとする気持ちが薄れてくるのだ。
お互いに自重することなく戦ってもすぐに勝敗が着かない。自分と同格の数少ない相手。
自重することなく戦えること事態が心を奮わせる。
自分でもわかる。俺は今、楽しんでいると。
目つきは鋭くなり、口は弧を画く。
「久々に見たぞ……そんなに楽しそうにしているお前の姿は」
「……そうだろうな。久々に心が昂っている。だから、今しばらく自重は止めることにする」
俺はパルチザンを大きく縦に振るい、斬撃を飛ばす。
持ってきていたら今の自分は絶対に使っていた。
パルチザンを縦横無尽に振るって斬撃を飛ばしつつ、エスデスに接近する。
エスデスが放ってくる氷の刃を斬撃を飛ばすことで破壊。
幾度となくパルチザンとサーベルがぶつかり火花を散らし、氷の刃、斬撃が飛び交う。
お互いの身体に徐々にかすり傷が増えていく。
それにより更に闘争心が際限なく昂る。
周囲の環境を破壊しつつ、戦いは続く。
時にはへし折れた大木を蹴り飛ばし、時にはボコボコになった地面をパルチザンでスイングして飛ばしたり、時には落ちている片手で持てるくらいの重さの岩を投げたりと自重することなく使えるもの全てを使った。
この時にはすでに俺とエスデスの中からあることが完全に忘れ去られていた。
お互いがお互いのことしか目に入っていなかったのだ。
「ヴァイスシュナーベル」
無数の氷剣が俺の視界に広がる。それが一斉に向かってきた。
「この程度っ!」
飛んでくる氷剣全てを払いのけるように横凪ぎにパルチザンを思いっきり振るう。
砕かれて散った氷の欠片が降るなかを駆ける!
そして、再びパルチザンとサーベルが火花を散らす。
パルチザンは今までにないほどに真っ赤に染まり、サーベルが纏っている氷を解かしていく。
シュゥゥゥッ! と白い湯気がパルチザンとサーベルの触れている位置から出ている。
また、俺とエスデスの距離を離すように幾多の氷の柱が地面から飛び出す。
「大盤振る舞いだ、死んでくれるなよ?……グラオホルン!」
地面から飛び出した幾多の氷の柱から木の枝を連想させるようにして鋭く尖った氷の槍が生成されて伸びてくる。
「オオオオオオオオオッッ!!」
伸びてくる氷の槍を1つ1つパルチザンを振るって破壊しながら前進する。
そして、伸びてきた氷の槍を全てを破壊し終えると、上体を大きく後ろの方へと仰け反らせて、しっかりと地面を踏みしめ、全力で投擲する。
目の前にある氷の柱を穿ち、貫通。
そのまま速度が落ちることなくエスデスへと吸い込まれるように真っ直ぐ飛んでいく。
「……こんなもの!」
エスデスは飛んでくるパルチザンを地面から氷の柱を出すことで上へと弾き飛ばした。
弾き飛ばされたパルチザンはぐるぐると勢いよく回りながら俺の元に返ってきた。
ぐるぐると回るパルチザンの柄を持ち、斬撃を飛ばすべく腰だめに構える。
エスデスも無数の氷剣を自身の周りに作り出している。
ガラッと氷が崩れる音がすると同時に俺はパルチザンを振るい斬撃を飛ばし、エスデスは無数の氷剣を放った。
斬撃と氷剣がぶつかるその瞬間―――ちょうどその場所の砕かれた氷と土砂の中から黒い鎧が出てきた。
「……あ」
この声は自分が出したのか、それともエスデスが出したのか、はたまた黒い鎧の人物が出したのか……俺にはわからなかった。
久々なのもありますが、やっぱり戦闘描写は苦手です。
お待たせいたしました。