「とりあえず、この件については一旦終わりにしよう」
「へ? まあ、あなたがそれでいいならいいけど」
「ああ。受けるにせよ断るにせよお互いに何が好きで何が嫌いか趣味は何かを話して親睦を深めるのも悪くないだろ?」
お互いに好きなものや趣味が一致すればそれでコミュニケーションがとりやすくなる。
「それもそうね。言い出しっぺのランスロから教えて」
「好物は麺類だな。汁を変えれば様々な味が楽しめるし地方によって味も違う」
「へぇ……そうなんだ。私は紅茶が好きよ」
「紅茶か……香りが良いし客人をもてなすのにも使えるから中々に重宝している」
誰か訪ねてきたらとりあえず、香りの良い紅茶を出しておく。
苦手な人が少ないから問題なく出せるので重宝しているのだ。
「あの香りが良いのよね。趣味はヨガよ」
「健康的だな」
「でしょ。役場に勤めると運動する時間があんまりなくて肩こりが酷くてね。それに動かないから体重が……ね」
「確かに運動しない太りやすいからな。帝都にいる内政官も太ってるのが何人もいるし、大臣に関しては完全にタヌキ体型だ」
あのポッコリお腹で健康なのだから不思議だ。いつ急死してもおかしくないのだが……。
「へ、へぇ……そうなんだ」
「ああ……一目でわかるぞ」
「特徴的なんだね」
「特徴的と言うか……表情を見ればわかる。帝都に住む人間のほとんどは途方に暮れた顔をしているが富裕層はそんな顔をしていない。特に大臣となるとそれこそ違う」
余裕があるのだ。自分を害する存在がいないという。
武力ではなく権力で身を守っているのだ。
「やっぱり……帝都って危ないのね」
「貧しい地方から見れば帝都は栄えて見えるだろうがそれは所詮上っ面に過ぎない」
「上っ面ね……人も上っ面だけ良い人に見せるような奴が多いわよね 」
「それはしょうがないだろ。今の帝国は上っ面だけでもどうにかしておかないと暮らしにくい」
弱味を見せたらそこから喰われていく。
弱肉強食……それが今の帝国の現状だ。
それを変えようと戦う良識派に席を置く身としては1人でも多くの味方が欲しい。
良識派と言っても俺は陛下の臣下であることを重視している。
良識派に席を置く理由はただ1つ。陛下の理想とする国が大臣のやる政策と合わないからに他ならない。
「話だけ聞いていると……帝都に行くのが怖くなってくるわね」
おどけるように肩をすくめるチェルシー。
「実際に俺は帝都に住むのはオススメしない。今のままならな」
「今のままならな……ってことは何かやるつもりなの?」
「どれくらい時間がかかるかは不明だが帝都の治安維持に関する権限を手に入れようとは思っている。帝都警備隊と言う組織をな」
「うわぁ~……野心丸出し」
クスクスと面白そうに笑うチェルシー。
「仲間になってもらおうとしている相手に幾つかやろうとしていることを喋るのは当たり前だろ? 秘密主義過ぎても不信感を持たれるからな」
「確かに……秘密が多いと何かと勘ぐっちゃうのよね」
「だろ? 誰だって気になることはある。知りたいと思う欲求は中々に我慢がしずらい」
わかるわかるとチェルシーはうなずく。
「1度気になると結構引きずるわよね」
「そうなんだよな。特に知ったところで意味がないことだとわからないと特にな」
「だよね~。立場が違ってもわかり合える部分ってあるのね」
「そうだな……立場が違っても共通するところは少なからずある」
共通するものがあればそれが人と人を結ぶ。
立場関係なく繋がりが人の社会を造り上げている。
「ところでさ……しなくてよかったの?」
「どうした? 急に恥ずかしそうにして」
「いやさ……あの太守が馬鹿だったからよかったけどさ。もしだよ……もしも、その、 本当にヤったのかを確かめられたらさ……」
「ああ……そういうことか」
まあ、たしかに確かめられていたら危なかったな。……太守の身が。
「うん……だからさ……ヤっといたほうがいいんじゃないかなって」
「安心しろ。少なくとも俺にヤる気はない……」
「え? ハッ!? まさか……女よりも男好き?!」
「……何故そうなる? 」
本当に何故そうなる?
「だって……女の子に興味がないんでしょ?」
「…………いや、俺の場合は弱味が出来るからヤる気が起きないのだが」
もし、子どもが出来たら大臣に人質にとられるかもしれない。
それだけでなくもし相手が大臣の手駒だったら……。
それを考えるとどうしても男と女の関係を結ぼうと考えなくなる。
まあ、大臣はそんなの関係ないとばかりにヤってるんだろうがな。
「ふーん……じゃあさ、もしだよ……もしその弱味が出来ないのであればヤるの?」
「………………どうだろうか」
改めて考えてみると……自分がヤっている場面が想像できない。
何故だ?
その原因は何だろうかと、腕を組み考える。
………………………………もしや。
「……興味を惹かれないからか」
「枯れてるの? 」
「いや、年齢的には枯れていないはずだ。たぶん……相手に惹かれないからだと思う」
「惹かれないから?」
首をかしげるチェルシーに俺はうなずく。
「ああ。何かしらの魅力を感じれば人は何であれ惹かれるだろ? あれが欲しい、これが欲しいと」
「うん。欲しいって思うような魅力があるからね」
「そうだ。だが、俺はそれを言い寄って来た者たちに全く感じなかった。扇情的な格好をしていようともだ」
酷い言い方だが魅力を感じなかったのだ。
「へぇ……変わってるわね。身体的特徴ってわかりやすい魅力の1つよね? それに魅力を感じないだんて信じれないわ」
「だろうな。それでチェルシーはどうなんだ?」
「……私は元々玉の輿を狙ってたから。相手の容姿や内面は最低限まともだったら良いな程度でしか考えてなかった」
チェルシーはそこで一旦言葉を切ると棒つきキャンディーをポーチの中から取り出して口に加えた。
「玉の輿して景気よく暮らそうなんて……もう考えられないけどね」
「そうか」
「ええ、そうよ。これで国がまともだったら未だに私は玉の輿を夢見てたかもしれないけど」
「まともでも俺は陛下の臣下であることは変わらないな。周りの状況が好転してるぐらいの変化しか思いつかない」
大臣がまともだったらそれだけで革命軍は存在せずに帝国の人材は潤っていたはずだ。
そして……俺は将軍になっていなかっただろう。
功績を上げる機会も少なかっただろうしな。
それはそれで帝国が平和なのでいいことだが……。
「となると……私たちがこうやって会うこともなかったのよね」
「そうだな。こんな世の中だからこその出会いだろう」
「何がきっかけになるかわからないから不思議ね」
「それは沢山いる人々の行動1つ1つが密接に絡み合った結果だからな。例え未来を予想してもその予想が全部当たるとは限らないのと同じだ」
現に俺がガイアファンデーションの使い手がいると予想していなかったからな。
■
時は進み……夜となった。
部屋には当然のようにベッドの上に寝転がるチェルシーの姿がある。
そして、俺はワインの入ったグラスを片手に窓から外を眺めていた。
「はぁぁ……太守の視線が嫌らしいったらありゃしない」
「あまり気にするな。所詮……後数日の命だ」
「……………………マジ?」
「ああ、嘘を吐くつもりはない」
この地から出ていく時にここの太守は始末する。
正確には出て行った後、駆け足で戻って太守を殺す。
それから再び駆け足でその場を離れるだけだ。
「……そうなると私仕事なくなるじゃん!?」
ヤバい! どうしよう……、と頭を抱えるチェルシー。
太守の命<自分の仕事、という構図が出来上がっているようだ。
「大丈夫だろ? 新しい太守が来るまではな」
不正を犯していた奴はクビにされるだろうが。
チェルシーはクビにされはしないだろう。
死亡予定の太守に俺の案内役を任されるあたりここの役場内ではかなり能力があることは証明済みだ。
腐っていようが太守。自分の部下の能力ぐらいは把握しているはず。
「……何かすっごい不安になってきた」
うぅ~、とベッドの上で寝転がりながら唸っている。
「俺と一緒に行くなら仕事は今のよりも危険で大変なものになるぞ? 革命軍にスパイとして潜入してもらうつもりだからな」
俺の言葉を聞いた途端にチェルシーは動きを止め、固まった。
ギギギと錆びたブリキ人形を彷彿させるような動きで俺の方へと振り向く。
「……………………」
言葉に出していないが雰囲気から本気? と訴えているように感じる。
「……まあ、俺と来ないのであればガイアファンデーションを破壊してチェルシーはこのまま役場で働くことになるだけだぞ?」
「……もしかして私ってかなり期待されてる?」
「期待か……まあ、スパイとして革命軍に潜入してもらうのには期待してるな。ガイアファンデーションは情報収集や暗殺などの裏方で力を発揮するタイプの帝具だしな」
「…………期待されるのが嬉しい反面……失敗した時の恐さが……」
悩んでくれるだけありがたい。
普通なら真っ先に断られてもおかしくないことなのだから。
自分の命を賭けてまで何かをやってくれる人は数少ない。
口でこそ言えるがいざその場面に遭遇すると何も出来ない奴は何人もいる。
「まだ時間はあるから答えを早急に出す必要はない。これから先のことを決める重要な分岐点だからな」
そう……重要な分岐点だからこそ自分で答えを出してもらいたい。
俺は誘いはするが強制はしない。
何事も自分で決めた方がちゃんと覚悟を持てるからだ。
「それもそうよね……でも、悩んじゃうもんなのよ……はぁ…… 」
チェルシーは深く悩ましげに溜め息を吐く。
それもしょうがないと思う。
20に満たない歳で今後の人生を左右する選択を迫られているのだから。
仲間になって欲しいが……断られるならしょうがないと素直に諦める。
縁がなかったそれだけの話なのだから。
■
そして、俺がこの街から出て行く日がやって来た。
今日までにしたことはチェルシーと話す、太守の行動パターンの把握、ガイアファンデーションをチェルシーに持たせるだけだ。
「…………それでどうするか決めたか?」
見送る役割を与えられたチェルシーが俺の左隣を歩く。右隣は馬だ。
「うん……決めたわ。ランスロ、あなたに着いていく」
「……後悔するのは確実だぞ……それでもか?」
「ええ、もちろんよ! 後悔するのはわかってる……でもね、私は私にしか出来ない事をやりたいの。例えそれがイバラの道でもね」
「そうか……なら、ようこそチェルシー。俺は歓迎しよう」
仲間が増えた。
これは嬉しいことだ。
「うんうん……歓迎してくださいな♪ 後、ちゃんと全てが終わった後は私のお願い叶えてね?」
念を押すように言ってくるチェルシー。だが、笑顔だった。
「もちろんだ……約束を破るつもりはない。ただ、もう1度言うが俺に叶えられる願いだからな」
「当たり前よ。そうじゃなきゃ意味がないじゃない!」
チェルシーが話のわかる女でよかった。
「…………ねぇ、次はいつ会えるんだろうね」
「……だな。わからんがチェルシー次第だな」
「私しだい?」
「ああ。そうだ……ガイアファンデーションの能力を使えば俺に接近出来るだろ?」
ガイアファンデーションの能力ならば可能だ。
誰にも悟られることなく俺と接触出来る。
チェルシーは革命軍の構成員にガイアファンデーションを使って俺に接触して情報を引き出すためと言えば容易く俺と接触することが可能だ。
ただその場合は俺が接触してきたのがチェルシーであると理解する必要がある。
まあ、それはおいおい決めればいい。
今は先に太守を始末する事が優先だ。
街の門の前まで来ると一旦立ち止まる。
見送りはここまでだ。
「それじゃ、また後でね」
「ああ、また後で」
短く別れを告げると馬に騎乗する。
どうせほんの少しの別れ。
俺は馬を走らせ街から出て行った。
■
馬を走らせること10分。
「このあたりでいいだろう」
俺は馬を止めると馬から降りる。
馬が逃げないように近くの木の幹に綱を括る。
それから服を着替えて軽く変装すると街に向かって駆け出す。
今の俺の格好は旅人を彷彿させるようなモノにしてある。
フード付きのローブを身に纏い、腰に護身用の剣を帯剣。
街の近くまで来ると走るのを止めて、歩く。
「…………」
門番がいないことはすでにわかっている。
門番はサボりだ。
故に簡単に街に侵入することが出来る。
そして、城の中庭に着くと……。
「……殺ったわ」
そこには返り血が頬に付いているチェルシーの姿があった。
傍には首のはねられた太守の身体が転がり、凶器となったサーベルが落ちている。
「……そうか。なら、この場を離れるぞ」
「うん」
チェルシーが姿を小動物に変えると俺の肩の上に乗る。
「しっかり掴まっていろよ」
そう言ってから俺はこの場から急いで離れた。
街の外に出て馬を置いてきた場所に戻る。
「………………」
チェルシーが元の姿に戻る。
「まさか……太守を殺してるとは思わなかったぞ」
「けじめをつけようと思って。さっきまでの私とこれからの私のね」
「けじめか」
「ええ。私はもう無力ではなくなった。なら、無力だった私とさよならしないとね」
頬に付いた返り血を拭いながらチェルシーは空を見上げる。
「……踏ん切りがつくと案外清々しい気分になるのね」
「それは1歩踏み出したからだろうな」
もう後戻りは出来ない。
1歩間違えれば破滅の道へと一般人を引きずり込んでしまった。
……後悔はあるが、それは今は心の内に閉じ込めよう。
仲間になってくれてありがとう。そして、済まない。
これから危険な目に遇わせてしまう俺を許してくれとは言わない……ただ、生き残ってくれ。
口には決して出来ない。
「改めて、よろしく頼むぞ」
チェルシーに手を差し出す。
空を見ていたチェルシーがこちらの方に向き、俺の手を見るとそこに手を差し出す。
「うん。こっちもよろしくね」
握手を交わし、俺はこれからのことに思考を切り替えた。
仲間を1人でも多く集めるべきだと。
これで過去編は一旦終わりです。
次に過去編をやるとしたらクロメとの出会いになると思います。