「……………………」
…………負けてしまった。
「……将軍、元気出してこれ可愛いしふかふかしてて気持ち良いよ」
慰めてくれているのだろうが、この精神的ショックの前では意味がない。
「…………ぷっ!」
エスデスにいたっては腹を抱えて笑うのを必死に耐えている。
確かにクロメの言う通りデフォルメされているから可愛いと言うのはわかる。だが、いくらなんでもこれはないだろう。
狸の着ぐるみ。
それが俺の罰ゲームだった。
ただの狸の着ぐるみならよかったのだが……ポンポコおねすと君と名札を貼られた狸の着ぐるみは名前からして嫌だ。
しかも、このおねすと君……大臣そのままの体型をしているのだ。見ているだけでイライラが募る。
クロメがふかふかしていると言っていた部分は着ぐるみの腹の部分に当たり、そこは大臣そっくりに出っ張っていた。
これならまだ女装の方がよかった。
服装まで大臣と同じ着ぐるみ……余計に腹立たしい!!
「……さて、次だ」
ポンポコおねすと君着ぐるみの手はちゃんと5本指なのでトランプを持てるが、端から見たら確実におかしな光景だろう。
筋骨隆々のナース服を着たガスマスクを着けた男にハゲかつらと鼻眼鏡をかけた男性、ポンポコおねすと君着ぐるみとトランプをする少女と女性なのだから。
「……ほう、やる気になったか」
「ああ……全力で負けにいくつもりだ」
早くこの格好からおさらばしたいからな。
■
「散布完了ね」
逆転のための1手とスタイリッシュが打った手は痺れ薬を散布することだった。
これも当然改良が加えてあり、無臭で即効性のあるものになっている。
即効性であるが効果時間が短いという欠点があるため使いどころが難しい。
だが、強力な遠距離攻撃が可能な現在……この薬は凶悪な効果を発揮する。
ナイトレイドのアジト正面に集まっているメンバーはインクルシオを纏っているブラート以外は全員が地面に倒れてしまう。
「さすがスタイリッシュ様特性の薬です! ナイトレイドもインクルシオを纏っているブラート以外は全員に薬の効果が確認出来ます」
「当たり前よ。鎧を纏っているブラートには効果がないようだけど、たった1人で他のメンバー全員を守るなんて出来っこないわ」
ナイトレイドのメンバーが未だに無事である理由は1人を除き、全員が1ヶ所に集まっていたからに他ならない。
防戦一方となったブラートであるが、それを感じさせない動きで次々と襲いかかってくる強化兵をなぎ倒していく。
「トローマは? 最初の奇襲以降動きが無いようなのだけれど」
「トローマは現在……身を潜めているようです。おそらく奇襲をかけるタイミングを見計らっているのでしょう」
「そう」
目の報告にスタイリッシュはうなずくとナイトレイドのアジト内部に見える光源に視線を向ける。
―――あれを使うのね。これじゃあナイトレイドの死体を回収するのも難しそうね。
残念ね、と小さく溜め息をこぼす。
今回の件で失った強化兵はすぐに数を揃えられるからよいものの……トビーやカクサンのような元から並の使い手を凌駕する存在を失ったのは痛い。
将棋の歩のように数を揃えられる駒ではないからだ。
自分に心酔した忠実な駒を作るには数年単位の時間が必要だろう。
その事を考えるとスタイリッシュはトビーやカクサンを失ったのは痛いと感じるのだった。
情が湧いていたからではない。所詮、強化兵はすべて実験体兼駒なのだから。
■
「これで消えろやぁぁぁっ!!!」
偽・アドラメレクからプラズマ球が放たれる。
同時にオーガの両腕部の鎧がガラガラと音を立てながら床に落ちた。
放った時の反動で後ろに下がりつつも、スペクテッドの透視と遠視によりナイトレイドに向けて放ったプラズマ球の行方を見てとれる。
ナイトレイドへと向けて放ったプラズマ球がトローマを巻き込むのもだ。
「アァッ!? クソが! ふざけんじゃねぇぞ!! 」
トローマを消し飛ばしたプラズマ球は当然威力が幾ばくか落ちた。
トローマの存在を素で忘れていたオーガの失態であるが、オーガはその事を認めることなく射線に割り込んだトローマの失態であると決めつける。
そんなオーガの背後から1つの影が襲いかかった。
「ぬおっ!? 誰だ!」
完全にスペクテッドを使いこなしているわけではないオーガは背後から忍び寄っていた敵に気づくのが遅れ、右腕に裂傷を負う。
「ちっ……避けられたか」
残念そうに言いながらも、どこか嬉しそうな表情をするのは帝具ライオネルを発動し、獣化したレオーネ。
トーロマにやられた不意討ちの怒りをぶつけられる相手を見つけたことに対して気分が高揚しているのだ。
そんなレオーネを不愉快そうな表情で睨みつけるオーガ。
スペクテッドにより相手が自分のことをストレス発散用のサンドバッグと思っていることを知ったからだ。
ふざけやがって、その思いがオーガを支配する。
殺意が高まり、レオーネの存在以外がオーガの中から消える。目の前にいる奴をなぶり殺す、その思いに支配されていく。
「……テメェ……から……殺してやるよぉぉ!!」
片刃の大剣を両手に握りしめて、オーガがレオーネに襲いかかる。
■
「ドクター! 」
スタイリッシュの背後の森からサヨが飛び出す。頭にコロを乗せて。
「あら、サヨじゃないどうしたの?」
額から汗を流しているサヨにハンカチを渡しながらスタイリッシュが尋ねる。
「将軍が戻ってこいと」
スタイリッシュから渡されたハンカチで汗を拭いながら答えるサヨ。
「帝具を1つナイトレイドに盗られちゃったから、最低でもそれを取り戻しておきたいのだけれど」
そう言いつつも本音はナイトレイドのメンバーの死体もしくは生け捕りだ。
スタイリッシュはその事を言わずにこの場に残る理由を言った。普段のサヨであれば私も手伝いますと言うのだが、今回は違った。
「将軍が戻って来ないようであれば……超級危険種の素材で帝具クローステールにも使われている界断糸を物理的に処分するそうです」
「な、なん……ですって!?」
貴重で滅多なことでは手に入らない素材を処分されようとしていることにショックを受けるスタイリッシュ。
表も裏でも市場に並ぶことがまずないとされる貴重な素材。それの価値を知っているスタイリッシュからすればナイトレイドのメンバーの死体や生け捕りで得られるものよりも超級危険種の素材の方が重要であると即座に判断した。
「こうしちゃいられない! すぐに帰るわよ!!」
慌てて帰ろうとするスタイリッシュ。
「お待ちください、スタイリッシュ様。何か来ます!」
耳が帰ろうとするスタイリッシュにそう声をかけるとすぐに真上を特級危険種エアマンタが通る。
その時の風圧でドクターは空中をぐるりと1回転すると左手を顎に当て、右手を斜め上にビシッと伸ばして、華麗な着地を決める。
おぉ~! と鼻や目が拍手を鳴らす。
決まったわね……とドヤ顔のスタイリッシュはすぐに懐から注射器を取り出すとそれを目に渡す。
「これは切り札よ。いざとなったら使いなさい……アタシは戻らないといけないから後のことは任せるわ」
「任せてください、スタイリッシュ様! では、お嬢……スタイリッシュ様のことをお願いします!」
注射器を受け取った目がサヨに頭を下げる。
「任せてください! ちゃんと無事に連れて帰りますから……コロちゃん!」
「キュー!」
サヨに呼ばれたコロは巨大化して4足歩行状態になるとその背にスタイリッシュとサヨを乗せる。
それからすぐにコロは走り出した。
■
「アジトの方角で凶……さすが占いの帝具。的中だな」
襲撃を受けるアジトを特級危険種エアマンタの上から見据えナジェンダ。
その視界にはこの場から離れるように移動する影を捉えていたが目の前の状況を片付けるべきだと思い一緒にエアマンタに乗ってきた2人に声をかける。
「チェルシーは私と一緒にここで待機だ。今おりると何かヤバそうだ。スサノオ」
「分かった」
スサノオと呼ばれた男がエアマンタから飛び降りる。
チェルシーはエアマンタの上から下の状況を把握しつつ、ランスロットのためにナイトレイドのより詳しい情報を集めるために、その動きやちょっとした癖を把握するべく密かに観察を開始した。
すべてはより良い未来に辿り着くために。
■
「ぐあっ……クソが! クソが! クソが!クソがぁぁぁぁぁぁっ!!」
レオーネに胸部を蹴られ壁に激突したオーガが吼える。
スペクテッドの力を使っているのにも関わらず、レオーネに対して攻撃を当てられないからだ。
獣の直感により、オーガが動きを読み攻撃しようともすぐに別の行動に移されてしまうため全く攻撃がレオーネに命中せず、オーガの体にレオーネの拳や蹴りが次々と命中していく。
だが、いくら命中しようともオーガに致命傷になるようなダメージを与えられるはずがない。
オーガの身体はスタイリッシュの改造により、耐久性だけでなく筋力、再生能力も危険種並みとなっているからだ。
「……頑丈なやつだな」
呆れたようにぼやくレオーネ。
思ったよりもオーガが頑丈でスカッとするような1発を決められないのが原因だ。
スペクテッドによる動きの先読みも獣の直感と反射神経を用いれば容易く、このままいけば時間はかかるも確実に勝利出来るだろうことは理解していた。
当然、オーガもその事は理解している。遠からず自分が殺られることを。
そんな結果に納得出来るはずもないオーガは鎧に仕掛けられた最後の仕込みを起動する。
「…………マジかっ!?」
それを見たレオーネはすぐに撤退。
オーガの着ている鎧に仕掛けられた最後の仕込みは鎧自体を高速で細かなパーツごとに分離させ、分離したパーツを砲弾のように飛ばすというもの。
そして、オーガを中心として小さな爆発が起こった。
■
「ぅ……グスッ……」
ゲームに負けたクロメがポンポコおねすと君着ぐるみを着た俺に抱きつき、哀しみの涙を流していた。
「…………」
ポンポンと背中を叩き、あやすもこれはしょうがないと思ってしまう。
クロメが罰ゲームで着ることになったのは純白のウェディングドレス。
ただのウェディングドレスなら問題なかったのだろうが……。
サイズがエスデス用だと話は変わる。
次に少年を捕らえたら一気に挙式まで挙げて、法的にも逃げられなくするために作ったウェディングドレスらしい。
身長差10センチ、胸囲の差……これは言わない方がいいだろう。
まあ、ともかくだ。胸囲の差によりウェディングドレスの胸元がダボダボになり、押さえてないとドレスがずり落ちてしまうのだ。
女としてショックだったのだろう。
俺にその気持ちを完全に理解することは出来ないがこうやって慰めることは出来る。
幸いなことにこのポンポコおねすと君着ぐるみは見てくれだけは可愛く出来ている上にそのさわり心地も悪くはない。
「にゃ~……いや、ニャン! の方がいいか?」
そして、エスデスは猫耳カチューシャに猫の手手袋、猫の尻尾のアクセサリーを身に付けている。
ついでに可愛いポーズを模索中、少年のハートを射止めるための努力だそうだ。
俺にはエスデスが猫ではなく雌豹にしか見えない。
性格的にも絶対に猫のような愛嬌のある動物よりも肉食系の捕食者だ。
「…………はぁ、良かった。これで帰れる」
ボルスはとても安堵した様子で溜め息を吐いていた。
それもそうだ……なんたって元の拘束具の格好に戻れたのだから。
「…………」
ランは金髪アフロにギラギラと光を反射するラミを付けられた目立つ金色のコートと星形のサングラスを身に付けている。
何とも酷い格好になったものだ。
口元が若干ヒクついているのは気のせいではない。
ぎゅうぅぅぅッッ! クロメに抱きつかれてポンポコおねすと君着ぐるみが圧迫される。
「ぅぅぅぅ……」
「はぁ……」
何とも言えない……この混沌とかした空間に溜め息が漏れる。
たまにはこんなのもいいだろうが……その度に普段よりも疲れそうだ。
そして……いい加減に蒸し暑い。
着ぐるみを着ているからしょうがないが、通気性が悪いため暑いのだ。
これを作ったやつはちゃんと通気性のことも考えて作ったのだろうか?
全くとは言わないが通気性が感じられない。
「おい、ランスロット」
「なんだ?」
エスデスに呼ばれたので返事をしながらエスデスへと視線を向ける。
「にゃん♪」
小さく首を傾げ、ウィンクしながら右手を頬の真横に置き、招き猫のようなポーズをとるエスデス。
「どうだ?」
自信ありげに訊いてくるエスデス。
「ああ、ポーズは可愛いな」
どうせならクロメにやらせた方が似合っているだろうと思ったのは内緒だ。
それから、数十分した後にドクターがサヨに連れられ戻って来るとさらに混沌とした状況になるのだが、まだ誰も知らなかった。