憑依者がいく!   作:真夜中

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33話 鎧と氷

「カッ……ハ……」

 

ドゴォッ!! と音を響かせながらウェイブの身体が岩肌に叩きつけられる。

 

グランシャリオは両腕部分が全損し、半透明防御フィルムは半壊、鎧のいたるところが欠けており、そこからは血が流れ出ている。

 

鎧が強制解除され、傷だらけとなったウェイブが地面に倒れ込む。

 

鎧が強制解除されたのを見るとブラートはゆっくりと地面に倒れているウェイブに近寄る。

 

「まだお前のような奴が帝国にいたんだな」

 

「…………っ」

 

ゆっくりではあるが徐々に立ち上がるウェイブ。

 

満身創痍としか言えない状態でありながらその目は力強く輝いていた。

 

ウェイブとの戦いでブラートはウェイブが今の帝国ではあまり見なくなったタイプの真っ直ぐな人間であるのを感じ、止めを刺すことなく話かけた。これが性根の腐った奴であれば、既にブラートは止めを刺していただろう。

 

だが、ウェイブは敵であるが殺すのが惜しいと思ってしまえるような人物であり、出来ることなら仲間に引き込みたいとさえ思っていた。

 

それが難しいことはブラート自身よくわかっている。

 

自分と似たタイプの人間は自分の信念を曲げない。自分の信じた道を突き進む。

 

ブラート自身がそうであるように。

 

「……あんた……のような男が、何でナイトレイドに……」

 

ウェイブ自身もわかっていた。目の前にいるブラートと自分が似ていることに。

 

だからこそ、帝都の治安と平和を蝕む大悪党といわれるナイトレイドに所属していることに疑問を抱いた。

 

帝都の悪い噂は帝国海軍にいた頃から耳にしていた。だが、目の前にいるブラートは資料にあった通りの悪党かといわれると、はいそうですと、言い切れない。

 

確かに人殺しで暗殺者の1人だろう。だが、戦ったからこそわかる。

 

目の前にいるブラートは己が信念のために戦っているのだと。

 

其処(ナイトレイド)が俺の信念を曲げずに戦える場所だからだ!」

 

元々、帝国軍に所属していたブラートは帝国で暮らす民を守る軍人であった。

 

「悪党と罵られようと! 外道だと言われようと! それが帝国で暮らす民のためになるなら構わねえ!! 」

 

立場が変わろうともその気持ちに嘘はない。

 

帝都の腐った連中の元で働くよりもそっちの方が断然いい。

 

「お前のような仲間になったら心強い奴を殺したくはねえが……敵として厄介な奴を仲間のために生かしておくわけにはいかねえ」

 

ノインテーターを構えるブラート。

 

目の前にいるウェイブを殺したくないと思うも、それはブラート個人の感情。ここで見逃しては仲間の命を脅かす存在となるのは明白。自分の思いと仲間の命。それを天秤にかけ……ブラートは仲間の安全を選んだ。

 

「……ッ」

 

「じゃあな」

 

ノインテーターが振るわれる。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

イェーガーズ本部のダイニングルームは重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

そこにサヨの姿はなく、いるのは男のみ。

 

お互いに相手の表情の変化を読み合うこと十数秒。

 

沈黙が破られる。

 

「スリーカード」

 

「ワンペア」

 

「ツーペア」

 

「この勝負……アタシの勝ちね! フラッシュよ!! 」

 

決まったとばかりに決めポーズをするドクター。

 

ちなみに俺はワンペア。ランがスリーカード、ボルスがツーペアである。

 

暇をもて余した俺たちは普段絶対にこの面子ではやらないであろうことをやろうと話し、その結果ポーカーをやることになった。

 

やり始めると意外と白熱し現在は6戦目。

 

戦績ははランが2勝、ドクターが2勝、ボルスと俺が1勝づつである。

 

「それにしてもラン君にドクターも強いね」

 

「強いと言っても引きがいいだけですけどね」

 

「スタイリッシュな男は引きの強さも違うのよ!」

 

「では、次のゲームを開始しよう。10戦やって1番勝率の低かった奴が罰ゲームを受けるのは忘れてないな?」

 

俺が確認するように問うと全員がうなずく。

 

ちなみに罰ゲームはドクターの私兵が行っている奇抜なポーズをすることである。

 

ある意味で負けられない戦いがここにあった。

 

あと、ドクターの罰ゲームはスタイリッシュな行動全般の禁止である。

 

 

 

 

ノインテーターがウェイブの命を刈り取るべく振るわれる。

 

ウェイブの目にはゆっくりと自分の命を奪い去るであろうノインテーターが映っていた。

 

―――約束……破っちまったなぁ……。それに、まだ恩も返せてないし、母ちゃんを1人にさせちまう。

 

脳裏を過るのはイェーガーズに入ってから会った少女と交わした約束と帝国海軍にいる恩人と母親の姿。

 

「―――何を諦めている」

 

声がすると同時に辺りが氷の世界へと変貌する。

 

ウェイブの首をあと少しで斬り裂くであろうところでノインテーターが止まり、ブラートが氷の中に閉じ込められる。

 

声の聞こえた方へ振り向くとそこには、明らかに不機嫌そうなエスデスと我関せずとばかりにクッキーを食べているクロメの姿があった。

 

「……エスデス、隊長……」

 

「ふん……弱者は淘汰されるのが定めだが、部下を見捨てるのは忍びないのでな……それに、見殺しにするとランスロットの奴がうるさい」

 

明らかに後者の方が本音のような気もするがウェイブはそれでも力のない笑みを浮かべた。

 

援軍が来るまで相手の足止めをするという目的を達成出来たからだ。

 

「……大丈夫?」

 

いつの間にかウェイブの傍まで来ていたクロメが肩を支えながらそう訊ねる。

 

「身体中が痛えけど……何とかな」

 

「本当ならタツミを逃がした罰として拷問してやるところだが……」

 

クロメに肩を支えてもらっているウェイブへと近づいていくエスデス。

 

「ナイトレイドのブラートを足止めしていたのだから……特別に勘弁してやろう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

た、助かった~! と内心で喜びの声を上げるウェイブ。

 

「……下がっていろ。どうせこの程度で終わるような奴ではない」

 

「当たり前だ! 俺の体に流れる熱い血はよ……凍らされた程度で鎮まるようなモンじゃねーんだよ!!」

 

氷を内側から砕き、ブラートがエスデスにノインテーターの穂先を向ける。

 

「ほう、言うではないか。なら、私がその血ごと凍てつかせてやろう」

 

好戦的な笑みを浮かべたエスデスがサーベルを抜きブラートへと向ける。

 

一触即発の空気が漂い、クロメとウェイブも不用意に動けない。

 

ほんのちょっとの切っ掛けがあればすぐにでもこの2人はぶつかり合うことになるだろう。

 

そして、溶け始めた氷がピシッと小さな音を立てた。

 

同時に動き出すブラートとエスデス。

 

ノインテーターとサーベルがぶつかり合い、激しく金属同士がぶつかり合う音を響かせる。

 

技量は互角。だが、力では完全にブラートがエスデスを上回っているものの速度では僅かにエスデスの方が上だった。

 

「……ウェイブが勝てないわけだ。帝国でも5指に入るような猛者とはな」

 

―――一方的な狩りになると思っていたがこれは楽しめそうだ!

 

久しく現れなかった自分と同レベルに近い相手の出現にエスデスは笑みを浮かべる。

 

「ハッ……そうかよ」

 

「む……なんだ折角褒めてやったと言うのにもう少し嬉しそうにしてもいいんじゃないのか? 」

 

「敵に褒められても嬉しくないんでな」

 

そんな言葉を交えつつも2人は休む間もなくノインテーターとサーベルを振るう。

 

「それは残念だ」

 

エスデスがパチンと指をならし巨大な氷塊を作り出しブラートに向けて落とす。

「チッ…… 」

 

避けるのは無理だと悟るとブラートはノインテーターの1突きで巨大な氷塊を破壊する。

 

砕けた氷の破片が散らばる中を高速で氷剣が突き抜けてブラートを襲う。

 

「しゃらくせえ!」

 

そう吼えながらブラートがノインテーターを横凪ぎにして氷剣を破壊し、同時に次の氷剣を生成しているエスデスに向かって駆け出す。

 

「……これはどうする?」

 

エスデスが腕を振り下ろす。それと同時に氷剣が一斉にブラート目掛けて射出される。

 

隙間なく放たれる氷剣がエスデスの視界からブラートの姿を隠す。

 

が、ブラートはそれを最小限の動きで破壊し、無傷の状態でエスデスの前に出る。

 

そして、ノインテーターがエスデスに向かって突き出された。

 

討ち取れなくとも確実に手傷を負わせることは可能。

 

それなのにエスデスの顔に焦りはなかった。

 

「―――グラオホルン!」

 

一瞬にして作り出された先の鋭く尖った氷がものすごい勢いでブラート目掛けて伸びていく。

 

「グオッ!?」

 

咄嗟にノインテーターを盾にして防ぐも一気に距離を離されてしまう。

 

「必殺技を防ぐか……なら、もう1つオマケしてやろう。―――ハーゲルシュプルング!!」

先ほどブラートがノインテーターの1突きで破壊した氷塊よりも巨大で密度の高い氷塊がブラートを押し潰した。

 

その余波で巻き起こる風に煽られ、木々がざわめく。

 

クロメは八房の骸人形であるナタラに気絶しているウェイブを担がせて巻き込まれないように離れた位置からその光景を目の当たりにしていた。

 

「……これに帝具なしで互角以上に戦える将軍って」

 

クロメはエスデスの実力からランスロットが如何に化物じみているのかを再度認識した。同時にブドー大将軍もその中に含まれているので帝国の将軍らは人間と認めていいのだろうか? と少し悩んでしまう。

 

「……ま、いっか。速さだけなら将軍や隊長に近い人もいるんだし」

 

エスデスやランスロットを除けばイェーガーズ最速。帝具を使えば空を飛べるランの方が速いが、それでも素の状態であればの話だ。

 

ポリポリとクッキーを摘まみながら、クロメはエスデスが戻ってくるのを待つのであった。

 

 

 

 

がらがらと音を立てながら氷塊が崩れていく。

 

「……呆気ない終わりだな」

 

エスデスが崩れた氷塊の間を進みながら押し潰したブラートの姿を探す。

 

それはもちろん……生きていたら止めを刺すためにだ。

 

仮に死んでいるのであれば帝具インクルシオの回収が目的である。

 

「……ッ!?」

 

突如として感じた悪寒。

 

それに従いエスデスがその場から跳躍する。

 

だが、少し遅かったようで左の太ももに斬り傷を負ってしまう。

 

「ようやく……1撃か」

 

ノインテーターを突き出した格好でブラートの姿が現れる。

 

インクルシオの奥の手……透明化。

 

これにより姿を消し、さらには暗殺者として鍛えた気配遮断。

 

この2つを組み合わせてブラートはエスデスに傷を負わせることに成功したのだ。

 

最もエスデスが奥の手である透明化のことを知らなかったのが大きい。でなければエスデスに傷を負わせることが出来なかったであろう。

 

ブラート自身がその事を1番理解していた。

 

「面白い……久々に負傷したぞ」

 

地面に着地するなりエスデスは自身の左の太ももから流れ出る血に1瞬だけ視線を向けるとその視線をブラートに移した。

 

ブラートも無傷と言うわけではなく、コートが半ば千切れ、鎧のあちらこちらに罅が入っている。

 

本来の目的である時間稼ぎはもう十分であろう。

 

これ以上はさすがに持たない。

 

ウェイブ戦から休むまもなくエスデスとの戦闘になったのだ。当然、体力をかなり消費している。

 

このままだとインクルシオが強制解除されてしまうのは確実だ。

 

故にブラートは透明化を使いながら、撤退を開始する。

 

左の太ももに斬り傷を負ったことにより動きの遅くなったエスデスは氷剣を周囲に放つも、ブラートに逃げられてしまった。

 

ブラートに逃げられてしまったにも関わらずエスデスの顔に不満の色はなく、むしろ狩り甲斐のある獲物を見つけた狩人のような表情をしている。

 

「……逃げたか」

 

 

 

 

翌日の早朝……足を負傷したエスデスとボロボロになったウェイブと無傷のクロメがイェーガーズ本部に帰ってきた。

 

ただ、ウェイブは怪我と疲労により現在はドクターの治療を受けているが……。

 

特にウェイブの疲労の原因が酷い。

 

フェイクマウンテンからエスデスの作り出した氷の馬車を1人で引いて走ってきたからだ。

 

少年を逃がした罰とナイトレイドに敗北した罰だそうだ。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだろう。

 

ウェイブの今月の給料は少し上げておこうと思ったくらいだ。

 

「……なるようになるか」

 

エスデスの負傷という完全に予想外の出来事が起きたが、それは俺の計画に何の影響もない。

 

今、死なれたら困るが……結局時期が来たら死んでもらうつもりだ。

 

性格からして大臣のいなくなった後の帝国にはいらない存在なのだから……。

 

いるだけで害になるのは目に見えている。

 

はぁ……どこかに優秀な人材はいないだろうか?

後……これは完全に余談ではあるがポーカーはドクターがビリとなりスタイリッシュではないドクター……いわゆる普通なドクターになっている。

 

本人の身体が時折、不自然に震えたりしているが……。

 

 


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