ギョガン湖の1件が終わり、イェーガーズ本部に戻ってからしばらくするとウェイブと少年が一緒に出かけていくのが部屋の窓から見えた。
「……2人で何処に行くんだ? それ以前に……」
エスデスが少年と一緒にいないことに疑問を抱くのだが……。
「失礼しま~す」
窓から外を見ていたら気の抜けた声を発しながらクロメが部屋に入ってきた。その右手にはお菓子袋が握られていた。
「どうした? 」
「エスデス隊長が賊探しも兼ねてフェイクマウンテンに狩りに行くって。それで将軍はサヨ、ドクター、ボルスさん、ランと一緒に本部で待機しててだって」
「そうか。先ほどウェイブと少年が一緒に本部から出ていったのはそう言うわけか」
納得の理由だ。
「うん。宮殿前で合流してからフェイクマウンテンで2手に別れて行動することになってる」
「気をつけろよ」
「もちろん」
小さくうなずくとクロメは部屋から出ていった。
さて、本部に残る全員にいつでも出動出来るように万全の体勢を整えておけと連絡しておかなければな。
相手はナイトレイドだけではない。いずれは対革命軍のための部隊として動く可能性は少なくない。
革命軍側にも確実に帝具使いはいる。
そいつらと戦うことになるのは当然、帝具使いだ。
ナイトレイドが革命軍の暗殺集団の1つであることはチェルシーからの報告でわかっている。メンバー全員はさすがに把握出来ていないが……。
把握するのは時間の問題だ。
敵の敵は味方と言うが、俺からすれば敵の敵は敵だ。共通の敵を打倒し終えたら敵になるのだから味方ではない。
むしろ、利用するだけ利用して疲弊させて楽に潰せるようにすべき存在だ。
弱らせ過ぎてもいけないのが辛いところではあるが……。
徐々に疲弊させていくのはなんとも難しいことだ。
革命軍の内側も切り崩す必要があるがそれはチェルシーに任せている。ナイトレイドと合流する前にこちらに革命軍を内側から切り崩すための情報を送るらしいしな。
もっとも、こちら側に寝返るように仕向けることが出来れば一番いいのだが。
なんせ……膿を排除したら排除したで今度は人が足らなくなる。
まともな人材が少ない今、1人でも多くの人が必要だ。例えそれが革命軍側にいたとしてもだ。
真に帝国のことを考える人物なら大臣がいなくなり、陛下が革命軍が帝国の配下になるのであれば無罪放免とすると声明を出せば帝国側に寝返るだろう。
ただし、それが本当のことかは時間をかけて調べる必要があるが。
まあ、そこは常に監視しやすいポジションに配属させておけば問題はあるまい。
「……さて、
俺は黒塗りの鞘から
そのうち出番が来るであろう時を想像しながら。
■
「ああ! くそっ……タツミの奴、何処に行った?」
フェイクマウンテンで植物や岩などに擬態していた危険種からの襲撃によりタツミと離れてしまったウェイブ。
―――もしかして……逃げた?
その言葉が浮かぶと同時にウェイブの脳裏に怒れるエスデスの姿が過る。
「やべぇ……こりゃあ、なりふり構ってる場合じゃねえ!!!」
エスデスの怖さは帝国海軍にも伝わっている。
ウェイブはこのままタツミに逃げられてしまった場合の自分の末路を考えると迷わず帝具を使うことを決めた。
帝具の発動キーである大剣を地面に突き刺し叫ぶ。
「グランシャリオオオォォォッッ!!」
地面を砕き現れた黒き鎧がウェイブの身に纏われる。
同じ鎧型帝具であるインクルシオに見た目は似ているが、後継であるためパーツが多くデザインも近代的だ。
そして、マントのような感じで薄い半透明の防護フィルムを備えている。
帝具グランシャリオを身に纏ったウェイブはタツミを探しに凄まじい勢いで駆け出した。
■
その頃、タツミはと言うと……。
「なあ……兄貴」
「どうした、タツミ?」
帝具インクルシオを纏ったブラートと一緒に移動していた。
ただ、普通に一緒に移動していたのではなかったが。
「……何で……お姫様抱っこなわけ?」
「何でってそりゃあ……」
ここまで言ってブラートが言葉を切る。
そして、数秒してから言葉を続けた。
「
鎧でブラートの顔が見えないのに頬を赤く染めている姿を幻視し、タツミは悪寒を覚える。それはくしくもエスデスに自分の貞操を狙われた時に感じたものと同一のものだった。
不意にレオーネの言葉が浮かび上がる。
「気をつけろ。コイツ、ホモだぞ」
同時に思い出されるのは否定の言葉を口にしなかったブラート。
―――これって……兄貴にも貞操を狙われてる?
いや、まさか……と頭を振って、そんなことはないと自分に言い聞かせるも1度抱いた疑念は消えることなく膨らみ続けていく。
そんな馬鹿なと必死に否定するも、もしかしたら本当かもしれない。聞いてもしそれが本当だったら自分はどうなるのか……。
―――あ、兄貴……!?
―――何も心配するな……全部俺に任せとけ、な?
「……………………」
一瞬ではあるが
「どうした?」
タツミの顔色が悪くなっていることに気がついたブラートが声をかける。
「……い、いや……なんでもないよ!」
左右にブンブンと頭を振って先ほど想像した場面を頭から追い出す。
「そう……っ!」
そうか、と答えようとしたブラートが背後から何者かが迫ってくるを感じ、言葉を切る。
「……兄貴」
ブラートの様子に追っ手が近づいてきたのを察するタツミ。
ブラートはタツミを降ろすと、タツミに背を向ける。
「俺が運んでやるのはここまでだ。追っ手の相手は俺がするからアジトに先に帰ってな」
インクルシオの副武装である鎗、ノインテーターを呼び出して追っ手を迎え撃つ態勢となる。
「……兄貴、ちゃんと帰ってきてくれよ」
「おうっ! 安心してアジトで待ってな」
ブラートに背を向け、走り出すタツミ。
河川を渡り、向こう側の森の中へと姿を消した。
「さて……来たか」
タツミが向こう側の森の中へと姿を消して数秒もしないうちに風を切り裂くようにして黒い鎧を身につけた存在がブラートの前に降り立つ。
「おいおい……とんだ大物に遭遇しちまったぜ……」
黒い鎧……帝具グランシャリオを身に纏ったウェイブは目の前にいるノインテーターを構えたインクルシオの姿を見据える。
その距離はほんの数メートル。
「知ってるぜインクルシオ……このグランシャリオのプロトタイプ……そして何より」
ウェイブがブラートを指差す。
「それを着てるってことはお前、ナイトレイドのブラートだな? なるほどな、うさんくさい山にはうさんくさい奴が潜んでるぜ!」
ウェイブは拳を構える。
―――目標変更。逃げたタツミより目の前のナイトレイドを優先する。
■
「将軍ちょっといい?」
「どうした?」
ボルスが夕食を作り始めたので、その手伝いをしているとドクターが厨房にやって来た。
「将軍が入手した帝具のメンテナンスをしたいから持ち出しの許可が欲しいのだけれど、いいかしら?」
俺が入手したとなるとエクスタスとスペクテッドの2つか。
俺は野菜を包丁で斬りつつ返事をする。
「わかった。だが、ちゃんとメンテナンスが終わったら帝具の保管庫に返却は必須だ」
「もちろんよ。アタシはアタシの夢のために色々な帝具の仕組みを知りたいのよ」
「……なら、夕食後に部屋に来てくれ。そこで必要な書類を渡そう」
「ありがと、助かるわ」
ドクターは礼の言葉を言うと厨房から出ていった。
「ドクターは夢のために頑張ってるんだね」
魚を捌きながらボルスが言う。
「帝具と並ぶ武具を造るのが夢だと言っていたからな……」
千年も前の武具である帝具。
当時よりも技術も進歩しているはずなのに現在の武具よりも圧倒的に優れている。
生活面では進歩しても武具に関する技術においては後退しているように思えてしまう。
「……ウェイブ君は大丈夫かな?」
「どうだろうな。ウェイブはイェーガーズの中で感性が一番一般人に近いから苦労するのは確実だ」
「無事に帰って来てくれるといいんだけど」
「だな。一応、エスデス将軍がいるから大丈夫だと思うが……」
そう言ってみるものの大丈夫だとは思えない。お遊び程度の拷問をされていそうで……。
エスデスのお遊び程度の拷問=普通の拷問と大差ないから余計に心配になってくる。
「それにクロメちゃんもいるしね」
クロメか……ウェイブが死にかけとかじゃなければ大丈夫だろうが……もし、死にかけていたら骸人形化が確定してしまう。
「……個人的にはそこが一番心配だ」
ポツリとボルスに聞こえないような声量で言葉を漏らす。
クロメの近くで死にかけたら骸人形にするとクロメ本人に宣言されている俺と違って、なんの前触れもなく止めを刺されることになればたまったものじゃないだろう。
そうならないことを切に願おう。
俺のようにクロメと話し合って決めたわけではないのだから。
■
「うおおぉぉぉぉ!!」
ブラートの振るう
積極的に攻めこむウェイブであるがブラートに蹴りや拳を悉く迎撃され攻めきれない。
逆にブラートから繰り出される刺突を防御フィルムで防ぐも、連続で繰り出されるとその全てを防ぐことは出来ずに何発かもらってしまう。
―――強ぇ……これがナイトレイドか……。
鎗と拳のリーチ差だけでなく、純粋な実力差を目の前にいるブラートから感じ取っていた。
帝都の治安と平和を蝕む大悪党、更には反乱軍と繋がっているという話のあるナイトレイド。そのナイトレイドを相手にするために組織されたイェーガーズ。
ウェイブはナイトレイドが如何に強敵であるのかを身をもって実感した。
同じ鎧型の帝具であるインクルシオ。その後継であるグランシャリオを使っているのに歯が立たない。
グランシャリオの方が後期型でインクルシオよりも基本性能が上という話なのにも関わらずだ。
防御に回れば確実に殺られる。それを直感で感じ取っていた故に積極的に攻めていたが終始攻めきれないでいた。むしろ、押されていた。
―――これが俺たちイェーガーズが倒すべき敵!!
鎧のあちらこちらに罅が入り、右肩に関しては鎧の一部が欠損して中身が見えており、そこから血が流れている。
隙なくノインテーターを構えるブラートは無傷。
ウェイブがブラートと戦闘を開始してから僅か数分でこの状態になった。
ウェイブは自分が目の前にいるブラートに勝てないのを改めて理解した上で戦闘を続行する。
自分が目の前にいる敵を足止めしていれば東側にいるエスデスとクロメが戦闘音を聞きつけ、駆けつけてくる可能性が時間が経過する毎に大きくなる。そうなれば3対1……仮に自分が戦闘不能になっても2対1だ。
そうなれば十分に勝機はある。
ウェイブはエスデスとクロメが駆けつけてくれることを信じ、全力をもってブラートの足止めを開始した。
■
ピシッ!
「…………不吉な」
ダイニングルームで本部に待機中のメンバー全員で談笑していると突如ウェイブが使っている湯飲みに罅が入ったのだ。
「大丈夫かな? ウェイブ君……なんともなければいいんだけど」
「……そうですね」
不安そうに表情を陰らすサヨにドクターが声をかける。
「怪我ならアタシがきちんと治すから安心してね」
不安そうなサヨを安心させるように決め顔で言うドクター。
「不安なら私が様子を見に行ってきましょうか? 」
ランがサヨに気を使いそう言うもサヨは首を左右に振る。
「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です。ウェイブはきっと無事に帰って来てくれると信じてるので……だって、今度の休みに一緒に出かける約束をしましたし」
若干照れた様子で言うサヨ。
そして、サヨ以外の全員が顔を見合わせる。
「……ねぇ、これってデートの約束よね」
「いえ……純粋にサヨの記憶を取り戻すための手伝いの可能性もあります」
「でも、サヨちゃんの様子からしてデートに行くような感じがするけど」
「まあ、そこは本人たちの問題だ。とりあえず、本人たちにとってそれがいい思いでになることを願ってやるべきだろう」
男4人で小声でそんなやりとりをしつつ、次の休日が楽しみといった様子で表情を綻ばせるサヨを見る。
何事もなければ良いのだが……。
言い知れぬ不安を感じながら俺はサヨから視線を外した。