武芸試合を無事に終わらせて、ウェイブと共にイェーガーズの本部へと戻る。
そして、本部の会議室に入室すると椅子に縛りつけられ首輪を付けられた少年の姿が目に入った。
「………………」
俺は助けてくれとばかりに視線を向けてくる少年に無言で首を横に振る。
そのついでに部屋を見渡すとサヨを除いたイェーガーズ全員が揃っていた。
「すいません! 遅れました」
ゼェ、ゼェと息を切らしながらサヨが会議室にやってくる。
「……サヨ」
少年が茫然とした様子でサヨの名前を呟く。
「ん? なんだタツミ知り合いか?」
エスデスは少年の近くにいたから聞こえていたのだろう少年の頬を撫でつつ耳元に囁くように聞いた。
「あの……彼は?」
サヨが不思議そうに少年について尋ねてきた。
少年のことを見ても思い出さないか。少しは何かしらの反応があると思ったのだが……。
「ああ、少年はエスデス将軍が恋人にと拉致してきた武芸試合の参加者だ。そして……サヨ、お前と同郷の人物だ」
「え!? そうなんですか……」
サヨがまじまじと少年のことを見つめる。
両方の意味で驚いたのだろう。誰だって記憶を失なう前の自分の同郷の人物が今の自分の上司の恋人候補として拉致されているのだから。
「そうだ。ただ、当人同士だけで話した方が話しやすいだろうし、その時間は後でとろう……夕食の後で1時間ほどな」
あんまり、エスデスから少年を引き離すとエスデスに文句を言われる。
本当なら3時間ほど時間をとりたかったのだが……それは無理だと判断した。
1時間であれば仕事を押しつけることでなんとかなるがそれ以上だと、何かしらの要求がありそうだからだ。
いや……訂正する。1時間の段階で何かしらの要求があるな。
エスデスから向けられる視線に若干の殺気が混じってる。
エスデスにとって少年と過ごす時間が短くなるのはとても我慢ならないようだ。
下手したらサヨに被害が及ぶ。
さすがにすぐにそうなることはないだろうが……もしも、本当にもしもの事だが少年とサヨが恋人同士だった、もしくはそれに近い関係だった場合……。
確実にサヨの身が危ない。
エスデスのことだサヨを殺してでも少年のことを手に入れようとするだろう。
例えそれが原因で嫌われようとも、時間をかけて調教して自分の色に染め上げることで恋人に仕立てあげるはずだ。
はぁ…………エスデスが邪魔で仕方がない。
革命軍に対する抑止力になり得ている存在だから消すに消せない……今はだが。
一応始末する算段はついている。そのための準備は必要だが。
準備が必要と言ってもチェルシーと後は幾つかの仕掛けがあれば事足りるのだ。
時期を見計らって……暗殺する。これは前から決めていたことで変更することはない。
エスデスがいては陛下の望む安寧がこない。エスデスは争いを望んでいるのだから。
この食い違いがいずれエスデスに反旗を翻させる原因となるかもしれない。
故に早いうちにその芽を刈り取っておく。
どうせ大臣側であるのだからいずれ殺しあうことになるのだ。
エスデスと直接殺しあうなんて面倒で仕方がないようなことなど俺はしたくない。
故に暗殺するのだ。
今は……同じ帝国の将軍として利用させてもらおう。
革命軍に対する捨て札としてな……。
そう、捨て札となるときがエスデスを暗殺する時なのだ。
■
Dr.スタイリッシュの秘密の研究所。
そこの広く大きな実験施設の中にはかつての原型を失ったオーガと睨み合うようにしている異形の姿があった。
その異形はスタイリッシュに実験された人間の成れの果てである。
「ウオオオォォォォォォォォッッ!!!」
オーガが雄叫びを上げて、異形へ向かって駆けていく。
「ゴアアアアアッ!」
異形の方もオーガを迎え撃つように駆け出す。
オーガと異形の距離が瞬く間に縮まる。
異形の両腕が大きく上の方へと持ち上がり、それをオーガへと叩きつけるように降り下ろす。
当然、そんな見え見えの動きがオーガのことを捉えられるはずもなく、実験施設の床を砕く。
「……これで終いだぁぁぁぁ!!」
異形の背後へと回り込んだオーガが異形の肩甲骨の間と腰を掴み、上へと持ち上げる。
すると、オーガの手首から肘までパカリと開き、中から金属の棒が突き出された。
それは異形にぶつかるとバチッ……バチッ……と鳴った後に紫電がオーガの腕から迸る。
眼を眩ますような激しい光が実験施設に広がり、その光が収まると黒焦げになった異形を投げ捨てるオーガの姿があった。
「……チッ……こんなんじゃ暇潰しにもなりゃしねぇ」
金属の棒が収納され右肩を回しつつ、首を傾けるオーガ。
その表情は明らかに不満そうであり、苛ついているのが目に見えてわかる。
先ほど投げ捨てられた異形はスタイリッシュの実験により人が危険種へと変貌した者。
この実験施設の檻の中にはそれらが無数に蠢いている。
決して同族は襲わず、人間だった頃の名残なのか知能もそれなりに残っており、集団で連携しながら他の生物を襲う。
だが、そんな彼らもスタイリッシュにとっては実験体の1種に過ぎず、危険種となったことで頑丈になった彼らは毒薬の効き目を見るために重宝されていた。
その頑丈性を買われ、オーガの相手となっていたのだ。
もっとも……スタイリッシュによって強化改造を幾度となく行われてきたオーガには全く意味がなかったが。
オーガは自分が投げ捨てた人間から危険種へと変貌した存在を一瞥してからこの部屋をあとにした。
■
夕食後エスデスに仕事を押しつけて1時間ではあるがサヨと少年を2人っきりにすることが出来た。
「…………………………」
そわそわとした様子でサヨと少年がいる部屋の扉を見ては別の場所に視線を移すウェイブ。
ランは帰りを待っている妻(予定)のスピアがいる家に帰宅し、ボルスは帝都に夜のパトロールに出かけている。
そして……。
「…………」
俺の膝の上にはクロメが座り、黙々とお菓子を食べていた。
お菓子はビスケットなのでポロポロと食べ滓が床に落ちていく。
後で掃除をしなくてはならないな。
そんなことを頭の片隅で思いつつ、俺は少年とサヨについて考えた。
少年とサヨがどんな話をしているか気にならないと言えば嘘になるが積極的に知りたいとは思わない。
ただ、記憶が戻ったとしてもサヨは帝具使いになってしまったため帝国軍から抜けられなくなってしまった。
抜けようとすれば、それこそ帝国を裏切るしかないだろう。
……まあ、サヨが帝国を裏切ることはないと思うがな。恩師や恩人の敵になるような性格ではないのだから。
「ふむ、このまま黙っていても時間が勿体ないから少しだけ思い出話でもするか」
「思い出話ですか?」
唐突に呟いた俺の言葉にウェイブがそわそわするのを止めて首を傾げた。
「思い出話って誰の?」
口にビスケットをくわながら見上げてくるクロメ。
俺はクロメの身体を抱きしめるように抱える。
「俺のだ」
今でも鮮明に思い出せるあの時のことを。
「ランスロット将軍のですか」
「そうだ。まあ、面白いとは保証出来ないがな……あれは俺が将軍になってからすぐのことだった」
■
数年前。
帝都のメインストリートから少し離れた場所に位置する住宅街。
「……立地条件も治安も悪くない場所なのに何で人が少ないんだ?」
帝国の将軍となった俺は前よりも宮殿に近い場所に住居を移した。
不動産屋でこの場所を指定したときの店主の顔から何か問題があることはわかっていたが……これは……どういうことなんだ?
俺が予想した問題は治安が悪いことであるが、その気配はない。
人通りが少なく静かであるので、何か問題があればすぐにわかるはずなのだが……。
確か……店主は……「……ここに住んだ人はすぐに引っ越すんですよ」と言っていた。
すぐに引っ越したくなるようなことが起こるのか?
治安が悪いのでなければ……曰く付きの家か……。
これから俺が住まうことになる家を改めて眺める。
庭付きのそれなりに大きな一軒家。
「…………いたって普通だな」
見た感じ特にこれといった問題があるように思えない。
「……ふむ、まずは隣の家に引っ越しの挨拶をしておこう」
特に荷物があるわけではないのだから、先に挨拶を済ませておいて問題あるまい。
そうならばと引っ越しの挨拶用に買っていた菓子類の入った袋を持って隣の家に向かう。
家の扉の前に立つと軽く身だしなみを整えてから扉をノックする。
「はーい。どちら様ですか?」
中からは女性の声が聞こえてきた。
「今日隣に引っ越して来たのでご挨拶に」
「そうなんですか。今開けますね!」
そう声が少しすると扉が開く。
そして、中から現れたのは……エプロンを身に付け赤い液体の付着したガスマスクを着けた大男だった。
■
「……と、言うのが俺とボルスの出会いだ」
「………………何なんすか……その……夢に出てきたら確実に飛び起きるような光景は」
「まあ、確かにあれは俺もビックリした」
あれは本当にビックリだった。
数秒ほど思考が固まってしまったのだから。
「私だったら剣を抜いてる」
クロメだったらそうだろうな。
「ウェイブはもしそんな状況になったらどうする?」
「いや……そもそもそんな機会ってほぼあり得ないと思うんですが……」
「まあ、もしと言っただろ? 」
「そうっすね……」
う~んと腕組み、首を傾げるウェイブ。
「ちなみに俺とボルスはその場で5分ほど固まっていたぞ」
さらに言うと俺の動きを5分も止めたのはボルスが初だったりする。
「……俺だったら引っ越しの挨拶をとっとと終わらせて家に帰りますね」
「そうか……」
ウェイブは触らぬ神に祟りなしでいくか。
下手に関わってしまって変なことに巻き込まれたら嫌だしな。
「で、結局どうなったの?」
「ん、ああ……それはボルスの奥さんが中々戻って来なかったボルスを連れ戻しに来て、軽く自己紹介をしたあと帰った」
「そうなんですか。ところでボルスさんの奥さんてボルスさんが美人て言ってましたけど、どんな感じの人です?」
「……ウェイブ。もしかして人妻好き?」
クロメがジト目で言い放った。
「いや、違ぇから!? 」
即座に否定するウェイブ。
まあ、確かに見た目が完全に危険人物なボルスの妻だからどんな人なのか気になるのは理解出来る。
「俺から見てもかなりの美人だぞ。人妻とは思えないくらいに……ボルスが前に妻がナンパされたとか言ってたしな」
ボルスと奥さん組み合わせを見ると人は外見よりも中身なのだとつくづく理解させられる。
見た目の良し悪しで第1印象は決まるが長く付き合っていくなら男でも女でも外見ではなく中身を見る。如何に外見が良くても中身が自分と合わなければ必然的に長くは続かない。
「へえー……凄い美人な人なんですね」
「帝都で美人コンテストがあったら確実に上位に入れるぐらいにな」
「じゃあ……私は?」
こてんと首を傾げながら訊ねてくるクロメにどう返事をすべきなのだろうか?
下手な回答だと拗ねそうな感じがするのだ。
「ふ……後2年は待て」
俺はそう言って軽くクロメの額をこ突いた。
「む~……」
俺の回答が気に入らなかったようで頬を膨らませながら剥れるクロメ。
「なんか……将軍とクロメって仲の良い兄妹みたいですね」
「そう見えるか?」
「ええ、お兄ちゃん離れ出来ない妹と妹を甘やかしてる兄って構図に」
「そうか……」
今はすでに失われた過去となってしまった家族の絆というべき繋がり。
天涯孤独となり陛下の臣下であることで己を保っていた俺に家族に近い者が出来ていたか……。
今ならわかる。俺が1番求めているものが。
俺という存在を保たせているのが陛下の臣下であることならば、俺が欲しいと思っているのは家族。
妻でも子どもでも義兄弟でも何でもいい家族という繋がりが欲しかったのだ。
だからこそ、孤児院に寄付金を上げたり、教師をやっていたランを紹介して孤児院の子どもたちに勉強させていたのだろう。
全ては家族が欲しかった俺の無意識からくる本物家族の代わりに行った代行行為。
何で気がつかなかったのだろうか。
思い返せば幾らでも気づくことが出来たはずだ。
案外……俺は俺のことをよくわかっていないのかもしれないな。
「……どうしたの?」
「いや、何……案外求めるものは身近なところにあったのだと気がついただけさ」
きょとんとした様子で見上げてくるクロメの頭を優しく撫でる。
気持ち良さそうに目を細めるクロメ。まるで猫のようだ。
「礼を言うぞウェイブ。お陰で今まで気がつかなかったことに気がつけた」
「は、はあ……?」
何で礼を言われてるのかわからないようだ。
「自分の中でしっくりとする答えが出たのだ。……清々しい気分だな」
こんな気持ちは久しぶりだ。
全てが終わったら家族作りをしよう。
孤児院にいる子を養子にするか、はたまた婚活をするのもいいだろうな。
未来の目標が新しく出来た。
これは生きなくてはな。そうしなくては目標が達成出来ない。
ああ……予想外に今日は気分がいい日になった。
色々と忙しくなりれました。
こ5月中に後2回は更新したいです……。