憑依者がいく!   作:真夜中

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28話 連れ去られる者

エスデス主催の武芸試合。

 

その開催が告知されてから開催される日までの短い間に試合に出たいと言う武芸者たちが殺到し、これまた大きなものとなった。

 

拷問好きという一般人からしたらかなり困る趣向のエスデスのファンが武芸試合の会場の観客席の一部を完全に陣取っている。

 

そして、その参加者の中には……。

 

「鍛冶屋か……嘘なのか本当なのかどうなんだろうな、少年」

 

鍛冶屋のタツミ。

 

エスデス主催の武芸試合の参加者として登録されている。

 

イエヤスに託されたサヨの同郷の人間であり、ざっと武芸試合参加者を見た限り参加者内で五指に入る実力を持っている。それも確実にエスデスに目をつけられるぐらいには。

 

それ以前にタツミというだけで目をつけられるだろう……俺のせいであるが……。

 

だが、今回の武芸試合はサヨの記憶を取り戻す良い切っ掛けとなる可能性が高くなったことに対して武芸試合を開催したエスデスに感謝しよう。

 

普段であれば決して感謝されるような人間ではないのだが、今回は滅多にない特例だと考えればいい。

 

「将軍どうかしたの? 何か楽しそうだよ」

 

クロメが俺の座っている椅子の右側から顔を覗かせる。

 

「そう見えるか?」

 

「うん。ナタラを鍛えていた時と同じ感じがしたから」

 

そう言って俺の手にしている武芸試合の参加者一覧表を覗き込むクロメ。

 

「そうか。なら、楽しいんだろうな」

 

ナタラの成長具合は俺の見立てた潜在能力からくる予想を何度も越えた。

 

あれは良い意味で驚かされた。だからこそあの時は楽しかったと言える。

 

さて、少年はあの日からどれほど成長しているのか楽しみで仕方がない。

 

エスデスに目をつけさせてしまったのは悪いと思うがそれも遅かれ早かれそうなっていたことだろうし、気にする必要はないとさえ思ってきた。

 

ただ……戦闘関連以外でエスデスが少年に迷惑をかけた場合は助けるとしよう。

 

かつてエスデスに少年の情報を売ってしまった詫びとして。

 

「……そろそろ行くか」

 

一覧表を机の上に置き、椅子から立ち上がる。

 

「うん」

 

クロメは俺の右隣に来ると俺の右手を左手で握り、引っ張るように歩き出した。

 

 

 

 

武芸試合の会場に着くと、ウェイブが司会をしているのが目に入った。

 

「……ふむ。当然の配置だな」

 

「だね。ドクターとかボルスさんに司会は無理だしね。ランはエスデス隊長の傍にいるし、サヨは司会は出来なくはないだろうけど……記憶喪失だから少し難しいかも。そうなるとやっぱりウェイブしかいないね」

 

それに武芸試合の参加者を取り押さえるなら体術に優れた人物を司会にするのは当然だ。

 

武芸試合であるのだから当然に事故は起こりえる。そんな時に真っ先に対処するのも司会を勤めるウェイブの役目である。

 

俺やエスデスのように人間を辞めていると言われてもおかしくない人間と比べると劣るが、それでもウェイブが体術に優れているのは本当のことだ。

 

「1度、ウェイブ自身の強さがどれくらいか判断するために手合わせするのも悪くないな」

 

資料からの情報でしかウェイブの実力を知り得ないのは流石に不味い。

 

部下であるのだから上司の俺がその実力を知らないのはいけないだろう。

 

普段の動きを見ればどれぐらいの実力を秘めているかはある程度わかる。だが、本当にある程度なのでいまいち信用ならないのだ。

 

「骸人形を使う?」

 

ちゃきっ! と八房の刀身を鞘から少しだけ出すクロメ。

 

「それでもいいが相手になるのはナタラぐらいしかいないだろう」

 

「うん。他のだと実力と大きさのせいであてにならない」

 

超級危険種だと周りの被害が大きくなってしまうし、ナタラ以外の人の骸人形は真っ正直からの戦いに特化していない。

 

1体だけいる特級危険種の骸人形だと役不足のように思うから却下だ。

 

「……戦力という意味でなら超級危険種3体は破格なんだがな」

 

「でも、加減が効かないのが難点。強すぎるのも困りもの」

 

「……そうだな」

 

己が無力を嘆く人が大勢いるなか力があることが悩みという贅沢。

 

強者故の悩み、弱者故の悩み。そのどちらかしか知らない者が多い中でどちらも知っている者には今の帝国はどう映るのだろうか。

 

強者の暮らしやすい国か弱者に厳しい国か……。

 

 

 

 

「はぁ……これは失敗ね」

 

武芸試合の会場にいないスタイリッシュは帝都にある研究所にいた。

 

「次の試験管を」

 

スタイリッシュがそう指示を出すとこの場にいる研究員が5本の試験管が纏めて入ったケースを持ってくる。

 

その試験管1つ1つに特殊な薬品を1滴1滴入れて経過を見る。そして、その結果が自身の望んだものてはないと悟るや次の試験管を持ってくるように指示を出す。

 

スタイリッシュが作成しているのは自身の作り出した毒薬の解毒薬である。

 

自分の私兵に使うなら多少副作用の強烈なのでもいいのだが、他の部隊で使うとなるとそうも言えない。

 

面倒に思いながらもスタイリッシュは研究資金が手に入るからと文句を内心で言いつつも作業を続ける。

 

「ん~……これも駄目ね。でも、別のものに使えそうだから残しておいてね」

 

そう言いながらスタイリッシュは次の試験管の準備を進めるのだった。

 

 

 

 

武芸試合が盛り上がりを見せるのと同時刻。

 

帝都の公園に家族3人でピクニックに来ているボルスの姿があった。

 

風もそよ風程度で天気は晴れ。ピクニックに行くのには良い条件だったからだ。

 

娘のローグに肩車をして、シートと遊び道工の入ったリュックを背負うボルス。

 

その右隣を歩くのはお弁当とお茶の入った水筒を入れた手提げ鞄を持つ妻である。

 

妻の歩幅に自分の歩幅を合わせ、追い抜かないようにしながら歩く。

 

「わぁ……」

 

自分の頭の上ではしゃぐローグに微笑みつつ、ボルスは妻へと視線を向ける。

 

「ローグ……パパが困ってるわよ」

 

「ハーイ」

 

こんな些細な家族間でのやりとりにボルスは幸せを感じる。

 

何よりも大切な宝物。

 

そんな家族がいるからこそ自分は今までやってこれたのだ。

 

改めて自分は幸せだと思う。

 

ボルスの脳裏を過るのは自分の手で焼き殺した人たちの叫び。

 

恨まれてるだろうし、憎まれているだろう。いずれ何かしらの形で報いを受けるかもしれない。

 

それでも、自分のことを愛してくれている家族のために死ぬわけにはいかない。自分は家族のために生きているのだから。

 

「……どうしたの、あなた?」

 

「私は幸せだなぁって思って」

 

「ふふ……私もよ」

 

微笑み、そっと寄り添う妻。

 

「私も幸せだよ! パパとママと一緒だから!!」

 

頭上から笑顔でそう言ってくれる娘。

 

自分の幸せは確かにここにある。

 

ボルスは改めて決意した。

 

どんなことがあっても必ず家族の元に帰ると……。

 

 

 

 

「退屈そうだな」

 

「ん? ああ、お前か」

 

椅子に座りながらながら退屈そうに試合を眺めるエスデス。

 

この様子からしてお目かねにかなう者がいないのだろう。

 

「このレベルでは帝具使いになれそうなのはいないな」

 

「実力だけで言うなればそうだろうな。帝具は基本的に第一印象らしいからチャンスがないわけではないが」

 

「ふん……実力のない帝具使いなどいらないだろ」

 

「ま、確かにな」

 

実力が伴わなければ単なる足手まといになってしまう。

 

いくら武器が強くてもその性能を引き出す使い手が弱ければ宝の持ち腐れでしかない。

 

「ラン……お前から見て見込みのありそうなのはいたか?」

 

「いえ、一般人にしては強いかな程度は何人か。それでも、帝都警備隊隊員よりも実力は下でしょう」

 

ランに聞いてみるも、その程度のレベルの者しかいなかったらしい。

 

「そうか……今回はめぼしい人材はいないか」

 

少年は除いてだが……。

 

「将軍……会場に何匹かネズミが入り込んでるみたいだけど処理してこようか?」

 

「いや……泳がせておけ。何か問題を起こすようであれば構わず殺れ」

 

「うん」

 

大方、革命軍の回し者だろう。

 

何か問題を起こしたらそれを使い革命軍の評判を下げることも出来る。効果があるかは不明だが。

 

それでも、革命軍への心象は確実に悪くなる。

 

それでもって少しでも状況が良くなっていく帝都を見て帝国につくことを選んでくれれば……。

 

まあ、革命軍の密偵も何か問題を起こすような馬鹿な真似はしないだろうがな。

 

ただ、西の異民族を利用して俺の部下の大多数を西側の防衛に当てさせられているのは苛立たしいが。

 

「次が……最後の組み合わせか」

 

今までの試合に少年の名前は出てなかった。

 

つまり……最後の試合に少年が出るということ。

 

「エスデス将軍……次は期待してもいいと思うぞ」

 

リングの上に上がる少年の姿が見える。

 

「ほう……理由は?」

 

「前に言った恋人の条件を満たす少年がいるからだ」

 

「何!? じゃあ彼処にいるのが」

 

「そうだ。条件は4つ満たしている。後はエスデス将軍が気に入るかどうかだ」

 

瞬間的に狩人の目になったエスデスは少年の挙動を一欠片も見逃さないとばかりに見つめている。

 

「将軍……例の彼は引き込みますか? 話を聞いている分にはイェーガーズに入るには十分な素養を持っていそうですが」

 

ランが小声でそう聞いてきた。

 

「引き込めるなら、な。無理強いをする必要はない」

 

ナイトレイドと関わりがある少年だ。帝国側につく可能性は限りなく低い。

 

「わかりました。そこは本人の意思を尊重しましょう……隊長が強引に引き込みそうですが」

 

「そうなったら俺が対処するから心配はない」

 

立場上同格でなければ話すら聞かなさそうだ。最悪……拷問されかねない。

 

「お願いします。私じゃとても止められそうにありませんので」

 

「ああ」

 

うなずきつつ、エスデスの動向を見やる。

 

真剣な顔つきで少年を見つめていた。

 

とりあえずまだ見定めている途中なのだろう。

 

「東方! 肉屋カルビ」

 

牛の覆面を被った肉屋か。体格からしてただの肉屋ではあるまい。

 

「西方! 鍛冶屋タツミ!!」

 

少年の方は以前と比べて大分隙が少なくなっている。良き師に出会えたのだろう。

 

ウェイブがリングの上にたった選手の紹介を滞りなく行った。

 

やはりウェイブに司会を任せて正解だった。

 

そして、すでに結果の見えた試合だ。

 

肉屋のカルビは完全に少年を舐めきっている。これではカルビに勝ち目はない。

 

少なくとも少年を舐めきっていなければ勝率は少しはあったのだが……。

 

「……この試合は少年の勝ちだな」

 

「うん、肉屋は隙がありすぎ。あれならすでに十数回は斬ってる」

 

そもそも肉屋では何をされたか理解したと同時に死ぬだろうけどな。場合によっては理解さえ出来ないだろうが。

 

「……一方的だな」

 

試合は肉屋のカルビがなすすべなく少年の攻撃にさらされるものとなってた。

 

「うん」

 

純粋な速度でカルビは少年に劣っている。力は確実に上なのだが、少年のことを捉えるには遅すぎる。

 

どんなに力があってもそれを当てられる速度がなければ意味がない。

 

技術はあるのだがな。

 

「勝者、鍛冶屋タツミ!」

 

少し目を離した隙にカルビは倒され、少年が勝者となった。

 

周りからの暖かい声援に少年が笑顔で応える。

 

…………これ、条件を全て満たしたのでは?

 

そう思ってエスデスの方を見ると……少年に向けて熱い視線を送っていた。

 

「……見つけたぞ」

 

エスデスのその言葉を聞いたランが俺の方を向いた。

 

その視線で、恋人候補が確定したのでは、と訴えながら。

 

俺は無言でうなずく。

 

そして、目を瞑ると感慨深く感じる。

 

あのエスデスが本当に恋するとは、と。

 

明らかに貰い手のいないような拷問好きの性格なのに、好みのタイプが少年のような存在。

 

正直なところ恋なんて出来ないのではと思っていた。

 

「将軍……エスデス隊長が鍛冶屋を拉致しちゃったけど」

 

「…………」

 

感慨深くなりすぎて気がつかなかった。

 

クロメに言われなければこのまま数分は気がつかなかっただろう。

 

とりあえず、こんなアクシデントは想定外のはずだ。ウェイブのフォローに回るか。

 

このまま苦労させるのも悪い。

 

「クロメ、ランはエスデス将軍のあとについていってくれ。俺はこの武芸試合を完遂させる」

 

「わかりました」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

ランとクロメの返事を聞いてから階段を下りてリングの上でどうするべきか戸惑っているウェイブの元にいく。

 

「ランスロット将軍……これはどうすれば……」

 

「とりあえず、俺が対処するからマイクを貸してくれ」

 

「はい、どうぞ」

 

ウェイブからマイクを受け取り、会場全体に聞こえるように話す。

 

「突然のことに戸惑っていると思うが武芸試合は最後まで開催される。この度のエスデス将軍の行動は……まあ、あれだ……恋人候補が見つかったからだと言うことで納得してほしい。俺からは以上だ……同僚としては上手くいくように祈って欲しいとだけ言っておく」

 

本音としては少年を拉致したのは褒められた行動ではないが、サヨの記憶を取り戻す切っ掛けとなる可能性があるので多少大目に見るのもやぶさかではない。

 

それに、これでエスデスが大人しくなるのならばと淡い期待を抱いている。

 

多分、無理だろうが。

 

俺はウェイブにマイクを返すとエスデスのいた席の方へと戻るのだった。

 


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