憑依者がいく!   作:真夜中

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2話 休暇をいく

帝都を散歩していると目に入る人々の顔はあまり良いものではなく、元気のない表情であった。

 

全員が全員そうではないが……5人に一人の割合で見かけるぐらいには多かった。帝都がこんな現状では地方や辺境はもっとひどいことだろう。

 

それでも、人は生きていけるのだからすごい。

 

こんな現状を憂う人がいることにこの国がまだやり直せることを感じさせる。

 

現在の帝国の兵士たちも腐っている輩が大勢いる。同時に腐らずに真面目な輩も存在しており、その大半がブドー大将軍が率いる近衛兵に所属している。

 

後は俺のところもしくは肩身の狭い思いをしながら他の将軍らの配下にちらほらといるぐらいか。

 

全く……嘆かわしいことだ。

 

権力者が腐るとどれだけ厄介が簡単にわかる。

 

それだけ……今の帝国は危ない状況なのだと理解させられる。これを危ないと感じないのはこんな現状で甘い蜜を啜れる一部の輩のみ。

 

散歩をしているうちにお昼になったので軽食屋による。その軽食屋はまだ開店したばかりなのか中にあまり客の姿はなかった。

 

「いらっしゃいませ! お一人様でよろしいですか? 」

 

「ああ」

 

「では、こちらの席へどうぞ」

 

案内された席へ座ると俺は早速注文をした。

 

「オススメのものを頼む」

 

「かしこまりました」

 

そう返事をすると従業員は厨房の方へと向かっていった。

 

その際、駆け足だったが埃が舞い上がらなかったのでちゃんと店内の掃除がいきとどいているらしい。

 

ひどいところだと埃は舞う、変な臭いがするで食欲すら落ちてしまう。

 

元気なところは元気だが……それもいつまで続くか。

 

元気のない表情をした人の大半は帝都に来て旗揚げをしようとして失敗した人の末路で元気なのは元から帝都に住んでいるかそれなりの仕事に就けている人だけだろう。

 

「お待たせしまた」

 

従業員が頼んだ料理を運んできた。

 

それはステーキだった。厚さは見た感じ……3センチ。大きさは大体……10センチぐらいである。あと、スープとパン。

 

パンは焼きたてのものらしくホカホカとしている。スープはシンプルに玉子と野菜しか入っていなかった。

 

それらを並び終えると従業員はごゆっくりどうぞ、と言って去っていく。

 

「……いただきます」

 

道行く人々の様子を観察しながらお昼を食べた。

 

ちなみに味は上の下だったのでたまに食べに来てもいいかなと思ったぐらいだ。

 

 

 

 

お昼を食べ終わると古本屋で小説を一冊買い公園のベンチに座りながら読んだ。

 

近所に住む子どもたちが遊んでいる様子を見てるとどうしても考えてしまう。

 

陛下にも年の近い友達と呼べるような人がいればいいのにと。

 

立場の問題もあるが何よりも大臣が問題だ。大臣、大臣言っていると名前を忘れそうだがオネストという名前がある。

 

オネスト大臣と呼ぶ人は少なく基本的に皆、大臣と呼ぶ。

 

たまに大臣の名前がわからない人もいるくらいだ。

 

「……こんなものか」

 

読んでいた本をあらかた読み終えたので閉じる。

 

内容もそこまで面白いものではなかったのが残念だ。これを新品で買っていたらショックを受けていたぐらいに面白いものではなかった。

 

中古でよかったと心の底から思った本に初めてであった。これはこれで一種の奇跡と呼べるだろう。

 

タイトルはそれなりに興味をそそったのだが……タイトル負けし過ぎだ。

 

「あら? 今日はお仕事お休みなんですか?」

 

「ん? ……ああ、ボルスの奥さんじゃないですか。買い物の帰りですか?」

 

そろそろ公園から出ようとベンチから立ち上がったタイミングでボルスの奥さんに出会った。

 

今日は娘さんと一緒ではないから多分、娘さんはお留守番なのだろう。

 

「はい、そうなんです。今日は夫が帰ってきますので彼の好物を作ってあげようと思って」

 

本当に出来た奥さんである。さすが結婚六年目にして未だにラブラブなだけはある。

 

この家族を見てると羨ましくなるくらいだ。

 

それに今日帰ってくるなら、すぐに危険種の死骸の焼却を命じられるか。

 

なんか……悪いことしたな。

 

変なところで重なってしまった。死骸の焼却は明日になるだろうけど……もし、明日に休みを取ってたらと考えると罪悪感が。

 

「それは喜びますね。彼は家族と一緒に過ごす時間が何よりも好きですから」

 

本当に……軍人なんか止めて他の仕事をすればいいのに。

 

温厚な上に優しい性格なのにこんな時代じゃなければとつくづく思う。

 

「はい! 私も娘も夫のことが大好きですから」

 

いやぁ……本当、目の前でそんなキラキラとした幸せオーラを放たれると彼の仕事を増やしてしまった罪悪感が胸の内から溢れてくるので辛い。

 

「いやぁ……本当にボルスは幸福者ですね。あんまり話してると夕食を準備する時間もなくなっちゃいそうですかそろそろ失礼します。ボルスによろしく伝えておいてください」

 

「いえ、こちらこそ主人のことをよろしくお願いします」

 

お互いにペコリと頭を下げてから別れる。

 

これはますます大臣をどうにかしなければならないな。陛下のためだけではなく友人の幸せのためにも。

 

改めてそう決意すると俺は家に戻っていった。

 

 

 

 

翌日。

 

仕事もなく今のところ特にやることのない俺は帝都から出て、帝都近郊にある村の中でも危険種の被害が多い場所に危険種狩りに来ていた。

 

「しかし……良いのですか……この村にはお金は」

 

言いづらそうに村長がそんなことを言ってくるが俺は首を横に振る。

 

「かまわない。今日は休暇の上に勝手にやっているだけだからな」

 

「ありがとうございます!」

 

今にでも土下座をしそうな勢いの村長。

 

こんな様子を見ると辺境の方はかなり酷いことになっていると予想される。

 

帝都の近くでこの有り様なのだ。もう、あまり時間がないのかもしれない。

 

あと数年したら陛下の妻のことも考えねばならなくなる。そうなると必然的に大臣が陛下を飼い殺しにするために大臣の息のかかった者を推してくるだろう。

 

その前になんとしても帝国に巣食う害虫を駆除しなければならない。

 

「気にする必要はない。さっきも言ったが俺が勝手にやっているだけだからな」

 

俺はそう言って村長に背を向けると、危険種の縄張りとされる場所へと向かう。

 

鬱蒼とした森の中を進んでいく。

 

「……狩った危険種はあの村にやろう。俺には必要ないし、あの村の生活が少しでも楽になるのならばそれでいい」

 

これで、少しでも陛下への心象が良くなれば万々歳だ。

 

こんな打算もある。完全に親切心でそんなことをやれるほど俺は優しくない。

 

少しでも俺をいい人に見せて、そんないい人が皇帝に仕えているんだから皇帝はいい人なのだろうと少しでも思ってくれればそれだけでやる価値はある。

 

例え、大臣の傀儡にされていようともその命令を出しているのは陛下なのだから当然、陛下に怨みなどが向かない可能性は0ではない。

 

確実に怨まれているはずだ。それをほんの少しでも払拭出来れば……陛下の安全へ繋がる。

 

もし……革命軍が陛下の命を奪うつもりなら俺は革命軍を潰すために全力を尽くそう。その後に大臣を始末すればいい。

 

今はまだ大臣に生きていてもらわなければ困る。

 

大臣のお陰で駆除すべき害虫が見つけやすくなっているのと、大臣が保有する個人戦力を完全に削り切っていないからだ。

 

下手をしたら陛下に危険が及ぶ。いくらブドー大将軍であろうとも並み以上の使い手に多方向で暴れられると鎮圧に時間がかかってしまう。

 

「……こいつか」

 

考え事をしているうちにターゲットである危険種を見つけた。

 

―――ランドタイガー。虎型の2級危険種であり、鋭い牙と爪に加え、頭と脇腹にある鋭利な角状のものが生えているのが特徴。

 

一般人には確実に荷が重い相手だ。1級危険種である土竜よりも弱いが新兵では下手したら殺されてしまう相手。

 

「……まずは1匹」

 

俺は相手が気づく前に剣でランドタイガーの首を切り落とす。

 

それからランドタイガーの死骸を村へと持っていく。

 

道中、血の臭いに引かれて幾多の肉食獣や危険種に遭遇するもそれらを一刀のもとに切り殺して村へと戻る。

 

俺が通ったあとには幾多の血痕が残っていた。

 

血塗られた道……すでに俺が歩んでいる道そのものを連想させる。

 

「ふっ……今さらだな。今さら何を考える必要がある」

 

すでにやるべきことは決まっているのだ。ならば、それに向かって一直線に突き進めばいいだけ。

 

恩人も友人すらも利用して、そして俺すらも利用させて……。

 

陛下のために最良の結末へと持っていけるようにする。

 

そのために必要な手札はまだ揃っていない。

 

揃えようとすれば揃えられるだろうが時期尚早。大臣の権力がまだ大きいので揃えたところで意味がない。

 

むしろ……俺以外が消される。

 

それでは駄目なのだ。

 

すでに、陛下の大臣に対する信頼と好意を完全に無くすための手段は考えついている。

 

それにはあいつの力が必要になる。が、今は別命を与えているので決行できない。

 

どっち道今はただ俺が動き出せるようになるのを待つしかないのだ。

 

その時が来るには帝都を騒がす暗殺集団ナイトレイドに頑張ってもらうしかない。

 

彼らにも陛下のために俺の手のひらの上で踊ってもらう必要がある。

 

大臣側の戦力と権力を削るためにな。

 

こんなんじゃ……どっちの方が悪役だか。敵も味方も全てを利用しなければならないのだから。

 

本当……最低だな。

 

くく……笑うしかない。自分の最低さに……。

 

「……誰かがやらなければならないこと。ボルスならこんなことを言うだろうな」

 

私ではなく公で動ける彼のような人間は後の世に必要だ。

 

特に彼ならば他の誰よりも陛下のことを任せられる。

 

子持ちであり、まだ、幼い陛下に接してもきっと戸惑わないであろうから。

 

ブドー大将軍だと堅物過ぎてそこら辺は任せられない。護衛とか護身術の訓練をつけるなら最適の人物であり、最高なのだが。

 

それに……俺自身の評判を少しでも上昇させて陛下自身に俺を臣下にしたことを良い判断であったと認識させて喜ばせてあげたい。

 

自分の目は節穴でなかったと。これから俺が大臣を嵌めようとしている計画を実行すると確実に陛下がショックを受けることになるのだから。

 

少しでもそれに耐えられるようにしておきたい。

 

……前途多難ではあるがやりがいはある。

 

帝国の内部が完全に腐りきっていない今ならばまだ、チャンスはある! 時間はほどんど残されていないに等しいが……それでも帝国内の重鎮全員が腐っているわけじゃないのだ。

 

大臣と大臣に連なる帝国を腐敗させる害虫らを殲滅する!

 

「道半ばに死ぬことだけは絶対に出来ないな」

 

俺はずるずるとランドタイガーの死骸を引きずりながらそう呟いた。

 

今日も何処かで大臣が原因で帝国の未来を担う者が消されている。

 

そう思うと……帝国軍から革命軍へと離反してしまうのも仕方がないと感じる。真面目に働けば働くほど苦痛を感じるのだから。

 

せめて、1日でも早く大臣とそれに連なる害虫らを始末しなければ……もう、帝国に未来はない。

 

 


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