憑依者がいく!   作:真夜中

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25話 船上をゆく

ホール内に笛の音が聴こえ始めてきた。

 

それから徐々に異変が起こり始める。

 

乗客たちが次々と虚ろな眼で座り込んだり、床に倒れ出したのだ。

 

「っと……大丈夫か?」

 

がしゃんとグラスの砕ける音がする。

 

そして、チェルシーが俺の胸元に倒れてきた。

 

「あはは……少しばかりキツいかも」

 

「そうか」

俺の片手でチェルシーのことを抱き止めながら彼女の頬に手を当て顔を俺の方に向ける。

 

顔色は悪くない。

 

恐らくこの音色を聴いた者にしか効かず精神を蝕むタイプの力だろう。

 

床に座り込む人々が口々に「やーめた」や「どうでもいい……」と言葉を発していることから感情にも効果があるようだ。

 

これは帝具の力で間違いない。それも三獣士だ。

 

エスデスの目もなく三獣士が一般人を無力化してくれたので堂々と始末することが出来る。

 

そして、肝心のチェルシーだが……。

 

「っ! 耳を塞いでも聴こえてくるか……厄介だなあもうっ! 寄っ掛かってる私が言うのも何なんだけさ……何でそんな余裕なのよ……」

 

理不尽だとばかり訴えてくるチェルシーに俺は苦笑しか返せない。

 

「これでも一応、効いてはいるんだぞ? ただ、似たようなことをしてくる超級危険種を何度か討伐してるからある程度は耐性があるんだ」

 

「……ああ、うん……そうよね。元々理不尽の塊みたいな人だったから馴れてるのね。私が間違ってたわ」

 

「……それでだ……動けるか?」

 

「うん。一応ね……さすがに普段通りとまでは行かないけど」

 

俺から離れるとチェルシーは身体の調子を確かめるように手を握ったり開いたりしている。

 

「そうか……なら、今回は暗殺を見送るか?」

 

「いや、やるよ! エスデスが近くにいないこの好機を逃したくない」

 

「…………わかった。先ずは他の三獣士の誰かを仕留める。仕留めた方に変装してリヴァに近づけ」

 

「手伝ってくれるの?」

 

不思議そうに聞いてくるチェルシー。

 

「ああ、難易度の高いものを頼んだからな。それにこの場にある戦力を使わずしてどうする? 暗器だけでも十分仕留めることは可能だ」

 

「そっか……ならお願いしようかな」

 

「任せておけ。確実に成功させる」

 

三獣士は俺が竜船にいることを知らない。

 

「それじゃ、私も準備しなくちゃね」

 

ボンッ! と音がすると同時にチェルシーの姿が変わる。

 

金髪碧眼の少女のものへと。

 

「やはり……厄介な帝具だな」

 

「そお? 他にももっと厄介な帝具はあると思うけど……」

 

「いや、俺個人としてはガイアファンデーション以上に厄介な帝具はない。それは使い方次第ではそこら辺にいる浮浪者でさえも国を滅ぼすことが可能だ」

 

国のトップに変装すればそれだけでその国を手に入れたと同義だ。

 

「またまた~……そんなのほぼ不可能に決まってるじゃん! 」

 

「ほぼ不可能だからだ。完全に不可能ではない……もし、チェルシーがそれを手にしていなかったら俺は破壊する心算だった。大臣が手に入れていたら確実にもっと危険な事態になっていたはずだ。それこそ俺は革命軍に入ることも考えざるをえないぐらいにはな」

 

人と人との関係を容易く壊すことのできる帝具。俺にとっては直接的な破壊力を持つ帝具よりもこれの方が恐ろしい。

 

誰が味方かも完全にわからなくなる。これほど恐ろしいものはない……。

 

「……でも、そうしたら皇帝の臣下ではいられなくなっちゃうわよ」

 

「その時はその時だ。そうなっていたら革命が成功するようにフリーの殺し屋としてエスデスの首を狙っていただろうな。エスデスの首を対価に陛下の助命を嘆願するために……。まあ、これもチェルシーがガイアファンデーションを手にしていない上に大臣側にあった場合の話だ」

 

すでに起こりえないもしもの話でしかない。

 

「……想像するだけで狙われた人が可哀想になるわね。逆に他の暗殺者から狙われるんじゃない」

 

「そうなったらそうなったらで仕方があるまい。フリーの殺し屋として動いていたなら枷なぞ無いに等しいからな」

 

「そういえばそうだったわね。あの剣を使ってるのと使ってないとじゃ雲泥の差だものね」

 

「そうだな。……革命軍もしくはナイトレイドを本格的に潰すときは使うことになるだろう」

 

それ以外では超級危険種を相手にするときぐらいか。

 

ホールの出入口へと歩を進め、扉の取手を握る。

 

「……殺るぞ」

 

「勿論。将軍の懐刀は伊達じゃないってのを見せてあげる」

 

「ああ、期待してるぞ」

 

ガチャ……と静かに扉を開き俺とチェルシーはホールを後にした。

 

 

 

 

「う~ん……今回は外れかなぁ~」

 

手に気に入った人物の顔の皮を剥ぐために使う愛用のナイフを握りしめながらニャウは船内を歩いていた。

 

無気力になり、虚ろな表情をしながら座り込む女性や少女の顔を見ながら歩を進めていく。

 

「ん? ……へぇ、動ける人がいたんだ」

 

ガタッ! と物音のした方に視線を向けると金髪碧眼の少女。それも、ニャウ好みの娘だ。

 

そんな少女が不安を隠せずに怯えたような表情をして、体を支えるようにして壁に両手を預け少しずつゆっくりと歩いているのを見つけた。

 

ニャウがその娘に近づいていく。ナイフを背後に隠しながら。

 

「あなたは大丈夫なんですか! 綺麗な音が聴こえてきたと思ったら周りの人たちが……変な風に……。私以外の皆も周りの人たちみたいになって……」

 

少女はそう言いながらニャウに近づいていく。

 

純粋に自分以外にも大丈夫な人間がいたことに対する1人ではなかった安心感からくる笑みを浮かべながら。

 

「うん。……なんたってそれは僕の仕業だからね!」

 

「え? そんな……っ!?」

 

床に尻餅をつき怯えるように後ずさる少女のことを嗜虐的な笑みを浮かべながらニャウが1歩1歩近づく。

 

「ヒッ!」

 

そして、少女の目の前に屈みナイフを少女の顔の傍に持ってくる。

 

ニャウがナイフを動かす。まさにその瞬間……。

 

少女がニヤリと(わら)った。

 

 

 

 

船の広場にはインクルシオを纏ったブラートによって真っ二つにされたダイダラの死体とダイダラを援護しようとしたが蹴り飛ばされたリヴァ、そしてブラートのことを見ているタツミの姿があった。

 

「兄貴って……強いと思ってたけどめちゃめちゃスゲェんだな!!」

 

「おうっ! 俺の兵士時代のあだ名は100人斬りのブラートだぜ?」

 

「正確には128人斬ったな」

 

そう言いつつリヴァが立ち上がる。まるでダメージを受けた様子もなく。

 

「あの時は特殊工作員を相手に大活躍だった」

 

悠然とブラートの方に向けて1歩1歩進む。

 

「その帝具……その強さ……やはりブラートだったか……!」

 

「!!」

 

「リヴァ将軍……」

 

タツミはダメージを受けた様子もなく悠然と近づいてくるリヴァに驚き、ブラートは予想外な再会に驚いていた。

 

自分とは違い帝国から逃げていなかったのだから。

 

「もう将軍ではない……エスデス様に拾われてからはあの方の僕だ」

 

広場に風が吹く。

 

ブラートがノインテーターをくるくると片手だけで回転させる。

 

「味方なら再会を祝して酒でも飲んだろうが……」

 

パシッと小気味のよい音を響かせノインテーターを両手で握る。

 

「敵として現れたなら……斬るのみ!! 任務は完遂する!!!」

 

「こちらの台詞だ。絶対に任務は完遂する」

 

リヴァは左手の白い手袋を外し、左手の中指に付けられた指輪の帝具ブラックマリンをブラートの方に向ける。

 

「主より授かったこの帝具でな」

 

同時にリヴァの背後にあった樽から水が吹き上がる。

 

「もう始まってた? 」

 

リヴァの背後からニャウが現れる。

 

「遅いぞ」

 

リヴァはニャウの方に振り向くことなく短くそう告げた。

 

「ダイダラが殺られた」

 

ニャウはリヴァの言葉に答えず、ブラートとタツミの方に視線を送る。

 

「ちっ……増援か。タツミ……行けるか?」

 

「っ!? おう、兄貴!」

 

尊敬する兄貴分であるブラートに頼られたことでタツミの声に覇気が宿る。

 

「ニャウ……お前はあの少年を殺れ。私がブラートを殺る」

 

「すぐに終わらせて援護するよ」

 

「来るぞ、タツミ!」

 

「おうっ!」

 

ニャウとリヴァの纏う空気が変わったことでブラートとタツミが動き出す。

 

「水塊弾!!」

 

リヴァの操る水がブラート目掛け放たれる。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

ブラートはそれをノインテーターを風車の如く回転させることで防ぐ。

 

その後ろからタツミが出てくる。

 

―――ザシュッ!

 

そして……鮮血が舞った。

 

水の勢いが止まり、広場に落ちる。

 

「……ニャウ……お、前……」

 

ごふっとリヴァの口から血が吐き出される。

 

背後から胸まで貫くのニャウが愛用している顔剥ぎ用のナイフ。

 

ブラートもタツミも予想を越える展開に動きが止まる。

 

「任務達成……さよなら、リヴァ元将軍」

 

その言葉と同時にニャウの姿が変わり、リボン付きのヘッドフォンを付け棒つきキャンディーを加えた女性の姿になる。

 

背後から貫いていたナイフが抜かれリヴァの首を刈り取った。

 

「……帝具使い。それも変装用だと……まさか……」

 

「兄貴知ってるの?」

 

「ああ。一応な……俺がまだ革命軍の本部にいたときに聞いたことがある。ナイトレイドが発足される前の話だ」

 

「それって……」

 

タツミが何やら心当たりのあるブラートに話の続きを促すとブラートではなく女性の方が答えた。

 

「要するに味方よ。革命軍には幾つかの暗殺チームがあることは知ってるでしょ? 」

 

「あ……この前ボスが言ってた地方専門の暗殺チーム」

 

「そうだよ。それで私は別件でこの船に乗ってたんだけど三獣士がいたから殺ったのよ」

 

そこまで言ってからチェルシーが思い出したかの用に笛を取り出す。

 

「へい、パース。あ、それ帝具だからちゃんと受け取ってね♪」

 

「って、ちょっ!?」

 

突然放物線を描く用に投げられた笛が帝具だと聞かされ、慌ててタツミが受け止めに動く。

 

それを笑いながら投げた張本人―――チェルシーは見ていた。

 

「それが帝具ってことは……」

 

「そう……ここに来る前に船内で始末してきたんだよ」

 

それじゃ、後はお願いねぇ~と言ってチェルシーは船内へと戻っていった。

 

 

 

 

「三獣士の帝具……あげちゃってもよかったの?」

 

船内に戻ってきたチェルシーは俺の姿を見るなりそう言ってきた。

 

「構わない。犯人はナイトレイドであるもしくは革命軍だという事実さえあればな」

 

とりあえず、これで将来的な不安の種を1つ消すことが出来た。

 

「……将軍がそれでいいならいいけどさ」

 

「ああ。多少なりとも革命軍には大臣にとって完全に面倒な相手になってもらわないと困るからな」

 

そうなってしまえば俺も動きやすくなる。

 

「そうした方が都合がいいの? 革命軍が強くなると将軍の部下や友達がより危険な目に会うかも知れないのに?」

 

「そうだな……。本当ならここでナイトレイドの数を減らしておくべきなのだろうが……そうなるとエスデスを始末できなくなる可能性が高くなる」

 

「将軍が殺った方が確実なんじゃない? 実力的にナイトレイドだとキツいと思うけど」

 

「だろうな。ナイトレイドでエスデスの相手になるのはブラート以外は基本的にいないと考えてもいいだろう」

 

アカメは暗殺者であり、ブラートのようには戦えない。

 

それにエスデスは奥の手を持っていないがそれはあくまでも本人がそう言っているだけであり、何かしらの奥の手を持っていることは十分にあり得る。

 

「エスデスの手札を知るためには強者が必要不可欠だ。特に奥の手を使わせるような相手がな」

 

「だから、見逃すのね」

 

「そうだ。チェルシーもわかるだろ……相手の持ちうる手札を知っておくことの大切さを」

 

「まあね。特に私は必須だし」

 

舐め終わった棒つきキャンディーの棒を口から出してチェルシーが川へと捨てる。

 

そして、新しい棒つきキャンディーの包み紙を剥がしながら話を続ける。

 

「直接的な戦闘力に欠ける私は変身する対象と暗殺する対象のことを粗方知っておかないといけないもの」

 

「変身した対象に成り済まし、暗殺者する対象に違和感を抱かれないようにな」

 

上手くいけばかなりの脅威になる反面、上手くいかなかった場合の危険はかなり高い。

 

「本当……もう少し武力があれば話は変わるんだろうけど……そうなるとなるとで慢心から油断を招きかねないから嫌になるわ」

 

「確かにな……」

 

俺が剣を使わないのも慢心にあたるだろう。

 

もしかしたら……死にたいのかもしれないな。

 

誰かに討たれる可能性を上げているのだから……。

 

多分、疲れているのだろう。だから、そんなことを考えているのだ。

 

そんなことを考えている暇があるのなら先のことを考えなければ……。

 

すでにこの身は屍山血河を築き、今日もまた広げたのだから。

 


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