「おい、お前の部下である帝具使いを借りたいのだが」
エスデスが執務室の机の上に腰かけて、足を組ながらそう言ってきた。
「それだけではいと言えるわけないだろう。ちゃんと話せ」
「まあ、そうだな。……帝具使いには帝具使いをということで帝具使いを集めた部隊を設立することになった。そのメンバーにお前のところの帝具使いが欲しいのだ」
「……以前俺が言った時は大臣に拒否されたのだが」
「当然、お前も参加だ。断るわけあるまい」
俺が参加することは当然として話されていたのか。
俺は内心で小さく溜め息を吐いてから言う。
「……で、何人だ? 俺のところにいる帝具使いは3人。エスデス将軍のとこも3人。合わせて6人……それだけか?」
「いや……大臣が後、3人の帝具使いを集めてくれるから9人だ」
現在判明しているナイトレイドの帝具使いの3倍か。
シェーレの使っていたエクスタスはこちら側にあるから、戦力の低下したナイトレイド相手には十分だろう。
判明している6人の帝具はすべて戦闘能力のあるもの。そこにエスデスが加わるだけで完全に過剰戦力と言えなくもない。
事実、6対1であろうともエスデスが勝つ。
「……過剰だな」
「いいではないか。人数を少なくすると足元を掬われかねないのだ……相手にはナジェンダがいる」
「確かにナジェンダ元将軍なら予想外の手を打ってくる。人数が少なければ逆にやられかねないか」
「ああ……将軍としてのあいつは認めていたからな」
被っている帽子のつばを右手で掴み、位置を調節しながらエスデスはそう言った。
「……そうか」
その認めていた相手の腕を凍らせたあげく砕いた本人だが、何かしら思うことはあるようだ。
今なお帝国にいれば確実にナカキド将軍を越える戦上手であっただろう。
「とりあえず、用件はその新設部隊のことだけか」
「ああ。大臣が伝えるよりも私が言った方が良さそうだったからな」
「正解だ。俺と大臣は相性が悪すぎる……それこそ、今この場で殺そうと動き出したくなるくらいには」
「……物騒なやつだ」
少なくともお前にだけは言われたくない台詞だな。
拷問好きに物騒と言われるほど物騒なことは言ったつもりはない。
「…………」
「なんだ? その私だけには言われたくないって顔は」
「その通りだ。拷問よりも物騒なことではないぞ」
「……ふん」
そう言うとエスデスは拗ねたようにそっぽを向いた。
返す言葉がないのだろう。だからそっぽを向いたのだ。
これから行かなくてはならない場所があるからさっさと行きたいのだが……持っていくものがエスデスの下敷きにされているのでどうにも出来ない。
結局、俺が執務室から出ていけたのは約1時間後のことだった。
■
予定よりも時間が大幅に遅れたため結局行こうしていた場所には行けなくなってしまった。
行こうとしていた場所は竜船の定着する船着き場だ。
下見だけでもしておきたかったのだが……時間的に無理となってしまった。
「……仕方がないか」
溜め息を吐きそうになるが、それは内心だけに止めて外には漏らさない。
ランは当日、別の場所でやるパーティーにチョウリ様と婚約者のスピアと行くことになり、竜船には来ないことになった。
ボルス一家は劇を観に行くそうだ。
ランやボルスがいない方がチェルシーと会うのにはちょうどいいのだが……。
少なくともまだ2人に話す時ではない。
話すとしてもチェルシーが完全にこちら側に戻ってきたときだ。
あの2人の口から漏れるとは思わないがどこでチェルシーの存在がバレるかわからない。
俺の懐刀であるだけにその存在は悟らせたくない。特に大臣に知られると帝具のこともあり狙われる可能性が極めて高い。羅刹四鬼は対帝具戦を何度もこなしている。
そして、その技量も高い。まずチェルシーに勝ち目はない。
もっとも竜船には羅刹四鬼は来ないとみている。
大臣は彼らをこんなことには使わないからだ。他にも使い勝手のよい手駒ならいくらでもいる。それこそ使い捨ての駒などだ。
「……さて、パーティー用に服を用意しないとな」
今持っているの少し古くなっているので買い換え時だろう。
それに……少しでも見映えをよくしておかねばな。
大運河……全長2500㎞。
これを完成させるために帝国は100万人の民衆を動員し、わずか7年という短い期間で工事を終える。
本来であれば7年という短い期間ではなく何十年とかけてやるべき工事だ。
期間が短いほど民への負担は大きく、それが帝国への不満をさらに高めた。
長い目で見れば運河は流通の動脈として間違いなく機能する。
だが、それも帝国ありきのこと。
良識派は長い目で見すぎた。
大運河の工事が原因で革命軍側に行った者たちも少なくはないのに……。
無能な味方は時には強敵より厄介だ。つくづくそう思う。
今、良識派に必要なのはこれからの先のことを考える若者だ。
良識派の古株は高齢者が多く、いつ寿命を迎えるかわからない。
新しい風を入れなければならないのだ。
今こそ大臣のせいでそういう若者が少なくなっているが、きっと現状を打開しようと思っている者も多いはず。
そんな若者たちに見捨てられたらこの帝国は完全に終わりだ。
「……とうしたものか」
悪い未来しか想像出来ないことに対して溜め息を吐きつつ俺は呉服屋に向かうのだった。
■
それから数日後の今日。
俺は竜船の中にいた俺に護衛の依頼をした本人は数人の護衛に囲まれながらワイングラスを片手に商人と会話をしている。
「………………」
俺は船内ホールの全体を見渡せる場所の壁に背を預けながら護衛対象の周囲を見やる。
不自然に気配を隠している者や明らかに挙動のおかしい者はいない。
今のところは……と言葉の最後につくが。
袖口やネクタイに仕込んだ暗器の調子を確かめつつ接触があるのを待つ。
手に持ったグラスの中身を飲みつつゆっくりとした時間を過ごす。
ホール内に流れる音楽に耳を傾けながら今のことを考える。
思えばこんな風にゆっくりとしているのはいつ以来だろうか?
飲んでいるものは酒ではなく果実の生搾りだし、酒の入っていない飲み物はお茶や水以外ではかなり久しぶりだ。
今回のパーティー用に新しく用意した服は今度いつ着るのだろうか、と考えると本当にいつになるのだろうか?
着るようなことは中々に起こらないだろう。
パーティー用なので他のことには使う気が起きないし……。
そんなことを考えていたら俺の方に真っ直ぐに向かってくる人影が見えた。
ごてごてとした装飾の無い、シンプルな赤いワンピースタイプのドレス。
翡翠色の宝石の付いたネックレスを身に付け、髪をおろし、軽く化粧をした女性は俺の目の前に来ると小さく微笑んだ。
「久しぶり」
「ああ……手紙のやりとりをしていたがこうして直接会うのは本当に久しぶりだな……チェルシー」
「うん。名前で呼んだ方がいい? それとも役職?」
「そうだな……役職の方で呼んでくれ。プライベートなら名前でいいんだが……今は護衛の最中だしな」
最も……チェルシーと会うために利用させてもらってるが。
その事はチェルシーもわかっているから、クスリと小さく笑った。
「ふふ……悪い人ね」
「善人であるつもりはないさ……善人ぶったところで偽善者がいいところだ」
「そっか。それもそうよね……私たちは決して善人にはなれないもの」
「大を生かすために小を切り捨てる選択をしている時点でな」
自分の意思で切り捨てるものと生かすものを決めたときからすでに俺たちは善人にはなれなくなった。
「……何人来ている?」
「私を含めて5人。私は帝具の関係もあって将軍の目を引き付けておく役目。他は勧誘で1人はこのホール内にいるわ」
「そうか。……何か俺から聞いておく必要のある情報はあるか?」
そう聞くとチェルシーは少しばかり口を閉じて、考え始める。
「あんまり正確な情報過ぎても疑われちゃうから困るのよねぇ」
「確かにな……そうなると……」
帝具使いだけで構成された特殊部隊についての話がいいだろう。これはそう遠くないうちに発表されるはずだ。
「なら、帝具使いだけで構成される部隊でどうだ? これはそう遠くないうちに発表されるはずだからな」
「それか……それなら問題ないかな。人数は?」
「エスデスを含め帝具使いは10人だ。三獣士に俺の部下の帝具使い3人と大臣が集めた3人だ」
「うわぁ……過剰戦力……これじゃあナイトレイドが潰されそうじゃない」
軽く引いたような表情をしながらチェルシーはそう呟く。
戦力は現在判明しているナイトレイド側の帝具使いの人数の半分を軽く越えて3倍ほどだ。
パンプキン、インクルシオ、村雨、エクスタス、その四つのうちのエクスタスはこちら側にあるので3つしかナイトレイドにはない。
仮に他にも帝具使いがいるとしても10人を越えることはないだろう。
ナイトレイドは革命軍の中の暗殺チームの1つでしかない。
そこに一騎当千と吟われる帝具貴重な帝具の所持者を全部入れるかと言われたら否だ。
当然、革命軍の本隊に入れる分の戦力は残しているはず。
「……ナイトレイドのメンバーは全員把握しているか?」
「ううん。ナジェンダ、アカメ、ブラート、シェーレの4人だけしかわからない。私は別のチームだったから他のチームのメンバーまでわからないわ。チームが壊滅したとかの情報ならすぐに流れるけど」
「……となるとこちらが処理した方がいいか。エスデスには悪いが三獣士には消えてもらおう」
「三獣士を? 大臣が集める方じゃなくて?」
ああ、と俺はうなずくとグラスの中身を一気に飲み干してから言う。
「大臣が集めるとなると必然的に立場の低い者になる。一部例外も存在するがな」
「ふーん……でも、それなら三獣士を始末してエスデスと明確に敵対するのは今はマズイんじゃない」
確かにチェルシーの懸念は最もだが……エスデスとは大臣を本格的に討とうとしたときに確実に殺り合うことになる。
「先のことを考えるなら三獣士の方がナイトレイドよりも厄介だ。3人とも軍勢を率いることに馴れている。特に元将軍であるリヴァはエスデスの右腕と言っても過言ではない」
「ってことは最優先に消すのはそのリヴァ元将軍かな」
「ああ。他の2人はリヴァほど厄介ではない。ナイトレイドのアカメ、ブラートの2人のどちらかとぶつかった時点で終わりだ」
「100人斬りのブラートに帝国最強の暗殺者の2人が相手じゃそうなっちゃうか」
ナイトレイド側の最高戦力の2人だ。並みの者では勝つことは不可能。
「そうだ。だから、リヴァの暗殺を頼みたい。少しでも無理だと感じたらすぐに止めて構わない。お前を失いたくないからな」
「う~ん……その台詞は別の場面で言って欲しいかな。あなたの懐刀からの吉報を楽しみにしててね? 」
はにかむ彼女に俺は小さく笑みを浮かべる。
「……期待して待ってるぞ。我が唯一無二の懐刀」
そして、俺たちは近くを通りかかったウェイターから飲み物の入ったグラスをもらい、乾杯とグラス同士を軽くぶつけて話を先ほどまでのとはまったく違う一般的なものへと変えるのだった。
幸いにも久々の会話なので話の種に尽きることはない。
それに……パーティーはまだ始まったばかりなのだ。時間はまだまだある。
■
「もう少しで都市部を抜けるか……」
頬杖をついたリヴァが竜船の客室に備え付けられた窓から外を眺める。
「そっか。なら、そろそろ演奏を始めようか」
リヴァの対面に座っているニャウが笛を持ち、演奏を開始する。
その笛は聴いた者の感情を自在に操作する帝具。名をスクリームと言う。
戦場の士気高揚用ととして知られているが、実のところ操れる感情は数十種類に及ぶ。
何度も聴くことで曲に耐性は出来る。
当然、三獣士には耐性が出来ており効果がない。
「そんじゃ、俺は行くぜ! このまま隠れてるのもダルいからな」
客室から出て行こうとするダイダラにリヴァが待ったをかける。
「少し待てダイダラ。目撃者は少ない方が楽だ」
「チッ……しゃあねぇか」
リヴァの言葉にダイダラは舌打ちしながらも素直に従った。
明らかに不満そうだが、リヴァの言っていることは正しいので素直に従ったのだ。どちらにしろ自分は殺しによる経験値を稼げるのだからと。
ニャウの奏でる笛の音に耳を傾けながら静かに時が来るのを待つ。
欲望の炎を激しく燃やしながら。