「わざわざ迎えに来てくれるとはな」
帝都を出発してから2日後に無事チョウリ様たちと合流することが出来た。
「いえ、万全を期しただけです」
「いや……ラン君にボルス君と護衛の兵士たち彼らだけでも十分じゃよ」
現在は近くの村に立ち寄りそこで休憩させてもらっている。
村長には手間賃として適当に狩ってきた2級危険種を数匹ほど渡してある。代わりに少しばかりの酒をもらったが。
「そうですか。……それにしてもランとスピアが結婚することになっているとは 」
まさか、結婚することになっているとは思いもよらなかった。付き合ってたりはするかなと思っていたのだが……。
「ホッホッホ……まあ、スピアの方は一目惚れだったようじゃがの。それからたどたどしいアプローチの末にラン君の気持ちをゲットしたんじゃよ」
髭を撫でながらそう言うチョウリ様の顔はおもいっきりにやけていた。
「そうですか。それなら俺も安心です。気づいていると思いますがランは復讐者でもあります。普段はそのような面を見せませんが」
「わかっておる。だが、その心配はあるまい……目標も定まっておるし、スピアがおる。復讐を終えたとて燃え尽きたりはせんよ。仮にそうなってもワシが背中を押してやるしの」
先ほどとは違いキリッとした表情。そして、その目に写る意志の強い輝き。
この人にランを会わせてよかったと心から思える。
「その時はお願いします」
「うむ。任せておくれ、それも義父の役目だ」
俺とチョウリ様の視線の先には炊き出しの指揮をとるボルスとその手伝いをしているランとスピアの姿がある。
休憩だけのはずだったのだが、いつの間にかそうなっていた。
痩せ細った子どもたちの姿を見て、動かずにはいられなかったのだろう。特にランは帝都にある孤児院で時折子どもたちに勉を振るっているのだから、その子たちのことが頭に過ったのだろう。
実際、この村は本当に寂れている。子どもだけでなく大人も痩せているのだから。
「時間がかかりそうですね」
「そうじゃの。だが、悪いことでない」
「ですね。……俺も少し貢献してきます」
俺は近くの兵にチョウリ様の護衛を任せる。
「どこへ行くのだ?」
歩き出した俺の背にチョウリ様がそう声をかけてきた。
「毛皮と肉の調達ですよ」
これからも寒さが続くのだから少しでも暖をとれるようにするために、同時に陛下への心象を少しでも良いものに変えるためにな。
それから、三メートル台の熊2匹と二メートル台の猪を5匹ほど狩ってから俺は村へと帰還した。
その際にはとても驚かれたが。村の人たちのみに。
■
結局、1日を村で過ごしてから出発となった。
「……またか」
そして、村を出てから数回目の襲撃。
「そのようじゃな」
隣に座っているチョウリ様も俺と同様の溜め息を吐いた。
護衛として同じ馬車に乗っているのだ。
ちなみにスピアとランは別の馬車だ。ボルスは外である。
さすがに大型の帝具であるルビカンテを馬車の中に入れるのは無理があったためだ。
外に目を向ければ……幾人もの火だるまが見える。
ルビカンテによって燃やされたのだ。
全身を焼かれ苦悶の声を上げながら息途絶えていく姿に賊と言えども、なんとも言えないような気持ちにさせられる。
燃やせと命令をしただけの俺でこうなのだから、直接相手を燃やしているボルスの心労は如何程のものか……。
常人であれば当に気が狂っているだろう行為を行いつつも、狂うことのない精神力の強さ。
だが、限界がないわけではない。いつかふとした切欠で崩れるかもしれない。
そうなる前に軍を辞めさせて、他の何か別の仕事をさせるべきではないかと考えてしまう。
友人としてなら辞めてもらいたいが、将軍としてなら軍人を続けてほしいと思っている。
……ままならないものだ。
■
「チッ……こりゃあ戻るしかねぇか」
「そうだな」
「仕方がないか。……あーあ、エスデスに何て言おうか」
チョウリ一行を乗せた馬車を見ながらそう話す3人組。
その3人は三獣士と呼ばれるエスデスの部下。
ダイダラ、リヴァ、ニャウである。
1番体格がよいのがダイダラ。最年長でまとめ役であるのがリヴァ。そして、1番小柄で少年のように見えるのがニャウ。
着ている服はお揃いのものであり、三獣士の制服でもある。
「ありのままのことを伝えるしかあるまい」
「だよね~」
「あの将軍を殺せれば間違いなく最強になれるだがなあ」
リヴァとニャウがチョウリ一行を見ながら話しているのに対してダイダラは無念そうにぼやいていた。
最強を求めているダイダラにとって人殺しは経験値集めと同義であり、膨大な経験値を稼げるであろうランスロットを討ち果たそうと思ってしまうのは仕方のないことなのだ。
そのことをよく知っているリヴァとニャウは特に責めることなくいつものことかと聞き流していた。
「我々も戻るぞ。このことをエスデス様に報告しなければならない」
「だね」
「そうだな」
リヴァの言葉にうなずき、ニャウとダイダラはリヴァを間に挟んで帝都に向かって歩み出す。
ニャウは愉快そうに笑みを浮かべながら、ダイダラは不完全燃焼故の釈然としない表情、リヴァは趣味である料理の隠し味は何にするかを考えながら。
背丈や歳もバラバラだが3人は確かな絆と呼ばれるもので繋がっていた。
エスデスという強大な存在に惹かれたもの同士としての……。
■
それから更に幾日か経過して帝都に辿り着いた。
チョウリ様はかつて帝都に住んでいたときに使用していた屋敷に立ち寄ってから宮殿に向かい、陛下と謁見した。その際に俺は同伴することなく代わりにランが同伴している。
スピアは元から連れてきた護衛の兵士たちと共にこれから住むことになる屋敷の点検を行っている。かつて住んでたとは言え、最低限の管理を行うに止めていただけなので、屋敷に何か欠陥が起きていないかを確かめているのだ。
そして、俺はというと……。
「将軍が帝都に戻ってくるまでの間にあったことを報告させていただきます」
「ああ」
帝都を留守にしている間に起こった出来事に対しての報告を聞いていた。
「それでは……先ず、将軍に指示されていた悪徳商人や文官の捕縛及び賊の討伐は全て終了しました。その時に死者は出ておりません。負傷者もほとんどが軽症で1番酷くても骨折です」
「そうか……ご苦労」
「続いて、治安維持のために帝都に出稼ぎに来る者や旅の武芸者、旅行客用に帝都の案内書を作成したので目を通していただきたいのですが」
「待て……これは俺の管轄なのか? 治安維持のためにならわかるが、案内となると別の部署の管轄だと思うのだが」
「はい、これは以前からあった話なのですが……初めての帝都に来た者たちのスリの被害や宿をとれずに野宿をすることとなる者たちが多く、そんな彼らからの陳情が重なり、今回の案内書のことが起こりました。そして、不正を行っていた文官らが少なくなったことで邪魔のいなくなったセイギ内政官らが話を内密で進め、ここまで作り上げ治安維持のために帝都警備隊の力を借りたいと、それで将軍の許可が欲しいそうなのです」
…………内密ということは陛下にも伝えていないことは確実だ。おそらく俺がこれを採用ないし認めたら、この話は通るだろう。
目を通した限り案内書には宿から飲食店、武具などを取り扱っている店の数々やその店ごと
紹介文が一言二言書かれている。
「書かれていることに不自然なとこはないか……広告料は取っているのか?」
「はい。これらの案内書の製作料は各店舗から少しずつ集めています。同時にこのお店はちゃんとした店であることの証明にもなりますので」
「……国からこの店は健全であると太鼓判を押されているようなものだから金を出し渋りはしないか」
「はい。むしろ金を多目に出すから掲載頁を多くしてくれとの声もありました」
上手く行けば出した金額よりも多く収入を得られるからか……。
「とらぬ狸の皮算用にならなければいいがな」
「それは運次第かと」
確かにそうだ。結果なぞ出てこなければわからない。
「……報告は終わりか?」
「はい。それで、案内書はどうしますか」
「特に問題はないからやるとしよう。警備隊の人数を増やす必要があるから隊員の募集をしなくてはな」
警備隊隊員は募集すれば応募者は簡単に集まるだろう。
スラム出身であろうとも構わないと明言しておけば確実に多くな。
後はその集まった中から選べばいい。
「了解しました。手配しておきます」
「ああ。セイギ内政官らにはよろしく言っておいてくれ。それと大臣には伝えているのか?」
「いえ、オネスト大臣にはこれから伝えるそうです」
「わかった」
伝えていたらすぐに潰されそうだしな。そして、これを大臣の都合のいい奴に改変されるのが目にみえてわかる。
だからこそ伝えなかったんだろう。
文官の連続殺人事件が起こる最中よくやったものだ。これについての報告は帝都に戻ってきてからすぐに知らされた。
ナイトレイドによる天誅と書かれた紙を犯行現場に残していることから犯人が別人であることはすぐにわかる。
今までナイトレイドに行った犯行の中に1度もナイトレイドによる天誅と書かれた紙を現場に残していくことなどなかったのだから。
大方、これでナイトレイドを釣ろうとしているのだろう。
ナイトレイドを狙えるとなるとそれなりの実力者……つまり帝具持ちに他ならない。
まあ、死した文官らの傾向から犯人は大体想像がつく。ブドー大将軍の庇護下にある文官が被害者なのだから。
殺れる人間は少数。そして、それが可能な人物は……。
■
革命軍本部。
「竜船に行くメンバーを募りたい。目的は新たな仲間を集めるのと情報収集だ。西側に我々の入り込める余地のない以上北と東は確実にこちら側に引き込まねばならない」
そう言うのは革命軍の幹部の1人であり、同時に革命軍の創設者の1人でもあった。
この場には現在革命軍が動かせる面子が揃っており、その中にはチェルシーの姿がある。
当然、竜船でランスロットと直接会う予定であるチェルシーは我先にと名乗りを上げる。今、ここにいる面子は帝具のことを抜きにしたら彼女にも負けず劣らずの潜入スキルを持っており、先に言わないと自分は別の場所に行かされる可能性があった。
「それなら私が行くよ。万が一があっても帝具があるからさ」
チェルシーは棒つきキャンディーを口に加えながら片手に持った化粧品箱を強調する様に掲げる。
変身自在ガイアファンデーション……それが彼女の持つ帝具。
帝具の中でも直接的な戦闘の無い物であり、一騎当千とは言えないが変幻自在の名が示すように使用者の姿形をあらゆる存在に変化させる。
それこそ本物と区別がつかないほど精巧に。
それにより彼女は幾多もの暗殺を成功させてきた。
故に彼女が竜船に乗り込むことに反対するものはいない。彼女以上の適任者はいくら帝国広しと言えど帝具の存在がある以上いるはずもないからだ。
「チェルシーは決定として他には……」
それから立候補者や推薦されるなどして次々と竜船に乗り込む者たちが決まっていく。
チェルシーは決まっていく彼らの顔を1人1人名前とともに鮮明に覚えていく。
―――普段は中々会う機会もないんだからこういうところで出来る女をアピールしないと。
もし、自分よりも能力が高く、使える人材がいたら? そのことを考えると気が気ではなかった。帝国は広い今なお在野には表にでないだけで優秀な者はたくさんいるだろう。
それこそ、自分の上位互換といえるような技術を持つ人物も。
帝具がなければ自分よりも上の人間はたくさんいる。そのことを潜入した先や革命軍の本部の中でたくさん見てきた。
だからこそ彼女は役に立たないかもしれなことでも知らせようとするのだ。
自分の価値を彼に認めさせ続けるために。
何よりも彼の懐刀は副官や西の地にいる部下たちではなく他ならぬ私であると。
そう胸を張って言えるように。
私こそが彼の懐刀。それだけは誰にも譲れない。
革命軍のメンバーを見渡しながらチェルシーは帝都にいるランスロットへと思いを馳せる。
―――ふふっ、あなたの懐刀は今日もあなたのために頑張ってますってね。
そして、彼女は竜船の中で語るべき事柄について脳内でピックアップし始めるのであった。
すいません、大幅に遅れました。これからしばらくの間更新が不定期なりそうです。