憑依者がいく!   作:真夜中

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14話 逃がしにいく

ガマルが殺されてから幾日か経過したある日のことだ。

 

宮殿。謁見の間にて。

 

「―――内政官ショウイ。余の政策に口を出し、政務を遅らせた咎により貴様を牛裂きの刑に処す」

 

「ーーー!!」

 

陛下の言葉により沈黙を保っていた謁見の間にざわめきが生まれる。

 

「これで良いのであろう大臣」

 

「ヌフフ、お見事です。まこと陛下は名君にございますなあ」

 

そんなことを言いながら大臣が陛下の横に現れた。その手に肉を持って。

 

「大臣……このような時も食べてないと駄目なのか? それは子どもでも駄目だとわかるぞ。簡単なことすらもわからないのか?」

瞬間―――謁見の間の空気が凍った。

 

「ほう……そんなことを言うのはランスロット将軍ですか」

 

「ついに目まで悪くなったか。俺が俺以外の何かに見えるか……」

 

「まさか、そんなことはありませんよ。ちゃんと許可を得てます」

 

「許可以前の問題だ。人としてのモラルに欠けているんじゃないのか」

 

俺以外の誰も注意出来ないから大臣が増長するのだ。それも今の帝国ではしょうがないことで通ってしまう。

 

全く……嘆かわしい。

 

「……しょうがないですね」

 

「何がしょうがないだ? 大臣が陛下から信用されてなければ―――」

 

本気の殺気を込めた声音で告げる。

 

「―――今頃その首を斬り落としているぞ」

 

俺の殺気を感じとった何人かは小刻みに震えていた。特に武官は顔を青ざめさせている。

 

「……ランスロット」

 

「はっ!」

 

「今はショウイ内政官の件が先だ。それでショウイ内政官何か申し開きはあるか?」

 

「陛下は大臣に騙されております!! 民の声に耳をお傾けください!!!」

 

陛下の大臣への信頼が厚い今の状況でその言葉は陛下には届かない。

 

「あんなことを言っているぞ」

 

そう言う陛下に大臣はニコッと笑顔を見せる。

 

「気が触れたのでこざいましょう」

 

「そうか……ランスロット、お前はどう思う?」

 

「少なくとも……大臣の様に場をまきわえない行動をするよりもずっと正気でしょう。ただ、言うとすれば……ここは別のことを言うべきでした」

 

そう……ここは大臣に騙されていると言うよりも自身の潔白を証言するべきだった。であれば俺の方でどうにか出来たものを……。

 

「そうか……牛裂きの刑についてはどうだ?」

 

「それを決めるのは法です。ショウイ内政官の犯した罪が牛裂きの刑に該当するか否か……大臣、それは調べているのだろう? これで証拠が無かったりしたら……」

 

「ちゃんとございますよ。そこは抜かりなくね」

 

「だそうだ」

 

「そうであれば何もありません」

 

証拠となるものが例えでっち上げだろうが存在するのならもう言葉でいくら言っても無駄だろう。せめて、自身が潔白であると言ってくれればまだ方法はあったのだが……。

 

「陛下……途中ですが退出させていただきます。そろそろ帝都近郊の危険種の討伐に行かなければなりませんので」

 

「そうか。民のためによろしく頼むぞ」

 

「もちろんです。では失礼します」

 

陛下へと頭を垂れてから俺は謁見の間から退出する。

 

その際に良識派の文官たちに1度視線を向けた後にショウイ内政官に視線を移す。

 

それだけで俺が何を言いたいのか理解した文官たちはほんの少しだけ黙祷した。

 

 

 

 

帝都近郊の街道。

 

「…………とりあえずここは終わりだな」

 

「そうですね。偵察班が発見し、誘き寄せてきた危険種は全て討伐を終えました」

 

俺の1人言に答えたのは伝令役の部下である。

 

「では、帰投する。帝都に着き次第解散していいぞ」

 

「は! 伝えてまいります」

 

俺の言葉を伝えるために去っていく伝令役の後ろ姿を見送りながら俺は次にするべきことに思考を切り替える。

 

そう……次に俺がするべきことはショウイ内政官の救出と逃走の手助けだ。

 

今日すぐにショウイ内政官を牛裂きの刑に処すことは出来ない。

 

それは確実だ。

 

だからこそ今日のうちに救出と逃走の手助けをする必要がある。

 

救出は俺がショウイ内政官の捕らえられている場所に忍び込み救出すればいい話で特に問題はない。

 

逃走用の食糧などの、準備もあるのでそれも平行してやらなければならないのが大変だが……。

 

現状それしか手がないので仕方がない。

 

大臣お抱えの暗殺者……皇拳寺羅刹四鬼の邪魔が入る可能性もあるが、その時は……退場願おうと思う。

 

厄介な存在ではあるがそれだけだ。エスデス将軍やブドー大将軍並の実力者でないのなら強行突破は行える。

 

あの2人と同等の存在がいたらさすがに俺も強行突破は出来ないがそれはまずないだろうと踏んでいる。そんな凄腕がいるならばとっくに俺を殺しに来ていてもおかしくないからだ。

 

「……決行は日が沈んでからだな」

 

ショウイ内政官の妻を連れ出す必要もあるのだから。

 

何処にいるのかさえわかれば俺がそこに忍び込んで連れ出すのは容易い。

 

大臣の元に連れていかれるのではなく夫の元に連れていくのだから本人も協力してくれるだろうしな。

 

 

 

 

「……これを」

 

帝都に戻った俺の元に手紙の配達員を装った良識派文官からの使いから紙を渡される。

 

「わかった」

 

俺はそれに視線を落とす。

 

これにはショウイ内政官の妻が捕らわれている場所とショウイ内政官が拘束されている場所が記してあった。

 

「……これまた、面倒な場所にやってくれたものだ」

 

何が面倒なのかと言うとショウイ内政官とその妻がいる場所は正反対の位置にあったからだ。

 

ショウイ内政官の妻は美人らしく、大臣が面倒を見ると言っていたようなのでこちらの方を先に救出すべきだと判断した。

 

家で服装を地味で目立たない色合いのものにして、顔を隠すための仮面を持ち、短剣を懐に忍ばせる。

 

それらの準備を終えると俺はショウイ内政官の妻が捕らわれている場所に向かった。

 

「…………今回はタイミングが良かったか」

 

ちょうどショウイ内政官の妻が大臣の元へと連行されている場面に遭遇した。

 

連行している側の人数は3人。

 

俺は音も無くその3人に近くと後頭部を殴りつけて気絶させる。

 

「ひっ! だ、誰……なの?」

 

地面にへたれ込み、震えながらそう声をかけてくる。

 

その顔には明らかに怯えの色があった。

 

「……味方です。あなたをショウイ内政官と共に帝都から脱出出来るように手引きしてます」

 

「……本当なの」

 

「はい。立場上顔をお見せすることは出来ませんが」

 

俺はそう言いながらズボンのポケットから1枚の紙を取り出して渡す。

 

「これは……?」

 

「あなたとショウイ内政官の合流場所です。これから急ぎショウイ内政官を救出に行くので先に指定の場所へ行っていてください」

 

俺はそれだけ言うとショウイ内政官が捕らわれている場所に向かって駆け出した。

 

家々の屋根の上を移動しながら。

 

動く度に踏みつけた場所が破損するが、完全に壊れてはいないので多分大丈夫だろう。

 

雨漏りはしないはずだ。

 

「……次も上手くいくといいのだが」

 

ショウイ内政官の妻を助けたときはたまたま運が良かっただけで、ショウイ内政官はどうなるかまだわからない。

 

拷問等をさている可能性が少なからずあるからだ。

 

四肢の欠損がなければいいのだが……あった場合は馬車を使うことになる。

 

一応用意してあるが……そのまま馬に乗って逃げてくれた方が安全なので馬車を使うことになる様なことになってないことを願う。

 

「ったく……何でこんなことしなくちゃなんねぇんだよ」

 

「俺に言うなって……」

 

ショウイ内政官の捕らわれている場所の入口に2人の武装した門番がいた。

 

2人か……他に誰かいる気配がないかを探りる。

 

…………どうやらこの2人だけのようだ。

 

なので屋根の上からその2人を急襲する。

 

俺はその2人を気絶させると気絶した2人を物陰に隠してからショウイ内政官の捕らわれている場所に侵入した。

 

 

 

 

カツン、カツンと小さな音を響かせながら石造りの階段を下る。

 

この場所は死刑囚を収容しているところであり、酷く臭い。

 

この臭いの原因は拷問された結果、死亡した人間の死体が放置されているからだ。

 

「…………ついにか」

 

最下層の鉄格子のかかった牢の中には、上半身にミミズ腫れ、裂傷、火傷を負ったショウイ内政官の姿があった。

 

その表情には諦めの色が見えている。

 

「…………」

 

俺は無言で短剣を取り出すと牢の扉にかかっている南京錠を切断する。

 

「何をしているんだ?」

 

「あなたを逃がしに来ました。すでに奥様は逃がしています」

 

「本当か!? 妻は、妻は無事か?」

 

先ほどまでとはうってかわってショウイ内政官が詰め寄ってきた。

 

「はい。すでに合流場所に向かっているはずです」

 

「そうか……良かった」

 

「先導しますのでついてきてください」

 

「わかった。礼を言う」

 

俺はショウイ内政官の先を歩きながら地上を目指す。

 

上半身が裸の状態のままで忍びないが安全のためにショウイ内政官にはしばらく我慢してもらう他ない。

 

そして、地上に戻りショウイ内政官に簡単ではあるが怪我の手当てを行う。

 

「……ここへ」

 

俺はそう言いながらショウイ内政官に紙を渡した。

 

「これは?」

 

「奥様との合流場所です。そこに食料に金銭、馬を用意してあるりますのでそれで逃げてください」

 

「……そうか。何から何まで世話になった」

 

「いえ……ご武運を」

 

俺はそれだけ言うとショウイ内政官の目の前から立ち去る。

 

「……これでいいか」

 

ショウイ内政官とその妻はこれで帝都から逃れることが出来たはずだ。

 

俺は急ぎ自分の家に戻ると服装を部屋着に着替える。

 

明日は明日でやることがあるのだ。

 

 

 

 

翌日。宮殿内、謁見の間。

 

そこには不機嫌な大臣がいた。

 

陛下の姿はない。何故なら大臣が集めたからだ。

 

「今日……ショウイ元内政官がその妻と共に姿を消しました」

 

ジロリ、と集まった面子を流し見してから大臣は言う。

 

「……ランスロット将軍」

 

「何か?」

 

「帝都警備隊は何をしていたんですか?」

 

「膿を絞り出していた。不正を働いている馬鹿たちが思いの外多くてな。それらを捕まえるのに動いていた。お陰で2割も警備隊隊員が

減った」

 

すでに帝都警備隊は俺の支配下にある。

 

全員に不正や賄賂等をやった輩は問答無用で処罰すると聞かせてあるのでやる馬鹿はいないだろう。

 

いたら……見せしめになることは確定している。

 

「ほう……それはそれは大変ですねぇ」

 

「ああ、だが……それも終わった」

 

「と言いますと」

 

「そろそろ対ナイトレイドに向けて動く」

 

警備隊を掌握した今こそナイトレイドを捕らえるために動く時だ。

 

謁見の間にざわざわとざわめきが生まれる最中、大臣は動じることはなかった。

 

「勝算はあるのですか?」

 

「俺が直接ナイトレイドと戦闘になればな」

 

革命軍の標的になっているのが誰だかわかっているのでそれを元に革命軍の標的の側でナイトレイドが現れるのを待てばいい。

 

「……そうですか」

 

思案顔になる大臣。

 

大方、ナイトレイドと俺が相討ちもしくは俺が返り討ちになるのを期待しているのだろう。

 

「まあ、いいでしょう。将軍も自信があるみたいですし」

 

その後、ショウイ内政官に対する処置は賞金をかけて指名手配となった。

 

それで解散となり、俺は警備隊隊員にナイトレイドを捕まえるために動き出すことを伝えに警備隊の屯所に来ている。

 

「……それは、本当ですか?」

 

ナイトレイドを捕まえるために動き出すことを知った警備隊隊員が唾を飲み込みながらそう問うってきた。

 

「ああ……警備隊内の膿も絞り終わったから問題あるまい」

 

特に……謹慎期間が終わり俺の話を聞いていたセリュー・ユビキタスなんかは明らかにやる気に満ちていた。

 

「将軍! 悪を断罪せずに捕まえるのは何故ですか?」

 

セリューが腕を真っ直ぐに上げながら発言をしてきた。

 

「幾つか理由はあるが……1つはナイトレイドの構成員を調べるためだ。今判明しているだけでも4人だが、本当はもっと人数がいる可能性があるからな」

 

「なるほど……つまり、まとめて断罪するんですね!」

 

「アジトの場所さえわかれば軍を率いて殲滅にかかるか帝具使いを集めて少数精鋭で攻める」

 

最も……俺は今の段階でナイトレイドを潰すつもりはない。潰すとしたら大臣を完全に始末する準備が整う直前もしくは整ってからだ。

 

俺が簡単には手出しできないような悪党等を積極的に始末してもらえば、その分だけ他のことに時間を回せる。

 

そろそろ……あいつも動いている頃だな。

 

革命軍にいるあいつが。

 

 

 

 

帝都から可児市なり離れた南に存在する街。

 

そこのとある屋敷で1人の文官の男が使えているメイドによって首に針を打たれた。

 

「何……故……」

 

文官の男は信じられないと表情に表しながらそれだけ言うとガクンと首を垂らして死亡した。

 

「ふぅー……先ず1人目っと」

 

メイドは伸びをしながら軽い口調でそう言うと、死亡した文官に小さく「あの人に目をつけられた結果だよ。……ってもう聞こえてないか」とだけ言うと部屋から出ていく。

 

「さて……次に行きますか」

 

メイドはみるみるうちに姿を猫に変えると軽快な動きで屋敷を後にした。

 

その数時間後、文官の死体が発見される。

 

そして、その頃にはまた新たな被害者が出たあとであった。

 


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