オーガに言い渡した期限の日からすでに1日経過している。
オーガは確かに自白書を仕上げて粛々と俺に捕まり刑務所に送られた。
その時に何かの間違いです! とオーガの弁明を行ってきた警備隊隊員であるセリュー・ユビキタスと会った。警備隊隊員であり、帝具、魔獣変化"ヘカトンケイル"の使い手だ。
だが、彼女にオーガのしてきた罪を教えると……ショックを受けたのか小声でブツブツと呟くとオーガを殺そうとしたので取り押さえて1週間の謹慎処分を言い渡した。仮に帝具を使っていたら謹慎では済まなかった。
そして、宮殿の執務室で事務作業をしていた俺の元にある知らせが届いた。
「今朝未明、帝都にある油屋ガマルの屋敷でガマルが死体となって発見されました」
くっ……昨日の今日で早速か……。
「わかった。犯人は?」
「目下調査中ですが……ナイトレイドの可能性が高いです。元帝都警備隊隊長オーガの自白書のことを考えるナイトレイド以外には考えられません」
「そうか……また何かあればすぐに報告をしてくれ」
革命軍の標的になっていたオーガの自白書に書かれていた1人なのだからナイトレイドが殺しても違和感はない。
ただ……これでオーガの作った自白書が少し使えなくなった。
何ともタイミングが悪い。だが、まだ捕まえるべき標的が残っているのでそれらを捕まえることにしよう。
「……少し予定を早めることになりそうだな」
俺は執務室の窓を窓を開けて外を見ながらそう呟いた。
■
帝都からかなり離れた北の辺境にある街の一角にある屋敷。
「父上、ランさん……お茶を持ってきました」
「おお、すまんな」
「ありがとうございます」
家主であるチョウリとその向かい側に座るランがチョウリの娘であるスピアに礼を述べる。
「どんな話をされてたんですか?」
護衛としてランが派遣されてからはチョウリとランは2人きりで話すことが多く、その内容も政治関連のことでスピアは話について行けないこともしばしばあったのだが……そこは時間を見つけてはランや父親であるチョウリに教えてもらうことでそれなりにではあるが政治に関して理解出来るようになってきていた。
「ええ、さっきまで帝都の話を」
「帝都の?」
「そうじゃよ、スピア。ラン君の上司にあたるランスロット将軍から手紙が届いてな。それに帝都のことが書いてあったんじゃよ」
そうなんですか、と父親であるチョウリに返事をしつつスピアはちゃっかりとランの隣に腰を下ろした。
―――ようやく……娘にも春が来たか。
と、チョウリはちゃっかりとランの隣に座る娘を見て嬉しくなり、あることを口走った。
「ところで、ラン君。……スピアを嫁にとる気はないかね」
「ブッ!? ゴホッ、ゴホッ……ち、父上……き、急に何をおっしゃるのですか!?」
チョウリの言葉にスピアは噎せ、咳き込むとあたふたとした様子でそう返す。チラチラと視線をランの方に向けながら。
そのことに気がついていたチョウリはスピアがランの嫁になること事態は満更でもないのを再確認した。
「チョウリ様……急にそんなことを言ったらスピアさんも困りますよ」
クスクスと微笑しながらお茶を飲むラン。だが、その心の内では……以外と悩んでいた。
―――まさか……チョウリ様からそんなことを言われるとは。私自身、スピアさんに悪い印象はなく好感を持っていますが……結婚となると。
ランの脳裏に帝具を手に入れたときのことが流れる。
そのことがランを悩ませた。
将軍だけでなく元大臣の後ろ楯を得られるなら迷うことなく受け入れるべきなのだが、ランは戸惑ってしまったのだ。
それに気がついたチョウリは小さく口元を歪めながら娘の淹れてくれたお茶を飲むのであった。
願わくば娘の恋が成就するようにと。
■
「…………殺されたのはガマルだけか」
あの後、殺されたのはガマルだけか捕まえにいって確認したところ殺されていたのはガマルだけだと判明した。
とりあえずガマルのところで働いていた従業員には死亡したガマルの私財から失業手当を渡すことになる。
そして、その残りが国になるのだが……この前の貴族のところよりは少なくなるだろう。
「……帝都警備隊の指揮権をもらえるように陛下に言わなくてはな」
本当であればもう少し先の予定だったのだが…オーガを捕まえたこともあり、今ならトントン拍子に話が進むと思っての行動だ。
オーガの後任候補はまだ決まっていないがそれは将軍である俺が警備隊全体を統括すると言えばさほど問題視はされまい。
何よりもオーガの頃よりも規律を厳しくしなくては。
その際に徹底的に警備隊の中にいる汚職隊員を全て処罰する!
上も根元も腐ってしまっては建て直しなど出来はしないのだから。まずは根元の方から腐った部分を排除するのだ。
「………………ナイトレイドの標的になりえる人物を常に見張っておく必要があるな」
警備隊にナイトレイドを止められるとは思っていない。
帝具を持っている故によほどの実力者か同じ帝具持ちでなければ対抗出来ないのにむざむざ警備隊隊員をぶつける必要などない。出来るとすれば援護ぐらいが関の山だ。
そんなことを考えていたら部下が執務室にやってきた。
「……将軍」
「どうした?」
「将軍にお会いしたいと言っている少女がいるのですが……」
俺に会いたいと言っている少女……サヨか?
「名前はわかるか?」
「はい、サヨと名乗っていました」
やはり、サヨだったか。だが、サヨだとすれば俺に何の用事があるんだ?
「そうか……通してくれ」
「はっ! 了解しました」
敬礼すると部下がサヨを呼びに執務室から出ていった。
それから数分後。
「失礼します」
部下がサヨを連れてきた。
「ああ、それでどうしたんだ?」
俺はサヨに椅子に座るように促しつつ尋ねた。
「はい、ドクターが私の義足を造るのに必要な材料があるそうなので将軍に用意して欲しいそうなんです」
そういうことか……確かに材料がなければいくらドクターと言えども無から有は造れないしな。
「わかった……それで何でそのことをサヨが?」
「リハビリの一環です。ドクターは私が今使っている義足と変わらない大きさで頑丈なやつを造るそうで今のうちに問題なく歩けるようにリハビリを兼ねて行ってくるように言ってました」
「そうか。……だったらリハビリを兼ねて周辺を散策してくるといい。ここが主な職場になるのだから、早めに知っておいても損はあるまい」
「あ、はい。それと、これが必要な材料のリストです」
サヨがポケットからメモ用紙を取り出して俺に渡してくる。
それを受けとるとサヨを連れてきた部下に声をかけた。
「では、サヨの案内をしてくれ」
「了解です!」
「よろしくお願いします」
敬礼しながら答えた部下にサヨがペコリとお辞儀をする。
それから俺の方を向くと失礼しました、と言って執務室から退出していった。
「……これか」
メモ用紙を見ると必要な材料が書いてあったがどれも危険種。それも……毒をもつタイプのものである。
それから推測するに毒針などを仕込むのだろう。
一応、解毒薬の用意をしてもらっていた方がいいな。
危険種の素材に関してはどれも西の地にいる部下たちに送ってもらえば揃うものだったので問題はなかった。
送ってもらうための手紙を書き終えると俺は西の地に送る物資と一緒に届けるようにとそれを運送する部下に言い含め、手紙を渡す。
「……現場を見にいくか」
……ガマルの死体が発見された場所へと。
■
「ここか」
ガマルの死体が発見された場所にはまだ、血痕が残っていた。
死体はすでに運ばれているので無いが、ガマルの死因は刺殺。しかも刺傷は1つ。このことから現在判明しているナイトレイドのメンバーであることはすぐにわかる。
アカメだ。帝具、一斬必殺"村雨"の力しかありえない。
彼女の実力や帝具のとなれば当たり前のことだ。
「……ふむ」
ナイトレイドの仕業と考えた方が納得がいく。……むしろこのガマルの死に方からして必然的にナイトレイドのことを考えてしまう。
だが、これで俺のやろうとしていたことが一部だが出来なくなったのは確かだ。
なんともまあ、タイミングの悪い……。それはそれで仕方がないと受け入れる他ないがナイトレイドに殺らせ続けると俺の立場も危うくなってくる。
帝都にいながら暗殺者集団に好きなようにさせているからだ。
警備隊は警備隊でパトロール体制を強化するだろうが……まず無理だろう。帝具を所持しているナイトレイドのメンバーを捕まえる、ましてや殺すなどは到底出来ない。実力からして違いすぎる。
少数精鋭といえるナイトレイド相手に数はいるとはいえ所詮は一般兵と変わりない警備隊隊員では確実に返り討ちにあう。
ボルスは標的にされているのであまりナイトレイドを相手にさせたくはない。
ナイトレイドが2人以上でボルスを狙ったらボルスが殺られる可能性は限りなく高い。1対1であれば話は変わるのだが……。
現在判明しているナイトレイド側の帝具は全て使い手を含めて強力なものだ。
並の者では例え帝具使いであっても確実に狩られる。
ボルスやランでもギリギリの相手だ。本格的にナイトレイドを狩ろうとすると他にも実力のある帝具使い、またはそれに準ずる力を持つ実力者が必要か。
陛下に頼めば用意してくれるだろうが……大臣がいるので人数を少なくさせられる可能性は否定できない。
最悪な展開はランやボルスが引き抜かれること。ここにいないあいつは俺だけが知っている秘蔵っ子。
もしもの場合は俺とあいつだけで動かなければならない。
直接的な戦闘能力に欠けるあいつだが、それを補って余りある暗殺技術や帝具を生かした潜入技能。
それは間違いなくこれから先も必要になる。
ある意味直接的な力よりも重要だ。
「おーい!
ガマルの屋敷から出て、思考に耽っていると背後から声をかけられた。
俺に対してこんな馴れ馴れしい声をかけてくるのは基本的に1人しかいない。
「…………なんだ、レオーネ」
俺は思考を一時的に中断して振り返った。
「いやいや、ここを通りかかったら将軍の姿が見えたから声をかけたんだよ」
そんなことを言いながらレオーネは近寄ってくると血痕の残る路地を見つめた。
「ああ……ここが油屋ガマルが殺害された現場かぁ」
「そうだ。この屋敷内で油屋ガマルの死体が発見された」
「ふ~ん……」
レオーネが来たせいで思考を中断してしまったが、後でクロメと連絡をとっておこう。
革命軍の標的リストに載っていた太守の暗殺を頼んでおきたい。
革命軍の本拠地がある南側の太守の暗殺で、革命軍側に有利なことだが空いた太守の座に革命軍側につかない大臣に疎まれている文官についてもらうためにだ。
レオーネとの他愛もない会話を続けながら俺は今後の行動について考えていく。
「そんじゃ、また会おうね将軍」
「ああ、またな」
レオーネと別れると俺は宮殿へと戻る。
クロメへと手紙を書くのと同時に他にもやることが出来たからだ。
焦る必要はない。小さなことから確実に積み上げていけばいい。
大臣から守るべき対象は決まっているのだ。
その守るべき対象に対して恩は売れるときに売っておいて損はない。
大臣の件が片付いた後にこそ売った恩が力を発揮するのだから。
■
「……」
宮殿に戻ってきた俺は今日やるべきことを黙々と終わらせてから帰路についた。
近いうちに行う危険種狩り。
帝都周辺の安全を確保するために必要なことだ。
本当は賊狩りも平行して行いたいのだが如何せん人数が足りない。
それによって危険種狩りが優先されるのだ。
賊よりも危険種の方が圧倒的に危険な存在だからだ。賊と危険種であれば危険種の方が強く特級となると並の者では歯が立たない。
それこそ超級となれば俺も全力を出さなければならない。
ここ最近は使うことのなかった……
バン族との戦い、単身で行った超級危険種のタイラント討伐。
今思って見ればそれぐらいでしか
以前クロメと一緒に超級危険種の討伐を行った時は
それもその戦闘で壊れてしまったが……。
クロメが仕留めたことで帝具―――死者行軍"八房"の操り人形となった。
それでロクゴウ元将軍の死体を墓地に埋葬することが出来たのだ。
クロメが帝国を裏切り革命軍側に行こうとしたロクゴウ元将軍を暗殺し、骸人形として操っていたのを解放した。
それ故にクロメが操る骸人形の中には超級危険種が2体存在している。
一部の者しか知らない情報だ。