「ドクター……例の少女が目覚めたそうだが」
翌日、昨夜はすでに護衛ごと一家殺害された貴族の屋敷と倉庫をボルスに焼却してもらい、これから昨日、倉庫の中で見つかった遺体を埋葬するために出かけようとしていた俺のところにドクターからの使いが来たのだ。
俺はボルスに埋葬関係を任せるとすぐさまドクターのところに向かった。
「そうよ……まだ、体力の方が回復してないからもう少し入院しててもらうわ」
「ああ、それに関しては俺よりもドクターの方が詳しいのだ。だからドクターに任せる」
素人があーだ、こーだと言うよりもドクターのような人に任せた方がずっといいだろう。
俺はドクターとの話を切り上げるとそのままサヨに話しかける。
「……調子はどうだ?」
「足が痛いです。それと体に上手く力が入りません」
サヨは義足を撫でながら元気のない消沈した声でそう言った。
「そうか。……それと、イエヤスについてなんだが」
「ああ、将軍。今はこの娘に人の名前を言っても意味ないわよ。なんたってその娘……記憶喪失になってるんだもの」
なんだと……記憶喪失になっているだと!
嘘じゃないよなと確かめるようにじっとドクターのことを見つめる。するとドクターは何を勘違いしたのか顔を赤らめながら身体をクネクネと動かし始めた。
俺はドクターを無視してサヨに問いかける。
「自分の名前はわかるか?」
「いいえ」
サヨはふるふると首を横に振り否定した。
「そうか……お前の名前はサヨと言うらしい。俺がお前をここに運んでくるきっかけを作った男がお前のことをサヨと呼んでいたからな」
「サヨ……」
自分の胸を押さえながら噛み締めるようにその名を小さく言う。
「あの、その人は何処にいますか?」
「死んだよ」
「……そうですか。ちゃんとお礼も言えてないのに」
悲しそうに俯くサヨ。
「動けるようになったらイエヤスの墓の前にいって言えばいい」
身元不明者であったので共同墓地になっているがそこにイエヤスが眠っているのは確かなのだから。
「……はい」
俺はドクターの方に視線を戻す。
すでにドクターはクネクネとした動きを止めていた。
「後のことは任せてもいいか?」
「いいわよ。普通に動けるようになるまで面倒見てあげるわ」
「それで、十分だ。それ以降はこちらでどうにかしよう」
いつまでもドクターの世話になるわけにはいかないしな。
それにしても……記憶喪失か……記憶喪失でなかったら住む場所と職を斡旋してやればよかったのだがそうもいかなくなってしまった。
ここは……ボルスに任せるか? 正確にはボルス一家にだが。
俺が信頼でき、尚且つ面倒見の良いところと言えばそこしか思いつかない。
かかる費用は俺が出すのは当たり前として……だ。
ボルスに確認する必要があるな。駄目だったら駄目で別の方法を考えなければなるまい。
ボルスのことだから大変だからと気にかけてくれるはずだ。だから、面倒は見てくれると思う。
俺はそうと決めるとボルスがいるであろう練兵所へと向かうのだった。
■
地方から来た身元不明者を言葉巧みに騙し連れ去り、死ぬまで拷問を続けていた貴族が討たれて3日たった日。
帝都の外にある殺し屋集団ナイトレイドのアジトにはボスを含め7人がアジトの会議室に集まっていた。
この場所に3日前の件でナイトレイドのアジトに連れてこられ、今日はれて新メンバーになったタツミの姿はない。
メンバーになってから早々、異民族の傭兵によってアジトが嗅ぎつけられ、その傭兵を始末するために出動した疲れもあって現在は寝ている。
傭兵を倒しはしなかったものの見事に足止めはした。止めはアカメが刺したのだが……。
「私が留守にしていた間に無事に仕事を終えていて何よりだ」
右腕に義手、右目に眼帯を付けたナイトレイドのボスであるナジェンダがここにいるメンバーを見渡しながらそう言った。
するとメンバーはそれぞれ軽くうなずいたり返事をする。
「さて、ランスロットと遭遇して戦闘になったそうだが……」
ナジェンダがそう話を切り出すとメンバー全員が真剣な顔つきとなる。
「ああ……食糧の調達に行ったときに偶然に」
アカメが当時の状況を思い出しながら話した。
「アジトがばれた可能性は?」
「それは無いわね」
髪型をツインテールにした少女―――マインが答えた。
「そうか……レオーネ。お前は帝都でランスロットと会って話をしたんだろう? 何か変わった様子はあったか」
「いや、特にはないね。せいぜい才能のある少年を見つけたって喜んでたぐらいだよ。まあ、その少年ってのがタツミなんだけどさ」
「マジッ!? あの化物将軍にそう言われたのかよ……」
レオーネの言葉に驚いた少年―――ラバックは口をあんぐりと開けている。
ラバックだけでなくレオーネを除いた全員が反応に差はあれど驚いていた。
「マジマジ。タツミから金をちょろまかした時に言ってたんだよ「凄く強い軍人のお兄さんに鍛えれば将軍になれるかもしれないって言われたんだぜ!」って」
「その話が本当だと……かなり期待の出来る新人が手に入ったな」
ランスロットのお墨付きもあり、さらにはアカメからも鍛えていけば将軍級の器と太鼓判を押されている。故にナジェンダは本格的にタツミに帝具を与えるかどうかを考え始めた。
「なら、俺の出番だな。ビシバシ鍛えてやるぜ!」
リーゼントという特徴的な髪型をしたガタイの良い男―――ブラートが気合いを入れながらそう宣言する。
「待て、ブラートまずは私が教える」
「ははは、わかってるって。全員で教えて鍛えてやろうじゃねぇか」
「まあ、タツミについてはこの辺でいいだろう。問題はランスロットについてだ」
ナジェンダがランスロットの名を出すと途端に空気が重くなる。
「……革命軍はなんと?」
おっとりとした眼鏡をかけた女性―――シェーレが尋ねた。
「……半々だ。暗殺するべきと生かすべきの意見が未だに決着しない」
その言葉を聞いて明らかにホッとした様子のラバック。
「そのまま生かすってことになってくれないかな。俺はあんな化物将軍に挑みたくないんだけど……」
「怖じけづいたの?」
そんなラバックにマインが挑発するように言った。
「マインちゃんはあいつの戦ってるところを間近で見たことがないから言えるんだよ」
「確かにな……」
ラバックに同意するようにうなずくナジェンダ。
「え……そんなに」
「ああ、ランスロットは皇帝に拾われてから1年と経たないうちに将軍へと駆け上がった。それだけで普通ではないことかわかると思うが……あいつは帝具無しだとエスデスやブドー大将軍でも勝てないと言わしめた男だ。実際に帝具を使ったエスデスやブドー大将軍と互角以上に戦っている。しかも……本気を出さずにな」
煙草にライターで火を着けるとナジェンダは煙草をくわえて一服する。
「そしたら……直接戦って生き延びているアカメとブラートって」
「いや、あれは完全に手加減されていた」
「だな。あっちはまだまだ余裕があった」
アカメとブラートの2人は先日の遭遇戦を思い出す。
マインの狙撃による援護もあった状態でランスロットと戦ったが、完全に手加減されていた。
「ともあれ……ランスロットについてはレオーネに探りを入れてもらいつつ、大臣を牽制してもらっていたほうが得だな」
「ま……それが一番だな。ランスロットが帝都で目を光らせていれば多少は帝都の治安が良くなるしな」
ナジェンダとブラートがそれぞれそう言う。
「結局それが一番か……あの化物将軍だけだしね大臣に表だって反抗できるのって」
「そうですね」
ラバックの言葉にシェーレがうなずく。
「仮に……将軍を殺せたとしてもその後のことが怖い。若手の良識派の文官はランスロットによって大臣の魔の手から逃れているのがほとんどだ。ランスロットがいなくなるとその若手の文官が一気に危険に晒される」
「本当に……扱いの難しい相手よね。大臣を牽制できる数少ない人間であり、革命軍にとっても無視できない存在……」
アカメの言葉を聞いてマインはそう呟いた。
「そうだ。実際にランスロットの殺害を訴える理由があいつが本格的に革命軍を狙った場合に真っ先に狙われる連中だ」
「あ~……なるほどね。確かにそれは納得だ……あの化物将軍って部隊長とか人を纏める人物を最優先に狙って来るしね」
「……頭を失えば後は烏合の衆になっちまうからな」
革命軍にも、もちろん纏め役は存在する。
その纏め役が保身に走った結果がランスロットの殺害である。だが、それはランスロットを殺すことによって起こるであろうことを考えると例え狙われる身であろうと反対するものもいた。
故にランスロットは未だに革命軍では生かすべきか殺すべきか決まらないのだ。
「まあ……あいつに関しては進展があれば革命軍から何かしらの指示が来るだろう。明日のこともあるから今日は解散だ」
解散を宣言し、次々と私室に戻るメンバーたちを見送り、ナジェンダは1人会議室に残った。
「…………ふぅ」
ナジェンダは1度大きく息を吐くと椅子に深く腰をかける。
そのまま無言で煙草を吸い続け、1本吸い終わるとそれを灰皿に置いた。
「……望み薄だが本部に言って即戦力となる人材を回してもらう必要があるな」
―――ただでさえ規格外と言えるような人物が帝国側にいるのだ。それに対抗するためにはこちらも戦力を増やす必要がある。
そこまで考えるとナジェンダは座ったまま会議室の窓の外へと視線を向けて空を眺めるのだった。
■
ドクターのところから帝都の練兵所に戻ってきた俺は部下たちを鍛えているボルスを呼んで、練兵所の端に寄っていた。
「どうしたんです?」
「実は個人的に頼みたいことがあってな」
「珍しいですね、将軍が頼み事なんて……」
「ああ、これは俺だと対応しきれるかわからなくてな」
常に一緒に行動出来ない俺だと記憶を失ってしまったサヨの面倒を見きれるとは限らない。
「それで頼み事は……」
「実はこの前の貴族の屋敷の件があったただろう」
「はい」
「その貴族の被害者である少女が記憶喪失になっていてな。俺だと性別も違うし、何よりも一緒にいれないため面倒を見きれるとは限らない。それで、ボルスの奧さんにサポートを頼みたくてな。これもまだ先の事だし断っても構わないぞ」
あらかじめ断っても構わないと言っておけば駄目だったらすぐに断ってくれるはずだ。
「う~ん……私の一存では決められないので妻と相談します」
「ああ……本当に無理だったら断って構わないからな」
「ええ……わかってます。駄目だったときは私もその娘のサポートをしてくれる人を探すのを手伝います」
「その時はよろしく頼む」
ボルスの友人らであればそれなりに信頼できる。
なぜなら、その大半が俺の部下であるのと、家庭を持っているのもそれなりに多いためその中にはサヨの面倒を見てくれる人が出るかもしれない。
最終的には……俺が支援している帝都の孤児院で面倒を見てもらうことも可能である。
面倒を見てもらうといってもそれはサヨが1人暮らしを出来るようになるまでとの条件付きだ。
記憶喪失だが……どこまで記憶を喪失しているのかわからない。それゆえにサポートをしてくれる人を求めている。
だからこそ俺の身近で最も信頼できる友人の家族に頼んだのだ。
俺はそう言うと練兵所から出ていく。
「………………」
宮殿に戻る道すがら少年のことを考えてしまう。
イエヤスの友達である少年。イエヤスの友達であることからサヨとも何らかしらの関わりがあることは確実。
あのナイトレイドに始末されたであろう貴族のところに彼の死体はなかったのだから生きている可能性が高い。
だが、この広い帝都の中で少年1人を探し出すのは相当難しい。
少年のことを知っているのは俺だけで、部下はその少年の姿や容姿については一切知らないのだ。
「……だが、少年1人に時間をかけるわけにはいかない」
これはあくまで俺個人でやるべきことだ。部下たちは使えない。
こちらにかまけていると大臣が何をしでかすかわかったものではない……隙を見せればすぐにつけこまれてしまう。
……それに……そろそろあいつを本格的に動かす必要がある。
連絡をとり、すぐに動いてもらわなければ……革命軍の標的にされている人物のリストを送ってもらい、それを元にどう動くべきか算段をつけるために……。
「……帝国に巣食う害虫にも役に立ってもらうぞ」
……俺が陛下から大臣以上の信頼を得られるようにするためにな。
せいぜい残り少ない時間を楽しんでおくといい。