憑依者がいく!   作:真夜中

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10話闇をいく

翌日。

 

帝都の練兵所で俺は集まった新兵候補たちを見ていた。

 

そのなかに昨日会った少年の姿を探していたのだが……見当たらない。

 

人畜無害で伸びしろの塊といった期待が持てる少年だったのだが……。

 

……探してみるか。

 

もしかしたら昨日、俺と別れたあとに何かあったのかもしれない。

 

無事だといいのだが……。帝都は広いのでうまく会えるかは運次第か。

 

「……ここは任せるぞ」

 

「はい」

 

俺は近くにいた部下にそう言うと練兵所から出て、少年を探しに行くことにした。

 

俺は帝都のメインストリートを歩きながら少年の姿を探す。

 

もしかしたら道に迷っている可能性もあるからだ。

 

それに初めて帝都に来たようなので帝都で一番賑やかな場所にいるだろうという予感もあった。

 

ここら辺は帝都のなかでも特に治安が良い場所なので少年の身に危険が迫っているとは思えないが……。

 

「……見当たらないか」

 

さすがに人通りが多いこの場所で1人の少年を探し出すのは難しい。

 

視線を左右に動かしながら、それも普通の人には真っ直ぐに歩いてるように見えるようにしながら少年の姿を探す。

 

そのまま歩いていると、あの少年の姿を見つけた。

 

「……これは調べる必要があるな」

 

だが、その少年と話している少女。

 

彼女は---現在、部下たちが調べている貴族の1人娘。限りなく黒に近く、近いうちに確実に捕縛の対象となる。

 

俺は少年に話しかけるのを止めるとすぐさま、あの貴族の1人娘の屋敷へと向かった。

 

……直接証拠を押さえるために。

 

護衛がいくらいようとも問題ない。あそこの護衛の力量はある程度把握している。

 

例え昼間からであろうと忍び込むのは容易い。

 

 

 

 

件の屋敷の前に来ると俺は人目がないことを確かめてからその屋敷に侵入する。

 

屋敷の中には入らずにその回りから調査を始める。怪しいのは屋敷から離れた場所にある倉庫らしき場所と屋敷の中の貴族の私室。

 

まずは倉庫からだ。

 

「…………」

 

倉庫の扉には鍵が掛かってなかった。

 

そして、中には何らかしらの気配を感じる。

 

中に誰かいるのだろう。鍵が掛かっていなかったのでこの屋敷の住人の可能性が高い。

 

そのため、扉に耳を当てて中の様子を探る。

 

最低でもこの屋敷の住人かそうでないかだけでもわかれば十分だ。

 

ガチャガチャと金属が擦れるような音しか聞こえない。

 

「入ってみるか」

 

俺は扉をゆっくりと開ける。

 

同時に戦場と同じような臭いを感じた。

 

そう……噎せ返るような()()()()を。

 

「これは……ッ!」

 

倉庫の中に入り、扉を閉めて、改めて倉庫内を見渡すと目に映るのは手足の欠損した人の死体に拷問器具の数々。

 

それと檻に捕らわれた人々。

 

しかも薬物の中毒症状のような痙攣まで起きている。

 

「だ、誰だ? 」

 

近くの檻の中からハチマキを着けた少年が鉄格子を掴みながらか細く震える声で話しかけてきた。

 

俺はその少年の近くによりながら答える。

 

「侵入者だ」

 

「はは……侵入者か。だったら頼む! 俺の友達があいつらに騙されてるんだ……ッ! ゴフッ」

 

急に咳き込むと少年は血を吐き出した。

 

明らかに少年の命はもう長くは持たない。いつ死んでもおかしくないほどだ。

 

「わかった。あまり無理するな」

 

「ありがとな。……後、サヨを助けてくれ!! 俺と違ってまだ助かるはずだ!」

 

少年が檻の外に腕を出して宙を指差す。

 

少年が指差した方を見ると片足を切断され吊るされている少女の姿があった。

 

かろうじて生きているがこのままでは出血死するのも時間の問題だ。

 

俺はすぐさま、少女を吊るしていた縄を切ると着ていた軍服の袖を千切り、止血を行うと袖の千切れた軍服を少女に被せる。

 

「……少年。この子はすぐに医者に見せよう」

 

「ああ……後、俺様は少年って名前じゃねえ……イエヤスって名前があるんだ!」

 

「そうか。俺はランスロットだ」

 

俺が名乗るとイエヤスは何が愉快なのか笑いだした。

 

「は、ははは……将軍様だったのか」

 

「そうだぞ。だから、安心するといい俺が責任を持って医者に見せる」

 

「……ああ」

 

「ではな、イエヤス。お前は……立派な男だ」

 

俺はイエヤスに託されたサヨと呼ばれた少女を抱えると素早く倉庫から出て駆け出した。

 

 

 

 

「わざわざ……すまないなドクター」

 

「いいわよ、アナタとアタシの仲じゃない」

 

パチンとウインクしてくるオカマ。

 

普通に医者に見せるのでは助からないと踏んだ俺はDr.スタイリッシュの手を借りることにしたのだ。

 

「酒呑み等のな」

 

「んもう! いけずなんだから」

 

腕は確かなんだが……この性癖がなければと思わずにはいられない。

 

精神的に疲れる。

 

「それで……あの娘は」

 

「あの娘ね……手術は成功よ。命に別状はないわ。全身に打撲と裂傷があったけどそれも時期に良くなるものだから問題なしよ」

 

「さすがだな」

 

「当たり前よ。アタシにとってこの程度の手術は片手間で出来るわ」

 

これもドクターだからこそ言える台詞だな。

 

帝国でドクター以上に人体に詳しい人なぞいないと言える。

 

「しかし……ただで良かったのか?」

 

「いいわよ、別に。アナタがくれた超級危険種の素材のことを考えるとこれぐらいなんともないわ」

 

「そうか」

 

今ほど超級危険種の素材をドクターに渡しておいて良かったと思ったことはない。

 

まあ、俺の使っているパルチザンもドクターお手製なのではあるが……。

 

「ええ……そうよ。特に帝具の素材となったタイラントの死体は最高だったわ! 頭を落としただけで傷が1つもついてなかったんですもの!!」

 

「どう使ったんだ?」

 

「私兵の強化に使わせてもらったわ」

 

「……拒絶反応はなかったのか?」

 

体に異物を組み込むのだから拒絶反応が出てもおかしくないのだが……。

 

「出たわよ。でも、すぐに解決したわ」

 

「さすがとしか言いようがないな。それと、副作用を弱めたドーピング薬入りのお菓子はどうなってる?」

 

「従来のよりも副作用を押さえた結果、若干強化率は落ちるけど……それもほんの少しよ。実際に使わせたけど特に問題は出なかったわ。それに前のよりも身体への負担は少なくしてるわよ」

 

「これで……クロメも少しは長生き出来る」

 

せっかく生きているのだから……少しでも長生きしてもらいたい。

 

帝国の都合で自身の命を削りながら暗殺者に育てられたのだからな。

 

「もう使わせてるのか?」

 

「ええ、駄目だったかしら?」

 

「いや……助かる」

 

「どういたしまして」

 

ドクターのお陰でわざわざドーピング薬入りのお菓子を届けずにすんだ。

 

帝都から離れた場所で任務に赴いているのでそれを届けるとなるとそれなりに帝都から離れなければならない。

 

そうなると大臣の動きが活発になるので、なるべく帝都から離れたくないのだ。

 

時と場合によっては離れる必要もあるが……。

 

「では、俺はそろそろ戻る」

 

「あら? もう少しゆっくりしていってもいいのに」

 

残念そうにドクターはそう言うが俺としては嬉しくない。

 

大の大人がそれも男が顔を赤らめながらそう言ったのだ。

 

俺にドクターと同じ趣味はないのでかなり反応に困る。下手なことを言ってドクターの機嫌を損ねてしまうとサヨがどうなるかわからない。

 

「俺も仕事が残ってるからな」

 

「そう残念ね……後、あの娘が目を覚ましたら使いを送るわ」

 

「わかった」

 

俺はドクターに背を向けるとそのまま歩き去った。

 

 

 

 

宮殿に戻った俺はあの貴族を捕縛するための資料作りに取りかかった。

 

下手な真似をすると大臣によって不当逮捕扱いされてしまうためどうしてもある程度の資料を作っておかなければならないのだ。

 

この時間が勿体ないが仕方のないことだと割り切るしかない。

 

「将軍。帝都での帝具の使用許可を得てきました」

 

「ああ」

 

今回の件はボルスの帝具の帝都での使用許可をもらう必要があった。

 

あの貴族の屋敷と倉庫を燃やして、更地にするためだ。

 

許可を取ったのはそのためであり、それを人の手でやると経費が嵩むのと……倉庫のあの惨状を見せなくてはならないからである。

 

倉庫の惨状を見た人は少ない方がいい。

 

「なら、ボルスは他に集団埋葬の手続きを頼む。それが終わったら兵の出動準備を」

 

「はい!」

 

そう命令を下すとボルスはすぐさま応え、行動に移した。

 

出来ることなら今すぐにでも、動きたいのだが……。

 

このような時は自らの立場が邪魔になる。

 

将軍でも平の兵士でもないのであればすぐに動けるのに……。

 

出来ることが多い代わりに制約も大きい。

 

「はぁ……」

 

せめて、今日の夜にでも捕縛へ行けるといいのだが……。

 

……遅くなりそうだ。

 

手遅れにならなければいいのだが……あの才能溢れる少年が帝都の闇を見て心を折られなければいいのだが。

 

イエヤスと名乗った少年の友達のようなのできちんと生きている間に再会させてやりたい。

 

あのような場所で最後を迎えるよりも友と少しでも話をしてから逝きたいだろうから。

 

助けてくれと言われたサヨという少女のこともあるしな。

 

「将軍」

 

「なんだ?」

 

「将軍宛にお手紙が届いております」

 

「わかった」

 

俺は手紙を受けとると封を切り、中の手紙を取り出す。

 

「…………そうか、上手くやっているか」

 

手紙はランからであった。

 

現在、ランにはある命を下しており、帝都から離れていたが、その命についての中間報告を兼ねた手紙がこの手紙だ。

 

俺が下した命令はチョウリ様の護衛。大臣は必ず自分にとって邪魔になる文官を消しに動く。となると当然チョウリ様が狙われるのはわかりきっていること。故に帝具使いであるランを護衛として派遣したのだ。

 

「護衛をやりつつチョウリ様から直接政治について教わっているか」

 

元教師であるランにはちょうど良かったようだ。

 

帝国を内側から変えるのを目的としているのだ軍に身をおいているのは文官よりも武官の方が手柄を挙げやすく、それ故に出世しやすいのが理由だったはず。

 

ランはある程度の影響力を得たら軍を辞めて文官になるかもしれないな。

 

そうなると……俺の仕事が増えそうだ。

 

「ふっ……」

 

そうなったらそうなったで良いか。

 

確かチョウリ様には1人娘であるスピアがいるが……ランとの関係はどうなのだろうか?

 

先日のレオーネとの会話を思いだし、考えてしまう。

 

まあ、出会ってからそんなに経っていないので特に変わった関係にはなってないだろう。護衛として派遣したことはあちらも知っているはず。

 

ならば帝具使いの護衛であるとして、そんな目で見ていないだろうな。

 

もし、恋仲になっていたらそれはそれで酒の肴にするのにはもってこいかもしれない。

 

「……次は帝都に来る前に連絡をするように書いておくか」

 

俺は手紙の返事を書くと、それを封筒に入れて部下の1人にラン宛に届けるように伝えた。

 

「さて……やらなくちゃな」

 

俺は思考を切り替えてあの貴族を捕縛するための罪状を書き記した資料の製作を開始した。

 

 

 

 

「将軍……準備が終わりました」

 

「ああ……すぐに行こう」

 

結局、資料製作の関係で深夜といえる時間帯になってしまった。

 

帝具"ルビカンテ"を背負うボルスに呼ばれた俺は宮殿の外で待機している20人の部下の前に立つ。

 

「これより……地方から来た身元不明者を誘拐し、殺害している貴族の捕縛へ行く!」

 

「はいッ!」

 

「行くぞ!!」

 

俺はあの貴族の屋敷へ部下たちを引き連れながら向かった。

 

深夜となると帝都も夜の闇に包まれる。

 

人々が寝静まった帝都に響くのは俺たちの足音。

 

静かだからこそ普段は目立たない音なのに目立ってしまう。

 

「ボルス……半分を率いての裏口から回り込め」

 

俺は目的の貴族の屋敷の近くに来るとそう指示を出す。

 

ボルスはコクりと無言でうなずくと近くにいた10人を連れて静かに、そして迅速に行動に移した。

 

「俺たちは正面から行くぞ」

 

正門をくぐり屋敷の敷地内に入る。

 

そして、屋敷を目指して進む俺たちの目に……事切れた護衛の姿があった。

 

「……これは」

 

倒れているのは3人。

 

1人は頭を撃ち抜かれ、もう1人は首を斬られ、最後の1人は身体を貫かれていた。

 

その3人の死体を調べていた部下が声をあげる。

 

「……どうやら、全員……一撃で殺られたようです。持っている武器に傷が1つもありませんでした」

 

「そうか……なら、ここでさらに半分に別れよう。俺は倉庫の方へと向かう。お前たちは屋敷の中を調べてくれ」

 

「了解です!」

 

「万が一の事態になったらすぐに笛を鳴らせ……すぐに駆けつける」

 

笛を鳴らすような事態にはならないと思うが……常に最悪の事態を想定して動くべきだ。

 

俺は5人の部下を引き連れてイエヤスのいた倉庫へと向かった。

 

「やっぱりか」

 

そこには貴族の娘の上半身と下半身の分かれた死体と1人の護衛の死体があった。

 

倉庫の扉は開けてあり、外から中の様子がうかがい知れる。

 

「将軍……」

 

「ああ、死体を運び出すぞ。せめて、死んでしまった彼らが安らかに眠れるようにするべきだ」

 

俺は吊るされた死体を外して倉庫の中から外へと出して地面に寝せる。

 

「……どうやら、最後はそこまで悪くなかったようだな」

 

俺は何かをやりとげたような顔をして事切れているイエヤスを見てそう呟いた。

 

これは完全に俺の予想でしかないが彼は友達に会えたのだろう。

 

でなければこんな何かをやりとげたような顔をしていないはずだ。

 

俺はイエヤスの死体を倉庫の外に運び出す。

 

それから部下に倉庫のことを任せると俺は裏口に回ったボルスたちを迎えに行くのだった。

 


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