憑依者がいく!   作:真夜中

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9話 募兵にいく

結局俺が酒代を払うことになった数日後の今日は募兵の日である。

 

それは部下に任せている。俺が行くと直接俺に入れてくれと話してくる奴もいるからだ。

 

出世欲が強いのか一兵卒からではなく最初から上の地位を欲する奴もいるのでそこら辺は注意しなくてはならない。

 

実力と上の立場になるは結びつかない。いくら実力があろうと下の者を纏められないと上の地位に上げるわけにはいかないのだ。

 

「…………」

 

募兵は部下に任せて、俺はある貴族についての調査資料を見ていた。

 

これは地方から来た人間を親切を装い捕らえていると噂をされている貴族のものだ。

 

「…………証拠が足りない」

 

資料を見るに明らかに何かあるのはわかるのだが……捕まえるに足るだけの証拠を掴めていない。

 

最低でも兵を動かすに足るだけの証拠が欲しいのだが……。

 

それが見当たらないのだ。

 

「……調査結果待ちか」

 

こういう調査を専門とした部下が欲しいのだが……如何せんあいつは動かせないし、ボルスとランはこういうのに向かない。

 

1から育てようにも時間がかかる。

 

それに、大臣に怯えて帝都に住む人から情報を得にくいのが痛い。

 

兵士が大臣と繋がっていると思われがちだからだ。

 

部下たちも悪条件の中で証拠を集めようとしているのだから褒められることはあれど責められることはない。

 

「……ふぅ、ままならないものだ」

 

これ以外にも帝都の艷町で密売されている麻薬の出所を探ったり、ランにとって忌むべき相手の児童殺人犯であるチャンプ、帝具を持つ元処刑人ザンク等も捜索しているが発見できていない。

 

特にザンクは帝具を所持しているので一般兵ではまず太刀打ちできない。遭遇しても逃げ切れるかすらわからない相手だ。

 

チャンプにいたっては完全に足跡が追えない。

 

とある場所での目撃以降誰もその姿を見ていないのだ。

 

その事からチャンプには協力者がいるのだと推測されている。

 

しかもその協力者はチャンプの足跡を消せるような立場またはそれができる方法を持っているということだ。

 

何者かは不明だが厄介なことにはかわりない。

 

「……とりあえず様子だけでも見に行ってみるか」

 

どれぐらいの希望者がいるのか自分の目で直接確かめるのも悪くない。

 

もし、何か問題が起きているのだったら俺が出ればある程度の問題はすぐにでも解決するはず。

 

もっとも……そんな展開にはなっていないだろうがな。

 

騒ぎを起こせば捕まることくらいはわかっているだろうし。

 

 

 

 

「……問題はなさそうだな」

 

募兵を行っている場所に来て、確認するも人が予想よりも多くいるぐらいで何かしらの犯罪などが起こっているわけではなかった。

 

少年から中年までと性別を問わずに人がごったがえしているのは中々に壮観だ。

 

自分の武器を持っているのはごく少数であり、大半の人は何も持ってはいなかった。

 

武器を持っているのは辺境から来たのと旅の武芸者だろう。帝都に住んでいて武器をこの場に持ってくるやつは多分いないはずだ。

 

「……期待できるかもしれないな」

 

志願者の数が予想していたよりも多く、思ったよりも賑わっていたからだ。

 

志願者が多ければ多いほど原石が混ざっている確率が高くなる。

 

だが、明らかに駄目そうなのもいるあたり……気分は盛り下がるがそれもしょうがないか。

 

良いのもいれば悪いのもいる。当たり前のことだ。

 

まあ、明日に期待するとしよう。もしかしたら思わぬ出会いがあるかもしれないしな。

 

そんなことを思いながら宮殿に戻ろうとすると道端で考え込む1人の少年の姿があった。その背には剣が背負われている。

 

「……何やら悩んでいるようだがどうしたんだ?」

 

声をかけるとその少年は俺の姿を数秒ほど凝視する。

 

それからおずおずとした様子で口を開いた。

 

「えっと……お兄さんってもしかして軍人?」

 

「そうだが?」

 

そう答えるとやった! とばかりに喜びを露にする少年。

 

そのまま興奮した様子で喋り出した。

 

「な、なら! 俺を推薦してくれないか! 俺は一兵卒からじゃなくて隊長クラスから仕官したいんだ!!」

 

普通なら笑われるか怒鳴られるかするくらいのことを言っているが真剣にそう言っているのがわかった。

 

「……まず、少年は部隊を率いた経験はあるか?」

 

「い、いや……ないけど」

 

この少年は焦っているようだから丁寧に説明して一旦冷静になってもらった方がいいな。

 

「なら隊長クラスからの仕官は無理だ。隊長クラスに必要なのは、武力よりも数十人って単位の人間を纏められる技量だ。高い武力を持ってるに越したことは無い。だが必須という訳じゃないんだ」

 

「そうなの?」

 

「知らなかったのか? 腕っぷしが強いだけじゃ隊長にはなれないぞ」

 

己の無知さにショックを受けたのか少年の雰囲気が明らかに暗くなる。

 

「誰でも最初から一兵卒ってわけじゃないが……それはあくまでも貴族や特殊な軍人の家系だったりするだけで、それ以外は基本的に一兵卒からだ」

 

「そっか……」

 

「ああ。だが、才能があればすぐに上に上がれるだろう」

 

「それは本当かっ!?」

 

暗くなっていた雰囲気が一気に明るくなる。なんともまあ……単純な少年だ。

 

だが、そんな単純さが眩しく見える。

 

「本当だ。才能があればの話だがな」

 

「おお! なら、俺に才能があるか見てくれ! これでも1級危険種の土竜を1人で倒せるんだ」

 

「ほお……」

 

これが本当なら、すでにこの時点で並の兵士よりも上なのは確実だ。

 

「それで……見てくれるか?」

 

期待したような面持ちで見てくる少年。

 

「ああ、いいだろう。場所を移そうついてきてくれ」

 

「よっしゃぁ!」

 

後ろで嬉しそうに声を上げる少年の姿に俺の頬が緩む。

 

今の帝都じゃまず見られないような単純さに裏表のない純粋さ。

 

本来ならそんなことはやらないのだが……やってもいいような気持ちにさせてくれたのだからやるしかあるまい。

 

少なくとも短い時間ではあるがな……。

 

 

 

 

帝都内にある人気のない空き地で俺と少年は向かいあっていた。

 

「いつでもいいぞ」

 

自然体で少年が向かってくるのを待つ。

 

少年は剣を構えてじりじりと俺との間合いを詰めている。

 

対人戦の経験が少ないのか動きにムラがある。これは経験を積めば解決できるだろう。

 

構えからしても皇拳寺や何処かの流派の構えではなく我流のように思える。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!」

 

あえて隙を作っていたら素直に突っ込んでくるか。

 

やはり対人経験は少ないか……だが、動きに迷いがないのは良い!

 

「おっと……」

 

俺は少年の振るう剣にぶつかり合うように剣を振るう。

 

金属同士がぶつかるけたたましい音が響き渡る。

 

俺が今使っているのはパルチザンではなく一般兵が使っている剣だ。

 

パルチザンではそのうちに少年の剣を壊してしまう。

 

「ちっ……」

 

舌打ちすると少年が後退する。

 

「では……そろそろいくぞ」

 

俺は少年がギリギリで反応できそうな速度で斬りかかる。

 

「く……速え!」

 

ちゃんと反応したか。

 

それから少年へと上下左右様々な角度で、速度は少年がギリギリで反応できるぐらいに抑えて連続で斬りかかる。

 

「これは……」

 

少年は防戦一方ではあるがなんとか食らいついている。

 

……この少年は原石だ。

 

ギリギリで反応できる速度で剣を振るっているが徐々にそれに普通に反応し始めている。

 

まさか……期待通りのことが起こるとは……。

 

久々に嬉しいと思えた。

 

「だりゃあ!」

 

しまいには反撃までするようになる。

 

この短時間での成長……その将来性に嬉しくなり、つい……剣速を上げてしまった。

 

「……ここまでだな」

 

俺はピタリと少年の首もとに剣を突きつける。

 

「…………」

 

全く反応できなかった少年は目を見開き驚いていた。

 

大方、何が起こったのかわからなかったのだろう。

 

「……さて、少年の評価だが……対人経験の少なさが目立つな。これはこれから経験を積めば解決できるだろう。後はちゃんと鍛練を続けていけばかなり強くなれる。それこそ……将軍だって狙えるぐらいにな」

 

「え……?」

 

何を言われたのか理解できていないのか唖然とした様子の少年の肩を軽く叩くと俺はその脇を通り過ぎる。

 

「頑張れよ、少年」

 

俺はそのまま少年の返事を待たずにその場から去っていった。

 

 

 

 

宮殿まで戻り、残りの仕事を終わらせて帰路についているとそれなりに膨れた袋を持ったレオーネに遭遇した。

 

「将軍、今日は私が奢るからさ……1杯どう?」

 

膨れた袋を掲げながらそう言ってくるレオーネに俺は目を疑った。

 

あの、さんざん俺にたかってきたレオーネが奢るだと……何かの事件の前兆か?

 

「何かすっごい失礼なこと考えてるだろ」

 

「……これまでのお前の行動を振り返ってみろ」

 

「……………………」

 

「沈黙は肯定ととるぞ」

 

賭博などでさんざん散財しているレオーネが大金を持つなどまずありえない。

 

盗んだのか? もし、そうだったら俺はレオーネを捕まえなければならない。大変残念なことだが。

 

「ま、まあ……そんなことよりも」

 

こいつ……今までたかってきていたことをそんなことで片付けるか……いつものことながら図太い奴だ。

 

「まあ……少しなら付き合おう」

 

裏のない奴とは言えないが、気楽に付き合える。

 

それだけで十分だ。

 

「おっし、なら酒場へ直行だ!」

 

レオーネは勢いよく膨れた袋を掲げると空いている方の腕で俺の腕を掴むと意気揚々と歩き出した。

 

「わかってるから、そう引っ張るな。服が伸びる」

 

「平気、平気! 洗えば縮むって」

 

「……それは一時的にだろうが」

 

からからと笑うレオーネに俺は何を言っても無駄だと判断して、せめて服が伸びないように隣を歩くことにした。

 

「……それで、その金はどうしたんだ?」

 

「ん? ああ、これね……辺境から来た子に社会勉強を教えた授業料ってやつかな」

 

社会勉強……勉強だから盗みではないよな……多分。

 

色々と不安になってくるが……授業料だと言っていたし信じてみるか。

 

一応……自分が頼んだ分の料金だけは覚えておいた方がいいだろうがな。

 

完全に信じるなんて馬鹿な真似は出来ない。

 

前に金を返せと追いかけられていたところを見たことがあるからだ。

 

「今日は何を呑もっかなー」

 

「ほどほどにしておけよ」

 

酔い潰れられると俺がレオーネを運ぶはめになるのだから。

 

「もう、そんなこと言って……合法的に私の身体に触れるんだぞ」

 

「それは完全に酔い潰れたお前のことを運ぶってことだよな」

 

「そうとも言う」

 

全く悪びれた様子もなくそんなことを言うので、俺としては酒場にそのまま置いてきぼりにしたいのだが……万が一のことがあるといけないので置いてきぼりに出来ない。

 

「はぁ……まあ、酔い潰れないように見ておけば問題ないか」

 

俺は溜め息を吐きつつそんなことを言った。

 

そうやって話しているうちに酒場に到着する。

 

向かい合うように席に座り、早速注文する。頼むのは酒と摘まめるもの。

 

それ以外は注文しない。

 

「……何か良いことでもあった?」

 

「どうしたんだ? 突然……そんなことを言って」

 

「ん~……勘だね。何か機嫌が良さそうだったからさ」

 

「そうか」

 

そうしたら多分……あの少年と出会えたからだろう。

 

あれほどの才能の持ち主に出会えるなんて滅多にないのだから。

 

「で、どうなのさ」

 

「言うなら……良い出会いがあった。それだけだな」

 

「お! と言うことは……ついに好きな奴でも出来たのか?」

 

「そんなんじゃないさ……ただ、才能のある人物に出会えただけだ」

 

そう言うとレオーネはつまらなそうな顔をした。

 

どうやら俺を弄れるような話ではなかったのが不満のようだ。

 

「そう言うレオーネはどうなんだ? 結構誘われたりしてるんじゃないのか?」

 

「いや~、ないない! 誘ってくるのは私の体目当ての奴ばっかりさ」

 

「そうなのか」

 

「ああ、そうだよ。全くこんな美人なのにさ」

 

なんとなくではあるが俺はこいつがモテない理由は賭博や借金ではないかと思っている。

 

お金を賭博で使い、ツケがあったりと……思い返すとそれが原因以外に考えられないのだが。

 

「酒癖はともかく……賭博と借金が原因だろ」

 

「それぐらいで尻込みするような男なんざ……こっちから願い下げだね」

 

「いや、結構重要だろ……大半の男はそれで逃げてくぞ」

 

少なくとも一般人には重すぎるだろ。

 

「いいんだよ。そいつが根性なしなだけさ」

 

根性とかそう言う問題ではないだろうに。

 

「……逆だったらどうするんだ?」

 

「もちろん……付き合うわけないだろ」

 

ニカッと清々しい笑みを浮かべながらレオーネは否定した。

 

「……やっぱりな」

 

それしか言葉が出なかった。

 

レオーネらしいと言えばレオーネらしいので違和感はないが、これでもし、付き合うだったら俺はそっちの方に驚いていただろう。

 

「あったりまえだろー! そんな危ない奴となんて誰も付き合いたくはないさ」

 

「……それは暗にお前自身にも当てはまるぞ? いいのかそれは」

 

「ほら、よく言うじゃん。自分で言うのはいいけど他人に言われたくないって」

 

「……そうか。それでいいならいいさ」

 

俺はそれに関しては何も言わない。

 

酒を呑みながら雑談を交わしているうちに夜が更けていくのだった。

 


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