憑依者がいく!   作:真夜中

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プロローグ

「……うーん、これで終わりだな」

 

噎せ返るような血の臭い。辺りを汚すのは危険種の成れの果て。

 

俺が作り出したものだ。その中で佇みながら空を見上げる。

 

未練がましく未だに唐突に考えてしまう……俺が俺になる前のことを。その事に苦笑しか出来ない。

 

「……何処だろうと空は変わらないか」

 

今でも鮮明に思い出せる。

 

自分が……この世界に来てしまった日のことを。

 

背後から誰かが近いて来る気配を感じる。

 

()()……死者0、負傷者は38人です」

 

「分かった。なら、負傷者の手当てが終わり次第撤収すると伝えておいてくれ」

 

「はっ!」

 

俺の言葉に返事をするとすぐに去っていった。

 

「…………さて、俺も戻るか」

 

俺は空を見上げるのを止めて、自軍の陣地へと戻る。

 

思えば……かなり慣れてしまったものだな。―――血生臭い……この光景にも。

 

この世界に来て……早数年か。

 

 

 

 

始まりは何てことはない。ただ、テレビでDVDを再生していたら眠くなったので眠っただけだ。

 

そして、気がつけば―――家の中ではなく外だった。

 

一気に覚醒して思考がグチャグチャになり、纏まらない。

 

そんな中、自分の見た目が変わっていることに気がついた。

 

狭い視界に、さらには腕を見ればそこには見慣れない黒い金属製の籠手。動く度に金属の擦れる音がする。

 

そして、一本の剣が傍に刺さっていた。

 

それは……俺がこうなる前に見ていたDVDのある凶戦士の宝具だった。

 

――― 無毀なる湖光(アロンダイト )

 

何故これが無毀なる湖光(アロンダイト)だと分かったのかは自分でも分からない。ただ、見た瞬間に分かってしまったのだ。

 

異常……それ以外に言葉が出なかった。

 

心が軋みを上げる。

 

それから俺は……ほとんどのことを覚えていない。

 

分かるのは自分がよく分からない叫びを上げながら暴れまわっていたことだ。

 

おそらく……そうすることで心が崩壊するのを防いでいたのだろう。

 

次に俺が明確な意思を取り戻した時には地面にうつ伏せの状態で倒れていた。

 

「…………」

 

誰かが俺のことを呼んでいるようだが、当時の俺にはよく聞こえていなかった。ただ、身なりのよい小さな少年であった。

 

それは運命の出会いと言っても過言ではない。その時はまだ知るよしもなかったが。

 

そして、また意識を失った。

 

次に目覚めたときは寝台の上であった。木製の天井が目に映り、小鳥の鳴き声が聞こえる。

 

 

 

 

「……将軍。いつでも発てます、ご命令を」

 

「ああ、これより……帝都に帰投する!」

 

自陣に戻り、昔のことを思い出しているうちに準備が終わっていたようなのですぐに命令を出した。

 

「……ふぅ」

 

「どうしましたか?」

 

どうやら溜め息が聞こえていたらしく、近くにいた副官が訪ねてきた。

 

「いや……まさか、異民族が危険種を飼い慣らしているとは思わなくてな」

 

「確かに帝具も無しに数十匹の危険種を飼い慣らせるとは思いませんでした」

 

帝具―――それは約千年前に大帝国を築いた始皇帝が絶大な権力と財力を元に帝国を永遠に守るために生み出させた、現代では到底製造出来ない48の兵器。

 

それらの能力はどれも強力で中には一騎当千の力を持つものもある。

 

だが、現在は五百年前の大規模な内乱によって、その半分近くが各地に姿を消してしまった。

 

「まあ、それでも……怪我人だけで済んでなによりだ」

 

「ええ、そうですね。彼らは貴重な人材ですから」

 

陛下からの命令で帝都近郊に潜んでいる異民族の部隊を殲滅しに向かったら、まさかの危険種を飼い慣らして自軍の戦力としていたのだ。

 

これで、死者が出なかったのは副官である……ランの働きが大きい。

 

万里飛翔"マスティマ"それがランの持つ帝具である。

 

その力は使用者に空を飛ぶ翼を与えるだけでなく、その翼から羽を飛ばして攻撃することも可能とする。

 

それにより、空中からの援護を任せたら殺られそうな兵士たちを殺られないように援護して死者0の結果を出した。

 

「そうだな」

 

「ところで、ランスロット将軍」

 

ランスロット……この名前は元の自分の名前が思い出せないから、咄嗟に名乗ってしまった名前であり、無毀なる湖光(アロンダイト)の本来の持ち主の名前だ。

 

「どうした」

 

「最近、帝都を騒がせている集団ナイトレイドはご存じですね」

 

「……ああ」

 

ナイトレイド―――富裕層……それも悪い噂しか聞こえてこない富裕層や悪辣な輩をターゲットにしている暗殺者集団であり、現在は4人ほどメンバーが判明している。

 

俺の知り合いもその中にいる。

 

「……実はまた一人、国の重役が殺られたそうです」

 

「……そうか」

 

国の重役が殺られたと言うのにランは嬉しそうだ。殺られたのが腐っていた重役だからだろう。

 

国を内側から変える……それを目標としている男なのだから、膿が消えれば嬉しいのは当たり前か。

 

それは俺も同じだ。

 

陛下は俺にとっての恩人。その陛下を腐らせていく害虫共が消えるのならば全然問題ない。

 

助けられ、自暴自棄になりかけていた俺を救ってくれた陛下への恩を返す。それが俺の今を生きる目的。

 

嘘で塗り固められた俺の中での数少ない真実。

 

もう、顔すら思い出せなくなった父と母が言っていた「助けられたならその分助けなさい」という言葉。

 

だからこそ……俺は陛下を支え続ける。例え誰も味方がいなくなっても、最後まで陛下の味方であり続ける。

 

 

 

 

「将軍!」

 

帝都の姿が遠目に見えてきた頃に前方から一人の伝令役が走ってきた。

 

その表情には明らかな焦りが見てとれる。俺の隣にいるランも兵士の様子からただ事ではないことを感じたのだろう。真剣な表情になる。

 

「どうした?」

 

「申し上げます! 前方に一級危険種"土竜"の群れです!」

 

一級危険種"土竜"の群れか……。

 

俺は顎に手を当てながらふと考える。

 

「気付かれているか?」

 

「いえ、気付かれていません」

 

「そうか……」

 

異民族との戦闘からあまり時間が経っていないから、兵士たちも体力的に厳しいだろう。

 

そもそも、こちらは怪我人もいるならば戦える人数もさらに少なくなる。

 

怪我人も含めて軍勢は百。怪我人は38。戦えるのは62。その62の約半分は怪我人の護衛に回すとして……。

 

「正確な数は分かるか?」

 

「おそらく……10から20の間かと」

 

それならば……三人一組で組ませて防御主体で確実に仕留めるようにして、俺とランの二人で一体づつ始末していくしかないな。

 

「……よし! 兵士30名を三人一組で10組。残りは怪我人の護衛だ。それと、俺とランが着いたらすぐに動けるように準備しておけ」

 

「はっ!」

 

伝令役は短く返事を返すとすぐさま前線に戻っていった。

 

「……土竜程度なら私か将軍のどちらか片方が出向くだけで済むでしょう。何故です?」

 

「決まってるだろ……せっかく死者0で任務を終えられたんだ。それ以外で死者を出すのはバカらしいだろ」

 

「まあ、それもそうですね。彼らはこの国に必要な存在ですし無駄に散らせるのは愚策ですね……腐っていない貴重な人たちなんですから」

 

腐っていたら明らかに捨て駒にする発言だな。

 

俺もそうするだろう。味方の足を意図的に引っ張るような奴は邪魔でしかないのだから。

 

ランと共に前線に向かう。

 

すでに三人一組になった兵士たちが揃っていた。

 

「将軍……いつでも行けます」

 

俺はその言葉に満足気にうなずくと号令を出した。

 

「総員……俺に続けぇぇぇッ!!」

 

「オオォォォッ!!」

 

兵士たちが雄叫びを上げながら俺の後に続いて走り出す。

 

既に上空に上がっていたランが"マスティマ"の羽を先制として土竜たちに放っている。

 

「ヴォア"ア"ア"ア"!」

 

突然の不意打ちに土竜が怒声を上げた。

 

「お前ら! 防御主体で一体づつ確実に仕留めるようにしろ! いいなッ!」

 

「はい!」

 

ちゃんとした返事だ。これなら特に気後れもしてないだろう。

 

俺は腰に携えていた剣を抜くと走る速度を上げて土竜に斬りかかった。

 

 

 

 

 

一級危険種"土竜"を斬りつつ思い出す。

 

あの空虚な時間を……当時は夢ではなく現実であることに絶望していた。

 

思い出せない自分の名前に家族の名前。すでに顔すらも思い出せなくなっていた。自分が消えていることに嘆き悲しむことしか出来なかったあの日々。

 

そんな日々の中で毎日のように顔を出しては少しだけ話すとすぐに帰ってしまう少年との会話だけが楽しみであった。

 

傍には必ず護衛がついていた。なので、身分の高い子なのだろうと思っていたが、まさか……後の陛下であるとは思っても見なかったが。

 

普通に動けるようになったある日。

 

俺はこれからどうするのかと聞かれた。

 

それに対して俺は……何も決まってませんと答えた。それ以外になかったから。

 

目的も希望もない当時の俺にとって何をすべきなのかすら考える力が萎えてしまっていたのだ。

 

「なら……余に仕えろ。何も決まっていないのであろう。なら、余が決めてやる」

 

初めは何を言われているのか理解できなかった。

 

だが、先程の言葉を反芻するうちに自分の居場所が出来たのだと理解した。

 

周りの者たちが騒いでいたがそれも耳に入らず、俺は膝を着き頭を垂れた。やったこともないのに自然とその動作が出来てしまう。

 

「よろしくお願いいたします」

 

「そう言えば……名前はなんと言うのだ?」

 

名前……自分の名前が思い出せない。

 

何かないかと必死に頭を働かせていると咄嗟に口が動いてしまった。

 

「……ランスロットとお呼びください」

 

「うむ。ランスロットだな」

 

「はい」

 

俺はこの時のことを忘れない。あらゆるものを失ってしまった俺に手を差しのべてくれたことを。

 

それから1ヶ月はブドー大将軍の元でこの"身体"の力を十全に生かせるように訓練に明け暮れた。

 

2ヶ月経った頃には初めて人を殺した。相手は殺人犯であったが決して気持ちの良いものではなかった。

 

何よりも……殺してもそれだけの感情しか抱けなかった自分に嫌悪感を抱く。

 

そして、半年が経った頃には次期将軍候補の一人となっていた。

 

理由はバン族との争いの時に相手の部隊長クラスの首を多数、さらには敵の拠点を複数陥落させたからだ。

 

その頃には人を殺すことにもある程度慣れてしまった。

 

バン族との争いから3ヶ月後には年齢を理由に将軍職を辞した人が出たので俺はその日に将軍となった。異例のスピード出世に嫉妬されたがブドー大将軍と模擬戦をしたら黙った。模擬戦とは言えブドー大将軍と互角に戦ったのだからそれもしょうがないだろう。

 

あの人は本当に強いのだから。

 

「ん? ああ、終わりか」

 

昔のことを思い出しているうちに土竜の群れを殲滅し終えていた。

 

剣を軽く左右に振って、血を飛ばす。

 

「将軍……殲滅完了です」

 

伝令役が素早く駆け寄り状況を報せてくる。

 

「ああ、被害のほどは?」

 

「怪我人が出ましたが重傷者はいません。死者も0です」

 

「わかった。では、怪我人の手当てをした後に帝都に戻るぞ」

 

「はっ!」

 

敬礼をすると伝令役は素早く戻っていった。

 

「どうだった?」

 

空から降りてくるランに問いかける。

 

「兵士たちの方ですか? それとも……」

 

「両方だ」

 

ランはうなずくと地面に降り立つ。その際に音は立てずに、さらには血溜まりの無い場所を選んでいる。

 

「では、先ず兵士たちの方から……幾人かは一級危険種を一人で仕留めることが出来るくらいの実力はあります」

 

それはなによりだ。次期小隊長に丁度いい。適性を踏まえてこれからの伸び次第では昇格だな。

 

「次に土竜の群れから逃げたものはいません。また、付近に危険種の存在はありませんのでこの付近はしばらくの間は安全でしょう」

 

「わかった。それと、後で焼却部隊に処理を頼まなくてはな」

 

土竜の死体を放置していてはおけない。

 

「そうですね。血の臭いで他の危険種を呼んでしまうかもしれませんしね」

 

他にも野犬とかな。

 

それよりも……大臣と会うんだよな。

 

焼却部隊の隊長であるボルスと会うのは大歓迎なんだけど……大臣はな。

 

また、グチグチ小言でもいって地味に嫌がらせしよ。陛下の成長の妨げになってる存在だし。

 

帝都の方を見ながら俺は内心で溜め息を吐いた。

 


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