彼の思考と目論見は色んな意味で残念に終わります。
テスタロッサ研究所の会議室にあたる場所で高町一家から八神一家。テスタロッサ一家にハラオウン家。バニングスに月村家。そして、榊原一家にグレアム一派に集まってもらった。
ちなみに自分の母もいます。
・・・父上。なんだか文字通り蒸発した気がする。
ザ・庶民な父上。見た目的には邪神である自分もそっちサイドなんだが・・・。
いつもは日が暮れる前には帰って来るのに、こういうビックイベントの時に限って出張なのは少しかわいそうな気がする。
事情を説明されても驚くだろうが、目の前でゲッターロボが闊歩していたり、なのはちゃんが空を飛んでみせたり、なのはちゃんが空を飛んでいる間に彼女のスカートの中を覗き込んだ自分にフェイトが十万ボルトぶちかましたりするところを見れば信用せざるを得ないだろう。
一応、WCCを施したバルディッシュを持って怪我が回復しているところも見てもらったけど「地味」の一言を貰いそうだが・・・。
・・・べ、別に悔しくないんだねっ。周りの人間が派手なだけなんだからっ。
さて、内心で一人ツンデレを終えた所で本題に入る。
「え~、このままだと『闇の書』の主はやては年を越す前に死んでしまう」
それはシャマルさんとプレシア。それにグレアム一派が前もって調べたデータを元に出した結論だった。
WCCでバグを処理していっても、バグがどんどん生まれる。
それはWCCでも届かない所にある。
そもそも『闇の書』は物ではない。
四割が魔法的な物。
四割が機械的な物。
残りの二割が生物的な物。
例えるなら、外から何度も何度も直しても、中から壊されていく感じだ。
しかも、その壊すスピードが半端ない。WCCで『壊されていない状態』を維持できても、限りがある。それも雀の涙ほどだし、少しでも気を抜くとそれを維持できない。
それを聞いた瞬間にシャマルさんを除く、八神一家の表情に暗雲が立ち込めるがすぐに言葉を繋ぐ。
「なので、根本的な所を『直す』必要がある」
そう言いながら懐から取り出ししたのは小瓶に詰められた『白くて生臭い。ぬめぬめした何か』。
「クライド・ハラオウンにこびりついていたこの生臭い何かを量産して私と守護騎士の誰かと共に『闇の書』の中に侵入。バグを起こしているだろう魔法的な何かを。もしくはそれに包まれている機械的な何かを。生物的な何かを破壊する」
ちなみに今回は変装しているので一人称は私にしないといけない。・・・めんどい。
リンディさんとクロノさん。エイミィさんの前ではブラックゲッターの鎧を纏った状態で対面したことがあるが、今回はそのブラックゲッターはない。
もともと偶然的にクライドさんを助けたので自分の事を詮索するのは控えてもらっているから今はまだ必要ないし、目の前に出したら緊張ムードが一気に高まってしまうだろう。
それに、以前の事件で邪神の事は存じ上げているだろうリンディ・クロノ親子。
事前に邪神関連の事で怒らせると痛い目に会うと分かっているのだろう。今回は大人しく質問を投げかけてくる。
「・・・その白い液体のような物は?」
「簡単に言うと医療用のゼリーのような物だ。これを私と守護騎士の誰かにいやらしく塗りたくって、『闇の書』に侵入する。侵入する際には湖の騎士に扉を開いてもらう。それで取り込まれるような形で侵入することが可能だ」
自分が「いやらしく」と、言った時点でなのはちゃん達の表情から完全に不安が消える。
さすがに何年も邪神である自分の幼馴染はしてませんね。
自分がそう言うとギルさんが待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ。取り込まれる形って、それでは万が一入り込めたとしても脱出することはかなわないのでは!」
「・・・そうだのう。湖の騎士は常に扉を開いてくれないと。クライド・ハラオウンを引きずり出せたのも偶然が重なりあったものだから・・・」
「それに扉を開いている間にせっかく溜めこんだ魔力も流出していく。出来るだけ抑え込んでも1~3ページ分は減ってしまうわ。…クライドさんをサルベージした時に『闇の書』のページが何枚か消えちゃったし」
つまり、毎日Aランク以上の魔力を喰わせ続けないとはやての麻痺は今まで以上に広がり死に至るのが速まるという事だ。
「この場に居る全員から蒐集しても十二月の頭まで。もって、1ヶ月といったところよ」
「・・・そんな」
「しかも侵入できたとしても『闇の書』内部はハッキング防止のためにかまるで迷宮みたいになっている。進むのも戻るのも大変になっておる。・・・時間制限つきダンジョン。しかも失敗すればそのまま取り込まれてお陀仏といったところか」
くっくっくっ、と、喉を鳴らしながら乾いた笑いをこぼした俺にシグナムさん。ヴィータちゃんが食ってかかる。
「貴様、主はやてが死に瀕している状況で何を笑っている!」
「そりゃあ、笑うしかなかろう。なにせ、失敗したら死んでしまうのだからなぁ」
「貴様、貴様、何様のつもりだぁあああああっ!」
アユウカスの姿を扮した裕の言葉に我慢ならなかったのか、胸ぐらをつかみ上げるシグナム。
狐の面が揺れて、その表情の下の表情がちらりと見えた。
その表情はまさに愉悦とも思える顔だった。
その時、裕の思考はこうだった。
計画通りだと。
これで自分が提案した案。
『闇の書』の改修が失敗したとした時、自分ごとシグナム達に『闇の書』を破壊してもらえる。
第一案が自分達の『闇の書』改修。
第二案にギルさんが持っていたデュランダルで自分ごと封印。この時守護騎士とはやて。そして、改修に失敗した自分自身が永遠に封印される。
第三案。第一、第二が失敗したら『闇の書』を即座に破壊。これは従来通りにアルカンシェルという超重力砲で破壊。
第一案で成功できればいいが、何事も滑り止めは準備していた方がいいだろう。
クライドさんを偶然とはいえ助け出したというイレギュラーが起これば、それに相当するイレギュラーも起こり得る。
特に自分が『闇の書』に入っている間は『闇の書』は蓄えていた魔力を放出しているのだからはやての麻痺を蝕むスピードも速まる。
さらにはジュエルシードのように周りの環境にどう及ぼすかもわからない。
その上、第二・第三案には榊原君が言う『原作』通りにいかない可能性がある。
邪神である自分自身の存在もそうだが、一番の問題は、『クライドさんを助け出した恩人』いう点だ。
原作でもなんとかはやては闇の書の支配を守護騎士達と共に脱出。管理人格?というもう一人の犠牲を出す物の結局は『闇の書』のバグはアルカンシェルで吹き飛ばされるという未来。
そこに第一案で失敗した自分が『闇の書』にいたらどうだろうか?
アルカンシェルの引き金を引くリンディさんは躊躇うかもしれない。なのはちゃん達は絶対に止めに入るだろう。守護騎士達やはやてちゃんも止めに来るかもしれない。最悪、アルカンシェルは撃てずに『闇の書』のバグは増殖しながら世界を壊すかもしれない。
自分が『闇の書』の中に居ても躊躇わずに引き金を撃てる環境を今作らなければならない。
などと考えていたら・・・。
「・・・いたい」
「痛くしているの」
「反省しなさなさい」
「そんな嘘をついても怒るよ」
幼馴染トリオが仮面の下にある頬を抓ってくる。
新たに伸びてくる二つの手。
「今さらそんな事を言っても信じないからね」
「私の知っている邪神はそんな事を言っている時は反対の事を考えているんだから」
テスタロッサ姉妹の手が伸びてきて唇とまぶたを摘まみ上げてくる。アリシアさん、まぶたは地味にきついです。
てか、君等には前もって説明したよね?
邪神の力を持つ俺が君等と近しい事を知られてはいけないという事を。
君ら関係で俺の居場所が特定されて管理局に最悪拉致られたり、実験動物扱いされる可能性があるって・・・。
「・・・まあ、考えてみればそうよね。ジュエルシードでの一件であれほど激高した貴方がそう言うには訳があるのよね」
「だから止めようと言ったんです。どうせすぐにばれるんだと」
リンディさんは何かを思い出したかのように呟き、俺の隣にいたシャマルさんが狐の面を取り上げる。と、同時に自分の素顔が現れる。
「あ、ちょっ、まっ」
「ここまで来たなら最後までやり通しましょうよ。って、なんで鼻髭メガネまでつけているんですか?」
と、思ったか?
「こんな事も有ろうかと、変装は二重に重ねて・・・」
「ふんむっ」
狐の面の下につけていたに鼻髭メガネをつけた邪神の顔にアリサの拳が突き刺さる。
「ぬわああああっ、拳が割れて、メガネに刺さったぁああ!?」
「裕君、逆、逆」
幼馴染トリオに、テスタロッサ姉妹。終いにはシャマルさんにこちらの内情は見透かされて、はやてには正体をばらされる。
最後のあがきと榊原君の方を見るが諦めろと首を横に振る。
おーい、俺達、友達だろ?
「・・・あ~、はいはい。わかりました降参ですよ。降参」
鼻髭メガネをはずしながらかつらも脱いで管理局の面々に素顔を晒すことにする。
「どーも、管理局の皆さん。邪神の田神裕です。俺の事は他言無用で宜しく~」
「・・・なんか、一気にだらけたね」
脱力仕切った自己紹介にエイミィさんが引きつらせながら応対する。
俺の胸ぐらをつかみ上げているシグナムさんもあまりの変化について行けないのだろう。
「そりゃそうでしょ。目立たないように行動していたのに、こんな風に注目を浴びるんだから・・・」
「目立たないように?それはまた、どうして?」
「世界観の差とか言う奴かな。あまり大事に関わりたくないの。平凡的で面白おかしくのほほんと生きていきたかったのに、こんな世界が滅ぶかもしれないという局面に駆り出されているのよ、俺」
クロノさんみたいな子どもからそんな大事に駆り出される管理局というあまりにもブラック。まあ、向こう側からしてみれば普通なのかもしれないが、生まれも、前世も平和な日本の生まれの俺にはハードすぎる。
しかも、WCCという能力が知られれば、絶対に引き抜きが来るだろう。
そんなブラック企業はいやだ。
ほどほどに働いて、人生の大部分を面白おかしく生きたいんだと説明すると、管理局側の人達に守護騎士達まで何とも言えない表情になったけど知らんな。
「だけど、君みたいな能力を持っている人間が世界に出れば、いろんな人が救え」
「悪いけど、それ以上は言わないでくれる?それを許したら後から後からどんどんつながる。俺は、俺の好きな範囲でこの能力を使いたいの」
クロノさんが早くもスカウトに来たがそれを手で制す。
「嫌だと思う事には使いたくない。好きな物には使いたい。だからは俺は好き勝手にはやてを助けようと思ったの。これは大局を見据えた物じゃなくて、ただの、俺の、我が儘なの、OK?」
だから諦めてね。と、念入りに言っておく。
それでも諦めが悪いのか、勧誘してくるクロノ君。
あまりにしつこいと『闇の書』から取ったデータで管理局に攻め入るぞ。と、行ったら顔を青くして黙った。
いや、冗談だからね?
話が脱線したので路線修正をする。
闇の書に侵入するのは邪神である裕。そして、ザフィーラかシグナム。ヴィータの誰かになる。
「『闇の書』の中を探索するのは約十日間。だけど、クライドさんの容態から見るに外と中での体感時間に多少のずれがある。恐らく『闇の書』の中での時間は十分の一になっている」
「つまり、実質一日だけか・・・。それならば探索できる人間は増やしたほうがいいのではないか?」
「それは無理。中ではぐれたらWCCを扱う事が出来る俺なら力技で脱出できるけど他の人達は無理でしょ。闇の書の中はダンジョンみたいに複雑でシャマルさんのナビ無しだとすぐに迷うみたいだし…」
WCCなら入り口と出口を一本道にすることが出来る。
ただし、その時の影響で闇の書にどんな影響が出るかは分からない。
「どうして、私達守護騎士のうちの誰か一人なんだよ」
「・・・言い方に難が出るかもしれないけど、気を悪くしないでくれよ。第一は俺の護衛。第二は守護騎士の誰かなら最悪、死んでも構わない。また『闇の書』のプログラムで復活できるからな」
「・・・。お前の今の表情を見ればわかる。どうしてあのふざけた仮面をつけていたのもな」
ザフィーラが裕を見ながら言葉を発する。
今の裕の表情はあまりにも悔しそうな顔をしているのだ。
自分の感情に嘘をつく時は笑う事も出来るのに、正直に話そうとすれば歪める。
それだけ事態は劣悪な状況であり、邪神が優しいと感じ取れるからだ。
そう感じさせないための仮面だったのだが、そうすると話が進まない。それで仕方なく正体を晒すことにしたのだ。
元々、クライドさんと守護騎士。アリアさんにも顔這われているから、裕の存在が管理局に知られるのは時間の問題だろうけども。
「・・・すまない。お前がそこまで我等の事を考えていたにお関わらず、私は」
「いやいや、勘違いするなよ。俺が考えていたのははやての事だけだ。最悪、守護騎士の皆を犠牲にしてでも、はやてに恨まれようとも、俺は『闇の書』とかいうモノを処理できればそれでよかったんだってば」
これは本心である。
もともと魔法なんて物の認知度が低い地球という世界。
触れ合う期間が短ければ短い程、喪失感は少なくなるだろう。
「・・・裕君。それって」
はやては複雑そうな顔で裕を見る。
それは彼の真意を確かめる為でもあった。
「俺の事を恨んでもいい。憎んでもいい。絶対に助けてやる。だから、はやて。黙って俺達に助けられろ」
「・・・ずるいわぁ。そんな事言われたら拒否できないやん」
状況は最悪とまでは言わずとも、良いともいえない。
だけど、どうにか希望の道は残されている。
「守護騎士には俺が『闇の書』に潜りこんでいる間、『闇の書』の護衛を。管理局の皆さんには『闇の書』の魔力の補給をお願いしたい。テスタロッサ家はそれのサポートを」
守護騎士はともかく。次元をまたいで平和を守ると銘打っている管理局が、世界が滅ぶ片棒を担がされるかもしれないという事案に難色を示すだろうが、ここはクライドさんの護衛。そして、『闇の書』が改修されるかもしれないというメリット部分を伝えることでどうにか納得してくれた。
これは管理局の人間としてではなく、クライドさんの関係者だからこじつけることが出来た。
「あ、あのっ。裕君。なのは達にも出来ることはないかな」
「そうね、ここまで話を聞かされて何もしない訳にはいかないわ」
「うんうん。私達何でもしちゃうよ」
「団長、俺達にも指示をくれ」
幼馴染トリオと榊原君が身を乗り出すように裕に声をかける。
もちろん、邪神らしく、彼女達にもしてもらいたいことはある。
・・・そう、邪神様的に。
「それじゃあ、なのはちゃん。すずかちゃん。アリサの三人にはメダルコンビとデートしてくれ」
「「「・・・え?」」」
その時、幼馴染の三人の瞳から光が消えた。
「そして、だらしなくデレデレと油断したところを榊原君と守護騎士達が強襲。魔力をゲットしてきてくれ」
メダルコンビの魔力保有量は多い。
ランクにするとSに届くかどうか。しかも、慢心が過ぎるのか隙も有り余るくらいなので失敗する要素があまりない。
「・・・団長。他にやれることはないのか?」
「まだ考えついていない。なのはちゃんには『闇の書』に魔力を明け渡してといてほしいけど・・・」
「でも、他に言いようが・・・」
榊原とユーノ君がどうにかフォローを入れようとしている後ろで幼馴染トリオの周りの雰囲気が明らかにトーンダウンしているのだ。
「ホカニヤレルコトガイイイナ」
「ワタシハマリョクノホジュウガアルカライイヨネ?」
「アハハハ~、ユウクンモジョウダンガスギルナー」
目はうつろ。口から零れる言葉は機械的。
そんな三人娘の様子におののくテスタロッサ姉妹。
「フェイト、なのはたちが怖いよっ」
「あの三人に一体何が・・・」
「俺の事を恨んでもいい。憎んでもいい。だから、黙って俺達を助けてくれ」
ここまで事態が深刻なのを説明すれば幼馴染トリオも納得せざるを得まい。
「「「・・・コノウラミ、ハラサデオクベキカ」」」
「ごめんなさい!前言を撤回させてください!」
「おいこら、私のときめいたハートを返せ」
少し前に自分に言われた台詞が、目の前で土下座を敢行する邪神の姿によって台無しになった。
はやては行き場の無い怒りを拳に込め、プルプルと振るわせるのであった。
邪神とその愉快な友人達が戯れている頃、
テスタロッサ母「お宅の息子さんはどうして、ああも残念なのかしらね」
邪神母「そこが可愛いんじゃないですか。男の子というのは大体そんな物ですよ」
ハラオウン母「・・・えっ、じゃあ、うちの子も」
などという三者面談が行われていたりしていました。
・・・シリアスはコメディーの最大のスパイスだと思うんだ。