テンプレ…まじで?(リメイクしてみた) ※現在このすば!編    作:onekou

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どうもonekouでございます。

ちょっと遅刻しちゃいました申し訳ないです。


『stage28:己のターン! って、もう終わりかよぅ!!』

 

 

 水底から浮き上がるように目が覚めるのを自覚する。

 冷たく固い床の感触が起床を急かす。

 仕方なしに未だ微睡の中に居たい自分にむち打ち起きることにした。

 そうしてうっすらと開いた目には眩い光が差し込んでくる。

 

「う、うぅ…ん」

 

 思わず喉から出た声は言葉にもならぬ唸り声。

 どうにも喉が渇いていて水分が欲しい。

 さて、水も欲しいが目覚めてすぐで光に慣れていなかった瞳が漸く周囲の情報を取り入れてくれるようになった。

 覚醒しきらぬ頭で近くを見れば、金属のような白磁のような見慣れぬ床に見知った奴隷仲間が数人転がっている。

 仲間……とは言うが、似たような境遇なだけで真に仲間と呼べるものは既にいないのだが、それでも知らぬ中ではないのは確かだ。

 その内訳は全員が女。

 自分も含めて、皇子の奴隷をしていたのだからそれも当然だ。

 そしてその全員が薄汚れた薄い布で申し訳程度に身体を隠しているのみ。

 まぁこれも自分含めて、だが。

 彼女らを観察すると、どうやら目覚めているのは自分だけのようだ。

 全員が全員とも、悪夢に魘されているかのごとく青い表情で意識を失っている。

 

 待て、そもそも何故自分を含めて気を失っていたのか。

 それ以前にここは何処なのか。

 覚醒し始めた頭がやっと現状に対しての疑問符を上げて行く。

 

 改めて近くではなく、その周りへと意識を向けると驚愕に包まれる。

 先程認識した見たこともない床の材質もそうだが、壁そのものが光を放っていたり、何かの魔術だろうか空中にそのまま文字や絵が浮かんでいる。

 そのどれもが見たことの無い程の技術レベルだ。

 パッと見ただけでもそれだ。

 見る限りでは扉が無い為ここから出ることは叶わないだろうが天井も高く広い。

 探せば更に驚くべき何かがありそうだ。

 

 ただ、問題は何故ここに自分が居るかだ。

 

 私は今、ゾルザル皇子の奴隷という身分にある。

 その身分を認めたくはないが、それに甘んじる必要があるため心を殺して努めてきた。

 しかしここにはその皇子が居らず、この場所自体も帝国の何処にも無い場所だ。

 そもそもが皇宮などは切り出した大理石などを材料に作られている。

 だがこの場所は切れ目一つ無い鏡面とまでは行かなくとも不思議な光沢を見せる床や壁を使用している。

 城とはその国の権威を見せつけるための一種の道具であり、これほどの物を造れる者が帝国内に居たとするならばすぐにでも皇宮内はこの素材で一新されていただろう。

 さておき、その帝国内で一番豪奢な造りをしている筈の皇宮が霞むほどの技術レベルが見て取れるここに何故居るかが問題だ。

 当然ここに連れて来られた記憶など無い。

 自分を拐かす理由も特には見つからない。

 あるとすれば殺すために連れ去るだろう位だが、そうする位なら、皮肉なことにその場合は見つかった瞬間に殺されているだろう。それほどまでに私は恨まれている。

 そもそも、自らの本来の身分を中心に考えた(未だ引きずっていることに自分で自分が嫌になる)が、ここには私以外の奴隷も居る。

 自分だけが目的で連れて来られたと考えるのは早計だろう。

 他にありそうなのは皇子のまた新しい遊びだろうか。

 ああ、その可能性が高くて吐き気すらする。

 意識を奪ってまで見たことも無い場所に連れてくるなどあの皇子のやりそうなことだ。

 

 皇子は楽観主義が極限まで行ったような存在だ。

 普通ならその時点ですぐに破滅しそうなものだが、身分が身分の為にそれを成すだけの地位と金と周囲の力がある。

 皇子が是と言えばそれがそのまま正解になってしまうのだ。

 それによって歪められた回答など今までにどれほどあっただろうか。

 ただ、これほど厄介な存在もないが故にこそ扱いやすい部分もある。

 だからこそ私はアレ(・・)の元に居るわけであり、父親が皇子を放置しているのも皇子に皇帝の座を渡しつつもその後ろで実権を握り続けるための傀儡要員としてだ。

 脱線したが、その皇子は時に遊びと称して国一つを潰すこともあるほどの人非人なのだ。

 そう考えるとこの状況も皇子の所為の可能性が――――、

 

 

 

 

  『■■■■■■■―――!!』

 

 

 

 

「っ……」

 

 頭の中にこびり付いた咆哮に全身を寒気が走る。

 それを抑えるため身体を抱きかかえるように抑える。

 そうだ。意識を失う前まで私は確かに皇宮に居た。

 そして聞いたのだ。

 あの狂気を固めたような、殺意を形にしたような、ただ憎しみを前面に出した声を。

 

 私はヴォーリアバニーという種族だ。

 ヴォーリアバニーは雄が生まれにくく、それ故に他種族と交わらなければ種を存続できない。だから気に入った男が居れば行きずりの関係でも交わることもある。

 そしてそれ以外にも『首狩り兎』と呼ばれるほどの戦闘力も特徴だろう。

 私自身はそれほどある訳でも無いが、それでもそこらの人間以上には動ける。

 というのもヴォーリアバニーは第六感を含めた感覚がヒト種に比べて何倍も鋭敏なのだ。

 他種族にもそういった種族は存在するが、危機感知に関しては一入だ。

 その感覚が、今でも私に怖気を走らせる。

 何なのだろうかアレは。

 感覚的に亜神の類いの様にも感じたが、似て非なるものだと思う。

 咆哮と共にあの部屋を埋め尽くした殺意。

 そうだ、それから逃げたくて私は意識を飛ばした。

 ただ現実を否定したくて……。

 しかし、あれは何処にいたのだろうか?

 謁見の間へと引きずられて行った時、確かに周りを見る余裕は無かった。

 皇子の屋敷からそれほどの距離は無いとはいえ転ぼうが怪我をしようが無理矢理前へと走らされ、普段の生活状況から心身ともにボロボロになっていたからそれは仕方ない。

 だがあの様な存在は居なかった。

 あんな者が居れば嫌でも気づく。

 しかし広い空間ではあるがあれほどの狂気を隠せる場所があるとは思えない。

 そういえばあの時、皇帝に謁見している者が居たがあの中に居たのだろうか?

 皇子であるゾルザルが地揺れについて知っていた黒髪の奴隷――ノリコのことを皇帝に言った瞬間にアレは現れた。そしてゾルザルを殺そうとした。

 タイミングで言えばこれが一番当て嵌まりそうだ。

 でも、あれを飼いならす?

 冗談ではない。

 あんなものを戦力にするなんて正気の沙汰じゃない。

 アレの存在を感じたのは一瞬だった。

 その一瞬だけで私は、私は……。

 

 

 

「Did you wake up?」

 

「だ、誰!?」

 

 アレの恐怖を思い出していると壁だと思っていた場所が開き、中から黒い肌の男が現れた。

 何を言っているか分からないが、その鍛えられた肉体と強面の顔に似合わない笑みを浮かべながら近づいてくる。

 よく見ればその後ろにも何人か連れている。白い肌の男も居ればやや黄色身を帯びた肌の男も居る。ただ一人だけだが女も居る。

 そして後ろから来た男たちは茶色い箱の様な物を持っている。

 ヒト種のようだが、何者達だろうか?

 

 私が警戒心を露わに叫んだためか、最初に話しかけてきた先頭の男は頭を掻きながら続けて話す。

 

「Can you speak English?」

 

「何を言っているの……?」

 

「Oh……」

 

「な、なんなのよ」

 

 2、3話しても私が理解していないと気づいたのか、男は肩をすくめた後に後ろに居た白い肌の女へと何か言った後、後退した。

 

「Here it is」

 

「くれるの?」

 

 次に話しかけてきた女は箱から何かを取り出し私に渡してきた。

 広げてみれば、透明な布の様な物に包まれた綺麗な生地の服だった。

 これをどうしろと?

 表裏と見回せば、透明な布に穴が空いている場所を見つけた。

 そこから中身の服を取り出し、手に持つ。

 驚くほどに滑らかな材質だ。そして柔らかくも軽い。

 何なのだこれは。

 この部屋もそうだが、貴族が見れば大金を払ってでも手に入れそうな程の代物だ。

 そんなものを私に渡してどうしようというのだろうか。

 

「Well….There are clothes」

 

 何を言っているのかは分からないが、身振りで服に袖を通すような仕草をしている。

 つまりはこれを私に着ろという事らしい。

 どういう心づもりなのだろうか。

 しかしこのよく分からない現状では逆らうわけにもいくまい。

 

 私は着ていた粗末な服とも言えない布きれを捲り上げ―――、

 

「Wait!! What are you doing!?」

 

「な、何よ着るんじゃなかったの!?」

 

 何故か止められた。

 脱ごうとした物を上から下ろされ、女は後ろに居る男たちに何かを叫ぶ。

 叫ばれた男たちは慌てて後ろを向いた。

 そして女は私の方を押さえて真剣な表情で、何を言っているかは分からないが色々と私に言う。

 その言い方はどこか母が娘に言い聞かせるような調子だ。

 察するに男の前で肌を曝すな的なことを言っているらしい。

 何だそれは。

 今更見られた程度で感じるものなど私のどこにも残っていやしない。

 今までに殺しても足りない位に憎んでいる男に何度身体を開いたと思っているのだ。

 そんなもの、今更だ。

 

「っ!?」

 

「何するの?!」

 

 今更な女の言葉(推測でしかないが)に思わず自嘲していると、女は私を突如抱きしめた。

 突き放そうとするが、無駄に鍛えられた女の身体は離れる様子が無い。

 戦闘が部族の中では苦手な方である私はこの体勢から女を除けることが出来ない。

 種族的にヒト族よりもある筋力で跳ね除けることもできるが、そうするとこの女に怪我を負わせてしまう。

 それだけはできない。

 私は私の目的のために生き残らなければならない。

 もし怪我をさせることでこの人間たちから敵意を向けられる状況に陥ることは防がなければならないのだ。

 だから、私は抵抗を止めることにした。

 抱きしめられることを許容する程度で彼らの信用を少しでも得られるのなら安いものだ。

 でも、こうして敵意の無い人の温もりに触れるのはいつ以来だろうか。

 そう考えると多少はこれも悪くは無い気がする。

 先程思い出したあの恐怖感が少しでも和らぐのならこれを甘受するのも吝かではない。

 

「Respect yourself」

 

 暫く抱きしめられた後、女はそう言った。

 流れ的に身体を大事にしなさいだとかそういうことを言っているのだろう。

 言われずとも分かっている。

 私は私が一番大事だ。

 守っていた国も、民も、私を見捨てた。

 むしろ私を憎んでいることだろう。

 ならば私に残されたものは既にこの身一つ。

 その最後の一つを、私の最後の意地を通してみせる。

 

 とりあえず私は頷いて見せる。

 そうすると女は微笑み、そして後ろの男たちがこちらを見ていないか確認してから私の着替えを改めて促した。

 着方が分からず少し手伝われながら着た服は手触り通りに肌に優しい感触を与えてくれる。

 感覚が鋭い為に肌も比較的敏感な種族としてはこれはありがたい。

 それに、見たことが無い変わった様式の服だが、伸び縮みして動きやすくありながらも貴族が着るような光沢もあり、もう着ることは無いだろうと思っていた上等な服だ。

 少なからず着ていて嬉しくもなる。 

 ……いや嬉しくなんかない。こいつらが勝手にしているだけだ。

 

 自分でもよく分からない葛藤を続けていると、女は先程の様に箱から服を受け取り他の奴隷たちを起こしていく。

 そして全員にゆっくりと身振り手振りで説明しながら服を着せていった。

 服を着た子は、男たちから今度は食料らしきものを渡され、それを食べていく。 

 

 全員が着替え終わった頃、再びあの壁の様に見えていた場所が開いた。

 やはりあそこは取っ手が無いが扉なのだろう。

 ともかくその扉から新たなヒト種が入ってきた。

 それと同時に一気に私の第六感が危険を告げてくる。

 

「終わったー?」

 

「起きた…です?」

 

 しかしその第六感に反して入ってきたのは幼い子ども二人だった。

 これまた変わった様式の裾は短いのに袖は長い服で、対照的な紅と蒼の髪色に合わせてだろうか服の色もそれに合わせて赤味と青味をそれぞれ帯びた色合いだ。

 二人は双子だろうか、髪色に反してその顔はよく似ている。

 ただ違うのは、紅い髪の少女は快活な表情をしており、蒼い髪の少女は反対に落ち着いた物腰を感じる。

 種族を越えても整っていると感じさせる容姿だ。将来は美人になる事だろう。

 だが問題はその幼げな姿に反して私に今も警戒を呼び続けるこの感覚だ。

 気を失う前に見たアレ程ではないが、醸し出す雰囲気は私よりも圧倒的な強者の物。

 抑えることはできているが、何なのだろうかこの感覚は。

 

 いや待て、それよりもこの少女二人の言葉が何故か分かる。

 感じている恐怖感も気になるが、それよりも現状理解を進める方が先決だろう。

 それにヒト種には違いないようだし、数年の奴隷生活の所為で私の感覚もガタが来てしまっているのだろう。

 そう自分で自分を窘めながら、私は恐る恐る少女たちに声を掛ける。

 

「言葉が通じている……かしら?」

 

「ん?」

 

「通じてる、です」

 

 良かった。やはり聞き間違いなどではなかったようだ。

 周りのヒト種も、私が少女たちと会話出来ていることに気付いたのか静観するようだし、今なら聞けるかもしれない。

 他の奴隷たちに関しては渡された食料を食べるのに必死でこちらには気付いていない。

 今のうちに聞きたいことを聞いておくべきだろう。

 

「良かったわ。ここがどこなのか教えてもらえないかしら?」

 

「駄目よ」

 

「駄目、なのです」

 

「な、何故?」

 

 しかし私の問いに彼女たちは拒絶するように否と答えた。

 

「ママからここに関することを中の人に伝えないように言われているのよ」

 

「母様、仲良くするように、言ってた。それから、手伝うようにも言ってた。でも、どういう場所か言っちゃ駄目って、言ってたです」

 

 どうやらそう容易く教えてはくれなさそうだ。

 しかし情報が一つ手に入った。

 ここはこの子達の母親が関わる場所らしい。

 ならばその母親とどうにか会話する機会を得られないだろうか?

 先程からのここのヒト種の持て成し方から、私たちは邪険にされている訳ではないと分かる。

 場所を教えられないという事だが、これほどの設備ならばそれも理解できる。

 そしてそれほどの対応を見るからに奴隷の私たちに取るのは何かしらの理由があるからの筈だ。

 

「なら、あなた達のお母様と少し話が出来ないかしら?」

 

「うーんと、どうだろう?」

 

「ちょっと聞いてみる、です。多分、大丈夫……」

 

 紅と蒼の双子は見合わせながら可ではないが色よい返事を返してきた。

 よし、これならいけそうだ。

 この子達のお母様がどんな奴かは知らないけど、私の目的のために利用できそうならさせてもらおう。

 ここに私が居る理由。

 私たちを丁寧に扱う理由。

 どうにせよ、皇子から私たちを奪うという事は敵対行動を取るという事だ。

 これだけの技術力があり、そして皇子に敵対行動を取ることが出来る存在。

 ああ、考えるだけでも面白い。

 私は、ヴォーリアバニーの族長であったこのテューレは、何を利用してでも絶対に帝国へと復讐するのだ。

 

 だから、悪いがお母様とやらには利用されてもらうわ。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 後輩の暴走から数時間が立ち、ピニャ皇女の邸宅にてアルヌスへ報告を入れた俺は後輩が眠る部屋の前まで戻ってきた。

 帝国に拉致された存在が居たことは日本にとって大きな問題である為、寝耳に水とアルヌスを通して上層部は対応に追われているようだ。 

 そして決まったのが、示威行為として帝国元老院の破壊。

 未だ夜は明けておらず、会議を行う為に存在する元老院に人はまだ居ない。だが国にとっては重要な施設である。

 そう言った理由で元老院が選ばれたわけだが、その辺りの話を詰めるのに少し時間が掛かってしまった。

 実質的には防衛省の大臣と狭間陸将との間で示威行為を行うことはすぐに決まったのだが、どこを破壊するかで少々時間が掛かったのだ。

 民間人に被害を出すわけにもいかず、さりとて重要拠点でなければいかず、その為に現地を知る人間として俺へと槍玉に挙げられたのだ。

 これも1部隊とはいえ隊長である故の仕事だ。仕方がない。

 ただ、問題は後輩が皇宮内でしでかしたことに関してだ。

 大暴れ、しちゃったからなぁ……。

 まぁ後輩の事が無ければ俺自身が拳をぶち込んでいたか、栗林辺りがマックノウチしてたと思うが、立場が問題なのだ。

 

 後輩は特地対策特別顧問という肩書を持っている。

 だが、後輩は元とはいえ民間人なのだ。

 今でこそ大手を振って俺達と共に行動しているが、訓練を受けた訳でも自衛隊員でも無い。

 非常勤の自衛隊員としての立場を与えることも考えられたが、そうなると“命令”というものの重みがのしかかってしまう。

 そうなると、一枚岩ではない上層部や諸外国からの圧力が掛かった際に面倒なことになる。

 そう考えた狭間陸将によって今の位置づけとなった訳だが……、くそ、あの時せめて俺が動いていれば。

 後悔するも今となってはもう遅い。

 ただ、幸いにも後輩という存在を法的に認めさせるために嘉納さんが動いてくれている。

 今では内閣も森田内閣へと移行し嘉納さんも外務大臣へと肩書が変わっているが、内部での信頼も厚いようで、今回の後輩の事に関してもうまく動いてくれると思う。

 アルヌスに戻り次第連絡を取って情報交換しないといけないな。

 

「はぁ……、よし!」

 

 この数時間における報告の連続とこれからの事を考えると思わずため息が出る。

 今回の事で講和会議は破談となる可能性が高い。

 むしろ普通はなるだろう。皇帝の前で皇子をボコったのだから。

 そうなると帝国との関係性は振出しに戻ると考えるべきだろう。

 既に講和派が大半を占めているとはいえ、今回のことで主戦派の声が大きくなることは確実。

 再びの戦争、それも視野に入れておかなければならないかもしれない。

 

 とはいえ、それも今すぐではない。

 今は目の前の問題だ。

 

「入るぞ?」

 

「構わぬよ」

 

 俺はノックをした後、声を掛けて後輩が眠る部屋の扉へと手を掛ける。

 だが返ってきたのはある意味後輩以上にやらかしてくれた一条、もしくはマツリと呼ぶように言った女の声だった。

 

 一条の言葉を得て、一先ず俺は中へと入る。

 中では後輩が未だベッドで寝ており、穏やかな寝息を立てている。

 その後輩が眠るベッドの傍らに腰掛け、一条は優しく後輩の頭を撫でていた。

 その姿には慈愛が感じられ、整った容姿もあって一瞬見惚れてしまった。

 だがいつまでも見ている訳にもいかないので気を取り直して話しかける。

 

「後輩はまだ起きてないのか」

 

「当然だな、己が眠らせている」

 

「……どういうことだ?」

 

「この子の種族は特性として特殊な攻撃に弱いのさ。回避力は他種族間でもトップなんだがなぁ」

 

 俺の言葉の意味を理解しているのかいないのか、笑みを浮かべたままこちらも見ずにそういう一条。

 

「そういうことじゃないっ。お前が眠らせているのかって聞いてるんだよ」

 

「ふふん、心配性だなぁお前は。まぁ安心するが良いさ。スペック頼りに碌に寝ても居ない様だったから眠らせておるだけだよ」

 

「そう……か」

 

 少し声を荒げてしまった俺に漸くこちらを見た一条は先程までの見る者に息を吐かせるような笑みではなく、どこか嘲るような笑みを浮かべながらこちらへと振り向いた。

 どうやら、こいつの言葉を信じるのならば後輩の身体を思って眠らせているらしい。

 登場時の行動や先程の笑みを思うならばやはりこいつは後輩の味方という事だろうか。

 でも、なぜ今になって現れた?

 今までも恋ドラ人形は幾度となく後輩によって産みだされていた。

 だが今の様に後輩の意思を無視して動いているのは当然初めてだ。

 一条本人(本龍?)がオートモードの様な物と言っていたが真相は分からない。

 それに、産みだした親に当たる後輩を既に寝ているとはいえ眠らせ続けることが出来るというのはどういう事だろうか?

 後輩曰く、恋ドラ人形は元ネタ的に物理攻撃が中心の、後はブレスを吐ける程度という話だったはずだ。

 だがこいつはそれを越えて何らかの能力を駆使している。

 

「くふ、英雄殿はあくまでも俺を許容しないか。まぁそれで構わぬよ」

 

「……」

 

 俺の内心を見透かしたかのような言動。

 いや、俺が分かりやすいだけか。

 

 俺は一度深く呼吸をし、改めて一条を見る。

 

「とりあえず、お前が後輩に対してすぐにでも害を齎すわけじゃないのは分かった。さっきの後輩を見る眼差しを俺は信じるよ」

 

「事も無げに恥ずかしいことを言うなぁお前」

 

「う、うるせぇ! あんな目を見たら誰でもそう思うっての!」

 

 拒絶はしないという意味で言った筈なのに何故かジト目で見られた。

 流してくれれば良い物をそう言われてしまっては気恥ずかしさが出てしまう。

 だがその評価自体は本当に思ったから言ったのだ。

 あれは害する人間に対して向けられる瞳ではない。

 

「それで、結局お前は何なんだ? 後輩が取り込んだっていうアンリマユとかいうオチは無いだろうな?」

 

「ふむ、泥を使ったからそう思ったのか。だがそうだとも言えるし違うとも言えるな。まー根源的な意味では全く別物と言えば別物だよ」

 

「とりあえずは違うと認識しておくぞ。だがそうなるとお前が名乗った通りに一条祭り……あの段ボールが正体ってことか?」

 

 俺が思いつける可能性で言えばこれくらいだ。

 一条マツリと名乗るくらいなのだから、関係が無いことは無いだろう。

 そう思っての質問だったが俺の問いに一条は答えず、慌てるようにして後輩の方へと向いた。

 

「おおぅ、もう喰われたか。致し方ないか」

 

 それだけ言うと、一条は立ち上がりこちらを見た。

 

「他にも答えてやりたいのは山々だがどうやら時間切れだ。もうすぐこの子が目覚めそうだ。まだ己を知られる訳には行かないし、そろそろ限界だから消えさせてもらおう」

 

「あ、ちょ」

 

「お前も己の事を言わないでくれよぅ? ……言ったら潰す」

 

 俺の言葉も聞かず、一気に捲し立てる一条。

 というか最後だけ、今までのどこか演じるような話し方ではないガチな声だったような気が……。

 

「ではな、名残惜しいがおやすみ英雄殿」

 

 結局最後まで謎やら何やら残すだけ残して、身体を崩して黒い泥状になった一条はトプンと音を立てながら床へ浸み込むように消えた。

 

 

 

 

 どうするんだよ、結局何の疑問も解決しなかったぞおい。

 

 




いかがだったでしょうか?

今回は評価が大きく分かれるテューレのお話を前半に持ってきましたが、まぁ地雷原に自ら飛び込もうとしている不憫女王は置いておきますね(え

そういえば前話での感想やメッセで一条の正体についての考察をたくさん頂いたのですが、実は正解の方がいらっしゃいます。
ホントびっくりしましたよw
さ、さすがは幾つものSSを読んでこられた猛者の方々ですね。多少の仕込みでは全く意味も無さない……。
今後も更に楽しんで頂けるよう、巧妙な仕込みができるように頑張りますね!

あと、今回で少しだけ一条についての話も出しましたがまだまだ消化不良だとは思います。
しかししばらくお待ちください!
正体に関しては申し訳ないですがもう少し引っ張らせて頂きます。


さて、次回はゾルザルと帝国に関して原作からの乖離を進めて行こうと思います。
現状でも結構な乖離、ドラゴンさんとかドラゴンさんとか黒いのとかで違っている部分もありますが、今後がどうなるかの辺りを少しでも書けたらと思っています。
ではでは!!




P.S.
オービットの強化費用で一時期ドリンク一杯分位までメメタが無くなったんじゃよ……(´;ω;`)
おのれドゥドゥ、ゆ゛る゛さ゛ん゛!!

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