「伝風《でんぷう》!」
「ぽーっ」
二歳になりました。
言葉も必死に練習して何とか周りが理解できるくらいになりました。
時々咬みますが、意思を伝えるだけなら問題ありません。
体調の方は相変わらずです。
ただ、伝風のおかげで暖かい日なら縁側まで出られることが出来ました。
そこまで歩いていくのに時間がかかってしまいましたが。
ずっと寝たきりだったせいで足がまだちゃんとしていないんです。
頑張ればすぐ疲れてしまって熱がでますし……。
ほんと、神様なにやってるんですかね。
恐らく中学生ころまで“旅人”の干渉はないと思いますが、完全にないとは言い切れないのですよ?
……とまぁ、愚痴はこのぐらいにして、戻ってきた伝風を膝に乗せ、その白い羽を優しく撫でます。
首無に連れてこられた可哀想なこの真っ白な鳩は、私に懐いてくれたので、伝風《でんぷう》と名付け飼うことにしました。
カラス天狗は「鳩丸」やら「尾羽」や「もも(にく)」など言っていましたが、断固として譲りませんでした。
三羽カラスには申し訳ありませんが、あなたたちのお父様に名づけの才能はないと思います。
かくいう私も、鳩といえば伝書鳩で、風を切ってどこまでも遠くまで飛んでいく様子から『伝風』と名付けたんですけどね。
あまり人のことは言えなさそうです。
「おーい、桔梗」
「!おとうさま」
相変わらずだらしない恰好をしたこの世界の親である奴良鯉伴がやってきました。
彼は私を抱き上げると片腕に乗せました。
目線がぐっと高くなり、怖くなって慌ててしがみつきました。
そんな私を彼は嬉しそうに笑って頭を撫でました。
彼はよくこうして抱き上げ、頭を撫でます。
前世のお父様はどうだったか覚えていませんが、精神年齢十六歳の今は少し気恥ずかしくて俯きます。
「今日は体調がいいな、桔梗」
「はい。だいじょうぶです」
「……」
大丈夫と言ったのに、彼は何故か呆れた顔をして私を部屋に戻してしまいました。
「おとうさま?」
彼は私を布団に寝かせると、前髪をかき分けて額に手を置きました。
「……やっぱり、少し熱があるな。治してやりてぇが、小さいころから力に頼っちまうと駄目だからな」
そう、彼には母親――私からすれば祖母から受け継いだ治癒能力があります。
どんな病気でも治すことが出来ますが、私の場合は身体に流れる妖怪の血が馴染まないせいで、それを無理やり治してしまうと、成長しても体に馴染むことなくずっと力に頼ることになってしまうのです。
つまり、自然に身体に馴染むのを待つことが、一番いい治療というわけです。
私としては一刻も早く治して体力をつけたいのですが、こればっかりは仕方ありません。
「ききょー!!」
バタバタと廊下を走る音がし、襖が勢いよく開きました。
見ると、そこには土で全身汚れたリクオが立っていました。
「リ、リクオ様!そのお姿で入ってはいけません!」
リクオの世話係の雪女が慌ててリクオを止めにかかるが、その手をすり抜け私に駆け寄った。
「おう、リクオ。そんなに急いでどうした?」
「おとうさん!」
「鯉伴様!」
リクオは泥だらけの恰好のまま鯉伴に抱きつき、雪女は顔を青ざめたが、鯉伴は「別にかまわん」と手を振ったのでほっと息をついた。
「あ、そうだ、ききょー、これ!」
リクオが手に持っていたものを差し出してきた。
見ると、泥だらけの手に草のようなものを握っていた。
「これは?」
「やくそう!ぜんくんがね、からだにいいって!」
ぜんとはたまに来る鴆という妖怪の子だ。リクオと仲がいいらしく、医療関係にも詳しいので、体にいいという薬草を聞いて取ってきてくれたのだろう。
「あのな、リクオ。桔梗には――」
「ありがとう、リクオ」
鯉伴が何か言う前にそれを遮り、薬草を受け取った。
私は病気ではないので薬草はいらない。けど、泥だらけになってまで私のために薬草を取ってきてくれたリクオの苦労が、気遣いが、とても嬉しい。
「うん!」
ほら、こんな嬉しそうな笑顔を見る事ができて、私も嬉しくなる。
そうやってリクオを優しい目で見ていた時、その私を鋭い目で見ていた鯉伴に、私は気付いていなかった。