もふもふ、もふもふ
現在私とリクオ、そしてお目付け役の鴉天狗は、鴆さんーーーー師匠の屋敷を目指し、空の旅をしています。
『くるっぽー!』
そして乗っているのはおぼろ車ではなく、妖怪化した伝風の背中ですもふもふ。
「わっ、うわっ!で、伝風、器用にボクだけ落とそうとしないで!」
「これ、伝風!若を落とそうとするでない!」
『・・・・・・ぷん』
相変わらず伝風は私以外は乗せるのを拒みます。
それは、リクオやおじいさまも例外ではなく、基本私が一緒でなければ乗せようとはしません。
・・・・・・唯一、首無だけは言うことを聞きますが。
おそらく、昔とらえられた時の恐怖が忘れられないのでしょう。
妖怪化した伝風は、鴉天狗と同じか、それ以上のスピードで飛ぶことができるそうです。
そうです、というのも、私が背に乗っているときは体を気遣ってくれているのか、私が苦しくないと思うスピードでしか乗ったことがないので、わかりません。
ただ、伝風と話せる鴉天狗がそういっていたので、間違いがないと思います。
時々、鴉天狗の山で競争をしているみたいですし。
私を気遣っていてもおぼろ車より速いのは、この背中のもふもふーーーー羽毛のおかげなのです。
この中に埋もれることで、それなりのスピードがでても、風の影響はほとんどないですし、寒くもありません。
むしろ幸せです。
「むっ・・・・・・わしだって羽毛ですぞ」
「鴉天狗、そんなことで張り合わないでよ」
『ぷっ・・・・・・』
「伝風!お主はーーーー!!」
もふもふ、癒されます。
「―――若、姫様。そろそろ鴆様の屋敷につきますぞ・・・・・・ん?」
「どうしたの?鴉天狗」
『くるっぽー!』
伝風が警戒した声をあげました。
私とリクオは伝風の羽毛から顔をだし、下の様子を見ました。
「なっ!?」
「火事!」
「や、屋敷が燃えています!」
これは・・・・・・悪い予感がします。
「伝風、屋根を全部ふっとばして突っ込みますよ!」
「えっ、桔梗様!?」
「ちょっとまっ、うわっ!」
『くるぽーっ!!』
伝風は私の言葉を忠実に守り、燃え盛る屋敷に向かって降下しました。
そして直前で止まると、大きな羽根を動かして、屋根や壁を吹っ飛ばします。
「す、すごい威力」
「!?リクオ様、あれを!」
鴉天狗が指さす先には、命を狙われている師匠の姿がありました。
「伝風!」
『くるっぽーっ!!』
伝風は私の意をくみ、鴆を守るように降り立ちました。
「鴆さん!」
「師匠!」
師匠は唖然と伝風を見ていましたが、その背中から降りてきた私たちを見てもっと驚いたようでした。
「おめぇら、どうしてここに!?お伴はどうした!」
師匠は特に外傷はありませんが、熱と煙にやられたのでしょう。発作を起こしてしまい、動けないようでした。
「どうしても鴆さんに謝りたくて・・・・・・伝えたくて!」
リクオは必至に自分の思いを伝えようとしますが、リクオ。今はそれどころではないようですよ。
「きさまらぁ、よくも仲間を!」
蛇太夫はそういって睨んできますが、仲間・・・・・・あぁ、見れば倒れている妖怪たちがいますね。
伝風の風に全員やられたようですね。・・・・・・小妖怪なみに弱いです!
「鴉天狗、こいつは?」
「鴆一派の幹部、蛇太夫ですね」
「ほう、ぬらりひょんの孫・・・・・・バカ息子に治癒能力を持った娘か。ちょうどいい。殺せばハクがつくってもんだ」
蛇太夫は細い舌を出し入れしてリクオと私を見ます。
その様子に、師匠は慌てたように私たちに逃げるようにいいました。
「おめぇら、はやく逃げろ!俺だとお前らを守れねぇ!」
まるで血を吐くような言葉でした。
自らの毒でうまく体を動かせない鴆。それが、もどかしくてならないのでしょう。
「師匠。大丈夫ですよ」
私は師匠の隣にしゃがみ、少しでも呼吸が楽になるよう背をなでました。
師匠は怪訝そうに見ます。
「男は殺し、女は一生飼い殺しにしてやる!」
イラッとしました。
飼い殺しなんてごめんです。
というより、あなたごときが私を飼い殺しになってできるはずないでしょう。
だって、私と同じく、イラッとした人がいるみたいですし。
「許せねぇ」
リクオが私たちの前に立ちます。
「どけリクオ!お前に何ができる!」
「だから、大丈夫ですよ」
「何?」
私は師匠に向かってほほ笑むと、頼もしくなった背中を見つめました。
「お願いね」
「あぁ、じっとしてな」
すらりと長ドスが抜かれ、銀色の刃が鈍く光ります。
「あんたは・・・・・・」
師匠は、急に現れた男に驚いているようでした。
男をリクオと思えないのはしかありませんね。
なんせ、背の高さも声も髪形も、そして雰囲気も違うのですから。
勝負はあっという間に終わりました。
師匠でも倒せる妖怪だと思いますが、やはり部下だった妖怪。最後まで渋ったのでしょう。
「あんた、誰だよ・・・・・・」
師匠は唖然としたまま問いかけました。
「リクオ様・・・・・・」
鴉天狗も、唖然とリクオの姿を見つめます。
・・・・・・あぁ、そういえば、四年ぶりでしたね。夜リクオを見るのは。
私は寝込むとよくお見舞いに来てくれたりしていましたし、珍しくはないです。
「よぉ、鴆」
「こりぁ、一体・・・・・・本当にリクオなのか」
「リクオですよ」
師匠はまだ信じられないという表情で私をみました。
私は立ち上がった師匠を見ながら笑います。
「これが、妖怪の血が覚醒したリクオなんですよ。びっくりしましたか?」
「!?おめぇ、リクオが覚醒できると前から知って・・・・・・」
「さぁ、どうでしょうか」
「・・・・・・」
鴆は苦々しい顔をした後、深く溜息をつきました。
「なるほど。四分の一はちゃんと妖怪ってわけか」
師匠は伝風が風で吹き飛ばして開けた畳の上に座りました。
「情けねぇ。こっちはれっきとした妖怪だってのに。結局足手まといになっちまって」
師匠は何度か咳をすると、ちらっと私を見ました。
「なぁ、リクオ。今のお前なら継げるんじゃないのか、三代目。俺が生きているうちに晴れ姿、見せちゃぁくれねえか」
その言葉に、リクオは何も言いませんでした。
その代わり、『妖銘酒』を出してきます。
「飲むかい」
・・・・・・未成年の飲酒については今何も言いません。
妖怪は人間と体の構造が違うわけですから、どんな年齢であろうと何もいいませんし。それにこれは儀礼の盃。
ちらっと頭によぎったことなど、意味ないのです。
「俺は、正式にあんたと義兄弟になりてぇ。どうせ死ぬなら直接あんたから。親の代じゃねぇ。あんたから」
おや、二人は兄弟の盃をかわすようです。
兄弟のように育った二人です。四分六分の盃ではなく、五分の盃なのは、当然のことのように思います。
「桔梗」
「はい」
ぬらりよんの孫である私ですが、組員ではありません。なので、この盃をともにかわすことはできませんが、せめて媒酌人を務めさせていただきます。
初めての盃。
それは、月のない夜に、焼けて崩壊した屋敷で静かに行われました。
誓いの盃の様子は初めて見ますが、とても神聖で、胸が熱くなってしまいました。
※※※※※※※※※※
「全部お前の思い通りかい?」
リクオが帰ろうと少し離れたところで待機している伝風に向かっている中、少し離れた私は師匠を振り返りました。
「何のことでしょうか」
師匠は懐から手紙を取り出しました。。
「とぼけんなよ。反リクオ派のことも、俺に教えたのはお前だろう。そいつらをあぶりだしてリクオを見極めろたぁ、なかなか危険なことをする」
「危険なんてありませんでしたよ」
「あるだろうが。もしリクオが覚醒してなかったら俺たちは死んでたんだぞ」
「ですから、そんな心配はないですよ」
師匠は怪訝な顔をしました。
「リクオはとっくの昔に覚悟はできているんです。だから、いつでも覚醒はできたのです。必要なのはきっかけだけでしたから」
力が足りないことでリクオが悔しい思いをしていることを知っています。
ですがリクオは気づいていません。
毎朝おじいさまと一緒に稽古をしていますし、強さはあるのです。
足りないのは仲間。
ともに戦う百鬼が必要なのです。
雪女や青田坊たちももちろんリクオと一緒に戦ってくれるでしょう。
しかし、言ってしまえば先代のーーーー二代目のおさがり。
三代目を継いでいないリクオには、ぬらりひょんの孫であり、息子であるから従っている妖怪も多いと思います。
だからほしかった。
初代でも、二代目からではなく、リクオだけに仕える仲間として。
その一人目として、兄弟のように育った鴆は適任なのです。
「ったく、怖ぇ女だぜ。リクオが知ったら、傷つくんじゃねぇか?」
「リクオが気づくころには、リクオは立派な三代目ですよ」
私の言葉に師匠は一瞬目を見開きましたが、すぐにふっと笑いました。
「いつかお前とも、盃をかわす時がきそうだな」
「人間の飲酒は二十歳になってからです」
もうこれ以上会話は必要ありません。
さぁ、早く帰って夕食にしましょう。
伝風に乗ろうとする夜リクオと、拒絶する伝風のバトルを止めてからになりますが。
鴆編 完